やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

20 / 28
第20話:雪ノ下雪乃は戦い続ける。

 

 

 

 

 

 

 

──何故、俺は正座をしているのだろうか。おかしい。高校時代ですらそんな事をしなかったのに。あっ、これもしかして夢か。そうだよなぁ。俺が教育実習なんてキャラじゃないよなぁ……なんて現実逃避をするも、冷たい眼差しで睨まれるとすぐに現実に戻されてしまう。雪ノ下はこめかみに手を当て大仰のため息をつくと、

 

「……大体の話はわかったわ。まぁ、確かに鶴見さんは私に比べれば大分小柄ね。貴方がくだらないあだ名をつけたくなる理由も悲しいけどわかってしまったわ」

 

 胸に関してはそちらがプチのんですけどね、なんて言える空気ではない。あの後、説明しなさい→はい→正座しなさい→はい、のコンボにより全て洗いざらい吐かされた。留美の事。俺の事。今起きている事全て。今度はこちらが質問をしたい。何故、作業着なんぞを着ているのかはわかった。陽乃さんから会社に入ったのは聞いている。ここの仕事をしているのも納得だ。だが、あの時は気にならなかったが、今は気になることがある。そういえばこいつ、四年制の大学に進学しなかったっけ? という事だ。こいつの頭脳なら飛び級で卒業していてもおかしくはないが、日本の大学でそこまでするメリットも特に無い。何故?──言いかけるも言葉は出てこない。今更雪ノ下に何を言えばいいのか、何も出てこない。雪ノ下もそれは一緒のようで、プチのんの件が終わるとそれ以上の言葉には詰まっているようだ。ならば、

 

「じゃあ、俺仕事あるから……」

 

「──待ちなさい。久しぶりに会ったのだし、もう少しコミュニケーションをとろうとは思わないの? 貴方、それでも本当に教師志望なのかしら?」

 

 そう簡単には逃がしてくれなかった。ついでに辛辣な言葉もセットでついてくるというおまけ付きだ。懐かしい。雪ノ下雪乃は陽乃さんは変わったというが、現状話してみた感じそこまでの変化は無い。

 

「はっ。確かに教師にコミュニケーション能力は大事だが、それが全てでもねぇだろ。あれだけ生徒に慕われてるのに、結婚できない平塚先生の気持ち考えてから発言しろよ」

 

「先生はコミュニケーション能力に特に問題はないわ。普通の男性より男性らしいから一緒に家庭を築くという選択肢から除外されてるのよ。女性というよりは、むしろ雄ね。そこに気づかない限り、彼女に幸せな未来はないわ」

 

「いや、お前それ本人に言ってやれよ……」

 

「嬉しそうに愛車の話とか好きなお酒を語る先生にそんな事言えるわけないじゃない……。私にだって人の心はあるのよ」

 

 雪ノ下との会話はとても懐かしいテンポの良さがあった。いつも、こうしてああでもないこうでもないとお互い軽口を叩きあい、由比ヶ浜が話を変な方向に脱線させ、俺が渾身の自虐ネタでオチをつけていた。だが、そんな事を楽しんでいていいのだろうか。心の中で俺が叫ぶ。あんな、結末で終わらせてしまったのに。そんな俺の表情が出ていたのか、雪ノ下は俺を睨むように目を細くし、

 

「そんなに、私と話すのが嫌?」

 

「嫌じゃねぇよ。あんな結末を迎えておいて、今更どのツラ下げてお前と何を話せって言うんだよ」

 

「あの結末は少なくとも、貴方一人の責任じゃないわ。…………ねぇ、比企谷君。一人ぼっちになるのは、私でよかったのよ」

 

 そういうと雪ノ下の目から涙が零れ落ちた。たった、一滴だけ。俺は涙よりも、雪ノ下の言葉に衝撃を受けていて言葉が出てこない。──ああ、こいつには全部わかっていたのだと。あの日、由比ヶ浜は全てを俺に告白した。俺への想いも。雪ノ下への濁った感情も。全てを曝け出した。疑う余地も無いほどに。どうして助けるの──?とも。

