真剣で八極拳士に恋しなさい!   作:阿部高知

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悪い奴様、針金様最高評価ありがとうございます。
そしてお気に入り登録者数3000突破、UA数100000突破ありがとうございます。
いやあ…………一月も経たない内に此処まで来るとは。

前回の低クオリティを反省し、今回は待望(?)の師匠回。
そして唐突に訪れるマジ恋無印編終了。次話からはマジ恋Sが始まる……!
しかし難産。最近上手く書けないなあ…………スランプ?


幕間 大鳳は子を成し、子はその感情を恋と知る

 ――――懐かしい夢を見ている。今から八年ほど前の出来事だ。

 

 

 

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃーい! 遅くならないようにするのよー」

 

 日曜日。一ヶ月前なら夢の世界へ旅立っていたような時間帯、自分は玄関にて靴紐を縛っていた。只々靴紐を縛る為だけに玄関へ訪れる程暇ではなく、つまりはこれから外出するということだ。事情を話すだけで了承し早朝のトレーニングを気軽に許可を出した母には頭が痛くなってくる。顔も知らない相手を信用してもいいのだろうか?

 

 嘘…………私の心配度低すぎ…………!?

 

 自分が出掛けることに気付いたのか、リビングから顔を出した母に挨拶をして、家を出る。

 目的地は多馬川の河川敷。そこで待つ一人の女傑と対峙するのが今回のミッションだ。

 何故そこへ向かうのか――――それが判らなかった。自分の行動だというのに、その意味が判らない。そこへ行ったとしても与えられるのか苦悩と苦痛だけだ。殴られる度に全身を苛む痛みが走り、拳を振るえば指摘され悩む。自分に得になる事は一つも無いと言うのに――――足は止まらず、河川敷を目指していた。

 河川敷まで三十分程度。まだ日が昇ったばかりの早朝、人足もまばらで薄暗い。一歩一歩進むごとに身体は重くなるが、心は弾んでいた。意味が判らない。自分は苦痛を与えられることに喜ぶ変態なのか、そんな疑問が浮かぶが掻き消す。決してそんな筈はない…………と思われる。

 

 少し早足で向かった所為か、二十分足らずで河川敷へ到着した。

 

「――――――――」

「……………………はぁ」

 

 ――――静かに、しかし雄大に佇む豪傑が一人。

 

 その女傑の名前は鵬泰山(おおとりたいざん)。一ヶ月前自分が案内した観光客であり、自分の師匠となった人物。腰まで伸びたポニーテールと群青のカンフー服が特徴的で、引き締められたヒップとバストで煩悩が殺されそうだ。嗚呼、これで五十代手前だというのだから――――何と勿体無い事だろうか。

 自分が来た事に気付いたのか――元から気付いていただろうが――――閉じていた瞼を開き、真っ直ぐ此方を見てくる。その瞳に込められたのは情熱、身を焦がすような熱い感情だった。

 思わず心臓が跳ね上がる。その瞳に射抜かれている、只その事実が己を興奮させているのだった。何と言うか、チョロい男だと常々思う。

 

「来たか。ならば早速始めるとしよう。

 まずは十キロ走り、その後勁を開く練習だ。早く終わったのなら組手を行う」

「はい――――所で、何時から来てたんですか?」

「む、朝の六時からだが?」

「……………………一時間半も前に来てたのか…………」

 

 呆れたような視線を送ってしまうのは仕方ない事だろう。だって、教えられる自分よりも師匠の方が張り切っているのだから。と言うか、礼儀を考えるのなら弟子である自分は彼女よりも早く来た方が良いのだろうか。

 一息付き、身体に新しい空気を巡回させる。

 十キロという距離も一ヶ月走れば慣れるもので、徐々に距離を伸ばしていくとか。いつかはフルマラソン程走るかもしれない。そうなると筋肉痛が酷そうだ――――只でさえ疲れるというのに。

 ゆっくりと、ペースを保ったまま走り出す。駆け出すと同時に背後から聞こえてくる足音。最初の頃は師匠がペースを作っていたが、二週間も経てば自分からペースを作るようになっていた。遅かったら注意し、速ければそれに合わせてくる。下手にぶつぶつ言われない分、走りやすい環境と言えるだろう。

 

 ――――――――自分がしんどい鍛錬に励む理由。

 それはきっと、鵬泰山の事が好きだからだろう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「此処が川神か…………何とも美しい街だ」

 

