艦これ戦記 ~明日を開く少女たち~   作:戦艦

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#3~種子島沖迎撃戦2~

 4月18日。この日の午前9時過ぎ。高雄は出撃待機命令の勧告を受けていた。

 実際の発令は午後2時。それ以降は艦から降りられなくなるから、それまでに準備を済ませるようにということである。とは言っても、艦娘である高雄は本土に別れを告げなければならない家族がいるわけでもなければ、彼女が個人的に用意しなければならない必要なものは呉に集合して第一艦隊に配備された時に全て運び込んでいたため、その猶予の間にやるべきことはほとんど無いに等しかった。

 そのため高雄は、その時間を使って艦隊から基地へと出て、妙高の所に顔を出しに行っていたのである。彼女が出撃にあたって別れを告げなければならない者と言えば、妙高くらいしかいなかったのだ。

 「ねぇ、妙高?」

 第一艦隊が係留されている桟橋に向かって港を歩いていると、高雄は何気ない口調で妙高を呼ぶ。

 「なに?」

 「えっと・・・基地配属って、暇かしら?」

 「?」

 彼女は妙高にそう尋ねるが、妙高はその質問の意図が理解出来なかった。無論質問の内容は理解出来るが、その質問をした高雄の意図が、まるでわからなかったのである。彼女はよく基地側に来ていたのだから、別に今更聞かなくともその程度のことなら知っているはずなのだ。

 「ええっと、忙しくはないわね」

 妙高は取り敢えず、質問の内容をそのままに捉えてそう答える。

 「そう、暇かって聞かれたらそうよね・・・」

 だが答えられた高雄は、分かりきっていた答えだったかと言わんばかりにそう呟いた。その彼女の反応に、妙高は困惑する。

 「どうしたの?何か気になることでもある?」

 「あ、ううん。違うのよ。違うから」

 彼女は一思いに尋ね返してみたが、高雄の答えは何かをはぐらかすようなものであって、答えになっていない。妙高はそんな彼女をもっと問い詰めようかとも思ったが、よもや口論が最後の会話であったということにするわけにもいかないので、それ以上は何も聞けなかった。

 「じゃあ、ここまでね」

 そしてタラップの脇まで来ると、振り返った高雄に対して妙高は名残惜しそうにそう言う。

 「ねぇ、次に私達がまた会えるのは、いつになるんでしょうね?」

 そして別れを前に、高雄はそう妙高に尋ねた。

 「そうね・・・かなり先、最低でも2ヶ月は掛かってしまうでしょうね」

 その問いに対して、妙高はそう答える。日本からシンガポールへは向かうだけで10日掛かるため、さらにインド洋まで行って帰って来るとなると丸々一ヶ月掛かることは間違いなく、その上戦闘を行いながらの航海になるのだから、彼女の最低でも2ヶ月という見立ては間違いないのだ。

 だが高雄とてその見立ては出来ているはずである。故にその問いは今更な質問であったが、しかし話題の本質はそこではないとわかっていたから、妙高はその彼女の話題に乗ったのである。高雄は別れが惜しかったから、一言でも多く妙高と言葉を交わしていたかったのだ。

 「2ヶ月・・・やっぱり、長いわね」

 「そうね」

 そして高雄の嘆息のような呟きに対して、妙高はそう同意する。艦娘として生まれ出でてからまだ一月半しか経っておらず、また直接出会ってからとなれば、二人の間に存在した時間は一ヶ月にも満たない。しかし過去からの縁とでも言うのか、その仲は一方ならないものであったし、故に二人はその時間の長さを想うと気を重くせずにはいられないのだ。

