リクルートファイター葵くん   作:まひる

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第3話の前半から後半の火龍誕生祭二日目にいくまでの話。



第3.5話 『恥知らずな旦那様だな』

 魔王襲来について説明を受けた後、対策方法など色々と段取りを決めてからオレたちは "サウザンドアイズ" 旧支店へと移動した。

 皆は今日一日の疲れを癒すためにお風呂場へと直行し、オレはヤ―さんに従業員専用の和室へと連行された。

 理由はこうだ「おんしには私自ら部下の扱いについて説教させてもらう」

 アルの一件で迷惑をかけてしまったオレにはその責任がある。故に黙って怒られることにしたのだが……

 

「オーナー、何故ここに名無しの旗無し "ノーネーム" を連れてきたのですか? 今すぐ溝に捨ててきてください。それが不可能ならば汚らわしいのでお風呂場に沈めてきてください」

 

 襖の向こうにはギロリ、と冷たい視線でオレを射抜く店員さんがいらっしゃいました。

 気まずい。今朝の出来事について誠心誠意謝ったのだが今も自身の体を守るように彼女は腕を組んでいる。

 オレたちと違って根に持たないのでは、と脳内で愚痴を零すオレの視線に気づいたのか、彼女は「何か文句でもありますか "ノーネーム"」とこちらに侮蔑の籠った瞳を向けてきた。吊りあがった瞳が正直に怖い。

 

「これこれ辞めんかおんしら、味方同士仲良くせねば」

「ありえません! だいたいオーナーは前々から "ノーネーム" を店に連れてきては」

 

 がるる、と鋭く尖った八重歯をぎらつかせる店員さんを軽くあしらい、上座に腰を下ろすヤ―さん。そのままオレを店員さんの隣に正座させる。心なしかお隣の美人に距離を空けられた気がしないでもない……ぐすんっ。

 

 こ、これは非常に拙い。ヤ―さんだけならばまだしも、店員さんが加わればボロカスに言われる。ズタボロ雑巾とかマジで勘弁してください。

 陰鬱な面持ちでしょんぼりするオレにヤ―さんはその可愛らしい顔にニヤついた表情を張り付けながら「葵に、一つ頼みたいことがある」ととんでもないことを申し出てた。

 

「こやつにおんしの精力をねっとりじっくりたんまりと注いでやってはくれぬか」

『……………………はぁ?』

 

 示し合わせたように声が重なる。コイツ何言ってんの? とオレたちは互いの顔を見合わせた。瞬間――

 

 バチィィィィンッ!! と乾いた音が一つ部屋の中を駆け巡る。

 

「痛ッ! な、なんでー!?」

「ふむふむ。どうやら夢ではないらしいですね」

 

 袖で叩いた手を拭いながら納得顔の店員さん。数瞬の間を置き、一気に顔が青ざめていく。

 

「お、オーナー!? 絶対に嫌です。お断りします。断固拒否させて頂きますッ!! こんなどこの馬の骨とも分からぬ名無しの旗無し "ノーネーム" に恥辱を与えられるくらいなら死んだほうがましです。今すぐ殺してくださいお願いします!」

「ほほう。そこまで拒否するとはのう。何を想像したかは知らんが満更でもないくせに。さあ葵、やれ」

「人の話を聞けこの阿呆ーッ!!」

 

 必殺ハタキスマッシャーがヤ―さんに襲いかかる。しかし、その一撃は人差し指と中指で「パシッ」と受け止められた。流石白き夜の魔王様すげぇ、と関心しているとヤ―さんは申し訳なさそうな顔で真実を告げ始めた。

 

「いやぁすまんすまん、少し楽しくなってしまった。実は葵のギフトでこやつの溜まりに溜まった疲労を回復かさせてやって欲しいのだ」

「疲労、ですか?」

「うむ。如何せんこやつは働き者故、何かと頼ってしまってのう。ほとんど休暇も与えてやれず申し訳なく思っていたのだ」

 

 すまんのう、と頭を下げるヤ―さんに「や、やめてくださいオーナー」と店員さんは慌てて謝罪する。

 

