真剣で八極拳士に恋しなさい!   作:阿部高知

9 / 11
border様最高評価ありがとうございます。

そろそろ夢のネタが無くなってきている今日この頃。
原作では六月に釈迦堂に接触しているヒュームですが、今作では主人公が居るので予定が早まっています。

日常回ですが難産。戦闘を書く方が楽だというね…………。
小雪編が短くて済まない…………本当に済まない……低クオリティで済まない……。

1/16 流れが可笑しいので加筆


第7話 夢と考察と対話と

 ――――懐かしい夢を見ている。今から五年ほど前の出来事だ。

 

 

 

 

 その日は桜が舞い、風情と共に虚しさも感じさせる春日だった。

 川神院に通じる道路には街路樹としてソメイヨシノが植えられていて、この時期になれば歩道を覆い尽くす程の桜が舞い散る。数に直すと五十本以上の桜が自分たちを迎えてくれる――――が。数が多い分落ちる桜の花びらの数は増えていく。その量は尋常ではない程多く、一日で落ちる花びらを集めるだけでゴミ袋を幾つも使用する程。これを修行と称して掃除するのだから、川神院の修行僧は大変だ。特に雨が降った翌日など桜が路面に張り付いて中々取れなくなるのだ、箒を持つだけで嫌になってくる。

 時刻が午後六時。工業地帯へ沈み行く太陽は桜の花びらや川神院を朱に染めていた。日が沈むという事は夜が来るという事。月夜の中で静かに散っていく桜――――嗚呼、なんて風情があるのか。月光に照らされて雅な雰囲気を出す桜を見ながら川神水を飲む事が出来たのなら、今すぐにでも无二打を放ってみせよう。

 

 ……………………いい加減思考を現実に向けるとする。これ以上現実逃避はしてられない。

 理想は夜に桜を肴に川神水を飲む事で、現実は老人と個室で二人部屋。こんな状況になったら現実逃避もしたくなる。まあ、誘ったのは自分なんだけどさ。

 

「――――――――そうか。お主が自身で判断したのなら、儂は文句は言わん。精一杯精進するがよい」

「…………ありがとうございます」

 

 この日――――自分は鉄心さんへ川神院に通うことを辞めるという旨を伝えた。

 

 別にこの事は深夜のテンションでも若気の至りでも無く、前々から考えていた事だった。決して川神院に文句があるから辞めるのでは無い、あくまで自分の心境の変化によるものだ。

 此処川神院は武術の総本山、当然その修行も厳しく心身共に鍛えられる。修行の厳しさは折り紙つきで、事実辞めていく人間を数年間で何人も見てきた。それと同時に入ってくる人間も多数なので数自体は変わらないものの、人が変われば環境が変わる。その中で自分の立場だって変化するものだ。

 

 ――――要するに居辛くなったのだ。

 

 針の(むしろ)とまではいかないが、それでも鍛錬中に向けられる視線は中々刺々しいものばかり。入った当初は別流派の技を使っていても問題は無かったのに、一年も経てばいい加減に川神流を習えという事になる。特に此処最近は人の出入りが激しい所為か、新入りの人から向けられる「お前なんで居るの?」という視線が容赦無い。

 それを責める気は無かった。自分だって関係の無い人間が混ざって一緒に鍛錬していたら気になるし、最悪害のある視線を向けるかもしれない。川神流に関係無い八極拳を使っている自分が悪いのだ。

 ……………………流派特有の閉鎖的な部分を間近で見た気がする。

 そもそも釈迦堂さんが川神流を破門になった時点で、既に通う意味は無くなっていたのだろう。仰ぐべき師の喪失は弟子にとって痛手だ。無茶を許さない鉄心さんやルーさんの方針を否定するつもりは無いが、それでもやはり馬が合わない。あの釈迦堂さんの放任主義とも取れる適当ぶりが良かったのだ。決して百代さんのように戦闘狂だからとか、そういう理由ではない筈だ、うん。

