艦これ戦記 ~明日を開く少女たち~   作:戦艦

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#2~太平洋諸島作戦3~

 4月19日。第二艦隊旗艦であるたかなみ型護衛艦の<たかなみ>は、僚艦<きりさめ>と共に硫黄島の南西4kmの位置に待機していた。それは輸送作戦を担当する第三艦隊が、一日遅れで硫黄島に到着することになっていたため、それまでの間同島近海の制海権を確保し続ける必要があったからである。

 米軍大平洋艦隊が壊滅し、その他の国家との海上航路も封鎖されている状態にある国連海軍極東管区は、名目上は多国籍海軍ではあるが、その戦力の大半を海上自衛隊戦力に頼らざるを得ない状況にあった。しかしその組織的性格上、海上自衛隊が保有する輸送艦の中で十分な揚陸能力と外洋航行能力を備えているのは、おおすみ型のみである。

 おおすみ型輸送艦は全長26.4mの船体に60tまでの資材を一度に積載して揚陸することが出来るホバークラフトタイプのエアクッション艇(LCAC)を二隻運用可能な大型輸送艦だ。このおおすみ型は3隻しかなく、国連海軍極東管区にとってその存在は戦略的に極めて貴重な存在である。

 このおおすみ型の内、太平洋諸島作戦には二番艦<しもきた>と三番艦<くにさき>が参加することとなっていたが、戦闘部隊である第二艦隊に随伴させてこれを喪失する可能性を考慮した国連海軍極東管区は、危険を可能な限り取り除くために第二艦隊とは別に第三艦隊を編成して、これに<しもきた><くにさき>の両艦を集めた。そして第二艦隊が確保した海域を第三艦隊が航行するという体制を確立するこによって、おおすみ型輸送艦に迫る脅威を可能性な限り少なくしているのである。第三艦隊が第二艦隊に一日遅れで行動するのはそのためであった。

 この間の制海権維持とは、具体的には交代で機動戦隊の軽空母艦娘たちに索敵機を上げさせて、周辺海域の哨戒監視を行うことである。第七護衛総隊はその護衛のため、平時の護衛当直シフトと同じ二人一組でこれに随伴していた。

 「ねぇねぇ」

 午後3時すぎ。当直を交代して母艦<きりさめ>に帰艦中の時雨に、二人一組の相方で、彼女が配属されている第七護衛総隊第十六護衛隊の隊長でもあり、同じ白露型の姉でもある白露が、私的な口調で声を掛けて来る。

 「時雨はあの司令官どう思う?」

 「横手さん?」

 彼女が話題に出したのは直属の上官、横手であった。

 「なんだかあんまり、よくわかんないかな?」

 「うん、私もそう思う」

 「…」

 時雨は白露が何を言いたかったのかがまるで分からなかった。

 「それで…何なの?」

 「よくわかんない人だよねって。村雨から聞いたんだけどさ、夕立が一緒に夕食食べませんかって誘ったのを断ったんだって。私もなんだかあまり関わりを持たないようにされてるのかなって思うし」

 「ああ…」

 白露が言っているのは、横手が彼女たちに対して無愛想であるということだ。それが分かった時雨は、彼女の感じていることもなんとなく分かった。

 「でもそんなことはないと思うよ。仕事に真面目なだけだと思う。挨拶したらちゃんと言葉は返してくれるから」

 「そうなの?」

 白露は時雨に聞き返す。彼女は明るい艦娘であり、同じ場に居合わせれば会話の一つ二つは自然に発生するような気安さを持っている。そんな彼女に避けていると言わしめるのは、横手がそれだけ彼女達との関わり合いを持っていないということの表れであった。

 「硫黄島作戦の前の日に廊下で会ってね、普通に会話したよ」

 「そうなんだ」

 「でも少し忙しそうだったかな。仕事だからって会話を打ち切ってすぐに行っちゃったから」

 そうやって話していると、時雨は横手についていろいろと考える。

 (そう言えばまだ若い人だし、いろいろと余裕が無いのかも。だから目の前の仕事を実直にこなして…)

 彼女はなんとなく横手の状態を分かったような気がした。確かに真面目なのだ、だがその真面目さは自身に対する未熟さの自覚から来ている。

 「ともかく悪い人じゃないよ。僕はそう思うかな」

 そして時雨は、横手についてそう結論付ける。だが白露はいまだ釈然としていないようであった。

 「でもさ、いくら仕事熱心でも私達は直接の部下なわけだよね?それでここまで関わり合いが無いって言うのは少し問題あるんじゃないかな?」

 「うーん、そうかな?」

 白露の言うことももっともである。彼が第十六護衛隊をはじめとした第七護衛総隊のメンバーと初めて会ったのは3日前の横須賀出港時であり、時間が少ないから接点もまだ少ないと言えばそうではある。しかし軍隊という連携を重要視する組織の中で、意志疎通が行いやすい環境を整えておこうとすることは普通のことであるし、むしろやっていない方が不自然なことであった。

