東方HapPinESS   作:にゃっとう

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三.今度はわたしが頭を撫でてあげようか?

「ことりちゃーん、遊びに来たよー」

「うぇ?」

 

 天高くから太陽が幻想郷を照らす、なんでもない日のお昼過ぎ。今日は寺子屋はなく、マミゾウとの修行もお休みの日だったので、ことりは久しぶりに家でゆっくりとしていた。日差しの差し込む窓のそばで、その温かさにまどろんでいたり。

 そんな折、ばたんっと扉が開く音とともに聞き慣れた一人の少女の声がことりの耳に届いた。ぼんやりと目を開くと、眠気の残る眼を扉の方へと向ける。

 

「うぅーん……だれぇ?」

 

 知らず知らずのうちに、眠りかけてしまっていたらしい。いや、今も半ば眠っている。ぼやけたままの視界では、家に入ってきた人物の姿を正確に捉えることができない。絨毯に横になったまま、ただ意味もなく顔だけを向けているような状態だった。

 そんなことりの様子にお構いなしに、その誰かはずんずんとことりへ歩み寄ってくる。やがて視界いっぱいが、おそらくはその人物の顔で埋まった。まっすぐに自分の顔が観察されていることはわかっていたが、起きているのか寝ているのか定かではないくらいぼーっとしたことりの頭では、それ以上のことは考えられない。

 

「ことりちゃんお昼寝してたの? 起きないといたずらしちゃうよー、えーい」

 

 ぐにぐに、とほっぺを好き勝手引っ張られたり押されたりする感触に、ことりは眉をひそめた。頬から発せられるわずかな痛みが、寝起きで働くのがめんどくさいとだらけていた脳と思考をゆさゆさと揺らしてくる。それと平行して、ことりの視界の焦点が少しずつ合ってきた。

 幼い少女の顔が見える。緑がかった銀色の髪と、こちらを覗き込む輝くような翠色の瞳は、吸い込まれそうなほどに綺麗で――。

 

「あ、あるじっ!?」

 

 ゆさゆさと揺らされていた脳が、唐突にがばっとその思考を起こした。目を見開き、寝起きだった頭が驚愕で一気に覚醒する。

 魔法の森は基本的に人間も妖怪も立ち入らない。だから来客もほとんどない。けれど、ことりの知り合いは別だ。

 完全に目を覚ましても頬をぐにぐにされ続けたままだったので、ことりはこいしの両腕を自らの両手で掴んで引き離した。

 

「あーあ、起きちゃった。もうちょっと寝ててもよかったのに」

「そんなこと言わないでよ。もうっ、あるじは油断するとすぐこうやってほっぺぐにぐにしたり、耳に息を吹きかけたり尻尾もふもふしたり……もうちょっと普通に起こしてくれてもいいんだよ?」

「いいんだよってことは、しなくてもいいってこと?」

「もうちょっと普通に起こしてねっ!」

 

 ことりが強く言い聞かせると、こいしは「あははー」と笑いながらことりから離れてくるくると回った。たぶん回ったことに意味なんてない。

 本当にわかってるのかなぁ、と思わずこいしにジト目を送ってしまう。彼女は忘れっぽい性格だし、数分後にはもう「そんなこと言ってたっけ」とか答える可能性がある。というか、仮に覚えていたとしてもこのご主人さまがいたずらをやめるとは到底思えない。

 結局諦めるしかないのか。はぁ、と小さくため息を吐くと、のそのそと体を起こした。脳は一気に覚醒してくれたが、体の方は少しだるい。いつもはこいしと会うとゆらゆらと上機嫌に揺れる尻尾も、今は力なくぺたんと垂れていた。

 

「ことりちゃん、なにしてたの?」

 

 回っていることに満足したのか、ぴたっ、とこいしは立ち止まると、その場にあひる座りをする。にこにこと、当たり前のように居座るところを見る限り、しばらくはことりの家でゆっくりしていくつもりらしい。

 

「なにって、お昼寝……かなぁ。そういうつもりはなかったんだけど、日差しが気持ちよかったから勝手に眠りかけちゃってたみたい」

「贅沢だねぇ。そんな風に家でごろごろしてたら『にーと』の『ひきこもり』になっちゃうよ」

「わたしはちゃんと寺子屋に行ってるし、今日は休みの日だから家でごろごろしてるだけだから、引きこもりなんかじゃないってば」

 

