葵くんの封印されし忌まわしき力が今解き放たれる!
ほぼ番外編なのでゆるいテンションでどうぞ。
第00話 『あ、UFO!』
"ペルセウス" 戦より時は進んで一ヶ月後。
箱庭二一〇五三八〇外門に存在する居住区画と舞台区画を結ぶ広場にてオレは圧倒されていた。
普段ならまだ日が昇り始めて間もない時間帯故に人通りの少ないこの場所が恐るべき人口密度を叩きだしている。
見渡す限りヒト、ヒト、ヒト。オレのよく知る『人』から頭に犬や猫の耳をつけた者まで多種多様な『ヒト』が入り乱れている。
驚くべき光景にあんぐりと口を開け茫然と立ち尽くすオレに、傍らで佇む少女は軽やかなトーンで一言「まるでヒトがゴミのようですね、ご主人様♪」と微笑んだ。
「やめなさい。それは言ってはならないお約束だよ」
「えぇーそうなんですか? でもほら」
前頭葉辺りから "にょろり" と這い出るあほ毛が指し示すはヒトの山。
髪の先端まで神経が通っているのか、或いはそれ自体に意思があるのでは、と疑問に思いながらオレは苦言を呈す。
「言いたいことは分かるけどせっかく集まってくれた皆さんをゴミ扱いとは酷いんじゃないかな」
「むぅ……でも一回言ってみたかったセリフなんですよ。ちょっとだけ愉悦に浸れるじゃないですか、『ハッハッハ、俺様のためによくもまあご苦労なこった、このクソムシどもが』って。まあ、ご主人様がダメと仰るなら二度と言いませんけど」
そういうことは "魔王" 時代にやっておきなさい、と胸の内で苦笑するオレを彼女はいじけた表情で見上げる。
頬を膨らませながら拗ねるその表情は反則だって、可愛いやつめ。以前彼女とリリちゃんに二人同時コンボを決められた時は思わずまとめて抱きしめてしまったくらいだ。
当時の甘い光景がフラッシュバックし、思い出し笑いならぬ、思い出しニヤニヤをするオレに彼女は「ご主人様気持ち悪いですよ」と言わんばかりの視線を向けてくる。
我ながら相当恥ずかしいところを見られてしまった。
「なに顔を赤くしてるんですかご主人様? もしかして朝からやらしいことでも考えてました?」
「はいはい。バカなこと言ってるとオオカミさんになっちゃうぞ」
的外れなツッコミをする少女に「がおー」とジェスチャー付きで迫ると予想通りの反応が返ってきた。
「キャーご主人様ダメ~、もっと激しくぅ~」
「やめなさいおバカ」
調子に乗って艶のある声を出しながらオレの腕に胸を押し当てるどうしようもないおバカ。ほぼ無いんですけどね。
だがもし仮に、誰かにこの痴態を見られでもしたら人生終了のお知らせが殴り込みをかけてくるかもしれない。怖すぎるだろう。
ぺチン、とおでこにしっぺを喰らわせ「さあそろそろ時間だよ」と一歩下がる。
「もぉ~ご主人様にならいつでもウェルカムなのに」
「バカ言ってないでほら、皆さんお待ちかねだよ」
「えへへ、了解でーす♪ それでは今日も張り切って皆をアルの虜にして差し上げましょう。いってきます、愛しのご主人様♪」
満面の笑みと敬愛の言葉を残し、今日もオレのメイドさんは光り輝くステージへと駆け上がって行った。
◆ ◇ ◆ ◇
『L・O・V・E ラブリーアルちゃん! ふぅ~♪』
響き渡る黄色い声援ならぬドス黒い声援。
オレはそのなんとも言えない気持ち悪い声を耳にしながらステージの上で舞い、楽しげに謳う少女の姿を離れた位置からそっと眺めていた。
箱庭世界の狂気を目にした気分だよ。
いい歳こいたおっちゃんからショタまで様々な雄たちが彼女のステージ見たさに夜遅くから長蛇の列をなし、待ち構えていたのだから。
ピョンピョンとリズムに乗せて飛び跳ねる雄たちを瞳に映しながら彼女の偉大さを改めて実感する。
『アルちゃァァァァァ~ん!』
『世界一可愛いよォォォォォッ!』
『結婚してくださァァァァァァい!』
聴く者を魅了し、目にしたものを虜にする美声と容姿を持ち合わせた彼女の名はアルゴール。オレのメイド兼皆さんの天使だ。
彼女は今、広場に設けられた簡易ステージで絶賛アイドル活動に励んでいる。
事の発端はアルが "ノーネーム" に来て数日が経った日の夜。風呂上りに水樹の苗で造った貯水池付近を散歩していたオレがたまたま彼女の唄を耳にし、人前で謳ってみては? と勧めたところにある。
最初は嫌がっていたアルも徐々にその気になり、試しにここで謳ってみたら大成功。今ではちょっとしたファンクラブまで存在している。主としては鼻が高い。
ちゃっかり金貨や食料、衣類など沢山の贈り物をもらってコミュニティに貢献していたりもするのだ。流石オレのメイドさん、優秀すぎて何故か泣けてくる by 絶賛無の職庶民兼一般人。
閑話休題閑話休題ーッ!
