真剣で八極拳士に恋しなさい!   作:阿部高知

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阿部 怒りの更新。
今回が今までで最多となりました……平均1万字にする為に。
完全にこっちが本命になってますね。

戦闘回ですが、クリスが噛ませ犬になっているかもしれません。
それと戦闘自体は短いですし終わりも唐突です。そこら辺はご了承ください。


第3話 夢と決闘と決着と

 ――――懐かしい夢を見ている。今からほど八年前の出来事だ。

 

 

 

 

「唐突な話だが――これからお前には川神院で鍛錬を積んでもらう」

「…………そりゃあ、また…………急な話、ですね」

 

 真冬の気候は河川敷の土すらも冷たくするようで、頬に触れている土はそれこそ冷蔵庫のように冷えていた。

 粉雪が振る寒い日、自分と師匠は多馬川の河川敷にて週に一度の鍛錬に勤しんでいた。まあ、勤しむと言っても師匠が拳を振るい自分が吹っ飛ばされるの繰り返しなのだが。師匠の拳は自分をドMへ開花させようとしているのではと心配になるぐらい強烈で、尚且つ容赦が無い。強くなりたいと誓ったのは自分なのでどれだけ痛めつけられようと文句は無いが、それでも全力は無いと思う。あの人の動き、正直言ってブレて見えるのだ。まともに捉えることすら叶わない。

 いい加減地面に頬擦りしているのも飽きたので、ふらつく足を押さえながら立ち上がる。立ち上がる際に腹部へ凄まじい鈍痛が来たが、こんなものはもう慣れた。半年間も腹部に打撃を喰らったら嫌でも慣れてしまう。…………本当に嫌な慣れだなあ。最初の頃は痣ですら怖がっていたのに、今となっては四肢が動かなくなる方が怖いとは。どうやら自分にとって鍛錬とはしなくては恐怖を感じる程優先度が高くなってしまったらしい。

 一旦息を吐いて、再び構える。右手は上に、左手は下に。半身になり顔は正面の敵を見据える。相変わらずの無表情で、静かに自分の動きを観察していた。

 …………拳や足に力が込もる。それではいけないと判っていても――怒りからか嫌悪感からか、滾る力を抑えきれなかった。

 

「ふっ!」

 

 大地を鳴らす震脚を繰り出したのと同時、師匠の右腕が迎撃用に動き出す。

 未熟な踏み込みだが生半可な鍛錬は積んでいない。一歩で一・五メートルは前進出来る推力はある。その全てを拳に移すのだから威力も跳ね上がる筈だ。震脚にて間合いを詰めたら川掌(せんしょう)を胴体に向けて放った。その一撃は下手だが相当の速度を保ったまま、師匠の胴体を貫かんとして――震脚の時点で動き出していた右手に弾かれる。

…………何と言うデタラメな迎撃だろうか。彼女は踏み込みの時点で、自分が一体何処に何を出すか理解していたのだ。自分の師であるという事を除いても、その動物的直感には恐れ入る。

 後で聞いてみたらこの予知とも取れる回避行動は聴勁(ちょうけい)という技らしい。主に太極拳で使われる技で、聴き取る聴勁に変える化勁の組み合わせは鉄壁と言うべき防御力を誇る。マスタークラスになれば一撃すら当てるのも難しくなってくるだろう。

 

 ――――つまり、ほぼ初心者の自分が達人である師匠に拳を当たられる道理は無い訳だ。

 

「踏み込みが甘い。そもそも音を出す震脚など三流も良い所だ。威力重視の冲捶(ちゅうすい)ではなく命中率重視の川掌を選んだのは褒めてやりたいが、当たらなければ意味が無い」

「っ、がぁッ!?」

 

 指摘を終えると来るのは寸勁(すんけい)。川掌を弾いた右手で肩を掴み、只でさえ短い間合いは息がかかる程近くなる。それで魅力されるなら幸せなのだろうが――彼女を相手にしてこれ程までの間合いに入る事は、死を意味していると言っても過言では無い。

 思わずゾッとするような恐怖から、自分の生物としての本能が警鐘を鳴らしていた。

 彼女の利き腕では無い左腕は自分と触れ合うか否かという距離へ。その状態を保ったまま、彼女の震脚が大地を揺らす。自分には音を出すなと言う癖に、こういう「一撃必殺」の場面では相当音を鳴らすのは彼女らしい。無我夢中になると自分の言った事を忘れる人間なのだ、泰山という人間は。全くもって迷惑な大人である。そしてそういう部分が可愛らしいのだが――――って、何馬鹿なことを考えているのか。