 「武運長久を、高雄」

 しかしそんな名残惜しさを振り払うように、妙高は高雄にそう言葉を告げる。それは激励であると同時に、別れの言葉でもあった。

 「あなたこそ、ね」

 その妙高の激励に、高雄はそう返す。そして彼女は、踵を返してタラップを登って行こうとしたが、その足取りを途中で止めた。

 「・・・大丈夫よね?」

 高雄は振り返らずにそう呟く。それが何を指して発した言葉なのかは判然としなかったが、妙高はその背中を押そうとした。

 「高雄なら大丈夫よ」

 「・・・そう、よね」

 そして彼女は、高雄に対してそう言葉を掛ける。しかしその返しに対する彼女の反応は、声こそ朗らかであったがどこか腑に落ちないといったもので、歯切れが悪かった。

 そして高雄は<あたご>に乗艦していく。それが今の現時点で、妙高が最後に見た高雄の姿であった。

 

 

 

 今振り返って見ても、この時の彼女の言動には不可解な部分が多かったと妙高は思う。高雄を見送ってしばらくしてからそれが気になり出した彼女は、これまでその真意を想って考えを巡らせて来たのだ。

 そしてその結果として彼女が推理した答えが、高雄が自分達を過度に心配しているのではないかということなのである。

 「基地任務についての問いは、私達近海防衛部隊の戦いが過酷ではないかと暗に尋ねているのだと思えるし、それに最後の問いも、高雄が私に心配を悟られないようにしながら、私達が大丈夫なのかを尋ねていた言葉だったという風に思えるのよ」

 それが妙高の推理だった。彼女は高雄が優しい性格をしているせいで、自分に必要の無い所の心配までしてしまうということを知っていたから、高雄の不可解な言動についてそう考えたのである。

 「でも少しよくわからないわ」

 だがそこまで言ったところで、足柄が口を挟んだ。

 「姉さんにそう言われると確かにって思うけど、でもそもそも高雄さんが私達を心配する理由がわからないわ?私達ってそんなに頼りないのかしら?」

 彼女の疑問は根本的なものである。高雄が彼女達近海防衛部隊の艦娘達を心配するならば、心配するに足る理由があるはずなのだ。そんな足柄の疑問に、妙高は応える。

 「足柄?第一艦隊に何人の艦娘が集められているのか知っている?」

 「え?ええっと・・・確か70何人かくらいだったわよね?」

 「ええ。正確には72人よ。そしてね、それに太平洋諸島作戦に投入されている艦娘の数を合わせたら、その数は133人になるわ。これは主要水上艦娘227人の内の3分の2に相当する数よ」

 妙高が始めたのは数の話だった。そしてその話を聞いた時、足柄は彼女の言おうとしていることを察してハッとする。

 「わかったみたいね。私達本土に残る艦娘は残り3分の1の94人だけなのよ。しかも大型艦は軒並み艦隊配備だから、その94人の大半は駆逐艦娘だし、それに本土防衛となれば日本の沿岸全てをカバーしなくちゃいけないから、94人は分散させなければならないわ。こうなると94人の本土防衛戦力は、心許ないと言われても否定出来ないのよ」

 近海防衛部隊は5つの方面隊に別れている。この内舞鶴は太平洋側の基地ではないため配備戦力は少ないが、それでも94名を5つに分割するということは、単純計算で一つの方面隊あたりに約19名の艦娘しか割り振ることが出来ないということだ。

 この19名の戦力が、実質的な正面戦力になるということである。艦娘が個体あたりの戦闘能力で深海棲艦に対し大きなアドバンテージを持っていると言っても、継続して防衛し続けるとなればこの数は戦力として十分ではないと言わざるを得なかった。

 「97人の水上戦力と言っても、潜水艦達も加わるのだから、私は戦力が足りないということはないと思うわ。でも高雄がこの数をどう捉えるのかはわからないし、それにこの数字は胸を張って十分と言える数字でもないのよ。だから高雄が私達の戦力を過小と考えて心配しても、それは無理もないことなのよ」

 そして妙高は説明を終える。高雄が近海防衛部隊の戦力的現状を把握しているならば、彼女達を心配していても不思議ではないのだ。

 「なるほど、つまり姉さんは高雄さんが私達のことを真剣に心配しているし、しかもそれがシーレーン解放作戦を前にしてのことなのだから、高雄さんのことが心配ということなんだな」

