リクルートファイター葵くん   作:まひる

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第01話で省いた擬似デートの詳細について。
本編とは関係ありませんので飛ばして頂いても大丈夫です。


第1.5話 『審判! レッドカード!』

「ごめん、葵。私こういう経験とかなくてよく分からないんだ。下手、だよね?」

「そんなことないよ。お恥ずかしながら経験不足という点についてはオレも一緒だから。上手くリードできなくてごめん」

 

 バーサークモード黒ウサギさん強襲後、オレたちは街へと移動し絶賛デート中だったりする。

 そう、これは "デート" なのだ。互いを慕う恋人たちが定期的に行うと噂されるイベント。

 オレと耀ちゃんは今、それを()()している。人々が行き交う煉瓦とカットガラスで彩られた歩廊を二人仲良くウインドウショッピング。慣れない恋人ごっこに少しばかりの緊張感を味わいながら歩を進めるのだ。彼女の小さな歩幅に合わせてゆっくり、ゆっくりと。

 歴戦の相棒、リクルートスーツのジャケットをジン君に預けてきた関係で、ワイシャツとその下に着込む半袖の薄い肌着を身に付けているだけだ。もちろん上半身は、という補足説明を付け加えておく。

 別段、暑いというわけではないのだが黒ウサギさんの命により取り上げられてしまった。恐らく、より緊張感を増す作戦なのではないだろうか。

 とはいえ、ウサ耳少女の思惑通りに事が進むはずもなく、耀ちゃんはいつもと変わらない表情でオレの隣を歩いている、肌を密着させながら。

 これも全てウサ耳少女の注文。ワイシャツの袖をたくし上げ、むき出しの状態にある耀ちゃんの腕とオレのそれを絡ませる。もちろん止めの貝殻つなぎも忘れない。

 擬似であるからこそより過激に恋人を演じるべきデス♪、と頬を染めながら進言された時は思わず溜息が零れた。見逃してくれるかわりに耀ちゃんを立派なレディへと成長させるのがオレのミッションらしい。逃げる気なんてなかったのに強制ですよまったく。

 

――黒ウサギは常々思っておりました、耀さんには何かが足りないと。そう、それは "溢れ出る魅力" です。レティシア様のような最高の女性に近づくため、今から葵さんと恋人を演じ、色々学んで頂きます――

 

 流石スーパープラチナブロンド教の信者さん。周りを巻き込まないでください。

 

「客観的に見たら今の私たちどうなんだろう。やっぱり不釣り合いかな?」

 

 満面の笑みでレティシアさんを絶賛するウサ耳に苦笑を浮かべていると、顔は正面のまま、相変わらずの無表情、平坦な声音で耀ちゃんが疑問を口にした。

 なんだそんなことか、答えなど最初から分かりきっている。今更過ぎる疑問にオレは自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「だと思うよ。オレたちじゃあ誰がどう見たって同じ答えじゃないかな」

 

 美少女とぼんくら。或いはその他大勢として見られているに違いない。

 だってモブですから、と肩を落とすオレに耀ちゃんは「葵のバカ」と小さく口をすぼめる。

 

「私も一応女の子なんだ、嘘でもいいから『そうじゃない』って言って欲しかった。大切な友達に現実を突きつけられると少し凹む。やっぱり黒ウサギの言う通り私って魅力ないんだね」

 

 悲しげな声音とともに小さな手から力が失われていく。表情の見えづらい彼女が珍しくしょんぼりと眉を下げ、一つ二つと溜息を零した。

 些細なすれ違いから関係が悪化し、取り返しのつかないことになるとは誰が言ったことか。まさに今のオレたちのような状態を表すに相応しいのではないだろうか。

 思わず口元が緩み、小さく苦笑を漏らしてしまう。

 痛い。軽く手の甲を抓られた。隣を歩く少女はそっぽを向きながら可愛らしく頬を膨らませている。

 恋人という関係はなかなかに大変らしい。愛おしく思う彼女に拗ねられるとさらにいじめたくなる。真実を告げるのは簡単だがもっと、もっと、と見た事のない表情を追い求めてしまう気持ちも分からなくはない。まあオレたちの場合、恋人というよりは仲のいい兄と妹に近いような気がするが。

