午後8時30分。すでに日は完全に落ち、あたりは暗闇の中にある。
深海棲艦集団を初めに発見した吉永二等海尉の指揮するP-3は、現時刻に至るまでその監視と情報収集を担当していたが、しかし燃料の限界が迫ったことにより、他の機と交代して鹿屋基地に帰投中であった。現在は、種子島の南西約20Km上空を飛行中である。
種子島沖には、佐世保を出撃した近海防衛部隊佐世保第三方面隊の母艦<よなくに>が待機中であった。それは極東管区統合作戦本部が、深海棲艦集団迎撃の接触予定点を種子島の沖合いに設定したためである。
敵集団は午前10時の発見以来、その進路を全く変えずに南西諸島を北北東に直進し続けていた。そのため統合作戦本部は、敵が南西諸島を一直線に北上し続けるという進攻予想打ち出し、これを元に迎撃作戦を立案したのである。
そして実際、敵集団はその後も統合作戦本部の進攻予想通りに進攻を続けており、現在はその接触予定点から南西44kmを、20ktで移動中であった。このまま行けば、9時30分までには敵集団と接触すると考えられている。そして呉第二方面隊も種子島沖を目指しており、9時には佐世保第三方面隊と合流して、深海棲艦集団に対する迎撃準備を完了させる予定であった。
(うん?なんだ・・・)
P-3Cの機上から海上を眺めていた田川三等海曹は、眼下の真っ黒な夜の海に、淡い光の点が浮かんでいるのを見つける。海面下に青白い光が、揺めきながら点在しているのだ。
「なに?海面下に発光?」
田川からその異常を報告された吉永は、自らもその発光を確認しようとして、海に目を落とす。するとちょうどその時、発光源が白波を立てながら海面上に浮上した。
青白い発光と、それを反射して浮かび上がる霧のような噴出物。海も黒いのでよくは見えないが、それはまぎれもなく深海棲艦だった。それも発光源の数からして、10体以上の敵集団である。彼らが最初に発見した集団とは別の、新たな深海棲艦集団であった。
これはミスである。統合作戦本部は最初に捕捉した深海棲艦集団の監視に集中してしまい、他にも敵集団が潜伏しているという可能性を見逃してしまったのだ。
深海棲艦集団の本土襲来は一大事であり、特にその状況のきっかけたる敵の第一集団の存在感は極めて大きかったのである。そのためそれを過大視してしまった結果、この事態を招くことになったのだ。
「嘘だろ・・・」
そしてその事実を悟った吉永はそう口走る。この新たな敵集団の存在は、大変なイレギュラーであったからだ。
この第二集団とでも言うべき新たな敵集団の出現は、その瞬間に投入戦力の前提も、作戦予定さえも狂わせたのである。それはこの第二集団の存在が、前提となる計算には入っていないからであり、その出現は迎撃作戦を根本から完全に破綻させたのだ。
この戦いの趨勢は、最早誰にもわからない状態に陥ったのである。そして現状、窮地に立たされることになったのは近海防衛部隊であった。
「敵の新たな集団!?」
種子島に向かっていた<くろせ>の船内で、妙高達は新たな深海棲艦集団の出現という思わぬ報告を受けていた。そしてその敵第二集団に対して、第三方面隊を乗せた<よなくに>は種子島沖から退避しつつ、第二方面隊と合流するために北東方向を目指して全力航行しているという。
「すぐに応援に向かいましょう。第三方面隊が消耗すれば、それだけ私達は勝機を失います」
その報告に衝撃を受けた妙高であったが、第二方面隊の指揮権を任された者としてすかさずそう決断すると、出撃を下命した。深海棲艦に対する彼女達の優位は、第二、第三方面隊を結集した時の数的有利によって初めて確定するのである。勝とうと思うのならば、個別に攻撃されてこれを削られるようなことは阻止しなければならないのだ。そして妙高は、旅立つ高雄に余計な思い煩いをさせない為にも、この戦いには絶対勝たなければならないと考えている。
「総員出撃準備!準備の整った者からすぐに出撃だ、急げ!」