 「確かに変かもしれないけれど、でも僕は横手さんが嫌ってもいない人を意味も無く避ける人だとは、到底思えないよ」

 「そっかー、じゃあなんでなんだろ?」

 白露の言葉に対して時雨が考え込むと、白露も一緒になって考えを巡らせ、自然にその場は風と波の音だけになった。

 「艦娘だからかな」

 波音の中、白露はそうぽつりと言う。

 「艦娘だから?」

 「うん、そう。私達艦娘って艤装を装備できて、どこでどうやって生まれて来たのかもわからない、人間とは違うものでしょ?だからさ、怖くて自然と距離を取っちゃうんだと思う」

 「…」

 人には、全く理解できない存在に遭遇すると本能的にそれを排除しようとする習性がある。そして艦娘は人と極めて近い存在であるが、近いというだけで人間とは違う存在であり、しかもその相違点は科学的に説明の出来ない摩訶不思議なものだ。そんなものが突然現れれば、気味悪がって本能的に距離を取ったとしても不自然なことではない。

 「別に意図して避けてるんじゃないと思うけど、でもその気が無くても無意識の内に距離を取って、警戒しちゃうんだと思う」

 少しネガティブな考え方だと思ったが、時雨は否定しなかった。それもあり得ると思ったからである。

 「ごめん、なんか変な話になっちゃったね。やめよっか」

 そんなことを考えていて、否定の言葉を返さずに黙り込んでいた時雨を見たからか、白露は自分がつまらないことを言っていると考えて、話の流れを変るようと話題を切り上げた。

 「あ、第三艦隊来てるよ」

 そして第二艦隊の艦影が大きく見えて来たところで、その向こう側の遠景に第三艦隊の<てんりゅう><しもきた><くにさき>の三艦が航行しているのを、彼女は見つける。第三艦隊はちょうど今、硫黄島に到着したところだったのだ。そして第三艦隊の到着と共に、輸送作戦は開始される。

 

 

 

 3時半に開始された硫黄島への輸送作戦はつつがなく進行し、午後7時には終了していた。一番の懸案であった揚陸作業中の敵襲もなかったため、作業を終始スムーズに進められたからである。

 作業の完了を見届けた第七機動部隊総司令の渡辺は、夕食を摂るために食堂に下りていた。彼はそれなりの個室も持っており、そこで食べることも出来る身だが、指揮官として下士官の気持ちを忘れないように日々食堂で食事を摂るようにしているのである。

 彼が夕食を携えて席に着くと、作戦終了直後の夕食ということもあって、食堂は瞬く間に混雑し始めた。ただ服装や階級章からして渡辺が高級将校であるとわかるためか、気を遣ったように彼の周りは空白地帯となっている。シーレーン解放作戦のために渡辺の指揮下に長くいた生き残りのベテラン乗組員が多く引き抜かれ、<きりさめ>の乗組員の大半が今回から作戦参加する新兵となれば、それも仕方ないことであった。

 「提督さん、ここの席空いてますか?」

 この混雑の中でわざわざ席を空けさせてしまっている現状に対し、渡辺が申し訳なさを感じていると、護衛艦の武骨な艦内に似合わぬ少女の声に、彼は呼び掛けられる。

 「ん?」

 渡辺が見上げると、そこには作戦を終えて食堂に来ていた夕立が、夕食を携えて立っていた。どうやら席を探しているようである。

 「うむ、空いているよ」

 彼がそう言うと、夕立は顔に喜色を浮かべた。そして渡辺の向かいの席につくと、短くいただきますと言ってすぐさま昼食を食べ始める。彼女も輸送作戦には警備任務で出動していたため、お腹が減っていたのであった。

 艦娘にとっても、食事は重要である。艤装の力を十全に発揮するためには艦娘と艤装、そのどちらかの調子が悪くてもいけないのであった。

 艦娘は艤装を装備することで疲労や眠気をある程度リセットすることが可能だが、より根源的な力の元たる食事だけは、艤装の力でどうこう出来るものではないのである。それどころか空腹によって本調子でなければ、艤装の力も十分に発揮出来なくなるため、必要以上に疲れてしまうことになるのだ。

 「君は第一六護衛隊の夕立・・・で間違い無かったかな?」

 「はい、そうですよ」

 恐る恐るといった様子で彼が尋ねると、夕食を頬張っていた夕立はそう答える。その受け答えは極めて自然なものであり、その自然さに渡辺は拍子抜けした感覚を覚えた。

 艦娘について彼が持っていた知識は、突如として洋上に出現した、深海棲艦に対抗出来る少女のような謎の存在であるというものである。だがそれで理解出来るかと言われればそんなわけはなく、彼はそんな艦娘を配下に置いて率いることに一抹の不安を覚えていたのだが、この夕立に対する渡辺の第一印象は、思ったよりあっけないというものだった。

 いかにも普通の少女というか、極めて近いとは言え人間ではない存在であると聞かされて、それとなく警戒していたわりには、あまりにも人間らしかったのである。身構えていた自分が馬鹿らしく思えるくらいには、彼女は普通の少女であった。

