装甲少女隊、北へ CODE1940   作:ボストーク

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皆様、こんにちわ~。
なんとか第2話も連日投降できました。
流石に前作よりちょっとノリを変えてるので、中々苦労しとります(^^

さてさて今回のエピソードは……今回まではどちらかと言えば、ガルパンらしからぬ基本シリアスな雰囲気です。
オリキャラの渋い先生やら、新型戦車の片鱗(アウトライン)が少しづつ出てきますよ~。




第02話 ”テスターです!”

 

 

 

【富士機甲学校】

近年の陸上兵力の急速な自動車機動化/装甲化、総じて言うところの”機甲化”に対応するために新設された陸軍でも指折りの規模を誇る最新施設だ。

 

基本的には機甲装備と新しい時代の戦術である機甲戦に対応できる人材を戦車兵から整備兵まで包括して育成(つまり既存の戦車学校と機甲整備学校の包括)することが最大の目的であるが、同時に機甲戦に必要な装備……大は戦車から小は必要ならばネジの一本まで研究/開発/試作品製造を目的とする機関としても期待されている。

無論、それら物品だけでなく戦車などを用いた機甲戦術や戦術を用いる作戦立案から戦略までを研究の対象としている。

 

要するに陸軍は富士機甲学校を、「陸軍の機甲戦の複合研究施設(ナショナルセンター)」として使う腹積もりなのだ。

ゆえに富士の裾野、樹海のすぐ傍に日本国内としては破格の広大な演習地があてがわれていた。

戦車や装甲兵車、自走砲などの戦闘車両導入に加え、近接航空支援まで入ったことによる戦場の高速化や各種砲の長射程化により、これだけの広大な試験場が必要と判断されたのだろう。

 

実際、みほは徒歩ではなく陸軍カラーのトヨダABRで敷地内を移動していた。

運転については問題ない。みほが動かせるのは戦車だけでなく、自動車の運転免許は普通に持ってるし(というか軍に入ったら学生だろうがなんだろうが強制的に運転免許証は取らされる)、自分でも『MG-J2』という英国製2シーターのライトウエイト・スポーツカーを所有していて、普段はそれを足にしていた。

普通は一介の中尉ごときが買える値段の車ではないのだが、戦場の言動かなりアレでもみほは一応、熊本の名門西住家のお嬢様なのだ。

かなり忘れられがちな事実ではあるが……

 

みほはその敷地の一角に立つ戦車用の整備ハンガーの前に車を止め、中へ入ると一人の男性の前で教本の通りの敬礼を決める。

 

「西住中尉、出頭しました」

 

その”次世代の日本陸軍の主力”を担うはずの戦車を前に佇む壮年の男……なるほど確かに巷で「軍人というより学者のよう」と評されるだけのことはある。

軍服よりも今のような白衣姿の方が様になる男性、”細見忠雄(ほそみ・ただお)”陸軍少将は柔和な表情で、

 

「やあ、よく来たね。みほ君」

 

微笑みながら返礼をした。

 

 

***

 

 

 

細見忠雄

陸軍少将。第一次世界大戦において欧州で日本参戦前から駐在武官/観戦武官という立場で戦車をはじめとする新世代兵器の威力をまざまざと見せ付けられる。

終戦を欧州で迎え帰国後すぐに、輸入したてホヤホヤのルノーFT軽戦車やホイペット戦車の技術解析を行い、日本における戦車の第一人者となる。この時、同じ研究をした軍人の一人に現大日本帝国陸軍の機甲総監である”酒井勇次”中将がいる。

またこの時期に自動車工学の博士号を取ったようだ。

 

その後、教育畑に入り1922年に開校した日本最初の本格的機甲学校である”千葉戦車学校”の立ち上げメンバーとなり初期の教官を務め、また遅れて開校した陸軍機甲学校の教授として就任。

そして現在、1934年開校のこの陸軍の誇る大規模統合機甲学校、富士機甲学校の開校時から校長として就任している。

校長であると同時に戦車研究者としての看板も捨てておらず、例えば目の前にあるまだ試製という二文字を正式には頭からはずされていない【一式中戦車】も彼が計画当時から研究者の一人として関わってきたものだった。

 

教育者であると同時に技術者達の纏め役という役回りが期待される富士機甲学校校長という立ち位置は、細見にうってつけと言えるかもしれない。

 

「どうかね? 昨日乗ってみた感想は?」

 

「ええ。ちゃんと前の課題がきちんと修正されてて、一日一日完成に近づいていってるのが実感できます」

 

開発と試験が行えるのが富士機甲学校の特徴である以上、ここは他の軍施設に比べて民間の研究者……まあ戦車などの開発関連企業の技師達だから、厳密に言えば純粋な民間人というより軍属というべきだろうか?

