誰が為に歯車は廻る   作:アレクシエル

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第17話「犠牲の上に成り立つ世界なんて」

1.

 

 

 

 

 

 

 

 

降りしきる雨の中対峙するのは、白い衣装を纏う少女の姿をした人魚姫と、漆黒の鎧に身を包んだ破壊の守護者。

互いに距離を保ったまま、隙を窺って刃を構えていた。

 

『へぇー、それがウワサの"骸殻"ってワケね!』

「……お前は、何者なんだ。どうして俺やミラの事を知っている!?」

『だぁーかーらぁ、訊いたっつってんじゃん。頭悪いの? お兄さん』

 

先程からどこか挑発的な言動の中には、余裕の表情が見て取れる。魔法少女のような姿をしてはいるが、相手は間違いなく魔女だ。

魔法少女とは異なり、とっくにメーターを振り切った存在なのだ。その魔力の量には限度などないのかもしれない。

 

『それに、まだあたしに勝てると思ってんの? あたしがその気になれば、ここいら一帯の雨を硫酸に変える事もできるんだけどぉ?

ま、それをしちゃったら流石に"あの娘"に怒られちゃうけどね?』

「お前は……どうやら本気のようだな…!」

『そうよー?』

「答えろ! 何の為にこんな真似をする!?」

『だからぁ、あたしに質問できる立場かよ!!』

 

語尾を荒げながら、緩やかな半月型の剣を横一文字に振り抜く。およそ7メートルは離れている筈だが、両者の距離を無視して斬撃はルドガーに襲いかかった。

「ちっ!」槍を構え直して防御の態勢をとり、凶悪な刃を受け止める。その衝撃はかつて戦ったギガントモンスターの爪撃を思わせる重さだ。

だが、その程度で怯むルドガーではない。

 

「ゼロディバイド!!」

 

槍の刃先から黒いエネルギー弾を無数に放つ。人魚の魔女目掛けて広範囲に広がりながら飛来してゆく。しかし人魚の魔女は一歩も動く事なく黒い弾丸を浴びてみせた。

肉の弾ける音と、鮮血が散る姿が目に入る。だが人魚の魔女は意にも介さないといった風に剣を空に掲げ、それを中心として陣を地に描いた。

 

『守護方陣───なーんちゃって!』

 

光り輝く魔法陣に包まれた人魚の魔女は、黒の弾丸によって受けた傷を瞬く間に癒してゆく。それは以前戦った薔薇園の魔女など、まるで比較にならない速さだった。

 

『あたしの魔法は水と、ヒーリングに特化してるってわけ。そんな蚊が刺したような攻撃なんて、感じないねェ!』

「そんな……バカな…!?」

『んじゃ、改めて死んでもらいますかねェ───タイフーン・スラッシュ!!』

 

描いた陣を中心に激しい風を巻き起こす。オーケストラの指揮を執るかのように剣をリズミカルに振り、その暴風を前方に向けて飛ばした。

小規模の竜巻のようだ。周囲の気圧は竜巻の中心に集め寄せられてゆき、凝縮される。あれに触れれば身体はズタズタにされるだろう。

 

「なら……フィアフル・ストーム!!」

 

風には風を。ルドガーも槍を旋回させて暴風を紡ぎ、人魚の魔女の造った竜巻に当てようと試みた。

だが、人魚の魔女の起こした竜巻の方が強い。ルドガーの起こした漆黒の旋風は僅かに竜巻の進行を遅らせただけで掻き消されてしまった。

もっとも、それだけで十分狙い通りなのだが。

 

『あははっ! 何その貧弱な攻撃!』

 

人魚の魔女はなおも余裕の表情で高笑いする。竜巻によって水を含んだ土が巻き上げられて視界は遮られているのだが、ルドガーへの直撃を確信していたのだ。

 

「貧弱で悪かったな───」

『ッ!?』

 

だが、突然背後から聞こえてきた声に人魚の魔女は狼狽える。

スリークォーター骸殻によって獲た僅かな空間を飛び越える能力と、かつての友の得意とした集中回避術を掛け合わせ、人魚の魔女の背後へと転移してみせたのだ。

 

「アッパープライズ!!」

 

槍を持つ手に全力を込めて振り上げる。刃先、というよりも鍔を中心に人魚の魔女にぶち当て、その小さな肢体を大きく吹き飛ばした。

それに伴い、意志を持つ竜巻も掻き消される。

 

『ガ………ハッ…!?』

 

さらにルドガーは転移を重ね、人魚の魔女の至近距離へと飛ぶ。槍を上から下へと大きく振り抜き、地面へと叩きつける勢いで人魚の魔女へ打ちつけた。

 

『ぐぅあぁぁぁッ!!』

 

衝撃で傷を負った人魚の魔女は軽く吐血し、ぐったりとしてみせる。その仕草は"まるで少女のようで"、ルドガーの更なる追撃を躊躇わせた。

 

『ハァ……ハァ……ごほっ…!』

「………っ、だめだ…ここで倒さないと…!」

『あー痛たたた……なんてね!』

「なっ……!?」

 

それも束の間。人魚の魔女は損傷など気にもしない風に軽やかに跳び起き、

 

『あっはははは! さやかちゃんの迫真の演技! なんちゃって!』

 

薄気味の悪い嗤い声を上げながら魔法陣を描いて傷を癒した。

 

「回復が速すぎる……! こんなの、どうすれば……!?」

 

いくら傷を負わせても、倒すよりも先に回復されてしまう。過去にシャン・ドゥの闘技場で謎の4人組のチームと決闘をした経験もあるが、その時も優秀なヒーラーたった1人のお陰で多大な苦戦を強いられたものだ。

今回の相手は、それを身ひとつでやってのけてしまうのだ。

接近戦もこなし、剣の投擲によって遠距離をもカバーする。回復能力すらも兼ね備えた彼女は、それこそ時空の大精霊・クロノスを彷彿とさせる脅威的な存在だと言える。

 

「おいウスノロ! なにボーッと突っ立ってやがる!」

「その声……杏子か!」

 

ようやく紅の魔法少女・杏子が校庭に駆けつけてきた。

杏子は魔法少女の姿をした魔女を見据え、紅い槍を構えて牙を向ける。

 

「テメェ、どういうつもりだ。魔女ごときが人間に化けやがって!」

『ハ────何言ってんのさ、"杏子"。あたしは最初からあたしのままよ』

「……っ!? アタシは、魔女に知り合いなんていない筈なんだけどな…!」

『あっ、そっか。あんたまだ識らないのか。魔法少女の真実ってやつを』

「なんだと…!? テキトーなコトほざくんじゃねえぞ!」

『さやかちゃんは至って真面目なんだけどなぁ、キャハハハッ! なんなら訊いてみなよ、そこのお兄さんとか、マミさんとか、あの悪魔とかにね!』

「悪魔……!? 誰の話だ…悪魔はテメェだろうが!」

 

苛立ちもピークに達した杏子は槍を多節に分解し、大きく振り回して人魚の魔女に投げる。

 

『"あの時"はあんたに負けっぱなしだったけどねェ………』

 

人魚の魔女はそれを見るや、背中の白いマントを翻して身体を隠してしまう。

次の瞬間にはマントだけがはらり、と土の上に落ち、人魚の魔女の本体が消失していた。

標的を見失った槍は虚しく空を切るだけだ。

 

