砂隠れは繁栄しました   作:布団玉
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11. コントラスト

 夜も深まってきたころ、月がしらじらと照らす道をチヨバアと共に歩いたのを覚えている。

 3代目風影はすでに亡くなっているかもしれない。数時間ほど前、チヨバアは羅砂にそう告げたが、「可能性がある以上なんとしてでも探し出します」とうろたえず羅砂は言い切った。そうして羅砂は、かろうじて里に駐兵する暗部をかき集めてごく少数の捜索班を編制し、すみやかに出動させたのだった。

 その班のうち1名は追い忍――死体処理班の忍である。最悪の場合に備えてのことだろう。

 あれから家路につくことなく、そのまま監獄の一室へと押しこめられて朝を迎えた。チヨバア曰く、まだ疑う余地がある以上、俺を外へ置くわけにはいかないとのことだった。
 人柱力の研究を早く進めたいところだが、忍術が使えるかも怪しいこの体ではままならないだろう。不服ではあるが仕方がない。ほんのわずかな休息を得たのだと考えることにした。

 牢獄の、郵便受けの小窓ほどの隙間からは一筋の光が差しこんでいる。それが前方にある格子へ当たって影を生むので、日の出ているあいだはおおよその時刻を読み取ることができた。
 けれどやることもなく、殺風景な部屋の片隅でうつろに1、2、3……と、格子の本数をかぞえて時間を浪費していくばかりだ。

 そうして2日ほど荏苒(じんぜん)と獄中で過ごしただろうか。
 時刻は恐らく昼過ぎ頃。
 ふと視線をずらせば、縦縞の隙間から看守がこちらの様子をじっとうかがっているのが見えた。その姿が、なぜかもう1人の『サボテン』と重なる。

『どうやって自分が死んだのかを、覚えているか?』

 男の言葉がよみがえる。

 その問いに答える間もなく、俺の体は墓場へ飛んでしまった。
 はたして、時間があったところで答えることなどできたのだろうか。

 たったいま自身の死にざまを回顧して――死の状況をなにも思い出せないことに気づいたのだ。

 記憶しているのは、計り知れない激痛と共に、恐怖と安易に形容するには不可知な感覚を、恒久に終わりまで耐えていたことくらいだ。そうして、ろうそくの火が消えてふっと暗くなるように苦痛から解放されたときには、すでにここにいた。誰かに看取られていたような気もするが、この部分は曖昧だ。

 そこからさらに掘り下げていけば、また不可解なことに気づいてしまった。
 死の間際は失われていたが、転生前の記憶は鮮明である。それに変わりない。しかしどういうわけなのだろう――転生前の名前をいささかも思い出せないのだ。そればかりか、年齢、性別、職業、国籍にいたるまで見事に抜けきっていた。

 国籍がわからないとなると、自身の扱う言語までもが朦朧とかすみ、崩れていく気がした。
 ――いままで訝ることなく扱っていたこの()()は何なんだ。
 知っている世界だとはいえ、同じ言語間でやりとりしているかもわからないのに、なぜ俺は、ごくあたりまえに会話をこなせているのか。

 自分自身のことすら判然としないにもかかわらず、漫画やアニメだとか、2次元だとか、何の根拠でそうであると認識していたのだろう。
 だいたい転生したのだとすれば過去の名前を忘れたりするだろうか。

 仮に、どんな言語でもたちまちに理解してしまう万能の翻訳機が搭載されていたとしても、それでは術式語の説明がつかない。つねに翻訳されていれば、勉強という努力など飛び越して、術式がなにを表しているのかを瞬時に把握できたはずだ。

 この世界の未来を知っているくせ、自分の過去は知りえないなど、本当にばかげた話である。

 ――俺はいったい何者なのだろう。なんの因果でここへ生まれてしまったのだろう。

『お前のすべてがここにある』

 また、男の言葉が脳裏に浮かぶ。
 首を振って消散させた。
 ここで悩みだしてもきりがない。底なしの泥沼にはまるだけだ。そんなことよりもまず3代目の安否を確認しなければならない。

 ――片時でもこの傀儡の体から抜け出して、なにか別のものへ取り憑くことができれば……。
 唐突な閃きだった。
 格子を数える余裕はあったのに、なぜ今まで思いつかなかったのかがまったく不思議である。

