東方HapPinESS   作:にゃっとう

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六.もっと敬いたまえ! 我を敬いたまえぇ!

 桜だ。

 天井の見えない閉ざされた暗い空から降り注ぐ花びらが、きらきらと魂の光を瞬かせながら落ちてきている。

 試しに手を伸ばして広げてみれば、手のひらにその花弁が収まった。握ってみると、ぱきんっ、とおよそ植物にはありえない音を立てて、その花弁は割れてしまう。

 それも当然と言えるだろう。この花弁は、植物などではない。死者の魂の欠片が固まってつくられた、薄く小さな石の破片なのだから。

 

「――地底も、もう春なんだなぁ」

 

 花びらではないこの破片は厳密には桜とは言えないかもしれないが、地底世界において光り輝く石の破片が降り注ぐ景色は春にしか見ることができない。地上の桜の木の下に埋められた死体の魂が解け、石となったそれが大地の奥深くに存在するこの空間に降り注ぐことで、地上における桜吹雪のような情景を作り出す。それがこの現象の正体だ。

 だからこれは、桜の木が存在しない地底世界における石の桜と言えた。

 

「そりゃあ地上が春なら地底も春だろうね。むしろ地上が春にならなきゃこっちにも桜は降らないもん」

「それはそうだけどね。でも、この桜って元は死者の魂なんだよね……お燐って死体を集める妖怪だったよね。こういうのも集めたりするの? 綺麗だし、わたしもこれなら興味がわくなぁ」

「いやいや、確かに綺麗だとは思うけど、あたいはこういうのは集めないね。ほら、やっぱり死体はぴちぴちの死にかけが一番だから」

「ほらって言われても、わたしは死体なんていらないんだけど……」

 

 現在ことりは、お燐の護衛のもとに地底世界まで降りてきていた。というのも、久しぶりにことりの実家たる地霊殿へと帰るためだった。

 地底世界――正式名称は旧地獄――とは、その名の通り地下に存在する広大な洞窟世界のことである。広大というだけあって、幻想郷の大地の下すべてにその空洞は広がっている。だからと言ってどこからでも行けるわけではなく、むしろ、知れ渡っている出入り口は深い深い縦穴の一つしかない。

 実際にはいくつか抜け道が存在するのだが、それを知っている者は地上にはまったくと言っていいほどおらず、地底でもお燐やこいしなど地上と地底とをよく行き来する妖怪くらいしか知らない。そもそも地底にいる妖怪は地上の人間や妖怪との交流を拒む者ばかりであり、地底の妖怪は基本的に陰湿な者ばかりなので、行き来する妖怪自体が少なかったりもする。

 今回、ことりとお燐は当然抜け穴を使って地底に戻ってきていた。勝手知ったるというわけだ。

 

「ことりもさ、人間を襲えーとまでは言わないけど、いい加減死体とか怨霊くらいは食べられるようになった方がいいと思うよ。ことりはうちらの中じゃ確かに一番弱いけど、生きてる年月で言えばあたいより長いんでしょ?」

「そうは言われても、やっぱり怖いし……って、怨霊くらいはって、怨霊を自由に操れるお燐には関係ないかもしれないけど、妖怪の弱点は本来怨霊なんだよ。へたすると精神乗っ取られちゃうし。まだ人間の方がマシなんじゃないかな」

「じゃあ、人間の死体でも今度食べてみるかい? 正直あんまり手放したくはないけど、ことりになら今度手に入った死体一つくらいなら上げてもいいわよ?」

「え、遠慮しときます……じ、自分とほとんど同じ姿かたちをしてる生き物を食べるのはちょっと……しかもナマ、でしょ?」

「新鮮なうちに食べないとおいしくもないだろうし、当然じゃない。それにおんなじ姿かたちって言うけどさ、よくよく考えなくてもことりは妖獣じゃん。元は獣なんだからそんな気にすることでもないんじゃない? あたいは気にならないし」

「いやいや、わたしは気にするよ」

 

 あいかわらず妖怪らしくないねぇ、とお燐が嘆息していた。ごもっともなだけになにも言い返せない。人間を襲ったことなんて一度だってないし、脅かそうと思ったことだって一度もない。これでも一応数百年は生きてるのだけど。

 

