東方HapPinESS   作:にゃっとう

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四.ひゃぁあああぅぅう、あぅうぅう!?

「う……ん……?」

 

 ぱちぱちと木が燃えるような音に、ふと、目が覚める。わずかに瞼を開くと、満月になりかけた丸い月と爛々と輝く星々が片方の視界に入ってきた。もう片方の目は、眼帯で塞がれているせいで見えない。

 綺麗な景色に、初めはぼーっとしていた頭が徐々に働き出すと、どうしてこんなところで寝ていたんだろう、という疑問がよぎった。

 

「ひっ、ぐぅ……」

 

 とりあえず体を動かそうとすると、突如全身に痛みが走る。こらえ切れず、思わず苦悶の声を漏らした。

 そのせいか、そのおかげとも言うべきか、一気に記憶が蘇ってきた。

 ――そうだ。火事真っ最中の家の中に飛び込んで、女の子を……どうしたんだっけ。

 飛び込んで、助けようとした人間の少女を見つけたところまでは覚えている。だけど、それを助けられたのか、失敗してしまったのか。思い出すことができなかった。

 もう一度、体を起こそうと力を入れる。当然、また全身を苦痛が駆け巡るが、ことりは人間よりもはるかに強い肉体を持つ妖獣だ。それが来るとわかっていれば耐え切れないほどではない。

 上半身を起こし、辺りを見渡す。ことりが倒れていたのは、どうやら森の中のようだった。辺りは木に包まれていて、ことりのいる場所だけが少しだけ開けている。

 すぐ隣には火が焚かれていて、誰かがここまで自分を運んできたのだろうか、とことりは首を傾げた。

 

「おや、どうやら目が覚めたようじゃな」

「へっ!?」

 

 どこからともなく女性の声がして、ことりはびくんっと体を震わせる。

 さっき確認した時は誰もいなかったはず。首を動かし、すぐさまもう一度辺りを見渡して、けれどやはり誰一人見当たらなかった。

 

「う、うぅーん、あんなことした後だし……疲れてるのかな」

「これこれ、幻聴扱いするでない。ここじゃここ。目の前におるじゃろ」

「ひえっ!?」

 

 また声がした。それも今度はその方向もしっかりわかった。焚き火のある方角、いや、焚き火自体が声を発していたのだ。

 ど、どういうことっ!? ことりは半ば反射的にずざざぁと焚き火から後ずさり――その瞬間に全身を襲った激痛に、「ひぎゃぁあ!?」と悲鳴を上げてのたうち回った。

 目に涙を滲ませて、草の地面の上で丸くなって痛みにこらえていることりの耳に、呆れているような高い声音の言葉が届く。

 

「別に驚かすつもりはなかったんじゃが……ほれ、これでどうじゃ」

 

 どうにかもう一度焚き火があった方へ視線を戻すと、滲んだ視界の中で、段々とその火が別のものへと変化していった。

 陽炎が消え、火は煙へと姿を変え、やがてそれは人の型をかたどる。

 そうして最後にそこに現れたのは、声音に違わぬ丸メガネをかけた一人の女性だった。狸の耳と頭に乗せた葉っぱ、そして巨大な尻尾が特徴的な、狸の妖獣の女性。

 どうやらこの妖獣は焚き火に化けていたようだった。おそらく、ことりをここに連れてきたのもこの妖獣だろう。

 

「う、うぅぅ……あ、なたは?」

「わしか? 見ての通り、わしはただの狸じゃよ。狸の妖獣じゃ。おぬしの同類じゃな」

「同、類……?」

「なんじゃ、おぬしも妖獣じゃろう? その耳と尻尾がそれを証明しておる」

 

 痛みのせいで、あまり思考がまとまらない。同類、同類。そう、同類だ。

 なんとか頷いてみせることりへと、その狸の妖獣が歩み寄ってくる。そうしてすぐ隣でしゃがみ込むと、ことりの体を上から下まで軽く眺め、顎に手を添えた。

 

「ふむ、きちんと薬も塗ってやったんじゃが……おぬし、妖怪のくせしてなかなかに治りが遅いな」

「わた、わたしは……あんまり、妖怪としての力が、ないから」

「そうなのか? 確かにそう強い気配はせんが……それにしては……」

 