現実の厳しさに頭を抱えて項垂れていると不意にステージから声が飛んだ。
「みんなー大好きだよ~♪」
ニヒヒ、と悪戯っぽい笑みでまた一人、また一人と道行くヒトが彼女の虜になっていく。
もちろん既存のファンたちは『俺たちも大好きだよーッ!』とニヤニヤ気色の悪い笑みで返している。
その姿はさながら大好きなブロンドの先輩を崇拝するうちのハレンチ担当のようだ。
つまり一言で言うと "厄介"。
ああいう信者タイプに目をつけられると後々面倒だからな、ここは大人しく眺めていよう。
絶対に関わり合いにならないでおこう、と決め視線をステージへと戻すとアルと目があった――瞬間。
「でも、アルが愛しているのは世界でただ一人! 愛しのご主人様だけですッ!!」
どーん! といつ仕込んだのか演出を際立たせるために爆発音が響き渡たる。
静寂。何が起こったのか分からず困惑するお客様たち。
沈黙を破る第一声はヒトの山から生まれた。
『それは俺だァァァァァァッ!!』
だー、だー、だー、と木霊する叫び声。
また誰かが叫んだ。
『いいや、俺だァァァァァッ!!』
だー、だー、だー、と再び木霊する叫び声。
これはもしかして、とオレの優秀な頭脳が結論を導き出した瞬間。
『俺だァァァァァッ!!』
『俺だァァァァァッ!!』
『俺だァァァァァッ!!』
『俺だァァァァァッ!!』
始まった。狂気に満ち溢れた会場から魂の叫び声が木霊する。
誰にも、この会場にいる誰にも負ける気がしないぜ、アルちゃんのご主人様は『俺だァァァァァッ!!』と喉が潰れる勢いでショタからおっちゃんまで様々な雄たちが求愛行動に走り出す。
オレは広場の端に設置されたベンチに腰掛けながらゆっくりとその様子を眺めていた。
この感じ、悪くない。叫べ叫べ仲間たちよ。オレたちモブが活躍出来る唯一の場面を楽しんでいこうぜ。
――だが、最後に笑うのはこのオレだ。せいぜい今の内に無駄な足掻きをするんだな。
脳内とはいえ厨二発言を連呼するオレの表情は狩人のそれを思わせるハイパーイケメンモードに違いない。
くぅ、テンション上がってきた! もっとだ、もっと叫べ。前座はお前たちにくれてやるよ。
『俺だァァァァァッ!!』
『俺だァァァァァッ!!』
『俺がアルちゃんのご主人様だァァァァァッ!!』
響き渡る魂の叫び声。
狂乱の地に終止符を打つべくオレは勢いよく立ちあがる。先程まで座っていたベンチに上り、誰よりも高い位置から、誰よりも大きな声で叫んだ。
「オレがアルのご主人様だこの野郎おおおおおッ!!」
静寂。再び静まり返る広場。視線は自ずとオレの方へと集まる。
顔を伏せ、勝ち誇った笑みを浮かべながら一言「フッ、勝った」と漏らす。
これは完全にオレの、柊葵の勝ちだ。あんたらの呆けた面が滑稽に映って思わず笑ってしまいそうだよ、ククク。
伏せていた顔を上げ、見渡す先には驚きの表情で固まる雄たち。
さあどうした、オレに称賛の言葉を述べよ。今すぐ例の言葉を投げかけてこのゲームは終了だ!