そして那智がそう声を張ると、船上の第二方面隊は慌ただしく動き出した。彼女達は甲板に出て一人また一人と艤装を装備すると、準備の出来た者から次々と海に降りていく。
海は酷く時化ていた。その荒れた海上で単縦陣を組むと、第二方面隊は波飛沫と行く手を遮るような強風に立ち向かいつつ、高く立つ波に投げ飛ばされないように注意しながら、夜の荒海を南西に進んでいく。
それから20分ほど航行すると、第二方面隊は前方から退避してきた<よなくに>と行き違いになり、そのさらに後方で複数の砲炎が瞬くのを見た。第三方面隊が、敵第二集団と砲火を交えているのである。
「逃げ切れなかったのか」
那智は、既に戦闘が始まっている光景を見てそう言った。深海棲艦の最大速度は40ktを超えるため、第三方面隊は<よなくに>を守るために応戦せざるを得なかったのである。
「戦闘に加勢します、全員続いて!」
第三方面隊の戦力を保持するならば、被害が広がる前に加勢し、敵を殲滅しなければならなかった。妙高は第二方面隊の先頭で、突撃を命令する。
「砲撃戦用意!」
そして彼女の指令に呼応して、旗下15名はいつでも撃てるように主砲を構えた。ふと大きな波が彼女達を高く持ち上げた時、追撃を受ける第三方面隊の向こう側に、深海棲艦の目のような発光部の放つ光りが多数浮き上がる。第二方面隊は波の頂から逆落としを掛けるようにして海上を駆けると、第三方面隊の側方を交差するように回り込んだ。
「撃ち方始めっ!」
妙高が攻撃命令を下す。位置関係上第三方面隊を壁にする形となったことにより、敵の直近にまで踏み込むことの出来た第二方面隊は、深海棲艦集団を至近距離の側面から攻撃した。
視界の効かない夜間戦闘であったため命中弾は少なかったが、敵は攻勢を挫かれ、動きを鈍らせる。その隙に第二方面隊はすかさず北東方向に回頭して、第三方面隊と同航した。
「こちら佐世保第三方面隊総隊長の由良です。そちらは第二方面隊ですか?」
「はい、呉第二方面隊です」
第三方面隊総隊長の由良は、部隊を並走させながら妙高とそうやり取りを交わす。佐世保第三方面隊は彼女を指揮艦に、その姉妹艦3名で編成された第一二戦隊と、夕雲型駆逐艦で編成された第五護衛隊、秋月型駆逐艦で編成された第八護衛隊で組織された、総勢11名の部隊であった。
「状況は?」
「秋霜、宵月、戦闘不能、花月が損傷過多、阿武隈も被弾しましたが損傷は軽微。敵は駆逐艦型が主体のようです」
予想に違わず、第三方面隊は被害を受けていたが、しかし敵が駆逐艦型ばかりであったためか、その損害は劣勢で20分間戦ったというわりには少ない。妙高はとりあえずひと安心した。
「戦闘継続が困難な子はすぐに退避させて。第三方面隊は予定通り第二方面隊の指揮下に・・・」
「姉さん、敵が来るぞ!」
妙高は負傷者を退避させ、両部隊を統合しようと指示を出そうとするが、那智が急接近してくる敵集団の動きを捉えたため、それは半ばで遮られる。敵の接近に対し、第二方面隊は負傷者を離脱させようとする第三方面隊と敵集団の間に入り、応射を開始した。
「敵集団の後方に回り込みます。第三方面隊は複縦陣で戦列に合流してください!」
第三方面隊をカバーしつつ敵集団の側方を回り込むため、彼女達は距離を取った大回りで南西方向に転進する。そして互いが交錯すると、それぞれ反対方向へと進むことになるので、彼女達は敵集団との間に距離を得た。この開いた距離のもたらす時間的猶予を利用して、第二方面隊は第三方面隊を左方に置いた複縦陣を組む。両部隊は第二方面隊の指揮下に一体化した。
第二方面隊を敵として認識している敵集団は、反転して攻撃を続行しようとしてくる。砲撃の応酬は振り出しに戻り、彼女達はそれを迎え撃った。
「敵の陣形は輪形?」
「いや、陣形らしきものはない。ただ一ヵ所に集まっているだけだ」
砲撃戦の中、火線が伸びる度に浮き上がる敵の姿を見て妙高がそう問うと、那智はそこに陣形らしきものが存在していないことを確認する。
「なってないわね!それじゃ的もでかくなるし、後列の射線も邪魔するのよ!」
