東方HapPinESS   作:にゃっとう

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八.ど、どうにか、どうにかしないとっ……!

「なんだ魔理沙か。最近は静かだったのに、今日は急に騒がしくなってきたな」

「まだなんにもしてないのに来て早々騒がしいはないぜ。おっと、霊夢もいたか」

「なに? いちゃ悪い?」

「あぁ、悪そうだぜ。お前の機嫌がな。なにか面白いことでもあったか?」

 

 機嫌が悪いだろうことをわかっておきながら面白いことがあったかなどと聞く辺り、なかなかのひねくれ者なのかもしれない。

 

「誰……?」

 

 どうにも聞き覚えのない声、そして霖之助の呼んだ魔理沙という名前に、ことりは首を傾ける。

 初めに久しぶりと挨拶を交わした時に霖之助が言っていた通り、この香霖堂はあまり客が訪れる場所ではない。売っているものが非常にマイナーだということも理由の一つだが、なによりも、どの道具も幻想郷にはないもののために使い方がわからないことが大きい。つまり、たとえ買ったとしてもなんの役にも立たない荷物と成り果てることが大半なのだ。

 香霖堂に訪れる人物でことりが知っているのは、自分と霊夢の二人だけ。古道具屋なんてそうそう立ち寄るものでもないので他の客のことなんてわからないことは当然なのだが、魔理沙はどうやら霖之助とも霊夢とも知り合いであるらしい。いったいどんな存在なのか、気になってしまうことは避けられなかった。

 

「あんたが期待するようなことなんてなに一つないわよ。あんたの方はこんなところにいったいなにしに来たの?」

「さぁな。香霖に聞いてくれ」

「僕にわかるわけがないだろう。まぁ、どうせ魔理沙のことだから用事なんて特にないんだろうが……それから霊夢、いい加減僕の店をこんなだとか言うのはやめろ」

 

 霖之助の対応から察するに、この魔理沙という少女らしき人物は、霊夢と同様に霖之助とは長い付き合いらしい。霖之助も注意し慣れているというか、もはや諦めたような声の色をしていて、おそらく二人ともこれまでどれだけ言っても聞かなかったんだろうな、ということが容易に想像できた。

 

「それよりなんだよ霊夢、お前の足元に転がってるその黒いゴミは。踏んづけて滑っても知らないぜ」

「霖之助さん、掃除はしっかりやった方がいいわよ。ただでさえここは埃くさいんだから」

「それをそこに捨てたのは霊夢だろ。ったく」

 

 昨日まで着ていた服を焦げくさいと投げ捨てられたり、ゴミだとか言われたりするのは妙な気分だった。事実その通りにしか見えないので文句は一つも出てこないが、むぅ、と拗ねた時のような感情が胸のうちに生まれることは避けられなかった。

 

「あ、おい魔理沙。勝手に……」

「ふむふむ、なんだこれは。妙に焦げくさいな。かろうじて女物の服だってことはわかるが」

「……僕に服の仕立て直しを依頼しに来た客が置いていったんだよ。そんなありさまだから、新調しなきゃいけなくなった」

 

 霖之助が片づけようとしたところ、魔理沙がそれを横からかっさらったのだろう。霖之助は、ほんの少し不満そうに事情を説明していた。

 

「そういえば今日の新聞で気になることがあってな」

「その話はもうしたわ」

「おっ、そうか。なら話を変えるぜ」

 

 霊夢が魔理沙の話を遮ると、魔理沙はこほんっと一つ咳払いをした。

 

「そうだなぁ……よし、これにしよう。珍しいな香霖。私たち以外からそんな自称古道具屋らしくないことを引き受けるなんて。頼むやつも頼むやつなんだが」

「これにしようって、雑だな。それから自称じゃないし、君たちだけが特別みたいな言い方も間違いだ。僕からしてみれば毎度払ってくれないツケで済ます君たちよりも、きちんとお金を払ってくれるお客さまの方が立場は上なんだから。君たちにもしてあげてることを、喜んでくれるお客さまにしないのは僕の挟持に反する」

「香霖が挟持だとかそんな崇高なもんを持ってるとは思えないぜ」

「偏見だよ。僕は、物を売った時にその人が買ってよかったと感じてもらいたいと思っている。そしてできることなら、僕も売ってよかったとも思えるようにね」

「ふんっ、どうせ後半の方が本音なんだろ? 香霖が物を売ってるところなんてろくに見たことがないし、ここにあるのは非売品や売れない商品ばっかりなんだからな」

 

 そんな魔理沙の言葉に、霖之助は言い返さない。彼女の言うことが本当だからか、あるいはなにを言っても彼女の認識を覆すことはできないとわかっているからか。あるいはどちらも半々ずつ混ざっているから、なにも言わなかったのかもしれない。

 

「そんなことよりさぁ、聞いてよ魔理沙」

 

 今度は霊夢が不満げに声を発する。魔理沙は「聞かないぜ」と一蹴していたが、そんなことは知らんと言わんばかりに霊夢は言葉を続けた。

 

