新年記念短編です。
新年記念短編です。お暇なときにどうぞ。ハッピーエンド調です。
私は、昔から根暗な少女であった。口を開けばネガティブな言葉が飛び出し、纏う雰囲気は人を寄せ付けない。親は早々にいなくなってしまって、今は仕事をして生計を立てているありさまだ。結局大学に行くことは諦めざるを得なかった。そんな自分を不幸だと思ったことは幾度もあるし、自殺を試みたことも何度かあった。まあ、いつも怖がって失敗してしまうのだが。
そんな私は今、実に近代的な崖っぷちに立っていた。今日の私は、いつもよりも強く決心していた。きっかけは何の事も無い。生きるのに辛くなったとか、そんなありあわせなモノだ。自殺はいつも死因の第一位に居座っているから、私一人が落ちたところで大したことでもない。
今日は雪が降っていた。真っ暗な空に、白い雨が降っていた。街灯の光を反射して、きらきらと綺麗に光るそれは、私の体を冷やしていく。賑やかなイルミネーション、笑い合う恋人たち。そんな様子を見せつけられて、私はああ、今日はクリスマスだった、と思い出すけど、私の身に神の奇跡は起きないようだ。救世主の誕生日だというのに、何とも薄情なものだ。私のような可哀想な少女に愛の手を、だなんて、近頃じゃ耄碌した老人しか引っ掛けられない詐欺文句。同情するなら金をくれって言った方が、まだ気を引けるような具合だ。それでお金がもらえれば苦労はしていない。
一歩、踏み出す。覚悟は決めた筈なのに、私の足は小刻みに震えている。まだ生きたい。私の体は訴えるが、そんな自分勝手な考えは即刻棄却。これ以上生きたところでどうにもならない。苦しみ抜いて生きるくらいなら、死に救いを求めた方が何倍もましだ。
強い風が、雪を伴って吹き抜けた。頬が濡れて、これではまるで泣いているようだ。私は袖で頬を拭う。不思議と乾きはしなかった。最近は雪が降るほど湿度が高い。結露でもしているのだろう。そう思い込んで、私は下を覗く。賑やかな街道。人が作り出した光に包まれて、幸せそうな人々が忙しなく歩き回る。ここから見ると、まるで豆粒だ。それでも、こんな私なんかよりも素晴らしい世界に住んでいるのだろう。
ああ、私も少しくらい――。
思わず浮かんだ考えを振り払う。不幸で不運な私は、あんな輝いている場所には似合わない。
高層ビルの上。光届かぬ上層に、私は立っていた。
身なりは酷いが今さらだ。碌に手入れもしていないぼさぼさの髪の毛、継ぎ接ぎだらけの古着も古着を身に纏い、足は裸足だ。これがテレビドラマなら、壮年のダンディーな刑事が体を張って止めに来る場面だろうけど、あいにく私は犯人でも警察の身内でもない。見送る人も、看取る人もいないのだ。
足を出す。あと半歩で、私は空を飛べる。足元には暗闇が口を開けて待っている。きらびやかな煌めきも届かない路地裏が、私を飲み込もうと今か今かと誘う。深淵を覗く私は、同時に深淵に見入られているのだ。どこかの哲学者は真理を突いていた、ということだろう。
遠くに見える大きなデジタル時計は、11:59を示していた。あと一分で、クリスマスだ。
「おい、危ないぞ!」
扉の開く音。同時に、こちらを照らす人工の光。一人の男の人が青い服を着て、まるで私を捕まえるように寄ってくる。
彼には、きっと家族があるのだろう。よくもまあ、こんなに運のないクリスマスに巡り会ったものだ。ざまあない。私の不幸をちょっとばかしでも分けてやった、と少しだけいい気分になる。
振り向いた私は彼を正面に見据えたまま、足を後ろに半歩滑らせる。接地できない足は空を切る。男が驚く。私は傾き落ちながらも口を歪めて、幸せそうな男にこう言ってやった。
――メリークリスマス。
落ち行く中で、確かにはっきりと、00:00の文字を見た。
――――――