「申し訳ございません。オーナーの御心遣いに気付けず私はなんて愚かな行為を」

「よいよい、気にするでない。私のかけた苦労に比べればあの程度どうということはないよ」

 

 優しい笑みとともに頭を撫でるヤ―さん。自らの犯してしまった過ちを悔いるように店員さんは頭を垂れ続ける。

 

「それでのう、おんしには葵のギフトで」

「分かっています。オーナーの御気持ちに応えるためなら私はどんな恥辱でも受けて立ちます。ですので、よろしくお願いします」

 

 こちらへと振り返り、美しい所作で店員さんは頭を下げた、オレに触れられることを承知で、大切な主のために。

 その気持ちを無下にすることなど出来るはずがない。だが本当にいいのだろうか、オレのような人間には触れて欲しくないと思っているのに。他に方法はないのか、と悩む思考を彼女は小さな声で遮った。

 

「いいんです、貴方は他の方とは少々違うので。それとも私では不満なの?」

 

 ねぇ、と柔らかな声音で問いかける店員さんの髪から女性特有の甘い香りが鼻孔へと流れ込む。思わず「ゴクリッ」と喉が大きく鳴ったのを認識しながら、オレは瞳を伏せた。

 

 主の為ならば自分の意志など関係ないというのか。よく分からないが二人の信頼関係が少しだけ羨ましく感じる。

 胸の内で軽く嫉妬するオレの耳に「もしこやつに倒れられでもしたら私は……」とヤ―さんの弱々しい声が届く。

 

 "当たり前を当たり前だと認識してはならない"

 

 彼女はオレにこれを教えたかったのだろう。アルはオレのメイドだ。だから奉仕してもらえるのは当然。そう考えないように態と自分の弱さを見せつけ、己の立場を勘違いしないように釘を指してくれたんだ。

 何が部下の扱いだよ、どちらかといえば主としての自覚とかそんなんだろ。

 

 胸の内で苦笑しながら「オレも二人みたいな関係になれるよう努力しよう」と決意し、店員さんの体に触れようとした時だった、ヤ―さんが全てを台無しにする言葉を口にした。

 

「いや~もしこやつに倒れられでもしたら私は誰に仕事を押しつければよいのか分からんからのう。それに早いとこ済ませて晩飯を作ってもらわねば、腹ペコで死んでしまいそうだ。ほれほれ早くせい」

『……………………はぁ?』

 

 再び示し合わせたように声が重なった。。コイツ何言ってんの? とオレたちは互いの顔を見合わせる。超絶凄まじいデジャヴュ感に苛まれながらも彼女に憐みの目を向けられずにはいられない。

 店員さんは「やはりオーナーはオーナーでしたか」と自嘲気味に笑ったあと必殺ハタキスマッシャーをどうしようもない阿呆の頭に叩きつけた。

 こんな関係にはなりたくないです、いやマジで。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 店員さんをギフトで癒し、晩ご飯の準備を手伝っていると浴衣姿のアルとリリちゃんがやってきた。

 

「葵さん、ここにいらしたのですね。あとは私たちが手伝わせて頂きますので湯殿でどうぞごゆっくりしてきてください」

「ありがとう、リリちゃん。そうさせてもらうね」

 

 両手の握り拳を胸の前で掲げ「やりますよ~♪」と気合を入れるリリちゃん。

 ヤ―さんに「おんしの作る美味い飯がないと私が死んでしまうではないか!」と言わしめる店員さんと家事全般をそつなくこなせるアルも加えた三人なら相当美味しいご飯が出来るに違いない。ヤバい、思わずよだれが……ん?