『…………』
沈黙。静寂。
オレの思惑とは裏腹に雄たちはただ茫然と立ち尽くし、動こうとしない。
そんな彼らのふぬけた姿に(あれ、おかしいな、普通この流れでいくと)と疑問符を浮かべていると再びステージから声が飛んだ。
「ご、ご主人様……やはりアルのことを一番に愛してくださっていたのですね。――結婚しましょうッ!!」
しょー、しょー、しょー、と木霊する愛の言葉。
瞬間それは起きた。マグマのように沸き上がる怒声がオレを襲う。
『ふざけんなテメェ誰だァァァァァァァッ!』
『俺のアルちゃんと結婚だと!? 許さんッ!』
『今すぐここで塵にしてくれるわ糞ガキぃぃぃぃッ!』
響き渡る怒声にオレは困惑した。
あれ? うそーん? なんで? ちゃうちゃう、それやない、そんなんちゃうて、おかしいわ、聞いてへんて。
あまりの衝撃の大きさに三毛猫さん風に困惑してしまう。
おかしい。何かがおかしい。オレの知っている流れだと
『俺だ』『俺だ』『俺だ』……「オレだァァァァlッ!!」
『どうぞどうぞー』
って皆が譲ってくれて誰かが『いやいや、なんでやねん!』ってツッコミ入れてくる流れでしょ。何これ、皆ノリ悪くない。
最悪だ。こいつらワールドワイドなこのノリ知らないの? 遅れすぎだろ、そんなんじゃ面接受からないぞ。臨機応変な対応をあいつら見てるからね。
……………………え?
ちょっとなんですか!? 何でそんな怖そうな顔でオレのこと見てるんですか?
はぁ、マジ意味分からんし。引くわ―こいつら引くわー。
やっべ、そろそろリリちゃんのお仕事手伝う時間じゃね。じゃあオレはこの辺で。
ちょっとなに道塞いじゃってくれてんスか? 帰れないんですけど。
お前をここで始末する? オーイエー、ユーダーイ?
うっせバーカ、あんたらよく見たら "ペルセウス" の人じゃねぇか。絶対便乗してオレのことボコりに来ただろ。
"てへっ、バレちゃったぁ♪"
可愛らしく舌を出しながら悪態を吐く "ペルセウス" のおじ様方。
オレは一瞬とは言わず数瞬まったく動けなかった。
迫り来る嫉妬の亡霊たち。抱えるは幼女に対する不穏な欲求。
華麗に謳い、麗らかに舞う銀髪ロリを監禁し、毎晩毎晩己が肉棒によって汚したおそうと企む輩がこの中に何人いるのだろうか。
負けられない。オレは彼らのためにも絶対に負けることを許されない。
何故ならば彼女を監禁しようものなら指先一つで肉棒をカチンコチンの再起不能にされてしまうからだ。
そう、あれはまるでフ●ーザ様のデスビームのような煌めき。人差し指から発せられる褐色の輝きは何者にも防ぐことを許さぬ閃光。
以前ジン君が誤ってオレのスーツにドリンクを零した時なんて……
"わぁー大変、ご主人様の衣服に染みができちゃう。ジンはホントにおっちょこちょいなんだから――このクソムシがァァァァッ!!"
十六夜君ですら気まずい表情で目を逸らしてたからな、ファンの皆様だったら色んな意味でショック死するかもしれない。……うん、がんばろう。
なんとしても戦い抜いてやると決心したオレの瞳に彼女が映った。
笑っている。ステージにて佇む少女はにこやかに笑っていた。相棒の
――やってやるよ。
力無き己を鼓舞するように胸の内で何度も繰り返す。
――手足が震えるなら放っておけばいい。
――心が折れそうならへし折ってしまえばいい。
――オレは雑魚だ。オレは屑だ。オレは弱い。
――だがな、雑魚には雑魚のやりかたってもんがあんだよ!
天へと向け勢いよく右手を伸ばし、人差し指一本で世界を驚嘆させろ。
持てる力の全てを今ここに。秘められし力はこの時のためにあった。あの永遠なる空へと向けて今解き放たん。これがオレの全力全開だーッ!
「あ、UFO!」
放てば必中。如何な者も太古より紡がれし悠久の言には敵わぬ。ヒトがヒトであるが故に幻のものとされた
憎悪、嫉妬、肉欲に
口の端を片方だけ持ち上げ、ニヤリと笑みを零し、オレは全力で駆けた。決して振り返りはしない。戦いはまだ始まったばかりだ。いざ行かん、"サウザンドアイズ" 支店へ。
助けてヤ―さん殺されるぅ~!