そんな彼ら/彼女らが小さくガッツポーズを決めるのを、みほは見逃さなかった。

 

(毎度のこととはいえ、なんでこんな小娘……出世したてホヤホヤの新米中尉の言葉に一喜一憂してるんだろ?)

 

 

 

みほの最近の日課……というより、日本本国へ帰国してからの日常は、この富士機甲学校でひたすら”試製一式中戦車”を乗り回し、車長という立場から荒地を走らせ、主砲を撃たせ、戦場でやるたいていのことをシミュレートを行うことだった。

 

みほが研究者/開発者からのオーダーに応えるように戦車を走らせ、レポートを書いて戦車動作を外から観察/計測していた技官/技師たちに渡し、彼女のレポートをはじめ様々な角度の資料を検証/検討し実車にフィードバックさせる。

それをまたみほが乗って……の繰り返しだ。

それをもう半年も続けている。

 

もともと、西住の一族は戦車を酷使する、言い方を変えれば戦車の限界性能を引き出すことで有名な一族だ。

というより『自家用戦車』なんてふざけた物をしかも複数所有する家なんて、日本でもそうそうないだろう。

曰く、

 

『決して雑には扱わないが、荒っぽくは扱う連中』

 

である。そんな評判を聞いて、きっとみほのことだから、

 

「え~。凄いのはお母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃんで、わたしはいたって普通だよ?」

 

とでも言い出すに違いない。

なにせみほのの自己評価は致命的なまでに低いのだから。

 

しかし、である。

帝国陸軍内部での彼女の……あのイタリカの激戦で最前線で戦い続け、最後のハイライト『敵野戦司令部追撃/包囲殲滅戦』をほぼ独力で、それも短時間で練り上げた少女の評価が低いわけはない。

しかも彼女は実質的に戦車中隊を率い、最後は夜の森に潜むという奇策で敵の残存部隊に止めを刺したのだ。

みほが最後に発した発令、『第一命令、蹂躙セヨ! 第二命令、蹂躙セヨ! 第三命令、蹂躙セヨッ!!』は、「近年稀に見る苛烈な命令」として軍内に広まっている。

なので、西住みほという新米中尉は……

 

”西住家の中でもっとも戦闘に特化した存在”

 

”死神をスポンサーにつけている(ロゥリィ・マーキュリーがいる以上、あながち間違いではないが……)”

 

”その身体は装甲板でできている。血潮は燃料、心は炸薬。敗北という文字を履帯で蹂躙し、圧倒的な火力で勝利に嗤う”

 

などと囁かれていたりするのだ。

それにしても本人が聞いたら卒倒しそうな内容だ。

 

そんな評判のみほだからこそ、この一式戦車のブラッシュアップに呼ばれたのだが。

本人無自覚のようだが、実は彼女の意見は辛辣というよりは的確かつシビアで、技術者達を凹ますことも多い(何しろ最初に試製一式中戦車に乗った時の感想が「なんか優等生っぽくてか弱い感じのする戦車ですね?」だった)が、その分頼りになるとも認識されていた。

つまるところ、みほは自分の評判をよく判っていなかった。

 

「みほ君、そろそろ一式は実戦で使えそうかね?」

 

そう問いかける細見に、みほは……

 

 

 

***

 

 

 

(素性はいい戦車なんだよね……)

 

みほは即座に細見の問いには答えず、試製一式戦車を見上げながらそう考える。

製造労力をの減少と強度の確保の双方をこなす(ただし重いが)全鋳造工法の砲塔は、避弾経始がよく考えられた丸みを帯びたなだらかな物で、みほから見ても中々貫通されにくそうな印象があった。

溶接が全面的に取り入れられた車体も悪くない。これで戦車のどこに敵砲弾が命中しても衝撃で折れた鉄鋲(リベット)が車内を跳ね回ることはないだろう。

それに車体正面もしっかり傾斜装甲が導入されているのもいい。

 

エンジンはついに大量生産が始まった九〇式統制型発動機AL型ディーゼル(V型12気筒、412馬力)で、トランス・ミッションはコンスタントロード型シンクロメッシュ機構の前進4段/後進1段の最新の物、操向装置は油圧サーボアシストが入った二重差動式遊星歯車型クラッチ・ブレーキ方式で、九七式などの従来の延長線上にある技術だけあって信頼性が高いはず。

