仮面ライダードライブ with W   作:日吉舞

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招かれざるR -1-

 二月という月は、日本で最も気温が下がる時期に当たる。

 誰もがコートに身を包み、マフラーの隙間から顔を出し、背中を丸めながら歩いて寒さを凌ぐ。

 しかしここ風都では、強く吹き荒れる乾いた風も、街のシンボルである風車を動かして恵みを与えてくれる存在であった。あちこちにある巨大なそれは今や完全に街の一部であり、住民たちの心象風景にも織り込まれるほどに自然なものだ。

 

 故に街の人々は「風」そのものに愛着を持ち、時期の違いを全身で感じ取る。

 冬の冷たい風は殊に身を冷やしてくれるものだが、だからと言って嫌いにはなり切れない。

 風都の片隅に建つ古びたビリヤード場の一角に探偵事務所を構えている男も、そんな住民の一人であった。

 「鳴海探偵事務所」の看板を継いで、何度目かの冬。

 私立探偵である左翔太郎は師匠である鳴海荘吉と同じく、風都で移ろう季節をここで過ごし、その全てに感慨を持っていた。

 

--寒風吹きすさぶ冬。どんよりと曇った午後の空の下、事務所で一人コーヒーを相棒にタイプライターを打つ。これこそがハードボイルドだぜ……

 

 時折吹きつける空っ風がデスクの側の窓をガタガタと揺らすが、タイプライターを打つやかましい音と奏でる独特なハーモニーを楽しむのも悪くない。

 市松模様のタイルとくすんだ緑色の壁、アーリーアメリカン調の家具に囲まれた中で仕事に打ち込む時間が、翔太郎は何よりも好きだった。自らが目標として掲げる「ハードボイルドな」男は、どんな状況でもその空気を楽しむ余裕を持ち、小さなことにはこだわらない器の大きさを必要とする。

 だからたとえ隙間風に震えようが、建物の古さの割に高い家賃に悲鳴を上げようが、さして気にはしていなかった--

 

「いてっ!」

 

 もっともそれは、都合がいいハードボイルドの雰囲気に浸る自分を邪魔する何かがなければ、の話であるが。

 荘吉の代から使い続けているデスクの下に伸ばした足へと突っ込んできた正体不明のお騒がせ虫は、たちどころに彼の機嫌を損ねた。

 くるぶしの辺りに勢いよくぶつかったそれを、仏頂面の翔太郎が拾い上げる。

 

「……って、何だこりゃ」

 

 持ち上げたものが予想外のモノだったことに、彼は眉根を寄せた。

 捲り上げたワイシャツから突き出た細めの手が掴んでいたのは、車のラジコンだった。大きさは大人の掌ほどしかない小型の製品だが、少なくとも昨日までこんなものは事務所になかった筈だ。

 裏返される格好になっているラジコンは、動けないことを抗議するかのように手の中でモーターを唸らせ続けている。

 

「翔太郎、そんな雑な持ち方をしないでくれたまえ!」

 

 そこへ、不意に別の声が割り込んできた。

 ブーツを履いた足が床を少し怒った調子で踏み鳴らし、声の主が翔太郎の視界に入ってくる。ラジコンのコントローラーを片手にしたその人物は、ひょろりと細い身体に裾の長いパーカーを纏い、癖のある黒髪を幾つも跳ねさせた、顔にまだ幼さの残る青年であった。

 彼は翔太郎からラジコンを掠め取るように奪い返すと、本体に異常がないか入念なチェックを始めた。

 

「自動車の部品というのは、存外にデリケートなものなんだ。ボディを乱暴に掴み上げるなんて、どうかしてるよ」

「そのラジコンはお前のか、フィリップ!」

 

 いつの間にかオフィススペースに出てきていたフィリップがラジコンをこと細かく確認する様子に、翔太郎が呆れ顔になった。

 フィリップは、この鳴海探偵事務所を預かる翔太郎の相棒だ。そして天涯孤独の身でもあり、翔太郎が家族も同然の存在だった。

 

 外に出ることを好まず人とのコミュニケーションも苦手なフィリップであるが、彼の天才的な頭脳に翔太郎はいつも助けられている。故に、多少の問題行動があっても許すべきなのであろう。

