第七護衛総隊は、第一六護衛隊と第一七護衛隊によって組織された駆逐艦娘主体の部隊であった。その第七護衛総隊を配下に置く第七機動部隊は、海上自衛隊所属のむらさめ型護衛艦<きりさめ>を母艦に、第七護衛総隊の他軽空母飛鷹、隼鷹、龍驤によって構成される第四機動戦隊と、鳳翔、祥鳳、瑞鳳により構成された第五機動戦隊を擁する、第二艦隊配下の部隊である。そしてこの第七護衛総隊は、横手一等海尉の配下にあった。
横手は30歳にも満たぬ若手の士官である。そんな彼が司令官に抜擢されたのは、深海棲艦との戦いの中で大多数のベテラン士官が戦死していたためであった。
しかし司令官と言っても、その仕事は艦娘の健康状態や装備などの管理を行う雑務が主である。艦娘と共に海へ出られるわけではないため、戦闘正面での指揮権は艦娘に一任されており、全体指揮も渡辺総司令の役割であるためだ。だが彼は、そのことに不満を覚えている。
2年前の2018年。横手は父親を深海棲艦によって殺されていた。
海運会社に勤めていた彼の父親は太平洋航路を航海する貨物船に乗船し、原因不明の海難事故に遭ってそのまま帰らぬ人となったのである。それは当時多発していた原因不明とされる多くの海難事故と同じく、深海棲艦によって引き起こされた悲劇だった。
それ故に横手は、深海棲艦に対して強い敵愾心を持っているのである。いつか父の仇を討ちたいと、そう考えていたのだ。そう言う事情もあってか、横手は延々雑務だけに向かうだけの護衛総隊司令官という役職に、ヤキモキしたものを覚えているのである。
そんな彼は今、艤装格納庫となっている後部のヘリ格納庫へと向かっていた。艤装の整備状況をまとめた書類を作成するために、整備報告書を受け取りに行く必要があったからである。
「あ、おはようございます。司令官」
するとその途中、廊下で彼は一人の艦娘にでくわした。
「あ、ああ。おはよう。えっと…」
声を返したはいいが、横手はこの目の前の艦娘の名前がわからなかい。彼が第七護衛総隊の面々と直接会ったのは昨日の出港時が初めてであり、名前と顔がまだ一致していないのだ。
「時雨だよ」
彼が口を濁していると、目の前の艦娘は名乗る。彼女は白露型の二番艦時雨であった。
「あ、そうそう。時雨だったな。すまんな、まだ顔と名前が一致してなくてさ」
「大丈夫ですよ。気にしてませんから」
駆逐艦時雨。大平洋戦争では終戦間際まで生き残り続け、同じく幸運艦である雪風とともに"呉の雪風、佐世保の時雨"と呼ばれた幸運の駆逐艦だ。しかし防衛大出身とは言え元々戦史に明るくなかった横手は、そのことを知らなかった。
「そうか。じゃあ俺は仕事があるから」
「そうですか、頑張ってくださいね」
「ん、ありがと」
そしてそう言葉を交わすと、横手は彼女と別れてまた歩き出す。その後ろ姿を、時雨は半目で見送るのであった。
第七護衛総隊の主な任務は、母艦<きりさめ>の護衛である。
二個護衛隊8人から二人一組を計4組作り、3時間づつ交代で<きりさめ>の前後について航行しながら、周辺の警戒監視を行うのだが、この護衛は駆逐艦娘にとって敵への切り込みや残敵の掃討以上に大切な仕事であった。
艦娘は艤装を装備することにより疲労や眠気、空腹感の緩和や身体能力の強化、単独での海上航行能力など様々な能力を得ることが出来る。しかし感覚として緩和されるとは言え疲労や空腹が無くなるわけではなく、それらは航続可能距離の限界を生むものであるし、能力が大戦期の艦艇に準じたものであることから索敵能力も十分とは言えないなど、艦娘は艦娘だけで行動するには不足する点が多すぎた。そのため艦娘の行動を、具体的には長距離航行時の移動母艦と索敵の補助装置として補助するため、護衛艦は必要不可欠な存在なのである。故に数に限りのあるこれを守るのは、戦略的にも極めて重要な任務なのだ。
そして今、当直としてその任に就いているのは、第十六護衛隊に所属する白露型駆逐艦娘の村雨と夕立の二人組であった。
「あれ?そろそろ交代っぽい?」
<きりさめ>の艦尾100mを航行していた夕立は、<きりさめ>から降りてきた五月雨を見てそう尋ねる。
「はい、交代です!」
五月雨はハキハキとよく通る声で彼女に返した。時間は交代時刻の午後6時を回ろうとしているところである。
「じゃあ後はお願いね」
「はい、お疲れさまです」
五月雨と当直を交代した夕立は、<きりさめ>に帰艦した。彼女は甲板から下ろされた吊るし梯子を上がり、艤装を下ろすためにヘリ格納庫へと向かう。
(あ、司令官っぽい)
すると夕立は、ちょうど報告書を受け取りに来ていた横手の姿を格納庫の中に見つけた。
