Fateよりも伸びるってどういうことだよ……。
それと、小雪の口調が難しい。天然は書けません。
12/27 タイトルを無題から変更。
――――懐かしい夢を見ている。今から八年ほど前の出来事だ。
川神院と我が家は結構近い。それこそ子供の足で徒歩十五分程度の距離だ。自分に先頭を譲る形で斜め後ろを歩く女性なら、その半分かもっと早く到着出来た事だろう。それでも歩を合わせてくれる優しさは、今思い返しても――今思い返すからこそ、相当不気味である。あの豪傑がこんなに優しかったとは。
チラチラ、と。視線だけを背後に移して、女性を見る。横顔が美人だった。
こんな色ガキとも捉えれてしまうような行動をするのは、女性の言動に理由がある。
中国人と名乗った女性、
泰山は来日経験はあるが、それも数回だと言う。ならば日本の光景が珍しいのかもしれなかった。『来日』と言ってもそのほとんどは仕合いで、観光する余裕なんて無かったとか。今となれば暗殺者が潜んでいるような場所を手当たり次第見つけていたとしか思えないが、当時は川神が美しいと判断されたと信じきって喜んでいたっけ。
「時に少年。本日、川神院には鉄心殿はおられるか」
「鉄心って……えと、川神院の偉い人、ですよね」
「その偉い人は間違いなく鉄心殿だろうな。あれ程名前の知れ渡った武芸者もそうはいない。それに子供である君が知っているのなら、私の知っている鉄心殿だろう」
「はぁ…………」
泰山の言葉遣いは、その、なんだ、うん、アレ。少々というか何というか――――相当古臭い。
それこそ中国で日本人に騙されて覚えたのでは、と不安になる程までの古風な言葉遣い。当時は半分近く理解できていなかった気がする。最近の小学生がこんな古い話し方をする人間と会話する機会なんてそうそう無いのだ。理解しろと言う方が残酷だろう。
こうなった原因は、武士道の始まりは鎌倉にあり――とか何とか言って、鎌倉時代の武士を研究しながら日本語を勉強しているとこんな風になったとか。
まるで意味が解らん。
鎌倉時代風の喋り方に加えて、近代日本の言語学を修めたからさあ大変。古臭い言葉遣いと現代語が合わさり最強に聞こえる。日本語学校の先生、よくこんな生徒を卒業させたものだ。文章的に可笑しくなくても、聞く立場からすれば言葉の真意を理解しにくいのだ。もしかしたら日本語学校の先生が古風だった可能性が泰山の実年齢が二十代だったレベルで存在している……?
泰山の言葉のほとんどを聞き流して、残った僅かな言葉の意味を咀嚼して、考え込んでようやく返答が出来た。
「多分、鉄心さんはいると思います。今日は特に大きなイベントは無いし、川神院に住んでいるらしいので」
「そうか、それは良かった」
安堵――とまではいかないが、安らかな笑みに心奪われる。
これでも当時五十歳手前の女性だったのだから、泰山は恐ろしい。いや、若さを保つ秘訣という『気』が凄いのだろうか。気は生命力そのものらしく、これを大量に消費することで細胞を維持しているとかなんとか。そんな事はどうでも良かったのでまともに聞いていなかったが、兎に角女にとって若さとは武器であり人生である――そう豪語していたのだけ憶えている。自分にとって気はあまり重要なモノでは無いから、そこら辺の座学が曖昧だったりする。
まだ四十後半ということに気が付いていない自分は、思春期に入る手前の男子のお手本通り顔を真っ赤にして歩き出した。もしもこれが夢でなく過去なら、今すぐにでも助走つけてぶん殴り「アイツBBAだよ」と教えてあげたい。泰山はそんなに可愛い女性では無い、寧ろキツい女だ。どれくらいキツいかと言うと、まだペーペーの弟子に対して全力で発勁かますぐらいだ。あの師匠、割とマジで容赦ねえから。一ヶ月も経てば後悔するぞ。
「えと、その。泰山さんは、どんな理由で川神院に行きたいんですか?」
ふと。赤面している自分を隠す為に、わざわざこんな質問をした。
