その記念すべき第一話の乗った『東方外来韋編 壱』、好評発売中! なんとあの有名な三つのアーティストがそれぞれ一つずつ手がけた書き下ろしアレンジ楽曲のついたCDの豪華特別付録つき! これは買うしかないですね!(宣伝)
からんからんっ、と室内に鈴の音が鳴り響く。きょろきょろとを見回してみるが、店主の姿は見当たらない。どうやら奥にある居間にいるようだ。
建物の外装からして奇妙の度合いは相当なものだったが、店内にもまたそれに負けないへんてこな物体がてんこ盛りだった。
たとえば、左右に両腕だろう突起が伸びた細長い木の彫刻。これはお腹だろう部分に緘黙そうに目を閉じた人の顔が鎮座し、ほんの少し前かがみに曲がった首の先端には、目玉を見開いた鳥の頭が刻まれている。
おそらくは外の世界から流れ込んできた芸術品の一種なのだろうが……常人にはまるで理解不能な設計だ。妖怪のことりから見てもわけがわからないし「うえぇ」と引いてしまう。いったい外の世界の芸術家たちはどこを目指しているんだろう。
他にも、目に入るものはほぼすべて、幻想郷ではまずここでしか見られないけったいなものばかり並べられている。『トテモオイシイウヰスキー』とか書かれた立て看板だとか、細長い棒が角の辺りから飛び出ている、たくさんボタンのついた小さな長方形の物体、画面のついた白い四角い箱に、それにつながった一〇〇を越える大量のボタンのついたおかしなボード。外で見かけたものと同じ道具も多数あり、商品棚をところ狭しと埋め尽くして、床にまで及んでいる。
一応、歴史のありそうな壺や猫の置き物、鮮やかな色つきの絵画など、普通の骨董品屋にもありそうな代物も存在しているが、外の世界のものだろう妙ちくりんな道具の方が圧倒的に多かった。
「あいかわらず埃くさい……」
すんすん、と鼻を鳴らし、ことりはほんの少し顔をしかめる。この店は大体いつも窓を開けずに締め切っている。道具に関してもあまり整理されないので、ところどころに埃がたまっていた。
ことりは奥の方から誰かがやってくる足音を聞きながら、おぼつかない足つきで新聞で補修されている割れた窓の近くにある机を目指す。立っているのが少し辛い。できることなら、座りたい。
机までたどりつくと、ことりはその正面にあったイスにどさっと腰を下ろした。
「いらっしゃいませー、って、君か」
店の奥から出てきた一人の男性は初めは営業スマイルを浮かべていたが、ことりの姿を認めると、すぐにそれを崩した。
「えへへ、お久しぶりです。香霖さん」
「あぁ。一月ぶりくらいかい?」
後ろ髪が少し短い白髪のショートボブに、金色の瞳。頭のてっぺんには一本だけ跳ね上がったクセ毛が存在し、黒い縁のメガネをかけている。
洋と和が混ざり合ったような黒と青の左右非対称の服は彼のお気に入りのものなのだろう。いつ会ってもいつも同じようなデザインの服装をしていた。
「と言っても、そのくらいだと久しぶりって言えるかどうかは微妙なところだね」
この男性の名を森近霖之助と言い、この香霖堂の店主だった。ことりは店の名前からちなんで、彼をいつも『香霖さん』と呼んでいる。
ことりは彼にはいろいろと懇意にしてもらっていた。森の入り口に居を構える彼は、住んでいるところだけあって、森の浅いところの地形はある程度把握している。ことりが建てた小屋にも等しいあの家は、この霖之助に教えてもらった空き場所に建てたものだったりもした。
本来であればそういう土地の選定もことりが行いたかったところだが、この森――魔法の森と呼ばれる地域には、妖怪も苦手とする化け物茸の胞子がそこら中に舞っている。その瘴気が比較的温厚かつ薄い場所となると、やはり実際に近くに住んでいる誰かに聞いた方がよかった。
「そうかなぁ。わたしにとっては久しぶりって言えるくらいだと思うんですけど」
「まぁ、その辺りは個人の感じ方次第だからな。知っての通り、この店はお得意さまですら滅多に来ないものでね。僕はほんの数か月程度会わないくらいじゃ久しいなんて感じないのさ」
それはお得意さまと言えるのだろうか。
ことりがそんな失礼な疑問をどうにか飲み込んだこともいざ知らず、霖之助はちょうど店内を見渡せる位置に置かれたイスに腰をかけた。
「それで、今日はどんな用事なんだい? なにやらずいぶんと疲れているみたいだけど……もしもなにか買ってくれるって言うんなら歓迎するよ」
「あぁ、えっと、買うものもあるにはあるんですけど、それより先にまずはこれを見てもらいたくてですね……」
お願いをするのに座ったままでいるのは失礼だ。ことりは立ち上がろうとして、けれど足に力が入らなず、すとんっと元の場所に腰を落とした。