「消えただと…!?」

「杏子! 油断するな!」

「そうか……水を伝って!」

 

杏子もすぐにそれの意味を理解できた。以前垣間見た人魚の魔女の特性…水の中を自在に動ける能力。それを使って雨粒の中に逃げ込んだのだ。

今のこの土砂降りの中では、どこに紛れてしまったのかを見つけるのは困難だ。

 

『はぁい、こっち!』

 

突如として聞こえた声は、2人の後方数メートルからだった。ルドガーの見せた集中回避術に対抗して、わざと真似をしてみせたのだろう。

現れるや間髪いれずに半月の剣を無数に浮かべている。

 

『あたしをあの悪魔と一緒にしないでくれるかなぁ? スプラッシュ・スティンガー!』

 

掛け声と同時に指揮棒代わりの剣を振り下ろし、号令をかける。それを待っていたかのように無数の剣は杏子とルドガー目掛けて飛来していった。

あまりの速さに、杏子は防御の態勢が間に合わない。槍を持ち直して身構えるだけで精一杯だ。

 

「まずい……!」

「杏子っ! くっ…インヴァイタブル!!」

 

杏子とは反対にルドガーは槍を振り回して弧を描き、剣の雨に対して周囲に防御結界を紡ぐ。

剣はガリガリと生々しい音を立てながら結界に突き刺さり、その勢いを抑え込まれる。だが次に待つのは剣の爆撃。

瞬き出した無数の剣は結界を包囲しながら爆裂し、周囲の大気を巻き上げながら2人を襲った。

硝子の砕けるような音と共に結界が散る。熱風がひび割れた結界から入り込み、容赦無く内部を焼き払った。

 

『キャハハハハハ! 燃えろ燃えろぉ!』

 

横殴りの雨に掻き消される形で炎塵が収まる。逃げ場のない空間の中で焼かれた2人を確認すべく、人魚の魔女は剣を振り抜いて衝撃波を飛ばし、砂埃を吹き飛ばした。

 

『────チッ、さっきからなんなのあいつら…!』

 

しかし人魚の魔女が目を凝らした先には何もなかった。焼け焦げた筈の肢体もなく、穴を掘った様子も見られない。

何処へ消失してしまったのか。先程とは逆に、今度は人魚の魔女の方が抓まれることとなった。

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

錆びたような空の色に、無数の歯車が宙を泳ぐ。

激しく降り注いでいた雨粒もかけらもなく、ただ静寂の中に互いの息遣いだけが木霊する空間の中で、杏子は目を開いた。

 

「な───なんだこりゃあ!? またアイツの妙な術か!?」

「落ち着け、杏子。これは俺がやったんだ」

「アンタの仕業か!? 何をしやがった!?」

「躱す暇もなかったからな……"結界"に逃げ込んだんだ」

 

骸殻を極めし者だけが造れる固有結界。一切の時空から隔絶され、本来は敵を閉じ込めるための空間だが、攻撃を避けられないと判断したルドガーは杏子を連れて結界へ飛び込んだのだ。

 

「今のうちに態勢を整えるんだ。この結界は長くは保たない」

「はぁ…危機一髪ってとこかよ。それにしても、あのヤロウなんなんだ!? デタラメな強さだぞ!」

「話すと長くなるけど……」

「あー聞きたいコトは山ほどあるよ! でも今はそれどころじゃねえしな…」

「そうだな」

 

あとどのくらい結界が保つのか、ルドガーは懐中時計を見てエネルギーの残量を確認する。

固有結界は骸殻へと変身するエネルギーを転用して創られるのだ。骸殻だけの使用ならまだしも、結界も併せ使うとなると持続は悪くなる。

せいぜいあと1分といったところか、と思いながら時計の針を見ると、

 

「え……っ!? 杏子、あと10秒も保たない!」

「随分と速いなオイ。時限式にしても不便だな」

「いつもはもっとしばらく保つんだけどな……」

「それだけ消耗してたって事だろ。まあいい、休憩は終わりだ! さっさと戻ってアイツをぶちのめすぞ!」

 

錆びた色の空は次第に薄れ、宙に浮かぶ歯車の動きが緩慢になってゆく。

2人は揃って槍を構え直し、外界への帰還の態勢を整えた。

 

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

 

 

雨晒しの校庭へと戻ったルドガーと杏子はすぐに、苛立った表情をした人魚の魔女と対面することとなる。

 

『あっ、いたんだあんた達。キャハハッ! 今度こそ殺してアゲルよ!』

 

外界での時間では数秒も経過していない。剣の爆発によって醜く抉れた地面から漂う塵がそれを物語っていた。

骸殻は結界の消滅と共に解けてしまい、エネルギーの再チャージを待たなければならない状態だ。

槍を失ったルドガーは今度は十手ではなく、刃渡りの長いサバイバルナイフ2振りを逆手に構えている。

 

「さて、どうするかねぇ…」

「ああ。この雨さえなければな…」

「いくらでも逃げられちまうってワケか。チッ、めんどくせえ! ………回復される前にぶっ潰すしかねえな」

「俺もそれを思ったところだ。……ちょっといいか?」

「なんだい?」

「ええと………」

 

ルドガーは人魚の魔女に悟られないように、小声で杏子に作戦を伝える。その内容は杏子には理解が追いつかないようなものだった。

 

「なんだそりゃ? …まあ、マミはやってたんだよな?」

「ああ。君ともできると思うんだけど…」

「何だかよくわからねぇけど、他に手も思いつかねえ…やってやるよ」

『なーにコソコソ喋ってんのよ! 待ってあげるほどあたしは親切じゃないよ?』

 

痺れを切らした人魚の魔女は急かすように言葉を投げかけ、剣を構えた。そこから飛んでくるのは距離を無視した斬撃か、剣の爆撃か。

どちらにせよやる事は決まった。ルドガーと杏子は魔女へと向き直り、武器を構えた。

 

「そう焦んなよ、今相手してやっからよ!」

「行くぞ、杏子───リンク・オン!!」

 

杏子の胸元にあるソウルジェムと、ルドガーの懐にあるアローサルオーブが煌き出し、見えない糸のようなもので繋がれる。

互いの感覚の一部を共有させ、戦闘能力を増幅させる擬似的なリンクを結んだのだ。

ルドガーは人魚の魔女へと一気に距離を詰め、合わせて杏子も追撃の用意をした。

刃と刃が交差する。人魚の魔女は軽やかなステップを刻みながらルドガーの剣戟をいなし、互いに隙を窺っていた。

 

「もらったぁ!」と、杏子も槍を携えて参戦し、人魚の魔女の懐を狙う。

だがそれすらも見切ってみせ、人魚の魔女は真上に高く飛び上がって2人の挟撃から離脱し、雨に紛れて姿を消してしまう。

 

「今だ、杏子!」

「ああ! やってやるよ!」

 

2人は同時に地面を穿ち、込めた闘気をそこから解き放つ。人魚の魔女が雨に隠れるのを待ち、無差別に広範囲の攻撃を仕掛けるのだ。

 

「「───ファランクス!!」」

 

2人の周囲が熱気に覆われる。解き放たれた闘気は熱風となり校庭中を駆け巡り、雨粒をも吹き飛ばしてしまった。

 

『わ、わぁっ!?』

 

雨粒の中から炙り出された人魚の魔女は怯みながら2人の後方に姿を現し、宙に投げられていた。

 

