真剣で八極拳士に恋しなさい!   作:阿部高知

8 / 11
十埜様、tani様最高評価ありがとうございます。

書いてて思ったこと。
(アレ…………この主人公、修羅じゃね?)
そもそも殴られることに抵抗を覚えなかったり戦っている姿に興奮する時点で狂ってた。

それと待ちに待った戦闘回ですよ! 展開が急なのはご愛嬌で。

1/10 題名を無題から変更。
1/11 流れに矛盾が生じたので修正。


第6話 夢とだらけと凶刃と

 ――――懐かしい夢を見ている。今から五年ほど前の出来事だ。

 

 

 

 

「釈迦堂ォォォ! お主は破門じゃァッ!!」

「ハッ、やってみろクソ爺ィッッッ!!」

 

 放課後、特に用事も無かったので川神院に来たら戦争が始まっていた。なんだこれ。

 

 川神院に来る前から嵐の如く、濃厚な気が荒ぶっていたのは感知していたが…………まさかこの二人が戦っているからとは。てっきり自称美少女の戦闘狂がかわかみ波でも出したかと思っていたのに。

 思わず呆然として、道場の正門で立ち止まる。いい年した大人が喧嘩しているのにも驚いたし、下手すれば闘いの余波で傷付くかも知れないのに淡々と闘いを見ている自分にも驚いた。師匠との鍛錬が原因でいい感じに麻痺しているらしい。

 目の前で拳の応酬を繰り広げる川神鉄心さんと釈迦堂刑部さんを呆れた様子で見ているのも面白いが、まずは荷物を片付けなくてはならない。二人の傍をそっと抜けて、道場の端にある更衣室へ入る。

 更衣室には何とも言えない――――強いて言うなら臭い、臭すぎて笑えるレベルの臭さ――かぐわしい匂いが漂っている。武術を習っている以上汗と汚れは付き物だが、それでもしっかりと清潔にはしよう。特に更衣室のような皆が使う場所では気を配って欲しいものである。誰が男の臭いを嗅いで嬉しいと思うのか。

 白衣の道着に着替えたら、大人しく観念して道場へ向かう。はっきり言うと行きたく無いけど、これも仕方なしだ。どうせ行かなかったら百代さんかルーさんが回収しに来るだろうし。百代さんが入ってきたのなら最悪押し倒しても良かったかなあ…………耳元で囁いたら案外弱そう。

 

 いざ道場に入ってみると、そこには惨状が広がっていた。板張りの床は闘いの余波で割れ、道場の壁には亀裂が入っている。鉄心さんと釈迦堂さんの拳がぶつかり合う度に振動が発生して道場全体を揺らす。お互い傷付く事など全く考慮していない、防御無視の近距離戦闘(インファイト)

 気を巡らしてみれば、この道場の付近には自分と殴り合う二人を含めても五人しか人間が居ない。この場にいる三人を除いて気を探ると、他の二人が誰か判った。

 一人はルーさん。道場の外側――自分が入ってきた入口とは逆側の方で静観している。気の波は穏やかで動く気配が無い。恐らく二人の闘いの行く末を見守っているのだろうが、所々焦ったように波がぶれるのは隣にいる少女の所為だろう。

 もう一人は川神百代さん。ルーさんの波がぶれるのはこの御方の所為で、闘争心を抑えられていない。二人の死闘の空気に当てられたのか波も荒れている。この戦闘狂は本当に残念な美少女だ、こんなんだから彼氏が出来ないのである。まあ最近は舎弟が出来たらしいので、その子に期待するとしよう。

 

「がんばれー」

 

 道場が荒れていては鍛錬することさえままならないので、漢二人の死闘を見守る。どちらも流派が違うので技は参考にならないが、動きは参考になる箇所が多い。熟練された武人の繰り出す技は巧いだけじゃない、次の繋ぎの際に発生する隙が少ないのだ。八極拳は一打必殺の為どうしても一撃が大振りになる。そこで決めれたら良いのだが、まだ未熟な自分にそれは出来ない。だからこそ技の後の硬直や隙を減らす必要があるのだ。

 

 鉄心さんの放った無双正拳突きが釈迦堂さんの頬を掠める。数センチずれていれば直撃したという事実に興奮したのか、恐ることなく大蠍撃ちで反撃する。技を放った隙を狙われ攻撃が直撃した鉄心さんは吹き飛ぶが、なんと壁に張り付き跳躍――――落下の勢いを乗せて地球割りを繰り出した。

