では、第十二夜お楽しみくださいませ
三月三日、
人里で行われたひな祭りの行事は無事盛況の内に終わっていった。なにせ今年が初めての開催だったので運営委員全員がピリピリしていたのだ。今はそんな緊張も溶け、人里の集会所では宴会が開かれている。この宴会の面子を見れば並大抵の妖怪ならば逃げ出すだろう。いや、実力があっても真後ろ向いて逃げ出すに違いない。紅魔館の面々から妖怪巫女、それに山の二柱や花妖怪に蓬莱の人の形、しいては人里の守護者までいるのだ。今幻想郷で一番安全な場所はここかも知れない。……いや、危険な場所か。そんな中に俺が混じる事になるなんて思ってもいなかったものだ。
一人で酒を飲みつつ、取り分けて持って来た肴をつまみながらこの不思議な光景を眺めていると横に誰かが来た。俺の所に来るなんて誰だろう。この中で来そうな奴なんて早々いないはずだが……。横を向くと赤い顔をしながら手に持つ猪口を傾ける青みがかった銀髪を持つ女性がいた。
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「マスター、あまり進んでいないようだな。気にせず飲んでくれよ。」
「俺は充分楽しませて貰ってるよ。楽しみ過ぎて疲れるぐらいだ。」
「なら、いいんだがな……」
「……話は変わるが、なんで俺なんか誘ったんだ?大した事も出来ない俺なんか」
なんの役にも立たない
と言おうとしたがそれは防がれてしまった。防いだのは隣に座る彼女ではなく、目の前から飛び込んで来たこあである。足をもつれさせながらこちらまで来てから床にに転がったが心配する事でもないだろう。酔うとこあはよく転んでいるし。
「大丈夫か?どうした?もう酔ったのか?」
「いえ、たまにはマスターさんとも飲みたいなぁ……なんて思って来たんです。」
「まぁ、俺は店じゃあんまり飲まないからな。俺で良ければいくらでも付き合うぞ。」
「なら、私も混ぜて貰えるか?二人には今日は随分手伝って貰ったからな。酌の一つでもさせてくれ。」
「それならこあにしてやるといい。俺は大した事はしちゃいない。」
「マスター、今日の功労者は君だ。たまには素直に受け取ってくれてもいいんじゃないか?」
「酒は貰うよ。酌はこあに。俺はただ仕事を受けてそれを全うさせて貰っただけだ。」
「マスターさん、こんなに頑固だったかなぁ……」
難しい顔をした二人を見つつ、気にすることなく自分の猪口に口を付ける。いつもなら独特の旨味をもたらしてくれる酒の後口が酷く苦く感じた。別段何か入っている訳でもない。誰かが何か入れる事も考えられない。俺がいるのは集会所の東側、一番出入口に近い所だ。さっきまでは俺一人で飲んでいたぐらいだし。どうしてこんなに苦いのだろうか。
「どうした?酒でも不味かったか?」
「ん、……いや何でもない。」
思った以上に顔に出てしまっていたようだ。何時ぶりだろう。どんなに無茶な事したとしても、どれだけ腹に据えかねる事があろうも、こんな味がしたのは片手で数えられる程しかない。今もそうだ。猪口の中に注ぐ酒を変えても味は苦いまま。酒が悪いんじゃない。俺の調子が悪いんだろう。
「なぁ、こあ。火付けれる物持ってないか?」
「ライターみたいなものですか?」
「そうそう、それか付けてくれればいいんだけど。」
「マスター、君は煙草を吸うのか?」
「時々な。酒が酷く苦い時だけ吸うようにしてる。それか、それに似たぐらい気分の悪い時ぐらいだ。」
「準備OKですよ。魔法で代用します。」
「悪い、頼む。」
いつも仕事の時に付けている前掛けの裏側のポケットから紙で巻かれた煙草を取り出す。最近では幻想郷でも少し見かけるようになった品だ。こあに向け、少し悪いが咥えたまま煙草の先を突き出す。すると、程よい火が灯り、煙草の先を焼いていく。同時に辺りに少しづつ紫煙が広がっていく。周りに迷惑がかかる。表に出てから吸うことにしよう。一応、二人には断っておくか。
「悪い。少し表に出てくる。すぐ戻るよ。」
「あぁ、宴会はまだまだこれからだ。早目に戻ってくれ。」
「お気を付けて〜」
口に煙草を咥えつつ、戸を開ける。外はやはりまだ三月の初めとあって夜は冷える。さっさと吸って中に戻るとしよう。
*-*side in *-*
「慧音、泊どこに行ったか知らない?」
「泊君なら今外だ。煙草を吸ってるよ。」
「そう……お邪魔したわね。」
「……そんな事を言うのは初めて聞いたな。やはり、泊君の事は放って置けないのか?」
「そうね……あの気難しは放って置けないのよ。」
「紅魔館の司書の子もそんな事を言っていたな。」
「あら、私はあの子みたいに純粋じゃないわ。私はただの腐れ縁。まだ借りを返せていないだけよ。」
「それは私もだ。」
そうして話しているうちに慧音はまた声をかけられてあちらこちらに歩き回っている。