 

「して、李よ。川神院を抜けた後は何処で修行をするつもりじゃ?」

「そうですね…………大人しく泰山師匠と組手でもしようと思っています。普段は多馬川の河川敷か河原が近いので、そこで鍛錬しようかと」

「毎日?」

「ええ、毎日」

「……………………はぁ。本当に、モモは何故お主のようにならなかったのかのぅ」

「ははは…………そればっかりは本人の問題ですから」

 

 頭を抱える鉄心さん。その姿があまりにも小さく見えて、思わず苦笑いを浮かべていた。相変わらず百代さんは鍛錬をしていないらしい。最近川神院に通う事自体が少なかったので様子を見ていなかったが、サボり癖は出会った当初から変わらない。

 自分と百代さんの違い――――それは決して師匠の違いなどではない。泰山も鉄心さんも実力はほぼ互角であり、師匠はスパルタだが非常に効果のある鍛錬をしてくれるし、鉄心さんは温情(それでも水準自体は高いので厳しい。あくまで師匠の修行と比べると温情なだけ)だが心技体全てをバランス良く鍛えてくれる。恐らく自分が鉄心さんに弟子入りしていても、流派や技こそは違ったが総合的な実力は変わらなかったと思う。

 結局の所、百代さんは強くなるのが早すぎたのだ。心技体の内、心が育つ前に技と体が成熟してしまった。心技体の順番は語呂だけで作られている訳では無い。まず最初に心を作り、技を磨き体を鍛える――――この順序で武人というのは完成される。心の前に技・体が完成した百代さんはそう言う意味では「不完全な武人」と呼べるかもしれない。

 

「精神修行にでも出せばいいんじゃないですか? 揚羽さん辺りなら喜んで引き受けると思いますけど」

「毎回の如く九鬼に頼るのもな…………。他に良い案は無いかの?」

「それなら、百代さんは一度敗北したら良いんじゃないでしょうか。技は勿論体も出来てますから、後は敗北して自分を見つめ直せばいいかなーと」

「そう言ってもなあ、儂じゃもう体力の限界じゃし。どこかの拳士が成し遂げてくれかのー」

「師匠の言い付けを破る程重要な事じゃないので」

「お主、本当に泰山へぞっこんじゃな」

 

 自覚しているから別に慌てない。しかし止めてくれ、思春期にその言葉は刺さる。

 川神院を抜ける…………つまりは赤の他人へ戻るというのに、鉄心さんは自分に優しくしてくれる。鉄心さんだけじゃない、ルーさんだって惜しむだろうが引き止めはせず応援してくれるだろう。一子には悪い事をしたと思っているが、別の兄弟子を取って本格的に川神流の薙刀を極めて欲しい。文句を言われるかもしれないけれども、自分に習うよりかは強くなれるだろう。百代さんは…………どうせ「私を倒してから行けっ!」とか言ってきそうだしイイヤ。

 

「それじゃあ帰ります。――――――――三年間、本当にありがとうございました。此処で培った経験は必ず無駄にしません」

「儂の方こそ、モモや一子の面倒を見てくれて感謝しておる。もしも独りで鍛えるのが難しくなったら戻って来なさい」

「男の独り立ちですからね、甘えるような事はしません。――――いずれは、百代さんすらも超えてみせましょう」

「ほほほ、そいつは楽しみじゃわい。さあ、行くがよい若人。そして見せてくれ、お主の才能を」

 

 立ち上がり部屋から出て、一直線に正門へ向かう。

 誰にも顔を見られたくなかった。例え鉄心さんには悟られているのを判っていても、男の意地が顔を見られるのを拒絶していた。ちっぽけな自尊心がこの時ばかりは存在を主張してきやがる。

 

 

 

 ――――ぽろり、と。瞳から雫が滴り落ちた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「あれれー? 李くん右腕怪我しちゃったの?」

