なんとか再び連日アップとなりました(^^
さて、今回のエピソードは……珍しく(もしかしてシリーズ初めて?)、みほ達が全く出てこないエピソードとなります。
それでは、誰が出てくるかと言えば……
1940年3月13日、カレリア地峡、ソ連-フィンランド”暫定”国境線付近
「はぁ……もう戦争は終わりかぁ」
まだ春の気配が届かないどころか、「どこかの妖怪が咲かない桜を咲かせるために春を閉じ込めたんじゃないの?」と疑いたくなるぐらい寒く凍てついた冬景色の中、まだ真新しい”丸っこい戦車”のキューポラから半身を乗り出した、ややツリ気味の瞳とショートボブのふわふわの金髪の組み合わせが妙に可愛い女の子が、小さな身体をだらけさせていた。
いや、それにしてもホントに小さい。
もしかしたら……いや、間違いなく140cmないだろう。
この世界でも”ベリヤ”がいたら真っ先に目を付けられ
まあ、この”新型戦車”は設計局がコンパクトに作りたいばかりに搭乗者の身長制限、「160cm以下の人物が好ましい」としてしまったため、この小さな女の子は能力さえかみ合えばまさにうってつけなのかもしれない。
というより日本語表記は同じだが英語表記が史実と違うソ連に、(日本を除く)各国に比べても少女戦車乗りが多い理由は、そのあたりが関係してそうだ。
昔からよく言われることだが、「競馬の騎手、パイロット、戦車兵は小さいほうがいい」らしい。
そのせいかソ連には女流パイロットが現時点でもかなりの数が存在している。
ちなみに日本の戦車には一応、戦車乗りに身長制限がないが(なんせノッポで有名な西住虎治郎が乗れるくらいだ)、女性のパイロットも戦車乗りもソ連に負けず劣らず多く、軍全体の男女比率なら日本が完勝してる。
日本の場合は産業構造の変化で優良な労働力としての成人男性の需要が高まり、富国強兵はどこへやらの「国家の近代化の牽引、産業の一助としての労働こそ男の本懐」という風潮が出来上がってしまい、また躍進目覚しい産業界が『無職者、失業者、食い詰め者=志願兵予備軍』の悉くを吸引し軍への志願者は激減した。
そのような現状では徴兵もやりにくいためにやむにやまれず志願枠を女性にも広げたという経緯であり、ソ連とは大分理由が異なる。
他国はもっと酷いもんで、【
そういう時代といわれればそれまでで、「女房とイタリア人に戦争をさせる奴は……」なんて軍隊慣用句がまかり通る。
もっとも”彼女”にはそんなものは関係ない。
「女性が戦場で戦えるか?」という疑問に、鋼鉄の分身を使って回答し続ける”彼女”、”エカテリーナ・トハチェフスカヤ”中尉にとっては。
「”カチューシャ”様、ご機嫌斜めですね?」
そう声をかけてきたのは、中隊副長を務める名実共にトハチェフスカヤ中尉の副官である”ノンナ・テレジコーワ”少尉だった。
少し解説すると”カチューシャ”はロシア語でポピュラーな女の子の名前”エカテリーナ”の愛称であり、本来はエカテリーナと書くべきかも知れないが表記の混乱を防ぐため、以後はエカテリーナ・トハチェフスカヤをカチューシャと呼称する。
おそらくそれが紳士諸兄も見慣れた表記だろう。
「そりゃそうよ……ノンナ、周りを見なさい」
戦車に乗れるギリギリの長身と流れるような黒髪、涼やかな目元が印象的な彼女はカチューシャの言うとおり周囲を見回し、
「いつも通りですが?」
本来は清浄な雪と氷の世界のはずのそこは、今は”地獄”と形容できる風景が広がっていた。
あちこちで炎上するアメリカ、イギリス、今はかつての国の姿を失ったポーランドとフランス、イタリアの戦車まである。
言うまでもなく全てが既に兵器としての価値を失い、kg辺りいくらで取引される屑鉄としての価値しかないだろう。
そして、それらを操っていた者たちもまた人の姿を失い、「かつて人間と呼ばれた物体」となっていた。
そして、残骸から這い出てきた敵兵に戦利品であるフィンランド製のスオミKP/-31短機関銃を構え、
「カチューシャは射的じゃなくて狩猟がしたいの! 大体、相手が
逃げ出す敵兵に無造作に引き金を絞った。
背中に銃弾を浴びて倒れる無駄にでかい背丈のスオミ人にカチューシャは既に興味を無くしていた。
カチューシャの言うことは間違っていない。
史実と違いソ連と名を変えたロシアに対しフィンランドは、相応の装備を用意できていた。
例えばそれは型遅れの軽戦車ばかりといえど、史実の戦車保有量の20倍近い約600両もの戦車をはじめとする装甲戦闘車両を用意していたのだ。
他にも性能はともかくとして航空機も史実以上に数を揃えた。その数、実に1000機だ。
国際連盟からの追放のみが懲罰だった史実に比べると、英米はよほど本気を出してフィンランドを支援したらしい。
***
だが、結果は変わらなかった。
簡単に言えばフィンランドは事実上敗北し、史実同様の条件を飲まざる得なくなっていた。
なぜか?
