やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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第18話:鶴見留美は動じない。

「それにしてもまぁ……。なんだ。久しぶりだな、留美」

 

「お久しぶり。八幡……。ああ、今は噛み谷先生だっけ?」

 

「その話はやめてくれ……。ちなみに、比企谷だ」

 

 一体どうなってんだ、と神に問いたい。どうして留美が奉仕部にいるのだろうか。いや、そもそも何故奉仕部が復活しているのだろうか。特に重要な部活ではない。学校の片隅にある、ぼっちの避難所のような部活だった。なんだかんだ生徒会やら文化祭やら体育祭に関わったものの、その功績をどれ程の人が知っているだろう。殆どの人間が気にも留めてなかったはずだ。他の生徒連中からはボランティアサークルだと思われていた節もある。

 

「なぁ、ここは奉仕部で合ってるよな? 何でお前がまた、こんな部活に入ってるんだ?」

 

「……別に? 平塚先生に1年の頃呼び出されて、説教されて、喧嘩したらさ。奉仕部っていうのをやれって言われて、ずっとそのままここに居るってわけ。OBが居るのは知ってるけど、八幡もそうだったんだね。ただの陰キャじゃなかったんだ」

 

「ああ、そうだ。ちなみに学校内では比企谷先生って呼んでくれ。平塚先生に殴られるし、変に他の生徒に勘ぐられても困る」

 

 俺の言葉が可笑しかったのか留美はふっと笑う。こういう挑戦的なとこ、前部長とそっくりで嫌になる。本当に、誰に似たんだか。

 

「じゃあ、二人だけの時はいいでしょう? そう決めたわ。本当に面白いね。奉仕ってガラじゃないでしょうに」

 

 ぐうの音も出ない正論出されました。確かに奉仕ってガラじゃない。言われてみれば、よく奉仕部だなんて俺に合わない名前の部活にずっと所属していたな。誰も言ってくれないから卒業して4年経ってようやく気づいたよ。

 

「それは認める。……見た感じ俺が居た頃と活動内容は変わってないみたいだな。放課後、ここでだらだらと過ごして帰るってお決まりのパターンか」

 

「そうね。貴方達みたいに、依頼なんてのはほぼ来ない感じかな。月、1回あるかないかぐらい。そんなもんだから、週に一回、近くの保育園でボランティア活動してるの。強いて言うなら、それがメインの活動かな」

 

 え、この子俺たちより偉くない? 近くの保育園にボランティア活動? 一度だってそんな事していない。毎日毎日、本を読むかSSもどきの添削か、行き遅れのくだらん長文メールへの返信ばかりだった。部長は本を読んで人の悪口しか言わないし、もう一人に至っては、頭の悪い事を喋るか、携帯を弄るかしていなかった。本当に活動内容だけで見ると、ぼっちの避難所どころか、隔離施設だったよね。一人だけぼっちじゃない奴居たけど。

 

「そ、そうか……。他に部員とか居ないのか?」

 

「──居ないし。これからも要らない」

 

 明確な拒絶の言葉だった。これ以上は聞くなという事なのだろう。俺から目を背けて、スマホを弄り始めている。どうにもこうにも、留美はあれからずっと、1人でやっているようだった。それは、俺の所為でもあると思う。小学生だった彼女の人間関係を、良かれと思って叩き壊した。あのやり方では駄目だったのかもしれないという思いがあり、その後もクリスマスイベントで手を打っては見たが、最終的に1人で居る事を選んだらしい。

 ぼっちの大変さ加減は知っている。それでも、耐え、1人で居る。かつての自分を見ているようだ。

 

「……とりあえず、教育実習の間は臨時顧問になっている。まぁ、短い期間だけどよろしくな」

 

「うん、よろしく」

 

 そう言うと、留美はほんの少しだけはにかんだように笑った。その笑顔は昔とあまり変わらない。そして、俺の心に罪悪感だけが何故か残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、教育実習も二日目となった。

 あの後、留美とは特にこれといった会話はなかった。元々俺も喋る方ではないし、留美もそうだろう。俺は淡々と教育実習の日誌を書き、留美は宿題やら読書やらをやっていた。これで顧問でいいのか、なんて思ったが平塚先生が俺達の顧問をやっていた頃を思い出してみると、そもそもあの教室に来る事が珍しかったし、来たら来たで問題ごとを持ってきたような記憶しかない。その点俺はなんて良い顧問なのだろうか。問題ごとを持ち込まず、生徒にリラックスした空間を与えている、なんて事を日誌に書いて出したらぶん殴られた頬がまだ痛い。

