やはり俺の大学生活は間違っている。   作:おめがじょん

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メリークリスマス!!!!
読者諸兄が性の6時間を過ごしていることを願って!!!

次回で最終回です。
その後だらだら番外編やるかどうかはは没ネタ次第です。
更新情報等気になる方はこちらまで@omegajhon1


第24話:最後に、平塚静が得たモノは──

 

 

 

 

 何時だって、本心を吐くことはなかった。

 もっともらしい理屈をこね、嘘を吐き続ける。言葉で遊んで何事も踏み出せず。妥協と欺瞞に満ち溢れ、最後は何も残らない。怖いから。わからないから。もう傷つくのは嫌だから。──そうして、何もかも諦めて、全てを壊してそれでも俺はここに居る。目の前には、かつての俺が関わってしまったが故に巡り巡って学校に来れなくなってしまった生徒が一人。だから、責任を──とまで考えて辞める。これでは前と一緒だと、理由や動機付けをして、自分の本心を隠すのはもう辞めたい。それで、どれほど人を傷つけてきただろうか。目の前の生徒と真摯に向き合ってると言えるだろうか。

 

(そう……俺は……)

 

 平塚先生に憧れた。先生の言葉一つで舞い上がって今ここに居る。ろくでもない生徒だったろう。気苦労ばかりかけて最後は何も言い出せず、向き合わずとんずらこいた。それでも、先生は変わらず俺を見てくれている。だから、騙したくない。失望されたくない。上辺の言葉でごまかしたくない。どんなに惨めだって卑屈でも、答えを示さなければならない。──これから、俺はどう他人と向き合って生きていくかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ヒッキー先生。なんか、ごめんね」

 

 

 死に物狂いで追いついた結果、学校に来なくなってしまった生徒に逆に心配されてしまうという素敵なオチがついた。本当に上手くいかねぇよな、人生って。息も絶え絶え、脱水症状で死にそうになってしまった俺は何とか最後の力を振り絞って、近くの公園へとやってきた。自転車を置いて、何とかベンチに座る。俺は座り、弓ヶ浜はポケットに手を突っ込んで困ったように笑っている。──ようやく、落ち着いてきた。俺の呼吸が落ち着いたのを見計らった後、弓ヶ浜は俺の隣のベンチに座った。ええ子やん。

 

「体調悪いとか言ってたみたいだけど、随分と元気そうじゃねぇか。これだけ走れるなら風邪ってわけじゃなさそうだな」

 

「あー……ごめんね。何か学校行くの急にだるくなっちゃってさ」

 

「その気持ち凄くわかる。先生も大学行く途中でめっちゃだるくなるし。何ならそのまま近所の公園で一日中ぼけっとしちゃうまである」

 

「教育実習生なのにそんな事言っちゃうんだ……」

 

「平塚先生には内緒な」

 

 ふ、と弓ヶ浜が笑った。優しい笑顔で笑う子だ、と改めて思う。クラスのまあまあ上位カースト。何事もそつなくこなし、空気を読んだり作ったりするのが上手い子だ。出会ってまだ数日だ。この子の一端ぐらいしか俺はまだ知る事が出来ていない。どんな事を考え、どういう事をしたいのか。これを生徒の数だけ知らなければならない。改めて難しい職業だと思う。

 

「留美から聞いたぞ。あの件について、お前自分から全部話して、クラスの奴らと喧嘩したらしいじゃん」

 

「……うん。留美ちゃんやっぱヒッキー先生とはそういう事話すんだ。凄いね。留美ちゃんって、自分の事とか一切話さないからさ。高校一年から一緒だけど、私はあの子の事全然わかんないや」

 

「まぁ、そのなんだ。あいつが小学生の頃2回ほど関わったからな。……ちょっと歪んじゃったとこあるけど、良い奴だよ」

 

「うん。知ってる。一年生の頃さ。何回か、私が困ってる時助けてくれたんだよね。私と違って人の顔ばかり伺って何時も上手くやる事ばかり考えてる奴からすればさ。ああいう自分を持ってる人って凄くかっこよく見えるんだ。だから、何とか仲良くなりたくて、お返しがしたくて、遠足とか実習とか一緒に行こうって誘ったりしてたんだよね。今回も最初は軽い気持ちだったんだ。……留美ちゃんよく人の事見てるから相談に乗ってほしくて。少しでも話したいなって思ってたら、あんな事になっちゃった……」