 そうして自身のポンコツ具合に呆れながら、チャクラを練る真似事をしてみたり、壁に体をうちつけてみたり、適当な変身ポーズを決めてみたり、できるかぎりのことを試しはじめた。
 結局のところどれも効き目はなかったのだが。それどころか、事の成り行きを眺めていただろう看守に「不審な動きはするな!」と怒鳴られる始末。

「なにかあったのか?」

 突如、監獄の入口方面から看守の隣へゆらりと現れた人影が、どこか聞き覚えのある声色でそう言った。

「傀儡の囚人が暴れはじめたんだよ……」

 看守が人影に向かい、砕けた口調でせせら笑うので、俺は囚人じゃねえぞと頭の中で返答する。

「なるほど」

 言いながら人影は徐々に色彩を取り戻し、その姿をあらわにしていく。

「……で、偽物でないなら、オレの顔くらいは覚えているだろう? それとも調査済みか?」

 現れた人物に向かって「バキ!」と名前を呼んだ。

「どうしてここにいるんだ?」

 研究詰めのせいでずいぶんと長いあいだ会っていないように感じていた。実際そうだ。だからこそ、思わずそう聞いてしまった。
 対してバキは「さきほど任務から帰還したのでな」と端的な返しで終わらせる。

「風影様とチヨ様から話は聞いているが、オレはまだお前をサボテンと確信したわけではない。不審な動きを見せれば容赦なくお前を破壊する。覚悟しておけ」
「そうでなくちゃ困る」

 それでこそバキなのだ。
 バキはいっけん気を許しているように見えるが、実際のところは信頼1割、疑念9割といったところだろう。あくまでも現段階では普段通りの俺かどうかを吟味しているにすぎない。少しでも尻尾を見せれば執拗にそこを突いてくるに違いないのだ。
 しかし、そのほうがむしろ安心できた。友とはいえ、この姿を初見で信用するほうがおかしい。

「ならばひとつ、殴り合いでもしないか」
「なんでそんなことを――って、あー……」

 一瞬迷って、それからすぐにバキの意図を読み取った。
 拳を交えれば心の内がわかる。
 そういうことだろう。

「許可は」
「取ってある」
「妙に用意がいいじゃねェか……。っつーかよ、傀儡でもわかんのか?」
「さてな。それこそやってみん限りはなんとも言えん」

 ――鬼鮫のときとは逆の立場になってしまったな。
 そんなことを考えながら「よっこいせ」とおっさん臭い言葉を漏らして立ちあがった。この体にもずいぶん慣れたところだ。多少ならば動けるだろう。

「全力で破壊しにいくからな」

 バキが言うので、「せめて肩慣らしくらいは……」と返した。
 すぐさま「するか」と否定された。

「……リョーカイッス」

 チヨバアからどやされない程度に手加減してほしいところだ。



 接近戦で圧倒的な実力を誇るバキに勝てるはずもなく。
 結果として情けないほど無様に負けてしまった。傀儡であることは言い訳にならないだろう。宣言通り、拳を交わせないまでに右腕は砕かれてしまったが、むしろバキは全力を出さず手加減したほうなのだ。
 チヨバアに直してもらったばかりの体だというのに、はてさて、どうやってまた修理してもらうべきか。

「で、わかったか?」

 バキの拳によって破壊された右腕。そこからバキの『胸の内』が伝わってきた。それならばバキにもこちらの『胸の内』は伝わっているのではないかと期待して、手ごたえを問う。

「わからん」

 バキの返答はその一言だった。

「マジで?」
「ウソだ」
「ウソかよ……」

 傀儡でもわかるものだな。バキはそう言って、茶目を含めたのか肩をすくめる。
 その直後、「おい、そこの傀儡!」とさきほどの看守が大声をあげて、軽く手招きをした。

「チヨ様がお呼びだ」

 近くへ行けば、看守が厳めしい顔つきで言う。
 続けてバキが口を開いた。

「ああ――実はチヨ様に頼まれてお前を呼びに来たんだ。遅いんでしびれを切らしたんだろう」
「殴り合いするよかそっちの用事を優先しろよ……」

 突っ込みを入れつつ、おぼろげに『胸の内』を見た身としては、わざわざ許可を取ってまで殴り合いをしたバキの気遣いにほころんでいた。
 偽物であれば宣言通り完膚なきまでに破壊し、本物であれば、落ち込んでいるであろう俺を奮い立たせることが目的だったらしい。