「逃がすか!!」

 

それを見逃すまいと、間髪入れずに連携攻撃を重ねてゆく。

 

「「邪霊一閃!!」

 

瞬時に距離を詰め、2人の刃を交差させるように人魚の魔女を斬り裂く。

今度は確かな手応えを感じた。人魚の魔女の肢体には槍とナイフが突き立てられ、確実に急所を貫いていた。

 

『あ………ぐぅぅ…!』

 

ごぽり、と生々しい音を立てて魔女は吐血する。狂気に満ちた瞳は、かすかに驚愕の色を含んでいるようにも見えた。

 

「やったか!?」

「油断するな杏子! 回復されたら終わりだ、怯んでる隙にトドメを!」

「わかってんよ! オラァ!!」

 

杏子は新たな槍を錬成し、直ぐに多節に分解する。鞭のように槍を振り、人魚の魔女の身体を縛り上げた。

 

「これで…っ! レクイエムビート!!」

 

そこにルドガーの追撃が飛んでゆく。飛び上がって高い打点から放たれた連射攻撃は、人魚の魔女をハチの巣にする勢いで撃ち込まれていった。

魔女はもはや声すら上げずに身体を痙攣させる。ダメージが通っているのだろうか、それでも回復術を警戒して気を緩めることはしなかった。

どさり、と力なく魔女が地に落下する。雨に打たれながら全身を黒い血まみれにした姿は凄惨そのものだ。

杏子はその姿を目にして言葉にし難い不快感を抱くも、槍を心臓に突き立てんと歩み寄っていった。

ぴくり、と魔女の腕が動く。また回復術を使われてたまるか、と杏子は足を速めた。だが───

 

 

『───ディフュージョナル・ドライヴ』

 

魔女が呟いた呪文をトリガーにして、杏子とルドガーを巻き込むように巨大な水の奔流が突然生み出された。奔流はまるで渦潮のように円を描きながら、2人を飲み込む。

 

「しまっ……うわぁぁぁぁぁ!!」

「杏っ……く、がぁぁっ…!」

 

ルドガーも何度か目にしたことのあるその術式は、敵を水流に閉じ込めながら力を吸い取り、自身の身を回復させるものだ。

攻防一体の魔術を放った人魚の魔女は、銃弾を浴びたことなどなかったかのようにあっさりと立ち上がった。

 

『ふー、だからさぁ…そんなオモチャあたしに効かないっつうの。まだわかんないの? キャハハッ! いいコト教えてあげるよ! その気になればねェ、痛みなんて簡単に消せちゃうんだよねェ!!』

 

気味の悪い嗤いを上げた人魚の魔女の姿は、水流で血を洗い流したことによって本性を現したように見えた。

白と青を基調とした衣装は黒に彩られたものへと変化し、腹部にあてがわれた宝石の色もどす黒くなっている。

懐中時計もその姿に過剰反応を示している。人魚の魔女は今、時歪の因子としての姿を現したのだ。

 

「ッ、テメェ…ゾンビかよ…!?」

『ゾンビねェ……アッハハ! そりゃあいいや! あたしにぴったりの言葉だわ!! でもねェ…あんたもヒトの事言えねえんだよ!!』

「ほざけ、テメェと一緒に……すんじゃねぇ…あぁぁぁっ!」

『はいはい寝てな、遊びは終わりだよ。フェローチェ、荒々しく! グラツィオーソ、優雅に………だっけ? まあいいや!』

「………ッ! その術、まさかローエンの…!?」

 

魔女の生み出した水の奔流は噴水のように所々が吹き上がり、巨大な水柱となる。気圧の変化も重なり、周囲の温度が急速に奪われてゆく。

体力を吸い取られた2人はその温度の変化についてゆける筈もなく、更に体力を蝕まれてゆく。

 

「杏子…っ、逃げろ…!」絞り出すように叫ぶも、返事は返って来ない。魔女の逆鱗に触れ、ルドガーよりも早く意識を手放してしまったのだ。

水柱は氷柱と化し、極寒の地獄となる。もはや学校の校庭である事を目で見て疑ってしまう程の光景だった。

 

 

『バイバーイ! ───グランド・フィナーレ!!』

 

 

指揮者の合図と共に氷柱は砕け散り、衝撃波が襲った。周囲の土は凍ったままめくれ上がり、2人を巻き込んで大きく吹き飛ばされてゆく。

 

「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」

 

体力の限界まで追い詰められたルドガーは抵抗虚しく、人魚の魔女の遥か遠くにまで投げ出され、激しく身体を地に打ち付けられた。

とうに意識を失っていた杏子は受け身をとることもできずに、ルドガーよりも強く地面に叩き落とされる。

そこに人魚の魔女が雨を伝って転移してくる。力の入らないルドガーの身体を足蹴にし、高らかに嗤いながら毒を吐いた。

 

『あっははは! お仲間の十八番でやられた気分はいかが!?』

「ぐ……っ…」

『すっかり虫の息って感じねェ…ま、ほっときゃ死ぬかな? さぁて、邪魔者は始末したし…仕上げに入りますかね!』

 

人魚の魔女が見上げた先には、大きく破損した校舎の渡り廊下がある。そこにはまだ少女達が残っているはずだ。

魔女は黒くなったマントを翻して、雨に紛れて視線の先へと転移していった。

あとに残されたのは瀕死の状態で倒れ伏す2人の姿と、すっかり荒れ果ててしまった校庭だけだ。

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

 

吹き抜けと化した渡り廊下の奥で身を寄せ合う少女達は、校庭から聞こえてくる戦闘音に戦慄を覚えていた。

たった1人の魔女によって生み出される爆音の連打に、滝のような水の音。それは明らかにマミが見た事もない脅威だ。

 

「…まさか、人魚の魔女があんなに強いだなんて。暁美さん、あんなのと戦ってたの…!?」

「いいえ、あれは初めて見たわ。本来のヤツはあんな力なんかなかった。…恐らく、時歪の因子とやらのせいでしょうね」

「また時歪の因子ね…一体なんなの? それは」

「わからないわ。ルドガーがそう呼んでいるのだけど……」

 

ほむらの腕の治癒はとうに終えたものの、いつ人魚の魔女が飛び込んでくるかわかったものではない。

今すぐにでも2人の元へ駆けつけたかったが、校内もパニックに陥っているなかマミだけが下手に少女達のそばを離れるわけにはいかなかったのだ。

 

 

「ねえほむら。さっきはどうして時間停止が効かなかったのさ」と、最初の爆発を見てしまっていたさやかが改めて尋ねる。

「…水よ。ヤツは時間を止める直前に私の足元に水溜りを作っていたのよ。

恐らく、それを踏んでしまったせいでヤツに触れたことになったのでしょうね」

「それって……」

「ええ。例えば今私が校庭に向かっても、雨に打たれる限りは時間停止はヤツには効かないわ」

 

自分の無力さを噛み締めながら、左腕を見る。マミによって修復された腕の治癒は文句無しだが、唯一のアドバンテージといってもいい時間停止を攻略されたほむらには重火器しか残っていない。ひどく落ちたものだ、と心の中で呟いた。それでもまどかを不安にはさせたくない。ほむらには弱気になる事など赦されないのだ。

外から、まるで滝のような音が聞こえてくる。魔女の攻撃が熾烈を極めていたのだ。

 