 

 弓ヶ浜もまさか留美があんな事をするとは思わなかっただろう。俺だってそうだ。話してて少しわかってきたのが、どちらかというと弓ヶ浜は留美とどう接していいかわからず学校を休んだように見える。クラスメイトよりも、留美。そう考えれば、弓ヶ浜の今回のような自爆みたいな行動も合点がいくと同時、美しいと思った。自分よりも、誰か。俺もそうだったかといえば、言葉とすれば間違ってしまったと言えよう。よかれと思ってやった事が人を傷つけた。二人を遠ざけ、何も本心を言わず、そのまま立ち去った。本物を求めていたって、言葉だけじゃ伝わらないと勝手に諦めていたから。

 

「留美と、会うのが怖いんだな?」

 

「…………うん。留美ちゃん平気な顔してるけどきっと怒ってる。毎日あんな、みんなに陰で色々言われてたら嫌になっちゃうよ。私が、あんな事頼まなきゃ……。留美ちゃん何も言わないから。私、もうどうしたらいいかわからなくて……。ゆーことかみさきが留美ちゃんの机にいたずらしようとしてたから、ついかっとなっちゃって……」

 

 弓ヶ浜の顔が暗く沈む。嫌われたくない相手がいる。相手がどう考えているかわからない。怖い。だから知っていたい。その気持ちはわかる。俺だって、かつてはそんなものを欲しがり、それを本物と名付けた。あの時、俺は何を間違えた。俺には何もない。こういう時、慰める言葉すら出てこない。上辺だけの言葉は嫌いだから。言葉だけじゃ伝えきれないとわかっているから。だから、俺は──

 

「なら、留美と話すしかないよなぁ」

 

 考える事をやめた。何をしても言い訳しか出てこないから。シンプルに、己の気持ちを吐き出した。弓ヶ浜は留美の気持ちを知りたがっている。だが、会いたくない。ならば、どうするか──会って話すしかないじゃん。それが嫌だから、怖いから弓ヶ浜は学校を休んだと言われればそれまでだが、それ以外の方法が思いつかない。正確に言えば、考えてはいけない。俺はそうやって、失敗したから。いつもギリギリで綱渡りでその場しのぎの言葉をでっちあげてあんな事になった。俺が今唯一教えられることは、それぐらいだろう。しくじり先生みたいで嫌になるが、かけれる言葉はそれぐらいしかなかった。予想通り弓ヶ浜はそれが出来たら悩んでいないとばかりにため息をつく。

 

「……怖いよ、そんなの」

 

「そうだよなぁ……。怖いんだよ。でも、先生な。そうやって話す事諦めて自分勝手に動いてさ。大事な人達と一生会うまいってなった事があったんだわ」

 

 なんて単純な言葉なのだろうか。なんてどうでもいい話なのだろうか。頭のどこかで俺が叫んでいる。上辺だけの体裁の良い言い訳も出てくる。でも──聞かない。

 

「…………そう、なんだ」

 

「俺は半人前だが、実習生として、お前より少しだけ年上として教えてやれる事はそれぐらいだ。後は、一人で行くのが嫌だったら一緒に行ってやるぐらいはできるぞ」

 

「……でも、失敗したら……」

 

「その時はまた何か、一緒に考えてやるさ。なんだったら臨時顧問権限であの部室で一緒に昼飯食ってやるオプションまでつけてやる」

 

「うーん。……そのオプションは要らないかな」

 

「そうですか……。ま、普通そうだよね」

 

 そういうと弓ヶ浜は力なくだが、笑った。

 

「……ヒッキー先生は、その、大事だった人達ときちんと話さなかった事後悔してる?」

 