 口の端から垂れる欲望をすすっていると必死に作り笑いを浮かべるアルの姿が目に映った。先程の経験を生かしてオレは彼女に寄り添う。

 

「ごめんなアル、さっきのことまだ気にしてるんだろ?」

「え!? そ、そんなわけないじゃないですか。アルはちょっとやそっと怒られたくらいでしょんぼりしませんよ。ホントですよ」

 

 もうやだな~ご主人様は心配性なんですから、と作り笑いを浮かべる彼女とは裏腹にいつも元気な蛇神三(みかみさん)は萎れている。

 どうやら温泉に入ってふやけている訳ではなさそうだ。瞳に滲む涙がそれを否定している。オレには勿体ない最高のメイドさんだ。

 空元気で自分は大丈夫だ、とアピールする彼女を抱きしめ、オレにとって当たり前になっていたことに感謝の意を伝える。

 

「いつもありがとう、アル。キミの存在がオレにとって特別なものだということを忘れないで欲しい。これからもよろしくお願いします」

「…………」

 

 彼女に対する素直な想いを言葉にしてみたのだが返事がない。まるで石化したように動かなくなった。

 あれ、もしかして引かれたかな? と内心頭を抱えそうになっていると突然蛇神三(みかみさん)が踊り出した。

 

「ま、まさかご主人様にこんな不意打ちを食らうとは、アルは世界一の幸せ者です。心臓が止まりかけました」

「あ、うん。喜んでもらえたならなによりだよ。改めまして、これからもよろしくね」

「はい。よろしくお願いします、私だけの愛しのご主人様。それではさっそく結婚しましょう!」

 

 あほ毛をハートマークにしながら這い寄るアル。いつも通りの彼女に戻ってくれて良かった?

 頭上に疑問符を浮かべるオレを尻目にリリちゃんがアルに飛びついていた。

 

「ダメですよアルさん、葵さんは皆の葵さんなんですからね。いきなり、け、結婚とか」

「今日の晩ご飯にはたぁ~ぷり精力剤を仕込んでおいて夜中にご主人様の熱く滾ったご子息様を……えへへ♪」

「無視しないでください! というかよく分かりませんがそれはダメです!」

 

 うん。いつも通り過ぎて頭が痛い。許してください。そんな目でオレを見ないで店員さん。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 とりゃー、と戦争をおっぱじめようとするロリたちを店員さんに任せ、一風呂浴びに向かうとちょうど皆が上がってきたところだった。

 全員普段の姿とは異なり、お揃いの浴衣を身に付けていたので「皆よく似合ってるね」と褒めたら床さんとキッスの刑に処せられたんだが一体どういうことなんだ。まあいいか、考えたくない。

 心身ともにズタボロにされたオレは鬱憤を晴らすべく誰もいない湯船へと向け全力でダイブした。

 

「ひゃっほー!」

「その声は葵だな、何をしているんだ子どもでもあるまい」

「え? す、すみません! 調子に乗ってすみませんでしたーッ!」

 

 咎める声が聞こえた瞬間ハイになっていたテンションが地獄の底へと急降下する。ヤバいと思い何度も頭を下げつつ周りを確認したのだが人っ子一人いない。あれ? 幻聴? 頭打ち過ぎたかな? と疑問符を浮かべていると竹でできたしきりの向こう側から先程と同じ声が響いた。

 

「安心しろ、私はこちらだ」

「あ、は、はい、そちらでしたか、お騒がせして大変申し訳ございませんでした」

「どうしたそんなに畏まって? 安心しろ、ここにはお前と私の二人しかいないんだから」

「二人!? すみませんすみません! まさか一般のお客様が入っているとは思わずはしゃいでしまいましたごめんなさい。わ、わたくしは先に上がらせて頂きますのでどうぞごゆくりお楽しみください」

 

 と、慌てて駆け出そうとうするオレに「待て!」と声が飛ぶ。

 

「葵、お前は何か大きな勘違いをしている。今からそちらに向かうので湯船に浸かって大人しく待っていろ」

「いやいや、それは拙いんじゃ」

「黙れ。私の言うことが聞けないというのならば黒ウサギたちになんと言おうかな。変態の烙印を押してやってもいいんだぞ」

「あぁもう分かりましたよ。好きにしてください」

 

 ほとんど投げやりの状態で頷かされてしまった。最悪だ。まさか女湯に一般のお客様が入ってるなんて聞いてねーぞマジで。しかもなんか超怖そうな感じだし、声のイメージでは年上のお姉さんぽいけどジャ●子みたいなおばさんが来たらオレどうなるんだろう?