 そろそろ痛みも落ちついてきた。ことりは涙で濡れていた目元を拭い、どうにかもう一度起き上がると、自分の体を見下ろしてみた。

 腕や脚に包帯が巻かれている。襟から胸元を覗いたり、焦げてぼろぼろになった服をめくってみれば、胸やお腹にも応急処置のようなものがされているのが確認できた。

 ことりは考え込むようにして目を細めていた狸の妖獣の女性に向き直ると、頭を下げる。

 

「あ、あの、治療してもらったみたいで、その、ありがとうございました」

「ん、ああ、それくらい構わんさ。大した手間でもないしの」

「それで、えーっと……その、少しお聞きしたいのですが、わたしはいったい……わたしは確か、火事が起きてる家の中に飛び込んで、それから……」

 

 助けることができたのか、できなかったのか。さっきからずっと思い出そうとしているのに、わからない。

 そんなことりの不安を察したのだろうか。狸の女性は顎から手を離して考えごとをやめると、ことりに小さく微笑んだ。

 

「安心せい。おぬしはやろうとしたことをきちんと成し遂げた。あのおなごの父親も、ずいぶんとお前さんに感謝しておったわい。なかなかに惚れ惚れする救出劇じゃった」

「そっか……それならよかった」

 

 満足そうに微笑むことりを、狸の女性は不思議なものでも発見したような目で見つめる。

 

「しかしまぁ、ずいぶんと変わった妖怪じゃな、おぬし」

「そう、ですか?」

「名も顔も知らぬ人間の子どもを救うために自分が死ぬ可能性もある家の中に飛び込むなぞ、妖怪どころか人間でもせんさ。それこそ、よほど極端な正義感を持つような狂人か、自殺願望のあるような者でもなければな」

 

 探るように顔を覗き込んでくる女性に、ことりは戸惑うことなく首を横に振ってみせた。

 

「別に自殺願望なんて、ないです。わたしはただ……」

「ただ?」

「助けなきゃって思っただけです。でも、正義感でもなんでもない。わたしがそうしないと満足できなかっただけの……それ以外なにもありません」

 

 でも、助けられたのならよかった。ことりは綺麗な夜空を見上げて、ほっと息を吐く。

 そんな彼女に、狸の女性はなにか楽しいものでも見つけたように、声を殺して笑っていた。

 

「ふぉっふぉっふぉ、お前さん、やはり面白いな。初め、見たこともない妖かしが人間の幼子に化けているのを見つけた時は、この幻想郷におけるルールでも破ろうとしているのかと、少しばかり懲らしめてやろうとも思ったが……このぶんなら別に人間の子どもを食おうとしていたわけでもあるまいて」

「人間の幼子に化けて、って、な、なんでそのことを……?」

「なんでもなにも、おぬしに甘味処へ案内してもらうよう頼み込んでからずっと一緒にいたじゃろう。妖獣の姿に戻るところもこの目で見ておる。それに、おぬし程度の化け力で狸の長たるわしを騙せるわけもなし」

「えっ!? もしかして、あなたは……!」

「なんじゃ、気づいておらんかったのか?」

 

 狸の妖獣の女性の姿がさらに変化し、耳と尻尾が消え、髪は少し長くなる。すると、ようやくことりもその正体を理解した。

 丸メガネ、葉っぱの髪飾り。黒い長着の上に、黄緑色の紋付羽織袴――帰る途中、団子を買った場所を教えてほしい、とお願いをしてきたじじくさい口調の女性だった。

 

「見覚えがあるじゃろう? というか、そもそも服が同じじゃろうて」

「や、やっぱりっ! あ、あなたも人間に化けていたんですかっ!?」

「そう驚くことでもなかろう。おぬしだって化けていたじゃあないか。それに、むやみに人間を混乱させてはならんからな。里に入る時はいつもこうして人間のふりをしておる」

 