 その言葉で気づいてしまった。俺が本当に欲しかったモノ。あの時それを選んで居ればきっと、俺は幸せになれたのだろう。なんせ、あんな良い奴、この先ずっと現れない、そんな確信まであった。それでも、俺は選ばなかった。あの時、3人のそれぞれの望みが叶う事はないとわかっていたからだ。ならば、どうすればいいか。誰かが消えるしかないだろう。そう、あの時俺は愛よりも情欲よりも──2人が変わらず笑いあっていて欲しかった。どちらかなんて選べない。好きとかそういう所もすっ飛ばして、ただずっと幸せで居て欲しかった。そこに、俺の居場所が無くとも。心の底からそう思った。だから、あの選択は間違いじゃないと今の俺は信じきれる。

 

「違う……」

 

 そして、雪ノ下は一つだけ間違っている。一人ぼっちになるのは自分で良い。あの時確かに俺もそう思っていた。だが──

 

「え……?」

 

「違うんだ、雪ノ下。……俺は、結局一人ぼっちには戻らなかったぞ」

 

 そう、今の俺には沙希がいる。彩加がいる。義輝がいる。隼人もいる。一色もいる。何なら、お前の姉だっている。なんだかんだで一人ぼっちには戻らなかった。奉仕部があったから、もう一人には戻れなかった。かつて手に入らなかったものがあった。きっともう手に入らないと思っていた。だが、俺は新しいものを手に入れたのだ。

 

「──それに、俺の望みはもう叶っている。だから、お前が謝ることなんて、ない」

 

 俺の言葉にしばらく何も言わなかった雪ノ下だが、やがて涙を拭うと、そう、とだけ呟いた。

 

「葉山君から貴方の事は偶に聞いてたけど、確かに最近随分と楽しそうね。それなら、私ももう、何も言わない。私の気持ちも、貴方ときっと一緒だったから」

 

 多分、俺も雪ノ下も同じ事を考えていたのだろう。自分ではなく、2人が幸せであるようにと──偶々、俺が先に動いただけの話だったのだ。そうであれば謝罪なんて間違っている。俺が真に言うべき言葉、ずっと言えなかった言葉はすんなりと今は出てきた。

 

「そうか。ありがとう、雪ノ下」

 

「礼を言うのは私のほうよ。ありがとう比企谷君。貴方のお陰で、私は由比ヶ浜さんという親友ができたわ」

 

 親友ができた──もう、それだけで満足だ。あの雪ノ下がこんな事を言うなんて誰が予想できただろう。そのまま、会話が途切れる。俺も何か言いたいが上手く言葉に出てこない。ただ、少しだけ胸の内が暖かい。親友ができた。理解しててくれた。という事実がとても嬉しい。雪ノ下も何も言わない。俯いて持っているバインダーを手で少しだけ動かしている。やがて小さくため息が聞こえ、

 

「……と、とりあえず仲直りという事でいいのかしら?」

 

「まぁ……な」

 

「良かったわ偶々部室に来たら比企谷君と再会できて。貴方にはこれから色々と協力してもらいたいと考えていたから、このまま気まずい関係が続くと私の考えた計画に随分と支障が出てしまうところだったのよ」

 

 ……ん? なんかおかしくない? いつの間にか雪ノ下はとても良い笑顔を浮かべていた。この笑顔を俺は知っている。大抵、こんな顔でえげつない事を言ってくるのがこの女だった。このままでは、不味い。俺の反応に小首を傾げている所も可愛くて尚更危険なにおいがする。

 

「ああ、そうね。まずは私の近況報告からするのが基本よね。姉さんから聞いてるとは思うけど、昨年から正式に親の会社で働き始めたのよ。ここまではいいかしら?」

 

「それは知ってる。つか、お前四年制の大学に行かなかったのか? お前の学力だったら何処へだっていけただろ?」

 

「自分なりにあの後色々と考えて見たのだけれど、両親から実権を奪い取るにはなるべく早く会社に入った方がいいと考えたのよ。短大進学には、母は難色を示したけれど、父に早く家族の力になりたいって頼んだら意外とすんなり話が進んだわ」

 