 地球を割らんとする衝撃波が一直線に釈迦堂さんに襲いかかる。一瞬驚いたような顔をする釈迦堂さんだったが、すぐに獰猛な笑みを浮かべて拳を握った。放った技は川神流の禁じ手・富士砕き。普段なら正面に放つ正拳突きを地面に打つことで地球割りを相殺したのだ。お互いの必殺技がぶつかり合い、気の奔流は道場を越え屋外にも漏れ出していた。

 

「李ッ! 何をしているカ! 危ないからこっちに来なさイ!」

「はーい」

 

 飛び散る木片を叩き潰していたら後ろから声を掛けられた。いや、声を掛けられるなんてレベルじゃない、これは怒鳴りつけるの方が正しい。恐る恐る振り返ると、そこには珍しく険しい表情をしたルーさんの姿が。

 流石に居ないことを悟られたようで、ルーさんに首根っこを掴まれて外に引っ張り出される。折角良い所だったのに…………堅物ルーさんめ。そんなんだから三十後半になっても結婚出来ないのだ。

 屋外に出てみると道場は酷い有様だった。闘いの余波は道場が倒壊しそうになるまでに影響を及ぼしていたのだ。そんな中で戦っている鉄心さんと釈迦堂さんは正気じゃない。あのキチガイ共、壊れながら戦っている……!

 取り敢えず安全圏まで脱出したのを確認したのか、一息付いたルーさんに尋ねる。

 

「そもそもなんで二人が戦っているんですか?」

「――――総代が、前々から釈迦堂の欠点を見抜いていたのは知ってるネ。精神面での未熟さは武人にとって一番直すべき箇所。それを釈迦堂は直すことをせず、寧ろ悪化させようとしていタ」

「はぁ」

「それで精神修行を命じたんだけド…………結果は御覧の通りサ。見込み無しとして総代は釈迦堂に破門を言い渡し、それに反発した釈迦堂が襲い掛かってこうなったんダ」

「成程」

 

 血の気の多い釈迦堂さんの事だ、戦闘狂だからなんて理由で破門にされたらカッとなるに決まっている。それが判らない鉄心さんでは無いだろうに――――いや、わざと直接伝えたのか。

 釈迦堂さんの精神面の原因が満足して戦闘が出来ないのなら、それを満たしてやれば良い。もしそれで反省するようなら復帰させて、反省しなかったら破門とする。根っからの教育者である鉄心さんらしい手法だ。賢いとは言えないけれど、釈迦堂さん相手ならこれ以上無い方法だと思う。

 

 変に感心していると、ドゴンッを凄まじい音が背後から聞こえてきた。

 振り返ると完全に倒壊した道場と天井を突き破り空中でせめぎ合う二人の姿が! すげえ……アイツ……登りながら戦ってる……! さっきまで壊れながら戦っていると思ったら登ってた。何を言っているか判らないと思うが俺も判らない。

 二人の攻防は未だ続く。釈迦堂さんの蹴りを鉄心さんが受け止め足を掴み、掴んでいない方で掌底を出す。それをおでこで防いだ釈迦堂さんは必殺技――リングで決めにかかるものの、それを許さないのが世界最強の爺さん川神鉄心。彼の奥義・顕現の参・毘沙門天を瞬時に展開、上空に浮かぶ釈迦堂さんを叩き落とした。地面に叩き付けられた釈迦堂さんを迎撃する為、爆ぜるように着地点へ追い打ちを掛ける――――!

 

「アレで人間なんだからびっくりするよなあ」

「総代はご老体だけど腕前は世界一だからネ。ていうか、僕からしたら君のほうが恐ろしいヨ」

「そりゃまた何で」

「その年で僕や釈迦堂の防御を崩せる時点で、ネ。これでも師範代なんだから、並みの武人なら傷一つ付けられないと自負しているんだけド」

「まあ自分もしごかれてますからね…………師匠の一撃が重くて重くて」

「君も大変だネ」

 

 お見合い相手探すのに必死なルーさんには言われたくない言葉だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ヒゲはどこじゃあ……………………」

 

 昼休み。課題のプリントを持ったまま校舎を徘徊する修羅が一人――――まあ自分のことなんだけど。

 普段なら昼食を食べている時間帯だが、今日はそういう訳には行かない。朝に出し損ねた課題のプリントをヒゲ先生――――宇佐美巨人先生に提出しなくてはならない。プリントの提出が遅れた原因である後藤をぶん殴りたくなったが、実際に殴れば顔面陥没では済まないので脳内で殴っておく。強くなるのも考えものだぜ。