『───あの魔女はなんなんだい一体。規格外すぎるよ』

「キュゥべえ!? どうしてここに?」

『心外だなぁ、マミ。僕がルドガーをここまで連れて来たんだよ』

 

ようやく姿を見せた白い獣は、驚くマミを目にしても相変わらず感情を見せない。

 

『この雨のせいで君達にテレパシーを送れなかったんだ。全く、厄介だよあれは。ルドガーと杏子も、ひどく苦戦してるようだね』

「なんですって? やっぱり、私が…」

『君は行くべきではないよ。ほむらの能力も役に立たなかったんだろう? 行ってしまったら、誰がここを守るんだい? それこそまどかに契約してもらわないと無理───』

「ひっ……な、何あれ…!?」

 

ガラスの壁面越しに外を見たまどかが畏怖の声を上げる。その視線の先はこの世のものとは思えない光景となっていたのだ。

巨大な水柱が空に向かって何本も伸び、それらが瞬時に凍りつく。季節が反転してしまったかのように大気は急速に冷え込み、少女達の身体を凍えさせる。

氷柱は数秒置いたのちに爆裂し、凄まじい轟音が校舎にも響き渡った。ソレが魔女の攻撃である事は一目瞭然だ。

 

「杏子っ!?」

 

ただそれを見ている事しかできなかったマミは、その光景に焦りを感じる。あの地獄のような攻撃だ、杏子もルドガーとタダでは済まないだろう。

だが感傷に浸る暇などない。2人が倒されたとあれば、次に人魚の魔女が目指すのは"ここ"なのだから。

マミは悔しさに歯軋りしながら、銃を造り出す。

 

「…みんなをやらせる訳にはいかないわ。私の命に替えても…」

『───あっそう。でもゴメンねェマミさん』

「美樹さ───違う、人魚の…!?」

 

氷柱の爆裂からまだ10秒ほどしか経っていないのに、その邪悪な声はマミの目の前に姿を現した。目にも見えぬ速さで突然現れた人魚の魔女に、マミは慄く。

 

『あたしが用があるのはマミさんの後ろの女だけなんだよねェ………寝ててくれるかなぁ?』

「ちぃっ…!」

『遅い!』

 

砲身の長い銃は至近距離では逆に不向きだ。人魚の魔女はマミの攻撃の特性をよく理解した上で目の前に現れたのだ。

剣を下から上に素早く振り抜く。狙いを定める暇も与えずに魔女はマミの身体を斜め一閃に斬り伏せた。

 

「あ……っ…あけ、み…さん……」

 

力なくマミの身体はその場に崩れ落ちた。残る魔法少女は、ほむらだけだ。ほむらはさやかとまどかを守るように立ち塞がり、拳銃を構える。だが、勝算は極めて低かった。

 

『あとはあんだだけねェ、転校生?』

「黙りなさい! …2人は絶対にやらせない!」

『はっ、さっきから言ってるじゃない? あたしが用があんのはあんたなのよね』

「……何のつもりなの!?」

『あんたは特別に、とびきり苦しませて殺してあげるよ』

「待ってよ! あなたもさやかちゃんなんでしょ!? なんでこんなひどい事するの…!?」

『キャハハ! そぉだよまどかぁ? あたしはさやか。この悪魔を殺す為に、地獄からやってきたのだ!』

「悪魔…!? ほむらちゃんが……?」

 

人魚の魔女は剣で指しながらほむらを"悪魔"と呼ぶが、訳のわからない話にまどかはついてゆく事ができない。

 

『まあ、あんたにはわかんないんよねェ…あんたは"円環の理"とは関係ないもんね…まあ、今はまだ、だけどね!』

 

剣を地に穿ち、魔力を一気に解放する。少女の姿をした魔女の背後に瘴気が湧き起こり、揺らめきながらひとつの形へと変化してゆく。

骸骨のような兜に、錆びた漆黒の甲冑。アンバランスな上体に魚のような下半身をして巨大な剣を持った魔物が少女と重なる。人魚の魔女の、本当の姿だった。

人魚の魔女は突き立てた剣を中心に陣を描く。回復の為のものではない、もっと禍々しい色をした魔法陣だ。

 

「させない!!」

 

ほむらは即座に拳銃を魔女に撃ち込むが、痛みを消した魔女は弾丸をいくら受けても全く動じない。

陣が完成すると負のオーラに満ちたエネルギーが集約する。人魚の魔女はなんの躊躇もなくそのエネルギーを、

 

『プレゼントだよ────まどか!!』

 

ほむらを無視して後方のまどかに、床下から浴びせた。

 

「あっ……いやあぁぁぁぁぁ!!」

「きゃあっ!? まどかぁ!!」

「さや…か、ちゃん……離れて……っ!」

 

吹き上がった瘴気はまるで炎のようにまどかの身体を包み込んだかと思うと、ゆっくりと収束し、凝縮されてゆく。

胸元に集まった瘴気は刻印のように痕を残して呪いを募らせ、まどかはその場に倒れこんでしまった。

 

「まどか!! …お前、まどかに何をしたの!?」

『んーと…呪霊術って言ったっけか。魂を腐敗させるとか何とか…ま、詳しい事はあのお兄さんにでも訊いてみなよ、アハハッ!』

「なんですって!? くっ…まどか! しっかりして!」

 

瘴気に蝕まれたまどかに駆け寄り手を取るが、体温は一気に下がり、顔色も生気が抜けて悪化してゆくばかりだ。

 

『まずいよほむら!』とキュゥべえも唯ならぬ様子で焦りを見せる。

『まどかの生命力がどんどん弱まってる! このままだとまどかが死んでしまうよ!』

「死ぬ…!? そんな、どうにかならないの!? インキュベーター!!」

『呪霊術と言ったっけか…可能性としては、術者を倒すのが一番確実だろうね』

『あらぁ? そうとも限らないよぉ?』

 

小馬鹿にするように人魚の魔女は煽りをかける。苦しむまどかと困惑するほむらを見下しながら、さらに追い討ちの言葉をかけた。

 

『キュゥべえと契約したら呪いを解いてあげるよ、まどかぁ?』

「はぁ…はぁ……っ、けい…やく…?」

『そう。内容はこうだよ。───過去から未来において全ての魔女を消し去りたい! ってね! それ以外は受け付けないよぉ?』

『………そうか。君が何者なのか、少し見えてきたよ』

「どういう事なのさ、キュゥべえ!」と、さやかがキュゥべえを問い詰める。

 

『まだ詳しいことはわからないけどね…あれはやっぱり、他の時間軸からやって来た魔女だよ』

「他の…って、どういう事よ! まさか、あいつがあたしの姿をしてるのと関係あるの…!?」

『それはわからないよ。でもまさか、魔女を消し去りたいと願わせるつもりだなんて。そうしたら彼女自身も消えてしまうだろうに…』

 

珍しく、キュゥべえの声が弱々しく感じた。人魚の魔女の企みが、あまりに不可解だったからだろうか。

そして、自分の無力さを呪うのはほむらばかりではない。苦しむ友人を前に何もできない自分が悔しくて堪らないのは、さやかも同じなのだ。

 