 ただしそれも金銭的、物理的損害を伴わず、この風都に吹く風と同じように気まぐれに振り回されないことが前提条件であった。

 

「性懲りもなく、また変なオモチャにハマっちまって……まったく」

「変なオモチャとは失敬な。見たまえ!この小さなボディには、自動車の基礎とも言うべき技術が詰まっている。あんな大きなものを小さくするだけでなく、ここまで操作性を高めて子供にも簡単に操縦できるようにしているんだ。素晴らしい技だと思わないか?」

 

 おおかた、ネットショッピングで手に入れたのであろう。手にした小さなラジコンカーをほれぼれと眺め、その良さに熱弁を振るうフィリップは、文字通り新しいオモチャを前にした子供と同じであった。

 

 しかし翔太郎は、フィリップがある周期で興味の対象をころころと変えることを知っている。どうせこのラジコンも、自分が組み上げられるだけの知識を得たら、たちまち放り出してしまうのだろう。それまでの辛抱であることを心に留めながら、私立探偵の青年は適当な返事を返した。

 

「そりゃあ、昔からあるオモチャなんだからな。時代とともに進歩もするだろうさ」

「そう!ラジコンは今やドローンが主流となりつつあるが、やはり基本は車なんだ。そしてその車も、これまで動力はガソリンが主なものだったが、今やエネルギー源はそれに留まらない。このラジコンと同じように電気で走ったり、太陽光で動くものですらある。翔太郎、君はその違いを知ってるか?」

「あーもう、わかったわかった!わかったから、俺の仕事が一段落してからにしてくれ。なっ?」

 

 一気に捲し立てられて多少は面食らいつつも、翔太郎はタイミングを測ってフィリップを宥めた。そしてそのまま、半引きこもりの相棒が自室としているガレージへと向かってぐいぐい背中を押していく。

 途中、フィリップがはたと足を止めて怪訝そうな顔をした。

 

「……そう言えば、どうしてうちの事務所には車がないんだい?」

「あ?どうしてって……」

 

 相棒が口にした疑問を一瞬理解しかねた翔太郎が、逆に質問で回答しそうになる。あまりにも当たり前な問いに呆然としかけながら、彼は至極もっともな答えを返した。

 

「そりゃあお前、俺たちは仮面ライダーなんだぞ。車なんて乗ってたら、仮面ライダーじゃなくて仮面ドライバーになっちまうだろ」

 

 そう。

 翔太郎とフィリップはこの風都を守るヒーローであり、「二人で一人の」仮面ライダーWだ。

 探偵業の中でもメインの依頼となっているのが、人間を超人に変える魔のアイテム「ガイアメモリ」が悪用された事件である。今日という日まで、警察に頼っても全く事態の進展が見込めない子羊たちが、幾人もこのオフィスのドアを叩いてきた。

 

 彼らを救ってきたのが二人の変身するWであり、「仮面ライダー」であるからにはバイクに乗っているのが必然なのである。

 文字通り「灯台もと暗し」の状態だったことに今気づいたらしいフィリップが、二度三度と目を大きくしばたかせ、納得したように大きく頷いた。

 

「なるほど、そうか!」

 

 かと思うと、天才青年は次の瞬間にはすぐに深く考え込む表情になって呟いた。

 

「しかし、仮面ドライバーか……興味深い」

「おっと!」

 

 彼が腕組みして白い指を顎に当てたところで、もう興味を失ってしまったらしいラジコンが腕から落ちる。それが床に激突する寸前に翔太郎が本体を受け止め、小さな車を事故から救っていた。

 百歩譲ってフィリップの目まぐるしく変わる趣味は許すとしても、興味がなくなったモノを粗末に扱うのは勘弁して欲しいところだ。

 

「やれやれ……ん?」

 

 溜め息をつき改めて手にしたラジコンを見た翔太郎が、ふと気づいたことがあった。

 今手の中にあるラジコンのボディーは、ドイツ車であるフォルクス・ワーゲン社のニュービートルという、丸っこいフォルムが特徴の車種だ。

 

 翔太郎は、これと同じシルバーの車を愛車としていた女を知っている。

 ともに戦う仲間でもあった彼女は、ある日突然別れも告げずにアメリカへと去った。彼女と過ごした日々は未だ翔太郎の心に強く焼きつけられ、デスクに飾られた写真のはにかんだ笑顔を見る度、胸の奥がちくりと痛む気さえする。

