ある夜のこと。
アクセサリは、記憶をなくし知性に乏しい咎人のために、古代のクリスマスについて語り始める。
そこで語られる古代のクリスマスは、咎人の想像を超えたパワーに溢れるものだった。
しかし咎人は気づいていない。
彼の所属するPTの全ての人々に、悪夢が訪れようとしていることを──。
或る咎人の、クリスマスの一幕。
◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。
◆ その他、不備がありましたらごめんなさい。
「古代では、今日は『くりすますいぶ』という日だったそうです」
真っ白な独房内にて、咎人のアクセサリは唐突に話しかける。
後は消灯までのんびりしようとしていた咎人は、怪訝な表情で入り口に立つアクセサリを見た。
この咎人のアクセサリは、ここ最近、何をきっかけにしているのかは不明だが、唐突に雄弁になることがある。
当初は、ついにぶっ壊れたのかと思った咎人は、ユリアンに見てもらい、さらにメンテナンスにも出して検査してもらったが、特に異常なしとの診断が出た。
どう考えても異常ではあるのだが、作戦行動に支障はないため、メンテナンスの回数を増やし、現状は様子見をすることで妥協していた。
アクセサリの対応に戸惑っていた咎人だが、最近はすっかり慣れ、今日も何の電波を受信したのやらと内心溜め息をつきつつ口を開いた。
「くりすます、いぶ?」
「はい。古代の宗教『きりすと教』において、カミ、の子であるキリスト、の誕生日の前日とされていました」
「きりすと……? カミの子?」
「カミ、の定義は多様ですが、ここで言うカミ、とは、人知を超えた絶対的存在を差していると考えられます。その子供であるキリスト、の誕生日を祝う日をクリスマスと呼んでいたそうです」
「はあ」
咎人としては生返事しか出来ない。
彼の教養は、幾度となく記憶を失っている結果、さほど高くはない。
高い関心を持っている土木、建築絡みの知識については、積極的に知識を吸収しているようだが、それだけである。
文字通りの浅学の身であり、その見かけの年齢からして大きなギャップがあった。
咎人は錆色のパサついた髪を面倒くさそうにかきながら、胡散臭そうにアクセサリを見やる。
「それで? そのカミのお子さんの誕生日がどうしたって?」
「貴方は度重なる記憶のロストにより、ヒトとしての当たり前の知識、教養が足りません。無知であることは犯罪の温床となり、PT全体の幸福希求の妨げとなります。まさに、無知は罪。ですから教養の一つとして、クリスマス前日の今日は、クリスマスについてお教えしようと思います」
「ったく、面倒くせえな」
何でそんなことせにゃならんのか。
断りたい咎人だったが、ここで拒絶したら刑期加算される事は想像にたやすい。
咎人は大きく溜め息をつき、腹をくくった。
「なら、明日もあるしさっさと始めようや。そのカミの子とやらの誕生日に、昔のヒトはどうしてたって?」
「それをこれからご説明いたします」
アクセサリは無表情に語り始める。
全知全能の神と、キリストを神の子として崇める宗教、それがキリスト教。
その教徒達はクリスマスの日、教会と呼ばれる場所で祈りを捧げたり、神を讃える賛美歌を歌ったりして静かに過ごしたこと。
そして、家族や友人とでパーティを開き、美味しいもの食べて飲んで、プレゼントを贈り、互いの親睦を深めたこと。
面倒くさそうに話を聞いていた咎人だが、アクセサリの語る話の内容に、目付きの悪い緋色の目に興味の光を灯らせた。
咎人に家族はいない。
正確に言えば、家族というものを覚えていない。
そもそも自分がどこから来たのかもわからない。
だが、家族と言う言葉の響きを、咎人は好ましく思っていた。
それは、ウーヴェとエルフリーデの親子、ハルとアンの兄妹、マリーが時折り話すモザイク街の家族の話題によるところが大きい。
その家族というものが、穏やかに平和に夜を過ごす時間。
咎人の脳裏に描かれるそれは、温かくも眩い光に溢れて見えた。
「……何かいいな」
「カミという概念によってヒトが律せられ、資源が豊富あった古代ならではの祝い方と言えるでしょう」
「今はカミもホトケも資源もねーからなぁ」
「時の流れは往々にして無情です」