もう一度、今度は近くの机を支えにして立とうとしてみる。だが、それも結果は同じだった。足に体重をかけ始めた瞬間に踏ん張ることもできずにぐらりと体が揺れて、イスに座り込んでしまう。
そんなことを繰り返していれば、当然、霖之助は不思議そうな視線を送ってくる。
「どうかしたのかい?」
「えぇと、その、ごめんなさい。ちょっと、うまく立てなくて……」
「立てない? ……ふむ。どうやら、ただ疲れているというわけでもなさそうだね。なにがあったんだ?」
霖之助はイスから腰を上げると、ことりの方へと歩を進めてくる。ことりは立ち上がろうとすることをやめ、素直に彼が近づいてくるのを待った。
「なにがっていうほどでもないんですけど……えっと、それより香霖さんにはこれを見て欲しくて」
「これって……なんだいこれは」
「服です。わたしの」
「服だって? これが? なんというか、ずいぶんとひどいありさまだな……なにをしたらこんなになるんだ」
「えへへ、いろいろあって……」
あちこちが黒く焼け焦げたブレザーやブラウス、リボンにスカート。もはやボロ布でしかないそれらを手渡されて、霖之助の顔は苦々しさと困惑に歪んだ。
「それで、これを僕にどうしろと?」
「えっと……直せたりしません?」
「無理だよ。ちょっと破けたくらいならともかく、これはどこもかしこも完全に焼け焦げてしまっているじゃないか。これじゃあ新しく作る方がまだ簡単だ」
「そうですか……」
霖之助が受け取った服を机の上に置くのを見て、しゅんっ、とことりは肩を落とした。無理だろうとは思っていたが、やはり無理だった。お気に入りの服だったのに……。
「……僕は古道具屋であって、裁縫屋だとか服屋なんかじゃないんだけどね」
霖之助は唐突にそんな愚痴を漏らすと、がしがしと頭を掻いた。ことりは顔を上げて、そんな彼のしぐさをほんのわずかな期待混じりにじーっと眺めていた。
霖之助はことりがなにが言いたいか、本当はなにをお願いしたかったかなんてことを、もちろん理解している。だからこそ愚痴が漏れてしまう。なにせ、ことりは客だと言えば客なのだが、古道具屋としての客ではないのだから。
「はぁー……わかった、作り直してあげるよ。何日か時間はいるけど構わないね。デザインは前と同じでいいかい?」
ため息ののちに霖之助の口からそんな言葉が続かれて、ことりは弾かれたように顔を上げた。
「っ、大丈夫です! あの、わざわざありがとうございますっ!」
「君は元々そのつもりだったんだろう? それに、作るのは構わないけど、代金はきちんともらうからね」
「もちろんです!」
今日はずっと下を向いていたことりの尻尾が、今は元気に左右に揺れる。
元々、ことりのお気に入りだったこの服は、ことりがお願いして霖之助が手がけたものだった。古道具屋たる彼からそんなことをしてもらう経緯としてはいろいろあったのだが、今は関係ないので一旦それは置いておく。
とにかく新しく作ってもらえるということが重要なのだ。霖之助はあくまで古道具屋だから断られるかもしれない、と思っていたけれど、どうやら杞憂に終わってくれた。ほう、とことりの口から安堵の息が漏れることはしかたがないと言えよう。
「えへへぇ、本当にありがとうございます。香霖さん」
「わかったわかった。そんなことより、なにか買うものがあると言っていたよな。いったいなにを買ってくれるんだい?」
「あ、それなんですけど――」
上機嫌に二つ目の要件を告げようとしたことりの耳――それも獣としての垂れた長い耳が、ぴくりと震える。
この耳が不審な音を拾ったのだ。外から、この香霖堂にまっすぐ近づいてくる足音を。
「こ、香霖さん! それより先に、その、店の奥の方に隠れさせてもらってもいいですかっ!?」
急に慌て出したことりに、霖之助は目をぱちぱちとさせていた。
「上がるのは、まぁ、君なら構わないと言えば構わないんだが……隠れるだなんて、気になる言い方をするね。なにかあったのかい?」
「ひ、人の足音が! ここに近づいてくる人の足音がするんです! 用心のために隠れさせてくださいっ!」
「あぁ、そういうことか。君は一応お客さまだから仮にこれがあいつでも手出しはさせないつもりだけど……君がどうしてもと言うのなら別に構わないよ。勝手になにか盗んだりしなければね」
「そんなことしませんよ! と、とにかく早くぅ!」
「はいはい、ほら、どうぞ」
霖之助がそうやって店の奥の方へ続く方へ手を向けてくれる。そちらに行こうとしてことりは立ち上がろうとするのだが、すとんっ、と。
「む、ぐぐぐぅ……!」
ことりは机に両手をつき、思い切り力を入れて支えにする。それはもう全力で体重をかける。そして必死に足にも力を込め、徐々に体重を足の方へと移していって。
すとんっ。あっさり元の場所に落ちつく。
「た、立てないですぅ! 香霖さん助けてぇ!」