 

「おはようございます」

 

 今日も作り笑顔で出勤。声も普段の二倍ぐらい出している。長く強制的だったアルバイト生活がこんな所で役立つとは思わなかった。どんなに無能であろうとも、元気良く挨拶してればそれなりの事は許して貰える。隼人に教わってから、嫌な所は手を抜いても許されるよう、俺は挨拶だけはきちんとすると決めている。お陰で職員室での評判も実にまぁ……普通だ。そりゃ、普通の人間挨拶ぐらいきちんとするから当然だよね。挨拶だけ済ますと平塚先生の姿がない。どうせ、あそこだろうなと思い、喫煙所に向かう。

 

「……おはようございます」

 

「ああ……おはよう」

 

 喫煙室では先生が死んだような目つきで煙草を吸っていた。昨晩の合コンも惨敗だったらしい。合コンに行くと常に最年長になってしまってから、翌日は大体こんな感じらしい。陽乃さんが言っていたのを思い出した。そんな先生を特に気遣うわけでもなく、隣に座って一服。……いかん。完全に喫煙者のペースだ。巻き煙草の在庫が尽きてきているオーラを出すと、自分の煙草をくれる所がもう、怖い。ここにもサイコメトラーが居るようだ。

 

「昨日は君のふざけた日誌の指導に忙しくてあまり話せなかったが、久しぶりの奉仕部はどうだったかね?」

 

「……俺らの頃より部活らしい事してましたね」

 

「……そうだな。ボランティアの子共達には結構鶴見は心を開いているようでね。教室とは違う顔を見せるんだが、いかんせん校内ではあんな感じなのだよ」

 

「……俺が、何とかするべきなんでしょうか」

 

「自分で考え、わからなければ聞いて見なさい。昨日も言っただろう。私は笑顔で卒業させる事を目標にしていると。その為に、彼女を復活させた奉仕部に放り込んだし、ボランティアの交渉なんかもやったし、君という存在もぶつけている」

 

 先生の行動は一貫している。俺にもそういった信念を持てという事なのだろう。中々難しい事だ。ぼっちで、他人を信じられずに、人の言葉の裏ばかり考えている。そんな人間に何が出来ると言うのだろうか。……わからない。しかも、それは留美だけじゃない。他にも問題を抱えた多くの生徒が居るのだろう。きっと先生は、誰に対してもそうやってやるつもりなのだ。教師という職業の認識が大分変わってきた。この人が指導教官でよかった。俺が教師という、普通じゃ絶対に選ばなかっただろう道を選んだのもきっとこの人の教育方法に感銘を受けたからなのだろう。

 

「わかりました。考えて見ます」

 

 俺の返事に先生は満足したように笑うと、もう一本煙草を吸えと差し出した。本当に、この人はこういう所が無ければ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も授業は見学だ。

 教室の後ろからクラスを観察する。別段、悪くはないクラスだ。部外者の俺ですらそんなに居心地は悪くない。あまり騒がないし、基本的には皆授業を聞いている。こういう所は、進学校で良かった。

 留美は、というと相変わらずだ。一人で黙々と授業を受けている。ただまぁ、同じぼっちでも俺とはかなり違う。見てくれは悪くないので、男は意識している奴は結構多い。隣の奴なんか、消しゴム借りるだけで露骨に緊張していた。それに加え、成績も良いらしい。返された小テストはどれも高得点。まさにぷちノ下さんと言ったところだ。雪ノ下より棘がない感じがまだ救いとなっており、完全な孤立やいじめといったものは無い。そんな留美にイラついているのがきっと井浦さんだろう。相模の悪いとこと三浦の悪いとこを煮詰めて水で薄めたようなショボい悪意を偶にであるが振りまいている。休み時間に当てこすりのような発言をしたり、それを留美が完全に無視するもんだから余計にカッカしている。そんな空気を上手く中和しているのが弓ヶ浜さんだ。彼女は由比ヶ浜以上の大物かもしれない。授業中は幸せそうに寝ているし、二時間目が終わった辺りには早弁までしている。本当に、何しに学校に来てるんだろう……この子。

 

「せんせー。一緒にUNOやらないー?」

 

「教育実習クビになるわ! 他の先生にみつからねーようにやるんだぞ」

 