寒い。
私は目を覚ました。体に当たる冷たい感触は、きっと畳だ。どうやら私は畳の上に倒れてしまっているらしい。
とりあえず起き上がる。その際に視界に映った私は、何の衣服も着ていなかった。素っ裸だ。立ったまま視線を下げてみる。遮るものも無い。随分と貧相な……。一部が縮んだ気がするがまあいい。重要なことではない。上から下まで肌色で、布の一片も存在しない。はて、どうしてこうなっているのだろうか。皆目見当もつかない。
周りを見回す。いわゆる和室だ。妙に広い。平安時代とかそういう頃にありそうな、立派な装飾が至る所に見える。歴史の資料集にでも出てきそうな雰囲気がある。勿論、私は見覚えなどない。私は平成の世に生きる平凡より少し下な少女だ。こんなお金持ちが住んでいそうな場所には縁がない。精々修学旅行で見た京都のお寺くらいだ。
外は真っ暗。そしてとにかく寒い。肌着の一枚も無い中で暖房もなさそうな部屋にいるのだ、当たり前。とにかく、このお屋敷の何処かには主がいるだろう。どうして私がここにいるかは分からないが、話のできる人に会わないと、現状の確認もできない。説明できる奴がいるかどうかはこの際考えないことにする。私は廊下に続く戸を開けて、廊下に出た。板張りの廊下は靴下すらはいていない私の足に優しくなく、容赦なく冷たさを伝えてくる。それに耐えながら、私はあても無く歩き出した。
目的地はすぐに見つかった。歩き回る私の目に、障子から漏れる明かりが見えたからだ。明かりがあるということは、そこには人がいるということだ。私はゆっくりとその明かりに近づく。そして、その前に立った。障子越しに見える影からは、三人ほどの頭が見える。それと、少しばかりいい香りがする。それならば、と私は障子を開けた。
――――――
その日は、お正月だった。
新年の訪れを祝う行事は、喪の塊のような冥界でも当然のように行われる。白玉楼に住まう亡霊の西行寺幽々子、庭師の魂魄妖夢。それと今年は幽々子の友人である八雲紫を加えて、三人で年越し蕎麦を食べていた。
一番初めに異変に気付いたのは、妖夢であった。自身の半身とも言える半霊が、どこかに行ってしまったのだ。それは半人半霊である彼女にとっては一大事であったが、彼女の主とその友人は意に介す事も無い。なので、まあそのうち帰ってくるだろうという主の言葉を信じて、気が気でないまま蕎麦をすすっていた。
次に異変に気付いたのは、八雲紫だった。こちらに不思議な気配が近寄ってきていることに気付いたのだ。それは彼女の感覚に沿うならば、“境界の曖昧な幽霊”であった。普通、幽霊は思念そのもののような存在であり、境界が曖昧になるということは消滅を意味する。なので、曖昧なまま存在する幽霊というものはありえない筈なのだ。それが、確かにこちらに近づいてきている。紫はそれが、突如消えたらしい妖夢の半霊と無関係とは思えなかったが、大した脅威になることは無いだろうと放置した。
西行寺幽々子は、それに気付いているのかいないのか、時折軽口をたたきながら蕎麦を食べていた。これでもう三杯目である。よくこんなに食べるものだ、と紫は友人の健啖ぶりに感心し、妖夢は年明けの食費を考えると胃が痛くなるので見ないふりをした。
そんな三人のいる部屋の戸が、突如開いた。
そこに立っていたのは、妖夢とそっくりな全裸の少女であった。
――――――
反応は三者三様だった。丁度こちらが見えるように座っていた、青い着物に桃色の髪の女性は私の事を一瞥したのち、手元の蕎麦を食べる作業を再開した。向かって右手に座る、紫の着物に金色の髪をした女性は、私の事を見て意味深に笑った。そして、丁度一番近場に座っていた少女は、振り返るやいなや持っていた箸を取り落とし、信じられないものを見るように目を見開き、わなわな震えていた。