「ねぇねぇ村雨、あの人って私達の司令官さんでしょ?」
「え?なに?」
夕立に続いて甲板に上がってきた村雨に、彼女は尋ねる。話がわからず反応に困った村雨だったが、彼女もすぐに横手を見つけて、夕立が尋ねてきたことの意味を理解した。
「うん、横手さんね。話したことないからどんな人かわかんないけど」
「夕立もよくわからないっぽい」
初めての顔合わせがつい昨日だったからということもあるが、二人は横手の人となりなど彼についての情報を全くなにも持っていなかった。
「司令官さん」
そこで夕立は、言うより早く横手に近付いていき、声を掛ける。すると整備報告書を受け取って自室に帰ろうとしていた彼は、彼女の方を振り向いた。
「夕食、ご一緒にいかがです?」
夕立は単刀直入に切り出す。彼女は横手の人となりに興味を持ち、彼を知るために会食へと誘ったのであった。
「ごめん、まだ仕事があるから」
だが横手は、その誘いをあっさりと断わってしまう。そして夕立に背を向けると、そそくさと廊下の奥へと消えて行ってしまったのであった。
「行っちゃったね」
「夕立、駄目だったっぽい」
夕立は残されて立ち尽くしている。そこへ後からやってきた村雨も加わって、二人はただ彼の歩き去って行った廊下の先を、ただ見つめるているのであった。
陽は沈み、<きりさめ>の艦影が青灰色の空に浮かび上がる。そして4月17日が終わろうとするなか、第二艦隊は小笠原諸島域に入り、第一目標の硫黄島を目前に捉えつつあるのであった。
4月18日。早朝の硫黄島近海は、未だ夜明け前の薄明かるさの中にあった。
<きりさめ>を出撃した第四機動戦隊は、第五機動戦隊と共に、半径20mの輪形防御陣を作る第七護衛総隊の護衛を受けながら、硫黄島の北西140kmの位置に展開している。同戦隊は軽空母飛鷹、隼鷹、龍驤によって構成された機動戦隊であり、航空戦力に特化した部隊である。彼女たちの任務は硫黄島近海を索敵し、深海棲艦が潜伏していたならそれを航空攻撃によりアウトレンジから殲滅することであった。
硫黄島作戦は、硫黄島に対して行われる太平洋諸島作戦の第一作戦である。そこには深海棲艦の進出によって破棄された海上自衛隊の航空基地が存在しており、それを哨戒基地として機能させるために人員と資材を輸送することが、硫黄島作戦の概要であった。しかし人員輸送が主目的とは言え、深海棲艦がそこに潜伏していないとも限らず、もし潜伏していたとすれば、それは輸送作戦の大きな障害となる。そのため輸送作戦を開始する前には上空からその近海を索敵し、敵を発見した場合にはこれを撃滅する必要があるのだ。
そして現地時間午前5時。眩い太陽が陽光と共に水平線から姿を表すと、それを契機に硫黄島作戦は開始された。
「作戦開始。全索敵機発艦始め」
第四機動戦隊の指揮官であり、第五機動戦隊も含めた機動戦隊全体の指揮を任せられている飛鷹は、自らも発艦準備を行いながら、僚友にそう指令を下す。第五機動戦隊も含めた六人の軽空母艦娘は、彼女の指示に従ってそれぞれの方法で索敵機の発艦を始めた。
艦載機の発艦方法には弓によって矢となった艦載機を打ち出すものや、陰陽道の形代のようなものとなった艦載機を、飛行甲板に見立てた巻軸から打ち出す方式の二種類がある。飛鷹の発艦方法は巻軸によるものであり、広げた巻軸の布面上から形代が艦載機に姿を変えながら射出されて、朝日によって黄金色照らされた空へ打ち出されていった。
索敵機は、陽光を反射してキラキラと光りながら、硫黄島のある東の空へと飛んでいく。そして30分ほどで硫黄島の上空にたどり着くと、近海の索敵に取りかかった。
空母艦娘にとって艦載機は、新たな目であり耳であり、手足でもある。視覚的、聴覚的に捉えられた情報は艦娘の思考に直接伝播して届けられ、艦娘から命令を受ければ、それに従って自在に飛び回るのだ。それは艦娘の知覚が、艦載機を通じて拡大されているに等しい。
「硫黄島周辺ニ敵影ヲ認メズ。深海棲艦は一体もいないね」
索敵の結果を悟って、第四機動戦隊の隼鷹はそう呟いた。硫黄島近海に敵はおらず、深海棲艦の姿が捕捉されることはなかったのである。
硫黄島はそもそも、小笠原諸島の中では父島に次いで大きい島であるが、決して広大な島というわけではなく、太平洋の巨大さの中で見れば砂粒のようなものに等しい。だからその近海に深海棲艦が居なかったとしても驚くようなことではないし、戦闘による消耗が皆無で済んだという点から見れば、むしろ喜ぶべきことであった。
こうして硫黄島近海の掃討作戦は、人類の不戦勝に終わったのである。