 震脚によって得られたエネルギーは、腕を伝わり膨大な勁となり我が身を貫いた。

 

 ――――李氏八極拳の流れを汲み、一代で我流として成った泰山流八極拳は「内部破壊」を真髄とする。

 組手でそれを発揮することは無いが、内臓を破壊し得る衝撃は伝わるのだ。身体に伝わる勁を一点に集中させるか分散させるかで破壊を決める。最も、勁というモノは広がりにくく鋭いので分散させる方が難しいのだが、要するに破壊しようとしまいと威力は等しいという事だ。

 体に穴が空いてと錯覚する程の衝撃と、嘔吐感を与えてくる痛み。内側に響く衝撃は凄まじく、子供の身体とは言え五メートル以上吹き飛ばされた。結局、いつもと変わらず地べたに這いつくばっている訳だ。

 

「…………ぜぁあ……ぁ……」

「珍しく力が篭っていたな。なんだ? 川神院に行くのが嫌なのか?」

 

 ……………………何を当然のことを抜かしているのか、このBBAは。

 珍しく腹が立ったので睨みつけながら叫ぶ。

 

「当たり前、でしょっ!」

 

 川神院。武術の総本山の一つ。最強の一人川神鉄心がいる場所。

 そこに通える事自体は一人の武人として嬉しい。学べる事も多いだろうし、何よりも武道に専念できる環境が揃っている。うちの親は放任主義だから理由さえ付けて結果を出せば文句は言わないだろう。

 最適な環境、優れた教育者、支援してくれる親――これ以上無い程贅沢な提案を、自分は敢えて蹴る。いや、そもそもこれは提案になっていない。此方が譲渡してこそようやく提案になるが、今回自分は一歩も譲渡する気は無い。自分は川神院に行くのを絶対に拒むだろう。それこそどれだけ痛めつけられようと、だ。

 何故なら――――

 

「俺はまだ、貴女から少ししか学んでいない…………!」

「――――――――」

 

 自分が師として認めたのは彼女だけだから。それ以外の者から教えを乞うつもりは無い。

 

 その言葉が可笑しかったのか、顔を伏せ無言になる師匠。こちらは既に立ち上がって臨戦態勢は取れている。いつも通り攻め込んでも良いのだけれど……明らかに空気が違う。李颯斗という人間は空気は読める男なのだ。

 普段とは違う泰山の様子にオロオロしていると、その心配を吹き飛ばすような豪快な笑いが脳内に響いた。これでも五十手前の婆さんなんだから驚きである。うちの婆ちゃんはこんな豪傑のような笑い方はしなかったぞ。

 暫くしても彼女の大笑いは収まらない。自分を見据えて、これでもかと言う程馬鹿笑いしている。…………あ、これは馬鹿にしてますわ。

 

「クハハハハハハハッ!! いやぁ失敬失敬!! 悪いと思っているからそう睨むな李よ!!」

「…………嘘だあ。絶対馬鹿にしてるだろ」

 

 剣呑な空気から一転――大笑いする泰山と不貞腐れる自分が対面するという、何ともシュールな光景が出来上がった。何が面白いのか全く理解できないが、師匠の馬鹿笑いは土手を走るランナーが仰天する程でかい。大きいのは胸とお尻だけにして欲しい。震脚で踏み込んだらすごい事になるんだよなあ。

 

「何、李が私を求めてくれたのが嬉しくてな。そうかそうか、そんなに私の教えが良いか、ん? このぉ愛いヤツめ!」

「う、うるさいよ師匠! それに求めるとか言うな!」

「なんだ照れてるのか? 悦いぞ悦いぞ」

「……………………っ!」

 

 決して間合いを詰めることは無く、意地悪な笑みを浮かべていじってくる師匠。何と言うか、こうも言われたら嫌でも意識してしまう。師匠は美人だから笑顔も絵になるし、なによりその美人に気を掛けてもらっているという事実が嬉しいのだ。…………本人に言ったら増長するので言わないけどね。

 これ以上弄ばれるのは癪なので、仕切り直しの意を込めて構え直す。先程と同じ構えだが、力が篭っていない分勁の作用は大きくなる筈だ。勁は力んでは充分に発生しない。零から十へ移行する際の爆発力で勁は強くなる。これが最初から五だったりするとその分振れ幅が狭くなり、発勁の威力も弱まってしまうのだ。故に脱力し、自然な状態で震脚に備える。

 

 そして爆発。零から十への急激な振り上げは震脚という形で表れ、身体を伝わり師匠を打ち砕かんとする――!