感情を理解できないくせに、何を言っているんだコイツは。
咎人は内心毒づくが、当然アクセサリは気づいた様子はない。
というか、何が起ころうとも徹頭徹尾、ご覧の調子なのが咎人の認識する一般的なアクセサリだ。
そんな一般的なアクセサリは小首をかしげる。
「ところで、昔この地は、極東と呼ばれていたことをご存知ですか?」
「? ああ、噂に聞いた程度だけど」
「この極東においても、クリスマスが祝われていたそうです」
「はあ」
アクセサリが何を言いたいのかわからず、生返事しかできない咎人に、アクセサリは事務的にまた語り始める。
この極東でもクリスマスは祝われていた。
ただし、この地域においてキリスト教徒の数は少なかったらしい。
だがとても盛大に祝われていたと言う。
「極東においてクリスマスとは、シホン主義にどっぷり浸かった極めて商業的で低俗かつ俗悪なイベントでしかありませんでした。聖人に対して金品をたかるだけに留まらず、神の愛を曲解し、セイヤと称して不順異性交遊に浸る者もいたとか」
「……極東の古代人って元気だったんだな」
品性においては下劣と呼んで差し障りのない咎人だが、古代人も負けず劣らずということだろうか。
「当然、貴方のような一人きりの寂しくも哀れな人々、いわゆる負け組もいたわけですが」
「うるせえよ」
「そのような人々にとって、情愛にまみれたクリスマス期間は到底面白いものではありません。画像、音声、動画、妄想等で情愛の対象を見出し、その期間を懸命に乗り越えようとする、極めて無駄で無意味で滑稽な、涙ぐましい努力をする者も数多くいたそうです」
「なあ、何か今お前、多方面に喧嘩を売ったような気がするぞ」
「データに基づく事実です」
きっぱり言い切るアクセサリに、咎人は思わず顔を手で覆う。
いよいよコイツのエンジンがかかってきやがった。
咎人は、暗澹たる思いで何度目かの溜め息をつく。
エンジンがかかると何を言い出すのかわからないのが、このアクセサリの極めて厄介な部分であり、咎人と、咎人の友人であるメガネの市民の胃腸と頭髪の毛根を、大きく苛む原因となっていた。
「しかし、ヒトの忍耐には限度があります。耐え切れなくなった者は、水鉄砲で道行くつがいに水を浴びせたり、罵倒をしたり、下世話な詮索をして悦に入る者もいたとか」
咎人のことなど気にすることなく、アクセサリは淡々と語り続ける。
「それだけならまだしも、一部の過激派の中には聖人の抹殺を企てたり、テロ行為を引き起こしてつがいを爆発をさせたり、自分が爆発したり、ついにはそのような社会を変革すべく、怒りのクリスマスと呼ばれる革命を引き起こそうとする者まで現れたそうです」
「マジかよ!?」
「データに基づく事実です」
「元気すぎるだろ、極東の古代人!」
アクセサリの言うことが本当かどうか、確かめる術を咎人は持たない。
しかし、アクセサリの語る古代人の行いは凄まじく、一兆六千万バレル以上あった石油を枯渇せしめたという話も納得がいく内容だ。
その並々ならぬパワーに気圧される反面、そのパワーの根源は何なのかと思いを馳せようとして、ふと、咎人の不出来な頭に疑問が浮かんだ。
「ひとついいか?」
「はい、何でしょう」
咎人は頭に浮かんだ疑問を、そのまま口にする。
「その日はカミさんのガキの誕生日なんだよな?」
「その通りです」
「それって、めでてぇことなんだよな?」
「古代人にとっては、そのように受け止められていたようです」
「何でそんな日に、ここぞとばかりにセ……不純異性交遊するんだ? イベントがないとしちゃいけねー決まりが、法律かなんかであったのか? 古代って自由だったんだろ? いつでもどこでも、できるもんじゃあなかったのか?」
咎人の問いかけに、アクセサリは沈黙をした。
ユートペディアで検索でもしているのだろう、それを咎人は止めることなく、自分の口にした疑問を改めて考えてみることにした。
咎人が生きるこの時代、全てのPTに共通して恋愛は禁止されている。
しかし、どんなに法によって縛られようとも、厳しい監視の目があろうとも、それでもヒトの思いは止めることはできない。
そんな人々は、モザイク街や戦場で思いを交わし、不純異性交遊をする。