「そんなんだからことりはいつまで経っても弱いまんまなんだよ。そもそも、実家に帰るのに護衛してほしいってなにさ。初めに聞いた時は不思議に思う以前に意味すら理解できなかったよ」

「し、しかたないじゃんっ。地底の都は、その、鬼がつくったものなんだから……わたし、鬼ってちょっと苦手だし」

 

 地底世界には、鬼が築いた巨大都市、旧都が存在している。存在していると言うか、地底世界のほとんどがその旧都であり、地上から移り住んだ多くの鬼がそこらじゅうを闊歩している。

 今ことりとお燐が歩いている場所も、その旧都の一角だ。というか地霊殿は地底世界の中心に存在しているので、旧都を通らなければ地霊殿にはたどりつけない。鬼が苦手なことりからしてみれば、自宅が敵に包囲されているも同じだ。というか敵の陣地の中に自陣がある。

 今は髪と眼帯をしていない方の目を変化で赤く染め、耳と尻尾を猫のそれに変更し、お燐と姉妹のふりをして旧都を歩いていた。狸の長たるマミゾウですら近くを通りかからなければ気づけなかったことりの変化だ。いくら最強の妖怪種族の鬼と言えど、ことりがなにか致命的なミスをしでかさない限りはまず気づかれないだろう。

 そしてそのミスも、マミゾウとの修行で若干変化の技術を向上させ、お燐の護衛がある今では確率は皆無に等しい。数多くの鬼が住まう都の中でも、ことりは比較的安心して地霊殿へと足を向けることができていた。

 ふいと、お燐が考え込むように手を添える。しばらくすると、ずいっと訝しげにことりの顔を覗き込んできた。

 

「ねぇ、もしかしてことりってさ、地上で暮らし始めてからあんまり地霊殿に帰ってこなくなったのって……実はそれが原因だったり?」

「うっ……」

「はぁ……まったく。あたいがたびたび言い聞かせてもそんなに頻度が変わらなくて、帰る時はいつもこいしさまが一緒だったのも、そういうことだったのね。まぁ、ことりのことだし、そんなことだろうとは思ってたけど」

「うぅ、だってぇ」

「はいはい。ことりは昔っから鬼が苦手だもんね。なんで地底なんかにいたんだか……でも、そういうことなら今度からはあたいもこうやってついてきてあげるから、もうちょっと帰ってきておくれよ。さとりさまも、ことりが帰ってくると嬉しそうにするしね。あたいだって、まぁその、嬉しいし」

「それはもちろんっ!」

 

 これまでは、こいしと遭遇し、こいしが地霊殿に帰ろうとしている時だけ地底に下りることができた。お燐もことりが下りることを手伝ってくれると言うのなら、単純計算でこれまでの二倍の頻度で帰ることができるようになるだろう。

 地底には鬼がたくさんいるからと言って、別にことりは帰りたくないわけじゃない。むしろ、しょっちゅう帰りたいと思ったりしている。ただ、それが自主的にしにくいだけで。

 

「あ、見えてきた!」

 

 地霊殿。周囲に他の建物は一切存在せず、和風な都にはあまり似合っていない洋風の館。侘びしく、広く、そこに住んでいる者はサトリ妖怪とそのペットの動物だけ。

 来客だってほぼ皆無だ。地底に数多く存在する鬼でさえ、サトリ妖怪のいる地霊殿には好んで寄りつこうとしない。

 多くの妖怪にとっては近づきたくない陰鬱とした屋敷だろう。けれどことりとお燐にとっては、自分たちの帰るべき、多くの家族が待つ温かい実家だ。

 

「たっだいまぁー!」

「ふふっ。さとりさまー、ただいま帰りましたー」

 

 変化を解き、ことりが地霊殿の扉を勢いよく開け放って帰還の挨拶を言い放つと、隣でお燐がくすくすと笑いながら、同じく自らの主に帰還した旨を口にする。とは言え、呼ばれた当人たるさとりはおそらく自室かテラス辺りにいるだろうから、きっとこの声は聞こえていない。お燐はただ、テンションの高いことりを真似てみただけだ。

 ただ、さとりには聞こえていなくとも、他の家族たちには聞こえている。ことりの元気な叫び声と、お燐の親しげな挨拶を耳にした数多くの動物ことさとりのペットたちが、ぞろぞろと玄関付近に集まり始めた。

 