 

「今度の踏み込みは良かったが――――拳の精度が悪すぎる。有り余る勁を完全に操れ。逃がすのではなく集めて放て」

 

 しかし――当然のことだが自分程度の拳が彼女に当たる筈も無く。

 突き出した冲捶は単純に身を翻して躱される。拳法や槍の一撃は点であるが故に避けにくく決まりやすいが、逆に言えば躱されてしまったらそこまでだ。今回のように全力で撃ちにいった場合は姿勢も崩れて、再起に時間がかかってしまう。

 その再起までの隙を逃さないからこその達人だ。翻した状態から一変、突き出した右腕の内側に自身の左手を添え、震脚で近付いてくる。自分が逃げないようにがっちりと腕を握り、見本となるように震脚で得たエネルギー全てを右手に乗せて放った。

 拳の名前は向捶(こうすい)。カウンター技に分類させる技で、攻めに力を込めて守りを疎かにしているからこそ、この一撃は骨身に染みた。悪い意味で。

 

「――――――――かは」

 

 息が吐き出される。鋭い痛みと共にやって来る吐き気と気持ち悪さ。毎回同じ所を殴るので予測は容易だが、そこ痣できてるんで殴るの止めてくれませんかね。

 興が乗ったのかどうなのか、自分は先程よりも更に遠くへ殴り飛ばされる。距離で言うと……七メートルよりも遠いだろうか。これも気を使わずに重心の移動と勁の力だけだと言うのだから凄まじい。気を使い身体強化した状態でやったらどうなるのか――想像したくないものだ。自分が風船みたく破裂する姿しか想像出来なかった。

 

「まあ安心しろ。鍛錬と言っても週に一度の手合わせはするし、川神院に行かせるのも実戦経験を積ませる為だ」

「――――実戦、経験」

「そうだ。お前が弟子になってから半年経つが、今まで対戦してきたのは私だけ。おまけにそれも二ヶ月に一回程度でいつもは自己鍛錬のみ。お前には才能があるからな、そうやって腐らせておくのは勿体無い」

 

 …………ありがたいと言うか何と言うか。顔が赤くなるのが判ってしまった。

 

「で、でも……! 自主練だけでも結構強くなれますよ」

「確かにそうかもしれない。だがそれにも限界がある。昔のように農作業をし、空いた時間に剣を振るえた時代ならまだしも――現代は時間が無い。お前だって早朝と放課後しか鍛える時間は無いだろう」

「そうですけど…………」

「つまりそういう事だ。大人の言う事には黙って従っておけ。

 

 どうしても嫌なら――私を倒して、川神院に行く必要など無いと証明してみろ」

 

 上等だ。痛みは続くがまだ立ち上がれる。半年もの間殴られ続ければ痛みにも耐性が付くし、身体も強くなっている。

 息を整えて構え。震脚を繰り出し目の前の敵を打ち倒す……!

 

「はぁーーー!」

 

 

 

 

 

 十分後。

 そこには渋々川神院に連れて行かれる李の姿が!

 師匠には勝てなかったよ………………。

 

「いい加減いじけてないで来い。それでも男か」

「…………………………はーい」

 

 先頭を進む師匠に促されて足早に川神院を目指す。組手中に分泌されていたアドレナリンが切れたのか、身体の節々が痛んだ。頬も擦った所為か傷が出来ており、恥ずかしい限りだが大きなガーゼが貼られている。こんな所を友達に見られたら目も当てられない。

 川神院は目前まで迫ってきている。師匠の足並みは速く、後ろ姿だけでは判断できないが焦っているように感じる。……何か急ぐ用事でもあるのかと一瞬思ったがすぐ納得した。彼女は自分が川神院に通う前に挨拶がしたいのだろう。

 ――――それなら早く言ってくれればいいのに。まあ粘ったのは自分なんだけどさ。

 

「着いたぞ。身嗜みは整えておけ」

「へーい」

「返事ははいだろうが」

 