 女性は懐から煙管を取り出すと、なにかの妖術か、指先に火を灯してたばこに火をつける。そして近場の少し大きな石に腰かけると、それを吸い始めた。

 こういう、いかにも妖怪じみた術はことりには使えない。ことりにできるのは体を強化することと、妖力を塊にして狙った方向に撃ち放つ程度。妖怪としての区分で言えば、せいぜいいいところで下の上くらいの実力しかない。

 妖獣としての強さは尻尾の大きさで決まる。

 さきほど見たこの女性の尻尾の大きさは、規格外と言ってもいいほどに大きかった。まず間違いなく大妖怪クラスだ。狸の長だというのも嘘ではないだろう。だからことりも、おそるおそる言葉を選んで会話をしようとしていた。

 その突如現れた大妖怪の正体が団子を売っていた場所を聞いてきた親切な女性だとわかって、少し気持ちが和らぐものの、ふと思い返す。

 この女性はさきほど、懲らしめてやろうとも思った、と言ったか。もしかしてあのまま茶屋にまで案内しようとしていたら、途中で連れ去られてなにかとんでもないことをされていたのだろうか?

 そう考えると、ぶるり、と体が震えた。そんな若干の恐怖がこもった目線に気づいたのか、今は人間の姿をした狸の女性がにやりと意地悪そうに口の端を吊り上げる。

 

「ばぁっ!」

「ひゃぁあああぅぅう、あぅうぅう!?」

 

 まるで子どもを驚かすような、ただ手を広げて大声を上げるだけの動作に、ことりはめちゃくちゃ驚いてのけぞった。そのせいで頭を無理矢理地面にぶつけたうえ、またしても治っていない火傷の痛みが全身を駆け巡る。

 どこもかしこも痛くて、もはやどこを抑えたらいいのかすらわからず、ただただぴくぴくと震えてうずくまることり。そんな様子を見て、慌てて狸の女性が近づいてきた。

 

「す、すまんすまん。ちょっとした冗談じゃ。まさかこれだけでここまで驚かれるとは思わんじゃろ……大丈夫か?」

「へ、へい、平気、ですぅ」

「まったく平気そうに見えないんじゃが……ほれ、横になっておれ。もう驚かしはせん。懲らしめるというのも、思っておっただけじゃ。今はそんな気はまったくないから、安心せい」

 

 大人しくことりは言われた通りにする。じっとさえしていれば痛みも治まってきて、気にするほどではなくなってきた。また動けば痛み出すのだろうけれど。

 寝転がれば、空を見上げることになる。あいかわらず空では無数の星々と、ほんの少しだけ欠けた月が輝いていた。

 

「……ふむ。のう、いくつか聞いてもよいかの?」

「大丈夫、ですよ。えっと、なんですか?」

「おぬしはなぜ人間の幼子に化けておったんじゃ? 食うことが目的でないとすれば、子どもの見た目なんぞしていても別に得なぞせんだろうに。大人にでも変化していた方がなにかと都合がよいはずじゃろう」

「んー……そんな大した理由はないです。わたし実は、寺子屋に通っているんですよ。寺子屋にはあのくらいの身長の子どもが多いですから」

「ほう。それはまた妖怪としては突飛なことをしているものじゃな」

「それに、わたし自身あんまり自分の言動に大人らしいなんて自信はないし……大人の見た目をしてたって、子どもっぽさは抜けないと思います」

 

 変化している時の歳の頃は人間換算で一桁後半ほどの童女になるようにしていたが、そもそもこの本来の姿だって、そう変わらない子どもの見た目であることには変わりない。人間で言えば、ほんの十代前半ほどと言ったところだろうか。どんなに贔屓目に見たとしても大人には見えない。

 ただ、妖怪は外見から歳を判断することが難しいというか、人間と違って見た目で年齢を判断することはできない。ことりと同じくらいの身長の少女の姿をした妖怪が、実は一〇〇〇年以上生きていたなんてことも普通にありえることだ。

 ことり自身も、さすがに一〇〇〇年と言うほど長くはないが、妖怪らしくそれなりの年月は生きてきている。

 

「確かに、団子の匂いを嗅いで幸せそうな顔をするさまなぞいかにも子どもだったからのう。化け力が相当なものだったぶん、妙に幼すぎてどうにもおかしく感じたもんじゃ」

 