 本当にこいつ雪ノ下か?ってぐらいの変わり様だった。両親から実権を奪い取る? 俺が知っている雪ノ下はこんな事を言う人間だったか?疑問が湧くが、俺も人の事は言えないと思う。雪ノ下にしてみれば、俺が教育実習に参加していること自体何かの間違いだと思ってるであろう。俺だって何かの冗談だと思いたい。

 

「変わったな、お前」

 

「貴方だってそうでしょう。教育実習なんてどういう風の吹き回し?」

 

「それはそうだな。何も言い返せない」

 

「私は、自分の弱さに嫌気がしたの。だから、前に進むと決めたのよ。母さんと戦って自分の居場所を勝ち取るの。それが、今私が一番やりたい事よ」

 

 雪ノ下の目には力がある。最後に会った時とは別人のような確固たる決意のようなものが見て取れる。きっと、色々と考えて、打ちのめされて決めたんだろうなという事は容易に想像できた。

 

「短大では多くの事を学んだわ。私の方がきちんと予習も課題も出しているのに、何故か私と評価の近い由比ヶ浜さんの謎とか。無駄にアルコールを摂取する背徳感とか。昼間からビール飲んで寝るってあれ酷いわね。人間として心の底から堕落した気分になったわ」

 

「……何だよ由比ヶ浜の謎って」

 

「由比ヶ浜さんったら、私があれだけ受験の時に色々と教えて成果も出たのに、入学式には全部忘れて現れたのよ。お陰で語学の振り分けテスト、彼女から同じクラスになりたいと言ってきたのに、由比ヶ浜さんったらアルファベットから始めるクラスに配属されてしまった事があったりしたのよ……。なのに、一年の後期の成績は私の少し下ぐらいの単位と評定貰ってた事があったりして……」

 

「……それはわかるけど、謎だな」

 

「流石に落ち込んでいたら三浦さんに言われたわ……。あんたはあんた一人が凄いだけであって、結衣の後ろにはあんたみたいに凄い奴が沢山居るって。彼女のコミュニケーション能力は、学力と努力の差を埋める凄まじいものだったという事を心の底から思い知ったわ……」

 

「高校と違って大学ってコミュ力大事だよなぁ。俺も一色も、それで随分と苦労したわ……」

 

 大体話がわかってきた。雪ノ下も短大でコミュニケーションにかなり苦労したのだろう。そういや、こいつもぼっちだったし。やり取りも大方想像できる。ねぇねぇゆきのん。次の試験の過去問先輩から貰ってきたよ。これ見れば大丈夫だよ。からの、ありがとう由比ヶ浜さん。でもね、試験というものは(以下略)みたいなやり取りがあったのだろう。想像するだけで笑える。そんな俺の態度に少しむっときたのか、雪ノ下は少し拗ねたような口調に変わり、

 

「……私も個人の限界というものを知ったのよ。だから今回は流石に、姉さんと組む事にしたの。そこに貴方の陰湿さと小賢しさが加われば完璧よ。三人で母さんを倒しましょう」

 

「いや、そもそもお前ら一族の争いに巻き込まれるのは本当に嫌なんだけど……」

 

 そもそも千葉県で一番おっかない女達の揃い踏みだ。正にグラウンド・ゼロって気分だ。後には無残な焼け野原しか残らないイメージしかない。

 

「もう遅いわ。比企谷君、一つだけ言っておくと────姉さんは、本気で貴方を手に入れる気よ。覚悟しておきなさい」

 

 やっぱりかー。ロックオンされてたかー。薄々とは気がついていたが、ガチだったかー。怖いよ。反応の悪さに焦ったのか雪ノ下は取り繕うような笑顔を浮かべては、俺に「不満そうね」と畳み掛ける。

 

「そりゃそうだろ。あの人闇が深すぎて怖いんだもん」

 

「あれでも随分マシになったのだけれど……。でも困るわ。最近姉さんとも随分気まずい関係なのよね。貴方との仲を取り持つことを餌に私は姉さんを味方につけようとしているのだけれど」

 

「おい! 勝手に俺を餌にするなよ!? お前、そういう結構強引なところだけは変わってないよね? 何でそこ変えてくれなかったの?」

 