 2001年の初夏。巨大なキャリアケースを引きながら、鵬泰山(おおとりたいざん)は川神市の街路を歩いていた。

 川神市は近代化を進めつつ自然との調和を図った街――――手元にあるパンフレットに書かれている通り、川神の街並みは人工物と自然物の割合が絶妙だ。あまりに開発が進み人の臭いしか感じない大都市でもなく、自然保護を優先し過ぎて不便に思う田舎でもない。人が住みやすい街とはこういう街を指すのだろう。日本には数回しか訪れた事が無く、祖国では近代化が進みすぎた街で暮らす泰山ですら判ることだった。

 一通りパンフレットに目を通したら、カンフー服の内部に付けられた内ポケットへ突っ込む。腕を突っ込んだ勢いで胸が揺れるが、幸いにも周囲に人影も気配も無い。閑静な住宅街というヤツだろうか、遠くから子供たちの遊ぶ声が聞こえるだけで人間の気配は感じなかった。

 そもそも泰山に自分が女性であるという意識は少ない。今まで武術一筋で生きていた事もあるし、彼女に言い寄ってくる男性が少なかったからだ。否、少ないというのは間違いである――――実際は誰一人としていなかった。たった一代で流派を完成させる素質を秘めた女性だ、とてもじゃないが告白など出来やしない。まあ、もし告白しても自分に勝てないようでは断っていたが。

 勝てなくとも良い勝負が出来る男性ではないと釣り合わない…………そんな事を言って早三十年。最早おばちゃんと呼ばれる年齢になってしまったのだから、時が経つのは異常に早いものだ。

 

「――――――――川神院は…………此方か…………?」

 

 パンフレット通りの道筋を進むが、初めて来た土地という事もあってか戸惑う。

 現在地は住宅街の一角。前述した通り周囲に人影は無く、無人の道路を歩いている状態だ。初夏と言えども夏、気温は上がり昼になれば真夏と大差無い程。その程度で根を上げる程柔な身体はしていないものの、それでも人間極端な暑さは嫌う。このまま立ち往生するのも一種の手段かもしれない。

 元々土地勘は優れている方ではないので、わざわざパンフレットを買ったのだが…………それでも迷うとは。思わず頭を抱えてしまった。

 近くに立てられた電柱に身体を預けて十分程経っただろうか、一旦呼吸を落ち着かせて客観的に見てみる――――

 

 ――――完全に迷っていた。

 

「む…………どうしたものか。こんな事なら大人しく鉄心殿の誘いに乗るべきだったな」

 

 今回の来日の目的は二つ。一つは川神市の観光で、もう一つは川神院に寄る事である。

 今まで日本を訪れた事は何度かあるが、それも十年以上前の話。まだ自分が『大鳳泰山』としてもてはやされていた頃であり――――その時は仕合いばかりに明け暮れていた。まともに観光はしておらず、時間の許す限り対戦者を打ち倒す日々。唯一の愉しみは自身の技の完成度を試す事と食事ぐらいだっただろうか。今思えば生き急いでいたものだ、と自嘲する。年を重ね弟子の一人でも取ろうかと思い始めた年齢になって、ようやく異国の楽しみを知れた。

 川神市に来たのだったら、川神院にも寄らなくてはならない。日本どころか世界にまで名を轟かせる場所、それが川神院なのだ。世界最強と謳われる川神鉄心が指導する鍛練場だ、有名にならない訳が無い。

 川神鉄心は若かりし頃拳を交えた友人で、今回川神に訪れるという事で案内役を買って出たのだが…………まさか迷惑をかけまいと思い断ったのが、こんな形で出るとは思いもしていなかった。

 

「仕方あるまい――――――――」

 

 瞬間――――川神全域に泰山の気が奔る。

 

 川神市は政令指定都市に選ばれる程人口が多く、また範囲も広い。日本の人口第九位は伊達ではない…………が。鵬泰山の気による索敵範囲はそれを優に凌ぐ。それこそ七浜や近隣の地域に至るまで、彼女に判らないモノは無くなっていた。

 気をエコーのように反響させる事で物体を感知したり、他人の気を感じることによって把握する探索法。気を応用した技の中でも随一の汎用性がある技だった。長所はどこまでも索敵が出来ること、短所は逆探知されれば直様居場所が判明することだが――――完全な透明人間になれる泰山には関係ない話だ。

 範囲を絞り、狭めて半径五百メートルに定める。屋内には多数の気配があるが、外出している気配は存外少ない。範囲の端の方に気配が三つ。内二つはどんどん離れていき、数秒も経たない内に範囲から消えた。残ったのは一つだけであり、動く気配は見られない。道を尋ねるのなら今が好機だろう。

 

