東方HapPinESS   作:にゃっとう

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四.あなたを食べようとしちゃうかもしれないです

 雲がなく、星々が瞬く空の下。今日は新月の前夜のようで、月はわずかばかりにしか顔を見せていない。

 妖怪は満月の夜がもっとも活動的とされ、新月の夜はそれとは真逆に非常に大人しくしているとされている。それは暗に、満月の際は月の魔力が充満するのと違って、新月の夜は月の魔力の恩恵がまったく存在しないことに加え、月の光がないことによって妖怪でさえも夜の暗闇を見渡し切れないからだ。

 実際に夜目がきく妖怪もいるが、通常の妖怪は月の光のおかげで夜でも昼間のように世界が明るく見えている。つまり、月の光が届かない夜では人間と同様に視界は暗く、明かりがなければろくにものを見ることはできない。そんな状況下で人間を襲ったり騒いだりと言ったことがろくにできるはずもないので、新月の夜はほとんどの妖怪が大人しいというわけだ。

 そんな新月の前夜。明日は妖怪にとって強制休日も同然なのだから、当然、前夜に宴会があるとなれば騒ぎに騒ぐ。現在宴会の行われている博麗神社では、数多くの魑魅魍魎たちが集まり、会話や時には芸をしつつ盃や肴を口に運んで宴を楽しんでいた。

 

「ちょっと遅れちゃったね」

 

 ことりとこいしはちょうど今、博麗神社についたところだった。

 こいしの呟きに小さく頷きつつ、飛行をやめて、とんっと参道の上に足をつく。そこから境内のうち、いろんな妖怪が集まって騒いでいる方角へと足を進めた。

 

「わぁ……」

 

 神社に咲く美しい桜の花弁を散らし、わずかな月光や星の光を受けて、きらきらと粒子のように宙を舞っている。夜の暗闇に煌めく桃色は思わず見惚れるほどに美しい。

 ことりは主に昼間に活動しているうえ、今までは基本的に人間に化けて里に潜り込んでいたりすることが多かったから、こうして夜桜を鑑賞する機会なんてほとんどなかった。人間は夜になればそのほとんどが眠りにつく。ことりもまた、特に夜に起きている用事がなければすぐに寝てしまう。

 そして、人間の子どもの体では宴会などには当たり前ながら参加させてもらえない。こういう宴に顔を出すことはほとんどなく、なにげに、今日の夜に博麗神社に訪れることをかなり楽しみにしていた。

 

「あら、やっと来たのね。忘れて寝ちゃってでもいるのかと思ってた」

「あ、霊夢さん」

 

 声をかけてきたのは桜の木の近くに敷かれたレジャーシートの中にいる、この神社の主たる博麗霊夢だった。

 

「霊夢さん? ことりちゃん、なにその呼び方。人間なんて呼び捨てでいいじゃん」

「あん? あー、あんたは……なんだっけ。確かサトリ妖怪の……」

「古明地こいしよ。名前くらいちゃんと覚えなさいよー」

「いやあんた、私の前で名乗ったことなんてあったっけ? まぁいいや。とりあえずこっち来て座りなさいよ。ことりだっけ? あんた、どうせ他にろくに知り合いなんていないでしょ」

 

 他を見る限り、確かにことりの知らない妖怪ばかりだ。妖怪兎や鴉天狗、吸血鬼等々。中には亡霊や神さまなどの妖怪以外の魑魅魍魎、あるいは半人半霊などの非常に珍しいものも存在していた。

 多種多様な種族が入り混じって騒ぎ合う光景なんて、ことりは初めて見た。第一、力に差がありすぎる種族が多い。天狗や吸血鬼なんて幻想郷でのパワーバランスを担うとされているほどの大妖怪だ。対し、ことりとそう変わらない弱小の妖怪――たとえば唐傘お化け。妖怪化した道具こと付喪神――や、低級の神も多数存在している。