そして私は、卓袱台の上に載った温かそうな蕎麦を見て、非常にお腹が空いていることを自覚した。
「な、な……」
壊れたスピーカーみたいに同じ音を繰り返す少女。なぜ私を見てそこまで驚いているのかは分からないが、まあいきなり知らない人が全裸で家にいたら驚くだろう。冷静に考えれば驚かない方が異常だ。私はそれを鑑みて、とりあえず境遇を説明することにした。通報されないことを祈る。
「……あ、あの。気が付いたらここにいたんですけど、ここは貴方たちの家ですか?」
私のその言葉に、震えていた少女が反応してくれた。
「なんで……私がいるんですかぁ!」
とてもうるさい。音圧で思わずのけぞってしまう。そして耳鳴りがした。他の二人は予期していたのか軽く耳を塞いでいる。私だけが被害を被るとは、何とも不公平だ。
――――――
それから。大慌てで叫んでいた少女――妖夢に連れられて衣裳部屋に叩き込まれた私は、色々と衝撃的な事実を知る事となった。大きな姿見に映し出された私は、妖夢と瓜二つだった。髪も顔も、身長も体型も、それから声も。違いといえば私のほうが目付きが悪いのと、私が裸であった事ぐらいである。それは驚くに決まっている。差し出された服を見て改めて私が裸であるという事実に気付き、なんだかとても気恥ずかしくなってしまって、真っ赤になったまま服を大急ぎで着た。何とか正気を取り戻した頃には、取り乱していた妖夢も落ち着いていた。姿見に映る私達はまるで双子のようだった。妖夢だけが頭に目立つ黒いリボンを着けているからそれで判別できるが、それすらなかったら自分でさえどちらがどちらなのか分からなくなりそうである。
そうして私と妖夢は、二人の女性のいる部屋に戻ってきた。相変わらず桃色の女性は蕎麦を食べている。私が入った時よりも増えている。おかわりでもしたのだろう。金色の女性はこちらを見て、やはり面白そうに目を歪めた。その顔を見て、性格が悪そうだと何となく思った。人を見る目は無いが。そうして、その女性が口を開いた。
「お帰りなさい。いつの間に分身の術を身に付けたのかしら」
「違います。彼女は誰なんでしょうか……。私とそっくりな姿ですけど」
妖夢は困り顔でそう言う。私も知りたい。私はこんな美少女ではなかった。でも、もう少し大きかったはずだ。どことは言わないけど。
「あら、分からないの?どこからどう見ても妖夢じゃない。ねえ幽々子?」
幽々子、と呼ばれた桃色の髪の女性は、私と妖夢を交互に見て、そして口の中の蕎麦を飲み込んでから口を開いた。
「瓜二つじゃない。紫の言う通り、どう見ても妖夢が二人いるようにしか見えないわ。隠し芸?」
暢気な声に、妖夢はがっくりと肩を落とした。私としても、この状況の説明をしてもらいたいものだ。
「あ、あの。私は妖夢……さんではないです。私の名前は――」
「ストップ。それは言わない方がいいわよ。まだ死にたくなければ、ね」
紫、と呼ばれた金髪の女性にそう遮られ、私は思わず口を噤んだ。どういう意味だろうか。そんな疑問符を浮かべた私を見て、紫さんは続けた。
「貴方は誰だか知らないけれど、まだ完全に死んではいないようね。それに、閻魔の審判も受けてない。それなら、不用意にその体で名乗らない方がいいわ。名前は存在の楔。その姿に名前が付けば、貴方は冥界から帰れなくなる」
すらすらとそう言う。はっきり言おう。まったく意味が分からない。私は死んでない?あんな高いところから飛び降りて、死なないわけがない。それに、冥界。死者の来るところだろう、名前からして。それなら、そこに来ているということは死んでいるという事ではないのだろうか。
「紫様、まったく意味が解りません」
隣の妖夢もそうらしく、同じような疑問顔でそう言う。さっぱりだ。
