東方HapPinESS   作:にゃっとう

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今話で一章終了というのはオレンジ色くらいの嘘でした。


一四.わたしってそんな匂いだったの……

「えへへ、えへへへへぇ。入れられたよ、入れられたぁ」

「わかったわかった。よくやったのう。ほれ、景品をもらいに行くぞい」

 

 店主の人から渡された景品は、簡単な絵柄の書かれた数十枚のカードの束だった。店主の人はレア物だと言ってことりに手渡してくれたが、ことりにはそれをどう使うのかまったくわからなかった。

 目をぱちぱちとしてカードをぱらぱらと確認することりの手元を覗き込み、ほう、と狸の女性が関心を示す。

 

「トランプじゃないか。あの店主は外の世界の品のコレクターじゃったか?」

「とらんぷ?」

「外の世界の定番な遊び道具じゃよ。どうもカードがいくらか足りんようじゃが、このぶんなら葉っぱで代用できよう。今度わしと……いや、二人じゃつまらんな。わしと、それから他の狸たちも呼んで、一緒に遊んでみるか」

「いいんですかっ? ぜひお願いしますっ!」

「あいわかった、暇があれば準備しておくとしよう。しかし……気づいておるのかおらんのか」

「なんですか?」

 

 こてんっ、と首を傾けることりに、狸の女性はおかしそうに喉の奥で笑った。

 

「いやなに。これだけで機嫌が元に戻るとは、お前さんは単純だのうと思ってな」

「機嫌? あっ……」

 

 ことりは自分の頬に手を添える。溢れ出た喜びのせいで忘れかけてしまっていたが、そうだった。

 今日ずっとご主人さまのことを探し続けていたのに見つからなくて、それでずっと落ち込んでいた。でも今はどうだろうか。

 主が見つからなかったことを思い返すと、確かに、少なからずテンションは下がってしまう。けれどそれはまさに今この体に熱を運んでいる、この高揚感を打ち消すほどではなかった。

 

「あの……」

「なんじゃ?」

「ありがとう、ございます」

 

 ことりは狸の女性の顔をまっすぐに見つめて、お礼を言った。

 ようやくことりは、この女性がことりを祭りに連れ出す時に言っていた言葉の意味に気がついていた。

 気分が沈んでいたことりは、これでは他の人を楽しませることができないだろうと思って、身を引こうとしていた。けれど、逆の立場からしてみれば、まるで違う。

 もしもこいしに出会って祭りを楽しめていたとしても、親しい誰かがこのお祭りを楽しめていないと知ったら、その人にもお祭りを楽しく感じてもらいたいと思うだろう。そしてそれが成功したのなら、ことりはきっとそれまで以上に愉快な気分になることができる。

 狸の女性が抱いた思いはそれとまったく同じものだった。目の前にいる知り合いに楽しくなってもらいたいという願いと、それとともにある、叶った時に返ってくるだろう、これまで以上の興奮の念に対しての欲求。

 自分が楽しむためにことりを楽しくさせたいということ、楽しさを伝染させたいというのは、そういうことだった。

 ことりだって、仮にお燐がこのお祭りに参加してて、でも楽しめてなかったら嫌だって思う。楽しんでもらいたいと感じる。けれどそれは全部が全部お燐のためだけじゃなく、究極的には、そうしたいと願ったことりの単なるエゴなのだろう。

 

「どういたしまして、じゃな。ま、わしは自分が楽しむためにお前さんを利用しただけじゃ。礼を言われることなんぞなにひとつしておらんさ」

「それでもです」

 

 ことりのすっきりとした表情に、狸の女性は満足したようにうんうんと首を縦に振っていた。今日、ことりと最初に会った時よりも明らかに楽しそうだった。それはきっと、ことりが自分と同じように目いっぱいに祭りを楽しんでいることが理解できたからなのだろう。

 これまでずっと手を引かれるか後ろを歩くだけだったが、ことりはすっと狸の女性の隣に立った。

 主のこいしが見つからないことは落ち込んでしまう要素の一つではあるけれど、きっと彼女はことりが祭りを楽しく過ごせなかったと知れば申しわけなく思ってしまうだろう。そんなことはことりの望むべくことではない。

 それに、一緒に参加できないからと言って、完全には一緒に祭りを楽しめないわけでもないのかもしれない。ことりが見たもの、感じたことをこいしに話して、あるいは彼女にも自分が感じていたような楽しさを感じてもらうこと。それはことりの願望でしかないが、もしもそれが叶ったのなら、きっと一緒に回ることの次くらいにはことりにとって嬉しい出来事になるに違いなかった。