 こうしてまじまじと川神院の正門を見るのは夏ぶりだろうか。

 今日は粉雪が降る日で、正門の屋根や柱付近には掻き集めた雪が積もっている。耳を澄ませば聞こえてくるのは修行僧さん達――これからは自分の先輩となる人たちだ――が鍛錬に励む声。「えっせ、ほいっせ」という掛け声を聞く限り、雪かきを修行としてやっているのかもしれない。……なんつー昭和チックな修行だろう。

 正門の下――雪の当たらぬ屋根の陰に一人の老人が立っている。この寒さの中で道着という薄着でかなり伸びた白髭が印象的だった。かなり年のいった老人だというのに滲み出る闘気は師匠と大差ない。つまりこの老人もマスタークラスの実力を持っている、師匠曰く壁越えの実力者――。

 川神院総代、川神鉄心がそこに立っていた。

 

「待たせて済まない鉄心殿。この生意気な弟子を沈ませるのに時間を割いてしまった」

「構わんよ。それよりも泰山殿――本当に、この子をうちで修行させてよいのじゃな?」

 

 チラリ、と。鉄心さんの優しくも厳しい視線が突き刺さる。

 自分の体の状態から鍛え方、気の流れに質まで――一時期は世界最強と謳われた彼に品定めされるという事実に心が震える。緊張と喜びが入り混じった変な表情を浮かべていることだろう。

 鉄心さんが実力を探っていることに気付いたのか、師匠がフォローをしてくれた。

 

「…………ええ。この子は強さだけなら同世代でも覇権を争えますが、実戦経験というものがまるで足りない。私も七浜に住んでおりますが、組手が出来るのは週に一度のみ。それなら鉄心殿の所に預けて経験を積ませる方が良いでしょう。他の流派の技を学ぶのも、経験という事で」

 

 覇権ってアンタ…………自分が経験不足と言ったんじゃないか。

 胡散臭いものを見るような眼で師匠を睨むが、師匠は視線を逸らす。虚勢を張るのは趣味じゃないんだがなあ。

 

「お主がそう言うのなら、儂はもう何も言わん。――――これ百代、そこで震えていないで早く出てきなさい」

「………………………………」

 

 師匠に呆れていると正門の陰から誰かが出てくる。白い世界の中でその黒色は目を引き付けられる程目立つ。雪がかかって色が目立つ黒髪に、髪に引けを取らない整った顔立ち。道着の上にジャンバーを羽織るという奇抜なファションは除いても、その美貌に自分は心奪われていたのだ。

 百代と呼ばれた少女も此方を見ていて、一瞬視線が交差し心臓が跳ねた。その強気な瞳も彼女の雰囲気や闘気と合っている。若干むっすりしているがそれも美しい。師匠がすねている時の姿が重なって、無意識に笑みを作ろうとしていた。

 

「これこれ百代。そう警戒せんでもいいじゃろうが」

「別の流派からの刺客ですからね、総代の孫となれば警戒するのも当然でしょう」

「流派も何も、そもそも流れが違うのじゃから警戒するだけ無駄じゃろうに」

 

 警戒、か。確かに初見の男子なら女子は警戒してしまうのかなあ。まあ警戒しているのは自分ではなく自分の習っている武術のようだが。八極拳を此処で使ってもいいのだろうか? それなら楽なんだけどな。

 

「――――李、挨拶をしなさい」

 

 唐突に師匠から声を掛けられて元に戻る。

 自己紹介か、自己紹介、自己紹介ねえ……まあ無難に行くとしよう。

 

「…………えーと、今日から川神院で修行させていただく李颯斗です。李でも颯斗でも、呼びやすいように呼んでください」

「李君か。儂は川神鉄心、川神院の総代をしておる。そして此処に居るのが――――」

 

 自然と彼女へ三人の視線が集まる。彼女の一挙一動に関心が高まり、その絶頂で彼女はゆったり口を開いた。

 

「川神百代。お前、明日から私の舎弟な」

「……………………えっ」

 

 

 

 

 彼女の爆弾発言に腰を抜かしそうになる自分と、してやったりと獰猛な笑みを浮かべる彼女。

 自分がはじめて彼女と会ったのは、息すら凍る寒い日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日の放課後。遂に決闘の時がやって来た。

 コンディションは十二分と言って良い。気の量も予想通り十割まで回復しており、肉体の疲れや痛みも見られない。思考回路もスッキリしていて問題は見られなかった。判断能力も衰えは無いだろう。

 放課後のチャイムが鳴り終わったと同時に席を立つ。既に帰宅準備は済ましているので、後は校庭へ向かうだけだ。A組の窓から確認すれば、鉄心先生とルー先生が話し合っているのが見て取れた。審判はルー先生だと聞いていたが鉄心先生も加わるようだ。川神学園に入ってから武術の上達っぷりを見せていなかったので、過去の恩師に披露する良い機会となる事だろう。…………そういう意味ではフリードリヒさんを出汁に使っている、のか? そんな事よりも女の子の出汁てエロい……エロくない?

