真剣で八極拳士に恋しなさい!   作:阿部高知

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息抜き作品。
行き詰まったらこっちを書いて、落ち着いたらFateを書きます。

尚、評価次第で更新ペースは変わる模様。


12/24 要らない行間や空白を消去。
12/27 タイトルを無題から変更。


真剣で私に恋しなさい!
プロローグ 夢と食事と鍛錬と


 ――――懐かしい夢を見ている。今から八年ほど前の出来事だ。

 

 

 

 

「――――おーい颯斗(はやと)! そろそろ俺たち帰るけど、お前どうする?」

「もうちょっとだけ遊んで帰る。それじゃあ、また明日!」

 

 忘れられない――忘れる事の出来ない――その日は、近所にある公園にて仲の良かった男子グループで遊んでいた。今となっては高校進学の関係で離れ離れになってしまったが、メールで会話したりと今でも交友がある程には仲が良かったと思う。自分を含めて四人のグループは、休みになれば毎回と言っていい程遊んでいた。

 遊ぶ内容は日によって違っていた。野球をする時もあったし、サッカーをする時もあった。家の中で一日中ゲームをしたりトランプをしたりと、小学生が出来る全ての遊びを網羅した――当時はそう思った程、自分たちは遊びまくっていたのだ。小学生というのは素晴らしい身分で、遊んでいる事だけが生き甲斐と言われる程呑気なモノである。

 実際、自分が小学生の思い出では修学旅行とグループでの遊び、そして師匠との鍛錬が強烈に印象に残っている。

 

 この日は一人が家族と出掛けており、自分と他の二人で公園の砂場で遊んでいた。今では出来ない遊びだが、案外砂遊びというものは楽しい。協力して掘った巨大な穴に、いけ好かない気取ったヤツを嵌めた事は今でも憶えている程だ。その掘った土で山を作るのも楽しかったし、「落とし穴」と称して上手く穴を隠そうと試行錯誤するのは相当悩んだ気がする。

 朝の八時から遊び始めて、気が付けば既に十二時半過ぎ。昼食を食べるには充分過ぎる時間だ。

 自分は親が仕事に出ているので自由な時間に帰ればいいが、他の二人はそうはいかない。いつも居る時間帯に居ないというのは親に不安を覚えさせるし、この当時は親に怒られるのが怖かったのだ。だからこそ心配させずに自分を怒られない為にも、早く帰る必要があったのだ。

 

「……………………ふう」

 

 「バイバーイ」と手を振って別れた後は、公園に居るのは自分一人になった。珍しく自分以外の人間が居ないという環境は、まるで自分が公園の主になった気がしてえらくわくわくした記憶がある。小さい頃は誰しも単純なのだ、うん。公園の前を通り過ぎる人はいても、入ってくる人は居ない。別に留守番に慣れていたから寂しくは無かったが、やはり一緒に遊ぶ友達が居ないのは詰まらなかった。

 砂遊びでついた汚れをしっかりと洗って、二台あるブランコの内一つに座る。意味もなくブラブラするのがこの当時はお気に入りだった。というよりは、子供の本心からか人よりも高い所に居るのが好きだったのだろう。そんなに激しく振らなくとも、低空で風を受ける方が気持ちが良い。単純に高所恐怖症なんだけどさ。

 

「はあ…………」

 

 詰まらない。全く持って詰まらない。

 家に帰る気にはならない。どうせ家に帰っても用意されている昼食を温めて食べ、昼から宿題をするだけだ。ゲームも面白いがしたい気分ではない。それなら、もしかしたら友達が来るかもしれない公園で遊んでいる方が良い。遅く朝食を摂った御陰か、お腹も空いてなかったのだ。

 ブランコに座ってから十分ほど経っただろうか。ブランコでしばらく遊んでいたが、それでも友達が来る気配はない。砂場も既に山を崩し穴を埋めたので、何もやる事がない。そろそろ暑くなって来たし、いい加減家に帰ろうか――そう思っていた頃だった。