 

「それじゃあ、次に行こうかの。今度はお前さんが行き先を決めるといい」

 

 ことりはその言葉に、こくりと勢いよく頷いた。狸の女性と並んで歩きながら、きょろきょろとそこら中に、どこがいいかなと視線とともに思いを巡らせる。

 あれがいいな、でもあっちもいい。その奥にあるものも面白そうだし、手前にあるものなんかおいしそうだ。心が前向きになると、ついさっきまではどうでもよかった数々のものが、どれもこれも魅力的に見えてくる。

 そんな折、ことりと狸の女性が歩いている前方から、陽気をはらんだ多くの笑い声がすることに気がついた。なんだろう。目を向けてみると、道の中心を囲むように人だかりができていた。

 

「あれは……?」

「なにかの催しをしておるようじゃの。いや……ちょうど終わるところか」

 

 少しでも見ることができないかと急ぎ足で近寄ると、それは見えてくる。道の真ん中に大人一人ぶんほどの台が用意され、その台の上で、一人の少女が観客たちに一礼するところだった。

 その少女の周囲にはいくらかのお面が浮かんでいる。糸で垂らしたりとか、なにかの比喩などではなく、その言葉通りにふわふわと浮いていた。どうやら、妖怪の少女が繰り広げていた能楽という催しのようだった。

 

「あ――――」

 

 ただ、ことりの目には、妖怪の少女が堂々と劇を繰り広げていること以上に驚くべきものが映っていた。

 

「あるじ……?」

「うん? あの能楽師がお前さんの主じゃったか?」

「ううん、違くて……その、もっと上の方に……」

「上じゃと?」

 

 礼をする少女のほんの二、三メートル上空。ことりの目には、浮いている一人の女の子がぱらぱらと元気よく紙吹雪をまいているのが見えていた。

 わずかに緑がかった銀色のセミロングの髪と、薄く、どこか輝きを放っているようにも見える宝石のような翠色の瞳。幼さが前面に出た無垢な笑顔は、ことりのよく浮かべるそれとほとんど同じものだ。

 服装は白の二本線が入った緑の襟と、黒のフリルが窺える袖、ちょっと大きなひし形の水色のボタンが特徴的な黄色の服を身につけ、ラナンキュラスという花の模様の描かれた深い緑色のスカートを穿いている。頭の上には結び目のある薄い黄色いリボンを巻きつけた、鴉羽色の帽子をかぶっていた。

 そしてなによりも目につくのは、顔にある二つのそれとはまた別の三番目の瞳があることだろう。左胸の少し前に藍色の膜で包み込まれた閉じた目玉が存在し、そこから二本の管が飛び出ている。二本の管が左肩を通って、前者はベルトのように彼女自身に巻きついてから左足のハートマークに帰結し、後者もまた同様にぐにゃりと曲がってハートの形を象ってから右足に先端をくっつけていた。

 ことりが見間違えるはずがない。彼女こそがことりが慕うただ一人の少女、古明地こいしだった。

 

「あるじ……」

 

 初めは一歩ずつだった。けれど気づけばもう、ことりは駆け出している。

 時に体をねじ込むように、時に回りこむように、とにかく必死に人混みをかき分けた。演目が終わったというのに急いで前へと進むようなことりに数人が奇異の目線を向けていたが、そんなものには目もくれない。

 すぐそこに今日はもう会えないだろうと思っていた一人の女の子がいるのだ。今日ずっと会いたいと願っていた、ことりが心から慕うご主人さまがいる。

 ただただ求めるがままに進んでいくと、やがてことりは人だかりの先頭に出た。すぐそこに台があって、その上では未だに妖怪の少女が礼をしている。けれどことりにとってはそんなものはどうでもよく、その視線は、妖怪の少女の上空で紙吹雪をまいている女の子にまっすぐ注がれている。

 こちらに気づいてもらおうと、ことりは、すぅーと大きく息を吸い込むと、思い切り口を開いた。

 

「あぁるぅ――――むぐぅっ!?」

「待て待て。ここで大声を上げるのはよさんか。せめて催しが完全に終わってからにせい」

 

 出そうと思っていた大声は、背後から伸びてきた誰かの手がことりの口を塞いだことで、出ることはかなわなかった。すぐに、その正体が狸の女性だということには気がつく。

 でも、そこにあるじがっ! あるじがそこにいる! 口を押さえ込まれながらも、むぅー、むぅーっ! とことりは自己主張する。狸の女性はわかったわかったと呆れたように頷いていた。