「小雪か。そうなんだよ、もう動かなくてさ」

「僕が痛いの痛いの飛んでいけ――って、してあげようか?」

「遠慮しとく」

 

 そんな事やられたら食堂の空気が比喩無しで凍りつく。中心となるのは自分と小雪であり、実害が及ぶのは自分なのだ…………まあ、好意自体はすごく嬉しいんだけどね。

 

 鬼強い爺さん(名前はヒューム・ヘルシング。去り際に伝えてきた)と対決した翌日。

 右腕の麻痺を引きずったまま、自分は川神学園に登校していた。医療品に加えて気での治療を施せば一晩で治ると思っていた麻痺だが全く治る気配が無い。やはり不死殺しの一族の技は尋常ではないようで、自分程度の治癒能力では一割も治らなかった。恐らく百代さんの瞬間回復すら防ぐのではないだろうか。

 利き腕である右腕が使えない以上、必然的に慣れない左腕での生活を当分の間強いられる事になる。一応武術の関係で左右のバランスはほぼ均等だが、シャーペンを握ったり文字を書くとなれば話は別だ。蛇が這いずったような文字――――とまではいかないものの、改めて見てみれば解読不可能な部分もあったりする。

 こんな文字で復習が出来るかぃ! おのれ許すまじヒューム!

 

 ――――まあ、改めて闘っても勝てる気がしないが。

 一撃必殺同士の闘いでは未熟な者が負ける。昨日の仕合いは未熟だった自分が負けた、それだけの話だ。

 

「お箸使いづらそうだね。やっぱり慣れない?」

「まあね。左腕なんて八極拳と槍術ぐらいでしか使わないし、使っていても日常生活とは動きが違うから何とも言えない」

「ふふふ、それならー……………………」

 

 ガシっと。そんな擬音が付きそうな勢いで握っていた箸を奪う小雪。

 何をするのか――――小雪を凝視していると、自分の食べていた月見うどんのお盆を引き寄せて奪った箸で麺を掬う。箸に掛かった麺に息を優しく吹きかけて、

 

「はい、あーん」

 

 にっこり笑顔で口元に突き付けてきた。

 周囲の視線が射殺さんばかりに突き刺さる。主に男子から、一部独り身の女子からの視線も混じっているが…………魍魎の宴のメンバーからが多いのは仕方無いことなのか。いい加減魍魎の宴から脱退するべきなのかもなあ…………。

 思考停止完了、そして再起動へ。

 どうせ食べなければ口に突っ込んでくるので、大人しく麺を吸う。麺に絡められた卵のとろみと出汁の味がマッチしており、喉を通り過ぎる時に鼻へ出汁の香りが抜けていく。麺はコシがしっかりと有り、食感はもちもち。このクオリティでワンコイン以下なのだから学食の安さが判る。

 

「どう? 美味しい?」

「……………………ああ、美味しいよ。はい、小雪も」

 

 今度は此方の番、と言わんばかりに箸を取って麺を差し出す。それを吸う小雪可愛い。傍から見れば「あーん」を交互にしているバカップルにしか見えないだろうが、別に小雪相手ならいいや。

 

「ぷはぁ~…………ご馳走さまでした!」

「御粗末」

 

 例え噂になってもどうでも良い、今はこの癒される笑顔で和まされるとしよう。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――――真っ黒な河川敷にて、燕尾服を纏った老兵と対峙した。

 ――――迫り来る凶刃。その一撃は鋭く重く、老練な技だったと言える。

 ――――それに込められていたのは数十年もの歳月。ヒューム・ヘルシングという人生そのもの。

 ――――対して放たれたのは不完全な一撃必殺。積み上げられたのはたった数年であり、お互いの思いが衝突して――――。

 

「………………………………」

 