「はぁ……まったく君は。本当に世話が焼けるね」
僕はあまり力仕事は得意じゃないんだが。ぶつくさ言いながら霖之助はことりのすぐ近くにまで歩み寄ると、その場にしゃがんで背中を見せた。
「ほら、しがみつくことくらいはできるだろう。できないならさすがに運べない」
「わ、わかりましたっ! で、でもできないなら運べないって、お姫さま抱っことかあるんじゃないんですか?」
「お姫さま抱っこって、なんだいそれは。どこかで聞いたような……ああ、外の世界の本に書いてあったな。確か、横抱きのことだったか。残念だがそれは僕には無理だ」
「どうしてです?」
「まぁ、僕の腕が人一人の重さに耐え切れなくて途中で落としてしまってもいいならやってもいいが」
「おんぶでお願いします!」
がばぁっ、と霖之助の背中にしがみつく。勢いよく体を預けたせいで霖之助が一瞬前へ倒れそうになるが、なんとか持ち直していた。
「おっとと……って、なんだ? ……うーむ」
霖之助がことりを背負ってすぐに訝しげに眉根を寄せるものだから、ことりはなにか問題があったかと少々慌てると同時に不安になってしまう。
「ど、どうかしました?」
「いや、君、ひどいにおいだな」
「ひどいにおっ!? ひ、ひどいのは香霖さんですよっ! 仮にもわたしだって女の子なのに、そんな、ひどいにおいだなんてっ!」
目元に涙を滲ませて耳元で叫び散らすことりに、霖之助は迷惑そうに耳を塞いだ。
「っつつ……悪かったよ。無神経なことを言ったことは謝る。だけど、あんまり耳元で叫ばないでくれ。頭に響く」
「あ、えっと……ごめんなさい」
「それに君が聞こえたという足音だって、すぐ近くまで来ているんだろう? あまり大声を出さない方がいい」
「はい……」
おとなしくなったことりを背負ったまま、霖之助は店の奥の方へと進んでいく。
と言っても、この建物はそう広くはない。商品が置いてあるフロアからは見えない、居間にはすぐにたどりついた。
「ここで静かに休んでいるといい」
霖之助は適当な場所にことりを下ろすと、店の方へと戻ろうとする。ことりは最後に一つ聞きたいことがあるとでも言うように、そんな霖之助の服の袖をつまんで、それを引き止めた。
「まだなにかあるのか?」
「あ、えぇっと、その……」
どうしても気になるというか、なんというか。あまり認めたくはないのだが、とにかく、ことりはこれだけは聞いておかなければならなかった。
「今のわたしって……そんなににおいますか?」
「いや……まぁ」
「怒りませんから、正直に言ってくれると助かります」
「……本当に怒らないな?」
「はい」
霖之助はがしがしと頭を掻くと、「そうだな」と言って軽く目を閉じた。
「焦げくさいのはもちろんだが、血と薬が混ざり合ったような、なんとも言いがたい異臭もする。いったいなにをどうしたらこうなるんだ? 正直、あまり近くにいたくはないな」
最後の一言が一番こころの心を抉った。言い返したくても、怒らないことを約束してしまっている。
というか、おそらくは事実だろうにおいについての散々な感想に、それ以前にもはや言い返す気力すら湧いてこなかった。
心を撃ち抜かれた――見えない致命傷を負わされた的な意味で――ことりはそれに耐えていることができず、がくんっと項垂れる。なんだろう、どうしてか目の前が滲んできた。
「……ううぅ」
「……怒らないとは言ったが、まさか泣かれるとは……」
「だってぇ」
「はぁ。あとでお湯やタオル、洗髪剤とかも貸してあげるから、今はそこでじっとしているといい。疲れているんだろう? 好きにくつろいでいてくれていいから」
「はい……ぐすっ」
大怪我を負ったうえにずっと焦げた服を着ていて、さらには昨日からずっと体を洗っていないのだから、におうのは当然と言えば当然だった。それでも、こんなのあんまりだ。
泣きじゃくることりに配慮してか、霖之助は少しだけことりに気を遣ったようなことを言った後、店の方へと戻っていった。
初めはただただ無慈悲な現実に打ちのめされていたが、数秒もすれば、一つの決意を固めるとともに、段々と冷静さも取り戻してくる。その決意とはすなわち、絶対にあとでこれでもかというくらい体を綺麗に洗うこと。
絶対だ。絶対、絶対絶対綺麗にする。今着てる服も、帰ったら布団も必ず洗う。
「ぐすんっ……だから、今は」
からんからんっ、と入り口の方から誰かが建物に入ってきたことを知らせる音が鳴った。びくりっとことりの肩が震える。そう、今はこれに対処をしなければならない。
ことりはできるだけ見つからないように居間のさらに奥へと移動していく。歩けないので、手を伸ばして体を引きずっていく形で。
そんな彼女の耳には、入ってきた誰かの「いるわよね霖之助さん。上がるわよ」という声が聞こえていた。