それはソ連の首班がスターリンではなくリヴォフ・ダヴィードヴィチ・トロツキーということも大きいだろう。
例えば、史実ではスターリンの大粛清によってその時代のソ連軍の大佐以上の軍高級将校の七割近くが粛清されたというのだ。
その中にはミハエル・トハチェフスキーのような有能な軍人も大勢いた。
しかし、軍とは良好な関係を築けていたトロツキーは無駄な粛清などしなかった。
無論、一切の粛清はしなかったとは言わない。
例えばレーニンの死の直前、スターリンが”事故死”した後に国家の実権を握ったトロツキーは、かねてから調べ上げていたスターリンとその腰巾着の悉くを一族郎党まとめて処刑してるのだ。
例えば、政治畑ではベリヤ、ポスティシェフ、コシオール、ルズタークなどがあげられるし、GPUはヤゴーダやエジェフなどの危険因子を真っ先に処刑、ヤゴーダ派のパウケル/モルチャーノフ/プロコーフィエフ、エジェフ派のフリノフスキー/ザコーフスキー/ベールマン/アグラーノフを次々と粛清し事実上の組織解体。
軍人でもスターリンと昵懇だっただけで出世しただけの無能者だったヴォロシーロフが真っ先に有無を言わさず処刑され、また政治将校制度が全面的に廃止された。
余談ながら、おそらくこの世界で開発されるJS戦車シリーズやKV戦車シリーズは、スターリンやヴォロシーロフとは無関係だろう。
おそらくは開発責任者のイニシャルだったり単なる開発コードだった可能性もある。
以上のようにトロツキーもかなり大掛かりな粛清はやったが、史実のスターリンに比べるなら「子供の火遊び」程度のものであり、むしろ国内の不穏分子の大掃除と言える程度のものかもしれない。
ただトロツキー流の粛清効果も確かにあり、フィンランド人にとっては残念なことに害毒や無能者を排除したソ連には、第一次世界大戦とロシア革命の内戦を潜り抜けた歴戦の優秀な軍人が丸々残り、また史実同様のジェーコフなどの優秀な若手も育ってきていた。
インテリゲンチャ全体はともかくとして、テクノクラートやビューロクラートはむしろ優遇されてきたのだった。
結果としてこの有様だった。
史実の20倍の装甲戦闘車両と7倍の航空機を投入しても……負けたのだ。
いや、今のソ連軍相手に『史実と同程度の被害』で済んだのだから、むしろ誉めるべきだろうか?