「まあ、よく分からないけど名乗らない方がいいって事よ~。さ、貴方も年越し蕎麦、食べるでしょう?座って座って」
幽々子さんは、そう言って私の手を引いた。なんとも気が抜ける。マイペースなのか、真性の天然なのか。それにしても、年越し蕎麦……?私が飛び降りたのはクリスマスのはずなのだが。現実世界と死後の世界とでは時間の流れが違うとかそういう事なのだろうか。
ともかく、促されるままに私は座る。と、白くてふわふわした白玉団子みたいな
「さあ、食べてみて。冥界のお蕎麦は美味しいわよ~」
にこにこしながら、幽々子さんはこちらを見ている。視線を移せば、紫さんも妖夢もこちらを見ている。食べないと話が進まなそうである。どうせお腹が空いているのだ。いまだに盛大に腹の虫を鳴かせる恥辱には至っていないが、それまで我慢する道理も無い。遠慮なく頂くとしよう。
「……いただきます」
割り箸を割って、一口。美味しい。蕎麦そのものの風味もあり、やさしい醤油ベースのお出汁が香る。私の貧乏舌では繊細な美味しさは分からないが、それでもこの蕎麦はとてもおいしい。
「おいしい……」
「それは良かったわ。おかわりはいくらでもあるから、好きなだけ食べてね~」
箸が止まらない。私は生涯で食べたことのないほど美味しい蕎麦を、一心不乱に食べた。
――――――
そうして、私が二杯目の蕎麦を完食したころ。幽々子さんも紫さんも妖夢も食べ終わり、そして私も食べ終わった。両手を合わせてご馳走様、と言った後、初めに口を開いたのは紫さんだった。
「さて。貴方はどうしてここにいるのかしら。覚えてる?」
「……いえ。気が付いたらここにいて、それ以外の事は……」
「じゃあ、気が付く前は?そう、気を失う前は何をしていたの?」
気を失う前。私は、クリスマスの日に――。
「――飛び降り自殺を、しました。ビルの屋上から。助からない高さです」
今でも鮮明に思い出せる。雪の降る、ホワイトクリスマスだった。
妖夢は少し驚いたようで、それでもあまり動揺した風には見えなかった。紫さんと幽々子さんはまるで世間話でもしているかのように、にこにこ笑っていた。嘲笑する訳でもなく、卑下するわけでもなく。外がいい天気だったとか、そんな他愛のない笑い。
「そう。でも、貴方はまだ生きているわ。今は妖夢の半霊に
「憑りついて……?」
「今の妖夢と貴方の境界は曖昧だから、それを切り離してやれば
“だから、帰らなくてもいいのですよ?”
そんな彼女の言葉は、私の中に深く響いた。今、私は生と死の狭間にいるという事なのだろう。望めば生きられ、望めば死ねる。そんな場所に。
「帰るのが嫌なら、私が殺してあげてもいいのよ?それは得意だから~」
随分と物騒なことを言う幽々子さんだが、しかし顔は笑っている。井戸端会議でもしているかのような軽さだ。命の話をするテンションではない。
……生きたいかと言われれば、少し疑問符が浮かぶ。自殺したのだから当たり前だ。しかしまだ生き返れると言われれば、それに少しの希望を持ってしまうのも仕方のない事だと思う。私はそんな簡単に生き死にを決められるほど強くない。
「……少し、考える時間を下さい。ちょっと唐突すぎて」
「いいわよ、別に。でも、そうねえ……元旦くらいまでには返事をしてね、そうでないと貴方自身がこちら側に固定されすぎて、帰れなくなるから」
紫さんの妖しい微笑みに見惚れながら、私ははい、と頷いた。
温かいお茶をもらって、私は妖夢と共に縁側に腰掛けた。幽々子さんと紫さんは二人で何事かを話すらしい。だから私と妖夢は追い出されていった格好になった。
「……はぁ。どうしようかなぁ」
お茶を一口。落ち着く味だ。外が寒いので、温かいのは余計に美味しく感じる。