「それで、チヨ様はなんだって?」
「追い忍が戻ってきたと」
「…………優先、しろよ!!」

 それ以外に言葉は出なかった。



 看守に見守られながら牢を出て、バキと共に、チヨバアが待つという施設へ向かった。
 壊れた腕を直してもらうにはどう言えばいいだろうか。そんなことを考えながら、フードをすっぽり被せて、人々の視界に傀儡の体が映らないようひたすらに歩く。人気は少ないのが幸いだった。

 そして、ちょうど忍者学校へさしかかった時のこと。

「あ」と口走らせて、我が目を疑った。
 なにせ門の前には、見覚えのある人間がどこか侘しそうな後姿でたたずんでいたのだから。

 なんだ無事に帰ったきたのか、チヨバアの用事はこれだったのか。と、その人物が幽霊でないことを確認するために口を開く。

「さん」――だいめ。

 はっとして、あわてて言葉尻を飲み込んだ。

「どうした」

 バキが不審げな顔をしてこちらを向いた。

「……いや、なんでもない」

 さきほどは、いかにも3代目が立っていたように錯覚した。
 しかしその人物は、砂隠れ最強という()にしては曲線美が際立っている。明らかに男とは見てとれない。それを俺は、一瞬でも3代目と勘違いしたのだ。あやうくいらぬ恥を晒すところだった。

「遅い! なにをもたもたしておった!」

 施設へ到着すると、開幕からチヨバアの怒声を浴びた。申し訳ありませんとチヨバアに頭を下げてから、「それで……」と呼び出しの要件を問う。

「追い忍が戻ってきおったのじゃ」
「ということは、3代目が……」

 無事見つかったか、それとも死体で発見されたか。後者でないことを切に願う。

「それが――――」

 チヨバアは、至極言い難そうに口ごもらせた。



 ――――不測の事態だった。
 呼び出された施設は、いわゆる解剖室。
 そして、室内へ置かれた台には使い慣れた体が血の色を失って横たわっていたのだ。

「これは……いったい……」

 意表を突かれて漏れ出た言葉に、右手にいるバキもが「まさかサボテンが死体で見つかるとは……」とこぼしていた。それに相槌を打つこともできない。
 チヨバアは「追い忍が戻ってきた」と告げただけで、けっして「捜索班が戻ってきた」とは言っていない。その時点で気づくべきだったのだ。つまり捜索班は未だ3代目を捜索中であるのだろう。

 自身の死体を自身の目で確認するなど、夢にも思わなかった。無い心臓がまるで激しく脈打つような心地だ。

「死因は恐らくに、チャクラ切れによる衰弱死でしょう」

 死体の置かれた台を隔てて、頭部を白い包帯で包み、厳めしい表情のつくりと、独特の模様に彩られた面をつけた追い忍が、淡々と言った。

「しかし、透過の原因までは特定できませんでした。腐っていないために、死亡時刻も不明で……」

 追い忍に言われてやっとのことで気づいた。
 よくよく見れば、自身の死体がうっすらと台に透けているではないか。
 ――最近はやけに透けた自分を見ているな。と、驚きを通り越していっそ呆れの感情が生じている。

「現在も透け続けています。このままだと体は消えてしまうでしょう」

 追い忍がそう付け加えた。
 死体といえば、死後硬直を経て腐っていくものであり、当然、透けて消えるものではない。

「なにか特殊な術をかけられたやもしれんのォ」

 言いながら、すぐ左手にいたチヨバアが前に出て、死体を眺めている。

「運ぶあいだにチャクラを分け与え続けましたが、透過の進行が止まることはありませんでした」
「ふむ……。術にしても、このような症状は見たことも聞いたこともないのォ」
「消滅と言えば、チャクラの塊である尾獣も――――」
「こやつが特殊な体質である可能性が――――」

 そうしてチヨバアと追い忍で会話が進んでいく。
 会話に割って入る余裕もないので、これからについて思考を巡らせた。

 俺が死体で見つかったということは、3代目はまだ生きているのだろうか。弟子が偽物だということに気づいたのか、もしくは下剋上と判断したか。それとも3代目ではなく、他の誰かに殺されたのか。はたまた奴の自殺か。
 3代目の安否も悩ましいが、俺はこのまま一生を傀儡として過ごすことになるのだろうか。