 

 仕合い前に煩悩を出すとは随分余裕のようで。小雪の影響か何か知らないが最近性欲が抑えきれなくなっている気が…………。溜まってんのかなあ。

 決闘に遅れないよう早足で教室を抜けようとしたら――クラスメイトの何人かから声を掛けられた。

 

「今日の決闘頑張れよー」

「俺はフリードリヒさんを応援するけど、負けたとしても善戦して負けてくれ」

「頑張ってね李くん」

「……………………ん、じゃ行ってくる」

 

 A組の皆に今日の決闘に出場すること、伝えたかなあ?

 声援で頑張れる程素直な性格はしていないが、これは単純に嬉しい。これは負けられない理由が一つ増えちゃったな――そう決意して気合を入れ直す。今の自分は只の李颯斗では無いのだ。S組の刺客でありA組の代表。それが今の李颯斗という人間の立場だ。そんな重要な立場に居るのだから、負けることは絶対に許されない。例えそれが美少女だろうと。

 廊下を進むごとに受ける視線は多くなっていく。そこまで名の知れた生徒では無い事は自覚していたが、いざ決闘となるとここまで関心が来るとは。はっきり言って予想外である。別に目立つ事は嫌いじゃないけど好きじゃないが、あまりジロジロと見られるのは不快感を覚えてしまう。特に2-Fのガングロちゃん、そんな変な視線で見られると拳が暴発してしまいそうになってしまう。小笠原さんは……面食いだけど美人だからいいや。

 

 校庭に出ると早くも人だかりが出来ていた。自分が教室に居る間は鉄心先生とルー先生しか居なかった校庭も、廊下を移動する最中に人が集まり賑わっている。見渡してみれば部活動で見かける生徒や二年生、意外なことに一年生と三年生の姿も視認出来た。こういうクラス同士の諍いは他の学年には関係無いことなので興味関心は薄いと思っていたが…………お祭り好きの川神学園を舐めていたらしい。

 集まる生徒には目もくれず、人だかりの中央に居る先生方の元へ。自分が向かっているのに気付いた生徒から道を譲ってくれるので、何だか自分が偉くなった気分になる。器が小さいとは自覚していたが、まさかこんな下らない事で優越感を感じているとは。我ながら嫌になってくる。

 中央にやって来た自分に気付いたのか、ルー先生が催促するように話しかけてくる。

 

「来たネ。君の対戦相手はもう準備している。早く準備をしなさイ」

「判りました。それで、自分の武器は…………」

「儂が用意しておる。ほれ、お主が普段使っているものと寸分違わぬものじゃろう」

「おお…………」

 

 思わず声を漏らす程――――このレプリカは出来が良かった。

 長さは自分が持っている物と変わらない百八十センチメートルだが、重さはリクエスト通り三キロになっている。普段は十五キロを振り回しているが、実戦でそれを使うのは自殺行為だ。約二メートルなら三キロが適正重量であり、十五キロなんぞ使っていたらフリードリヒさんの素早い突きで一撃だろう。

 適当に振り回して感触を確かめて、戦う準備の為に制服の上を脱いだ。下は学生ズボンで問題ないものの、肩パッドが入り材質が固い制服では動きに支障が出てしまう。シャツは襟元のボタンさえ外せば問題無し、これで動きやすい格好になった。

 

 槍の調子も良い。やはりこれぐらい軽い方が振り回しやすく扱い易い。そもそも槍で十五キロというのが頭可笑しいのである。これを「片手で扱えるようにしろ」なんて練習メニューに入れている師匠はドSか鬼畜かのどちらかだと思う。両方かも知れない。

 自分に確認をしたら、遠くでレイピアを振るうフリードリヒさんの所へ向かうルー先生。あの人も中々の苦労人だと思う。一子の面倒を見て百代先輩の暴走と咎める役割も負って体育を教えて自己の鍛錬も欠かさずにして…………いつかルー先生、倒れるんじゃなかろうか。

 

「物騒なことを言わんでくれ…………」

「それはすいません」

 

 ルー先生が連れてきたフリードリヒさんだが……なんか、自分の事睨んでね?