『ほむら、僕としてはまどかが願うなら叶えなければならない。だからあえて聞くよ───まどか、君はどうしたい?』

「キュゥ……べえ……? はぁ、うあぁぁぁっ…!」

「よしなさいインキュベーター!! まどかを殺す気なの!?」

『どの道このままなら危険だよ。ルドガー、杏子もやられて、マミも敵わなかった。…君に、アレを倒せるのかい?』

「くっ……!」

「ほむ、ら……ちゃん……だいじょうぶ、だよ……?」

「まどか…!?」

 

もはや呼吸すらも苦しそうにするまどかは、それでも声を絞り出してほむらに伝える。

 

「わたし……契約なん、て……しな……あ、あぁぁぁっ…!」

「まどか! まどかぁ!! しっかりしてよぉ! ねぇ!!」

 

ほむらにできるのはまどかの手を握りしめ、気休め程度にしかならない脆弱な治癒魔法を施すことだけだ。

それでも追いつかない。まどかに纏わりつく瘴気に引っ張られるように、ほむらからも生命力が奪い取られてゆく。

 

『ほむら…!? よすんだ、このペースだと君も保たないよ!?』

「黙りなさい…! 私の命なんか惜しくもないわよ!」

『ほむら…君はそこまでしてまどかを守りたいのか…』

『あっははは! 愉快だねェ! あんたの魔法ごときじゃあ呪霊術には敵わないってのに! まぁまどかが死ぬか契約しちゃえば、あんたに残された道はひとつしかないもんねェ!

あんたはもう時間遡行ができない。なら、魔女にでもなるしかないよね!』

「どうして、それを……!?」

『んー? あたしは何でも識ってるよ? あははっ!』

「………そうか、そういう事ね…」

『さやか…? どうしたんだい』

 

キュゥべえが見上げた先にあるさやかの顔は、何故かこの絶望的な状況において、強い意志が込められているように見えた。

 

「やっとわかったんだよ。『あいつはあたし』その意味がね。あいつは多分、他の世界で契約したあたしなんだよ。…ならあたしも、あいつと同じ力を持てるはずよね」

「何を…言っているの、さやか…?」

「へへっ、大丈夫だよほむら。…まどかには契約なんてさせない。あんた達は…あたしが救ってみせる」

「さやか…!? あなたまさか、契約を…!? やめなさい!」

「ごめんねほむら、そりゃ無理だわ。あんたがまどかを守りたいように、あたしにも守りたいモノがあるんだ。あたしは……もう逃げない。

キュゥべえ!! 契約だよ!」

『本気なんだね? さやか。いいだろう、君は命を対価にして、何を願うんだい?』

「へっ、そんなの決まってるよ。あたしの願いは────あたしの親友を絶対に死なせないこと! さあ…叶えろインキュベーター!!」

「ダメよさやか!! やめて!!」

 

ほむらは悲痛な叫びをさやかに送るが、もはやさやかの決意は揺らぐことはなかった。

大切な友を守る為に魂を懸け、終わりのない戦いに身を投じ───いつ訪れるかわからない破滅を待ち続ける事になるのだ。

だというのに、全てを承知した上でさやかは決意したのだ。

そうして、白い悪魔は無情にも告げる。

 

『わかったよ、さやか────契約は、成立だ』

 

 

 

 

 

5.

 

 

 

 

 

「く………うぅ…」

 

人魚の魔女に叩きのめされたルドガーは、歯を食いしばってようやく立ち上がることができた。

既に人魚の魔女の姿はなく、遠目に見える渡り廊下からは時歪の因子特有の瘴気が漏れ出ている。

 

「……まずい…ほむら達が……」

 

ふらつきながら脚を引きずり、少し離れた所に倒れている杏子の元へ向かう。雨で身体は冷え切っており、体力も残されていない状態ではそれすらも辛いものがあった。

 

「杏子……しっかりしろ……!」

 

それでも止まるわけにはいかない。全てを守ると誓ってみせたのだ。その中には、この出逢ったばかりの紅の魔法少女も含まれているのだ。

杏子の身体を肩に抱え、バランスをとりながらゆっくりと校舎へと向かう。生徒達が何人も昇降口から逃げ出しているのが見えたが、誰1人として2人と目を合わせることはなかった。

懐中時計を見ると、既に骸殻のエネルギーは再チャージが完了していた。だがこの状態では骸殻を纏ったとしてもまともな戦いになるか怪しい。

それでなくとも、あの人魚の魔女の特性を攻略できなければ嬲り殺しにされるだけだ。

せめて、この雨さえなければ。

杏子を背負って校舎の前まで辿り着く。一刻も速くほむら達のもとへ駆けつけなければ、彼女達の命も危険だ。

かくなる上は骸殻を纏って無理矢理身体を動かすか? ルドガーは腹を括って懐中時計を握りしめた。

 

───その時、大きな破壊の跡が目立つ渡り廊下から眩い光が射し込んだ。

魔女の魔力を帯びた雨の中でのその光は、マイナスのエネルギーを掻き消すかのような輝きだ。

 

「なんだ……あれは…?」

 

その光を浴びたルドガーは、何故か身体が軽くなるような感覚を覚える。

錯覚などではない。人魚の魔女によって負わされた傷が、みるみるうちに塞がってゆくのだ。

 

「傷が治ってく……これは、いったい?」

 

ふらついていた脚にも力が蘇り、背負っていた杏子もぴくり、と動き出した。光を浴びた事により傷が癒え、意識を取り戻したのだ。

 

「…………あの、バカやろう…」

「杏子? どうしたんだ」

 

ルドガーに支えながら自分の脚で立ち直り、光の先を見上げる杏子。

その表情にはどこか悔しそうなものが見て取れた。

そう、杏子にはこの光が何なのかわかってしまったのだ。ルドガーはまだ目にした事がなく、魔法少女にしかわからない現象の正体を。

 

「……あのバカ、契約しちまいやがった………」

 

 

 

 

 

6.

 

 

 

 

 

 

キュゥべえの宣告と共に、さやかの身体が輝きに包まれる。胸元からひと塊りの強い光が現れ、キュゥべえによってソレは再加工される。

魂を宿した蒼碧の宝石───ソウルジェムとして。

何層もの五線譜がさやかの身体を囲み始める。そのひとつひとつが意志を持つように水音を奏で、一つとなり、さやかの姿を変える。

そうして、白い悪魔との契約は完了した。

 

 

「───契約、成立ってね!」

 

 

魔法少女としての衣装を纏ったさやかの姿は、黒色に変化した人魚の魔女と対を成すような純白の輝きを放つ。

髪飾りはさやかの強い意志を体現するかのように、人魚の魔女の髪飾り"ff"の形にもうひとつの"f''が加えられる。

"fff" フォルテ・フォルティッシモ───もっと、より強く、と願ったさやかの想いは、形となって現れていた。

さやかの放つ輝きにあてられた事により、斬りつけられたマミの傷が瞬時に塞がってゆく。

まどかに施された死の呪いも跡形もなく霧散し、ほむらの体力も見る間に回復していった。

 

「ふぅー……なんとか間に合ったみたいだね」

「……さやか、あなた自分が何をしたのかわかってるの!?」

「ほ、ほむら…?」

「百江なぎさの事を見ていたんでしょう…!? なのにどうして契約なんて!」

「…大丈夫だよ。あたしは絶対にあいつみたいになったりしない。だから安心しなって」

 

さやかは人魚の魔女を指差して、ほむらの不安を取り払うかのように答えた。

 