「──しているよ。最近、偶々再会してな。俺は運が良い事に、その大事な人達は当時の俺の事を理解してくれててなぁ。俺は、それがとても嬉しかったよ。だから、あの時の自分が嫌でしょうがない。今だってそんなに好きじゃない。だから、変わっていくしかねぇんだ。俺は言葉を信じきれないから、言葉や理屈を並べるより、本心で相手と向き合っていくしかねぇんだろうな」

 

「……私にもできるかな?」

 

「できると思うぞ。……弓ヶ浜。お前が留美を大事に想うのであれば、それはきちんと伝えるべきだ。どれだけ逃げたって理屈を並べたって、最後は本心を言葉にしなきゃ、伝わらない」

 

 ここで平塚先生ならもっと説得力があってかっこいい事言うんだろうなぁ、なんて思う。俺はまだまだ未熟な人間だ。でも、今出せる精一杯の言葉を紡いだ。こうやって全ての虚飾を外した言葉で向き合うしか今の俺にはできない。

 

「うん……。じゃあヒッキー先生を信じてみる」

 

 そういうと弓ヶ浜は少しだけ口の端を歪めて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず留美と話すべく学校へと戻ってみる事にした。彩加に電話をし自転車を返却。弓ヶ浜が「彼女?」と聞いてきたので「特別な人」と返しておいた。間違ってはいない。嘘はついては居ない。でも何だろう、このドキドキと背徳感は。病気かな?

 

「ヒッキー先生。あんな可愛い彼女居るんだ。凄いね」

 

「ふっ……」

 

「……その笑い方、ちょっとキモいかも」

 

 弓ヶ浜がげんなりとした顔を作るがどうでもいい。彼女紹介するってこんな気分なんだろうか。彼女じゃないけど。彼女になってほしいけど。それにしても、女子高生と二人きりで歩くとか少しだけ緊張する。一応、スーツ姿なので怪しくは見えないだろうが、周囲の目はいつも怖い。知り合いにもできれば会いたくないぐらいだ。特に俺と弓ヶ浜の間には会話はない。ただ、学校に近づくにつれて歩く速さが少しだけ落ちてきているのがわかった。やはり、怖いのだろう。

 

「先生。こっちから行こ」

 

 やはりというか、遠回りしたがる。弓ヶ浜の歩く先には公園。ここで少し休憩するのもいいかもしれない。つーか、ここマラソン大会の会場だった公園じゃねーか。ロクな思い出がない。……あの野郎、そういえば文系選択してやがったな。なんて懐かしい事を思い出した。すると、弓ヶ浜がぽつりと呟いた

 

「懐かしいな……」

 

「何だよ。先生ここ、あんま良い思い出ないんだけど。マラソン大会、辛かったなぁ……。どこぞのリア充の進路如きのために……」

 

「ああ、先生たちもやっぱ同じなんだ。私もマラソン大会の時、留美ちゃんと初めて喋ったんだ。周りに合わせてたら、色々とめんどくさい事になっててね。思い出の場所っちゃ思い出の場所なのかな。放課後、一人になりたい時とかここに来るんだけど。留美ちゃんも偶にここ人いないから来るみたいで、会えば5回に1回ぐらいは一緒に過ごしてくれたんだよね」

 

 弓ヶ浜さん健気過ぎる。普通5回に1回とか諦めてるよ。何なら2回目の時点で俺だったらもうここに来ない。懐かしそうに公園を見回す弓ヶ浜。俺もつられて懐かしくなってくるかと思いきやそうでもない。何故なら、視界の隅っこに小さな影を捉えてしまった。──留美である。気まずそうに俺たちの姿を見つけた瞬間、木の陰に隠れた。どう考えても弓ヶ浜を探していた筈なのに、つい隠れて何なら逃げ出そうとしている空気まで出ているところがあいつらしい。その気持ち凄くわかる。悲しいけど。

 

「おい、今更隠れても遅いっての」

 

 とりあえず、大人としてあいつの逃げ道を塞ぐことにした。すると目を細め苦々しそうな顔をして、留美が木の陰から顔を出した。あの睨み方、どこかの誰かさんと似てて本当に怖い。

 

「留美ちゃん……」

 

 まるで気づいていなかった弓ヶ浜さんもようやく気付いたようだ。マジかよみたいな顔で留美を見ている。

 