その様を見た足柄は、自分達が優位に立っていると宣言するように、敵の不出来をこき下ろした。
「敵に命中弾。後ろの駆逐艦の砲撃みたいです」
砲撃を続けていると、味方の砲撃が一発、敵の駆逐艦型に命中して爆光を閃かせる。羽黒の目視だが、撃ったのは単縦陣の後尾にいる護衛隊の駆逐艦娘のようだった。
直撃を受けた敵駆逐艦型は波間に消えていく。夜間ゆえの視界の悪さや、それをカバーする装備が無いことによって、距離のある砲撃はこれまでほとんど命中していなかったが、その命中弾は敵との距離が縮まったことによって、徐々に命中しやすくなってきていることを示していた。
「こちらから当たるのなら、敵の攻撃も当たる。油断するな!」
その戦果を見ながらも、那智はそう注意を利かせる。距離が詰まったことにより、敵の火線も彼女達をより確実に掠めていくようになっているのだ。彼女達は敵を有効射程に捉えつつあるが、敵もそれは同じなのである。
第二方面隊は高く立つ波の合間を縫って進んだ。敵の火線砲は水平射撃であるため、波を壁にすれば防ぐことが出来るのである。ただそれでも、敵の巡洋艦型は弾体発射型の砲塔構造物も備えており、波越しに曲射が可能であるため、彼女達は気を抜けるわけではなかった。
「だいぶ距離が詰まってきましたけど、雷撃は大丈夫ですか?」
「注意した方がいいわね。総員、雷撃距離に入るまでに敵を撃ち減らしてください」
そして距離が詰まるということは、雷撃の危険が増えることでもある。羽黒に言われてそれを意識した妙高は、雷撃前に一体でも多くの敵を沈めるように第二方面隊を激した。
そして彼女達は、雷撃距離まで近付く。その時ザッ、という空気を削り取っていくような重い音が通り過ぎて、轟音と水柱が同時に発生した。敵の雷撃が、彼女達の雷撃に先んじて始まったのである。
「イタタッ、退避していいかな・・・?」
その水柱の中から、艤装や衣服がズタズタになった軽巡洋艦娘の北上がよろよろとした力ない姿で現れた。雷撃の直撃を受けたのである。
艦娘はダメージを受けると、その破壊エネルギーの全てを艤装が引き受けることから、キャパシティを超えない限り艦娘本体が傷付くことはほぼ無い。しかし破壊エネルギーを引き受けて壊れた艤装は航行能力を著しく低下させてしまうため、敵の雷撃たる圧縮衝撃波に損傷を強いられた北上は、単縦陣に付いて行けなくなり、単縦陣から落伍してしまう。
「北上さんっ!」
そんな北上を案じるように、彼女の同型艦である大井も単縦陣を離れた。
「そのまま避退してください!」
大井は無傷であり、その行動も独断であったが、妙高は彼女を北上に随伴させる。速力の低下した北上を一人で離脱させるのは危険であり、何にしても付き添う者が必要だったということもあるが、そもそも彼女を制止している暇もなかったのだ。
その間にも、圧縮衝撃波の風切り音は幾重にも突き抜けてゆき、吹き抜ける風と波音の中でも大気を重く震わせる。その威力は、立ち上がった波に直撃した一発が、波の稜線を完全に水飛沫へと変えてしまうほどであった。
「雷撃戦用意!」
水飛沫が飛び荒ぶる中、妙高は第二方面隊に雷撃戦用意を号令する。雷撃距離に接近するまでの間、彼女達はさらに命中弾を稼いでおり、少なくとも巡洋艦1と駆逐艦2を撃沈して、他の多数の敵にも損害を与えていた。夜間で不明瞭なことも考えれば、さらに撃沈している可能性もある。
「撃てっ!」
そして彼女は、魚雷攻撃を命じた。各人は砲撃を続けながらも、発射管を敵に向け、各自一本づつ次々に魚雷を放つ。
射出された19本の雷跡は夜の荒海の中へと消えていき、数刻の静寂が流れた後、出し抜けに爆音を響かせた。そして3本の水柱が、夜の海上に立ち上がる。
「3発命中したわっ!どんなもんよ!」
もちろん自分一人の戦果ではないとわかっていたが、足柄は誉れ高そうに声を上げた。
「命中3の内一体は巡洋艦型に見えましたけど、誰か確認していますか?」
「私も見ました。ホ級撃沈で間違いないです」