「わんっ! わんっ!」

「わっ、えへへ、久しぶりぃ。大きくなったねぇ。前はこーんなちっちゃい子犬だったのに」

「ぐるるるるぅ……」

「おぉ、なんか毛並みが整ってる……え? 最近手入れに凝ってるって? うーん、わたしも尻尾とかもっとちゃんとした方がいいかなぁ」

「ぴゃー! ぴゃぴゃぴゃー!」

「す、すごい……さ、上下逆さに羽ばたいてる……どうなってるの? え、翼は動かしてるだけで実は妖力で飛んでる? なんだろう……なんか騙された気分」

 

 犬、黒豹、鳥。その他にもさまざまな動物たちが次々にことりのもとへ群がってくる。ことりも妖獣、元が同種の獣なだけあって、動物と話すくらいのことはお茶の子さいさいだった。

 妖怪化している動物もいれば、そうでない動物もいる。ただ一つ言えることは、ただの動物のまま生を終えることは地霊殿ではありえない。今は普通の動物であっても、いずれは必ずことりやお燐のような妖獣と化すことになるだろう。二人のように人間の形態を取ることができるかは別の話として。

 

「やっぱりことりは人気者だねぇ。あたいが帰ってきたってこんなに集まってきたりはしないよ」

「それはわたしが久しぶりに帰ってきたからだよー。お燐がしばらく家を出てたりしたら、おんなじように群がってく、って、頭つつかないでよぉ! 今わたしいいこと言ってたでしょ!」

「あははっ! いいや、ことりはあたいより確かに人気者だよっ。あたいじゃつつかれたりとか絶対されないしね」

「それは人気者じゃなくて、実はわたしってただ舐められてるだけなんじゃ……むぐぐ、ここはわたしの威厳を取り戻すべき! いいっ、お前たち! わたしは弱くてもお前たちペットの中じゃ最年長なんだよっ。だからねぇ、もっと敬いたまえ! 我を敬いたまえぇ! ――って文字通り舐めないでっ!?」

 

 演説することりに黒豹が一瞬だけ両足で立って寄りかかってきたと思ったら、頬を舐められる。舐めるってそういう意味じゃないよ!? と突っ込みつつ、ことりはぷんぷんと黒豹を叱った。ただ、次々に他の動物からも突かれたり擦り寄られたり鼻で笑われたりされて、誰もかれも敬う様子がないことは明らかだ。元々ことりに威厳なんて欠片たりともなかった。

 そんな好き勝手する動物たちも、けれど、かつんっと誰かが近づいてくる靴音が聞こえると、全員びくっと一瞬だけ体を跳ねさせた。一斉に音がした方向を向き、やがてそれが姿を現すまで誰もかれもが声を出すことを忘れていた。

 

「――騒がしいかと思ったら、帰ってきていたのね、ことり」

「あ、さとりさまっ! ただいま帰りましたっ! びしぃ!」

「びしぃの部分は口に出さなくていいわよ。あいかわらず、あなたはペットたちから大人気のようね」

 

 若干のくせがある薄紫色のボブに、真紅に染まっている両の瞳。手元のフリルが可愛らしい水色の服装と膝に届く程度の桃色のセミロングスカートを着用し、靴は、というか下は家の中ということもあってか赤いスリッパを履いている。

 ただ、彼女のもっとも特徴的な部分は髪色や服装などではなく、その身に纏う赤色の管と、心臓付近で浮いている三つ目の瞳だろう。こいしのそれと違ってしっかりと開いているその目玉は、見る者にとっては不気味とも思えるだろう眼光でさとりたちを貫いてきている。

 普通の人間や妖怪ならば、心を読まれることを知れば警戒の心を抱いてしまうだろうが、もはや完全に慣れていることりたちペットにそれはない。むしろことりは「さとりさまはいつも眠そうだなぁ」と頭にある方の半眼の眼をぼーっと見つめていた。

 ちなみにその心も読まれているため、「眠くはないですが」と補足される。眠そうと思ったのはことりだけなので、他のペットからしてみればちんぷんかんぷんな言葉だろうけれど。

 

「大人気というか、舐められてるというか……」

「物理的にも舐められたと。やっぱり大人気じゃない」

「そうなのかなぁ」

「ええ。でも、あなたたちもいい加減にしないと、あとでこいしに怒られるかもしれないわよ。ことりちゃんは私のものだー、ってね」

 