 宇佐美先生は人間学という川神学園独自の教科を教える教師で、その風貌とおっさん臭さからいつの間にか「ヒゲ」と呼ばれるようになった悲しき教師だ。本人も加齢臭に悩まされているらしく、時々授業でぼやいているのが印象的だった。後は小島梅子先生が好きらしい。本人曰く万人の女性がそそのかされるような猛アタックを仕掛けているらしいが轟沈しているとか。そんな口説き方があるのならぜひぜひ教わりたいものだ。

 昼休みが始まってすぐに職員室を伺ってみたが姿は見えず、わざわざ危険を冒してまでS組に行っても居なかった。マルギッテが捜していた、なんて死刑宣告まで聞いたのに。一瞬寒気がしたのは気の所為ではないだろう。

 

 現在場所は二階の廊下。一通りクラスを見回してみたが宇佐美先生は見つける事が出来なかった。

 宇佐美先生の性格上、小島先生が居ない限り中庭に通うことは無い筈。屋上にも用事があるのなら行くらしいが昼休みに姿を見かけた事は無い。大体彼の行動範囲を考えると自教室か職員室ぐらいだろう。しかしそこにも居なかったとなると――――何処に行ったのか。

 

「本当は使いたくないんだけどなぁ…………」

 

 逆探知されると場所が特定されるし。

 実は宇佐美先生を見つける事は容易だ。拳の間合いに範囲を絞ることでかなりの索敵能力を誇る気の探知を、学園全体に広げればいいのだから。宇佐美先生とは二年の付き合いがあるから気の性質は憶えているし、あそこまで胡散臭い気の持ち主もそうそう居ない。半径五百メートルにすればすぐに発見出来るだろう――――ただし。

 気の範囲を広げるという事は、気を察知出来る人間も範囲に入ってしまう。気を感じられる人間は川神学園には少ないものの、厄介な人間が揃いも揃っている。特に武人とかおっぱいお化けとか猟犬とかドM軍人とか。そんな連中に普段なら間近でしか感じられない気を悟られたら――――交戦状態と勘違いされるに決まっている…………!

 そうなると面倒くさい。あの戦闘狂共は基本的に話を聞かなず、聞いたとしても開口一番に「バトルしようぜ!」などと抜かしてきやがる。迫り来る猟犬を迎撃する気も無いし、説得なんて出来る気もしない。師匠に言葉に気を上乗せさせる方法を教してもらえば良かった。

 最近マルギッテさんにストーキングされているのは知っている。毎回休み時間になるごとにS組からやって来る彼女から逃げる為、窓から飛び降りなくてはならない自分の苦労、判る人間がいるかどうか。解決するには自分が相手してやればいいのだけど…………師匠との約束を破る気も無いし。

 

「これも全部ヒゲ先生が悪い」

 

 責任を全て宇佐美先生に押し付けて――――気の流れを探る。

 索敵範囲は自分を中心にして半径五百メートル。範囲内にいる人間ならば校舎の内部から校庭、学園の外に居ても感知出来る。見知った人物であれば小雪がS組で葵と井上と一緒に居て、熊ちゃんは食堂に居る。風間は屋上にいて…………隣にいる集団は風間ファミリーだろうか?

 範囲を広げる代わり、索敵の精度は下がってしまうのが難点だ。此処に人間が居る――――そんな漠然とした事実なら判るが、その人間の気を詳しく知っていないと誰が誰だか判らなくなる。小雪や熊ちゃんや風間なら付き合いが長いので判るものの、風間ファミリーの面々や葵、井上は憶測でしかない。この辺りも自分の鍛錬不足だろう。

 

「あ――――やべ、近付いて来てるし」

 

 宇佐美先生が使われていない空き教室に居るのは判ったが、迫り来る猟犬の気配を察知し駆ける。付き合いが長くないので本当は判らないけど、こんな物騒な気を放つ人物はこの学園で一人しかいない…………!