正直どうでもいいことだったが、これ以上無言でいると赤面しているのがばれてしまうと思っての質問だった。大方川神院に行く人間は鍛錬か挑戦に分けられる。自身を中国人と名乗りクンフー服も来ている泰山は後者に分類されるだろう。
――――しかし。関東の武家総本山、川神院はそこまで優しくない。
鍛錬に来た者には肉体が悲鳴を上げる程のトレーニングを。挑戦に来た者には戦士としての心が折れる程の実力差を。実力主義という社会の中で生き残るには、それ程までの研鑽を行わなければならないのだ――――と思っていた。
最近になって認識は変わったが、川神院は母曰く魔境だ。それは当時ですら知っている事実だった。
曰く、川神院の総代は齢百を超える。
曰く、川神院では板張りの床がほぼ毎日粉砕される。
曰く、総代の孫はかめはめ波を撃つ。
挙げればキリがない程、怪しい噂は後を絶たない。それでも認知されているのは、ひとえに川神院が鍛錬の場として相応しいと皆感じているからだ。事実、川神院に通っている人は心も体も鍛えられて穏やかな表情をしている。一種のお坊さんかもしれない。まあ、多分頭が照り輝いているのは激しすぎる鍛錬が災いしているからだと思っている。
「理由、か――――そうだな。
川神院と戦争にしに来た、と言えば判りやすいな」
「え」
「冗談だ」
真顔でそんなことを言わないで欲しい。
ニヤニヤとしている泰山の顔を尻目に、不貞腐れたのか早足になって川神院を目指す。赤面は冗談の恐ろしさに引っ込んでしまっていた。
もう歩き始めて十分は経過している。あと数分も経たない内に川神院に着くことだろう。川神院は敷地も広いが、正門に案内すれば後は川神院の人がどうにかしてくれる筈だ。
その会話を最後に、自分と泰山が言葉を交わすことは無かった。お互いが無言のまま、川神院へ向かう姿は中々異質なものだっただろう。片やしかめっ面で、片やニヤニヤといやらしい顔だ。もしも自分の顔がもう少し整っていたら仲の悪い姉弟に見えたかもしれない。
「――――っと。
着きました。ここが川神院です」
巨大な木造の門が自分たちを迎える。見上げてもまだ上があると錯覚してしまうそれは、川神院という空間の器の広さを表しているのかもしれない。
泰山に別れを告げて、そそくさと帰ろうとする。これ以上泰山と一緒に居て調子を狂わせられるのは堪ったものではない――。
「待ちたまえ」
――と思っていたら、泰山に声を掛けられ足が止まってしまった。
「不死川と2-Fが揉めてる?」
「そうなのだー。冬馬も準も、こころんを手伝ってるよ」
こころん、と言うのが不死川のあだ名という事は判る。判るが、それは本人の了解を得ているのだろうか……?
場所は食堂。人の波に揉まれそうになりながらも着席し安堵した途端、小雪
から食事のお誘いを受けた。別に共に食事するのに何も文句は無く、寧ろ毎日でいいから受けたいくらいなのだが…………その、了承したら抱きつこうとしてくるのはやめて欲しい。主に視線がヤバいから。特にヨンパチの。「魍魎の宴」を手伝っている相手に向ける視線じゃないよ、アレ。
自分は坦々麺・大盛りと爆弾おにぎり三つを。小雪はパンケーキというデザートがメインか判らないものを頼んだ。イマイチ女子の感覚は判らない。パンケーキでお腹いっぱいになるのだろうか? そう考えてしまうのは、淋しい男の性なのかも知れない。
「別に不死川とF組が喧嘩してるのは良いんだけど……原因は何?」
「なんでも賭場で負けたって、こころんが言ってた。それで冬馬が手伝って、あれこれ揉めてるのだー!」
「ふーん……む」
適当に麺をすすりながら小雪の話に耳を傾ける。結構辛いな、コレ。
二年S組が二年F組と仲が悪い――悪いのは一部だが――というのは周知の事実だったりする。片や優等生ばかりを集めた特待生クラス、片や問題児を集結させてカオスになった問題児クラスだ。馬が合わないのも当然だが、厄介なことに今年の2-Sには面倒くさい生徒がいたりする。
