東方HapPinESS   作:にゃっとう

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ニ.だ、大丈夫ですよ! 万事オーケーです!

 さようならー、と先生や友達に別れの挨拶をして子どもたちが寺子屋をあとにしていく。ことりも、隣に座っていた少女も同じように寺子屋を出て行った。

 

「ことり。次は宿題を忘れないようにな。今度は頭突き二連発だ」

「うぐっ……が、がんばります」

 

 そんな風に慧音から釘を刺されはしたが、その後は笑顔で見送ってもらえた。彼女は宿題などに関しては厳しいが、それ以外では生徒たちのことをよく思ってくれるいい先生である。

 隣に座っていた少女とは帰り道が違うため、帰宅時のことりは一人だ。たまに少女が「貸本屋に行く」と言って途中まで一緒に帰ることはあるけれど、今日は彼女はそんなことは言い出していない。

 長い長い寺子屋での授業の時間が終わったからだろう。ふんふん、と無意識のうちに鼻歌混じりに歩いていた。

 幻想郷は明治時代に隔離された空間となっており、街並みもその頃からほとんど変わっていない。昔ながらの歴史ある木造の建築物が並ぶさまは幻想郷の住民にとっては見慣れた光景だが、この閉鎖世界の外から迷い込んできた人間にとってはとても新鮮で古めかしく映るという。

 ことりの通っているこの道には商家が多く存在し、のれんを垂らした蔵造り、あるいは町家造りのそれから、道に敷物を引いただけの簡素な店も見受けられた。

 商家と一言で言っても、その内実はさまざまである。外食や寄合の場となることが多い高級の料亭や水茶屋に、多くの人々が日々の食事のために訪れる蕎麦屋や大衆食堂、入浴を行うことができる湯屋等々。この辺りには少ないが、里の住人が多く住まう通りや長屋の近くには、商人などから買い取った着物を売る古着屋や、布生地そのものを安価で販売する端切れ屋なども存在していた。

 また、商家以外でも天秤棒を担いだ振売なども道を歩いており、話しかければその中身たる食材を売ってくれるはずだ。

 ――とは言っても、日が沈み始める頃のこの時間となると一部の商店は店じまいを始め出す。昼間と比べれば振売の数も非常に少ない。逆に湯屋や食堂にはこの時間から活気が溢れ始め、居酒屋などに至っては日が完全に沈んでからが本番だと言えた。

 

「んー……お腹すいたなぁ」

 

 なにかおいしいものでも売ってるところないかなぁ、とあちこちに視線を向けながら、ふらふらと道を歩く。

 そんなことりの視界に、ふと、野点傘と緋毛氈の敷かれた縁台が前に置かれた、この幻想郷ではありふれた様式をしたなんでもない茶屋が映った。少し前までならば通りすぎていただろうそこを横目に、しかし今日のことりは立ち止まる。

 というのも、昨日食べたおいしいまんじゅうというのはこの茶屋で買ったからだった。「ここの和菓子がおいしいのよ」なんて会話を里の中で小耳に挟み、いかにも普通じみた外装から半信半疑で試しにまんじゅうでも買ってみたら、予想をはるかに超えて甘くておいしかったのだ。

 お金には余裕がある。ことりは迷うことなくその茶屋を訪れると、まんじゅうを注文――しようとして、まんじゅうがあれだけおいしいのなら他のものも同じに違いないと考え、団子を頼んだ。

 はい、お嬢ちゃん。しばらくして、そう団子を手渡される。

 それからことりは縁台に座ることはせず、もちのついた串を片手に再び道を歩き出した。もう片方の手には包みが抱えられており、その中にも、家に帰ってから食べる用として何本かの団子が入っていた。

 ことりは串を頭と同じ高さまで持ち上げると、先端についた一つ目のもちを口に含む。もきゅもきゅと柔らかい感触を歯で、その甘味を舌で堪能する。団子のよさを失わせないほどよい甘さのそれは、次第にことりの頬を緩ませていった。

 気がついた時には、もう団子を食べ終えている。

 

「むぅ」

 

 もちのなくなった串と、もう片方の手に持った包みと交互に視線を向ける。

 しかしすぐに首をぶんぶんと横に振って、ことりはその包みから目線を離した。

 

「やっぱり、お楽しみはできるだけとっておかないと」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、それでも行ってしまいそうになる視線を振り切るために、早足で歩き出した。それでも目が行ってしまいそうになるが、そのたびに首をぶんぶんと横に振る。

 そんな風に、はた目からは若干挙動不審に見えていただろうことりの隣を一人の女性が通りすぎた。

 当然、商いの店が多く立ち並ぶ道で人とすれ違うことなんてそれこそしょっちゅうあることだ。けれどその女性はことりの横を通りすぎると、「おや」とまるでなにかに気づいたように立ち止まって、声を上げた。

 

「のう、お前さん。ちょっといいかな?」

「お楽しみはあとで、お楽しみはあとでー……え?」

 

 二歩三歩と進んでから自分が呼ばれたのではないかと思い至って、ことりは足を止めて体を反転させた。

 まず目に入ったのは、その女性がつけた丸メガネである。外の世界では一般に普及しているというそれは文明の基本が明治の幻想郷ではなかなかの貴重品だ。

 赤みがかった茶髪は腰に届くほどに長く、頭には葉っぱの髪飾りをつけている。黒い長着の上に黄緑色の紋付羽織袴(もんつきはおりばかま)なんて着ているものだから、一瞬ほど男性なのではないかとも疑ったが――紋付羽織袴は主に男性が着るものとされている――、波と船の模様が描かれたスカートをはいていることや、女性らしいその顔立ちからすぐにその疑問を否定した。