 

 

 

「少年、少しいいか。失礼だが、道案内を頼みたい」

 

 公園から出て家のある方向へ歩き出した瞬間、背後から声を掛けられた。

 凛とした声だった。声量自体は普通だが自然と聞き入ってしまう声。まるで先生たちが生徒に話を聞かせる時に出す、「聞き取らせる声」とでも言おうか。そんな声で話し掛けられて、ビクッとなりながらも「ハイ」と上ずった声で返事しながら振り返った。

 そこに居たのは見た目二十代後半の女性だった。日本の服とは違う、俗に言うカンフー服の群青色を纏っていた。髪は髪型にも詳しくなかった自分でも判るポニーテールで、真っ黒な艶のある髪が腰元まで伸びている。片手にはキャリーケースを持っており、古風だが若干イントネーションの可笑しい日本語は彼女が外国人という事を此方に伝えてくる。

 …………すごい美人だ、と当時の自分は思った。まるでテレビに出てくる女優さんのようで、その力強い瞳で見つめられて赤面したのを憶えている。彼女からすれば目力が原因で視線を逸らされたとでも思っているのだろう。無駄に自己評価が低い人なのだ、彼女は。

 

「え、えと……。道案内って、その、どこへ行きたいんですか?」

「おお、引き受けてくれるのか。済まないな、如何せん川神に来るのは初めてでな。

 それで場所だが――川神院という建物に心当たりはあるか? 武術で有名なんだが……」

 

 川神院――それなら川神市でも一位二位を争う観光場所だ。

 川神市の名前の元なった寺院であり、世界でも有数の拳法家・川神鉄心が弟子たちに拳法を教える場所。なんでも時々世界中から鉄心さんを倒そうとして挑戦しに来るとか。そうなるとこの女性も挑戦者だろうか? 拳法家にしては四肢が細いし、そもそも女性が老人でも鉄心さんに勝てるとは思えない。

 武道以外にも、様々なイベントの開催地としても有名だ。最近は駅前付近で行われる事が多いが、歴史ある寺院故か風情ある祭りなどが行われる事が多い。実際毎年行われている夏祭りには絶対に行っているし。他にも寺院自体が風格ある建物なので、市の観光スポットとしても認知されている。

 

「ああ――川神院なら、ここから結構近いんで。ええっと……なんて言えばいいかな……うーん」

「その、言いにくいんだが……。口で説明されるよりも、直接案内された方が良い。私に此処の土地勘はないから、説明されても行ける気がしない」

「そ、そうですね。時間なら、あるんで、良かったら案内しますけど……」

「それは助かる」

 

 そう言われて恐る恐る歩き出した。

 外国人と話した事など殆ど無いし、ましてや案内をするとは。始めて尽くしの体験だが、彼女が相当な美人で本当に良かった。日本語も得意だし、会話は無理かも知れないけど意味は伝わるだろう――。

 

 

 

「そう言えば名前を言っていなかったな。

 私は鵬泰山(おおとりたいざん)。見ての通り中国人だ。君は?」

「じ、自分は――――――」

 

 

 

 この時は思っていなかった。

 目の前の人物が、自分の師匠となるなんて――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………何ともまあ、懐かしい夢を」

 

 そう呟いて、這いずるようにしてベッドから出た。

 暦は既に五月を過ぎており、布団を被るには些か暑くなってきた。寝ている間に布団は案の定蹴飛ばされており、ベッドから落下している。足元は冷えるので畳んでいた筈だが、見事に型は崩れて蹴り飛ばされていた。寝相の悪さは自覚しているが、まさかここまで酷いとは。寝ている最中でも拳を振っているのかも知れない。