 

 廊下を走っていることを注意してくる上級生には目もくれず、気を絶って一目散に空き教室へ飛び込んだ。先輩の評価など知ったことか、今は猟犬から逃げるのが最優先だ。

 使われていない空き教室は和室だった。入った瞬間に畳の香りを感じる。それに似つかわしくないのは跳躍して畳に着地する自分だろう、和の雅さを一切感じさせない。着地自体は素晴らしいのだけれど。使われていない故か、着地の衝撃で埃が舞ったのが気がかりだった。

 急いでドアを閉め鍵を掛ける。あの軍人が本気を出したらドアなんて壁にすらならないだろうが、一応保険を掛けておく。最悪察知されたのなら教室と同じく窓から飛び降りればいいだけだし。時間稼ぎになってくればいい。

 

「さて。いい加減寝たふりしてないで起きて下さい、宇佐美先生」

「Zzz……Zzz…………。小島先生、そんな所を触っちゃ…………あっ」

「大の大人が気持ち悪い声出さないで下さいよ」

「……………………君、前から思ってたけど容赦ないよねえ」

 

 部屋の中央――――畳の上で雑魚寝していた宇佐美先生がゆっくりと身体を起こす。

 億劫そうな表情にシワシワのシャツ。くたびれた中年の姿がそこにはあった。釈迦堂さんとはまた違っただらしなさ。あの人は自分の姿に興味が無いから自然とああ成っているが、この人はその辺りを判った上で放置している気がする。そんなんだから小島先生に見向きもされないのだ。

 頭を掻きながら視線を此方へ向けて来る宇佐美先生だが、自分がプリントを持っているのにようやく気が付いた。無言でそれを手渡すと、受け取った直後に身体を畳へ預けていた。…………この人、だらけることに精を出しすぎではないだろうか。

 

「宇佐美先生、流石にだらけ過ぎですよ。一応此処学校ですし」

「別にいいじゃない。どうせこんな所にやって来るのはよっぽどの暇人か優等生ぐらいだし、さ」

「ありがとうございます」

「皮肉だよ皮肉」

「はあ。でも、こんな態度じゃ小島先生は反応してくれませんよ」

「中々痛い所を突くね…………おじさんにその一言は効く」

 

 本当に効いているのなら立ち上がれば良いと思う。

 宇佐美先生と談笑するのも楽しいが、それよりも気がかりなのはマルギッテさんの事である。恐らく先程の一件で目安としての場所は知られ、廊下に居た生徒から情報収集という名の尋問をしている筈だ。そうなると此処に居るのがバレるのも時間の問題かも知れない。

 現に、彼女の気配は結構近くまで来ている。真っ直ぐ一直線にこの部屋に来ている――とまで行かないものの、恐らくこの部屋の前も通るだろう。

 

 

 

 ……………………一瞬のような永遠のような時間が過ぎていく。そして。

 

 

 

「ふぅ…………」

「何が原因で安心したかおじさんは知らないけど、君も大変だねえ」

 

 嵐は通り過ぎた。猟犬は臭いを嗅ぎつけること無く、空き教室を発見出来なかった。

 思わず一息付いて、畳に身体を倒す。なんで学校生活をしているだけでこんな思いをしなくてはならないのか――――そんな疑問を抱く前に、まずは身体を楽にしたかったのだ。出ないとストレスが頭部に出そう。

 

「おっ、入って早々にだらけるとは…………素質があるな」

「だらけるのに素質とかあるんですか?」

「まあね。ほら、こんなのだけど一応先生だからさ。気取っちゃって真面目になる子も多いわけよ。だけど君は先生の前でもだらけてみせた――――これを素質と言わずなんと言う」

「怠惰なんじゃないですか?」

「違いない」

 

 お互い背を向けて寝転がりながら話す。

 自分を鍛錬馬鹿だと自覚しているが、こうして堕落するのは嫌いではない。寧ろこうしているのは好きだと言えるだろう。自分だって人の子であり学生だ、学友と共に馬鹿やったりはっちゃけるのは大好きだ。ただ、それよりも鍛錬に身を投じる方が好ましいというだけの話。

 

 結局、昼休みが終わる直前まで空き教室で休んでいた。宇佐美先生からは何故だか期待されているようで、「この教室使っていいから」と謎の許可も頂いた。まあ独自に使える部屋が増えた…………ということで良い、のか?