 違和感か勘違いだと思いたいのだが、眼力の強さが金曜日に会った時とは比べ物にならない。決闘前だからとしても幾らなんでも強すぎだろ、アレ。怨敵を睨むような目付きになっている。おまけに無言だから圧力が凄まじい。

 はて、何か自分しでかしたかなと不安になっている矢先、彼女の方から声を掛けてきた。

 

「決闘が始まる前に一つ質問したい。

 先日私は犬――いや、川神一子からとある事を聞いた」

「かず……川神さんから?」

「そうだ。彼女曰く李颯斗は自身よりも強くクリスティアーネ・フリードリヒでは敵わない、と。私が君に敗北するかは今から決める事だから気にしないが、私が聞きたいのは――彼女が君に一度も勝った事が無い、というのは本当なのか?」

「……………………」

 

 ――――――――思い出すのは五年前の事。

 自分の始めての妹弟子である川神一子に対し、自分は死力を尽くして川神流を教えた。本人がまともに憶えていない癖に伝授するとは皮肉なものだが、兎に角彼女には釈迦堂さんの力も借りて川神流を教え込んだ。

 その際に嫌が応でも組手はしたが――その時に、一子が自分に勝った事は一度も無い。彼女が妹弟子であった期間は二年程度だが、その間自分は負け無しだったのだ。

 なーんて言えば自分が強いように思えるかもしれないが、事実はそうでは無い。一子が勝てなかったのではなく、勝てなくて当然なのだ。短いとはいえ数年間武術を習っていた者と習いたての初心者では前者が勝つに決まっている。寧ろ負ける方が一大事だ、師匠に知られたらぶっ殺されるどころじゃ済まない。

 まあ、負けず嫌いの一子だから勝てなかった事を悔しく思っていても仕方無い。自分に出来ることはこの間違いを訂正することだけだ。

 

「勝った事が無いって言っても、五年前の話だよ? 今戦ったらどうなるか判らないと思うけど」

「私も確かにそう思っていた。しかし、その後彼女はこう続けた――今戦っても勝てるビジョンが浮かばない、と。あの前向きな川神一子がこう言うのだから、君の実力は相当なものなのだろうな」

「…………………………」

 

 …………………………………………えー。

 随分とまあ、過大評価してくれるものだ。フリードリヒさんが誠実な態度を取ってくれているから落ち着いているが、普通の友人だったら身振り手振りで全否定していると思う。単純にフリードリヒさん相手に恥ずかしいから出来ないだけだけど。

 フリードリヒさんも回りくどいやり方をする。わざわざ聞かずとも答えを知る方法は目の前に転がっているというのに。

 

「――――君がそう思うんならそうなんだろう、君の中ではな」

「何?」

「よーするに」

 

 彼女から距離を取って槍を構える。身体は半身、穂先を下にし柄を上げ、刺突の準備に入った。槍の間合いは自分の場合三メートルちょっと。彼女との間は五メートルだから、もう少し近付く必要がある――――まあ、彼女の方から近付いてくれると思うが。

 数テンポ遅れてフリードリヒさんも構える。話し合いの途中だったから呆気に取られたらしい。そんなんでは簡単に殺られてしまうのに。師匠は構えが遅れただけで襲いかかって来たからなあ。

 

「剣を交えれば判るってことだよ」

「――――――――っ!」

 

 それを準備完了の合図と受け取ったのか――ルー先生と鉄心先生の纏う空気が変わった。先程まで談笑していた先生とは違う、武人としての張り詰めた空気。その緊張感は自分と彼女両方に伝わり、自然と得物を握る腕が震えた。

 

「――準備は宜しいカ」

「はい」

「ああ!」

 

 視線が交差する。彼女の構えも同じく刺突のモノ。一撃必殺――とまではいかないが早々に決めに来るようだ。槍と剣の間合いの違いは彼女も理解している筈。長期戦になってはリーチが長い分自分が有利になる。それを防ぐ為に、早い段階で攻め立てるのだろう。

 ならばそれに答えよう。我が槍術は一撃必殺、どちらが早く当てれるかが勝負の鍵――!