「今日ちょっとした腹いせに適当な妖怪を退治しようと思ってたんだけど、ほら、見てよここ。手痛い反撃を受けて服が破けちゃって。聞いてる?」

「だから、聞いてないぜ」

「だってさぁ、まさか弾幕がまったくの逆方向に方向転換するとは思わないじゃない? 油断してたから当たっちゃって」

 

 聞いてる? なんて問う割に返事はどうでもいいらしい。あいかわらず霊夢はまったく気にせず話を続けていた。

 

「お前はいつも油断してるじゃないか。なんだか前にもこんなことがなかったか?」

「それでね、こうして霖之助さんにつぎはぎのお願いをしに来たんだけど、先客がいるから数日かかるって言ってやってくれないのよ。ちょっと縫い繋ぐだけなのに」

「聞いてやってんだから私の話も聞けよ」

「いやあんた、聞いてないって言ってたじゃない」

「聞こえてたなら話を止めろよ。この通り、霊夢の話なんて誰も聞いてないぜ。言うだけ無駄だ」

「あのねぇ、そもそも、聞いてなかったら聞いてないなんて答えられないわよ」

 

 霊夢の主張が確かにその通りだと納得できるものだけにたちが悪い。聞いてる? という質問に魔理沙が答えた時点で、その内容がどうであれ、霊夢にとっては話を聞いているということになっているらしい。

 しばらく二人は軽口で言い合いを重ねていたが、やがて話の路線が元に戻ってきた。

 

「で、なんだ? つまり香霖は、先にこの黒焦げの服の新調を依頼されたから、霊夢のそれは後回しにするって主張していると」

「そうなのよ。すぐ終わるのに。ひどいでしょ?」

「いいや、ここは香霖の方が正しいぜ」

「ほら霊夢、魔理沙もこう言っているじゃないか」

「ま、もしも私が霊夢と同じ立場だったなら、なんとしてでも私の方を先にやってもらうけどな。すぐ終わることを後回しにされるなんてバカらしいし」

 

 今は他人のことだからどうでもいいが、自分が同じ立場なら無理を言ってでも先にしてもらう、と。あまりに自分本位な魔理沙の回答に、ことりはもしかしたら、この魔理沙という少女は妖怪なのかもしれないと当たりをつけた。妖怪にはそういう自分勝手な考え方をする者が多い。

 霖之助は一度は魔理沙に便乗しかけたが、すぐさま彼女がひらりと意見を翻したからか、はぁー、とこれまでで一番大きなため息を吐いていた。それから、「とにかく、なにを言おうが絶対に霊夢の仕立て直しの件は後回しだからな」と主張する。

 当然霊夢が言い返し、霖之助が断固として譲らないという、魔理沙が来る前と同じ構図に状況が戻った。初めはそんな二人に茶々を入れていた魔理沙だったが、二人の口争がまったく変わり映えのしないものになると、次第にその口数は少なくなっていった。

 

「早く、帰ってもらいたいんだけど……」

 

 でなければことりが帰ることができない。ことりのことは後回しでもなんでもいいから、とにかく二人には、とりわけ霊夢にはすぐにでも帰ってもらいたい。それが今のことりの願望だった。

 これ以上盗み聞きをしていてもあまり意味はなさそうだ。とりあえず、誰かがこの居間にまで来ようとする足音にだけ注意していれば――そんなことを考えていた直後のことだった。

 とんとんとんっ、と。床から響く、近づいてくる硬いものを叩くような規則正しい音。

 びくっ、とこれまで以上にことりの体が跳ねた。これは、間違いない。あの三人のうち誰かが、この居間にまで来ようとしているのだ。

 

「ま、まずいっ」

 

 ことりはすぐさま居間全体に視線を巡らせた。店の方から見えない位置はたくさんあるものの、実際に誰かがこの部屋に来て、ことりが隠れても気づかないだろう場所は一切ない。それも当然だろう。居間なんてものは基本的にくつろぐためにあるもので、入り組んだ作りとはもっともかけ離れた一室なんだから。

 このままではことりがここにいることがばれてしまう。どうにか、どうにかできないか。できなければ、不機嫌なあの外道巫女に問答無用でぼこぼこにされてしまう。土に頭を埋められる以上のひどいことをされてしまうのかもしれない。想像すればするほどに、ことりの体はぶるぶると震え出す。

 

「ど、どうにか、どうにかしないとっ……!」

 

 もう時間がない。あと五秒か? 三秒か?