 放課後の河川敷にて。胡座を組み座った状態で考えていたのは、昨晩のヒュームさんが放った一撃のことだった。

 ジェノサイド・チェーンソー――――あれは正しく彼の必殺技と呼べる代物だった。高年齢で身体能力は衰え始めている筈なのに、瞬間的な速さは自分よりも数段階速く鋭い。その爆発力に加えてかなり濃密な気が練られて纏わせており、冲捶(ちゅうすい)川掌(せんしょう)と言った生半可な攻撃では弾かれていただろう。あの場面で无二打(むにだ)を放ったことは正解だったのだろうが…………それで競り負けてしまった以上、自分がヒュームさんに勝てる道理は無かった訳だ。

 自身の持てる最高の技を、堂々と正面から破られたとは…………情けなくて師匠に顔向けできないなあ。

 

 故に考える。何故自分が負けたのか、そして何処を改善すべきかを。

 

「无二打の完成度自体は悪くなかった。勁の発生も充分、強いて言うなら気の濃度が薄かったか…………? いや、无二打はあまり気を必要としない技だ。気の量は関係無い。それなら内部破壊が効かなかった? しかし内部破壊程度で止まる技じゃない筈」

 

 負けは負けと認めるし、言い訳するつもりは無い。しかしそこで反省をしないのは只の馬鹿だ。敗北を元にして自分を見直す事が敗北者に出来る唯一の事なのだから。

 无二打の原理は至って簡単。李書文の逸話として有名な「牽制だろうとたった一打で相手を仕留めた」と言う話を参考にし、泰山流八極拳の極意の一つ「人体の内部破壊」を練度の高い技へと昇華したモノが无二打である。

 内部破壊は内臓から骨、神経までも破壊する事が可能で――――気の流れすら断ち切る事が出来る。拳の接地面から勁と共に自身の気を送り込み、敵の内部で爆発。その勢いで対象を破壊する。

 最も、普通の仕合いでこんな技を使用する機会など無い。そんなことをしてしまっては師匠の二の舞であり、恥を晒すのと同義である。師の技は正しい事に使うべきなのだ。

 打って良いのは昨晩のヒュームさんのような壁越えの実力者であったり、吐き気を催す邪悪ぐらいである。威力の高さが私闘禁止の理由だったりする。

 

「環境自体は悪くなかった。幾ら暗かったとは言え慣れた道のりだ、問題は無い。ただ土手という立地上、直線でしか攻め込む事が出来ない――――そうなると、ヒュームさんの方が有利か」

 

 戦った場所は此処多馬川の河川敷。時刻は七時過ぎで辺りは真っ暗、お互いの姿を視認する事すらまともに出来なかった状態だった。どちらも闘気を滲ませていた御陰で感知出来たが、完全に絶っていればまともに戦えていなかっただろう。

 つまり条件は同じだった。自分もヒュームさんも一撃必殺型の武術を扱うのだ、直線というのも本来は有利にも不利にもならない。しかし直線であるのが不利になってしまうのは、ひとえに自分が遅いからだ。敵わない相手に真正面から挑む――――その無謀さは愚か者と一蹴される程だろう。

 

「恐らくヒュームさんのジェノサイド・チェーンソーはかなりの年月を掛けて完成された技だろう。最速のタイミングで最高の威力を伴って放たれる蹴り――――真正面からの回避はほぼ不可能だろうな」

 

 无二打を打ち破ったジェノサイド・チェーンソー。鉄心さんの毘沙門天や師匠の无二打(うーある)と同じ、極地に至った必殺技。

 自分が劣っていると自覚した上で、この技を破るにはどうするのか。

 一番はそもそも相殺しようとせず回避に専念する事だが――――これは不可能だと思われる。避けようと思った時点で既に遅い。知覚した段階で目の前に迫っているような技を回避できる反射神経は李颯斗には備わっていない。例え攻撃を捨て防御を固めてもその上から破壊される未来しか見えなかった。回避も無理、受け止めようとしても崩される……………………これをどうしろと。