「でも……!」

「いいから、あんたはまどかについててやんなよ。あいつはあたしが相手してやる!」

『へぇー、あんたにそんな度胸があったなんてねェ…』

「どーも、"あたし"」

『でもさぁ…あたしに勝てると思ってんの? あんたみたいに"絶望"を知らないやつが、あたしは一番嫌いなんだよねェ!』

 

真新しい剣を抜き、さやかは鏡に映したような姿をした魔女と対峙する。人魚の魔女も凶悪な笑みを浮かべて剣をとり、さやかに襲いかかった。

本能のままにさやかは剣を振り、人魚の魔女の剣戟を相手どる。だが経験で劣るさやかはやはり少しずつ押されてゆく。人魚の魔女はまるでさやかを手玉に取るように涼しい顔をしていた。

 

『弱っ! 契約したばっかりのあたしってこんなに弱かったのかぁ…そりゃあ杏子に嫌味言われるわけだ!』

「わけわかんないこと…言ってんじゃないよ!」

『あっはは! せっかくだし、ソウルジェムが真っ黒になるまで切り刻んであげるよ!』

 

魔女の剣がさやかの腕をかすめてわずかに血が滴るが、すぐに五線譜の紋様とともに傷が塞がる。人魚の魔女と同じような自己治癒術をさやかも会得していたのだ。

異なるのは、魔力の源に限りがあるかないかの差だ。

 

「させないわ…!」

 

傷を治されたマミが立ち上がり、さやかを援護するように銃撃を放つ。

的確に放たれた弾丸は人魚の魔女の肩を貫いたが、その程度では動きを止めることはできない。

傷は癒えまどかの呪霊術は解除され、戦力も増えたものの、状況は未だ不利なままだったのだ。

 

「まどか………」

 

冷や汗をかきながらもようやく死の呪いから解放され、気を失ったまどかを見てほむらは呟いた。

 

「ごめんなさい……私のせいで…」

 

もっと自分に力があればまどかを苦しませずに済んだのではないか。力があれば、さやかを契約させずに済んだのではないか。

過ぎた事は悔やむ事しかできない。折角救う事ができたかもしれないのに、と自責の念が募ってゆく。

 

「………赦さない」

 

左手の痣が熱を持ち始め、イヤリングが妖しく輝き出す。募る悔しさは憎しみへ、殺意へと転換してゆく。それは、大事なものを多く傷つけた人魚の魔女に対して。

 

「………絶対に、赦さない…!」

 

そして、何もできなかった自分自身に対してだ。

 

「……美樹、さやかぁぁぁァァァァ!!」

 

ほむらが魔女の名を叫ぶと同時に砂時計の盾にひびが入り、歯車が動きを止めてしまう。

背中から膨大なエネルギー波を解き放ち、巨大な羽根の形となって現れた。

それは、もはやほむらの意志では抑え付けられない凶暴な力。憎しみによって発現した黒い翼だった。

 

「ダメよ暁美さん! こんな所で!!」

 

マミがそう叫ぶも既に遅く、羽ばたきひとつで周囲の全ての硝子が粉々に砕け、外へ吹き飛ばされた。

 

『おぉ? 転校生の本気モードってか───』人魚の魔女は小馬鹿にしたように言うが、最後まで言い終わる前に黒翼から放たれた波動を受けて左半身が弾け飛ぶ。

『───っと、相変わらず馬鹿みたいなエネルギーだわ。さすが円環の理のバックアップを受けてただけはあるってね!』

「円環の理……!? なんなの、それは!」と、マミはついに魔女にその言葉の意味を尋ねた。

『いい質問だよマミさん!』言いながら、人魚の魔女の半身は既に再生を始めている。

『円環の理とは、全ての魔法少女の行き着く先。限界を迎え、魔女になる前の少女達の魂を導き、救済する存在!

他でもない、まどかの願いによってのみ創られる楽園だよ!』

「黙りなさい! まどかの犠牲の上に成り立つ世界なんて、私は認めない!!」

『あんたの独りよがりに付き合わされた身にもなれってんだよ! 救われるはずだった魂はあんたのせいでみぃんな行き場を見失ったんだ! このあたしも含めてねェ!』

「なら、ここで粉々に砕いてあげるわ……!」

 

怒りに任せて翼をはためかせる度に、校舎が軽度の地震に遭ったかのように揺らぐ。

このままでは学校が崩落する。危険を感じたマミはリボンを数本人魚の魔女に放った。

 

『───お? 邪魔しないでよマミさん。こんなリボンであたしは止まんないよ?』

「知ってるわよ……ティロ・フィナーレ!!」

『……そういうことねェ』

 

目にも留まらぬ速さで錬成した大型の砲身から魔力の弾丸を放ち、人魚の魔女の身体を外へ大きく吹き飛ばした。

否、マミの真意を読んだ人魚の魔女がわざわざ喰らってみせたのだ。ダメージは即座に回復し、人魚の魔女は何事もなかったかのように校庭に着地した。

それを見たほむらは本能のままに魔女を追って窓枠を破壊しながら外へと飛び出し、宙を舞いながら魔女めがけて流星のような波動を羽根から放ち始める。

だが、校庭にクレーターを形成するばかりで人魚の魔女への有効打とはなり得なかった。

それこそ、この世の終わりのような光景を目の当たりにしてマミとさやかは呆然としてしまう。

 

「ほむら、マジでキレてますね……」

「当たり前よ、目の前で恋人を傷つけられたのよ? ましてや、あなたも契約してしまったんですもの」

「確かに、その通りですねぇ…でも、後悔なんかしてませんからね? ところで…」

「ええ。どうしたものかしらね……」

 

水源がある限り、いくら魔女を攻撃しても効果はない。どう足掻いても、魔女の回復魔法より先に倒し切る事ができないのだ。

 

「……雨がなければ、何とかなるのかしら。あら…?」

 

不意に、こちらへ向かってくる足音に気付いてマミは振り向く。硝子の破片を踏み越えてやってきた2つの人影は、杏子とルドガーのものだった。

 

「あなた達、無事だったのね!?」

「ああ…と言っても、さっきまでボロボロだったんだけど……そうか、やっぱり…」

 

ルドガーは白い衣装に身を包んださやかの姿を見て、突然癒えた傷の原因に納得する。

次に倒れたまどかを見て、魔女に何かされたのではないかと疑いを持った。

 

「…まどかに何があったんだ?」

「人魚の魔女の魔法を受けてしまったのよ。呪霊術と言っていたわ」答えたのは、苦虫を噛んだような表情のマミだ。

「なんだって…!?」

 

呪霊術という名前には聞き覚えがあった。かつて分史世界を訪れた先に出遭った、正史世界ではすでに滅んだ魔物"海瀑幻魔"の使っていた精霊術だ。

それをなぜ人魚の魔女が使う事ができるのか。かつての仲間である老軍師・ローエンの秘奥義をわざわざ模倣してみせた事もそうだが、やはりあの魔女はルドガーの事を何故かよく識っているようだ。

先の魔法もそうだが、これらの行動は少女達を苦しめるだけでなくルドガーに対する当て付けでもあるのだろう。

 