 指摘されて、くつくつ、と笑われれば、さすがのことりも恥ずかしくなってくる。むぅ、と頬を膨らませ、つんっと狸の女性から目をそらした。その仕草がすでに子どもっぽいというか、子どもそのものだ。

 ことりは確かに人間と比べれば長い時を生きてきているが、だからと言って特別賢かったり達観していたりするわけでもない。精神面は見た目通り子どもじみていた。長く生きているというのはあくまで人間と比べた話であり、妖怪の世界で言えば、ことり程度はまだまだ育ち盛りのひよっこでしかない。

 

「そう、そうじゃ。その化け力。それがずっと気になっているんじゃが」

 

 狸の女性も、火事への無謀な突貫やこれまでの会話の中で、ことりが非常に幼く、また嘘偽りないことをしゃべっていることを理解している。だからこそ不思議だ、と言わんばかりに、彼女は目線をそらしていたことりへずいと顔を近づけた。

 

「お前さん、あまりおのれに妖怪としての力がないと言ったな」

「は、はい。言いましたけど……」

 

 少しばかり真剣な表情で詰め寄ってくる狸の女性に、思わずかしこまって返事をしてしまう。その際にわずかに火傷の傷が刺激されたが、さすがにちょっと動いた程度で発生する痛みにはもう慣れていた。

 

「ならば、あの変化の完成度はどういうことじゃ? 狸の長たるこのわしでさえ、おぬしの近くを通りかかるまで感づくことができなかった……これまで、どんな輩も一目見ればその正体さえも見ぬいてきたこのわしが、だ」

「え? わたしの変化ってそんなにすごかったりします?」

「すごいどころの話ではない。言うなれば、わしがこれまで見てきた中でも三番目くらいを争うほどじゃよ」

「あ、一番とか二番とかじゃないんですね……」

「それはまぁ、さすがにわしも何千年と生きてきているからのう。その中での一番となると相当なもんになるわい。じゃが……その幼さでそれだけの術の完成度となると、異常と言ってもいいくらいじゃ。才覚だけならば、確かに一番かもしれんな」

 

 異常、なんて表現の仕方はともかくとして、目の前の女性がことりの力をとても高く評価しているのは確かだった。そこまで言われてしまえばさすがに照れる。えへへ、と頬を緩ませて、ことりはまんざらでもない反応をする。

 狸の女性はそんなことりを、一挙一動観察するようにじっと見つめていた。

 

「……どうやら、自身の術の完成度の高さにこれまで気づいてもいなかったようじゃな」

「いやぁ、だって、そんなこと誰にも言われたことなかったから」

「そりゃあまぁ、見破れない変装を誰が指摘できようかという話になるからのう。この幻想郷でも化けているおぬしの正体に気づける輩なぞ限られていようて」

「えへへ。ありがとうございます、でいいのかな?」

「わしは事実を言っただけじゃ。別に褒めたわけでもなし、好きにせい。しかし……となると、やはりそれは生来の才能になるのか。ふぅむ」

 

 狸の女性は顎に手を添えて考え込み始める。ことりは、なにをそんなに悩むことがあるのだろう、と不思議そうにそれを眺めていた。

 しかし、狸の女性はしばらくすると意を決したように顔を上げ、ことりに右手の人差し指を立ててみせた。

 

「お前さん。一つ、わしの提案を聞いてみる気はないか?」

「提案、ですか?」

「なに。善意でもおせっかいでもなんでもない、ただの好奇心や、あるいは暇つぶしのようなものじゃよ。わしが大妖怪じゃからと言って仕方なく受ける必要もなし。別に断ってくれても構わん」

 

 こてん、とことりは首を傾ける。好奇心? 暇つぶし? そんな風に表現する提案というのは、いったいどんなものなのだろう。

 頭上に疑問符でも浮かんでいそうなことりの表情に、狸の女性は、口の端を吊り上げて不敵に微笑んだ。

 

「のう、おぬし――狸の長たるこのわしに、その『化ける程度の能力』を師事してみるつもりはないか?」

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