 目をぱちぱちとさせて放心してしまっていたことりの手を引いて、こいしがレジャーシートの中に踏み込んでいく。もちろん、靴は脱いで入った。ことりもそれくらいの常識は無意識のうちにわきまえていたらしく、放心した状態でも靴はいつの間にか脱いでいた。

 こいしと並んで座ると、霊夢の隣に座る人間が声をかけてくる。

 

「よう、そこそこぶりだな。前までの霊夢への怯えっぷりが嘘みたいだ」

「あ、魔理沙さん。こんばんわ、です」

 

 魔理沙に人懐っこく話しかけられたことで、ことりの意識も現実に引き戻された。小さく会釈をする。

 霊夢のそばにいる人物は、彼女以外にもあと一人いる。そちらは魔理沙と違い、ことりの知らない女性だった。

 

「あら、あなたたち……珍妙なものを見た気がするわ。無意識の妖怪が人を連れてるなんて。いや、その耳と尻尾、人じゃなくて妖獣か」

 

 シニヨンキャップを頭の左右につけた、桜と同じ桃色の髪の女性。胸元に花の飾りをつけ、茨の模様のある前がけが特徴的な衣装を纏っている。右腕はすべて包帯で包まれ、左手首には、アクセサリーだろうか、鉄製の腕輪を身につけていた。

 ことりはなんとなく、目の前の存在から自分よりもはるか高位の存在の気配を感じ取る。この力の感じは、どうにも感じたのことのない――。

 

「こいつは仙人よ。茨華仙って言うの」

「せ、仙人っ?」

 

 通りで妙な力を彼女の中から感じるはずだ、と納得する。

 仙人とは基本的に、修行を積むことで超人的な力を得た人間を指す。人間ではありえないほどの長寿と力をその身に宿し、仙術という特別な術を扱うこともできるらしい。

 ただ、元は人間だけあって、仙人は人間以上に妖怪にとっての大好物とされている。数多の妖怪が虎視眈々とその身を狙っており、さらには一〇〇年単位で地獄の使者が存在を滅ぼそうとしてくるのだとか。毎日が人間以上に命がけ。それが仙人なのだ。

 長く生きている仙人は妖怪にとって喉から手が出るほど欲しい存在である反面、当然、その実力もそこらの妖怪では決してかなわない高位の実力を備えている。これだけ妖怪がいる宴会に平気で顔を出すくらいなのだ。ことりのような弱小妖怪が立ち向かえば一秒とせずに存在を消滅させられてしまうかもしれない。

 

「霊夢、自己紹介くらい自分でするわ。どうも、私は行者の茨華仙というもので……って、妖怪に敬語で名乗らなくたっていいわね。茨華仙よ。どうぞよろしく」

「あ……はい。こ、ことりです。こっちはあるじのこいしです。ど、どうぞよろしくお願いいたします」

「あるじ? ……ふぅん、意外ね。無意識の妖怪を慕えるような動物がいるなんて」

 

 どうやら彼女はこいしのことを多少なりとも知っているようだった。こいしの顔を窺ってみると、こてんと首を傾げていたが。たぶん忘れている。

 

「それから、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。私は、むやみに動物を傷つけるようなことはしないわ」

「動物……ですか。私も一応妖怪ですよ? 隙を見てあなたを食べようとしちゃうかもしれないです」

「あら、私を襲う気ですか? 別にいいけれど、その時はそれ相応の代償を覚悟してもらわないといけませんね」

「うぐっ」

 

 別に襲う気はまったくないし、というかことりは人間なんて食べたこともないのだが、冗談で言ったことにとてもいい笑顔で返答されては言葉に詰まってしまう。思わずこいしの手を握っていた。

 

「それに、あなたは自分を他の動物と違うように語るけれど、私には動物の声がよく聞こえるし、私の声だって届きます。ただの人間や妖怪と違って、私にとって、動物とはもの言わぬ存在ではないのです」

「え?」

 

 それは、ことりにとってとても馴染み深い能力だった。

 意識しないうちに、ことりは口を開いてしまっている。

 