 早足で進む事数分。辿りついた先は公園だった。泰山が思い付くような遊具は一通り設置され、仮設トイレやベンチなどが置かれた普通の公園。そこに居るのはたった一人の少年で…………今にも消えそうな雰囲気を漂わせている。大方遊び相手がいなくなり淋しいのだろうが、それはどうでもいい。代わりに自分の道案内をする事で退屈を紛らしてほしいものだ。

 公園から少年が出ていこうとしていたので咄嗟に声をかける。背後から急に声を掛けられた事に動揺しているようだった。自身の気を声に上乗せし相手に浸透させる事で話を聞かせる話術、これを泰山は修得していた。これを応用すれば例え相手が錯乱状態だろうと、ほぼ正常な状態で会話が出来るようになる。

 

「少年、少しいいか。失礼だが、道案内を頼みたい」

「え、えと……。道案内って、その、どこへ行きたいんですか?」

 

 その少年の髪は紅蓮の如く赤かった。一見穏やかさを感じさせる瞳の奥、そこに込められているのは野獣の獰猛さ。体付きは少年故か普通だが筋肉質。鍛えれば相当な怪力が生まれる事だろう。身長はこの年の男子と比べれば低め、しかし泰山より大きくなるのは明白だった。

 まるで若獅子だ――――泰山は少年を見てそう思った。

 自分の視線に気付いたのか、顔を逸らす少年。気が付けば睨むような視線になってしまったらしい。その気弱さと本質の獰猛さがあまりにも不釣り合いで思わず笑いそうになってしまう。勿論笑みは浮かべない、笑えば只々失礼なだけだ。

 

「おお、引き受けてくれるのか。済まないな、如何せん川神に来るのは初めてでな。

 それで場所だが――川神院という建物に心当たりはあるか? 武術で有名なんだが……」

「ああ――川神院なら、ここから結構近いんで。ええっと……なんて言えばいいかな……うーん」

「その、言いにくいんだが……。口で説明されるよりも、直接案内された方が良い。私に此処の土地勘はないから、説明されても行ける気がしない」

「そ、そうですね。時間なら、あるんで、良かったら案内しますけど……」

「それは助かる」

 

 若獅子の少年が引き受けてくれた事に安堵しつつ、じろりと観察を続ける。

 何故初対面の少年にここまで気を向けるのか――――恐らくそれは、無意識的に彼の才能を見抜いていたからだろう。索敵範囲を広げる時に感じた、鋭く内部へ抉り込むような気。正しく泰山流八極拳を修めるのに適した気の性質だ。弟子を取るような年齢になっているし、鉄心も早く弟子を取れと急かしてくる。それならこの少年を、と泰山の中で邪な感情が浮かぶが消した。本人の許可無しで強引に弟子入りさせるような事はしない。

 

「そう言えば名前を言っていなかったな。

 私は鵬泰山(おおとりたいざん)。見ての通り中国人だ。君は?」

「じ、自分は――――――」

 

 李颯斗(りはやと)。あの神槍李書文の名を冠する少年。

 その名前を聞いて泰山の興味はより一層深いものとなった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 最高の逸材だ――――眼下にて横たわる颯斗を見て泰山はそう思った。

 

 颯斗に連れられてやって来た川神院は十年前と何も変わらなかった。それは悪い意味ではない――――この寺院に滾る気、聞こえる声、浮かされるような熱気は色褪せていない。此処は活気に溢れている、これこそが本当の稽古場なのだろう。お互いが切磋琢磨し己を高め合う、そんな環境は世界的に見ても数が少ない。

 歓声を聞きながら横たわる颯斗を見る。案内をしてくれた少年が何故倒れているのか――それは彼女が一打を加えたからである。

 泰山流八極拳は弟子入り前の儀式として、泰山が一打加える事になっている。それを少年は知らないだろうが関係無い、弟子になる以上他の者と対等でなくてはならない。弟子にしてくれ、と抜かす者は数多くいた。その都度に泰山は一発放ち…………彼らは去っていった。見込み無しの烙印を押して消えた者もいれば、殴られた時点で失せた者もいる。今となってはどうでもいいことだが、この少年がどちらへ転がるかが楽しみで仕方がなかった。

 

 先程放った技の名は冲捶《ちゅうすい》。防御の上から破壊する八極拳の中でも威力重視のものであり、子供である颯斗に打てば内臓破壊どころでは済まない威力を有する技だが――――今回打ったものは毛色が異なる。