 というか、にーとってなんだろう。靴下かなにか? 小首を傾げるが、たぶんこいしも意味を理解していないだろうから質問はしない。どうせふらふらしている時に耳に挟んだ外の世界の言葉だろう。

 こいしはことりと会話をしながら、きょろきょろと辺りに視線を巡らせていた。この部屋しか存在しない、小さな木組みの家。以前からちょくちょくとこいしがやってくることはあるが、そのたびに前回来た時には置いていなかったものを見つけては「これなにー?」と問いかけてくる。

 忘れっぽい性格のはずなのに、いつも的確に新たに増えたものを疑問に思ってくる辺り、不思議だ。

 今回もまた例外ではなかった。棚の上に前までは飾っていなかった花瓶に目を留めると、立ち上がり、興味津々と言った具合にすぐそばまで近寄った。

 

「ことりちゃん、これはなに? 前は置いてなかったよね」

「ん、なにって……花を飾ってみたの」

「そうじゃなくて、種類の方ー。二輪差してあるみたいだけど……」

 

 片方は黄緑色の花弁が幾重にも重なった美しい花、片方はあるいは道端でも見つけることができそうな、黄色い花びらをつけたありふれた花。

 前者はあるじならわかると思ってたんだけどな、とことりはこいしのお腹の少し下辺りを指差した。

 

「うん? どうしたの?」

「ほら、あるじのスカート。黄緑の綺麗な方は、その花の模様とおんなじ種類の花なんだよ。ラナンキュラスって言うの」

「へえー、ことりちゃんは物知りさんだなぁ。あ、もしかして、私のことを思いながらこれを飾ってくれたとか? あははー、ことりちゃんは寂しがりやさんでもあるもんねー」

 

 こいしとしては冗談のつもりだったのかもしれない。そんなわけないかー、なんて思っていそうな口調で口にしていた。

 ことりは、気恥ずかしさでこいしから若干視線を逸らしつつも、小さく首を縦に振った。

 

「その……ほら、前の祭りの時は直前まであるじと会えなかったから。できればもっと会いたいなって……だからえっと、お守りみたいなつもりでっていうか、なんていうか……」

 

 言えば言うほどに顔が熱を持っていくことがわかる。まともにこいしの顔を見れなかった。

 顔を伏せてこいしの顔を見ることのできないことりの耳に、嬉しそうにくすくすと笑うこいしの声が聞こえてくる。

 

「あの頃はあんまり会いに行って上げられなくて、ごめんね。でもほら、ほれほれ、今は私はここにおるぞー。そんなに甘えたいなら、この胸に飛び込んできてもよいのだぞー」

「……はぁ。あるじ、誰の真似なの、それ」

「さぁー? わかんないなー」

 

 こいしのテンションは、いつもよりほんのわずかに高まっているように思えた。

 ほんの少しずつ、視線を上げる。こいしの足、胴体ときて、こいしと目が合うと、彼女はことりに満面の笑みを向けてくる。それがどうにも恥ずかしくて、また顔を伏せた。

 

「えへへ。それじゃあ、こっちの花は? なんだかどこかで見たような気もする」

 

 こいしが指したのはもう一方の黄色い花弁をつけた花の方だろう。

 いつまでも俯いていてもしかたがない。自分で自分の額を小突いて軽くこっ恥ずかしさを突き飛ばして、改めて彼女に顔を向けた。

 

「そっちは福寿草だよ。結構ありふれた花だから、どこか別のところで咲いてるのを見たことがあるのもかもしれないね」

「フクジュソウ? あぁー、なんだっけ。毒があるとかなんとか」

「うん。根っこと茎に強い毒性があるの。毒性って言っても、量さえ間違えなければ薬の材料にできたりするんだけど」

 

 ことりやこいしの実家とも言える地霊殿には手入れされている庭園がある。寺子屋に通うようになる以前は地霊殿に住んでいたから、ことりは花についてそこそこ勉強をしていた。

 

「うーん」

 