それが、小雪の口から出た不死川心だ。不死川、というのは教師の綾小路先生と同じ財界にもパイプを持つ日本の名門だ。それのお嬢様ということもあってか、学生服ではなく着物での登校を許されている。まあ、着物は動きにくいという印象があるので別に文句は無いが、お洒落好きからしたら羨ましいのではないだろうか。
自分の不死川の印象だが、まあ兎に角「高慢ちき」に尽きる。上級階級の所為か小馬鹿にしたような態度を取り、いざとなれば自身の実家の権力を振り回す。
会話したことは無いが、噂や騒いでいるのを外野で見ている限りはそんな印象しか持てなかった。小雪に話を聞く限りは「泣き虫」や「葵が好き」という情報も出てくるが、それで印象が変わる事は無い。
「普段なら冬馬と軍師さんが勝負するんだけど、今回はちょーっと違うの」
「え、知恵勝負じゃないの? なら島津と井上が力比べとか?」
「うーん…………どうなのかなあ。準はハゲだけと結構強いから、あの肉達磨じゃ勝負にならないかも」
「肉達磨ってお前」
見下した態度を取る不死川は、当然の如く問題児の集まりであるF組も罵倒する。しかしそこで黙っているのは耐えられないのが今年のF組だ。
風間ファミリー――そう呼ばれる集団が、今年のF組には集まっている。
リーダーである風間翔一を始めとし、知識比べでは負けなしの軍師直江大和。筋肉自慢で肉達磨と罵倒された島津岳人や、一緒に食事にも言った師岡卓也。妹弟子であった川神一子に日本でも有名な弓道家の娘
不死川に対して反抗した風間ファミリーは、言葉を撤回するよう求めて何かと勝負を仕掛けている。学園のシステムである「決闘」であったり私闘だったりと、形はバラバラだが兎に角争っているのだ。
まあ、反旗を翻したのは風間ファミリーだけじゃない。魍魎の宴の主催者であるヨンパチ(本名を忘れた)や、師岡と一緒にゲーセン巡りする大串などもS組には否定的だろうか。
今回も例に漏れず、賭場にて珍しくバカ勝ちしていたヨンパチに不死川が「イカサマではないかの?」といちゃもんを付け、それが原因で揉めている。
その、なんだ。うん、真剣な本人たちがいる中で言うのもアレだけど、バカじゃないの。
「でも、否定しないってことは力比べなんだろ? それならいい勝負だと思うけど。かず……川神さんに椎名さん、転校生は強いと思うよ」
「確かに戦うみたいだねー。でも、まだ選手が決まってないのだ」
それもまた、変な話だ。
基本的に
力勝負、となったら出てくるのは風間ファミリーなら間違いなく一子か、転校生だろう。椎名さんは正直怪しい。決闘という形式上、遠距離からの射撃である弓は扱いにくいのだ。島津や風間もありえるが、確実な勝利を目指すなら武士っ娘三人組の誰かを出した方が良いだろう。
不死川の方は……本人が出れば良いけど、そういうのって出なさそう。大方井上か小雪が出るんじゃなかろうか。
「なら小雪が出ればいいじゃん。テコンドー、頑張ってるんだろう?」
「うんっ! ――――でも、今回は出ないよ」
「それなら井上か? アイツも結構なやり手だけど」
「準はお芝居作ってたら、鋏で手を怪我しちゃったから出れない。全く、ドジだよねー」
アハハと笑う小雪だが、それって小雪が危なっかしい事をしようとしたのを止めたんじゃないだろうか。
しかし……それならS組は誰が出るのか。葵は頭脳派で肉弾戦闘には向かず、S組のあずみ姐さんもこういうのには九鬼が言わない限り参加しない。マルギッテさんも妹分である転校生が出る可能性がある以上、参加を見送るのではないだろうか。
一体誰が――――。
「だから、李くん。僕の代わりに出てくれないかな?」
――――へ? と呆けるのと同時。
その笑顔に眩んで、思わず頷いてしまっていた。
「では、今回の決闘についての概要を説明します。
質問は随時受け付けるので、その場その場でお願いしますね」