「……あんたが行きそうな場所ってららぽかここしか知らなかったから……。二択で外した……」

 

 忌々しそうに呟く留美。先にショッピングモールの方探してからこちらへ来たらしい。間違っていないといえば間違っていない。こちらとしてはすれ違いにならなくて良かった。

 

「あー……そだね。モールの方でヒッキー先生に捕まっちゃってさ」

 

「そう……」

 

 それっきり会話が途絶える。いつもは弓ヶ浜が一方的に喋るので会話が続いているが、今はお互いがお互いを気まずいと思っているので会話が続かない。どっかで見た事のある光景だ。俺にできる事はもうない。後は二人が話すだけ。散々運動したので留美達から離れて近くのベンチに腰かけた。弓ヶ浜と留美が助け船とか出してくれないの?みたいな目で見てくるがここは黙殺。やがて、留美が諦めたようにため息をつき、

 

「……あー……弓ヶ浜。……なんていうか……」

 

「ごめん。留美ちゃん」

 

 留美が先制攻撃を仕掛けようとした矢先、弓ヶ浜が頭を下げた。いつものほんわかした感じはなく、きっちり背を折った謝り方だ。

 

「私が変な事頼んじゃったから……。留美ちゃんみんなに色々言われて辛かったよね。でも、私がお願いしたってちゃんと言っておいたから。しばらく私が皆から色々言われれば済むことだから。今回は本当にごめんなさい。もう、二度とあんな事頼まないから」

 

 弓ヶ浜の言葉に未来はなかった。申し訳なさからの謝罪。相手の事だけしか考えていない謝罪だ。許してほしいわけでもない。糾弾されたいがためかのようにすら聞こえてくる。ここで、留美が適当な事を言って話を流せば今回の件は丸く収まる。気にしてないよとか、もういいよ、とか。弓ヶ浜にクラスでの居場所は居づらいものになってしまうだろうが、それなりに平和だ。留美がその選択をする事を俺は責めない。そこから先は俺の仕事だ。教師として生徒同士の関係にどこまで口を出していいのか、その線引きが俺にはまだできていないので下手な事は言えない。そして、

 

「……あんたのそういうとこ、本当に嫌い」

 

「……ごめんなさい。もう、話しかけないから……」

 

 留美が一歩前に出た。

 

「あれは私が勝手にやった事で、あんたが責任を感じる事なんか全然ないのに。私と話もせず、人の顔色伺って勝手に結論付けて学校休んで謝って。一体、それで何の解決になるの?」

 

「……だって、皆にあんな陰口ばかり……」

 

「あんなの日常茶飯事でしょうが。別に山羽君の事なんか一切興味ないし。あいつもあいつで私の事利用したしでそれで終わりでいいじゃない。そもそも、あんたが学校に来ない方がよっぽど迷惑なんだけど。私だって忘れ物ぐらいはするし。そうしたら誰に借りればいいの? クラスライン入ってないから、誰から連絡網貰えばいいっていうの? 平塚先生そういうの結構忘れるから被害大きいんだけど」

 

 うわぁ……ルミルミめっちゃ捻くれてるし素直じゃない。言い方が本当に回りくどい。本当にどっかの誰かさんみたい。プロポーズする時とか、色々考えすぎて人生歪める権利をくれとかいいそう。現に弓ヶ浜さんなんて泣きそうな顔でぽかんとしている。

 

「留美ちゃん……?」

 

「人に勝手に気持ち推し量って、決めつけるなんて本人に対する酷い裏切りよ。だから、私からも言わせてもらう──。今回は私もごめんなさい。少し、やり方間違えちゃったわ」

 

 そういうと留美も頭を下げた。

 

「今回、色々あって少し冷静じゃなかった。依頼者が、学校に来れなくなるような解決方法なんて、それは解決方法とは言わないだろうね。だから、ごめん」

 

 弓ヶ浜さん最初ぽかんとしてたものの、ようやく脳みそが追いついてきたのかぽろぽろと泣き出した。これまた誰かさんみたいだ。女子はよくわかんないけどすぐ泣くって言ってたし。

 

「次はもっと上手くやる。もっと良い方法考える。だから、何かあったらまた依頼してきて」

 