「あなたも心が読めるんですか?」

「え? いえ、そういうわけではないわ。私には動物たちの声が人間や妖怪が吐く言葉と同じように聞こえる、ただそれだけのことよ」

「あ、そうですか……」

 

 ことりのご主人さまたる古明地こいし、そしてその姉の古明地さとりは、姉の名前からも察せられる通り、サトリという種族の妖怪だった。第三の目を通して他人の心を覗き見て、それを相手に伝えてみせることで驚かせることを生業とする。それがサトリ妖怪だ。

 こいしは瞳を閉じ、代わりに無意識を操る力を手に入れたが、姉のさとりの三つ目の瞳は未だ健在だった。

 こいしの姉のさとりはその力をもってして動物たちの心を読み、よく世話を焼いている。そのため、地霊殿には彼女を慕う数多くのペットが存在していた。お燐もまたその一匹であり、彼女はさとりから右腕のように頼りにされていると聞く。

 反して、瞳を閉じてしまったせいで、こいしのペットはことりと、姉のさとりが遊び相手として与えた程度の数えるくらいしかいなかった。さとりの妹ということで敬う者は多かれど、こいし自身を慕う者は地霊殿でも非常に少ない。ことりはその少ない分類にされる者の一人であり、たとえ彼女が心を読む力をなくしてしまった今であっても、その気持ちを違えるつもりはない。

 茨華仙はサトリ妖怪と違って心を読めるわけではないのか。ふむ、と一人唸ることりを、ふいと、茨華仙が鋭い目線で見据えてきていることに気がついた。敵意はないようだが、ちょっとした威圧感のようなものを感じて、反射的に少し萎縮してしまった。

 

「……今、あなたは『も』って言ったようだけど……そこの無意識の妖怪のペットであることと言い、あなたもしかして、地底の――」

「うん? なんだ、見ない顔がいるねー」

 

 そんな茨華仙の言葉を遮ったのは、聞いたことのない幼げな声だった。

 顔を向けてみれば、盃を片手に持ち、鼻歌でも歌いそうなくらい機嫌よさ気な笑みを浮かべたがレジャーシートのすぐそばに立っていた。

 薄めの茶色のロングは毛先ので一つにまとめ、また頭の後ろには赤いリボンをつけている。瞳は吸血鬼ほどとは言わないまでも紅と言えるほどには赤く、酒をよほど飲んでいるのか、頬や耳などもそれに負けないくらい朱の色を映していた。服は動きやすそうな白いノースリーブと、足を動かす際に邪魔にならないくらいには広い紫色のロングスカート。身長はことりと同じくらいだろうか。かなり低い。 

 ことりはその人物を目をぱちぱちとさせながら観察をし、彼女の頭の上にまで視線を持って行くと、あまりの驚きに目を見開いた。

 角がある。この少女の頭の上には、ねじれた二本の角が生えている。

 いや、人外としての特徴があることは特に問題という問題ではない。ことりにだって妖獣としての特徴として耳や尻尾はあるし、妖怪の中には首がなかったり、目が一つしかないようなものもいる。人外の特徴を備えた人型の生き物なんて幻想郷ではそこら中に溢れている、ありふれた存在だ。

 ことりが驚愕してしまったのは、目に映っているその特徴が角であるということ。いかにも丈夫そうで、長い角。それは、この幼そうな少女が鬼であるという事実を示していた。

 その鬼が、不思議そうな顔をしてことりをまっすぐに見つめてきている。ことりは思わず、こいしの手を握る力を強くしてしまった。

 

「萃香、あんまり脅かさないでよね。この子、怯えるとなぐさめるの大変なんだから。あんたただでさえ見たまんま鬼なんだし」

 

 霊夢が鬼――萃香を注意すると、注意された方ははがしがしと頭を掻いて、困った風な視線をことりに向けてきた。

 