 いつも考えなしに笑っているだけのこいしが、珍しく難しそうに唸り出すものだから、ことりは目をぱちぱちとさせて首を傾げた。

 

「どうしたの? あるじ。なにか気になることでもあった?」

「うん。なんでフクジュソウなのかな、って。飾るのに、わざわざ毒のある花を選ばなくてもいいんじゃない?」

 

 なんだ、そんなことか。ことりは「ふふん」と得意気に鼻を鳴らすと、ちっちっちっと指を振ってみせる。これまで垂れていた尻尾もそろそろ元気を取り戻してきたらしく、指に呼応してゆらゆらと一緒に揺れていた。

 

「福寿草にはとてもいい花言葉があるのです。とてもとてもありがたーい花言葉があるのです」

「なんで敬語? どんな花言葉なの?」

「ふっふっふ、教えてほしい?」

「うーん。別に教えてくれなくてもいいけど、教えてくれなかったら暇すぎてことりちゃんにいたずらしちゃいそう。ことりちゃん、耳とかくすぐったら面白いくらい転げまわってくれるから楽しいんだもん」

「すぐ教えますっ!?」

 

 にやりとほくそ笑んでのこいしの一言に、ことりはひぃっと怯えたように叫んだ。こいしは大抵いつも笑顔を浮かべているが、その笑顔にも、嬉しそうだったり苦笑いだったりいたずらっ子のようだったりと、相応の種類がある。今回はいたずらっ子じみたそれだった。

 彼女はやると言ったら間違いなくやる。仮に教えたとしても、それでも暇だったらやっぱりやってくる。割と理不尽だ。

 戦々恐々としつつ、福寿草の知識を頭の中から掘り起こした。

 

「え、えっとね、福寿草の花言葉はね、『幸せを招く』っていうものなんだよ。だから春が新しく来た時とかは、今年もよい年になりますようにーって飾ったりするの」

「へえー。幸せ、かぁ……いい花言葉だわ。あ、花言葉って大抵二つとか三つとかあるけど、他にもなにかあったりする?」

「うん? あるよ? えぇっと、確か……『永久の幸福』だったかな」

「じゃあ、永久の幸福を招いてくれるの? すごい贅沢で欲張りな花だねぇ」

 

 そういうわけではないと思うが、こいしがそれで納得してくれると言うのなら、余計なことは口に出さないでおこう。こいしが嬉しそうだとことりも嬉しくなれる。

 

「あ、じゃあこっちのラナンキュラスってどんな花言葉なの? 私の服の模様にもなってる花だから、どんなのか知っておきたいな」

「そっちはねー、えーっと、そうそう。『とても魅力的』とか、『晴れやかな魅力』とか、あとはー……『光輝を放つ』だったかな。全部魅力に関するものだね」

「うーん……そうなんだ。なんだろ、私とはあんまり合わないなー」

 

 否定的なこいしの感想に、思わずことりは身を乗り出してしまった。

 

「そんなことないよっ! こいしち――あるじには他の誰にもない魅力があるし、綺麗だしっ! 能力のせいで誰からも目を向けられてないだけで、わたしだってたまに見惚れるし……!」

 

 こいしは無意識を操る力を持っている。ただ、そのせいで他の誰かから意識的に認識されるということが極端に少なかった。

 無邪気な子どもだったり、ことりのように元々彼女のことを知っていたりすれば、どうにか認識することはできるのだが。

 

「わっ! ことりちゃんちょっと必死すぎだよっ。ほら、どーどーどー。落ちついてー、落ちついてー」

 

 猛牛みたいになだめられて、ことりにも段々と平常心が戻ってくる。どーどー、どーどーどー。そんな風になだめられて、なんというか、代わりに呆れにも似た気持ちが胸を占め始めた。

 いくらなんでもこの落ちつけさせ方はないんじゃないだろうか。なんで牛なの? なんで猛獣をなだめるみたいな感じなの? 地味に心が傷ついたような……いや、獣であるということは変わりないんだけど。

 

「落ちついた?」

「落ちついたけど……うん。落ちついたよ、落ちついた」

「なんでちょっと元気ないの?」

「なんでもないから、気にしないで……」

 