 ことに夕立と言えば、ソロモンの悪魔と勇名を残す駆逐艦である。艦娘が艦の化身のようなものだとすると、その化身たる目の前の少女は好戦的でありそうなものだが、渡辺の目にはそうは見えなかった。

 「夕立君?」

 「なんですか」

 彼は食べ進める夕立に、声を掛ける。渡辺は夕立に対して感じたこのギャップから、目の前の少女を通じて艦娘というものを知りたいと思ったのだ。

 「作戦では疲れたかね?」

 「うーん、そんなに疲れなかったっぽい」

 「ぽい?」

 小手調べ的に彼が投げ掛けたありふれた質問に対する彼女の不明瞭な物言いに、渡辺は指摘するように聞き返す。

 「あ、口癖です。なんでかたまに言っちゃうっぽいんです」

 「へぇ」

 説明しつつも、その中でさらに"ぽい"と言う夕立に、彼は本物の口癖らしさを感じた。

 「そういう口癖のある娘は、他にも居たりするのかな?」

 「えっと、ぴょんとかぴゃん、にゃーとかくまーって語尾に付ける人なら知ってるよ」

 「く、くまー・・・!?」

 思わず濃い語尾使う艦娘の存在を知って、渡辺はにわかに驚く。更に列挙された例が揃いも揃って気の抜けるようなものであったことは、彼が艦娘に抱いていたイメージを半ば強制的に改めさせた。

 あの絶望的なまでに圧倒的な深海棲艦を、一撃のうちに撃破する存在。そんな事を聞かされれば、艦娘とは底知れぬ力を秘めた計り知れない存在であろうと思うだろう。

 「そうか、なるほど。艦娘には面白い娘もいるものだね」

 「変ですよねー」

 だが実際は、どうやらそうでも無いようである。

 「ごちそうさまでした」

 そして雑談を交えながら夕食を食べ終えると、夕立は空の食器を携えて席を立った。

 「提督さん、先に失礼しますね」

 「ん、話せて楽しかったよ」

 まだ食べ掛けの渡辺は、立ち上がった彼女を見上げながら、そう言う。

 「こんなおじさんの話に付き合ってもらってすまなかったね」

 「そんなこと無いですよ、夕立も提督さんとお話出来て楽しかったです」

 「はは、それは何よりだ」

 夕立の言葉を聞いた渡辺は、また不思議な感覚を覚えた。彼女の言葉は、ともすればお世辞やおべっかの類いと取られてもおかしくないものだったが、その声音を聞いた彼は彼女にそんな意図は全く無いと納得出来てしまったのである。特に根拠も無いのにだ。

 そして夕立は、食器を片付けて食堂を後にする。その後彼女の倍の時間を掛けて夕食の残りを胃に納めると、渡辺も食堂を後にした。

 その日の夜半。第七護衛総隊所属の艦娘や装備の状態を一まとめにした報告書を携えて、横手が彼の船室へとやってきていた。

 その身振りには、若い士官らしい固さがある。この若さならまだ一介の下士官でいたかったのだろうにと、渡辺はその姿を見て思った。

 「今日な」

 「はい!」

 「君の部隊の夕立君と話したよ」

 「…そうですか?」

 突然予期せぬ話が始まって身構えたらしい彼であったが、そのなんでもない内容に気の抜けた言葉を返す。その口調は上官に対するものとしては適切さを欠いていたが、渡辺はそれをいちいち咎めはしなかった。

 「彼女はいい娘だよ、君は艦娘をどう思っているのかね?」

 「どうとは…?深海棲艦に対抗しうる強力な存在と思っていますが」

 横手の回答は極めて当たり前のものである。それを聞いて、渡辺は現状に対して一つの視点と問題意識を得たのであった。

 「横手三尉。我々が艦娘に対して抱いている認識とは、はたして正しいものなのだろうか?」

 「認識…ですか?」

 そしてそう問われた彼は、すぐに回答することができない。渡辺の問うたことの意味を、咀嚼することが出来なかったからだ。

 だがその状態こそが、彼の視点と問題意識を確かなものへと変える。人類は、艦娘を短期的な利害関係に基づいて、戦力としてしか理解していないのだ。

 それは艦娘を必要以上に強大な存在と思い込んでいた渡辺自身の認識からも、証明出来ることである。

 「まぁいい、報告書ありがとう。君の報告書は正確でいい」

 「ありがとうございます」

 「しかしまぁ、感情を持った娘を8人も抱えて管理しているんだ。そうなれば内容にもう少し色が出ていてもおかしくはない」

 「色、ですか?」

 「状態は数字だけに現わしきれんということだよ。特に精神的な面はな」

 それだけ言って、彼は横手を下がらせた。

 今日夕立と話したことで、艦娘が最終的に一つの戦闘単位としてどのような位置づけになるのか、彼には安易に判断出来なくなっていた。そしてそれを明らかにしようと思えば、とにもかくにも向き合ってそれを確かめるしかない。

 そのためには、横手のような艦娘達に近い位置にいる士官に、彼女達を見ることが出来るようになってもらう必要があると、渡辺は思うのであった。

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