 口元に手を当てて、さとりがくすくすと笑った。こいしはいつも無鉄砲で子どもみたいなところがあるが、姉のさとりはその逆で、いつも物静かで冷静だ。体型は人間換算で一〇歳を少し上回った程度でしかないはずなのに、どこか大人っぽくも見える。

 さとりの足音を聞いた時は一瞬緊張した様子だった動物たちも、今はもうすっかり弛緩していた。注意されたこともあり、ことりにちょっかいを出してきたりはもうしないが。

 さとりの周りに集まり出すペットたちは、たとえばライオンが静かに横に佇んでいたり、小鳥が心地よさそうに肩に乗っかったりと、実に知的で、どこかさとりが忠誠を尽くしているような印象を受ける。いや、事実そうなのだが。

 逆にことりに集まってきた時は体重をかけてきたり腕の中に飛び込んできたり頬をつついたり舐めたりと好き放題だった。

 これが威厳の違いなのか。むぐぐ、とことりは唸った。

 

「ふふ、私だけじゃないわよ。ペットたちはお燐の言うこともよく聞くみたいだから」

「えっ、そうなのお燐」

「うん? いやまぁ、さとりさまとまではいかないけど多少はね。あたい、自然とうちらペットのまとめ役みたいなポジションにいるし」

「わ、わたしの方が年上のはずなのに……やっぱり完全にわたしだけ舐められてるっ! どういうことなのみんなっ!?」

「わん」

「ぐるぅ」

「ぴゃー」

「なんとなく、ですって」

「こ、この子たちの声はわたしにも聞こえるので訳さなくてもいいですぅ……うぅ。わたし、年長者のはずなのにぃ」

 

 両手と膝を床につくと、ぽんぽんと黒豹が肩を叩いてくれる。一瞬喜びかけたが、元はといえば動物たちが慕ってくれないせいで落ち込んでいるのだ。むしろ今の動作だけで慕うべき相手として見られていないことがわかって逆に落胆したことりだった。

 さとりはそんなことりを、微笑ましそうなものを見る目で見守っていた。

 

「ふふっ。まぁ、ことりはとっつきやすいものね。皆、あなたとなら安心して付き合えるのよ。そうでしょ? お燐」

「あ、はい。そうですねぇ、確かに、暇な時にことりを見かけるとなんだかついていきたくなっちゃいます」

「私やお燐のように慕われているのとは別かもしれないけれど、きっとあなたは誰よりも親しまれているの。それは誇ってもいいことだと私は思うわ」

「え、えへへ。そうかなぁ」

「ええ。だから、顔を上げなさい」

 

 少し褒めればすぐ立ち直る。それがことりである。主たるこいしの姉だけあって、さとりもことりの扱い方はわきまえている。

 むふんっ、と誇らしげに胸を張ることりを、やっぱりちょろいわねぇ、とさとりは忍び笑いを浮かべながら生暖かい視線を向けていたりした。ちなみにお燐も、どこか呆れたような目線をことりへ投げている。

 

「さて、ことり。他に予定がないなら、久しぶりに帰ってきたんだから少し一緒にお茶でもしましょうか。たぶん、もう少しすればこいしも帰ってくるから」

「え? あるじが? えっと、どうしてわかるんです?」

「ほら、こいしにはあなた以外にも何匹かペットを飼わせているから。ペット伝いであなたが帰ってきたことを知れば飛んで帰ってくるでしょうし」

 

 飛んで帰ってくるというのは比喩ではなく言葉そのままの意味だ。ことりもそうであるように、こいしも妖怪だけあって簡単に空を飛ぶことができる。というか、ことり程度ができることは変化以外は大抵他の妖怪にもできる。

 帰ってきたからと言ってやることが決まっていたわけではないので、さとりの提案をことりは快く受け入れた。お燐も一緒に来ないかとも誘ってみたけれど、彼女は彼女でお空――さとりのペットの一人――と遊ぶ約束があるらしい。

 動物たちに「またあとでねー」と軽く別れを告げると、ことりはさとりのあとについていく。久しぶりのさとりとのお話はことりにとっても楽しみなものだ。

 ――気丈に振る舞いながらも、ことりがほんの少し落ち込んだ風な心持ちをしていることが、さとりの第三の目には見えていた。

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