 なんせ、起きてりゃこのザマである。俺の言ってることも教師としてどうかと思うが、そこまで厳しく言う程の事でもない。そんな事をしてりゃ、昼休みである。午前中はほぼ平塚先生の荷物持ちをしていた事もあり、かなり腹が減っている。俺の手にあるのは、おにぎりが二つ。実家で昨晩余った米を貰って握ってきている。

 実家に居れば晩は保障されている。小町が居ないので朝作ってくれる人間が居ないのが辛い。両親は俺が出る時間にはまだ寝ているからだ。相変わらず家に居る時は死んだように寝ている。俺も将来あんなくたくたになるまで働かきゃならんのか……。そんなこんなで再び喫煙所に居る。俺、朝晩しか職員室行ってないけど、本当にこれで大丈夫なの?って不安が増してくる。

 

「昼だな」

 

 と言いつつ一本吸う。ニコチンから栄養でも取っているのだろうか。恐るべし。流石に俺はここで昼食をとるのは避けたい。

 

「先生、今日のお昼どうするんですか?」

 

「ああ、食べない。先週、酔った勢いでバイクを買ってしまってな。流石に今月は生活費を切り詰める。丁度、ダイエットにもなるしいいだろう」

 

「それ社会人としてどうなんすか……」

 

「大丈夫だ。未来の私がきっと何とかする」

 

 自信満々に語る先生。もう本当にこの人は……情け無くて涙が出てくる。その今吸っている煙草を辞めれば食事摂れるのに……。

 

「……そうですか。俺は、ちょっと外で食べてきます」

 

 そう言って部屋から出て行こうとすると、先生は白衣から鍵を取り出して投げて俺に渡した。

 

「部室の鍵だ。もう生徒じゃないんだから、外じゃなくてきちんと教室で食べなさい。職員室には他の実習生も居て君は居づらいだろうし、丁度いいだろう」

 

 本当にぼっちへの心遣いありがてぇ……! 鍵を持って、意気揚々と部室へと向かう。サンキューSHIZUKA。フォーエバーSHIZUKA。スキップしながら部室までたどり着くと、鍵を開けてドアを開く。

 

「……何?」

 

 何故か留美が居た。警戒心丸出しで、こちらを睨んでいる。ハメやがったなあの女。留美の机の上には教室の鍵のようなものが置かれている。これで中から鍵をかけて、完全なプライベートスペースにしていたようだ。ぼっちってどうしてこんな事ばっか考え付くんだろうね? 前部長だってここまでしてなかったよ。奉仕部が俺だけだったなら、間違いなく同じことしてただろうけど。

 

「いや……ここでご飯食べようかなって……」

 

「先生なのに学校に馴染めてないんだ。ウケる」

 

「ウケねぇよ。お前こそ、クラスに馴染んでねぇだろ」

 

「うるさい」

 

 冷たく斬り捨てられた。言い方がが沙希ちゃんの右フックより鋭いんだけどどうなってるの。特に出て行けと言われなかったので、そのまま椅子に座っておにぎりをいただく。

 

「貧相な弁当……」

 

「大学生は金がない。お前もなったらわかるさ」

 

「バイトぐらいするもん」

 

「ちなみに俺は週5日働いてこのザマだからな。よーく覚えておけよ」

 

 留美が少し驚いたように目を見開いた。俺は多少状況が普通の大学生と違うが、世の中これ以上苦労する奴だって数多く居る。これで、少しは社交性を身につけなければなんて考えてくれればいいのだが。……とまで考えて心の中で笑う。俺が、人に向かって社交性を語るとは。教師ぶってんじゃねぇよなんて自嘲するが、それでも願ってしまう。

 

「……じゃ、じゃあ私の──」

 

 なんて留美が何かを言いかけた時、部室のドアが開いた。そこから顔を出したのは、弓ヶ浜さんだ。この子さっきまで寝てた気がするんだけど、やっと起きたのか。何時ものアホみたいな笑顔は浮かべていない。何かに警戒するように、こっそりと部屋の中に入ってきた。そして──

 

「あれ? 何でヒッキー先生が居るの?」

 

「その呼び方は今すぐやめろ。俺はここの部活の臨時顧問やってるんだ。今も鶴見と打ち合わせしてたんだよ」

 

 誰かさんみたいな呼び方は心臓に悪いから勘弁して欲しい。それよりも、まだ俺ヒッキーっぽく見えるの? 一色から貰った眼鏡毎日きちんとかけているのに。いろはすってば、これならキモさが半減しますって言ってたじゃん。

 

「ごめんなさーい。えっと……うーん。どうしよう。……じゃあまぁ、いいか。ここ、奉仕部だよね? 何か困った事の相談にのってくれるっていう」

 