無論、その分だけ……みほ達が『特地』で乗っていた九八式重戦車より強力になった分だけ重量もあるが、足回りも一番形式の新しい九七式中戦車の正常進化版のようなものを乗っけてるし、履帯は九八式重戦車と同じ幅広の500mmタイプだから大丈夫だろう。

 

(そして主砲は最新型長砲身の75mm45口径長軽量砲……)

 

おそらくは”一〇〇式長七十五粍戦車砲”と名づけられる予定の砲だ。

砲自体が合金配合の見直しや製法の改良で、大きな重量増をさせずに長砲身化させることに成功し、クロームメッキ処理された内部や薬室自体も強装の新型徹甲弾に対応するために強化されてると聞く。

噂では新型砲弾は薬莢のサイズは同じで、従来の九〇式野砲や九四式七十五粍戦車砲でも発射できるが、装薬(発射薬)の変更など様々な理由でかなりの強装弾らしく、従来の砲で撃つとかなり無理がかかるらしく磨耗や消耗が激しいらしいが……

 

「そういえば、新型の”高速徹甲弾”はもう納品されたんですか?」

 

通称【AP-HV】あるいは【APCR】と略される日本としては珍しい貫通力至上主義の純粋徹甲弾……これまでの日本陸軍の徹甲弾は、基本的には炸裂による副次的効果を狙った徹甲榴弾(APHE)が基本だった。

無論、従来型の徹甲榴弾でも長砲身化の恩恵である砲口初速の増大で貫通力はましているのだが、みほは大幅に対装甲貫通力があがりそうな新型砲弾の搭載を期待していた。

 

 

 

「いや。まだテストが十分とは言えなくてな……未だ最適値を出し切れんようだ」

 

首を横に振りながら細見は残念そうに答える。

 

(ないものねだりしてもしょうがないか……)

 

そのあたりの事情は、戦場ではよくあることなのでわかっていた。

それに自分は砲弾開発スタッフではなく、戦車開発スタッフだと思い直す。

 

「とりあえず現状で洗い出せる問題点は、この半年で全部洗い出したつもりです。これ以上のプルーフィングや判断は、おそらくわたしだけでは無理です」

 

「どういう意味だい?」

 

「わたしは小隊長、もしくは車長としてしか戦場を知らないということですよ。少将が用意してくださった戦車兵達は新型車両の試験を任されるぐらいですから、誰もがとても優秀です……」

 

 

 

この半年、一式中戦車のテスト・ドライバー達は、みほ以外は全て何度も入れ替わっていた。

逆に言えば専属テスターだったのはみほだけだったといえる。

みほは、「きっと他の娘達は別部隊からのレンタルで、わたしだけが暇に見えたんだろうな~」と思っていたが、実際にはそんなわけはない。

実は彼女以外の面々は、各部隊の将来を嘱望される(テスト・ドライバーとして使えるだけの)凄腕という評判の若手装甲少女達が選抜されて次々と送り込まれ、半ば研修としてこの場が使われているのだ。

 

実戦経験者の噂の天才女流戦車乗りから直々に戦車の何たるかを伝授されるのだから、送り出す側から見ればこれほど美味しいことはない。

また、受け手側も美味しいのだ。一式戦車のエンド・ユーザーは彼女達なので直に意見を聞けるのはありがたい。

 

それに若いわりに腕は立つと評判でも、若手である以上は戦車自体への搭乗時間はまだ短いはずで、そういう戦車乗りの意見も貴重だ。

まだ試製の段階……正確には問題点の洗い出しが終われば、先行量産型はすぐ作れるだけの生産体制は既に一式中戦車は整っている。

本格量産された暁には、新規導入分だけじゃなく現行の九七式中戦車や九八式重戦車はほぼ一式中戦車に置き換えられる予定だった。

つまり、新兵からベテラン戦車乗りまで一式を使う可能性があった。

なら、取れるデータは多いほうがいいに決まってる。結局はWin-Winの法則が成り立ち、知らぬはみほだけという具合だ。

 

「でも、戦場で無茶ができるかはわからない。望みもしないのに、無茶も無理も強いられるのが戦場ですから」

 

「みほ君、君は一式が実戦で使えるどうかは”戦場で無茶が出来る専門家”を用意してから判断しろと言うんだね?」

 