 時刻は六時半。ベッドから出たら直ぐに寝巻きを脱ぎ、清潔な制服へ着替える。寝ている間にも汗をかくので案外下着というのは汚かったりするのだ。流石に下は履いたままだが、上は新しいものに着替えると何だかスッキリした気分になる。こういうのは気分の問題なのだ。

 制服に着替えたら階段を降りて一階へ。我が家は二階の階段と一階の玄関から続く階段が繋がっており、左折すれば洗面所がある。洗面所の正面が和室で、その隣がリビングだ。

 洗面所で顔を洗い、寝ぼけていた目と脳を叩き起す。顔に触れる冷水が気持ちよかった。寝癖を直して市販の口臭予防の液体で口内洗浄し、ミントの香りで更に頭を覚ました状態でリビングに入った。

 

「おはよー」

「おはよう。もう御飯できてるわよ」

 

 母に促されて、自分の定位置へ座った。

 真正面にあるテレビのニュースをなんとなく見ながら朝食のサンドイッチを食べる。食パンの生地と冷蔵庫にあったハム、適当な野菜を詰め込んだ乱雑な品だが普通の美味しい。人間、寝起きに食べる料理はよっぽどではない限り旨く感じるのだ、うん。

 母は台所でせっせと自分と母用の弁当を作っている。朝の残り物で良いのに、わざわざ昼に自分が食べたいものを作るのだから凄い。そんな事をする暇があるなら、もう少し丁寧に朝食を作って欲しいものである。以前そう言った事があるものの、改善される余地はなかった。食わせてもらっている身分で何を贅沢な事を、とでも思っているのだろう。

 

 サンドイッチを十分で食べ終わると、牛乳を一気飲みする。やっぱり喉を通る爽快感が心地よい。朝一はこれに限る。

 母も弁当作りが終わったらしく、自分の席に置かれたサンドイッチを頬張っていた。その姿をなんとなく見ていたら、その視線をきっかけに何かを思い出したらしく――。

 

ふぉうひへば(そう言えば)ふぁいひんぶっほうだから(最近物騒だから)ひゃやめにかへりなひゃい(早めに帰りなさい)

「いい年した大人が食べながら喋るなよ」

「……ん、……ん、ふう」

 

 促されて咀嚼しコーヒーで流し込む母。

 こういう所を天然というのか、子供というのか。

 

「いい、最近何かと物騒だから早めに帰るのよ?」

「判ってるよ。鍛錬が終わったら帰る」

 

 へいへいとでも返しそうな態度が気に入らなかったのか、母はむすっとした表情になる。

 …………母の顔は凛々しい部類に入る。師匠ほどでは無いが男勝りな強気を感じさせる顔が、口を尖らせて眉を顰める姿は中々そそるものが――ハッ!?

 まあ冗談はこのくらいにして。

 御馳走様、と告げて洗面所へ。歯磨きと身だしなみのチェックを行って、終わったら二階へ戻る。特にやるべき事は無いが、登校するには些か早い。もう少し経ったら出る時間帯になる。

 それまで、川神市の料理雑誌でも確認するとしよう。熊ちゃん曰く「フレンチの店が近々オープン」との事なので、今度の休日にもいこうか……。

 

 

 

 そうして時間を潰して、学校へ向かう。

 騒がしい通学路の先には、川神鉄心学園長が治める川神学園があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川神学園2年A組。良く言えばこの学園では珍しい常識人の集まりで、悪く言えば地味な集団である。

 その集団に属している以上、自分も地味なのだろうが周囲はそう思っていないらしい。特に食堂へ行った時に向けられる視線の量は、それこそ百代(ももよ)先輩に負けていない程だろう。

 2年A組の連中は食堂で食事を摂る事が多いのか、自然と自分を目撃する人間も多い。その所為か、自分のクラスでの評価は「大食漢」になりつつある。なんともまあ、失礼な話だ。こちとら自分の赴くままに食事をし、学園に金を落とし、尚且つ真心篭った食事をいただいているだけなのに。何故そんな蔑称とも取れるようなあだ名を付けられなくてはならないのか。