 要約するとあんたには普段から助けて貰ってるし、今回はやり方も間違えちゃったし気にしないでまた依頼してきてねって事なんだろうけど。回りくどい。でも、そうは言えないんだよなぁ。俺も言えなかった。何かを言おうとすればつまらない言葉遊びばかりで。それでも理解してもらえたから今この瞬間がある。それでも、弓ヶ浜には何とか伝わったのか、半泣きで駆け寄ろうとしているが留美は近づくなとばかりに逃げる態勢になった。

 

「いや、そういうの苦手だから近寄らないで」

 

「……わかった。ごめん。でも、留美ちゃんの言いたい事は少しわかった」

 

「そう」

 

 二人の間に落ち着いた空気が流れる。ならば、後俺が出来る事と言えば、

 

「良かったなぁ。弓ヶ浜。留美がまた依頼受けてくれるってよ。……そういえば、今困ってる事ってなかったっけ?」

 

 こんな言葉ぐらいだろう。踏み出すのか、踏み出さないのかは、後は彼女達が決める事だ。

 

「……。ねぇ……留美ちゃん。私、今少しだけクラスに行きづらくなっちゃってるんだけど、助けてくれる?」

 

「……。わかった。その依頼、受けるよ」

 

 そういうと留美は少しだけ笑った。きっとこれが彼女が新しく踏み出した一歩なのだろう。彼女なりに考え、選択した一歩。それは弓ヶ浜も同じであろう。

 

「……ありがと。じゃあ、留美ちゃん。ヒッキー先生。私、今日の事平塚先生に謝りに行ってくる。──また、明日ね」

 

 そういうと弓ヶ浜は何時ものように元気よく学校の方へと向かって走っていった。強い子だと思う。まだ、不安はあるだろうがそれでも前に進むと決めた。素直に、誇らしいと感じる。留美はというと、弓ヶ浜が見えなくなった頃、さっきの笑顔はどこへ消えたのか何時もの無表情でこちらへとやってきた。

 

「ねぇ、八幡」

 

「何だよ」

 

「弓ヶ浜は、前の"あの子達"と一緒だと思う?」

 

「さぁな……。でも、お前は、そうは思わないからここまで来たんじゃないの?」

 

「意地悪な言い方」

 

「意地悪な質問するからだ。思いたくもない」

 

「それもそうだね」

 

 留美はそういうとふわっと笑った。自分でもわかっているのだろう。そして、「私も今日は帰る」と言いそのまま公園の出口と向かう。俺もそろそろ帰らねば、仕事何もやってないし。そんな事を思いながら、学校へと向かうと留美が「八幡」とまた呼んだ。

 

「何だよ」

 

「──また明日」

 

 そう言い軽く手を振ると今度こそ振り返らずに公園から出て行った。全く、こういう時はさようならとかじゃないの。とか素直じゃないとか本当にそっくりだなとか色々な感情が出てくるがその辺はおいといて俺も、

 

「また明日な」

 

 聞こえてはないだろうがそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弓ヶ浜の件が本日分の終わりを見せてもまだ仕事というものはある。社会人って本当に偉大だ。できる事なら傍からそれを眺める人生を歩みたかったが、やむなし。きっと俺は、この先もこうやって文句をたれながら仕事をし続けるのであろう。きっと、平塚先生もまだ仕事をしている。なんだかんだ、帰る時間とか見ているとそれなりに遅いのだ。家に帰る時間は自業自得としか言いようがないけど。そんなこんなで学校に戻り、軽く日誌やら何やらを書いてからは職員室へ戻らず喫煙室へ。やはりというか、平塚先生はここに居た。何時ものように、煙草を咥えて優しい笑顔を浮かべている。

 

「やぁ、ご苦労様。さっき、弓ヶ浜が私の所に来たよ。……よく、頑張ったね」

 

「……いや、まぁ、まだこれからですけどね」

 

 こうまで素直に褒められると顔が赤くなる。悟られたくない。なんだこの感情。それに、弓ヶ浜の件だってあれで解決したわけじゃない。まだまだこれからの話もあるのだ。彼女たちが一歩踏み出しただけで、きっと数多くの問題がまだ残っている。