 どうでもいいけど弓ヶ浜さん。思考が適当過ぎない? 先生、そっちの方の相談に乗ってあげたくなってきたんだけど。後、ルミルミは露骨に面倒くさそうな顔をしない。俺の視線を感じたのか、渋々と言った感じで留美は認めた。

 

「そうよ……。話ぐらいなら聞くから、座ったら?」

 

 留美の促されて弓ヶ浜さん花が咲いたような笑顔を浮かべ、椅子に座った。

 

「留美ちゃんとこうやってお話しするの 一年の時以来だよねぇー」

 

「そうね……。で、用件は何なの?」

 

 流石の塩対応だが、弓ヶ浜さんもめげない。こんな構図どっかで散々見てきたけど、変わらないものってあるんだね……。なんて思ってると、一転して弓ヶ浜さんの表情が暗くなった。どうやらクッキー作りたいとかそういう話ではなさそうだ。良かった。

 

「んでさ……相談っつーか、なんていうか。うちのクラス今結構微妙じゃん? ゆーことかみさきとかさぁー。あたしも結構困っててさぁー」

 

 やべぇ、何一つ伝わってこない。わかったのはウチのクラスは微妙だという事だけ。女子高生の会話ってこんなに解読難しいの? 国語教師目指してるけど、この作者の心情想像するのちょっとムリです。ルミルミもこれわかるんだろうか。……いや、わからないだろう。どこかの誰かさんみたいにこめかみに指を当てて「貴方、本当に義務教育を終えたの? きちんと日本語で喋ってくれないかしら?」とか言いそう。

 

「山羽君の事ね」

 

 わかるのかよ、スゲェ。もしかしたら留美なら陽乃さんの事も理解してあげれるかもしれない。あの人もこの会話ぐらい意味わからないひねくれ方してるし。そのまま暫く聞き耳を立てていると、大体の概要がわかってきた。うちのクラスの反留美派に居る井浦さんは山羽君が好き。その対極に位置する坂見さんも山羽君が好き。その二人と仲が良い弓ヶ浜さんは一体私どうなっちゃうの~みたいな感じのようだ。俺の結論から言わせていただくが、モテる奴が悪い、完。

 

「留美ちゃん。山羽君と小学校から一緒だよね? 彼女が居るとか、何か知らないかな? 二人とも山羽君と付き合いたいから凄く仲悪くなっててさ。あたし、どうしたらいいかわかんなくなっちゃった」

 

「両方告って玉砕してくればいいんじゃねぇかな?」

 

「ヒッキー先生酷くない!? あたし、2人には幸せになって欲しいけど……でも、山羽君の体は一つしかないし」

 

 山羽君と似たような葉山君って大学生が居るんだけどどっちかそっちで妥協できないかな? 今、就活で弱ってるからお弁当四つもあげれば喜んで付き合ってくれると思うんだけど……流石にこれは駄目か。一方の留美はというと、完全に目が死んでる。心底どうでも良さそうだった。はぁ、とため息をつき、

 

「悪いけど、知らない。殆ど喋った事ないしね」

 

「そう……。ごめんね、留美ちゃん。変な事聞いちゃって。少し話したらあたしも楽になったからさ」

 

 どう考えても作り笑顔で、弓ヶ浜さんはそう言うと、立ち上がった。流石の俺も少し力になってあげたいぐらい元気が無い。俺も立場上生徒の色恋沙汰には絡みづらい。すると──

 

「──待って。山羽君が、特定の恋人が居るかどうかを調べればいいの?」

 

「うん、そんな感じかな……。あたしとしてのベストは、どっちかが諦めて仲良く丸く収まるってのが一番いいんだけど」

 

 留美はそれにうん、と頷くと一度俺の方を見た。何故だろうか。だが、すぐに目を背けるとこう続けた。

 

「わかった。少し考えてみるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み後からも平塚先生の奴隷で終わった、完。

 俺の教育実習本当に大丈夫なの?って気がしてきたが、きっと教師になっても俺は平塚先生の子分になるのだろう。これは予習なのだ。頑張るしかない。泣ける。先生はこれから問題を起こした生徒に事情聴取するだとか何とかなので、LHRは俺の当番となった。苦手なんだよなぁ……ああいうの。だが、やるしかない。入る前に教室の様子を伺う。そんな俺の横を、留美がトイレからでも帰ってきたのか、するりと抜けていった。──だが、自分の席にはつかない。そのまま、ゆっくりと歩いていくと、山羽の席の前で立ち止まった。そして──

