第00話 『こうしてオレの就職活動が幕を開けた』
「ハァ、またやっちまった」
深い溜息とともに後悔を口にするも時既に遅し。挑むこと十七戦目、今回もまたいつもと同じ過ちを繰り返し、オレ、
いやいやちょっと待て、全ては夢物語かもしれない。念のため軽く左頬を抓ってみよう…………痛い。
なるほど、やはり都合よく夢オチになるほど現実甘くないか、ハハハ。
「ヤバい。もう四年の冬なのに一社も内定もらえてないとかフリーターコースまっしぐら? 嫌だ嫌だ嫌だああああ」
「柊くん!」
ん? 頭を抱えて項垂れるオレを誰かが呼んでいる?
なんとなくこの展開には覚えがあったため無視したかったがそういうわけにもいかない、戦友を祝福するのを怠るほどオレはまだ落ちぶれちゃいないんだから。
声のした方へと視線を向けると、そこにはつい数時間前に出会ったばかりの坊ちゃんメガネの「鈴木くん」が立っていた。顔には満面の笑みが張り付いている。
「おめでとう鈴木君、これで君のリクルートファイターとしての戦いは終わったんだ。これからは立派な社会人としてオレの分まで頑張ってくれ」
「え? なんで僕が内定もらえたって知ってるの? それにオレの分までって……」
「まあそういうことだ。でも気にしないでくれよ、オレは全くこれっぽちも後悔なんてしてないからさ」
キリッとした爽やかスマイルとシェイクハンドで戦友の門出を祝い「じゃあな。絶対こっちには戻ってくるなよ」と残し、オレはその場から立ち去った。
「"ありがとう! 柊くんもがんばってね!" か。……うるせぇよ、オレはお前よりも全然頑張ってるっての、ハァ」
鈴木君の前から足早に立ち去ったオレは一つ目の角を曲がったところで絶賛ションボリ中、暫く立ち直れそうにない。
今のオレの姿を誤って瞳に映してしまった人は、一様に "彼はまるで死んだ魚のような目をしている" と口にするだろう、其のくらい今の俺は虚ろな目をしている。
おまけに肩から上はガクリと垂れ下がり、少し気を抜けば前のめりに地べたに這いつくばりそうな勢いときた、死んだ魚のような目をした "ゾンビ" と揶揄されても文句を言えまい。
「ともに戦った戦友の愚痴を零すなど、なんて愚かな行為か! とか思っていた時期がオレにもありました……」
最終面接十七戦全敗の偉業を成し遂げたオレ《柊葵》は実はもっと凄い "異業" を目の当たりにしている。
今まで各最終面接会場でお友達になった十七人全員が内定をもらえているのだ、しかもその場で。
これを "異業" と呼ばずしてなんと呼ぶだろうか、オレには分からない。
カッコイイ感じで言ったけどこれって結構へこむんだよね、友達三人くらいと高校受験の結果見に行って自分だけ落ちてたときのあれみたいに……ハハハ。
はぁ? なんでオレは受からないんですか? 神さまとかいるんだったら教えてくださいよ。
日頃の行いが悪いんですかねー? オレって実直に生きてる真面目な人間だと思うんですけどー?
それなのにどこにも内定もらえないとかいじめですかー?
あーもう神さま死ん……ッ!! いかんいかん、ダークサイドに堕ち掛けてしまった。神さま相手にに八つ当たりとか流石に違うよね。
しょうがないこの憂さを晴らすにはあれをやろう。
死んだ魚のような目に気力を戻し、最早恒例行事となったあれをやるため、オレは足早に目的の場所へと歩を進めた。
「おー流石は超一流企業、一つの個室に四つも付いてるとは。腕が鳴るぜ、ククク」
まずはしっかりと鍵のロックを確認し、ズボンを下ろします……。
あ、いや、今回はズボンは下ろさなくて良かったか。やっぱりいつもの癖で下したくなるよねズボン。
はいはい、そんなことはさておき、オレの相棒リクルートスーツちゃんにおじさま方の汚いお尻とお知り合いになってもらいたくはないので念入りにフキフキしてからスタンバイ。
「さあ始めましょうか、ククク……っとその前に」
一回落ち込んでおこう、あとから思い出すのとか嫌だしね。
「……死んでしまえ出目金親父。嵐の夜に落雷に打たれてから車に轢かれて死んでしまえ……」
内に秘めし恨みの数々を左手の拳に乗せ解き放つ。
リミッターの解除されたその一撃は白き防壁を貫かんばかりの威力――なわけないじゃん。力一杯殴りつけた壁は傷一つなく原形を保ったままですやん。
おかししいな、ちょっと手がヒリヒリするんですけど。……嘘です強がりました、なんか腫れてます。ヒビとか大丈夫だよね?