 あっという間にとめどない不安の波が押し寄せてきたので、いい加減に思考を放棄した。
 途端、なにげなく、自分がいつも持ち歩いていたものが頭に浮かぶ。

 ――他者のチャクラで駄目だったならば、あるいは。
 ばかばかしいとは思いつつも、かすかな希望を捨てきることはできない。

「死体に触れてもかまわないだろうか?」

 聞けば、追い忍は「ええ」とうなずいた。
 自分の死体に触れるという行為に奇妙な感覚を覚えつつも、懐から小さな鉄容器を取り出す。

 ――高濃度し圧縮したチャクラを練り込んだ特別製の水銀。

 一か八かの勝負だった。もはや手段を選んでいる余裕はない。死体を水銀毒で汚染する行為よりも、消滅を防ぐほうが重要なのだ。

「これをどうにかして体内に入れることはできませんか」

 チヨバアに向かって話かけたのだが、違う人物の声が飛んできた。

「ボクが入れましょう」

 追い忍は、面を隔てているからだろうくぐもった声で言う。
 覚えのある声にも聞こえたが、勘違いだろうか。

「しかし……」
「心得ていますから」

 腕には自信があるらしい。

「……そうじゃのう。ワシよりもこやつのほうがよかろう」

 なにか思惑を抱えた様子で、チヨバアが追い忍を見やる。

「それじゃあ……心臓――死門付近に入れることは可能か?」
「通常であれば正気の沙汰ではありませんが、死体ならば差し支えないでしょう」
「よろしく頼む」
「では――」

 追い忍が、右手で水銀を受け取った。
 そのまま手の先にチャクラをこめて、胸部中央の心臓付近へ置く。水銀をつまんだ指先は、みるみるうちに死体の皮膚へと沈んでゆき、ついにはてのひら全体がすっぽりとおさまった。
 次いで胸部をまさぐると、数分のあいだピタリと動きを止める。

 ――静寂が場を支配した。
 待ち時間が、ひどく長ったらしいものに思えてならない。
 周りにいる人間の心音すら聞こえてくるようだった。

 それからやっとのことで、指定の位置に水銀を設置し終えたのだろう、追い忍が手を引き抜いた。

「終わりました」

 追い忍は、口から息がすり抜けていくような、やや疲労した印象の声だった。

「あまり期待はできませんが、少々細工をさせてもらいました。反応すれば、水銀にこめられたチャクラが体へ流れるようになります」
「そんなことまでしてくれたのか。ありがとう、恩に着るよ」

 あの静寂は細工のために必要なものだったのだな。と、ひとり納得する。

 そうして4人で様子を見守り、数十分は経過しただろうか。
 ――透けていた体は一変し、たちどころに元へ戻りはじめた。

「……こんなに早く戻るものなのか?」

 喜びと安堵の反面、単純すぎるのではないかと、燃焼しきらない猜疑心が残る。

「もしかしすると、仮死状態であったのかもしれません。その証拠に、血色も……」

 追い忍が死体の腕をとって袖をまくる。
 そこには、死体と言うには綺麗すぎる、健康的な肌色があった。

「つまり死んでなかったってことでいいのか?」
「死亡時の詳細が不明なので断定は難しいでしょう。そう長くは仮死状態にできませんし、発見時の状況下ではすでに透過がはじまっていましたから……」
「……どこに死体があったんだ?」
「里付近にある、アイパーの仏像です」
「あの砂に埋まってる謎のオブジェか?」
「ええ。目立つところに放置するなんて、見せしめの目的でもあったのでしょうか」

 ――もう1人の『サボテン』の仕業か、それとも3代目の所業か、はたまた偶然か。
 顎に手を当てて考えこんだ。

「それともまさか、発見してほしかった、なんてことは……」

 追い忍は続けてそう言った。

『体を取り戻すことができたら、答えてやる』
 追い忍の言葉で、もう1人のサボテンがそんなふうに言ったのを思い出した。
 ――いや。体を奪っておきながら滞りなく返品することなどありえるだろうか。返ってきたものは故障品だったが、本当に奪う気でいたのならみすみす目立つ場所へ置かないだろう。

「とにかく、消滅の危機は脱したな」

 思考をさえぎるようにバキが声をかけてきた。それにうなずいてから「やってみるもんだな」と言った。

「……いま、動きましたよ」

 唐突に、俺の本体を眺めていた追い忍が言った。

「まさか」

 ――奴はまだこの中にいるのか?
 焦り、急いで体の近くへ寄る。

 そうして体へ触れた途端――――また崖から突き落とされたような衝撃が走って、暗転。






「〈約束〉を果たしに来た」

 ――すぐ近くに誰かがいるようだ。

「なァんてな」

 離れる気配がしたので、ゆっくりと目をあけた。

 瞼を開きがたいほどに真っ白な空間。見れば、自身の体は傀儡のものではなく、いつもの体に戻っている。
 そして目の前には、俺と同じ容姿をしているがいくらか老けた顔で虚ろな目の男がいた。