 「まぁ、そういうことになるわね」

 そこまでの話を聞いた那智は、妙高の現状についてそうまとめる。高雄の臨むシーレーン解放作戦は、平たく言えばシーレーン上の深海棲艦を一匹残らず掃討することを目指す作戦だ。そうなれば戦闘は多く、そして苛烈になるだろう。それは余計な心配をしながら片手間にこなせるほど、甘い戦いではないのだ。そんな作戦に挑まなければならないときに他人の心配までしてしまっているのではないかと思うと、妙高は彼女が心配でならないのである。

 「しかしそれは、姉さんの推測に過ぎないんだろう?こう言う言い方は悪いが、姉さんの考え過ぎなだけなんじゃないか?」

 だがそんな妙高がする心配に対して、彼女はそう指摘する。高雄の様子がおかしかったのは確かだとしても、それに対する妙高の推理は一つの解釈に過ぎないのだ。

 「それはわかっているわ。私だって自分の推理が必ず当たっていると思っているわけではないわよ」

 しかし妙高とてそのくらいのことはわかっている。

 「私の推理に根拠はないし、根拠が無いならその心配も的外れかもしれない。仮に推理が当たっていたとしても、そもそも私が心配したところでどうにかなることでもないわ。でもね、一度そういう風に思い付いてしまうと、するしないに係わらず心配になってしまうのよ」

 しかしわかっていても、彼女は心配せずにはいられなかったのだ。結局の所、妙高もまた高雄と似たり寄ったりで心配性なのである。

 「でもそれであなた達に心配を掛けさせても、それもそれで良くないことよね。ごめんなさい、忘れるようにするわ」

 だがそれがどうしようもないことだとわかってもいるから、妙高はそう謝った。妹達にわざわざ心配を掛けさせてまですることではないと、そういう風にも考えたのである。

 「ところでそろそろ再開しないかしら?もう疲れもおおよそ取れて、暇になってきたわ」

 そして彼女はバトミントンの再開を持ちかけて、話を切り上げるのだった。

 

 

 

 4月22日午前10時30分。九州鹿児島の海上自衛隊鹿屋基地に拠点を置く第一航空隊所属のP-3Cは、東シナ海上空で哨戒任務に就いていた。

 「ん?なんだあれは?」

 同機は鹿屋基地に帰投中であり、現在沖縄島の南東50Kmの上空を飛行中である。その日はあまり天候が良くなく、眼下の海も時化て波が立っているのだが。P-3C搭乗の戦術航空士であり、任務機長である吉永二等海尉は、そんな波の高い海面に一部不自然な場所があることに気付いた。

 「なんだか一ヶ所だけ波の流れがおかしなことになってますね。まるでなにか別の流れが、海面下を流れてるみたいだ」

 パイロットの東野三等海尉も、その異常を確認する。彼の言う通り、その一点では波紋が不自然に北方向へ流されていた。

 「不審だな。ピンガーを投下しよう」

 その異常を見逃すべきではないと考えた吉永は、ピンガー(アクティブソナータイプのソノブイ)の投下を命令する。P-3Cは、機の腹に備えたソノブイランチャーからピンガーを投下し、海面下の探索を開始した。

 (これは間違いないな)

 ピンガーからの探知情報を監視する音響センサー員の木田ニ等海曹は、海面下に多数の反応が現れるのを確認する。それらはいずれも小さな反応であり、さらには海中を20ktで航行していた。

 「海中に深海棲艦を確認。数は10」

 彼は水中の反応を深海棲艦と報告する。魚雷が自律航行しているなどというようなことでもなければ、20ktを維持しながら巡航するような存在は深海棲艦以外にはあり得ないのだ。

 「やっばりか」

 その報告を、吉永はさして驚くでもなく聞く。彼はソノブイの投下を決めたそのときから、不自然な波の原因は深海棲艦によるものであると当たりを付けていたのだ。

 「深海棲艦が侵攻して来たか」

 「鹿屋基地、鹿屋基地聞こえますか?」

 このP-3Cが捉えた情報は、すぐに鹿屋基地へと伝えられる。そしてさらにその情報は、東京の極東管区統合作戦本部へと伝えられた。

 「深海棲艦の侵攻か!?」

 執務室で参謀からこの報を受けると、国連軍副総監であり、自衛隊統合幕僚長でもある柴山は、老いの刻まれた表情をさらに深いものとする。それはシーレーン解放作戦の発動を目前に控えたこのタイミングでの侵攻が、予想の有無にかかわらずショッキングであったからだ。