参考までにいっておけば、ソ連は逆に史実に比べて投入した戦力は『半分以下』で犠牲は1/4にも満たない。
シモン・ヘイへをはじめ多くのフィンランドの英雄が活躍したが、それでも結果は変わらなかった。
そしてカチューシャの不機嫌の要因……楽しい楽しい戦争の時間が史実と同じ日付で終わろうとしているのも、ソ連が多大な犠牲を犠牲をだしたのではなく「本来の目的(フィンランドに突きつけた要求)を達成したのだから、これ以上の戦闘継続の意味は無い」という判断だった。
***
はっきり言ってカチューシャは物足りなかった。
せっかく祖国が威信をかけて開発した最新鋭戦車群、脚が自慢の快速戦車BT-7シリーズにカチューシャお気に入りのKV-1/KV-2重戦車、何より……
「本当に何のために”この子”……”T-34”を持ってきたのかわからないわよ」
そう、彼女が「乗って戦うならこの戦車よねっ!」と一目惚れした、歴史に名を残す名戦車の『T-34中戦車』なのだ。
せっかくまだ若いのに赤軍元帥やってる大大大好きな伯父さまに、サンタコスまでしてものすごぉ~く甘えて一晩中小さな肢体と幼い器(口や尻も含む)でハッスルして、伯父さまの足腰立たなくしてからもぎ取ってきた、まだ工場で出来たばかりの最新の長砲身戦車砲『F-34/76mm戦車砲』を装備したテストモデルなのに、
「T-34が戦うのに相応しい相手がいないじゃない!」
とまあこういう具合だ。
「それは最初からわかっていたことでしょう?」
事前の調査でも、フィンランド軍にろくな戦車がないことは既に知られていた。
しかも、この戦争で大分消耗してしまっているのだ。
「そうだけどさ……でも、もうちょっと歯ごたえがあるって言うか」
ノンナは未だ燻る鋼鉄の残骸を見ながら、
「彼らはよくやったと思いますよ? 戦争の最終日に、奪われた祖国の領土を少しでも奪還しようと突撃してくるなんて……健気でいいじゃないですか」
そう、既に明日の3月13日には停戦がなることは決定し、両軍に通達されていた。
しかし、「停戦後の国境線は3月13日午前零時時点での両軍の占有地域を基準とする」という文言が加わっていたため、この最終日の攻勢にはそれなりの意味も正当性もあった。
そして、フィンランド側には「この地区には、警備任務の1個戦車中隊規模の車両しか護りに着いていない」という情報を意図的に流布してあった。
だからこそ、なけなしの残存戦車群を投入したのだ。
だが、スオミ戦車乗りを待ち受けていたのは過酷な運命だった……
「まあ、それを待ち伏せて一気に殲滅っていうのは確かに気分良かったけど……」
情報自体は間違っていなかった。確かにいたのは普通の国で言えば精々増強1個戦車中隊だ。
しかし、カチューシャは率いる最新鋭戦車ばかりで固められた【特設戦車試験中隊】の15両で、囮と待ち伏せを巧に組み合わせた戦術と性能差を生かし、その倍以上の……数だけなら大隊規模と言っていい相手を完膚なきまで叩き伏せてしまったのだから。
後に【冬戦争】と呼ばれるこの戦いにおいて、フィンランド軍が行った最後の機甲戦でソ連は……いや、カチューシャは一方的な勝利を収めていた。
敵の残存車両はなく、仮称カチューシャ中隊において故障以外の損失車は皆無だった。
「フィンランド人に多くを求めてはいけません。それともいっそ
心から信頼してる副官のノンナにこうまで言われてしまえば、さしものカチューシャも引くしかない。
いわゆる思考の戦術的撤退だ。
「ねえ、ノンナ……次はどこだっけ?」
「確か遠征軍は休息や補給を行った後、一部が転戦。増援と合流しつつこのまま『バルト三国』への侵攻だったと思いますが……いかがなさいますか?」
バルト三国とは、ちょうど地理的にフィンランドの下にあるバルト海に面した南北縦に並ぶ三カ国で、北から順にエストニア、ラトビア、リトアニアと並ぶ。
ソ連はドイツの内諾を得て、既にこの三カ国を手段を問わずに併合し、衛星国化することを規定路線として決定していた。
「はぁ……まっ、いっか。ノンナ、一旦祖国に戻るわよ」
実はカチューシャ達はあくまで、元帥の肝いりで「新型戦車の実戦テスト」という名目で冬戦争に参戦していた。
試験部隊隊長のカチューシャが「試験は終わったわ。帰る」と言えばいつでもモスクワに帰還できるのだ。
「よろしいので?」
カチューシャは頷きながら、
「バルト三国に攻め入るまで、どうせ2ヶ月はかかるもの。その間にレポートの提出やらなにやらをすませちゃうわ。でも、侵攻戦にはきっちり参加させてもらうけど」
「わざわざ戻ってきてですか?」
「フィンランド以上に碌な相手がいないと思うけど、まだ実戦データ取りたいし。少なくとも地形ごとの行軍走行記録や対人戦のデータくらいは収集できるだろうから」
しかし、世は常に無常なものである。
結局、バルト三国は彼女が残念そうな口調で言っていた規模の戦闘すら起きず、ほぼ無血でソ連の占領を受け入れた。
ちょうどその頃、パリはドイツ人の手により陥落していたのだった……
皆様、ご愛読ありがとうございました。
カチューシャ&ノンナが初登場で、そして”この世界の赤い帝国”の概要が語られるエピソードはいかがでしたでしょうか?