 

「東方、2-S代理人――2-A所属李颯斗」

「はい」

「西方、2-F代表――2-F所属クリスティアーネ・フリードリヒ」

「はい!」

 

 

 

「いざ尋常に――――始め!」

 

 鉄心先生の号令の直後――駆け出したフリードリヒさんの額目掛けて、突きの一撃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決闘が始まる直前、クリスが考えていた作戦は単純だった。

 自身の自慢の突きによる応酬で槍の間合いよりも内側に詰め、充分に槍を振るう前に決着を付ける――単純にして豪快な戦法がクリスには合っていた。大和のように策を弄するのは苦手でありしたいとも思わない。転入初日に一子と戦った時同様、真正面から堂々と敵を打ち倒すのがクリスの流儀なのだ。

 幸いにも今回の相手、李颯斗も正面からの対決を望んでいるようだった。金曜日は自身と善戦した一子が「クリスでは勝てない」と言っていたのを聞き驚いたが、月曜日になって確信する。一子の言う通り、彼はクリスよりも高みにいるだろう。直接正面に立っているからこそ、彼の実力を垣間見れた。

 

 一瞬クリスの姉貴分、マルギッテ・エーベルバッハと相対しているかと勘違う程の闘気。彼自体は自然体でいるのに槍の穂先が首に押し付けられているような感覚がある。

 そもそも彼は身のこなし自体が違う。歩き方に無駄が無く、常に重心移動が一定。バランス感覚が良いのか重心移動を用いるような動きが流派にあるのか――それはクリスには判らない。判るのは、彼は全力で行かないと敵わない相手であるということだけだ――!

 

「――準備は宜しいカ」

「はい」

「ああ!」

 

 ルーの言葉に応じ、クリスは刺突の構えになる。フェンシングの如くレイピアを前に突き出し、利き足の右足を前に出す。李との距離はおよそ五メートルと言ったところ。彼の槍は李の背丈とそう大差無いので、恐らく一メートル八十前後。腕の長さと踏み込みから考えると三メートルが彼の間合いになる筈だ。

 対して自分の間合いはレイピアの長さ、腕の長さと踏み込みを考慮しても半分の一・五メートル程度しかない。彼がいきなり踏み込んでくると考えても、彼女自身も前進しなくてはならないだろう。移動しながらの突きは精度が落ちるが威力は上がる。先手必勝を考えている彼女には合っている戦法だった。

 

「東方、2-S代理人――2-A所属李颯斗」

「はい」

「西方、2-F代表――2-F所属クリスティアーネ・フリードリヒ」

「はい!」

 

 李の足が動く。その場で足踏みをするような動きは、足の筋肉を硬直させない為のものか。李の構えは変わらず突きの構え。初速は恐らくクリスのものと同レベルかそれ以上の精度だと予想出来る。地に足を付けてないあたり、初撃は譲るつもりなのだろう。わざわざ長いリーチがあるのだから、それを自ら縮めていくことは無いのだから。

 …………良い機会だ。自分が格上と戦える少ないチャンスなのだから、クラスの勝ち負け関係無く楽しむとしよう――!

 

「いざ尋常に――――始め!」

 

 その号令を聞いた直後――間合いを詰める為にクリスは駆けた。

 間合いは五メートル。彼が動こうと動かまいと三・五メートルは進まなければ剣の間合いには入らない。槍はリーチが長いのが利点だが、内側に入られると戦いづらいという点もある。クリスがその間合いに入れば勝ちは確定するだろう。

 この前進でどれ程まで距離を詰められるのか。そして繰り出されるであろう反撃をどういなすか。以上の二点がこの仕合いでの勝敗を分ける――――。

 

 

 

 そう思ったクリスの眼前には、彼が放ったと思われる槍が迫っていた。

 

「(え――――)」

 

 突然の出来事に思考が止まる。何故彼が槍を放っているのか――そんな疑問の前に、身体は回避行動を取っていた。

 中途半端に出ていた右腕を急いで防御へ。刀身の細いレイピアでは防御に向かないが、そんな事を気にしている余裕は無い。一直線に迫ってくる槍の下側を弾くようにして回避し、追撃を防ぐ為に後退する。

 

「(馬鹿な。彼は突きの構えこそはしていたが、動作が見れなかった――。それなら突発的に槍を放ったのか? いや、それこそ無い。彼の一撃は間違いなく私の額を狙って放たれていた)」