 これがもし全く違う時期であったなら、彼は来たるべきものが来たというただそれだけの感慨しか抱かなかったことだろう。しかし今はそうではなかった。

 太平洋諸島作戦は順調に進行しており、昨19日には第二、第三艦隊が第一目標である小笠原諸島硫黄島の奪回を完了している。そして硫黄島には敵が居なかったため、第二第三艦隊はすぐにも第二目標であるサイパン作戦に移行しており、昨21日のにはサイパン島沖の深海棲艦をすでに掃討するに至っていた。

 サイパン作戦は、第三艦隊が第二艦隊に接触する今日の午後に大詰めを迎え、明日23日までには完了すると予想されている。サイパン作戦の完了は、シーレーン解放作戦の発動要件を満たすことを意味しており、そのためシーレーン解放作戦の発動は23日でほとんど確定していた。そんな作戦発動1日前というこのタイミングでの深海棲艦侵攻は、厄介極まりないとしか言い様がないのである。

 「鹿屋ということはバシー海峡方面からか、厄介な。敵の状況は?」

 「10体の集団が沖縄島の南東50kmを、南西諸島沿いに20ktで北北東方面へと進攻中とのことです」

 「その位置なら、第二方面隊と第三方面隊を展開する余裕がまだあるな。呉と佐世保に出撃を命令しろ」

 ともかく迎撃と考えた柴山は、敵の位置と速度、各基地の防衛部隊展開に掛かる時間を考えて呉基地の第二方面隊と、佐世保基地の第三方面隊に出撃命令を下す。呉基地部隊は太平洋沿岸方面に向かった場合の対応を担当し、佐世保基地部隊は日本海沿岸方面に向かった場合を担当するのである。さらに敵の進路がこのまま変わらない場合、両戦力を集中させることも出来るのだ。

 「呉の第一艦隊にも状況は伝えておけ、ただし出撃はさせるなよ」

 「出撃させないのでありますか?」

 「当たり前だ。シーレーン解放作戦の前に第一艦隊を戦わせられるか」

 彼の指示に対して反問してきた参謀へ、柴山はそう答える。第一艦隊は残存艦艇の中から最も有力かつ作戦に適した艦を選りすぐって編成されており、なおかつ本土の防備が手薄になることもいとわずに艦娘の3分の1を投入もした、極東管区の全力艦隊であった。しかしそれでもなお、シーレーン解放作戦は掃討対象であるシーレーン上の敵戦力の全貌が掴めていない上に、輸送体制確立のために作戦期間も、残された半年の内実際には最大三ヶ月以内に限られるという過酷な条件を課された作戦であるため、そんな作戦に臨む第一艦隊を余計な戦闘で消耗させるようなことは、出来る限り避けたかったのである。彼は第一艦隊を、可能な限り最良の状態でシーレーン解放作戦へと臨ませたかったのだ。

 「敵の迎撃は防衛部隊だけで行う。上空からの監視と情報収集は、引き続き行わせろよ」

 そして柴山は第一艦隊を出さないと改めて宣言する。やっと見えた反撃への道を見失わないためにも、これは越えなければならない戦いであった。

 

 

 

 出撃命令の掛かった妙高達は他の第二方面隊所属艦娘と共に、出撃時の母艦と決められた巡視船<くろせ>に乗船していた。

 "近海"防衛部隊と言っても、日本の海岸線は長いのだから防衛する範囲も広大になる。そのため担当海域を分割したとしても作戦展開に片道数時間の長時間航行は必ず必要になるため、防衛部隊と言えど移動母艦となる艦船は必要なのだ。