本当に、どうするか。これが夢幻であるという確率が一番大きいが、それにしては妙にリアリティがありすぎる。蕎麦は食べたことが無いほど美味しかったし、これまでの経過もはっきりと記憶できている。
それに、最後の記憶として、飛び降りたところまでも私はしっかりと覚えてしまっている。だから、ここが死後の世界だと言われてもすんなりと納得できる。いくら何でも死ぬまでの数舜の間にこんなに長い、経験した事も無い走灯馬のようなものを見るだなんて聞いた事も無い。どこか現実離れしたような雰囲気をまとうここの住人たちの事を考えても、やはり死後の世界だと考えるのが一番しっくりくる。
私は死ぬのか、生きるのか。
生きたところで何もないことは、私が一番よく分かっている。希望も無い事も。それに耐えかねて自殺の道を選んだのだから。でも、今になって自分の意思で死を選ぶということに、私は僅かばかりの恐怖を感じていた。それはこの平和な時を一瞬でも過ごしてしまったから故なのか、私が“死”ということに真剣に向き合っていなかったからなのかは、死んでしまった今では分からないけれど。生き返ってまた現実に生きれば、その答えも見つかるかもしれない。死んでしまったらそれまでだから、救済を求めて死んだというのに、これでは死に損である。
「……どうしようかなぁ」
もう一度、呟いてみる。隣に座る妖夢は、どこか遠い目でお茶を飲んでいた。しかし、煮え切らない私の言葉に反応するかのように、ゆっくりと私の方を向いた。その顔は優しく微笑んでいた。
「迷うことはないと、私は思うわ」
彼女はそう、言い切った。それは私なんかよりもずっと現実の事として“死”を考えているからなのか、とても重いものに聞こえた。
「生きる道があるのなら、生きればいいのよ。死ぬのは全部おわってからで。まあ、私の知っている人生を生きている人間はみんな、殺しても死ななそうな人達ばっかりだからそんな事を言えるんだろうけど……」
「……そうなんだ。それって、どんな人たち?」
「そうね……。例えば、巫女をしている霊夢って人がいるんだけど。彼女は神職の癖にやたらと無気力で――」
それから、彼女の知っている人間たちの話を聞いた。霊夢、魔理沙、咲夜……。彼女の口から語られる少女たちは、誰もが人間の身でありながら、今という時間を輝かしく生きていることがよく分かった。空を飛ぶとか、弾幕ごっことか、よく分からない言葉をたくさん聞いたけれど、それでも彼女たちが魅力的な人物であり、そして私の隣に座っている妖夢もまた、自分から死を選んだ私なんかよりもずっと必死に生きているのだ、と。そう強く感じた。
……私には、何の能力も無い。でも、そんな魅力的な人生を聞いてしまっては、おちおち死んでもいられない気分になってくる。死んだらそれまでなのだ。その少女たちは、絶対に自分から死のうなどとは思わないだろう。それでいいのだ。誰かに殺されるのは仕方ないにせよ、自分から終わりに向かうことは無い。それは産んでくれた親への冒涜で、生命そのものに対する侮辱だろう。
「……ありがとう。凄い所なんだね、幻想郷って」
「そう?私からすれば、外の世界の方が凄いと思う。香霖堂でたまに見る壊れた機械とか、外の世界のものなんでしょう?」
「でも、空を飛ぶとか能力とか、私にはそっちの方が凄い。隣の芝は……ってやつなのかな」
「ふふ、そうかもね。さ、生きるなら早く紫様の所に行った方がいいわ。そろそろ夜明けだもの」
どうやら妖夢には見抜かれていたらしい。私はそうなんだ、と立ち上がった。確かに、ぼんやりと明るくなってきた。そろそろ元旦だ。できれば元旦を迎えてからがよかったが、わがままは言ってられない。
「あ、そうそう。逃げたくなったらいつでも