 次に有効なのは、技を出させる前に撃破する事。恐らくこれが一番効果的だろう――――が。問題になるのはヒュームさんが気付く事なく一撃を打ち込めるかどうかである。肉体的には此方が優秀だろうと、相手は幾多もの死線を乗り越えた強者だ。不意を突くか奇策でも用意するかでもしないと先手は取れないだろう。まあ、不意を突いても攻撃が当てれる気は微塵も起きてこないが。

 

「何と言う無理ゲー……………………結論は単純な経験値不足か」

 

 回避が出来ないのは自分の避ける動作に無駄が多いからであり、先に一撃を当てれないのは初動が遅いからである。

 やはり八年程度では経験が少ない。こんな体たらくでは何十年と武術に打ち込んだ師匠クラスの人間には勝利を収める事など出来やしない。普段は倒れるまでやっている練習をもっとハードにして、それこそ疲労困憊で倒れる程にしようかな…………しかしオーバーワークこそ身体に悪影響だし効果も薄い。結局はこのまま地道に努力を積むしかないようだ。

 例えそれが実にならなかったとしても。

 

无二打(二の打ち要らず)には程遠い…………もっと鍛錬しなきゃ――――」

 

 ふぅ、と一息付いて立ち上がる。うっすらと紅に染まりつつある河川敷には、気持ち良い風が吹いていた。そよ風でも強風でもない、正に心地よく感じる範囲での風だった。初夏の訪れは暑さの訪れでもある。少しずつ上がっている気温の中で、この風が身体を冷ましてくれた。

 今河川敷に居る人間は()()。内一人は勿論自分で、もう一人は隠れているつもりなのか土手の方から此方の様子を伺っている。本人は気を絶っているのだろうが甘い。ヒュームさん程とは言わないがせめてあずみ姐さんぐらいには気配を遮断しないと、自分に気付かれてしまう。

 

 高貴さを感じさせる気高い気。それに伴って発するのは青臭さであり、彼女が若輩であることが判る。

 こんな気を持っている人間と、つい最近武器を交えたのだ――――。

 

「――――――――で、何か用かな? フリードリヒさん」

「………………………………え。き、気付いていたのか?」

「最初から、ね」

 

 背後へ振り返る。クリスティアーネ・フリードリヒが、そこに立っていた。

 

 驚いたような表情で土手から出てくるフリードリヒさん。走る度に金色の髪と胸が揺れて…………たまらねえぜ。川神の女子は容姿のレベルが高いらしいが、姉妹都市出身のフリードリヒさんもその例に漏れていないようだ。

 お嬢様という印象を持っていたが、こうして近付いて来る姿は心なしか一子に似ていた。時々喧嘩ともじゃれ合いとも取れる小競り合いをしている彼女たちだが、原因は同族嫌悪にあるのかもしれない。或いは忠誠心の見せ合いだろうか。一子は直江たちに飼われているが…………フリードリヒさんは誰に飼われているのか。

 負かされた相手だというのに、こうして負の感情を見せずに接してくれるのは彼女の騎士道故か川神の地域性か。勝負事が大好きな川神市民は勝っても負けても後腐れが無いようにしている。正に「昨日の敵は今日の友」という言葉が似合う人種だ。

 

「まあ別に隠れてた事はいいんだけどさ」

「うぐ……それは済まなかった。何か考え事をしているようだったから声を掛けないようにしていたんだ。気に障ったのなら謝る」

「大丈夫だよ、美少女に見られてたなら寧ろありがたい」

「び、びしょうじょ…………!? 君も大和のような事を言って…………!」

「え、直江のヤツ椎名だけでなくフリードリヒさんにも言ってたのか」

「な――――京にも言っていただと!? おのれ大和…………。わ、私だけでなく京までたぶらかすとは…………ん? 京の場合それでいいのか?」

「ハハハ、フリードリヒさんは面白いねぇ」

 