 

「そういうのは熊ちゃんが似合っているんだよ」

 

 そう呟くのも仕方がない話だ。実際、体格的に考えて熊ちゃんの方が大食漢だろうに。

 なんて言いつつも、足が目指すの川神学園の食堂だ。内容自体は普通の学食と変わらないが、偶に出てくる新作料理はゲテモノから逸品まで幅広い料理が出てくる。……自由な校風の所為か、食堂の人まで自由気ままに料理を作っている。いやまあ、美味しいから文句は無いんだけどさ。

 2年A組から食堂までそう遠くはない。すれ違う知り合いや先生方に挨拶をしながらだと、だいたい五分程度で食堂についた。

 

 食堂は生徒や一部の先生方で大賑わいだった。席は八割方埋まっており、食券の所には行列が出来ている程だ。

 早くしないと埋まる――焦って自分も列に並んだ。前方にいるのは八人。まだこれだけなら席には座れるだろうが、案外席に座らずトレイを持ったままうろうろしている生徒は多い。友達を探しているのか知らないが、さっさと座って欲しいものだ。

 所詮は食券なので、十分程度で出番が回ってきた。千円札を入れて、適当に目を動かす。何かビビっと来るものや新しい試作品は無かったものの、どれも手頃な価格で良心的だ。千円だったら日替わり定食とカツ丼の大が頼めるな…………。

 日替わり定食とカツ丼大盛りを押して、食券を持って席を確保しに向かう。最悪立って食べてもいいが行儀が悪いし食べづらい。

 適当な席を取って、点呼を待つ。数分も経てば自分の名前が呼ばれて、トレイを取りに行く。今日の日替わり定食はエビフライ定食で、カラッと揚がった海老がなんとも美味そうな雰囲気を出している。カツ丼も衣がカリカリで肉も分厚い。食べごたえは十二分にありそうだ。

 

 席に戻って、手を合わせる。

 食事前の儀式だ。

 

「いただきます」

「いただきまーす」

「…………?」

 

 はて、一瞬誰か混ざっていたような……?

 カツ丼へ向けていた意識を、声がした前方へ向ける。えらく可愛らしい不抜けた声だったので女の子だろうが、他人の挨拶に息を合わせるほど親しい娘は限られてくる。そう、それこそマシュマロを推してくる不思議系天然ぐらいだろう――。

 

「どうしたの李くん。早く食べないと冷めちゃうぞ?」

「やっぱり」

 

 顔を上げてみると、目の前には箸にうどんを絡めて微笑む少女が一人。

 名前を榊原小雪という。名は体を表すといった具合に、小雪の肌はそれこそ雪のように白い。透き通るような肌色に、異色の白髪。ニコニコと笑っている姿は子供のようだが、成長した肢体はこれでもかと自己主張してくる。主に胸。俗に言う天然系なのだろうが、それでもこの子供っぽさは一線を画したものだと思う。

 彼女との出会いは…………確か、小学校だったっけ? ほぼ毎日のように遊んでいたから知り合った時期などとうに忘れてしまった。自分が適当に遊んでいると自然と混ざっていた気がする。当時の彼女は今とは違い地味だったものの、精一杯個性を発揮しようとしていた。

 しようとしていたのだが…………。

 

「その、なんだ、小雪。そう見られながらだと食べづらい」

「そう? 僕は李くんを見ているだけで幸せだけどなー」

 

 こうも見られながらだと、箸が進まなかった。

 いつの間に正面に座っていたのか。師匠の教えで気配察知能力は鍛えられている筈なのに……まあ、昼食摂るのに夢中に疎かになっていただけだが。

 小雪のお盆には月見うどんが一つ。先程出来たばかりなのか、うどんからは湯気が立ち込めている。あまり食べたことは無いものの、コシのある麺に鰹節の効いた汁が良いとか。月となる卵も半熟で、あれを崩して麺に絡めて食べたら最高だろう。おまけに値段も安くて、千円あれば『中』なら二杯とデザートが付いてくる。

 てっきりマシュマロひと袋でも食べているかと思ったら、普通の食事が出来ていたのか。学級が違うからそう何度も逢う事自体が少なく、食堂で逢うことなど指で数える程しか無いが――その時は食事をしていなかった。それ以来ちゃんと食事を……あれ、いや、確か自分がきちんと食べるように注意したんだったけ……?