咎人も当然、そんな場面を何度も見てきたし、その度に下卑たことは考えても通報するような真似はしなかった。
つまり、その気になればいつでもヤれるのわけだが、古代人はそうではなかったというのか。
恋愛においては、この時代のほうが自由なのだろうか。
「これは推測ですが」
あれこれ考えていた咎人だが、アクセサリの声に我に返った。
アクセサリは、その血の気に乏しい整った唇を開いて言葉を紡ぐ。
「私が参照しているデータによると、この時代の極東の出生率は横ばい、もしくは低下の傾向にあるにも関わらず、コウレイシャの人口が増えていくショウシコウレイカ社会が問題となっていました。その問題を解決すべく、出生率を少しでもあげようとしたセイフの働きかけが、関連業界にあったのかもしれません」
「はあ」
咎人にとっては訳の分からない単語だらけだが、とにかく、大きな組織が何かをしでかしていたのかもしれない、ということだけはわかった。
と、アクセサリのカメラアイが、キラリと室内灯を受けて反射する。
「あとは、シホン主義者とフリーメイソンとイルミナティの陰謀──」
「何度も言ってっけど、古代の陰謀論に興味ねーから」
咎人は即座にアクセサリのセリフを切って捨てた。
このアクセサリ、最近はエンジンがかかってしばらくすると、古代の陰謀論と絡めて話を進めようとする。
おまけに長い。
根も葉も樹木も何もない内容を語るアクセサリの存在は、咎人と、彼の友人である天然パーマな市民の胃腸と頭髪の毛根をさらに苛み、彼らの日常に憂鬱の影を落とし続けているのだった。
それを知ってか知らずか、アクセサリは小首を傾げ、
「そうですか。それは残念です」
応えるその言動は、セリフとは裏腹に一分の隙もなく無機質なものだった。
一連のチグハグぶりに咎人はドッと疲れを覚えつつも、目元にかかった錆色の髪の毛を再び搔き上げる。
「話が逸れちまったな。クリスマスの話を続けてくれ」
「了解しました」
咎人の促しに、アクセサリは淡々と応じた。
「不純異性交遊にうつつを抜かし、そのつがいにテロ活動を行う人々がいた一方で、社会に対して貢献活動を行うヒトも多くいたそうです。深夜どころか明朝、その翌日も働き続けたという、市民も顔負けの働き振りを見せるヒトもいたとか。そのようなヒトたちにとってはクリスマスなど関係はなく、ただの日常の夜でしかなかったそうです」
「……古代人は元気な上に頑丈だったんだな」
「いえ、決して頑丈だったわけではないようです。しかしながら、己の身を厭わずに社会に対して熱烈な貢献を行うその姿は、まさに戦士と呼んで差し障りはないでしょう。彼らは自信と誇りを持って、自らのことを『シャチク』と呼んでいたそうです」
「何か嫌な響きの言葉だな、おい」
「データに基づく事実です」
咎人は、もはや数える気にもならない溜め息をつく。
「まあ何だ。極東の古代人ってえらくパワフルだったんだな」
「極東においても、家族や友人とささやかにクリスマスの夜を過ごすヒトもいたようですが、どちらにしても、人生における悲喜こもごもを、これほど鮮やかに且つ哲学的に映し出す日というのは、この地においては極めて珍しいことだったようです」
アクセサリは小首を傾げる。
「他にも様々出来事があったようですが、そろそろ消灯時間です。今日はここまでとします」
「さいで」
やっと解放される。
咎人は安堵の溜め息をつき、布団にもぐりこむ。
程なくして消灯。
咎人の意識は速やかに闇に溶け込んでいった。
◆
翌朝。
起床した咎人は、いつもの味気のない朝食を食べていたところに、アクセサリから声をかけられた。
生産計画局からの臨時報告があるという。
咎人は、露骨に顔をしかめた。
その報告には恐らく、咎人が天敵と呼んで憚らないモノが現れるからだ。
程なくして、軽やかな、しかしいつもとは違うメロディと共に、壁面のモニターに咎人の天敵であるオレンジ色のクマが現れた。
ジングルも違えば、キャラクターの衣装も違う。
ありていに言えば、寒冷地仕様の服を真っ赤にど派手にした衣装を身に纏っていた。
『ユウさん、おはようございます。超高機能汎用窓口係プロパくんです』
咎人はうんざりしたまま、画面を見つめる。