やっぱりライバル・キャラの登場は派手にやらないと♪……と思っていたら、気が付くと丸々一本が彼女達のエピソードになっとりました(^^
そして次回は、少しずつ二人の歴史に名を残す……かもしれない装甲少女達の縁が近づく?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!
***
設定資料
T-34bis中戦車(カチューシャ乗車モデル)
主砲:F-34/76.2mm戦車砲(口径76.2mm、41.5口径長)
機銃:DT機銃×2(7.62mm×54R弾。砲同軸、車体前面)
エンジン:V-2ディーゼル・エンジン(液冷V型12気筒ディーゼル、500馬力)
車体重量:29.5t
装甲厚:砲塔前面70mm(傾斜装甲),車体前面45mm(傾斜装甲)
サスペンション:クリスティー式
変速機:前進4段/後進1段
操向装置:サイドクラッチ型クラッチ・ブレーキ
最高速:55km/h
乗員:定員4名(5名乗車/操縦可能)
特殊装備:Fu2/Fu5車載無線機、
備考
カチューシャが初登場で乗っていたT-34。何気にCODE1940のもう一つの主役戦車。
まだ1940年初頭だというのに主砲が長砲身のF-34タイプに換装(F-34の搭載は史実では1941年より)されていたり、F-34の搭載にあわせて分厚い装甲の試作大型砲塔……狭い”ピロシキ”型ではなく六角形の印象を持つ”ナット”が搭載されていたりと、色々な年式のハイブリッドな印象がある。
そのくせ、操向装置はサイドクラッチという面倒なものを採用してるあたりは、確かにこの時代のT-34らしいと言えばらしい。
しかし、最も史実のT-34とかけ離れていたのは、この”カチューシャ・モデル(あるいはカチューシャ・スペシャル)”以降に生産されるT-34は、全車に無線機が標準搭載していることだ。
実は史実のT-34は無線機の数が足りず、中隊長車以上の車両にしか搭載されてなかったのだ。
それが全車標準搭載となると大きく意味が変わってくる。
例えば、独ソ戦初期において戦車の性能でも数でも勝るソ連にドイツが圧倒できた理由の一つが、ドイツが無線機を標準装備しており、戦車の有機的な戦術運用が可能だったのだ。
確かに史実のソ連軍は大粛清の影響で優秀な将校が大幅に不足していたが、それを差し引いてもなおこれだけの差が出たのだ。
そして地味にみほ達に限らず敵対者に利くのは、照準機とトランスミッション、サスペンションに使われるバネなどのの構造自体は史実と大きく変わらぬものの、品質が「ドイツ軍規格水準」ということだろう。
史実のT-34の照準機は構造自体は優秀だった物の、ガラス自体の品質が悪く加工精度も低かったためにレンズの曇りや歪み/気泡がひどくソ連戦車の命中率の低さの一因とされていた。同時にトランスミッションとバネも冶金技術や加工精度の問題を抱えていた。
実際にトランスミッションの操作は非常に重く、バネは劣化しやすかった。
しかし、”この世界”では史実と違って良好なドイツに部品の生産を発注するという力技で問題を解決し、今はドイツ人技師の指導の下でライセンス生産の準備を整えている。
故に目と足に抱えていた問題は払拭され、オマケに耳まで付いた。
ただ欠点は相変わらず存在し、一つは前出のサイドクラッチ式の操向装置で小回りが利かないこと。もう一つはエア・フィルターの出来が悪くエンジンの磨耗が激しく性能低下を招き易いことであろう。
また車内の砲弾レイアウトの悪さや、例えば主砲操作のハンドルは腕を交差させて回さなければならないという使いにくい各種インターフェースの配置は、大型砲塔の採用により見直され、狭すぎたピロシキ型に比べて居住性も大幅に改善されている(というより大型砲塔の採用理由がそもそもそれらの不具合の改善)。
これらの欠点が根本的に解決されるのは1942年型T-34、通称”T-34M(仮称)”の登場を待つ必要があった。
追記事項
第11話にて”冬戦争”以降の1940年の秋よりにまだペースは遅いが小規模量産され、【T-34bis(bisは改良型の意味)】の制式名称が与えられていることが判明した。
開発時期から考えて、史実の41年型T-34に対応するモデルだと推察される。