 最近は脳味噌まで筋肉になってきたのか、物覚えが悪くなってきている。まずいまずい。

 

「……他人が食べている所を見て、なにか楽しいんだか」

「僕は李くんがいるならなんでも楽しいのだ」

 

 適当な会話を挟みつつ、お互い料理に手を付ける。

 サクッ、という食感は衣がしっかり揚がっている証拠だ。海老も下味がしっかりとついている御陰でなにもかけなくても充分いける。寧ろ海老の風味が楽しめる分、此方の方が好きかもしれない。

 続いてカツ丼へ。カツは揚げたてなのか油が光っており、食欲をそそる。口にすれば判るが、噛んだ時の肉の食感が堪らない。ミルフィーユ仕立てと言うのか、何層も重なっているので肉汁の量も段違いだ。

 

 ――――美味い、と。単純に思う。

 

 エビフライも何も無しで行けるが、タルタルソースを付けるとこれがまた別の味わいになる。卵のマイルドさと油は濃厚で嫌いな人もいるかもしれないが、自分にこれがちょうど良い。プリプリの海老にカリカリの衣、そしてトロトロのソースが合わない筈が無い。

 カツ丼もキャベツと一緒にご飯を掻き込むと最高だ。カツの肉汁とそれを受け取るご飯、そしてキャベツで食感とさっぱり感を与えている。タレも甘さ重視で油との相性が良く、肉の風味を引き立てている。 

 小雪も麺のコシや喉越しが美味しいのか、ニコニコしながら麺をすすっている。いやまあ、いっつも笑顔と言われたらそうなんだけど。

 月見も崩れ、黄色い塊が汁に浮かんでいる。それに絡めて食べる麺はコーティングされて輝き、ちゅるちゅると吸われた。麺が通っているであろう首元や鎖骨付近はなんとも妖艶で、思わず見とれてしまいそうな――――。

 

「もしかして李くん、うどん欲しいの?」

「あ、いや、別にそういう訳じゃ……」

「いいよ! ふぅー、ふぅー……はい、あーん」

 

 良かった、勘違いされてなくて………………って、えー。

 自分も男だから嬉しいんだけど、周囲の視線が……。主に男子からの視線が痛い。なんせ小雪は美人でスタイルが良い。天然でえらくマシュマロを推してくることから話しかけられた事は少ないらしいが、それでも思わず振り返ってしまう程度には美少女だ。

 おい、さっき「爆発しろ」とか言ったの2-Fの島津岳人だろ。あの筋肉野郎、自分こそ美女に囲まれていることに何故気付かない!

 師岡ァ! テメエも苦笑いしてんじゃねえぞオラァ!

 特に直江ェ!! お前こそ百代さんと仲良いだろうが!

 

 とまあ、現実逃避しても無意味な訳で。既に小雪はうどんを口元に近付けていて、自分が飲み込むのを今か今かと待ちわびている。小雪は割と意地っ張りな所がある。もし自分がこのまま食べなければ、最悪強引に口の中へ突っ込んでくる可能性だってあるのだ。

 …………ええい、ままよ!