「ここは……」

 またわけのわからない所へ来てしまったようだ。

「お前ん中だよ」
「……俺?」

 わけのわからない空間、でもないらしい。

「オレのうしろにあるモン見えるだろ」

 言うとおり男のうしろには、門のようにいかにも頑丈で、しかし古めかしく錆びた扉がそびえ立っている。

「開けろ。そうすりゃすべて知ることができるぜ」

 体を乗っ取られはしたが、男本来の容姿を目にしたわけではないので、さきほどまで『サボテン』かどうか惑っていた。だが、男の言葉で確信した。やはりこいつは俺の体を奪ったもう1人の『サボテン』だ。

「どういう風の吹き回しだ? 体を奪ったうえに、死体を放置しやがって……」
「なにがだ。元々オレは体を返すつもりでいた」
「信じれないな」
「現にこうして返してやったじゃないか」
「じゃあ、なんであんなことを言ったんだ」
「そうすりゃお前は意地でも体を取り戻そうとするだろ」

 男がくつくつと笑う。

「3代目はどこだ」
「さあな」
「なぜお前は3代目に復讐しようとする?」

 男が一瞬、驚いたように目を見開いた。だが、すぐさま虚ろな目に戻る。

「……お前、勘違いしてるな」
「なんだって?」
「まあいい。いずれにせよ開けばすべてを得ることができる」

 男が、扉に手をかけた。

「さあ、開けろ」
「嫌だと言えばどうする」
「オレが開くまでだ。知りたくないのか? 己がこの世にいる理由を……」

 こうして会話をする間にも、外開きの扉が刻一刻と開かれていく。

「開ける気はない、か。ではオレが開けるとしよう」

 ――そのとき、開こうとする男の手を、何者かがつかんだ。

「『約束』が違う」

 半透明なのでおぼろげだが、あの墓場で、老人の隣に横たわっていたオンボロの傀儡。ついさきほどまで俺の身体代わりだったものだ。

「……いたのか」

 男が惜しそうに吐き捨てる。

「卑劣なやり方だな。そうやって引きこむつもりでいるんだろ」

 傀儡が言うと、男は不気味な笑みを浮かべてから、あとかたもなく消えてしまった。

「消えた……」

 つぶやけば、「あれはただのチャクラだからな」と傀儡が解説してくれた。
 ――そういえば老人はこの傀儡も俺と同じ名だと言っていたな。

「お前も、サボテン……だよな?」

 聞いてみたものの、それに対する答えはなく、次の言葉が返ってきた。

「いいか。この扉は絶対に開けるな」
「罠か?」
「ある意味でな」

 理由まで教えるつもりはないらしい。

「……お前は味方か? 敵か?」
「お前が味方だと思えば味方、敵と思えば敵だ。オレが決めることじゃない」
「ここにはなにがあるんだ」
「過去、と言うべきか」

 扉は半開状態だ。それを閉じながらも傀儡が続ける。

「今後、弾みで開くこともあるだろう。しばらくの間はオレが閉じる。少し厄介になるぞ」
「取りつかれたり追い出されたりはもう勘弁してくれよ……」
「オレの体を使ったろ。今度はお前の番だ」
「んだよソレ……」

 傀儡が扉の正面に立った。
 そして――――。






「――――テン、サボテン!!」

 天井が見えた。自身の体が台に乗せられていることに気づく。首を横へ動かせば、バキがしゃがんで傀儡を揺さぶっているのが見えた。その周りにチヨバアと追い忍もいる。

「バキ、俺はこっちだ。よくわかんねェけど、戻れたみたいだわ」

 バキは傀儡から離れて立ち上がり、台に手をついた。

「なにがあった!?」
「さあ……。精神世界で一悶着あって無事生還、ってところか? 俺にもなにがなんだか……」

 そうしてまた傀儡に視線を動かした。右腕の壊れた傀儡は沈黙し、くったりと倒れこんでいる。
 ――助けられた、のだろうか。
 もう1人のサボテンも、この傀儡も、敵なのか味方なのか現状では判断がつかなかった。どちらかに騙されていることも否定できない。