<くろせ>は海上保安庁から国連軍に供与された船である。残存の護衛艦も決して多くないなら、海上保安庁の船艇も無駄には出来ないのだ。

 しかしそれでも、艦娘の運用母艦としてだけなら巡視船とて護衛艦に劣るものではない。 深海棲艦の攻撃に対しては護衛艦も巡視船も防衛で無力なことは同じであるし、本土から哨戒機を飛ばせるなら護衛艦に劣る索敵能力も十分に補えるのである。

 「ついに実戦ね」

 そんな<くろせ>の船内で、足柄は熱く滾っていた。それは彼女にとってこの出撃が、艦娘として第二の艦歴を得てから初めての実戦になるからである。

 それは足柄だけでなく、第二方面隊に所属する他の艦娘も全員そうであった。しかし彼女のようにはしゃぎこそしなくても、第二方面隊の艦娘達は皆一様に緊張するでもなく落ち着いている。まだただの艦であったころの記憶が、彼女達に余裕を与えるのだ。

 「あんまり興奮するな足柄。まだ呉を出港もしていないし、それに九州の南端に出るだけでも10時間は掛かるんだ。今から飛ばしてたら力が持たないぞ」

 そして那智は興奮気味の足柄をたしなめる。彼女の言う通り、第二方面隊の乗船する<くろせ>は未だ出港準備中で呉から動いてもいないのだ。その上南西諸島方面を目指さなくてはならないとなれば、その間の移動にもかなり長い時間が掛かるのである。ここで高まりきっていては、戦場に着くころには確実に疲れきってしまうのだ。

 「移動に10時間以上掛かるとすると、戦闘は夜戦になるんですよね。大丈夫でしょうか?」

 「そうだな・・・」

 羽黒は那智の口にした10時間後という時刻を、考えて不安気にそう言った。現在が午前11時前なのだから、10時間掛かるとすると南西諸島方面に到着するのは午後9時であり、戦闘は夜戦になるのである。

 「なによ、夜間戦闘なら私達の十八番じゃない」

 そんな羽黒とは対照的に、足柄はその状況をポジティブに捉えていた。太平洋戦争では電子技術で後れをとったために、レーダー技術の差によって米軍に夜間戦闘で苦戦を強いられることになったが、それでも旧日本海軍は伝統的に夜戦を得意としていたのである。彼女は敵が深海棲艦ならば、自分達が持つ夜戦の記憶や知識を十全に発揮出来ると考えていたのだ。

 「駄目だぞ足柄、戦う前から敵を過小評価するのは危険だ。敵が夜戦をどれだけ戦えるかは未知数なんだからな」

 だが那智は、足柄に釘を刺す。深海棲艦との夜間戦闘は古今例が無く、それを行うのは彼女達が初めてであったのだ。

 「それに装備だって、私達の艤装に夜戦用のものは備えられて無いんだぞ」

 そしてさらに、彼女は夜戦装備の不備を指摘する。彼女達の艤装には探照灯も付いていなければ、照明弾も無いのだ。夜戦となれば、夜目を効かせるしかないのである。

 「・・・私達、大丈夫なんでしょうか?」

 那智の忌憚無い指摘を聞いて、羽黒は強い不安を抱いた。敵の能力は未知数であり、夜戦用の装備も無い。艦娘を運用するということも深海棲艦と戦うということも、初めてのことばかりなのだから手探りしつつにならざるを得ないとは言え、考えてみれば現状はかなりお粗末な状態であった。

 「大丈夫よ羽黒。確かに前例も装備もないない尽くしかもしれないけど、その代わり数的有利だけはちゃんとあるんだから」

 そんな羽黒に、足柄はやたら自信を持った口調でそう言い切る。そして実際第二方面隊は、彼女達妙高型重巡洋艦娘4名で編成された第五戦隊に北上以降の球磨型軽巡洋艦娘3名で編成された第一四戦隊、陽炎型駆逐艦娘で編成された第一一、一二の二個護衛隊8名の、合計15名で構成されているのであり、これに佐世保第三方面隊の11名も加わって26名となれば、深海棲艦10体に対する戦力としては、十分すぎると言えた。