「…アンタ、どうして契約した」と、杏子が腑に落ちないと言った風にさやかに尋ねる。

「どうしてって…まどかやマミさんが死にそうだったからよ」

「…それがアンタの願いか。魔法少女は遊びじゃない、わかってんだろうな?」

「あ…当たり前よ! あたしだって散々ほむらの事を見てきたんだもん! 覚悟ならできてるよ!」

「…軽々しく覚悟とか言ってんじゃねえぞ。いいか。ホントに腹が据わってる奴はな、いちいち訊かなくてもわかんだよ。こいつみてえにな」

 

杏子はルドガーを親指でくい、と指してさやかに問い詰めた。外から激しい爆音が聴こえる中、吹き抜けた渡り廊下は静かな空気が流れてゆく。

 

「どうしたの佐倉さん? いきなりそんな事言って…確かに、美樹さんに契約させてしまったのは私達の力不足のせいよ。鹿目さんだって死にかけたんだもの」

「………アタシにもよくわかんねぇ。ただ、コイツの顔を見てたら、つい言いたくなっちまったんだ。

悪りぃな、ええと……」

「美樹さやか。 "さやか"でいいよ」

「……アタシは"佐倉杏子"だ。いいか、魔法少女になったからには死ぬ気でやれよ。コイツみてえに腑抜けになったらアタシが叩きのめしてやる」

 

今度はマミを指差して、少しにやつきながら杏子は言った。

 

「佐倉さん! 確かに落ち込んでた時期はあったけど、その言い方はないんじゃないかしら!?」と、杏子の言葉尻に障ったマミが苦言を呈する。

「事実だろ? それより、アイツどうすんだよ」

「誤魔化す気!? …まあ、いいわよ佐倉さん。人魚の魔女…というよりもこの雨よ」

「アンタのティロ何ちゃらで雲を吹き飛ばせねえのかよ」

「流石に無理よ…魔力がいくらあっても足りないわ。そうね、例えば今の暁美さんなら何とか……」

『それこそ、今の彼女が冷静に言葉を聞くとは思い難いけれどね。他に手がないのは確かなようだよ』と、キュゥべえすらもその提案に乗りかかってくる。

「雨雲か………」

 

ルドガーは杏子のふとした提案に何か引っかかるものを感じ、各自の攻撃特性を振り返ってみる。

遠距離といえばマミ。だが最終射撃でも雨雲を打ち払うことは不可能だという。

槍を使う杏子と、剣を握るさやかも除外だ。マミでも無理な事を、近接主体のこの2人ができるとは思えなかった。当然、ルドガー自身にも不可能だ。

となるとやはりマミの言う通り、莫大な魔力を持つほむらしか残っていない。問題は、半ば正気を失い今も暴走して人魚の魔女を攻撃し続けているほむらにどうやったら言葉を伝えられるだろうか、と。

そこに杏子が意外な提案を皆に、というよりはルドガーに持ちかけた。

 

「なぁアンタ…アイツとは"リンク"できるのか?」

「えっ? いや、ほむらとはやった事ないけど…」

「佐倉さん、どうしてリンクの事を?」

 

以前箱の魔女の結界でルドガーとリンクをした経験のあるマミは、いつの間に、といった風に杏子に尋ねた。

 

「さっき戦った時にコイツに言われてやってみたんだけど…なんか妙な感じだったなありゃあ。

何つうか…コイツが次にどう動いてくれるとかが自然にわかるんだ。感覚が繋がってるっつうか…それを、アイツにやってみたらどうなんだ?」

「…できなくはないと思う。伝わるかどうかはわからないけど、試す価値はあるな」

 

ルドガーは暴風吹き荒ぶ校庭に舞うほむらの姿を確かめ、懐中時計を握りしめる。

 

「あの中に飛び込む気…!? 危険よ、ルドガーさん!」

「マミ、どの道放っておいたら街が滅茶苦茶になる。もし人魚の魔女が市街地に逃げたらどうなる?」

「そ、それは……」

「大丈夫だ…俺に任せてくれ。はぁっ!」

 

懐中時計からエネルギーを解放し、今再び骸殻を纏ってみせるが、未だダメージが残っているのか骸殻はお菓子の魔女以前に発現していたハーフ形態に留まっていた。

だが、無いよりは遥かにマシだろうとルドガーは割り切って槍を構えた。

 

「ほむら………今行くぞ!!」

 

虚空に向かってそう叫んだ次の瞬間、ルドガーは僅かな残像を残してその場から転移していった。

向かうは、魔女と少女が火花を散らす戦場だ。

 

 

 

 

 

8.

 

 

 

 

 

 

渡り廊下から校庭に飛び込むと、そこはもはや原形を留めていない場所へと変わっていた。土が無惨に抉れてフェンスも暴風によって捻じ曲がり、端に植えられた木々は根元からへし折られている。

校舎に攻撃が向かっていないのが奇跡のようなものだ。

羽ばたきながらほむらが波動を放つ度に土が舞い上がり、人魚の魔女はそれを嘲笑うかのように転移して躱している。

 

『あっははは! いくらあんたでも今のあたしには勝てないよ?』

 

ドスン、と鈍い音を立ててまた一つクレーターが形成される。冷静さを欠いたほむらは、ただ人魚の魔女を殺す事しか考えていない。もはや本能で動いているようなものなのだ。

ルドガーは舞い散る雨土の中に意を決して割って入ってゆく。

 

「ほむら!! 聞こえるか!?」

 

予想していたが返事はない。だが、待っている猶予などなかった。攻撃を掻い潜りながら可能な限りほむらに接近し、意識を集中してアローサルオーブの出力を高めた。

 

「……リンク・オン───ぐぅっ!?」

 

ほむらとリンクを繋げる事はどうやら成功したようだ。だが、ルドガーが意思を伝える以前にリンクの糸を逆流してほむらの感情が流れ込んでくる。

悲しみ、憎しみ、喪失感、破壊衝動、気が狂いそうなほどの殺意、そして罪悪感。まるでパンドラの箱を開いてしまったかのように、深い絶望が次々と襲いかかる。

こんなものを受けてしまえば、まともな魔法少女ならば一発でソウルジェムが砕けてしまうだろう。

 

「くっ…………堪えろ…!」

 

数々の出逢いと別れを経験したルドガーだからこそどうにか堪える事ができたものの、そうでなければと考えると恐ろしく感じる。

こんな絶望を背負いながらほむらは戦っていたのか、と違った意味で戦慄を覚えた。

それでも、伝えなければならない。ルドガーは腹に力を入れ、空に向かって思い切り叫んだ。

 

「ほむらぁぁ!! 聞こえるか!? 応えてくれぇ!!」

 

その声に応じたのか定かではないが、空を舞うほむらの動きがかすかに揺らいだ気がした。返事を待たず、ルドガーはさらに続ける。

 

「ほむら! 聞こえたのか!?」

『………ルド、ガー…?』

 

今度ははっきりと反応があった。リンクの糸を通じてほむらの声がルドガーまで聞こえてくる。

 

「いいか! 空だ! 雨雲を祓うんだ!!」

『雲を……?』

「ああ! 雨雲さえなければヤツは逃げられない! いけるか!?」

『………やってみるわ…!』

 

ばさり、と翼を大きくはためかせてほむらは天上を見る。雨雲は見滝原市中を覆うかのように広がっていたが、"所詮はその程度の広さしかなかった"のだ。

緩急を置いた事でようやく頭が冷えたほむらは、この雨雲自体が人魚の魔女の"仕込み"であるのだろうと判断した。

 