「わーい! どんどんぱふぱふー!」
「リアクションありがとう、雪」
――――どうしてこうなった。
放課後の屋上で、思わず空を仰いでいた。雲一つ無い晴天で、綺麗な青色が広がっている。その美しさが、今はとても恨めしく感じた。空はこんなに青いのに――ってやつだ。
昼休み。S組とF組の抗争の話を聞いていたら、何故か自分が決闘に参加することになっていた。小雪の誘惑に負けて、反射的に頷いてしまった自分を尻目に、わーいと喜ぶ小雪。その姿は好きな玩具を与えられた子供のようで、とてもじゃないがその
食堂で小雪と別れて、放課後を告げるチャイムがなって帰宅の準備をしている途中――葵冬馬と直江大和が2-Aにやって来た。美形四人組に選ばれる秀才や交友関係の広い軍師が何故来た、と一時騒がしくなっていたが、今頃は何故自分が連れて行かれたかで議論が交わされているのだろう。割と強引に連れて行くものだから、周囲の視線が痛々しかった。特に葵のヤツ、何故かボディタッチが多かった気が……。生憎と同性愛はNG。
「その前にワッペンを配っておく。これがSクラスの分、これがクリスの分だ」
「そうでした。私としたことがすっかり失念してましたね――どうぞ、李君」
「……ん」
「ありがとう、大和」
適当に現実逃避していたら、葵がワッペンを手渡してくる。こうもニコニコされると裏があるのではと疑ってしまうが、実際裏がありそうだから困る。
ワッペンを渡す――――それは、川神学園においては『決闘』の挑戦状を意味している。先生方に一度申請し、決闘が認証されればワッペンが支給される。言わば参加証みたいなものだ。決闘前にこれを先生方に返すことで、決闘が行われる。
学生服の胸ポケットに押し込んで、自分とは違うワッペンを受け取った相手を見る。
金色。それが第一印象で、次にお嬢様という言葉が頭を過ぎった。日本人では有り得ない金髪に、凛々しさを感じさせる青い瞳。人形のような整った顔立ちに加えて、身体も戦う者からしても男としても充分なものだろう。まあ、それを感じさせないけどね。視姦はバレていないから意味があるのだ。ていうか、一子と良い勝負する女子にバレたらどうなることやら……。
彼女の名前は、クリスティアーネ・フリードリヒ。四月にドイツから転入してきた転入生だ。
転入初日から馬で投稿するという偉業を成し遂げたり、いきなり一子と決闘するなど何かと噂の絶えない御方だ。最近では風間ファミリーに入ったらしく、彼らと遊んでいる光景を時々見かける。
一子との決闘で使っていた得物はレイピア。西洋剣の一種で、主に刺突を目的として作られている。刀身が細く刺突に優れるのが有名だが、逆に言えば斬撃や受け流しには向かない。下手に受けると折れたり曲がったりするらしい。しかし、達人が扱うレイピアの突きは神速の如く速さで迫ってくる。決闘を見る限り彼女は相当出来る人間だ。刺突も速く、巧みに刀身を滑らせることで受け流しをも可能にしていた。速さだけで比べたら自分の槍術と良い勝負だろう。
槍と剣、そのどちらが優れている武器か――その議論はどの時代にも交わされてきた。リーチと速さでは槍が、知名度と殺傷力なら剣が優れているだろう。結論は担い手の実力次第、という事になるのだが――――どうやら、今回で自分の中での結論が出てきそうだ。
「まず、今回の決闘の形式について。普段なら私と大和君での勝負になるのですが、今回に限っては川神学園らしく剣を交えようかと」
「俺たちばかりが競い合っても、お互い決着がつかないと判断したんだ。知恵で互角なら肉体で――ってこと」
「そう言うことだ。部外者である李さんには申し訳無いが、正々堂々行かしてもらう」
「おっけー。事情は把握したし、形式も理解した。後はルールを教えてくれ」
「ルールは時間無制限、場所は校庭、勝敗は片方が戦闘続行が不可能になるか降参するまで――以上でよろしいでしょうか」
「一応二人で話し合って不具合の無いようにはしたんだが……」