 この女性に見覚えはない。さっと周囲に視線を巡らせ、本当に自分が声をかけられたかを確認してから、再度女性に向き直った。

 

「えぇと、わたしになにかご用でしょうか」

 

 言葉を正して問いかけると、女性はゆったりとした足取りで近づいてきた。

 

「いやなに、ちょうどその包みからいい匂いがしたものじゃからな。どこで買ったのかと少々気になってのう」

 

 人懐っこい笑みを浮かべ、女性がことりの持っている串と包みに視線を向けた。

 団子なんだけど匂いなんてするかな。ちょっとだけ疑問に思って包みに鼻を近づけてみると、甘い香りが鼻を通って脳を刺激した。口元が緩む。うん、いい匂い。匂いはする。

 そんなことりの様子を眺めていた女性がどこか面白そうに口元に手を当てる。

 

「ふむ、その様子じゃと相当おいしかろうて。わしも甘いものはなかなかに好きでのう。改めて聞くが、どこで買ったんじゃ?」

「えぇと、この道をまっすぐ行って……あ」

 

 説明しようと思った途端、すぐにそれがとても難しいことに気がついた。なにせあの茶屋の外観はありふれたものである。目印となるものがない以上、どの茶屋でこの団子を買ったのかは、実際に行ってみなければ正確にはわからない。

 相手は面識のない見知らぬ女性。言ってしまえばわざわざ手間をかけて教える義理もないため、適当に「その辺」とだけ告げて帰ることもできるにはできるのだけど。

 ちらり、と女性の様子を伺ってみる。

 口調に似合わない子どものような好奇心旺盛と言った様相で、けれど大人らしく落ちついた雰囲気で、にこやかにことりを眺めていた。その見た目の印象としては、優しくて親しみやすそうな人、というところだろうか。

 こんな人のよさそうな女性の頼みを断る選択肢は浮かんでこなかった。そもそも甘いものが好きな同志なのだ。あの店の味を教えるためなら、多少の手間はかかったって構わない。

 

「口頭だとわかりにくいので、案内します。ちょっと歩きますけどいいですか?」

「おお、それは助かる。悪いのう、手間をかけさせて」

「いえいえ、甘いものが好きなら、あの茶屋の和菓子はきっと知っておくべきです。ほんっとうにおいしいですからっ」

「ふぉっふぉっふぉ、そうかそうか。それは楽しみじゃな」

 

 ちょっとじじくさいしゃべり方をする変な女性と一緒に、ことりは歩いてきた道を戻り始めた。

 夕暮れの紅は天空を半ば染め上げ、西の空には暗色が浮かび始めている。あと数十分、あるいは十数分もすれば、太陽に代わって月が支配する夜の世界が訪れるだろう。

 夜は、妖怪が活発になる時間帯である。妖怪の間では、昼間は人間が警戒しないようにむやみに里に立ち入ってはいけないルールがあるのだが、夜はその限りではない。人間の里は人間の住む場所ではあるが、なにも人間だけが利用する場所ではないのだ。

 昼間は人間のために開かれていた店が、夜は妖怪用のお店として営業しているということもよく聞く話である。

 

「しかしお前さん、案内を申し出てもらっておいてなんじゃが、こんな時間まで出歩いていて大丈夫かのう。いくら里が安全と言えど、おぬしのような子どもがこんな時間まで外を出歩いているのは感心せんぞい」

「むぐっ。まぁ、その……だ、大丈夫ですよ! 万事オーケーです!」

「なにがおーけーなのかは知らんが、別に、無理して案内せんくてもよいのだぞ? なに、こんな狭い里の中じゃ。明るいうちにまた会うこともあろうて。案内なんぞ、その時に回してくれても構わん」

「むぅ」

 

 寺子屋に通っている人間の年齢は一定ではなくまちまちではあるが、その全員が子どもであることは言うまでもない。ことりも例外ではなく、肩にかかる程度の黒髪をした小さな童女の姿をしている。

 妖怪が出歩くようになるより先に早く家に帰った方がいい。甘味を横に置いて、女性が気を遣ってくれているのは十分に伝わってきた。

 ここで大丈夫だと突っ張り続けて茶屋にまで行けば、帰る時は間違いなく夜中になる。外の世界と違って、人間の里には明かりになるものはそう多くなかった。ろくな明かりも持っていないことりが出歩くのは少々以上に危ない。

 また、悩む。このまま案内を続行するか、女性の善意を受け入れて帰宅するか。

 ――いくら暗くなったって、少しでも月の光があれば見えるから(・・・・・)平気なんだけど……。

 本音を言えば、このまま案内をしてあげたい。あの店の味を伝えることを後日に回すなんてもってのほかだ。甘いものが好きならばぜひ知っておくべきなのだ。あの味を知っている人を一人でも増やして、語り合いたい。

 そうは思うのだが、人間の子どもが一人で夜を出歩くことは、常識的に考えて危険以外のなにものでもない。いくら自分が平気だとしても、怪しまれる(・・・・・)ような行動はできるだけ避けるべきだろう。

 でも。けど。いやいや。うーん、やっぱり。

 十数秒はそうして悩んでいただろうか。そろそろ答えを出さなければ、と思い始めたところで、ふいと女性が顔を上げると、ことりの背後の空を鋭く見据え出した。

 

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