 

 ――――クリスは李が深く構えなかったことから初撃は無いと判断したらしいが、それは間違っている。

 彼の修めた中国拳法は()()()()()()()()ことを突き詰めた拳法だ。達人の震脚は普通の歩き方と変わらないように、李の踏み込みも一見すれば判らない。震脚の前兆が足踏みだと悟っていれば結果は違ったのだろうが――初見であるクリスには判る筈が無かった。

 八極拳の末に至る六合大槍も、当然ながら八極拳の歩法や身体の動かし方を使う。槍で予備動作が判らないというのは相当な利点だ。只でさえ神速で迫り躱しにくい槍が更に避けにくくなるのだから。

 

 レイピアで弾いたのは良いが、問題になるのはクリスの体制が崩れているという事だ。震脚によってエネルギーを得た槍の一撃を弾いたのだからレイピアにも損傷が見られ、右腕も痺れている。何よりも予想を裏切られたことによる精神的ショックが大きかった。

 その隙を見逃す程李は優しくない。後退を確認したら直ぐ踏み込み、着地責めを実行する。

 下段からの突き上げ、突きに払い。着地際を狙われたクリスは何とかいなすのが精一杯で攻撃に転じる事が出来ない。槍を躱す間にもレイピアは傷んでいき、クリスの身体にも槍がかするようになって行く。

 

「…………っ! クリ!」

「頑張れクリス!」

 

 一子と大和の応援も届かない。目の前の剣戟に集中していなければ一撃を当たられ敗北する――そんな殺意はクリスから集中力と体力を奪っていく。

 槍の突きも柄の持つ長さを変える事で上手くリーチを変えている。柄を長く持ち威力のある突きや、短く持つ事で扱い易くした切り払い。時折挟んでくる足払いがいやらしく、槍ばかりに集中すればこかされてしまう事だろう。

 

 ――――そして。

 クリスが李の連撃を受けて三十二度目の防御で、レイピアが弾かれた。

 

「しま――――――――」

「もらった」

 

 剣を弾かれて完全に無防備となった自分に突き付けられる殺気と刃。構えは中段、身を捻り遠心力を得て放たれる一撃は、クリスの心臓を狙っていて――。

 校庭を揺らす震脚の後、刺突はクリスに放たれた。

 

「――――はぁッ!!」

「…………ぐ、ぁ……………………」

 

 刃先を潰しているとは言え、槍の突きは相当な威力を持つ。その一撃を受けたクリスは吹き飛ばされ、校庭を何度かバウンドした後動かなくなった。

 決闘が始まる前まで賑わっていた生徒たちの喧騒は存在しない。二人の死闘を見て完全に沈黙していた。お互いが発する闘気に呑まれて、その光景に釘付けにされる。クリスが吹き飛ばされたのを堺に、生徒のざわつきはようやく復活した。

 クリスの元に駆け寄るルー。脈と顔色を見、意識があるかどうかを判断し――鉄心に向けて、首を横に振った。

 それはすなわち意識が無いという事。意識が無い以上決闘は続けることは出来ない。つまり――――

 

「クリスティアーネ・フリードリヒ戦闘続行不可能。それにより、勝者! 2-S代理人李颯斗!」

 

 鉄心の声が校庭中に響き渡り、Sクラスを中心に歓声が立った。

 

「うわ~! すごーいかっこいー! 李くん強いぞお!!」

「準、貴方見えましたか?」

「…………済まん若。少しなら見えたぞ」

「にょほほ、あの小雪が用意したと聞いて不安に思っておったが、これ程までとはのう。これであの猿共も太刀打ちできまい」

「――――――――素晴らしい。私闘禁止なんて無視すりゃあ良かったなぁ」

 

 ある者は褒め、ある者は動きに驚き、ある者は勝利を噛み締め、ある者は戦闘衝動に身を委ねる。

 校庭の中心――現在最も注目を集める中で、男はゆっくりと。

 

「――――――――よっしゃぁ!」

 

 自身がもぎ取った勝利を噛み締めていた。




近距離→八極とはそれ、爆発也――!
中距離→聴勁使ってから突き余裕でした。
遠距離→穿つは必中、突き穿つ突き穿つ死翔の槍!

なんだこの主人公……!?
どの道クリスに勝ち筋は無かったってことで。
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