 突然しょんぼりとし始めたことりを心配してか、こいしがとてとてと近くまで寄ってくる。すぐ隣に再びあひる座りをすると、元気出してー、と頭を撫でてきた。

 こいしはことりと長い付き合いなだけあって、ことりがこうして頭を撫でられることが好きなことを知っている。いや、長い付き合いでなくとも、おそらくはマミゾウや霊夢も把握していると思われるが、とにかく、いくら頭を撫でられるのが好きでも、これくらいで機嫌が元に戻るなんて大間違いだ。

 ……というのはことりの願望で、結局はされるがままになっているし、実際には気持ちよさそうにぴくぴくと耳が動いていたりするし、ぶんぶんと二本の尻尾が揺れていたりする。当然、ことりはまったくそれに気づいてはいない。

 

「ね、ねぇ、あるじ」

「うん、なに?」

「明日の夜、博麗神社で宴会があるって聞いてるんだけど……あ。あるじは神社の場所わかる?」

「あ、うん。たまに行くからね。誰も気づいてくれないけど」

「……その、わたし、あるじと一緒に行ってみたいなって。宴会って初めてだから、一人だと心細くて……ししょーには、前の修行の時に一緒に行こうって言い損ねちゃって」

「む。私はあの狸の代わりってこと?」

「ち、違うよ! もしもししょーを誘った後でも、こうしてあるじと会ったらあるじも誘ってたし!」

「ふーん。まぁ、別にいいけどね。でも……あれ? 確かことりちゃん……お酒……」

「うん? どうしたの?」

「んー……なんでもない」

 

 なにか呟いたように感じたが、こいしにはひらひらと手を振ってうやむやにされる。気のせいか、あるいはただのひとりごとか。どちらにしても無理に聞き出すような事柄ではなかったので、ことりの興味はすぐに消え失せた。

 

「ねぇ、ことりちゃん」

「な、なに?」

 

 こいしにいきなりじっと見つめられて、びくっと震える。途中から、頭を撫でるのをやめてほしくなくて、元気がないふりをしていたのがバレていたのかもしれない。

 多少たじたじになってしまったものの、頭の上に乗っていた手はどかなかったので、ほっと息を吐いた。

 

「修行って言ってたけど、まだあのマミゾウっていう妖怪のところに通ったりしてるの?」

 

 こいしがどうしてそんなことを聞くのかわからなくて、少しの間、目を瞬かせる。

 

「えっと……まだって? 弟子入りしてから、そんなに経ってないと思うけど」

「それはわかってるけど、どう? 楽しい?」

「んー。ししょーはわたしによくしてくれるし、変化についてわたしには絶対できないだろう見方とか考え方とか教えてくれるし……うん、楽しいよ。あるじ、どうして急にそんなこと聞くの?」

「や、ちょっとことりちゃんのことが心配だっただけ。ことりちゃんは知らない人にでもほいほいついて行っちゃうから、主の私としては心配なのです」

「なんで敬語? そんなに心配しなくても、わたしだって、そんな怪しい人に一人でついてったりしないよ」

 

 ことりが頬をぷくーっと膨らましてみせると、こいしは疑わしそうにじっととした目線を向けてきた。

 

「じゃあ、もし『すっごく美味しい甘味処を知ってるんだけど、ちょっと寄っていかない?』とか里で誘われたりしてもついていったりしないよね」

「えっ!?」

 

 実際に想像してみる。たとえば、全身黒タイツでめちゃくちゃ怪しい人が、そんなことを言ってきたら……普通に逃げるだろう。

 いや、怪しい人って言っても、いくらなんでもそこまで怪しくはないはずだ。人を騙すためには怪しくないと思われなくちゃいけない。

 なら、と。次は、慧音先生のような女性が同じように誘ってくる場面を想像してみた。

 

「や、やー……う、うん! し、しないしないっ! いくらわたしが甘いものが好きだからって、そんないかにも超怪しげな誘いに乗るわけないじゃん!」

「怪しいなぁ。私はね、ことりちゃんがいつまで経ってもこんなだから、よこしまな考えの人にたぶらかされないかっていつも心配してるんだよ」

「う……気をつけます」

 