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 最近川神市の風紀が良くなっていると噂が立っていたが、どうやら本当のことらしい。

 

 既に日が落ち、真っ暗な河川敷を歩いていてそう思う。

 時刻は七時半過ぎ。幾ら初夏は日が落ちる時間帯が遅いと言っても、七時にもなれば街灯無しでは何も見えない程に暗くなる。歩き慣れた道、踏み慣れた場所だからこそ道路は判るものの、普通の人ならまともに歩けまい。学生がこんな時間帯まで外出している時点で風紀なんてあったもんじゃないが、まあその辺りは見逃すということで。遅くなると伝えているし問題は無い…………筈。

 普段なら学校に通っているかどうかすら怪しいヤンキー達が(たむろ)している多馬大橋の下も、ここ一週間全く見ていない。更生させられたのか、と思っているが彼らのリーダー格である板垣竜兵の実力を考えるとそれも微妙だ。話を聞く限り彼の実力は気を使う者の中でも上位に入る。そんなリーダーが統べる集団を警察程度が確保できるとは考えられなかった。

 

「……………………ふぅ」

 

 思わず息を吐く。体内に溜まった二酸化炭素を吐き出し、新しい空気を循環させる。

 現在多馬川の河川敷には自分以外の人間は存在しない筈だ。放課後から二時間以上鍛錬をしていたが、土手を通る人は居ても留まる人は居なかった。屯しているヤンキーもいない、土手を通る人間もいない、居るのは只自分一人で――――その()鹿()()()()()に反吐が出そうになる。

 川辺から土手へ。肩に担いでいるケースには槍が入っており、その長さは身長とほぼ同じの一メートル八十センチメートル。仮にすぐ槍を取り出し突くとすれば掛かる時間は二秒ちょっと。一子やフリードリヒさん相手ならこれでも充分に間に合うが、鉄心さんや師匠を相手にするとなれば遅すぎる。せめて一秒、出来れば一秒以内に取り出せたら良いのだけれど。まだまだ精進が足りないらしい。

 ケースの中から槍を取り出し、適当に振り回す。師匠が作ってくれたこの槍は馴染みがあり使いやすい。重さが従来の数倍あるのが難点だが、それも慣れたら問題ない。流石に対人戦闘では重さは欠点になるけど。重みは威力と同義だが、それも過ぎれば只の鉄塊になってしまう。適度な重さと適度な長さがあってこそ武器は輝くのだ。

 

「――――――――よし」

 

 槍を回して肩を慣らしたら準備オーケー。利き手の右手に槍を構え、自分の後方二十メートル先に向けて――――

 

 

 

 ――――全力で、槍を放った。

 

 

 

 気を纏わせ真紅の魔槍となったそれは、一直線に飛んで行く。描くのは赤い軌跡、放たれた赤い閃光は流星の如く。摩擦を帯び気を纏った魔槍は一秒も経たない内に狙った箇所に到着し。

 

 

 

「ほう…………完全に気を絶ったつもりだったのだがな。中々に鍛えられた赤子のようだ。流石、『大鳳泰山』の弟子と言うべきか」

 

 

 

 そこに居た老紳士に掴まれた。

 不敵な笑みを浮かべて魔槍を掴む老紳士を睨む。日本人では有り得ない金色の髪に野生さを感じさせる髭。身に纏っている燕尾服は彼の雰囲気に全く似合っていない。あずみ姐さんもそうだが、どうして自分が知っている執事メイドは仕えるような人間では無いのだろうか。自分も夢を壊さないで欲しい。

 槍を投げた事に疑問は無い。常識なら怪しいと言うだけで殺傷能力のある槍を投げるのは通報されても可笑しくないが、そもそもそんな威力の槍を掴める時点で常人では無いだろう。それに、何も無かった所から急に気配が沸けば誰でも驚く。それについ反応して槍を投げても――――許される筈だ。

 

 雑念を全て捨てて、眼前にて笑う老紳士の動きを観察する。

 一体何時から居たのか――――少なくとも鍛錬中に気配は感じなかった。いや、先程の発言を信じるのなら気配を消していたのだろう。完全な気の絶ち方は間違いなくマスタークラスのもの。言っていて恥ずかしいが気での索敵は優れていると思っている。つまり自分に気付かれないという時点で、格上なのは確定的に明らか。

 ここで気配を僅かにだが出したのは、鍛錬中に漏れていた闘気に当てられたからだろう。もしそうなら、この老紳士は百代先輩や釈迦堂さんと同じ戦闘狂の気質がある。戦闘狂を相手にするのは面倒だ――――たった一発で仕留めなければ、再び立ち上がってくる。

 