それにしても、もう四、五発殴っとけばよかったな。何が "葵って女の子みたいな名前だよね、恥ずかしくない? ハハ" だ。父さんと母さんが一生懸命考えてくれたであろう名前をバカにするとか許せるわけがないだろ、クソッ! …………痛い。
一つ溜息零してから両頬をパチンッと叩き、お落ち込みモード終了。
それではさっそく "ご迷惑をかけた企業さんに今更謝りに行くとか小心者のオレには無理だからせめてもの償いとして愛の溢れる社内にしちゃおうぜ作戦" を実行するとしよう。
内容的には化粧室のちょっと時間のかかる方に完備されてる引いたらガラガラって音のするあの子の切れ端をハート型に織り込んでしまおうよいう作戦なのだ。
いや~地味に手先とか器用だから楽しんだよね。これで一芸入社とか出来たら最高なんだけどな、そりゃ無――
『内定欲しい?』
思わず絶賛内職中だった両手が止まる。
恐る恐る顔を上げ、上下左右前後ななめとオレの存在する空間全てに視線を向けるが誰もいない。
念のためロックを解除し、全個室及び掃除用具入れを調べるも当然誰もいない。
「なんだ空耳か」
大きく息を吐き、緊張で強張っていた両肩から力を抜く。
流石小心者と言えば良いのだろうか、スーツの下に着込んでいたワイシャツが一瞬にして汗でグッチョリ。特に脇の辺りは酷く、染みとかにならないかちょっと心配だ。
焦った~マジ焦った、座敷わらしさんが出てきたかと思ったよ。疲れてんのかな?
まあ何にせよ、そんなのいるわけないよね。とりあえず顔でも洗ってから作業に戻るとしますか。
センサー付きの蛇口の下へと両手を滑り込ませ、流れ出る温水で手汗を洗い流していく。
流石超一流企業さん、冷水じゃないんだな、と関心しつつ両手でお椀を作り、一杯になった温水が漏れ出る前に顔を浸しリフレッシュ。
どちらかと言えば今回は冷水のが良かったんだけど、まあ文句を言っても仕方ないか、お陰で手は冷えなくて済んだんだし。
予めポケットから取り出しておいたハンカチで顔を拭き、何の気なしに視線を前方の鏡に向けた瞬間フリーズ。
『ねぇ、就職したくないの?』
リクルートスーツを着用したオレと小さい女の子――ロリが立ってました。
よ、よ~し、な、なな何の問題もななないぞ……
美しい白銀の髪をギリギリ肩にかかるか否かという長さまで伸ばした少女。
指を通せば心地よい快感を与えてくれるに違いないその髪にはアクセントとして黒いリボンが結わえられている。
場所は左側面。反対側にも同じものが存在するのかもしれないが今の彼女のポジショニングでは確認することが出来ない。
一度目を瞑って落ち着いてから再確認。
なんだろうこれ、軽くジャケット引っ張られてない? 嘘でしょ嘘だと言って……
瞼を持ちあげ、鏡に映るリクルートスーツを着用したオレとちっちゃい女の子を再確認することに成功……?
「…………」
銀髪少女がオレの左側でオレを見上げるように立っているってことはこのオレの左側のオレのジャケットを引っ張られてる感じは紛れもなくこの銀髪少女が引き起こしている事象なんですね
いる。完全にオレの左側に
き……キタアアアッ!! チャンス巡ってキタアアアッ!! うっひょおおお~座敷わらしさんがオレのもとにもやってキタアアアッ!!
マジか? マジですよ! 座敷わらし大先生に遭遇出来たら幸運ポイントうなぎ昇りの天井知らずですやん。オレの内定見えてきたんじゃないの? きましたよッ!!