敵の残存9体から、魚雷の直撃が3であるため、その3発ともが敵を撃沈していれば、残っているのは6体だけである。第二方面隊はいまだ19名の戦力を残しているため、彼女達の優勢は確定したかに見えた。
「敵がばらけたぞ!」
しかしそこで、那智が唐突に声を上げる。第二方面隊に至近まで接近していた敵集団は突如として分散し、個別で彼女達へと突撃してきたのだ。
「きゃっ!」
そして一瞬の油断とでも言うべきか、雷撃の成功という戦果に気が緩んでいた彼女達は、敵に噛みつかれてしまう。懐に飛び込まれた第二方面隊の陣形はバラバラに崩され、戦いは乱戦の様相を呈した。
「このっ!」
軽巡洋艦娘の鬼怒は、由良に襲いかかった駆逐艦型イ級を狙撃する。妙高達もそこに加わって、数の力でイ級を押し潰したが、その間残りの5体は駆逐艦娘たちに襲いかかっていた。
「時津風っ!?」
その内の一体が放った雷撃を、駆逐艦娘の時津風は至近距離からまともに受けてしまう。そしてそれをすぐ間近で見た天津風は、倒れそうになる彼女に駆け寄って、その身体を支えた。
しかし時津風を支えたことにより、天津風の動きは鈍る。そしてその隙を狙うように、別のイ級が二人へと迫った。
「んっ・・・!」
天津風は、攻撃を避けられないと見てとっさに被弾を覚悟したが、しかしイ級は攻撃を行う前に爆散する。二人を救ったのは、天津風と同じ第一一護衛隊所属の姉妹艦初風と雪風の二人であった。
「時津風、大丈夫?」
「ちょっと・・・駄目かも」
第一一護衛隊の隊長である初風は、天津風に支えられた時津風にそう訊ねる。それに対して、時津風は力無さげにそう答えた。
「天津風は時津風を連れてこのまま離脱しなさい。私達がカバーするわ。いいわね、雪風?」
「了解です!」
時津風が直撃弾によって受けたダメージは大きい。これ以上の戦闘継続が危険と判断した初風は、天津風に時津風を連れて戦線を離脱するように指示し、雪風と共にそのカバーに回った。
「落ち着け、二人組になって対応するんだ!やられて足手まといになったら離脱しろ」
軽巡洋艦娘の木曽は、混乱する戦場で駆逐艦達を援護しながら、そう指示を飛ばす。指揮権は妙高にあったが、そんなことを気にする余裕は無かった。
「敵はもう僅かです。撃て」
その木曽の指示によって徐々に混乱が収まる中、妙高達もその援護に入る。体勢を立て直して突撃による混乱も収まると、僅かな残敵は瞬く間に撃ち減らされていった。
「最後の1体、いただくわっ!」
最後に残ったイ級を、足柄が直接射撃で撃破する。勝敗は決し、彼女達は敵第二集団の撃滅に成功した。
「全艦集合。損害状況を報告して下さい」
そして妙高は陣形を立て直しつつ、部隊の損害状況を確認する。ここまでに受けた損害は、先に損傷を受けて離脱していた第八護衛隊と秋霜の5名に加えて、北上、大井、時津風、天津風ら4名の戦線離脱であったが、その他の大半は損害が軽微であり、戦闘継続が可能であった。
「17人残ったのね。これならまだ十分戦えるわ」
その結果を見て、足柄はそう言う。戦力の三分の一に及ぶ9人の離脱は大きな被害だが、それでも敵の第一集団10体に対してなら、彼女達はまだかろうじて数的有利を維持出来ている状態にあった。
「敵は今どこまで迫っているんでしょう?」
「進攻速度が変わってないなら、ここから約40kmの位置にいるはずだ」
羽黒と那智は、状況確認のためにそうやり取りを交わす。第三方面隊が敵第二集団から襲われた時、敵第一集団は種子島沖の接触予定点から44kmの距離にいた。そのため30分後の現在、敵はさらに20km進攻して、接触予定点から24km手前の位置にまで進攻していることになる。第二方面隊はその接触予定点から約20km北東にいるため、その距離はおおよそ40kmになるのだ。
「敵はもうすぐそこまで来ているということね。第二方面隊は、このまま敵集団の迎撃に向かいます」
それは互いがそのままの速度で進んだ場合、約30分で正面から対峙する距離である。その距離感に接敵の覚悟を決めた妙高は、そう発令して第二方面隊を南西に向けた。