 

「そうだね。君も、きっと多くの課題を感じただろう。どこまで踏み込んでいいのか。どこまでが教育なのだろうか。私だって、今でも毎日考えている」

 

「そうですね。俺がした事が正しいのか、正しくないのか。その線引きも難しかったです。言葉を信じない俺ですけど、でもやはり、言葉って重いなと痛感しました。……自分の本心でなんて珍しく向き合って話しては見ましたが、それが正解とも限らない。多分、こうやってずっと正解かどうかを疑い続けてやってくしかないかなって今では思います」

 

「……それが君の教師としての生徒との向き合い方か。良いんじゃないか。一つの考えに固執するよりかは遥かに有意義で、希望に満ち溢れている」

 

「俺から希望に満ち溢れてるって概念が出てくるだなんて、随分と変わったもんですね」

 

「相変わらず可愛くない物言いをするなぁ。……でもそれでこそ、私の最高の生徒だ」

 

 先生はゆっくりと立ち上がり、そう言うと俺の頭に手を乗せ、がしがしと乱暴に髪を撫でつけた。先生の煙草とシャンプーの匂いが混じって少しだけ心地良い。

 

「今日はもうゆっくりと休むといい。これだけ頑張ったんだ。何か一つ、良い事でもあるといいな。大人になったら、自分の機嫌は自分でとらなければならない。ご褒美ってのは大事なんだぞ」

 

「どっかのOLみたいな事言いますね……。先生のご褒美って何ですか? ラーメン?」

 

 タバコラーメン酒車辺りか、なんてすぐに浮かんでくる辺りこの人本当に女性なんだろうかって思ってしまう。もしかしたら結婚なのかもしれないが、命に関わりそうなので言うのはやめておこう。案外簡単に答えてくれると思いきや、平塚先生は、子供っぽくにやりと笑うだけで答えてくれない。

 

「……秘密だ。流石に少し恥ずかしいからな。いいからもう帰れ」

 

 しっしと手で追い払われた。やはり結婚かもしれない。流石に、「最大のご褒美は誰かのお嫁さんになる事」なんて言われた日には引きつらずに真顔で居れるか自信がない。本当に最高なのになこの人。どうして結婚できないんだろうな。もう来年あたり俺が貰っちゃうまでありそうで本当に怖くなってきた。お先に失礼しますと、一礼して喫煙所を出る。外に出るともう、すっかりと暗くなっていた。もう少しで夏が来る。その先には大学卒業。そして、社会人。教員採用試験もある。受からなければ下手すりゃ陽乃さんの奴隷だ。そいつだけは勘弁してほしい、なんて思いながら歩いていると校門付近に誰かが居た。

 

「お疲れ様」

 

「おつかれっ!」

 

「お前ら……」

 

 私服の由比ヶ浜と相変わらずスーツ姿の雪ノ下がそこに居た。生徒がほぼ帰った後で良かった。こいつら二人と話しているとこなんか見られたら明日何を言われるかわからない。

 

「……今日は本当に助かった。お陰で、何とかなったよ」

 

「随分と素直ね……。これで、やり残しは終わったの?」

 

「今日の分は終わったんじゃねぇかな。きっと、この先もまた何かあるかもしれないけど。……その時、暇だったらまた手伝ってくれるとありがたい」

 

 そう言うと、雪ノ下と由比ヶ浜が目を丸くして俺を見た。……その反応を見て、俺もようやく自分の発言の違和感に気づいた。何言ってるんだろう、俺。散々走り回って必死こいて色々考えて本心で喋ったからだろうか、脳みそが上手く働いてない気がする。何だか顔が熱くなってきた。恥ずかしい。

 

「貴方、本当に比企谷君……? 」

 

「そうだよ。いつもなんだかんだへ理屈ばっかこねて全部一人で背負って、最後に爆発して泣きつくのがヒッキーだったじゃん! 大学で何があったの!?」

 

「うるせぇよ。お前らだって変わったじゃねぇかよ。由比ヶ浜、保育園の先生上手くやってけるのか? 子供にきちんと教えられてるのか?」

 