「私は問題無しだ」
「俺も。強いて言うなら校庭の範囲を教えて欲しい」
「校庭を使う部活動の人や先生には許可を取っているから、全面使ってオーケーだ。ただ、校門から出たり校舎に入るのは違反になる」
「つまりは校庭全域がリングだな?」
「そうなりますが……もしも逃亡と取られるような行動を取った場合は、外野からの野次は覚悟しておいて下さいね」
一通り説明が終わったようなので、設置されているベンチに腰掛ける。
屋上には葵、直江、フリードリヒさん、小雪、自分の五人がいる。サイドで分けるなら葵と小雪と自分がS組、フリードリヒさんと直江がF組になる。お互い不意打ちをする程卑怯では無いものの、万が一に備えて武闘派のフリードリヒさんと小雪を揃えている――と言った具合か。まあ、直江やフリードリヒさんが来ているのは自分の観察が目的だろうが。
今回のルールを考えたのは葵と直江の二人だ。葵は自分にルールを説明しなくてはならないので来るのは判るが、わざわざ直江とフリードリヒさんが来る必要は無い。賢い彼なら、フリードリヒさんに充分説明出来る筈なのだ。つまりここに来たのは他の目的があると判断し、消去法で観察になった。だって流石に自己紹介とか有り得ないでしょ。
直江の人間的視点から見る自分と、フリードリヒさんの武人的視点から見る自分。この二人を重ね合わせて弱点でも見つけるつもりなのだろう。今のところ弱点らしい弱点は礼儀悪くベンチに腰掛けているぐらいだろうか。先客がいるから許してほしいものだ。
「審判はルー先生にお願いしています。ですので、公正なジャッジを期待していて下さいね」
「後は武器だが……これはいつも通りレプリカを使用してもらう。クリスは慣れないかもしれないけど、学園が支給してくれるモノを使ってくれ」
「むっ。それはどうしてだ?」
「さっき葵も言っていたが、今回は公平であるのを前提としているんだ。クリスも多馬川の河川敷で遊んでいた時見てたかもしれないけど、李は槍を使う。そうだろう?」
「まあね」
「なら、李の武器は学園側が用意した槍を使うことになる。李が支給品を使う以上、クリスも支給品を使ってくれないと困るんだ。
片方が慣れない武器を使い、片方が使い慣れた私物を扱う。それがどんな結果を生むか、武術の経験があるクリスなら判ると思う」
「確かに慣れた武器ほど実力は引き出せるが……それなら了解した。彼と同じく、学園が用意してもらったモノを使うとしよう」
「ありがとう、助かった。もしそれで勝っても、Sクラスに言いがかりをつけられるかも知れないからね」
「安心してください。もし言うような輩がいても私が許しませんよ?」
別に個人的にはどっちでも良いんだがなあ……。直江のヤツ、公平と謳っているが牽制することで葵の口を封じてやがる。
先に「この戦いは公平なものである」と告げることで、葵が変なルールを付け足そうとするのを妨害しているのだ。正々堂々などとはとてもじゃないが言えないな、コレ。確かにアイツは軍師気質だわ。
何故か目をキラキラさせて直江を見つめるフリードリヒさんが印象的だった。そういえばこの人、日本の武士大好きでしたね。正面から戦っているように見せている直江に感銘を受けているらしかった。直江は搦め手が大好きだから、見直したといった具合だろうか。
この後は大した説明も無く、あったとしてもクラス同士の取り決めだったので関係無い自分は自販機で買った野菜ジュースを飲んでいた。青汁寄りだったので苦かったが、栄養は多い筈である。
数分後、お互い宣戦布告のようなものを残して直江とフリードリヒさんは帰っていた。彼女が残したのは「お互い死力を尽くしてぶつかり合おう」という言葉だった。騎士道精神に則った素晴らしい言葉だと思う。
因みに葵が言ったのは「ではSクラスが勝ったら大和君、デートしましょうか」という男ならゾッとする言葉だったりする。アイツやっぱ裏があったよ!