 あぁ土下座で許してもらえればいいんだけど、と全身が萎えた状態で落ち込んでいると急に「バシャッ」と湯船の中から水しぶきが上がった。

 

「……………………はぁ?」

 

 思わず固まった。常識的に考えてしきりで隔てられた向こう側の人間がこちらへと来るには一度脱衣所まで戻って、男湯と女湯の暖簾をくぐり直す必要がある。或いはしきりを飛び越えるという発想もなくはないが目の前の女性はそのどちらでもなく湯船の中から現れた。なんの前触れもなく突如としてオレの目の前にその身を露わにしたのだ、絹地のように白く透き通った肌をほんのりピンク色に染め、女性らしい体のラインを見せつけるように。

 

「…………」

「…………」

 

 仮初めの空に舞う星々と月の光を受け彼女の髪は黄金色の輝きを放つ。

 湯に晒され、滴り落ちる雫たちがキラリと輝く光景に思わず目を奪われていると、オレを深紅の瞳が鋭く射抜いた。

 

「やはりお前は優しいな、こんな枯れきった老体にも興味を示してくれるとは」

 

 妖艶な笑みを浮かべながら彼女はオレの瞳をジッと見据える。

 毎朝叱られるアルとリリちゃんが蛇に睨まれた蛙のようだなんて思っていたが、まさか自分が同じ様な目に遭うとは思いもしなかった。

 一つ彼女らと異なるとすれば、オレの場合恐怖で身動きが取れないのではなく、その美しさに圧倒され、目を釘付けにされている、ということだ。

 まるで()()のように女性は美しい。

 止まりかけていた時間は女性の一言によって動き出した。

 

「お前が私の主で良かったよ、葵」

「ある、じ?」

 

 やはりそうか、とどこか見覚えのある笑みを浮かべながら彼女は苦笑する。

 思い出せない。誰かに似ているのにその誰かが思い出せない。俯き必死になって思考するオレの頬に暖かな感触が優しく触れた。

 目を丸くして驚くオレの唇を白くて細い指がゆっくりと撫でる。

 

「酷いな主殿は、私のことをもうお忘れになったか?」

「あ、いや、わ、わたくしにはあなたのようなお綺麗な女性の知り合いはいらっしゃいませんよ。いませんよね?」

「フフ、まだ分からぬか、可愛いヤツめ。だが毎晩その身に宿る性の滾りを分け与えてくれたことをなかったことになどさせぬぞ」

 

 挑発するようにねっとりとした動きで唇に舌を這わせ、女性はゆっくりと顔を近づけてくる。

 後ろに逃げようにも湯船の端に追いやられ、さらには肩を捕まれて押し倒される形にされたオレにはどうすることも出来ない。

 

「ヤ、ヤメルンダー。コレイジョウハダメデスヨー」

「却下。もう少しこうして戯れていたいのだがどうにも我慢の限界が来てしまったらしい。すまない葵、そのままじっとしていてくれ。なに大丈夫さ、痛くはしない。寧ろ気持ち良くさせる自信もある」

 

 迫り来るブロンドの女性に抗うことが出来ず、オレは瞳から彼女の姿を消すように瞼を閉じた。

 数瞬の間を置き、全身の力が抜けていくのを感じながら心地よい疲労感に満たされていくのが分かる。肌に触れる吐息が濃くなるにつれてどんどんとそれは増していき、思考を遮るほどの快楽が襲ってきた。

 

 知っている。オレはこの感覚をよく知っている。二人だけの秘密にしてほしいと言われたあの日から毎晩かかさず彼女はオレの所へとやってきては今と同じ様に獣のように纏わりついてきた。

 そういうことか、誰かに似ていると思っていたがあなたでしたか

 

「レティシアさん」

「あぁ、ようやく気付かれたか主殿。――愛しき嫁の顔を忘れるなど恥知らずな旦那様だな」

 




最後のドラさんの台詞については第一巻エピローグ参照。
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