 人体を破壊する一撃ではなく、人体を()()一撃。それが先程の冲捶の正体である。

 人間には誰しも『気』が巡っている。気の解釈は様々で、それを生命力と言う者もいればエネルギーと呼ぶ者もいる。中国拳法を修めている泰山は勁に似たモノと判断しているが、今はそんな些細な事はどうでもいい。人間に気が巡っているというのが重要なのだ。

 この『気』を拳に纏えば威力が上がり、身体に宿せば防御力が上がる。もしも万人がそれを出来るのなら世界は変わっていたのだろう。しかし神は残酷で、この『気』を扱うのには才能がいる。

 それは気の総量であったり、気の性質であったり、気の操作性であったり。この全てに優れた者がマスタークラスと呼ばれるのだが――――残念な事に、この少年はあまり『気』に関しては素質があるとは言えなかった。

 

 気の総量自体は普通。鍛えれば壁越え寸前までは行けるが、所詮はそこまで。

 気の操作性もあまり良くはならない。なんせ気脈を開く冲捶を打っても完全に開いていないのだから。 

 しかし気の性質――――李氏八極拳の流れを汲む泰山流八極拳において、彼の内部に抉り込む気は最適とも言えた。

 

「よっと……………………」

「ん……………………」

 

 完全に気絶している颯斗を肩に担ぎ、そのまま川神院へ入っていく。

 中に入れば多くの修行僧が居た。それぞれが己の限界まで挑戦し、身体を鍛え心を育てている。数に直すと五十人程度だろうか、その全員が真剣な面持ちで組手をしている。初夏と言えども夏、当然暑く汗もかく。稽古場は特有の臭いに包まれていた。それに違和感を感じる程泰山はヤワではないものの――――それでも嫌悪感は抱くものである。

 稽古場に入った事に気付いたのか、何十人の視線が泰山と担がれている颯斗に向けられる。昔から川神院で修行している者は顔を見ただけで納得しているが、新入りは突然の来訪者に驚いているらしかった。それに…………チラチラと、音もなくもたれ掛かっている颯斗が気になるようだ。当たり前だろう、なんせ見知らぬ女が突如現れ謎の少年を担いでいるのだから。変質者と捉えられても仕方がない。

 

 しかし此処は天下の川神。この程度で言及するような人間は居らず、嬉々として挨拶を返してくる。

 

「「「「「こんにちはッ」」」」」

「声が小さイ!」

「「「「「こんにちはァッ!」」」」」

「こんにちは――――やる気が入っているなルー。流石に師範代はこれぐらいでなくてはいけないのか?」

「別にそういう訳ではないですが…………やはり上に立つ者として、しっかりしておかないト」

「相変わらず真面目だな、お前は。そんなんだから彼女の一人も出来ないのだ」

「泰山さんまデ…………。私は別に構いませン」

「少なくとも鉄心殿は困ると思うぞ?」

「…………それを言われると困りますネ」

 

 困ったような顔をしている男はルー。泰山からすればまだまだ青い子供だが、川神院の師範代を勤める男だ。熱血漢で努力家として知られるルーを慕う人間は多く、事実彼の指導を受ける修行僧はご覧の通り熱気に溢れていた。

 まだ師範代ではなく修行僧だった頃のルーを知っている泰山だが、からかい甲斐のあるルーを結構好んでいた。特に女性関係について言及すれば顔を赤くして反論してくる。若者をからかうのは老人の特権――――泰山はそう考えていた。

 ルーをからかうのもこれくらいにして、別れを告げ更に奥へ進む。勿論颯斗は担いだままであり、ルーも視線を寄越すが尋ねたりはしない。自身の生徒がひたむきに鍛えているのだから、自分がおしゃべりをしていては申し訳無い――――そう判断した結果だった。まあ、それ以外にも理由はあるのだが。

 

 対して、ルーは泰山が苦手だった。

 泰山が鉄心と同じように女性関係について弄ってくるのもあるが…………その肉体が何よりも魅力的だった。艶のある黒髪、色気を感じさせるうなじ、存在を主張する胸元――――その全てが素晴らしい。胸を見たら見たで悪戯っ子のような表情で指摘してくるのだから堪ったものではない。その辺りが苦手な部分な所だった。

 

「失礼する」

「おお、泰山殿。待っておったぞ――――して、その少年は?」

 

 稽古場を抜けた奥――――和室に入ると、一人の老人が茶を立てていた。

 名を川神鉄心。川神院の総代にして世界最強と謳われる武人。本人曰く昔程強くはないとの事だが、それでも若造に負ける程落ちぶれている訳ではない。しかし十年前拳を交えた際の煌きは失われ、恐らく彼女と戦えば鉄心が負ける――それぐらいには腕は落ちている。まあ、マスタークラスの中でも最上位に負けるのだから、まだまだ現役と言えるだろう。