 このまま人だかりの先頭にいるとなにをしでかすかわからないと判断したのか、狸の女性はことりを後ろから押さえ込みながら人混みの外へと脱出した。ことりの視線はずっと上空にいるこいしの方へと向けられていたが、狸の女性からしてみれば幸いなことに、ことりがさきほどのように衝動的な行動に出ることはなかった。

 間もなく人だかりが散っていき、能楽という催し物が終わったことを確認すると、ことりは早々に狸の女性の拘束を振り切って再び駆け出した。今度は狸の女性も止めはせず、肩をすくめつつゆっくりと歩いてことりのあとを追う。

 能楽が終わって紙吹雪をまいている意味がなくなったからだろう。ちょうどこいしは地面に降りてくるところだった。

 どこを見ているのかわからないくらいぼーっと適当な方向を眺めながら着地したこいしへと、ことりは走る勢いのままにがばぁっと横から抱きついた。

 

「あぁるぅじぃーっ!」

「わわぁっ!?」

 

 あまりに突然襲いかかってきた衝撃にこいしはたたらを踏むが、なんとか倒れずに踏みとどまった。それでも当然ながら驚きの念は一切押さえることができず、どういうこと? と言わんばかりにその目をしばたかせている。

 

「やっと見つけたぁ。えへへぇ、あるじぃー」

 

 二度目の自分を「あるじ」と呼ぶ声に、ようやくこいしは自分に抱きついている少女の存在に気がついたようだった。

 自身に擦り寄ることりの姿を認め、けれどこいしはこてんと小首を傾げる。

 

「あれ? えーっと、誰?」

「うぇえっ!? そんなぁっ! 最近あんまり会ってなかったからって、わたしのことを忘れるなんてぇ……って、そういえば変化したまんまだったっけ! わたしだよっ、ことりっ!」

「え? ことりちゃん?」

 

 こいしには人間に変化した時の姿を見せたことがなかった。改めて自分がことりだと名乗ると、こいしは「おぉー」と人間に化けていることりをまじまじと見つめ出す。

 

「確かに眼帯してるわー。ことりちゃんの匂いもするし、うんうん。わーい、間違いなくことりちゃんだー」

「いや、眼帯はこれほんとは包帯を変化させてるだけだけど……って、に、においっ!? えっ!? もしかしてまだわたしって焦げくさいっ!?」

 

 口にしてから、はたと気づいた。匂いがどうという言葉に過剰に反応してしまったが、焦げくさいのは昨日までだった。

 案の定、こいしはわけがわからないという風に目をぱちくりとさせる。

 

「焦げくさい? なんで? いつも通りお菓子みたいに甘い匂いだけど」

「え、お菓子みたい……? わたしってそんな匂いだったの……」

 

 予想の斜め上――もっとも、予想なんてしていなかったが――を行く発言に、ことりは呆然と立ちすくんだ。お菓子みたいって……甘い匂いって続いてるからこいしは褒めてるつもりなのかもしれないけれど、なんだろう。素直に喜べない。

 微妙な顔をすることりと視線を合わせるようにこいしが膝をついた。どうしたの? なんて問いかけるよりも先に、こいしは急に素早く「あーん」と大口を開けてはことりの首筋に噛みつき出す。

 

「うぇえっ!?」

「むへへぇ、今のことりちゃんは人間の格好してるし、もしかしたら食べられるかなぁ。もぐもぐー」

「た、食べるっ!? ひ、ひゃぁっ! ちょ、ちょっとあるじぃ!? それはくすぐったいぃ……ん、んんぅ」

 

 噛みつくとは言っても、それは唇で挟む程度の痛みのない柔らかいものだった。ただ、逆にその中途半端さがことりにむずがゆい感覚を味わわせていた。

 顔を真っ赤にしてこいしを引き離そうとすることりに、こいしは大好物をじっくり味わうかのごとくちょこちょこと歯を立ててくる。そのたびにことりは高い喘ぎを上げて、せっかくこいしを引き剥がそうと入れていた力も抜けていってしまっていた。

 ことりは必死にこいしの両肩を押し出そうとするが、こいしのせいでくすぐったすぎて思う通りにできない。そんな、こいしにされるがままの膠着状態を破ったのは、ここまでことりと一緒に祭りを回っていた狸の女性だった。

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