 美少女と言っただけで顔を真っ赤にして…………一子で遊んでいるような気分になる。

 これが百代先輩だったら助長するので口が裂けても言わないが、こんなに弄り甲斐のある子だったらもっとハードな事を言おうか――――。

 

 そんな不埒な事を考えていたら、まるで銃口を向けられているような殺気が(こめ)かみに走る。

 

 フリードリヒさんの背後――――遥か遠くに建てられたビルの屋上を睨む。気によって強化された目は輪郭だけだが、屋上に人影を捉えていた。大体距離にすると一・五キロ程だろうか、そこから向けられた殺気だ。余程憎悪を掻き立てたか、本物の殺気を知っている人物なのだろう。

 色は黒、数は二人、片方は立っており片方はしゃがんでいる。恐らく観測手と狙撃手のペアだろう。この日本で狙撃手に出会うとは到底思っていなかったが、まあ川神なら仕方無い。

 自分が睨んでいる事に気付いたのだろう、観測手の方が手を挙げた。そこにはうっすらと文字が書かれていて…………崩れていて正確には読み取れないものの、多分「娘に手を出したら殺す」と書かれているんじゃないだろうか。

 

 ……………………そう言えばフリードリヒさんってドイツ軍人の娘だったっけ。

 成程、それなら狙撃銃が有っても可笑しくないが――――娘が男と話しているからと言って、銃口を向けるのは如何なものか。些か親バカが過ぎるのではないだろうか。

 まあ狙撃銃の弾丸は音速を超えると聞くが、撃たれたと判ったのなら問題無い。最悪弾けば良いし、回避も一キロ以上あるのなら余裕だ。

 

「おほん、大和のことは本人に追求するとして…………自分が此処に来たのはほかでもない、君と話す為なんだ」

「ほほう、逢引のお誘いですか」

「ち、違う! からかうのもいい加減にしてくれ、その、照れる…………」

「可愛い(可愛い)」

「だぁかぁらぁ!」

 

 殺気が濃くなったのは気の所為に違いない、絶対に気の所為だ。

 こうして彼女をからかうのは面白いが、本来放課後は鍛錬に費やす時間だ。可愛い女子と話す時間は師匠との組手並みに貴重だが、いい加減鍛錬がしたい。話があるのなら、それを聞いてやって返答すれば帰ってくれるだろう。別に見られるのには慣れたが、あまり視線を受けるのは好きではない。見世物じゃないのだ、あくまで鍛錬である。

 一旦咳で場の空気をリセットするフリードリヒさん。深呼吸をすると照れも無くなったようで、凛々しい瞳で自分を見据えながら口を開いた。

 

「自分がマルさんを姉のように思っている事は知っていると思う」

「まあ、ね。他人には厳しくあたるエーベルバッハさんが唯一優しいのがフリードリヒさんだから」

「自分の事はクリスで良い。――――それで、今回はマルさんの事で相談があるんだ」

 

 マルギッテ・エーベルバッハ。2-S所属のドイツ軍人であり、フリードリヒさんの姉貴分。赤い髪に凛々しい顔立ち、グラマラスな肉体とそれを律する軍服。そして猟犬――――それが自分の中での印象だ。

 先日の決闘が終わった直後、自分は彼女に仕合いを申し込まれた。その瞳にあったのは戦闘欲求と破壊欲求、そして若干の女心――――何ともまあ、純粋な戦闘狂な事で。戦闘狂であるマルギッテさんにとって、フリードリヒさんを倒した相手を自分が倒すのは当然の事らしく、決闘を申し込まれたのだが…………よりにもよって決闘の直後に言わなくてもいいと思う。自制心なさすぎィ!