よくやるものだ。半妖の身でありながら人里で寺子屋を開いた。それだけではなく今では人里で多くの信用を得ている。それくらいしてもらわないと人里の守護者なんて名乗らせないが。
「紫様、泊さんは今集会所のすぐ外にいらっしゃいます。お呼びしましょうか?」
「いいわ藍、私が行くから。あなたも楽しんできなさい。今日は人と妖怪の距離を縮めたいそうよ」
「御意、紫様もお気を付けて、夜風は体に触ると言いますから。」
「あら、それは私がそんなに老いぼれたとでも言っているのかしら?」
そう返した頃にはもう藍はいなかった。やはり私の式だけあってよく頭は回るようだ。
適当な酒と猪口を二つ取って一つしかない玄関へ向かう。もう流石に煙草は吸い終わっているでしょう。なら星見酒とでも洒落込むことにしよう。あのバカと飲む酒はとてもいい味がする。それにこんな場は正直、泊は好きじゃないだろうし。そういえば、私達は何故こんな宴会に呼ばれたのだろうか。とても慧音一人の独断では出来ることではないだろう。いや、出来てしまうのかも知れない。これだけの人妖が共にいる中で揉め事一つ起きないのはひとえに彼女の顔を潰すまいと皆が思っているからなのだろう。
酒が入った状態でも充分に頭が回る自信はあるが、今日は考える気にもならない。今はこの場を借りて楽しませて貰うとしましょうか。
入口に向かう途中で見つけたひなあられをつまみつつ、私は外に出た。
*-*side out *-*
「とまり〜、何してるの?」
「お、丁度いい所に来た。暇なんだろう?付き合えよ。」
「妖怪の賢者を連れ出すなんていい度胸ね。私、イタズラされちゃうのかしら〜」
「やっぱり藍の方がシャンとしてるなぁ……」
紫が後ろからついて来るのを確認してから話を始める。あたりには誰もいない。好都合だ。
「気づいてるんだろ?」
「えぇ、宴会に水差して来なければいいかなぁ…なんて思って気にもしてなかったわ。」
「酒が苦い時はいつもこうだ。誰かが水差しに来るせいで酒が不味い。」
「いいじゃない。さっさと相手して星見酒とでも洒落こみましょう。」
「つまみは?」
「あなたが作ったひなあられ」
「まぁいいか。さあ、お相手は誰だ?」
人里の、博麗神社に向かう方向の入口が見えてくる。そこにはある少女が立っていた。
長い茶色の髪に、真紅の瞳、その左手には瓢箪がある。
頭には体に似合わない大きな捻れた角が二つ。小さな百鬼夜行、伊吹萃香。そんな彼女が随分腹立たしげに立っている。どうやらこの場は紫に任せた方が良さそうだ。何も無かったかのように後ろに向いて歩き始めるとすぐに肩を掴まれる。掴んだのは紫に違いないだろう。
「……面倒な奴だ。紫任せるぞ。俺は戻ってこあと飲んでるよ。」
「何言ってるの?萃香、私達二人とも狙ってるわよ。もう逃げるのは諦めた方が良さそうね。」
「ゆぅ〜かぁ〜りぃ〜、なんで私を誘わなかったんだ!仕事位いくらでも手伝うのにさ!」
「そんな事霊夢に言いなさいよ。というかそんなに怒らないでくれる。そろそろみんな気づくわよ?」
「久々に見たが、相変わらず飲みたがりだな……」
「紫、横のは?」
「流石に分かるでしょ?」
「そうだね〜……そいつ二、三発殴れば思い出すと思うんだよ。大人しく殴られてくれるかい?」
「もうボケたのか?あ、飲みすぎたか?どちらにしてもさっさと神社に戻って一人酒してた方が身のためだぞ?さっきから酒が不味くて仕方ねぇ、その上殴られるんならこっちもそれなりに返礼はさせてもらうぞ?」
「いいねぇ……なんにも変わっちゃいないよ、久々に遊ぼうじゃないか!」
「はぁ……紫、あとは任せるぞ……なんか久し振りに腹立ってきた。」
「ハイハイご自由に、人里には迷惑なけるんじゃないわよ」
久し振りに旧友にあってこれとは俺もついていないようだ。まぁ幻想郷じゃ良くあること。気にしてちゃ、ここじゃ生きて行けない。さっさと終わらせて美味い酒でも飲むとしよう。
飲んで、食べて、話して、
「和んで」行ってくれればいい。
呑み屋「和み」、出張営業始めました。
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八雲紫の追記
あの後、私が先に戻って藍の横に座ると同時に服がとてもボロボロになった泊とその背中に抱えられている萃香が入ってきた。泊は霊夢を見つけて萃香をあずけるとこあの所に行って話し込んでいた。どうやら、流し雛を流しにいく日取りを決めているようである。そんなドタバタがあっても大して気にすることなく宴会は進んでいく。私も楽しませて貰おう。自分の猪口と適当な酒を手に取り、仏頂面をした花妖怪の元へ歩みを進めるのだった。
視点書き換えって本当に難しいですね……
ご意見、リクエスト等々募集しております。
ではでは次回、お会いしましょう。