「おや。貴方は帰らないのですか?」
「いや、飲み終わったらすぐ帰る。放課後はトレーニングがあって忙しくてね」
「それは大変結構ですが、身体を壊すことが無いようお願いしますね」
今日は金曜日。決闘は月曜日だから鍛える時間はたっぷりとある。仮に身体を壊したとしても、気を使ったまま寝れば一晩で大抵の傷は癒える。それこそ骨折ほどじゃない限り、だ。
…………そうだ。葵に聞いておきたい事があるんだった。
「なあ葵。よくS組が他のクラスに手を貸すことを許したな」
「正直、そこは私も驚いていますが……Sクラスと言っても、主なのは不死川さんですから。如何せん、私たちのクラスは排他的でして。我関せずという人も居れば、侮辱されたと思っている人もいます。今回は前者が多かったのでしょう。それに――」
「それに?」
「特に雪の存在が大きかった、というのがありますね」
小雪の存在が大きいとな。確かに胸とお尻は大きいけど……ゲフンゲフン。
榊原小雪がS組で、一体どういう扱いを受けているのか自分は知らない。葵と井上がいる以上、虐げられているような事態では無いのだろうが――それでも、旧知がどういう立場なのかは気になる。なんせ、小雪は天然だ。おまけに一年中蝶々を追っかけているような娘だから、どんな対応をされているか。
疑問を浮かべていることに気付いたのか、葵は苦笑しながら応えた。
「雪がですね、『それなら最適な人がいるのだー!』と言うものですから。不死川さんが止めても聞かず、結局折れる形で受け入れたのです。雪、何故か発言力があるんですよねぇ」
「成程」
案外自由に暮らせているようで何よりだが、心労をかけるようで済まん、葵。そして井上の頭は小雪が原因だったのか……ストレス的な意味で。今度効き目のある育毛剤でも持っていくとしよう。或いは魍魎の宴で、甘粕さんの写真でも入荷しようかなあ……。
野菜ジュースを飲み終わって、席を立つ。ゴミ箱へと放物線を描いて入った缶の音で目を覚ましたのか、自分の隣で寝ていた小雪が起きる。すぐに話が長くなると眠くなってしまうのは小雪らしい。こんなんで授業を受けれているのか……。まあ授業は別なのだろう。それに学年トップの葵が教えてくれるのだから、成績が落ちる訳が無かった。これでもS組在籍なのである。
「ふぁ……んん……おはよー……」
「おはようございます、雪。もう放課後ですから、私たちも帰りましょう」
「話し合い終わった……? 李くんも、いっしょに帰ろうよ……ふぁ」
「いえ、彼は彼で用事があるそうなので。非常に残念ですが、それもまた今度。さあ行きましょうか、雪」
「うん……。じゃあね、李くん」
「じゃあね」
バイバイ、と手を振って屋上を後にする小雪と葵。
残ったのは自分一人だけ。眼下を覗けば陸上部がレーンを全力疾走している様子が見られた。遊園地を思わせる設備の屋上だが、見通しだけは学園随一のものだ。誰に趣味か判らないものの、こういう所に設置されていると愉快に感じる。この気の抜けた表情をしているロディも、そう思うと可愛く…………やっぱり見えない。
珍しく黄昏てみたが、慣れないことはするもんじゃない。いつものサイクルを守らない所為か、身体は今か今かと拳を振るうのを心待ちにしている。気が滾り、自然と力が篭った。
「それじゃま、行きますか――――」
繰り返すが、今日は金曜日だ。
時刻は四時前。河川敷に移動した時点で五時過ぎだろうから、二時間近く拳を振るえる計算になる。休日はフルに使えば十時間以上鍛錬が出来るだろう。決闘があるのだから最悪釈迦堂さんに師事すれば、搦め手の一つや二つ教授してもらえるかもしれない。あの人は川神院出身の癖して、法外な手段が大好きな御人だからなあ…………。そんなんだから破門になるのだ。辞めた自分が言えた口ではないけど。
目指すは河川敷。今日のメニューは拳法である。
あらかじめ連絡しておいて、ぶっ倒れるまで拳を振ろうか。
軽いステータスを。
主人公
八極拳の使い手。師匠に悪態を付くがなんやかんやで親しみを持っている。ある意味ツンデレ。
師匠
八極拳の使い手。弟子に厳しく自分にも厳しい御仁。クーデレだがBBA。それを言ったら内臓破裂するまで殴られるとか。