 徐々に足取りの早くなる少女を捕まえるように絡み合う手に力を込め、立ち止まる。

 不機嫌そうなジト目がこちらへと振り返ると同時に空いていた方の手で彼女の頭を撫でた。

 

「確かに普通の人が見たら耀ちゃんって無愛想な子にしか見えないかもね」

「うぅ……葵、酷い。止めを刺すなんて鬼だ。悪魔だ」

「まぁまぁ最後まで話を聞いてよ。でもさ、大親友のオレは耀ちゃんの魅力を少しだけ知ってるよ。表情の変化が分かりづらくて、おまけに平坦な口調で話すからなにを考えているのかさっぱり分からない」

「君は私をそんな風に思ってたんだね。大親友なんて言葉で上げておいて崖の上から突き落とすなんて鬼畜外道だよ。三毛猫に言いつけてやる」

「だから、まだ終わってないって。それにいつも言ってるけど耀ちゃんのその無表情、平坦な声音はアリだと思うよ」

「ならどうして酷いこと言うの? 私のこと嫌いになったんじゃないの?」

「いやいや、話が飛躍しすぎてるから。えぇーっとつまりさ、何が言いたいのかと言うと、耀ちゃんには最強の武器『ギャップ萌え』があるんだよ」

 

 ナニソレ? と言いたげな瞳で小首を傾げる耀ちゃん。ちょっと恥ずかしい。

 沸き上がる羞恥の汗を振り払うべく言葉を紡いでいく。

 

「耀ちゃんの場合、無表情、平坦な声音のせいで普段は物凄く無愛想に見えるんだけど、代わりにたまに訪れる表情の変化が物凄く可愛く見えるんだ。これがギャップ萌えというやつ。だから耀ちゃんは魅力満点だよ」

 

 我ながら向けられる訝しげな瞳に焦って勢いで押し通してしまった。だから魅力満点ってなんだよ。もっと他にも友達想いで優しいとか色々魅力的な部分があったはずなのにどうしてこれを選んだオレ。後悔先に立たずじゃないか。

 額や手のひらから嫌ものが溢れ出す。内容の無い言葉を指摘され、窮地に追いやられるのでは、と焦る気持ちが一歩足を進めた。がしかし

 

「葵」

「うぅ……」

 

 全てを見透かしたような瞳がオレを射抜く。傷つけるだけ傷つけておいて責任は取らないの? それでも私の彼氏(仮)なの? とほんのわずかに動いた口角が示している気がする。

 考えすぎであってくれ、と願うオレに耀ちゃんはいつも通りの平坦な声音で心臓を抉りにきた。

 

「そっか、私って魅力満点なんだね。良かった。でも、ほどよく貶されてる感が否めないのも事実。やっぱり少し凹む。もっと言えば親友にボロクソに言われて私の心はぽっきり折れた。立ち直れそうにない。全て葵のせい、と表情と感情の無い顔と声音で言ってみる」

 

 やってしまった。えぐり取った心臓片手にテニスでも始めるおつもりですか耀さん。

 

 堅く結ばれていたはずの指がスルリと手の中から離れていく。耀ちゃんは無言で一歩、二歩、と左右の足を動かし、オレのもとから離れた。

 小さな背中は何も語らない。無言の圧力が織り成す気まずい空気に望まずして瞳は足元を見ていた。

 経験不足が招いた結果がこれだ。いや、それは単なる言い訳にしかならないのか。擬似とはいえ恋人という関係はなかなかに難しい。どうやらオレには女の子を喜ばせる才能はないようだ。

 溜息を零しながら落ち込むオレの頬に白く小さな手が触れる。突然の出来事に瞳を手の先へと向けると彼女が立っていた。何か言わなければ、と口を動かそうとした瞬間、むぎゅりと細い指が頬を摘まみ、平坦な声音が紡がれる。