「大鳳泰山と言ったな。アンタ、鵬泰山を知っているのか?」

「答える前に小僧、年上には敬語を使え。貴様の教養が疑われるぞ」

「貴方は鵬泰山をご存知なのですか?」

「それでいい。質問に答えてやるが――――答えはイエスだ」

 

 鵬泰山を知っている――――それだけで警戒するのには充分だ。

 彼女が昔話してくれた時があった。一撃で相手を打ち倒し屠る姿は美しく、その優れた容姿や鵬という名もあり鵬泰山は大鳳と呼ばれるようになった。大鳳泰山――――かつてはその名前を知らぬ者はいない程だったとか。

 しかし彼女は歴史から記録を消す。空高く舞い上がっていた大鳳は地に堕ち、地上にて子を成した。堕落した理由はその強さが原因だった。

 

 彼女は強すぎた。強すぎて、あまりに人間を壊しすぎた。

 

 一撃で相手を打ち倒し、内臓を壊し。武人としての人生を屠る。

 容赦の知らぬ拳法家であった彼女は、破壊した武人本人や一族から相当恨まれた。名を馳せれば馳せる程人間を破壊し敵を増やしていく。最終的に彼女はあらぬ罪を着せられて拳法家として表に出ることが出来なくなってしまったのだ。

 後悔はしていない、と彼女は語った。自分は全力だっただけで、壊れる武人が悪いのだと。自分も師匠が悪いとは思わない。気にしていないと本人が言うのだから詮索するだけ無駄だ。しかし…………

 

 本当に気にしていないなら、話をする時の表情が憂えていたのは何故なのか。

 

「そうですか。ならさようなら」

 

 知っているならそれだけで良い。別に公言するつもりも無いようだし、あのオーラは間違いなく強者のもの。そんな人物が人の弱みを喋るとは思えない。

 此方にも都合がある。只でさえ無理をして門限を伸ばしてもらっているのだから、早く帰らなければ。老紳士に挨拶をして家の方へ歩き出して、

 

「まあ待て」

 

 殺気を感じて、振り返り老紳士の鋭い蹴りを受け止めた。

 二十メートル以上の間合いを瞬時に詰め、放たれた蹴りは凶刃と呼べる鋭い一撃だった。受け止めた右手は悲鳴を上げ、気で回復しなければ麻痺して動けなかっただろう。間合いを詰める脚力と一撃の重さには驚いたが、それでも対応出来る程度だ。

 掴んだ右足を手放し、仕返しに此方も蹴りを打つ。弧の軌道を描き首元を狙った蹴りは上体を逸らすことで躱され空を斬る。体勢が崩れたので追撃しようと試みるものの、相手が後退したことでそれは叶わない。

 

 強い――――経験と直感がそう囁いていた。

 

 一連の攻防だけで彼の強さが判る。迷いの無い蹴りに次の次まで予測した動き、これが出来るのは相当な熟練者の証だ。そして壁越えの実力まで備わっている…………はっきり言って、勝てる気がしない。

 

「李颯斗。大鳳泰山の弟子で、川神学園所属。中学生までは川神院に通っていたが釈迦堂刑部が破門になった事を機に辞める。壁越えか壁に迫るまでの実力を有する――――不確定要素だな」

「……………………貴方が釈迦堂さんの所に行った、クソ強い爺さんか」

「その通り。釈迦堂のヤツは己の才能を持て余していたが、貴様はそうでは無いらしい。俺の一撃を受け止めている時点で相当な実力者だ。それに、俺自身が興味を持っている」

「興味?」

()()大鳳泰山の弟子だ。先程の一撃を受け止めたことと良い、素晴らしい実力を持っているに違いあるまい」

「お褒めに預かり恐縮、でッ!」

 

 全身に気を宿し、離れた間を震脚で詰める。この際音など関係無い――――格上相手に中途半端な事をしても負けるだけだ。

 轟音と共に滾る勁。それを右腕に移し、気を宿した一撃は先程の蹴りとは比べ物にならない速度と威力を伴って老紳士に迫る。狙うは腹部。内臓が傷付くかも知れないが、そんな事はどうだって良い。目の前の敵を討ち滅ぼすのに手加減など不要。それが例え老体だろうと、敵対するのなら容赦は要らない。

 当たれば気絶の技が迫って尚不敵に笑う老紳士。口を歪めて、足を高く振り上げて――――

 

「さあ耐えてみせろ…………ジェノサイドチェーンソーッ!!」

 