 そして師匠に私闘を禁止されている自分はそれを拒否、以後自分と戦おうとして追いかけてくるマルギッテさんを避け続ける生活が始まった。毎回休み時間になる毎に窓からダイブする姿は風物詩になりつつあり、最早飛び降りても声を上げる人間はいなくなった程だ。嫌な慣れだとつくづく思う。

 

「マルさんから聞いた話だが、君はマルさんとの決闘を拒んでいると。自分との決闘は受けたのに、何故マルさんとは戦わないんだ?」

「んー…………まあ、簡単に言えば――――()()()()()()からかな」

「小雪、と言うと…………2-Sの榊原小雪か?」

「そう、その小雪」

 

 質問の返答に頭を唸らせて悩むフリードリヒさん。大方何故小雪の頼みなら引き受けるのかを考えているのだろうが、フリードリヒさんが答えを出せる筈も無い。

 自分の中で、鵬泰山という人間は相当な割合を占めている。下手すれば両親以上の信頼を寄せている存在――――それが鵬泰山である。そんな彼女との約束を破れる訳が無いのだが…………。

 

 この約束を破ってでも守るべき存在が、榊原小雪だ。

 

 考えても答えが出なかったのか、フリードリヒさんは息を吐いて思考をリセットした。どうやら小難しい事を考えるのは苦手なようだ。

 改めて向き直し、キリッとした顔立ちで言い放った。

 

「単刀直入に言うと――――マルさんとの決闘を受けてほしい」

「――――――――」

 

 それは予想出来ていた事だった。

 そもそも彼女が自分の元にやって来る目的など、再戦かマルギッテさんの事しか無い。しかし彼女は一日二日で実力差が埋まるなどと甘い考えはしていない。そうならマルギッテさんの事しか有り得なかった。

 

 ――――率直に言うのなら。別に自分はマルギッテさんと闘っても構わない。

 

 ドイツ軍人という事もあるが、彼女自身が優れた武闘家でもある。巧みにトンファーという稀少な武器を扱うセンスに優れた身体能力。あの武神とも本気ではないとは言え打ち合えると噂の戦闘力だ、彼女と組手が出来れば自分は成長できるだろう。

 それなら決闘を受ければ良いだけの話なのだが…………自分を縛り付けているのは、かつて師匠と結んだ約束だ。下手したら禁忌(ゲッシュ)と呼べるレベルまで、この約束は自分を縛っている。

 「李颯斗は個人的な理由で戦ってはならない」――――それが師匠が言った制約である。当時は何故彼女がこんな約束事を決めたのか理解出来なかったが、成長して自身の実力を客観的に見るようになってからその真意を理解した。

 

 危険なのだ、この拳法は。それこそ相手を粉砕する程に。

 

 昔人間を破壊し過ぎた所為で追放された泰山の事だ、自分の弟子にその道を歩ませる訳にはいかないと思ったのだろう。弟子思いな師匠で涙が出てきそうだが、それなら組手で手加減して欲しい。骨の髄まで響く拳に愛は無い、あるのは叩き潰そうとする殺意だけである。

 八極拳は性質上、相手に傷害を与えるのは仕方のない事。傷付くのは相手が悪いし、マルギッテさんはそれを言及するような人間ではない事も判っている。

 それでも自分がマルギッテさんの誘いに乗らないのは――――

 

 ――――単純に、師匠の方が重要だからだろう。

 

 此処で必要とされているのは本心からの回答だ。逃げの言葉じゃない、誠実な本音が聞きたいからフリードリヒさんは居る。故に、自分が話すのは本当の事だ。

 

「自分は――――――――」

 

 その意思を、はっきりとフリードリヒさんに伝えた。




最後の終わり方がアレなのはルート分岐の為です。決闘を受ければマルさんルートへ、断れば他のルートへ行きます。

活動報告にて短編をアンケートを取っています。期限は1月20日の日付変更まで。よろしければ是非投票してやって下さい。

因みに李の二の打ち要らずは「むにだ」。師匠は「うーある」としています。
刺し穿つ死棘の槍で「げいぼるく」と読んだり、突き穿つ死翔の槍で「げいぼるく」と読むから問題ないよね!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。