 「しかし足柄・・・あれだけ指摘を受けたのに大丈夫と豪語出来るお前のその図太さは凄いな」

 「えぇっ、なによぉ!」

 那智はそんな彼女の声の大きさに、一周回って歓心を覚える。足柄はその失礼なもの言いに不満げな声を上げた。

 「だって数的有利は確かにその通りじゃない?ねぇ、妙高姉さん」

 「・・・」

 「あれ?姉さん?」

 そして那智に対する中で、足柄は妙高にそう話を振る。しかし彼女には足柄の声が聞こえていなかった。

 この会話の中にあってただ一人話に加わって来ていなかった妙高は、張り詰めた表情で船窓から船外を眺めている。その視線の先には、停泊中の第一艦隊の艦群があった。

 (高雄、私必ず勝つわね)

 妙高は第一艦隊を見つめながら、心の中でそう呟く。彼女にとってこの戦いは、勝てる勝てないではなく勝たなければならない戦いであった。それは高雄の抱える心配のためである。

 妙高の心には、今でも高雄に対する心配を捨てきれていなかった。気にしたところでどうにもならないということは分かっていたが、それでも彼女は思い悩まずにはいられなかったのである。

 そんな妙高にとって、この戦いはチャンスであった。近海防衛部隊の戦力だけで本土に迫る敵を迎撃しようというこの戦いに勝つということは、本土に残る艦娘がその戦力だけで深海棲艦の侵攻に対抗出来るということを示すことであり、それが果たされた時、妙高を思い悩ませる高雄の心配は、一挙にして晴らすことが出来るのである。

 高雄を安心させるために必ず勝つ。それが高雄との別れ際に"私達は大丈夫"と言ってあげられなかった妙高にとって、唯一彼女のために出来ることであったのだ。

 そして午前11時。全ての出港準備を終えて離岸作業に入り、錨を引き上げて係留索を外すと、<くろせ>は機関を始動させて徐々に桟橋から離れだした。

 「帽振れー」

 桟橋側で離岸作業を行っていた港湾作業員と<くろせ>の甲板員が、互いに帽振れをする。その間にも<くろせ>は桟橋から離れるように変進しながら、微速で前進を開始したのだった。

 そして<くろせ>は呉港を出港する。深海棲艦迎撃のために、妙高達を乗せて南西諸島を目指すのであった。

 

 

 

幕間〜近海護衛部隊編成一覧表〜

・横須賀第一方面隊

母港:横須賀

主要任務:大平洋方面の防衛

所属部隊

第八戦隊

(利根、筑摩)

第三機動戦隊

(雲龍、天城、葛城)

第九護衛隊

(霞、霰、陽炎、不知火)

第一◯護衛隊

(黒潮、親潮、早潮、夏潮)

 

・呉第二方面隊

母港:呉

主要任務:南西諸島方面の防衛

所属部隊

第五戦隊

(妙高、那智、足柄、羽黒)

第一四戦隊

(北上、大井、木曽)

第一一護衛隊

(初風、雪風、天津風、時津風)

第一二護衛隊

(浦風、磯風、浜風、谷風)

 

・佐世保第三方面隊

母港:佐世保

主要任務:南西諸島方面の防衛

所属部隊

第六機動戦隊

(大鷹、冲鷹、雲鷹)

第一二戦隊

(由良、鬼怒、阿武隈)

第五護衛隊

(早霜、秋霜、清霜、秋雲)

第八護衛隊

(宵月、夏月、満月、花月)

 

・舞鶴第四方面隊

母港:舞鶴

主要任務:日本海方面の防衛

所属部隊

第一五戦隊

(天竜、龍田、夕張)

 

・大湊第五方面隊

母港:大湊

主要任務:大平洋及び北方方面の防衛

所属部隊

第一三戦隊

(球磨、多摩、島風)

第七機動戦隊

(神鷹、海鷹)

第一三護衛隊

(野分、嵐、萩風、舞風)

第一八護衛隊

(江風、涼風、有明、夕暮)

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