 

「……っ、……ん。美味しいよ」

「そうかそうかー! なら、マシュマロ食べる?」

「二個貰おう」

 

 もうどうにでもなーれ。

 そんな境地に至った自分に残されていたのは、食事による現実逃避だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 多馬川の河川敷にて、刃を潰したレプリカの槍を振るう。重さは十五キロ、長さは百八十センチメートル。自分の体格とほぼ同じ武器を振り回すのは相当しんどく、鍛えている筈の肉体すら悲鳴を上げる。

 

「ふっ…………!」

 

 武道でもスポーツでもそうだが、素振りという行為は動作において基本中と基本と言われている。野球で言えば打撃の前にバットを振るという行為を、剣道であれば面切りの前に竹刀で斬るという動作を。人は歩く為に足を動かす――と言えば良いか。全ての基点となるが故に、素振りは最も重要な練習と言える。

 だが――自分の師は、それを否定していた。本人曰く「素振りを一億回やったとしても強くならない」との事。そりゃあ歩行の練習なんてしても無意味だが、素振りは回数をこなせば厳しくなるのがセオリーだ。そう考えると、師匠の言葉は的外れに聞こえるかもしれないが――あながち、これも間違いでは無い。

 素振りは基本となる動きを身体に覚えさせる為に行う。野球のバット然り、剣道の竹刀然り、動きを覚えなくてはスムーズに動く事は出来ない。そこで身体と脳に動きをインプットさせ、美しい形での動作を出せるようにしているのだ。

 しかし師匠から言わしたらそれは違うらしい。素振りとは身体に覚えらせるのではなく、頭と脳との回路を繋ぐ為にするとか。はじめて聞いた時は意味が判らなかったが、鍛錬を積むとその意味がなんとなく判った。

 

 例えば。

 野球でバッターボックスに立った時、どんなに美しいフォームだろうと判断に迷えば打てない。

 剣道で立ち会った時、どんなに早く面を斬れても始動が遅くては意味が無い。

 

 つまり――回路を繋ぐとは、脳で思考したことを直様行動に移せるようにする、という事。

 型を覚えても、出せなくては意味が無い。三振しては無意味で、剣が空を斬れば無意味だ。泰山流の八極拳では状況判断能力が第一とされる。即座に状況を見極め、迷う事なく拳を突き出すのが重要なのだ。この「拳を突き出す」時に、回路が繋がっていなかったら拳に迷いが生じるとか云々。

 詳しい事は判らないが、要するに判断能力を鍛える為に素振りをすると解釈した。これが合っているかは判らないけれども、兎に角今の自分に出来るのはただひたすらに槍を振るい、拳を突く事のみだ。

 

「――――はあ!」

 

 槍の基本技にして一番威力のある突き。

 そこから繋ぐは穂先を相手に向けて払う切り払い。

 切り払いの遠心力を利用して回転、そこから柄を短く持ち、柄から穂先に掛けて払う。

 更に柄を短くし、穂先をナイフに見立てて近距離で振るう。風を切る音が心地よい。

 至近距離になったら足払いを挟み、避けられたとして後退。

 槍を回して相手を威嚇しつつ、突撃と共に下段から切り上げる。

 もう一度柄を長く持ち、構えは中段。突撃を勢いのまま、相手の心臓を目掛けて貫く――!

 

 以上の動作をそれぞれ二百回、通して二百回繰り返し、槍を振るった数は今日だけで千回を優に超える。時間に直すと二時間以上の間、十五キロもある槍を振り回している事になる。とうに腕には限界が来ており、足は繊維がちぎれたように痛む。握力は無いも同然で、ほぼ気力で振り回しているようなものだ。

 師匠の練習計画では二回目の突きの後、槍投げが入っているがよっぽどではない限りしていない。そんな突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)みたいな芸当、自分に出来る訳が無い。まあ、最悪槍を失っても八極拳があるからこその芸当だろう。まあ、あの人の事だから「格好いいから」で入れていても可笑しくないのだけれど。

 

 河川敷は視界が良好で、素振りを見られる事も少ない。最初は恥ずかしがっていたものだが、一年も経てば慣れた。なんせ河川敷の利用客は多く、視線が集まる事も多い。慣れないと悶え死ぬレベルだ。師匠が居たら鍛錬が厳しすぎて視線を意識する余裕なんて生まれないのだが。