――いや待て落ち着くんだオレ。まずはご挨拶をしなくてはならないだろう普通。
「こ、こんにちは座敷わら」
彼女の名を呼ぶことすら許されず、またしてもフリーズ。
出来うる最高の笑みを向けたその先、体の左側には誰も立っていなかった。
しかし、ジャケットにかかる負荷は消えてはいない。
視線を鏡の方に戻す。……………………いらっしゃる。
体の左側をもう一度確認。………………いらっしゃらない。
再度鏡を――
『何してるの? 就職したくないの?』
「し、したいであります大先生」
『ん? 大先生? ワタシは大先生じゃないよ』
「…………え?」
『女神なんだよ』
「座敷わらし大先生じゃなくて女神さま?」
『うん』
座敷わらし大先生じゃなくて女神さまってことはあれか………………夢?
昔こじらせた廚二病の名残で変な夢を見ているという解釈でいいのかな?
あ、確かによく考えたらここの主って大先生じゃなくて花子姉さんじゃないか。
化粧室のドンと言えば花子姉さんとか今時小学生でも知ってるぞ。
つまりこれは夢だから変な事が起きても不思議じゃないと、なるほど。
ん? 夢ってことはつまりオレはまだ最終面接十六敗しかしていない?
これは起きてから正夢にならないように気をつけて頑張りなさい、という優しい女神さまのお心遣い?
な、なるほど、大先生より女神さまのが良い人じゃないか。ありがとう、マジでありがとう。
「女神さまって良い人なんですね~。ちなみにオレって就職出来そうですか?」
『もちろん』
「ま、マジで!? どこです? どこですか?」
冷静に考えればこんな馬鹿げた夢になに本気でテンション上がってんだお前? って思うけど、十六連敗中のオレは藁にもすがる思いなんだ。
『う~んどこだろうね、それを決めるのはワタシじゃないから分からないや』
「そ、そうですか……」
『こらこらそんなに落ち込むんじゃないよ、この偉大なる女神さまがどこにでも就職させてあげるよ。ワタシとのゲームに勝てば、だけど』
「…………はぁ?」
自身を《女神》と名乗った少女は体を正面へと向け直し、オレの瞳を鏡越しにジッと見つめる。
数秒間の沈黙の後、先程までの年相応の少女のそれとは異なる声音で『もちろんやるよね?』と彼女はにっこりと微笑んだ。
わけわからん。鏡の向こう側の少女? 女神? ゲーム? まったくもって意味不明すぎ。でも――
「や、やりまーすッ! やらせて頂きますッ!!」
『ホントに? 本当にやるんだね?』
「
『そう。ならこれにサインだよ』
差し出された紙に目を落とす。――が、はっきり言って読めたもんじゃない。
オレの妄想廚二設定も大概適当だな、こんな可愛らしい女神っ子が出てくるのに使用言語の方はノータッチですかい。完全にキャラクターシート作って放置したなオイ。
あ、ちなみにどうやってこの謎の言語が書かれた紙を受け取ったのかというと "鏡から手が出てきた"。
いやマジで、冗談とかじゃなくて出てきたんです。 "ぬちゃ" って感じで。
とりあえず "もう細かいことは気にするのをやめよう" と思った瞬間ですよね。どうせ夢なんだから変な事も起きるわな。
とまあそんな感じで詳しく内容を理解しようともせずオレは内ポケットに刺していたボールペンを勢いよく引き抜き、赤い点線の枠内に "柊葵" と自身の名前を記入した。
そうして、未だ出っぱなしの小さな右手へと差し出し、 "ぬちゃ" と引っ込んでくのをお見送りして暫し待機中なわけだ。
ゲームに参加するのに同意書が必要、つまり過激な遊び? 刀で切り合うとか銃で撃ち合うとか?
うおおおおお昔の血が騒ぐぜ! 夢の中だけでも大活躍してくれる!
『良かった~、受けてくれてワタシはとっても嬉しいよ』
「喜んで頂けたのなら光栄でございます女神さま。なんてね」
『ハハハ、やっぱりキミにして大正解だね。それじゃあ期待して待ってるよ。いってらっしゃい "おいちゃん"。入口はそこだよ』
「あ、はい、行ってきます。……え? ここ?」
女神さまに促されるままにオレは個室の中へと消えていくのだった。