後ろの方から、妖夢のそんな声が聞こえた。それはありがたいことだ。逃げ道があるということはすごく安心できる。
「ありがと。それと、勝手に体を借りてごめんなさい」
「いいのよ、別に。今度来たら、剣術でも教えてあげるわ」
本当に、いい人ばかりだ。私は急いで部屋に走った。
「……そう、帰るのね。それが貴方の選択なら、止めないわ」
「はい。私は生きます。もう少し、生きてみようと思います」
部屋の中では、幽々子さんと紫さんが待っていた。二人とも駆け込んできた私を見てにっこりと笑った。そうして、私が息を整えるまで待っていてくれた。
「残念ねぇ。白玉楼で幽霊として働くのも悪くない話だと思うのだけれど」
「ふふ……次に死んだら、お願いするかもしれません」
死んでもこんなに楽しくいれるのならば大歓迎である。生きている内から死後の確約が出来るなんて、私は幸せ者だ。
「さ、目を閉じて。貴方はこれから生き返る。苦痛の道だけれど、後悔はしない事。貴方が選んだ人生なのだから」
「……はい」
「本当に困ったら、博麗神社を訪ねなさい。貴方なら、快く受け入れるわ。その全てを」
頭に誰かの手が乗る。きっと紫さんだ。そうしていると、段々と意識が曖昧になっていく。歪んでいるような、溶けていくような。段々と音が遠ざかる。体の感覚が消えていく。真っ暗な視界が真っ白になっていく。そうして、私は意識を手放した。
――――――
ピコン、ピコン、と機械音が鼓膜を打つ。どこかで聞いたことがある音――そう、医療ドラマなんかでよく聞く音だ。
全身が激しくだるい。まるで鉛にでもなったかのようだ。瞼も重い。しかし、私はそれでも瞼を開ける。
光が目に入る。ピントが合わずぼやけた視界は真っ白で、その間も機械音がずっと耳に入る。しっかりと目を開ける。視界も段々と元に戻っていく。白い天井に、蛍光灯がところどころ設置された部屋。カーテンレールが四方を囲み、戻ってきた嗅覚が独特な臭いをとらえる。実験室においてある瓶みたいな臭いだ。ここは……病院だろう。からからトレイを押す音が聞こえる。
重い体を起こそうとしてみるが、しかし言う事を聞いてくれない。仕方ないのか。首を回すと、そこにはデジタル時計が物言わず時を刻んでいた。一月一日、七時ジャスト。飛び降りたのが
そこまで考えて、そして実感した。
生きている。
私は生きているのだ。
どうして生きているかはよく分からない。けれど、なぜだが自殺したのに生が嬉しい。不思議なもので、現金なものだ。命拾いしたことがそんなに嬉しいことだとは思わないのだが。生きていることが嬉しいのならば初めから死ななければいいのだ。
しかし――。
なぜだか、私は自分の選択が正しいと、心から思えたのだ。
――――――
それから。
私は順調に回復し、無事に退院することが出来た。目の前に待っているのはあまり救いようのない現実だけれども、私は頑張って生きると決めたのだ。そう決意して今日も家を出る。
「いってきます」
私は、写真立てにそう声をかけた。写真の中の母が、笑った気がした。
今日も終わらない日常を過ごすのだ。しかし、こうして消費されていく時間にも、きっと意味があると私は信じる。そう考えておかないと、やってられない。
三が日は雪の日続きだった。外に出た私に、厳しい寒さが襲い来る。私は
いつかどこかで、美味しい蕎麦を食べた気がして、どうしてもそれを求めてしまうのだ。思い出補正のせいか、それに敵う蕎麦にはいまだに巡り合えてはいないけれど。
「……うん、美味しい」
死んでも後悔しない人生を生きる。自殺を期に決めたことだ。だから私は、今日も蕎麦を食べ歩く。記憶の中の蕎麦を超えるものを探して。もう、自殺しようなどと考える事も無くなった。
読んでくれてありがとうございます。よいお年を。
さらにお暇なら連載小説の方もどうぞ。