 いつもの観客は常に昼寝している青髪のお姉さんに、2-Fの風間ファミリー。川神院の人たちも走るし、時々同級生にも出会う。どうやら演武と思われているようで、弓道部や茶道部など演武に関心がある人が見学に来たりする。槍を使う演武なんて実用性は無いだろうに。それに本職は八極拳である。

 

「――――――――ッ!」

 

 八十六回目の反復を終えた時点で五時は越えている。

 残り百十四回を何十分で終わらせられるか――母の言い付けは守らなきと後々で面倒くさい。恐らく母の感覚なら「遅い」は七時の筈。それならもう少し鍛錬が出来る。

 これでも高校生だからこんな時間帯まで鍛錬出来ている。昔は「小学生だから」と言われて五時までしか鍛えられなかったり、「中学生は勉強!」と言われて勉学に励むよう強要されたこともあった。師匠も文武両道を目指していたので否定せず、寧ろ勉強することを望んでいたように感じる。

 まあ、今思い返すと鍛錬がしたかったので猛勉強した自分がアホらしく感じる。単純に母と師匠の手の平で踊らされていたのだ。敢えて煽ることで、結果を出させる……これだから大人は恐ろしい。

 

 六時を過ぎれば、急速に人足は少なくなっていく。まだ太陽は海に沈んでおらず、河川敷を赤く染め上げる。川面から反射する光が眩しい。それで槍の腕前が鈍る程、未熟では無い。

 百七十二回目辺りから足が死んだ。そう比喩出来る程疲労困憊している。腕も正直限界で、どうして槍をもてているのかが不思議なぐらいだ。小さい頃から染み付いた癖、とでも言うべきか――この身は、武器を手放す事を意地でも拒否するらしい。

 拳法家らしからぬ拳法家。これでこそ泰山の弟子として相応しい筈だ。あの人も拳法家の癖して太刀の扱いが凄まじく達者だったような。槍は神槍レベルだが。

 

「――はぁ……く……――ぜぇあ――」

 

 呼吸は荒く、視界が霞む。肺もまともに機能しておらず、二酸化炭素と酸素がごちゃ混ぜになった気分だ。

 心臓の鼓動は炸裂するんじゃないかと思う程早い。こんなんで血液が送られているのか、甚だ疑問である。

 身体の芯が重い。生命力が薄くなっている、と感じる。まるで病気になった時のように、思考は回らない。

 この感覚はいつになっても慣れない。昨日も一昨日も一週間前も一ヶ月前も一年前も――八年前から味わっているのに、この感覚は不快だ。生命が犯される、としか言えない。体験したことは無いが、死を前にして人間が感じる感性に近いだろう。

 師匠は十五年もすれば感じなくなると言っていたか。もう折り返し地点になっているのに、まるで無くなる気配は無い。自分という人間が死んでいくのが、モロに判った。

 

 

「――――……………………」

 

 

 二百回目を振り終わり――耐え切れず倒れた。

 もう駄目だ。四肢に力は入らず、動悸が止まらない。目眩がして頭痛がする。吐き気じゃなくて、実際に胃から這いずって来ている。

 仰向けのまま、必死に携帯を取り出し、一つの電話番号へコールする。

 数秒経過してようやく繋がり、酸欠になりかけて荒いままの呼吸で通話相手に話しかけた。

 

「――――む、かえ……に」

『実の母に欲情するんじゃない』

 

 ぴしっ、と。

 迎えに来て欲しい――の途中で電話は切られた。おまけに絶大な勘違いを残したまま。

 

 

 もうどうにでもなーれ。




後半の雑さはヤバい。マジで。

S買いてーなー、俺もなー。
無印しか持ってないんですよね……ダウンロード版はよ。
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