 焦りに焦っていたそんな時、ふいと、ことりの頭の中に一つの言葉がよぎる。

 ――どうやら、自身の術の完成度の高さにこれまで気づいてもいなかったようじゃな。

 そう、変化だ。妖怪としての力が弱く、治癒力も低く、頭もあまりよくないことりの唯一と言ってもいい取り柄。狸の長たる女性があそこまで称してくれたあの力であれば、この場面を乗り切ることができるかもしれない。

 改めてもう一度、ことりは首を動かして部屋中を見回した。今度は身を潜める場所を探すのではなく、自分が象るちょうどいいものを探すために。

 そうしてことりは、大事そうに立てかけてあった一つの道具に目をつけた。本当にこれでいいかと迷っている時間はない。即座に妖怪としての力を体内で練り上げると、自分が対象のものとなるイメージを思い浮かべる。それが確固たるものとなってすぐに、ことりは力を術として自身へ適用した。

 視界や聴覚など、五感はそのままに、徐々に自分の体が変化していくのがわかる。腕が消え、足が消え、心臓も脳さえもなくなって、ことりは一秒もしないうちにたった一つの道具と化した。

 足音の主が姿を見せたのは、その直後だった。

 

「お茶お茶っと。あいつら不毛なことで言い争ってるからな。今のうちに物色しておくぜ」

 

 そんなひとりごとを呟きながら居間に入り込んできたのは、ことりの見たことがない、霊夢の後に香霖堂に訪れた魔理沙という名前だろう少女だった。

 ことりはその一〇代前半と言った年齢の少女を目にして、ほんのわずかに驚いた。妖怪というものは、相手を見るだけでそれが人間か妖怪かを見分けることができる。そしてことりの予想に反して、この少女はなんと人間だったのだ。

 金色の瞳に同色の髪色、髪は左側だけおさげにして前に垂らすという、少しばかり変わった髪型をしていた。その上にはいかにも魔法使い然とした白いリボンのついたつばの広い黒い三角帽をかぶり、その身には、黒い服と白いエプロンを織り交ぜたような衣装を纏っている。

 ことりが霖之助に作ってもらっていたお気に入りの服も彼女の着ているものと同様、白と黒を主体としたデザインをしていた。ことりは思わずこの魔理沙という少女に親近感を抱きかけたが、すぐにそれを振り払った。

 相手はあの妖怪巫女の友人らしき人物だ。最大限警戒し続けていなければならない。

 

「確かこっちの棚にあったはずなんだが……ん?」

 

 今のことりは道具に姿を化けさせている。しかも相手は妖怪でもなんでもないただの人間だ。昨日のように、ただ一目見るだけで正体を看破されることはないとはわかっている。けれど急に魔理沙がことりのそばに近づいてきた時はさすがに驚愕を抑え切ることができず、かちゃり、と変化した体をわずかに揺らしてしまった。

 その音を耳にした魔理沙は、ことりのすぐそばにあった棚から視線を離すと、足元にそれを落としてきた。そこには当然、不自然に置かれた一つの道具こと、変化したことりが転がっている。

 

「こいつは、私が香霖に上げたぼろい剣の鉄くずじゃないか。懐かしいな」

 

 ひょいっ、と魔理沙がどこもかしこもぼろぼろな剣――の姿に化けていることり――を拾い上げた。その瞬間にことりは正体がばれたのではないかと、さきほどよりも大きく身震いしてしまったが、どうにか気づかれなかったらしい。だからと言って、ほっと息をはくような状況でもなかった。

 ことりの心に緊張が走る。人に持たれているという現状は、ことりにとって非常に芳しくない。いくら変化をしていたとしても、本物の道具のようにまったく身動きを取らないわけじゃない。ことりがわずかにでも身じろぎをすれば剣もかたかたと震えるし、移動しようと思えば、物理的に不自然な体勢でぴょんぴょんと跳ねることだって可能なのである。姿かたちを変えていても、ことりが生物だという事実は変わらないのだ。

 とにかく身じろぎをしないように、ことりは集中する。触れられているこの状態ではそれの感触が魔理沙へダイレクトに伝わってしまう。そうなれば、変化していることがばれてしまう可能性がある。

 早く、早く元の場所に置き直してくれ。そう懇願することりの願いとは裏腹に、魔理沙は、さらに余計なものにまで目を留めてしまっていた。

 

「うん? あれ、おかしいな……なんで二本あるんだ?」

 

 それはことりが変化の元とした、立てかけてあったぼろぼろの金属の刀。魔理沙はそちらにも手を伸ばすと、本物の剣と変化したことりとを見比べていた。

 

「……傷がある部分までまったく同じじゃないか。どういうことだ?」

 

 その言葉を聞いて、ようやくことりは自分のしでかしてしまった大きなミスに気がついた。

 ことりの変化の術の完成度が狸の長に認められるほどに高いものだということは間違いない。これまで彼女以外の誰にも気づかれなかったし、寺子屋に通い始めてからだって、昨日以外で誰かに怪しまれたことなんて一度足りともなかった。

 けれど今回はその術のうまさが致命的になってしまっている。この目で見たものとまったく同じになるようにイメージし、変化をしてしまったのだ。それでは見比べた時に、その者へ明らかな違和感を与えてしまう。

 少しでも術の精巧さを崩すべきだった。そうすれば二本の刀は似たような別物だと捉えられていたはずだ。だが、今それを反省したところでもう遅い。

 この瞬間、魔理沙という少女には、この二本の刀がまったく同じものであることがばれてしまったのだから。

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