 ――――回避不可能の凶刃が放たれる。

 

 直感で理解したのだ、この一撃は回避出来ない――――と。

 この老人が放った足技は正に絶技。師匠や鉄心さんが繰り出す奥義と同等、それ以上の練度を以てして出された一撃を、所詮十数年しか生きていない自分が避ける術は無い。聴勁など意味を成さない。突撃している以上急停止は出来ないし、出来たとしても目の前の凶刃して意識を刈り取られるだけだ。

 凶刃は一撃必殺と呼べる代物だった。当たれば体力十割全てを根こそぎ持っていく威力がある。防御など意味が無い、防御をしてもその上から潰されるだけだ。

 ――――――――それは八極拳の極意そのもの。防御の上から敵を打つ、その愚直なまでの姿勢を体現した一撃。

 

 だから。

 自分も八極拳士であるのなら、この一撃には自分の持てる全てを出さなくてはならない。

 

「ハァ――――――!」

 

 嘗ての八極拳の名手、李書文は牽制だろうと一撃で相手を沈めたと言う。

 命すら奪うその拳がどのようなものなのかは自分には判らない。ただ死因から何となくの推測なら可能だ。李書文の拳を受けて絶命した者の大半は内部が破壊されて死んでいた。師匠と同じように拳士を破壊する一撃を内臓や心臓に打つ事で殺害していたのだ。

 つまり李書文の成した无二打は内部破壊の極地。それを可能にするのは卓越した技術と気。鎧通しの原理で拳に纏わせた気を内部に通し、内側から爆発させる――――それに勁を加えることで更に威力を上げる。

 

 これから放つのは自分の持てる一番の攻撃。

 自分なりの解釈によって生まれた、二の打ち要らずを信条とした一撃――――!

 

 

 

无二打(むにだ)ァ!!」

「はぁッ!!」

 

 

 

 凶刃と拳が激突した。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「畜生」

 

 大の字になって土手に転がる。土の汚れなど気にしないし、気にしていられる程余裕も無い。

 右腕の痺れは尋常ではなかった。はっきり言ってしまうとピクリとも動かない程だ。利き腕がやられてしまった以上明日からは左手で生活しなくてはならないのだが…………ペンが上手く使えるかどうか。なんて事をしてくれるのだろうか、あの爺さんは。

 気で治そうとしても、何故か右腕には気が流れにくく流れても治癒が遅い。まるで治癒を阻害しているようで――――あの老紳士の名前を聞いてピンと来た。ヘルシングと言ったら不死身の怪物を打倒した一族。治癒に対しての対抗は凄まじいものだろう。道理で治らない訳である。

 

 ――――結局、自分の拳は通用しなかった。

 

 全力で放った一撃は凶刃によって弾かれたのだ。それは自分の拳法家としての誇りや人生を無下に扱われたと言っても過言ではない。今まで習ったこと全てを込めて出したモノが通用しない…………その事実に奥歯を噛み締める。

 しかしそれも当然だった。自分が八年分の思いを詰めたのなら、あの老紳士は数十年の思いを込めていた筈。そんな一撃に負けるのは当たり前で、撃ち負けるのは必然だ。技術も経験も相手が上、それに負けるのはしょうがない――――

 

「訳が無いだろう」

 

 こんなのが言い訳になるか。

 敗北は敗北、そこに言い訳が入り込む余地は無い。負けたのは技術や経験の所為じゃない、自分が弱かったからいけないのだ。ならば強くならなくてはならない。それこそ師匠と対峙しても引けを取らない程度には。

 

「明日からもっと鍛えなきゃ」

 

 何とか立ち上がって帰路に付く。

 遅くなり身体もボロボロだが、一時間も叱られれば母も許すだろう。なんやかんやで子には優しい人だし。まあそれを利用するのは気が引けるのだけど。

 

 …………嗚呼、良かった。

 

 

 

 これで自分はまた、高みへと行ける――――――――。




槍投げ☆復活ッ!(しかし返って来ない)

遅れてすまない……本当にすまない……。
これも全部短編のネタを考えていたのが悪いんだ……例えば。

燕を切り落とす為だけに極地へ至ったYAMA育ちの武人の話とか。
桜セイバーと共に刀を取って死地へ向かう魔術師らしからぬ魔術師の話とか。
おっぱいタイツ師匠を正攻法で寝取る子供には読めない小説の話とか。

どれも短編だけどね。
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