 

「山羽君。昔からずっと好きでした。私と付き合ってください」

 

 何も動じず、そう呟く。山羽の方は最初唖然としていたが、すぐに何時も通りの優しい表情に戻った。あいつも中々の仮面優等生っぷりである。だが、クラスの方はそうでもない。すぐに大きな騒ぎとなった。戸田がやべーやべーうるさい。井浦は固まったまま動かない。弓ヶ浜に至っては顔が真っ青になっていた。何かを察したのか、山羽は優しく呟いた。

 

「鶴見さん……ごめんね。俺、部活で全国まで行きたいんだ……。少なくとも、大学入学が決まるまでは誰とも付き合う気はないよ」

 

「そう。変な事言ってごめんね」

 

 それだけ言うと、何事もなかったかのように席に戻る。クラスの騒ぎはまだ収まりそうに無い。嘲笑。侮蔑。怒り。同情。感情が爆発したかのような騒ぎの中、留美はただただ前を見ていた。──俺の心の中もやり場のない感情で埋め尽くされていく。──何故、どうして。だが、冷静な部分がわかっていた。これが、一番効率が良いのだと。山羽も大体察していたのだろう。上手くそれを利用した。これで、万事解決である。井浦も、坂見もこう言われてしまっては諦めるしかない。わだかまりも徐々に消え、弓ヶ浜の気苦労も消える。そして、留美は誰に何を言われても気にしない。ハッピーエンドだ。どこかでこんなふざけた景色を見た事がある。心の底から忌々しい景色だった。ならば──俺は、

 

「……おーい。お前ら何騒いでんだ。LHR始めるぞ。席に着け。──騒いだ奴は平塚先生にチクって内申点下げまくってやっからなー」

 

 少しでもこの騒ぎの沈静化を図る事しか出来ない。俺にはもう、それぐらいしかしてやれる事がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 LHRが終わると、すぐにまたクラスが騒がしくなった。その中を、何事も無かったかのように留美は歩いていく。本当に強くなった。だが、そんなものに何の意味がある。俺も荷物を纏め、留美の後を追いかける。──自分でも何でこんなに腹立たしいのかわからない。何でこんなに悲しいのかがわからない。理性の化け物などと大層な事を言われたがが、このザマである。そして、ある事を思い出した。平塚先生にかつて言われた言葉だ。あの時、何故先生がこんな事を言うのかが良くわからなかった。だが、今ならわかる。その言葉は──

 

 ──比企谷。誰かを助けるということは、君自身が傷ついていい理由にはならないよ──

 

 これだ。あの文化祭の日。先生は俺にそう言った。俺が傷つく姿を見て、痛ましく思う人間が居るという事を自覚するべきだという事も。本当に、何もわかっていなかった。これが雪ノ下が嫌いだといった理由。由比ヶ浜が涙を流した理由だったのだと。イライラして早歩きになった所為か、すぐに追いついた。留美は横に並んだ俺をちらりと見ると、

 

「……これで、解決でしょ」

 

「……ああ、そうだな。弓ヶ浜の悩みも解消するだろうよ」

 

「……どうして怒ってるの?」

 

「怒られるとお前が感じているから、そう思うんじゃねぇか?」

 

「……意味わかんない。バッカみたい」

 

「バカは、お前の方だろうが……!」

 

 俺の言葉に留美もイラついたのか、足を止めてこちらを睨んだ。

 

「あれが、一番効率の良い問題の解決方法でしょ! 山羽君に直接聞いたって教えてくれるわけないし、だったら、問題の解決は諦めて問題の解消に目を向けた方がずっと早いじゃない!」

 

「だとしてもだ、あんなやり方じゃなくて、もっと他にやりようがあったろうが!」

 

 俺も大人気ない。つい、語気を荒くしてしまった。留美は一瞬怯んだが、すぐに立ち直った。そして、悲しそうに俺を見ると、

 

「このやり方は、貴方が私に教えてくれたんじゃないっ……! イジメ問題は解決できないから、人間関係壊して無理矢理解消してしまえばいいって! そうやって助けてくれたくせに、何で私の時だけ否定するのよっ!」

 

 思い切りそう叫び走って行ってしまった。──今まで数多くの悪意や罵詈雑言に晒された。だが、それでも何とか立ち直ってきた。そんな俺でも今回は耐え切れそうに無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

     ──それほどまでに、留美の言葉は俺の胸の奥底に強く響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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