 

「分かった?」

 

 何が? 困惑する思考では正しい答えを導き出せず、反射的に疑問を投げかける。

 頬に触れる指に少しだけ力が込められた。痛い。

 頭の回転の遅いオレに失望したのか、耀ちゃんは丸い大きな瞳を細め睨むようにオレを見た。所謂ジト目というやつだ。

 

「私でも大切な人に酷いことを言われると傷つく。葵も同じ様な目に遭わせたら分かると思ったのに。君はどうしようもないバカだ」

「……ごめん」

「でも、嬉しかった。私のことをちゃんと見てくれてるんだね。これからは少しじゃなくて、いっぱいいいところを知ってもらえるように努力する」

 

 だから、とそこで言葉を区切り、小さな手がオレの首筋を通って胸の前へと流れ落ちていく。なにをするのかと彼女のなぞった軌跡を追いかけていると、不意に柔らかな感触が胸に押し付けられた。

 表情を包み隠すように俯き、手は汗で濡れたワイシャツを握り込んでいる。

 布一枚を通して流れ込む暖かな吐息に心臓が破裂しそうな勢いで鼓動を速めていく。体験したことのない出来事に思考は飛び散り、どうすることもできない。

 うどの大木のようにただ立ち尽くすオレの耳に柔らかな声音がもたらされた。

 

「どこにも行かないで欲しい」

 

 言葉が紡がれた瞬間、緊張で張っていた肩の力が抜けたような気がした。

 小さな願いに頬を緩め、オレは頷きで返す。口から飛び出そうになっていた心臓は落ち着きを取り戻し、彼女の呼吸に寄り添う形で規則正しい脈を打ち始めた。

 想いを形にし満足したのか、それきり耀ちゃんは黙りこ――

 

「と、私は表情と感情の無い顔と声音で言ってみる」

「なんでやねん!」

 

 反射的に胸に蹲る少女の頭を叩いていた。すぐさま抗議の目が向けられる。

 

「痛いよ葵。なんで打つの?」

「打たれるようなことするからに決まってんでしょうがーッ!!」

 

 ハァハァ、と肩で息をするオレとは裏腹に目の前の無表情系女子の頭には疑問符が踊り狂っている。

 何故私を打った、意味不明だよってか? ふざけんなこら、オレのあのドキドキ返せ!

 ウガーッ! と黒ウサギさんばり怒りを露わにしていると「フフ」と耀ちゃんが口元に手を当てた。

 

「私だって本気を出せばこれくらいできるんだよ。必殺ギャップ萌え攻撃、なんてね」

 

 だ、誰やコイツうううううううッ!?

 

 あの純真無垢な春日部さんが凶悪化してやがる。飛鳥ちゃんか!? 飛鳥ちゃんがやったのか!

 悪戯が成功した子どものような笑みでオレの顔を覗きこんでくるとか反則です! 審判! レッドカード!

 

 顔を茹でダコのように赤く染め、逃げ出そうとするオレの手に、いつの間にか耀ちゃんの手が堅く結ばれていた。羞恥プレイとはこのことか、口角を少し持ち上げ満足そうな笑みを浮かべている。少し凹んだというのは嘘ではないらしく、罰として晒し者にするつもりらしい。

 足早に立ち去ろうとするオレの腕をガッシリと掴み、わざとらしく動こうとしない耀ちゃんは嬉しそうに笑った。

 

「なんだか少しだけ恋人っていうのがどういうものなのか分かった気がする。愛おしく思う彼に拗ねられるともっといじめたくなる。葵、可愛い」

 

 不敵な笑みを浮かべる少女に完全敗北したのは言うまでもない。

 そうしてオレたちは、(ほつ)れかかっていた指をより強く絡ませ、二人仲良く通りを歩いた。まるで本物の恋人がするように他愛もない会話を交えながら。

 




※葵くんと耀さんは親友です。恋人ではありません。
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