『待てやゴラあああああッ!!』
◆ ◇ ◆ ◇
日本屈指の競走馬 "ディープイン●クト" 並みの速さで駆け抜けること十数分。遂にオレの瞳に彼女の姿が映った。
いつも通りせっせと見せ先を竹ぼうき一本で清掃するお団子ヘアがベリーキュートな店員さん。
「見つけましたよ救いの女神様! お願いします
「………………はぁ?」
「はぁ? じゃないですよ。今オレ追われて」
『どこ行きやがったクソガキィィィィィッ! 出てこォォォォォォッイッ!!』
突然現れて土下座&涙目で嘆願するオレに困惑するお団子ヘアの店員さん。
後方からは "ペルセウス" のおじ様方を筆頭に鬼の形相で迫る悪鬼修羅。
オレに残された手は一つしかなかった。
「ええい面倒だ、ごめなさい!」
「ちょ、なにを――ッ!?」
『あの野郎この辺にいた気がしたんだが。チッ、逃げ足の速いヤツめ』
『おい、もしかしてここに逃げ込んだんじゃねぇのか?』
『ここって……ば、バカ野郎! "サウザンドアイズ" じゃねぇか。指差すな殺されるぞ』
『おっと、すまんすまん。とりあえず他を探そうぜ。オレたちのアルちゃんの為にもヤツだけは絶対にこの手で息の根を止めてやるんだ!』
『おぉーッ!!』
足音が完全に消え去った事を確認し、ホッと一息吐く。
「あ、危なかった……。奇跡的に扉が閉まってくれたから助かったものの、あのまま開いてたらマジでヤバかった。今日は運がいいのかもしれない。あー良かった良かった」
「何も良くありません、この名無しの旗無し "ノーネーム" ! 今すぐ私の体からその汚らわしい肉塊を退けなさい!」
「え……あっ、す、すみません。すぐに」
どうやら今日は運がいいわけではなかった。
そもそも運が悪いからこそこうして追われていたのであって、ってそんなこと考えている場合じゃないか。
頬を朱色に染め、キィィィッ! と睨みつける店員さんに謝罪しつつ、急いで立ち上がり手を差し出す。
しかし、それはお気に召さなかったのか、転がっていたハタキでオレの手を払い除け、「"ノーネーム" にこれ以上触れられるなど耐えられませんので、御気持ちだけ受け取っておきます。もちろんゴミ箱いきですが」とかなり棘のある言葉を彼女は口にした。
「ホントすみませんでした。いきなりやってきて押し倒されたら普通怒りますよね、ごめんなさい」
「しつこい方ですね。私は
「え? でも来るたびに "ノーネーム" "ノーネーム" って邪険にされてるような……な、何でもありません」
起き上がり埃を払っていた店員さんの鋭い視線がオレを射抜く。
怖い。普段から吊り目なのにそれをもっと吊りあげて睨まれたら何も言い返せやしませんよ。
思わず目を逸らすオレに彼女は「言いたいことがあるのならなんなりとどうぞ、名無しの旗無し "ノーネーム"」とまた意地悪な物言いで攻撃してきた。
だからその表情で言われたらだんまり決め込むしかないっての。
ハァ、と溜息を吐くオレを尻目に踵を返して店の奥へと彼女が足を伸ばした瞬間「キャッ」と可愛らしい悲鳴が漏れた。
足を滑らせ、前のめりに転倒する店員さん。
こんな時オレが超絶主人公体質だったら、軽やかなステップで回り込み、正面から店員さんを受け止めることが出来たのではないだろうか、まる。
「危ない!」
ギリギリ届いた左手で割烹着の裾を掴み、そのまま目一杯オレの方へと彼女を引き寄せる。――が
「あ、ヤベぇ、無理」
「え……? きゃっ!!」
とにかく助けなくては、と全力で引っ張ったがために踏ん張りが利かず、彼女もろとも後方へとダイブ。
今度は逆に押し倒される形で地面へと叩きつけられた。
「
「いきなり何をするんですか "ノーネーム"! 貴方のせいで私まで巻き込まれたではありませんか……うぅ、最悪です」
「いや~予定では後ろから抱きしめる形だったんですがうまくいかないもんですね、ハハ」
「それは良かったです。"ノーネーム" に抱きしめられるなど末代までの恥ですから」
どうやら彼女に怪我はないようだ。これだけの悪態が吐けるのであれば心配はいらないだろう。
寧ろ心配なのはオレの方なのだがもう少し黙っていよう。
「何をニヤケた顔をしているんですか "ノーネーム"。ただでさえ不揃いな顔が余計に――」
あ、バレた。
かああ、と顔を赤らめ、わなわなと肩を震わせてらっしゃる、オレの正面数十センチ手前で。
せめてもう少しだけ堪能したかったな、今後一切訪れることのないサービスタイムを。やはり美人のお姉さまに限る。テイクアウトお願いします。
まあ、この件は一回忘れて、コミュニティに帰る方法を考えないとな。
思考を切り替え、冷静さを取り戻すオレとは裏腹に青ざめた表情で固まる店員さん。
一体どうしたのだろうか、と彼女の視線を追っていくと――
「ほほう、これはなかなかに面白いのう。真面目だとばかり思っていたおんしが大胆にもこんな真昼間から客を押し倒し、淫らな行為に及ぶとは。私はとても
「ハッ、まじめそうなツラしてやることやってたか。――そら景気よく一発ぶちゅ~っと」
やはり今日は運が悪い。店員さん、巻き込んでしまってすみません。
もっと痛々しい厨二感全開でも良かった気がする。