 鉄心の視線の先には颯斗が居る。質問される事が判っていたのか、泰山は颯斗を降ろし座布団に座る。形の揃った正座だけ見れば、彼女が外国人と思う者はいない。それ程までに美しい正座だった。

 

「最近拾った弟子です。いや――――ついそこで、と言うべきでしょうか」

「……………………昔から思っておったが、お主は本当に破天荒じゃのう」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 苦笑する鉄心に微笑む泰山。

 颯斗の頭を座布団に乗せ、改めて正面を向く。立てていた抹茶を受け取り、器を回して口へ運ぶ。鼻に抜ける茶葉の香りと抹茶の苦味が何とも言えない。これこそが抹茶の旨味、そして和菓子の甘みが心地よい。器を鉄心へ返し、感謝の意を伝える為に頭を下げる。

 

「素晴らしいお手前です」

「総代も中々暇でな、こうして茶を立てたり若いピチピチギャルを追いかける事ぐらいしかする事がない」

「ご冗談を」

 

 苦笑する泰山に微笑む鉄心。

 その後は他愛のない談笑が続いた。最近の中国の情勢から、川神院で育ってきている修行僧の話まで。若者に足りない時間のゆとりと言おうか――――それを感じさせる時間が流れる。

 ふと。鉄心が呟くように泰山へ尋ねる。

 

「所で泰山殿…………宿泊先は決まっておるか?」

「いえ。適当な所に宿を取ろうと思っていましたが」

「それならウチに泊まってくれんか? 孫が喜ぶ」

「百代ちゃんですか。判りました、ご好意に甘えさせていただきます」

 

 それは願ってもない相談だった。

 金なら有り余る程あるが、それでも無駄遣いをするものではない。倹約第一に生きてきた泰山にとって、無料で泊まれる環境は最高と言えた。おまけに赤子だった時代から知っている、言わば孫のような存在までいるのだ。断る道理が無い。

 

「代わりと言ってはなんじゃが…………その胸を儂に」

无二打(うーある)打ちますよ?」

「冗談じゃよ…………冗談じゃからその腕を収めてくれ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ヒューム。例の件は彼に伝えたのですか?」

「いや、まだだ。今は伝えるべき時ではないと判断した」

「何故…………? あれは彼に伝えるべき最優先事項と記憶しておりますが」

「直接相対して判った事だが――――あの赤子は悩んでいる。本人は気付いていないようだが、拳にはそれが顕著に出ていた」

「只でさえ悩んでいる上にあれを伝えると、更なる混乱を招く――と。相変わらずと言いますか、子供には甘いですね、貴方は」

「馬鹿を言えクラウディオ。俺がそんなタイプに見えるか?」

「外見だけなら胃腸が超痛くなる程(いか)ついです」

「……………………ギャグを言わんとやっていけんのか、お前は」

 

「まあ事情は判りました。ですが、早急に伝えねばなりません。なんせ一年以上待たせているのですから」

「当の本人がそれを知らないというのだから、何とも皮肉なものだ。本当に知らないのだからな」

「…………本来なら、まず彼に伝えるべき情報でした。申し訳ないことをしてしまった」

「いずれは知る事だ、そもそも気にならない奴が悪い」

「しかし彼は彼女が九鬼と関わりがあることを知らないのでは?」

「確かに泰山なら伝えていなくても可笑しくはないか――――ヤツらしいと言えばヤツらしいが」

 

「次に予定が合うのは何時になりますか?」

「そうだな…………三日後だ。しかし何でも鍋島のヤツが鉄心に勝負をふっかけるらしい。そうなると忙しくなる」

「成程、それなら勝負が終わった後にしましょう。その頃なら帝様の護衛も終わっている」

「了解した」

 

 

 

「所でヒューム――――先程相対したと聞こえたのですが、私は物騒な真似をするなと言いましたよね」

「……………………………………ふん」

「音も無く消えた……! 流石序列第零位……!」

「瞬発力を下らない事に使うとは……何と言う才能の不法投棄。――――まあ、追々追求するとしましょう。

 行きましょうか李。今日は中華街の小龍包が格安だった筈です」

「はいっ!」




短編のアンケートを締め切らせていただきました。たくさんの投票、ありがとうございます。

……………………戯言ですが。
瀕死のエロ尼を外界の医術で治療する代わりに、教団から追われた男。彼に恋慕したエロ尼が世界を犯しても足りない程の性欲をぶつけようとする話――――見たい?

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