「いや、脅かすつもりはなかったんだけど。それに、鬼だって宴会中に暴れたりとか脅したりとか、そんな風情を損なうことはしないよ。むしろ鬼だからこそかな。宴は楽しむものだもん」

 

 鬼とは、妖怪という枠において史上最強とされている支配種族だ。

 この世でもっとも知られ、もっとも恐れられ、そしてもっとも力を持つ妖怪。ありとあらゆる理不尽を体現し、その理不尽をもってして、立ちはだかる理不尽をも真正面から打ち破ることのできる力を持つ。かつては大妖怪たる天狗さえ従えて妖怪の山を牛耳っていたということは有名な話だった。

 唯我独尊、怪力無双。ただし嘘をつくばかりの人間を嫌ったことで今はそのほとんどが姿を消し、地上ではお伽話だけの存在となっている。現在、姿を消した鬼の数多くは地底の都で暮らしていた。

 ことりやこいしの実家こと地霊殿は地底にある。だが、ことりは帰る際はできる限り都に入らず、鬼とは遭遇しないように心がけていた。ことりのような弱小妖怪など鬼は気にも留めないだろうが、もしも目をつけられてしまえばたまったものではない。鬼や天狗といった種族とは、関わり合いを持たない方がいいとは人間の間でも妖怪の間でもよく言われていることだ。

 それがまさかこんなところで出会ってしまうなんて。

 同じように力を持つ存在でも、天狗や吸血鬼とかなら、まだいい。

 でも、鬼はダメなのだ。どんなに格上の存在だろうと、ことりにとって鬼だけは。

 初めて博麗の巫女こと博麗霊夢と相対した時ほどではないにせよ、それなりにことりは内心怯えていた。

 

「あー……なんか、そんなに怖がられると調子狂っちゃうなぁ。いくら私が鬼だからってそんなに怯えなくてもいいんじゃない? 人間でもないんだしさぁ」

「は、はい。ご、ごめんなさい」

「かたいかたい。ほら、もっとこうフレンドリーに」

「ふぁ、ふぁい! ふぉ、ふぉふぇんなふぁい!」

「あのさ、フレンドリーって『ふ』を大量に入れろって意味じゃないんだけど……大分混乱してるねぇ。私ってそんなに怖がられるような見た目してたっけ……」

 

 彼女自身は特に怖がられるような見た目ではないというか、どう見ても一〇にも満たない幼女のようにしか見えない。頭に生えた角さえなければ、ことりも安心して近づいていたことだろう。

 萃香は、すぐにことりを落ちつかせることは無理だと判断したらしい。ことりから少し離れたところに腰を下ろすと、杯に酒を注ぐ。

 そしてそれを、ことりに差し出してきた。

 

「ほら、友好の証」

「え、っと……いいんですか?」

「いいからいいから。それともなに? 私の酒が飲めないって?」

「い、いえっ! 飲みますっ!」

 

 ことりは酒の入った盃を慌てて受け取ると、その水面をそっと覗き込んだ。お酒独特のなんとも表現しがたい匂いが鼻孔をくすぐる。

 ことりの見た目はどう見ても子どもで、人間で換算すれば酒を飲んでも大丈夫な歳ではない。ただ、見た目に違わず数百年の時は生きてきている。酒を飲むくらいは普通にしてもいいことだし、そもそも外の世界と違ってニ〇歳まで飲んではいけないなんてルールは、幻想郷にはない。

 はぁー、と心を落ち着かせるように小さく息を吐く。

 早く飲まなければ萃香という鬼に目をつけられてしまうかもしれない。それに、そもそもここには宴会に参加しに来たのだ。酒を飲まなければ、なんのために来たのか。

 ことりは意を決すると、手に持った盃に口をつけた。

 

「あっ、思い出した。ことりちゃんって、お酒飲むと確か――」

 

 宴に来てからずっとうんうんと唸っていたこいしが、なにやら不穏なことを呟いているのを横に、ぷつんっ、とことりの正気は途切れた。

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