 ことりは変化をすることは得意でも、それを見破ることは苦手だ。通常はどちらの実力も比例するものらしいのだが、ことりに限ってはそうではない。

 その性質はおそらく、他人を疑うことを知らない幼すぎることりの精神性から来ているのだろう。

 

「まぁ、私もいっつもふらふらしてるせいでよくお姉ちゃんからお小言言われちゃうけど。あははー、お互いさま?」

「笑いごとじゃないよ、もう」

 

 この主にしてこのペットあり、このペットにしてこの主あり。どちらにしても、ダメな方の意味であることには変わりない。

 ことりもこいしも、これまで人間の何倍にも及ぶ何百年という時を生きてきている。けれど、精神面ではまだまだ未熟中の未熟だ。人間の子どもと大差ない。

 いつかはこいしに心配をかけないで済むくらいには成長してみせてあげたい。その頃には、こいしも姉に心配をかけないくらいには一緒に成長しているだろうか。

 ……どうにも、こいしが変わるとは到底思えない。たぶん、こいしもことりが変わるところなんてまったく想像もできていないんだろうけど。

 はぁ、と小さくため息を吐いて、棚の上にある花瓶を横目で見た。ラナンキュラスと、福寿草。あれは暗に、主たるこいしに幸せになってほしいという意味と、福寿草を自分に見立てて、あんな風にこいしと一緒にいれたらいいなという思いが込められている。

 すぐ近くにいるこいしの手をぎゅっと握ってみた。彼女は不思議そうに目をぱちくりとさせていたが、たまには、こっちの方から彼女をからかったりしてみてもいいかもしれない。手を握るくらいじゃ、いたずらにもならないだろうけれど。さすがにことりに耳に息を吹きかけたりだとか、そんな恥ずかしいことは自分からできない。

 

「そうだっ。あるじ、今度はわたしが頭を撫でてあげようか? ふっふっふ、いっぱいいろんな人に撫でられてるからね。気持ちのいい撫で方には自信あるよ!」

「……あのね、ことりちゃん。無意識だろうから言っておくけど、いろんな人に撫でられてるとか、その言い方ちょっとやめた方がいいよ。なんかちょっと卑猥っぽいし」

「ひどいっ!?」

「無意識だろうけど、ことりちゃんよくそういうこと言うし。男の人の前じゃ注意した方がいいと思う」

「そ、そんなぁ……」

 

 ひ、卑猥って。そんなこと初めて言われた。っていうか、よく言うってなに? 無意識でそんな風に思われることよく口にしてたの? いつ? どこで? もしかしていつも?

 がーんっ、という擬音が頭の上に出てきても不思議じゃないくらい、ことりはとてつもないショックを受けていた。けれどこいしはそんなことお構いなしにたたみかけてくる。

 

「あと私の頭を撫でるのは別にいいけど、じゃあその間、私は尻尾をもふもふしててもいい?」

「うぇっ!? で、できればその、されるがままになっていてほしいなー、なんてぇ……」

「私に死ねって言いたいの?」

「そこまでっ!?」

 

 こいしは長い時を一緒に過ごしてきているだけあって、ことりが絶妙にくすぐったく感じる部位と完全に把握している。特に妖獣としての耳や尻尾などは、彼女には絶対に触らせてはいけない。触らせたら最後、ことりは汗ぐったりの息絶え絶えで動けなくなるまで解放してもらえない。

 ことりの過剰な反応に、またしてもこいしは面白そうに顔をほころばせていた。落ち込んだり慌てたりと忙しいことりだったが、そのこいしの表情を見て、ようやく少しだけ心が落ちつきを取り戻してくる。

 完全にからかわれていた。ことりは、むぅ、と頬を膨らませる。

 いつか絶対、こっちが主導権を握って慌てさせてやる。こっちがこいしを翻弄してやる。

 そう心の中だけで意気込んでみる。ただ、たぶんそれは、一生かなわない決意だろう。仮に奇跡的にかなったとしても、あとで必ず仕返しでからかわれまくるだろうから、そもそも実行に移すかすら疑わしい。

 結局はこれからも、これまでと同じように、こいしとはこういうからかわれ続ける関係が続いていくのだろう。ちょっとばかりため息を吐きたくなるような事実と現実だけれど、それはそれで悪くないような気もした。

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