みほは頷き、

 

「一式を日本だけで使うなら、今のままで十分です。ですが、戦場に持ち込もうというのなら、こっから先は戦場での戦車の扱いを知ってる乗組員(クルー)の助言が必要になってくるでしょう」

 

 

 

***

 

 

 

その時、細見がなんと答えたのかは残念ながら記録に残っていない。

だが、数日後には半年会ってないだけなのに、おかしな位に懐かしい面々と再会することになるのだが……それは次回に取っておこう。

 

(やはり、私の目に狂いはなかったな……)

 

細見は内心でそう満足げに笑っていた。

彼が最初にみほの名を着目したのは、かつての教え子……”西住虎治郎”から軍便で届いた軍機指定のスタンプが捺された分厚い封筒を開けたときからだった。

 

その書類束を見たとき細見は眼を疑った。

そこには見たことも聞いたこともない機甲戦術と、ありえない戦果……何よりも斬新な試案が精密なイラスト入りで詰め込まれていたのだ。

 

しかも、それを書いたのは大規模戦経験が初めての新米少尉……二十歳に満たぬ少女だというのだから一層驚きだ。

 

『果たして異能か天才か……』

 

気が付くと彼はそう呟いていたという。

みほの考えたいくつかのアイデアは比較的簡単に実現でき、もう量産プランが出来てる初期量産分の一式中戦車には間に合わないだろうが、試験で効果が実証できれば一式の改良には盛り込めるだろう。

 

(残りも【三式】用に検討してみるか?)

 

細見は一式の計画が終われば待ち構えている次なる戦車計画に思いを馳せる。

 

(みほ君がこのままテスターをずっと引き受けてくれればいいが)

 

そうならないことは細見はよく判っていた。

1940年4月にみほが日本本国に帰還&所属する中隊が解散して一時的にフリー(その時点で、特にみほから希望異動先は出ていなかった)の身になると聞くと彼女の獲得に動いた。

本人あずかり知らぬ事だがみほを欲しがる部署は多く、水面下では熾烈な獲得競争があったらしいが……細見は「我ながら似合わないな……」と思いながらもコネを駆使して無事に彼女をゲットし、今に至る。

 

細見にはみほ……実戦を潜り抜け、戦場の多くを機甲戦という観点から知る優秀な戦車乗りがどうしても必要だった。

一式を可能な限り早期に「実戦投入レベル」で完成させるために。

だが、みほが手元におけるのは長くて本年度一杯だろう。

 

(果たして間に合うか……)

 

一式の完成が……もあるが、

 

「【冬戦争】に現れたという”噂の怪物戦車”が戦場に現れる前に、一式は配備できるのか?」

 

 

 

細見の問いに答える者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
細見少将と試製一式戦車、そしてみほの一般的評価(笑)が出てきたエピソードは如何だったでしょうか?

話の展開的に、どうやらあんこう小隊のメンバーの登場は次回に持ち越しになってしまいました(^^
それにしても第6中隊が既に解散……メンバーはそれぞれの道を歩んでるみたいですよ?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!


***



設定資料



細見忠雄(ほそみ・ただお)

階級:陸軍少将
役職:富士機甲学校校長
資格:自動車工学系の博士号を保有
特記事項:”一式中戦車”の試験最高責任者。”三式重戦車”開発委員の一人。

備考
モデルとなったのは旧陸軍の細見惟雄(ほそみ・これお)中将。
「軍人というより学者」という表現は、細見中将の史実の人物評から。
第一世界大戦を欧州で過ごし帰国後は戦車研究に邁進、その後は新世代の機甲装備や機甲戦のなんたるかを伝授する機甲系の教育畑に転身。
『知波単女子戦車学校』の兄貴分である日本発の本格機甲学校である千葉戦車学校の立ち上げメンバーで同校の教官を務めた後、機甲整備学校の教授に就任。その後、富士機甲学校の開校当時から校長を務める陸軍教育界の大御所。

日本陸軍機甲兵力の元締めである現陸軍機甲総監の酒井勇次中将とは、若かりし頃共に他国の戦車を研究した仲で、みほの兄である西住虎治郎少佐は元教え子(虎治郎は富士機甲学校の出身)で一時的に部下だったこともあるようだ。

現在は、みほを招聘し一式中戦車の実戦投入レベルでの完成を急ぐ。
最近の懸念は「ソ連が冬戦争で試験投入したらしい新型戦車」らしい。






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