「どういう意味だし! パパみたいな事聞かないでよっ!?」

 

「比企谷君。流石に由比ヶ浜さんでも保育園児以下という事はないわ。あの場で大事なのは学力ではなく、体力と包容力とコミュニケーション能力よ」

 

「ゆきのんもそれフォローになってなくない!? あーっもう! お腹すいたし早くご飯行こうよ!」

 

「んじゃ、サイゼで──」

 

「嫌よ」

 

「やだ」

 

 なんなのこの子達。昔はなんだかんだついてきてくれたのに。言われてみれば、由比ヶ浜も雪ノ下ももう社会人だ。給料を貰っているので学生との明確な差が出てきた。なんか悔しい。しかし、教えてやらねばならない。あそこで飲むのめっちゃコスパいいんだからね。2000円でぐでんぐでんになるまで酔ってお腹いっぱいになるとこないんだぞ。そもそもサイゼリヤの発祥は云々俺達千葉県民には云々と熱く語っていると、雪ノ下がげんなりとした顔をしているのがわかった。

 

「どうした?」

 

「いえ……そういえば、貴方ってとてもめんどくさくて、酷く頑固で拗らせた人間だった事を思い出していただけよ」

 

「「それ、お前(ゆきのん)が言っちゃうの!?」」

 

 俺と由比ヶ浜の声が重なり、雪ノ下がむっとした顔を作る。だが──

 

「──っふ」

 

 誰かが笑いだしたと同時、俺も雪ノ下も由比ヶ浜もつられて笑ってしまった。本当にどうしようもなく、心の底から笑ってやった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 比企谷が帰った後、残っていた書類を片付け一度立ち上がり、ゆっくりと背伸びをする。今日も色々とあったが、何とか上手く回った。こんな事はよくある事だし、自分も経験豊富になってきたなぁ、なんて最近はよく思う。比企谷があそこまで動くとは思わなかった。頭が良くて捻くれてはいるが優しい子だったのは知っている。それでも、期待以上の成果は出ていた。自分が新任の頃あそこまで動けたかどうかといえばできないだろう。本当に、最高の生徒とは嘘偽りのない本心だった。

 

「私は幸せ者だな」

 

 高校で終わりかと思えば、あの子の成長をずっと見ていられる。私が今まで培ってきた全てを与え、彼から学ぶことも非常に多かった。なんせあんな生徒初めてだったからな、と笑いながら喫煙室から外に出る。気分がいいので、外で一本吸いたい気分だったからだ。今日ぐらいは良いだろう。携帯灰皿も持ってきたし。胸ポケットから一本取り出し、口に咥え火をつける。外気と温かい煙が混じり、紫煙を吸い込み吐き出す。──気分が良い。すっきりとする。夜の音に耳を傾けると、騒ぎ声が聞こえた。生徒がまだ残っているのかもしれない。早く帰れよと声をかけにいこうとすると、見知った声だという事に気づいた。

 

「あの子達……」

 

 視界の先には由比ヶ浜と雪ノ下に対して珍しく熱弁をふるっている比企谷の姿を見つけた。二人の表情からして、きっとまたどうしようもない事を言っているのだろう。久しぶりの再会なのだ。好きなだけやらせておけばいいと戻ろうとすると、雪ノ下が何かを言ったようだ。そこに、すかさず由比ヶ浜と比企谷がツッコミをいれ──私は見た。

 

 

 

 ──比企谷と雪ノ下と由比ヶ浜が楽しそうに笑っているのを。

 

 

 

 今まで見た事のないような表情で、彼らは楽しそうにひとしきり笑うと、そのまま校門から出て行った。それは、私がもうきっと見れないと諦めていた景色。ずっと心残りだった事。私の心残りなんか彼らは知る由もないが、そんな事全てが吹っ飛ぶくらい、満たされる光景だった。今までの苦労全てが報われたといっても過言ではないだろう。

 

「確かに、これは最高のご褒美だ」

 

 ──教師をやってて良かった。そう胸を張って誰にでも言えるご褒美は、私の中にこれからもずっと、焼き付いていくだろう。

 

 

 

 


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