『本日は古代においてクリスマスと呼ばれる日だそうです。我がパノプティコンでは、咎人と市民の皆さんの連帯を高め、このPTの幸福希求をより推進しようと、この地域で初となる試験的な試みを実施することになりました』
またロクでもない事を始めるってーのか。
咎人は、しかめ面を隠そうともしない。
咎人の所属するPTは、地方の中堅PTとして極めて平均的な、それゆえに影の薄いPTである。
しかし特筆すべき点が一つだけある。
好奇心が旺盛なことだ。
他のPTが良さそうな運動をしていれば、すぐさまそれを取り入れるし、自分たちが企画した運動も積極的に行う。
そんな無邪気で子供っぽい一面があるのが、このPTの唯一の特徴と言っても良い。
今回の試みも、そんな一面が出たのだろう。
しかし、その試みが良い方向に転がったことがほとんどないのが、PTのPTたる由縁であろうか。
『それが、クリスマス期間限定、貢献活動促進運動です。古代のクリスマスでは、プレゼントを贈るという風習があったそうです。そこでまず、咎人の皆さんにはプレゼントとして、一律一万年の刑期加算申請しておきました』
「へ!?」
思わず間の抜けた声を出す咎人。
プロパくんは、着ている衣装と同じ色の口を開いて、朗々と──人口合成音声にも関わらず、そう感じられる声音で──続ける。
『さらに、ボランティアを成功するごとに、このPT特製、私を模ったオレンジ石鹸を一個プレゼントします。実に太っ腹な試みに、咎人の皆さんの喜びもひとしおでしょう。もちろん、市民の皆さんにも、それぞれの部署に応じたプレゼントをご用意しましたので、後で上長に確認をして下さいね。それでは、メリークリスマス! そして、レッツ貢献!』
そして、いつもどおりの唐突さでプロパくんは消え、残されたのは呆然とする咎人と、どこまで行っても無表情なアクセサリのみとなった。
「いち、まんねん……」
一万年の刑期加算は、ほぼ毎日のように刑期加算を喰らっている咎人にとっても、今までにない、しかも洒落にならない数字である。
自失状態から抜けきらない咎人だったが、とっさに咎人は壁面モニターに指を走らせた。
咎人管理メニューから、自分のフェローカードを確認する。
確かに、咎人の刑期は一万年、加算されていた。
咎人は俯くが、その目は光り、口は獰猛に歪んでいた。
その表情は、傍若無人で逞しいモザイク街の子供も両親の元へ泣いて逃げ帰り、気の弱い人間なら腰を抜かすであろうほどの剣呑なものだった。
「ふ、ふふ、うふふ、ふははははあああらっしゃあああっ!!」
雄叫びと共に、壁面モニターにむかって渾身の前蹴りをかます咎人。
爆ぜるような音と、決して揺るがないはずの監視カメラが微妙に揺れ動いた。
口を開いて罵声を浴びせようとする咎人だが、そこにすかさす、警告音と共に咎人の目の前に赤黒い通知書が現れる。
「独房における器物の破損行為、ならびに暴力行為はPT法違反です。刑期を加算します」
冷徹に通達するアクセサリだったが、ふと小首を傾げる。
「先程プレゼントを貰ったのにまだ欲しがるとは、社会不適合者らしい強欲ぶりですね」
「やかましいわっ!!」
捺印しつつ、咎人はアクセサリに向かって怒鳴りつけた。
◆
クリスマスのこの日、暢気が売りのこのPTの空気は、天罰直後の状態よりも殺伐としたものとなった。
当然、犯罪発生率も常よりも高くなり、この運動が咎人どころか、市民の心象をも著しく悪くしたことは言うまでもない。
しかし、彼らは知らない。
このPTの上層部では、近日中に新たなイベントを用意していることを──。
そしてそのイベントに『オトシダマ』なる風習があることを──。
彼らはまだ、知らない。
<咎人、クリスマスを学ぶ:終わり>
お読みいただきましてありがとうございます!
誤字、脱字、言い回し等の変更がある際は、都度手を入れていきます。
去年、pixivにて期間限定で公開していたクリスマス小説を、少し修正してこちらに再掲載しました。
クリスマスはとうに過ぎ去り、すでに年末へのカウントダウンが始まっておりますが、とりあえず投稿できて何よりです。
この話を持って、この咎人の話のストックは全て使いきりました。
話が思い浮かんで形にできれば、もしくは続編がでれば、またこの咎人の話を書きたいと思います。
その時に、またお会いできれば幸いです。
それではまた。