「つーかよ、なんか体が変だ……」

 不調を訴えれば、追い忍が淡々と「水銀を入れた副作用でしょう」と告げて、指で俺の手首に触れた。

「――生きているとは思えないほど冷たいですね」

 確認し終えたのか指を離す。

「血は通っているのに、冷たいままなのか?」
「そのようです。……ちょっとチャクラを練って、術を出してみてください」
「なぜだ?」
「水銀を死門へ入れ、かつ細工を施したので、もしかしするとチャクラ自体練れなくなっているかもしれません」

 あわてて起き上がりチャクラを練る。印を組み、水やりの術を繰り出そうとした、のだが。

「……出ない」

 水遁が出せなくなっていた。
 その後も繰り返しチャクラを練り、さまざまな水遁を出そうとするも、からっきしである。

「……チャクラを練ることはできるんですね?」
「ああ」

 水遁が出せないならば、これならどうだ。と、今度は流遁の印を組んだ。

「ギョワアアアアァァァァッ!?」

 結果を目の当たりにして叫ばずにはいられなかった。
 ――――あろうことか、印を組んだ手が水銀になって溶けだしたではないか。

「……その術は使えるみたいですね」

 と、追い忍は冷静に言う。
 水銀がからだ全体へ侵食しはじめたので即日入院となった。






 バキと追い忍はそれぞれ持ち場へ解散し、チヨバアだけが残った夕暮れ時。
 水銀となった部位は、少しの治療と訓練で元通りとなった。けれどいちど死んで、さらには水銀が体内へ入ったままだというのに、恐ろしいまでに日常的な動作をこなせている。それがとてつもなく薄気味悪かった。
 食事もできて便もいままで通りに出てくるのは、自身の死体を見た後であるとどうにも現実味がわかない。つのるのは己の体に対する不信感ばかりだ。そうはいってもいまはどうしようもないので、病院の個室、そのベッドへ横たわっている。

 死門へ入れた水銀はすでに経絡系へからんでいるので無理に取り出せばそれこそ死ぬ。と、医療班員から告げたれた際の絶望感たるや、思い出すだけでも憂鬱になる。それでもなお入院しなければならないのは、突発的に、水銀による中毒が起こるかもしれないので、常に容態を検査するためだ。

 そうして病室から解放されることなく、いよいよ付き添いのチヨバアが丸椅子へ腰掛けた。

「3代目の死体は発見されなかったんですよね」
「ああ」

 ベッドから上半身を起こして言えば、チヨバアがうなずく。

「では、まだ捜索は続いている、と」

 しかし今度は首を横に振った。

「……いや、早々に打ち切ることも視野に入れておる」
「――――!!」

 耳を疑った。「なぜ!」と声を荒げてしまいそうになり、しかしなんとか冷静になる。

「羅砂先生もそうおっしゃっているんですか」
「あやつは探す気でおるわい」
「ではなぜ……」

 まずは理由を聞かなければならないだろう。話はそれからだ。

「そうさのォ……このことは話しておかなければなるまい」

 すると、誰かが病室の扉を軽く叩いた。

「姉ちゃんよ、連れてきたぞ」
「入れ」

 中に入ってきたのは、チヨバアの弟であるエビゾウ――と、もう1人。

「さっきの……」意図せず口がひらいた。

 本日、忍者学校前にたたずんでいて、3代目に間違えかけた女。
 よく見れば髪型も、顔も、身長もてんで異なっていて、3代目とは言い難い。さらに、さきほどはうしろ姿だったのでわからなかったが、別人であると強調するかのように豊かな胸がある。
 それでも血のつながりを感じるほどに似ているのだ。なにが似ているのかと聞かれれば答えることはできない。だが、全体的な雰囲気が3代目のそれだった。

「ちょうどいいところで来たのォ。ついでじゃ、お主もここで聞いていけ」

 女が「あの人のこと?」と問えば、チヨバアが「ああ」と返す。

「じゃ、帰る」

 女の返答は素早いものだった。

「お主!」
「もう用事は済んだから」
「待たんかい!」

 チヨバアが、そそくさと帰ろうとする女を引き止めるためだろう、勢いよく椅子から立ち上がった。

()ならば、最期くらい話を聞いていくのもよかろう!!」

 むすめ。――むすめ?


「…………娘ェ!?」


 ――どういうことだってばよ3代目ェ……。





 3代目風影の娘です。筆が乗ったので2枚に分身しました。ですがモブなので出番はほぼありません。
 本編は容姿の描写を控えているので、不親切だと感じた場合に閲覧をお願いします。







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