『へぇー…やっと気付いたってわけね。でも、行かせると思う!?』と、ほむらの意図に気付いた人魚の魔女が剣を錬成して射出の準備をする。

が、射出する直前に遥か後方から強大な砲撃が飛来し、怒号と共に人魚の魔女を掠めた。

 

『ちっ……マミさんか…!』

 

砲撃は渡り廊下のある方角から撃ち込まれたものだ。ルドガーも魔女も、その砲撃の主が誰なのかを察していた。

 

「今だほむら! 行けぇ!!」

『ええ!』

 

巨大な翼を羽ばたかせて、ほむらは目にも留まらぬ速さで上空へと飛んでゆく。途中で何本か剣が飛んで来るが、数千メートルも上昇してしまえば魔力が込もっていようとさしたる脅威ではない。黒翼の羽ばたきひとつで剣は次々と霧散していった。

さらに上昇し、波動を放って雨雲に風穴を空け、ついに雨雲の真上にまで到達した。

それを見届けたルドガーは仲間の援護射撃に守られながら槍を地に穿ち、持てる力の全てを解き放って握りしめる。

 

「ほむら、お前に合わせる。やれるな?」

『いつでもいいわ!』

「行くぞ! 虚無と永劫を交え───」

『弾けて、潰せ!』

 

未だコントロールが不安定な黒翼の力をリンクを応用して調律し、ほむらの力を最大限にまで発揮させる。老軍師ローエンとの共闘の経験を生かした手法だ。

 

 

 

『「イベント・ホライズン!!」』

 

 

 

合わさった2人の力によって空に発生した重力場の特異点は、放射状に爆裂し何層にも渡って波紋の様に広がり、市中に浮かぶ雨雲を呑み込んでゆく。

数秒後には蒸発してしまったかのように雨がぴたりと止んだ校庭では、人魚の魔女が唖然とした表情で空を眺めていた。

 

『…まさか、ホントに雲を吹き飛ばすなんて。バ火力にも程があるっしょ…?』

 

後ろ盾を失った人魚の魔女はマントを翻して逃げようとするも、それを見逃すルドガーではなかった。

共鳴秘奥義の発動によって骸殻のエネルギーを使い果たしたものの、まだ戦う術は残されている。

 

「逃がすかぁ! 祓砕斬ッ!!」

 

二振りのサバイバルナイフによる音速の居合斬りを魔女に浴びせ、斬り抜けると同時に蹴り上げて更なる追撃を加えてゆく。多彩な武器の連続攻撃は地に打ち上げられた人魚の魔女すら翻弄し、反撃を許さないまま2挺銃による波状攻撃を浴びせた。

 

「これで終わりだ! 零水ぃぃ!!」

『グ…ギ、アァァァァァッ!?』

 

連続攻撃を受けた人魚の魔女は大きく吹き飛ばされ、今度こそ効果的なダメージを浴びせる事ができた。

だが今一歩足りない。やはり骸殻だけでなく、ルドガー自身にもまだダメージが残っており完全な一撃とは成り得なかったのだろう。

 

『……っく、やるじゃん…! けどねぇ、水がなきゃ戦えないってわけじゃあないんだよねェ…!』

「なんだと…まだ立てるのか…!」

『…ふぅ。とはいえ、もう現界を保てそうにないね。また仕込みからやり直さないと…"マリア"! 引き上げるよ!』

「"マリア"……!? こ、この反応……!」

 

人魚の魔女が名を呼んだ直後、懐中時計は新たな時歪の因子の反応を示し出した。更なる魔女の出現を表しているのだ。

その姿を見極めようとするが、それよりも速く人魚の魔女の足下に禍々しい影が広がる。

その中に沈んでゆくように、人魚の魔女は影にずぶずぶと入り込んでいった。

 

「逃げる気か!?」

『はっ! 心配しなくてもすぐに逢えるよ、お兄ィさん? "マグナ・ゼロ"はすぐそこにまで来てるんだから』

「何を…さっきから訳のわからない事を!」困惑しながらも、ルドガーは影に向かって銃を撃ち込むが、影が壁となって銃弾を留めてしまう。

 

『ま、あたしはちと休憩させてもらうよ! 次はこのコ───"エルザマリア"が相手してくれるからさ! 楽しみに待ってなよ!』

 

人魚の魔女の姿が完全に沈むと、とたんに魔女の反応が消え失せてしまった。あの影のような魔女"エルザマリア"とやらにしてやられたのだ、とルドガーは拳を握りしめる。

次いで、雲を蹴散らしてすぐに急降下したほむらの姿が上空に現れる。

 

『ルドガーさん! やったのね!?』と、雨が消えた事で開通したテレパシーによってマミが訊いてくる。

「いや…逃げられたよ。仲間の魔女がいたんだ」

『なんですって…!? 一難去って、また一難ね…』

「…そうだな」

『それより君達、早いところ姿を隠した方がいいと思うけどね?』と不意に提案を持ちかけたのはキュゥべえだ。

『この学校の生徒達が面食らった顔をして君達を見ているよ。どうやらほむらの魔力が強大過ぎて一般人にもあの羽根が見えていたようだね』

「なっ……そ、それを早く言ってくれ! ほむら! 聞こえたか! ……ほむら?」

 

念話に応じないほむらに違和感を感じ、ルドガーは空を見上げる。すると既に黒翼はなく、ほむらは校庭目がけて"頭から真っ逆さまに"落下しているのを視認した。

 

「気を失ったのか…!? まずい! 頭から落ちたら流石に助からないぞ!」

『なんですって!? ルドガーさん、今すぐ行くわ!』

「頼む! うおぉぉぉ!」

 

ほむらの落下するであろう場所を読み、全力で駆けつける。だが骸殻なしに相当な速さで落下するほむらを受けきれるとは思えなかった。

後方では異変を察知したマミとさやかが、凄まじい勢いで校庭へ飛び込んで走ってくる。

 

「暁美さぁぁぁん!!」マミは叫ぶと同時に無数のリボンを手から、はたまた地面から錬成し出した。

その勢いはかつての薔薇園の魔女の触手を彷彿とさせるものがあり、見事に地表数十メートルにまで達したほむらを雁字搦めにしてしまった。

そのまま落下の勢いを殺しながら地表に降ろしてゆき、リボンから開放して無事な姿を確認してようやく3人は安堵の溜め息をついた。

 

「やったか!?」と、まどかをおぶりながら遅れて駆けつけた杏子が3人に尋ねる。

 

「ええ、なんとかね………本当にギリギリよ。まさか気を失って落ちてくるだなんて…」

「まったく…無理しちゃって。ま、ほむらがいなかったらあたしらヤバかったけどね…」

「ああ…みんな、ありがとう。この戦いは誰かひとりが欠けてたら間違いなく負けていたと思う。それも、最悪の形でな」

「へっ、確かにな。…アタシも久々に疲れたよ。とっととズラかろうぜ」

「そうだな…早いところ移動、しよう………」

「ルドガーさん…?」

 

不意にルドガーは脚の力が抜けてしまうような感覚を覚え、膝からその場に崩れ落ちてしまう。

スローモーションで景色が流れてゆくように見え、頭がぼんやりとしてくる。

すぐ隣ではマミが何か大声で叫んでいるようにも聞こえたが、それすらもはっきりと聞き取れないままにルドガーはその場に倒れ、意識を手放した。

 

 

それが、その日最後にルドガーが見た光景だった。

 

 

 

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