 

--あいつ、今頃どうしてるんだろう。元気でやってるといいが……

 

 今は思い出の中だけにいる、大切な人物。

 心の片隅を横切った小さなつむじ風にさらわれかけた半熟探偵の表情が、僅かに曇った。

 その時である。

 何の前触れもなく乾いた衝撃音がオフィスに響き渡り、同時に横合いから翔太郎の頭を衝撃が襲ってきた。

 

「あたっ!」

 

 思わず反射的な呻きを漏らし、半熟探偵は現実に引き戻される。

 

「何ボンヤリしてんねん。仕事よ仕事!」

 

 彼に緑色のスリッパで突っ込みを入れた主が、これまた元気な言葉で追撃する。

 いつの間にかデスクの横に来ていたのは、中学生くらいの少女ーーと言われてもおかしくないほどに若い、小柄な女性であった。寒い中でもポニーテールに結った髪と短めのホットパンツというファッションが、更なる躍動感を与えている。鳴海探偵事務所の所長だと本人の口から説明されても納得できないレベルのこの女性が、書類上の責任者でもあった。

 

 結婚したために今は照井亜樹子の氏名だが、彼女は初代オーナーである鳴海荘吉の娘であり、正式な土地家屋の持ち主でもある。

 しかし年齢に見合わない荒っぽい言動が絶えないのは、亜樹子が結婚してからも同じだ。

 無論翔太郎とて、いつ何時でもお構いなしのスリッパの一撃に常に甘んじているわけではない。

 

「くぉら!亜樹……」

「さ、どうぞどうぞ!」

「……子」

 

 が、怒鳴ろうとした翔太郎の声が途切れたのは、亜樹子のすぐ後ろに別の人物が控えていたからであった。亜樹子が連れてきたらしいその女性は、思わず腕を振り上げかけている翔太郎に対して頭を下げる格好となる。

 

「あの……は、初めまして」

「今回の依頼人の狩谷美幸さん。うちの事務所を探して迷ってたところに、偶然会えたの。だから私が案内してきたってわけ。まあ、所長は私なんだしね!」

 

 えっへんと胸を張った亜樹子が、ぽかんとした間抜け面の翔太郎を上目遣いで覗き込む。

 亜樹子が悪戯娘もかくやという表情なのは置いておき、翔太郎は依頼人の美幸という女性を素早く観察した。

 

 彼女は翔太郎よりも少しだけ大人っぽい雰囲気のある一方、どこか危うげな雰囲気がある人物のようだった。裾広がりになっているファーつきの黒いコートを纏った姿は華奢で、誰かが支えていなえれば風都の風に巻かれてしまいそうな儚さもあり、不安に曇らせている顔すら素直に美しいと思えてしまう。

 

 荘吉のダンディズムが濃いオフィスに突如として現れた可憐な一輪の花に、翔太郎は軽く咳払いをしてから挨拶の言葉を口にした。

 

「初めまして。俺がこの事務所の探偵の、左翔太郎です。あらゆるトラブルはこの俺が、ハードボイルドに解決して見せます。どうぞご安心ください」

「は……あ、はい」

 

 フィリップや亜樹子とのやりとりをどこまで見ていたかは不明だが、美幸は明らかに態度の違う若い探偵に面食らっていた。

 翔太郎がまだ戸惑いを隠せない依頼人を応接スペースへと案内しながら、亜樹子に命じる。

 

「亜樹子、応接室にコーヒーだ」

「へっ?」

 

 まるで自分がここで一番権限があるかのような言い種に、今度は亜樹子が面食らう番であった。

 彼女がはっと我に返った頃にはもう、翔太郎はネクタイを直しながら応接室のソファーに腰を下ろしている。その立ち振舞いから滲み出ているのがどう見ても「残念なハードボイルド」感であることに、恐らく本人は気づいていないのだろう。

 

「はぁ、切り換え早っ!」

 

 毒づいた亜樹子が、憮然としつつも来客用のコーヒーカップを取り上げる。

 

「いつものことながら、感心するね」

 

 その感想は、ぷりぷりと怒りながら依頼人に気を使うことを忘れない所長を手伝おうと傍に来たフィリップも同じであった。

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