 俺の言い草にむっときたのか、少し黙った。あ、これまたよくない奴だ。絶対理論攻めしてくる奴だ。そして──

 

「そもそも、貴方は本来専業主夫を志していたはずでしょう? 貴方の知り合いの中で、貴方を専業主夫として家においておける財力のある人間なんて、私か姉さんぐらいのものなのよ? 他に誰か宛があるのかしら? ああ、平塚先生がいらっしゃったわね? 貴方、先生に求婚するならそれ相応の覚悟と言葉が必要だと思うのだけれどその覚悟はあるのかしら?」

 

 完全に逃げ道が塞がれた。ぐうの音も出ないぐらいの正論だった。ひとつなぎの大秘宝(せんぎょうしゅふ)はここにあったのだ。ビッグマムと結婚するようなもんだけど。最悪な事に雪ノ下の提示したもう一つの選択肢の相手は言うならばカイドウだ。冗談が通じない。

 

「それに、姉さんと結婚すれば漏れなく優秀で可愛い義妹もできるし、貴方に何一つ損はないと思うのだけれど」

 

「自分で言っちゃうのかよ……」

 

「だって私、可愛いもの」

 

 ハ、と笑いが漏れた。こんなやり取りを何時かやったような気がする。それをまたこんな歳になってまで繰り返すとは。雪ノ下も同じような感想を抱いたようで珍しく声を上げて笑った。何故かもう、我慢するのもバカらしくなったので、俺は目一杯、心の底から笑ってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう事で、仕事にもう戻るわ。比企谷君は身の振り方を考えておくこと。それと、昼休みと放課後は時間がある時はここに来る事にするわ。奉仕部のOGとして鶴見さんを貴方のような人間と2人だけにしておくわけにもいかないし」

 

「いや、あいつの問題そこじゃねぇし、しかも俺もOBなんだけど……でも、来てくれるのは正直助かる」

 

「私も助けて貰ったわけだし別にいいのだけれど……もしもの時はよろしくね、"義兄"さん」

 

 雪ノ下は優しく笑うと、笑えないような言葉で俺の事を呼んだ。軽口で返そうかと思ったが、そこには色々な感情が吹き込まれているような気がしたので何も言わない。色々と吹っ切れたような、肩の荷が下りたようなそんなイメージを感じた。あくまで俺の勝手な予想でしかないが。それに俺も、雪ノ下に言わなければならない事もある。

 

「なぁ、雪ノ下。……その、今更言うのもなんだが……まぁ、その。良かったら俺と友達に──」

 

「──駄目よ」

 

「またかよこのパターン!」

 

「違うわ。──その前に、きちんと由比ヶ浜さんとも話しなさい。あの子の答えを聞いたら、もう一度三人で会ってやり直しましょう」

 

「それもそうだな……。いや、でも俺あいつの連絡先消えちまったんだよな……。いや、消してないぞ!? 携帯が壊れて会ってない奴は全員消えたんだ」

 

「別にそこまで聞いてないわ。貴方の駄目さ加減ぐらいはわかっているし。でもまぁ、いいでしょう。貴方と由比ヶ浜さんはきっとその内出会うから。その時までに自分の言いたい事を整理しておきなさい」

 

「は? まさかあいつもこの学校に居るのか?」

 

 俺の言葉に雪ノ下は少しだけ意地悪そうに笑った。流石に教育実習生の中には居なかった気がする。まさか、用務員として働いているとか? 教師はあいつの学力じゃ駄目そうだし……。なんだったら小学校教諭ですら難しそうなところまである。

 

「会えばわかるわ。じゃあ、ミーティングに遅れそうだからもう行くわね」

 

 何処までも底意地の悪い女だった。こういう所は変わっていない。それでも俺は、少しだけ晴れやかな気分になることが出来ていた。

 

 

 

 

 

 




何とか八幡の誕生日間に合った……。
入院と手術で投稿が遅れましたが、また書いていきたいと思います。
結構時間があったので最終話までのプロットも大体纏まりました。
残り大体4話ぐらいですがよろしくお願いします。
次の話はお盆の時期ぐらいには投稿できると思います。それからはまた間が空くかもしれませんが、完結も近いので未完で終わる事はないと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。