リクルートファイター葵くん   作:まひる

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第04話 『さあ、殺し合いといこうじゃないか』

 "ギフトゲーム"

 

 ギフトを持つ者だけが参加することを許された神魔の遊戯。己の魂(ギフト)を用いて競い合い、勝者と敗者を決する、それがギフトゲーム。勝者は主催者(ホスト)の提示した賞品を得ることができ、金品・土地・利権・名誉・人間・ギフトといった多種多様なモノがある。そして、ゲームに参加する理由も又、様々ものがある。己の力を誇示するため、強力なギフトを手にし、新たなる力を得るため、もちろん、ただの暇つぶしなんてのもありだ。十人十色という言葉の通りこの世界に存在する者たちにはそれぞれの目的がある。

 

――では、彼女は?

 

 春日部耀。無表情平坦な声音が特徴的な美少女。彼女が今回、火龍誕生祭の中で行われるギフトゲームへと参加した理由はコミュニティの仲間であり、箱庭へと導いてくれた友人、黒ウサギと仲直りをするためだ。

 軽い悪戯のつもりで始めた遊びがどれほど大きな意味を持つのか白夜叉に諭された耀は自分たちの軽率な行いを悔い、又、自分のために色々と気遣ってくれた "友達" に謝罪とお礼の意味を込め、ゲームの商品であるレアなギフトをプレゼントしようと考えた。

 しかし、彼女にはもう一つ大きな目的があった。

 

――ゲームを通して強くなる

 

 友達を、大切な親友を危険から守るために強くなる。

 自身の愚かさがもたらした過ち、失うという悲しみ、それらを胸に刻み込み彼女は今決勝の舞台に立っている。

 

 "もうあんな思いはしたくない"

 

 故に強く、何者にも負けない強靭な心と能力(ちから)を欲した。だからこそ彼女はたった一人でゲームに参加し、己だけの力で勝利しなければならないと思った――のだが

 チラリッ、と傍らに立つ少女を見ると共に「ハァ……」と一つ溜息が零れ落ちる。

 どんよりと黒く濁った瞳に映るのは謎の舞いを披露する少女。ピシッ、と右手人差し指を前方へと掲げては下ろし、掲げては下ろしの繰り返し。何やら小声で「ご主人様の名にかけて!」と呟いている。

 しかし、それが意味する事柄が一体何なのか耀には分からなかった。というより興味がなかった。

 

 "こんなことになるなら飛鳥にお願いしたのに……"

 

 感情の起伏が分かりづらい耀の顔に珍しく不満の色が宿る。口先を軽くすぼめ、得意のジト目で少女を睨む。その視線に「私、不満です」とどこか可愛らしさを纏わせながら、もちろん無自覚に。

 

「じーっ……」

 

 しかしながら耀の攻撃は徒労に終わる。意味がない。まったくと言っていいほどに効果がない。少女は自身に向けられた視線を気にすることなくキョロキョロと辺りを確認している。恐るべし銀髪ロリ。そのスーパースルースキルに驚きながらも、大方彼のことを探しているのだろうな、とまた耀は小さく溜息を零した。

 

「チッ」

 

 ズーン、と重苦しいバックグラウンドミュージックをその背に纏う耀の耳に「私、物凄く不機嫌です」と訴えかける音が一つ届く。思わず頭を抱えそうになるのを少女は気力で耐えた。

 

「あぁ? 何見てんだ名無し! "ノーネーム" のくせにアーシャ様にガンくれるたぁいい度胸だな」

 

 がるる、と猛獣のように敵意を押し出す少女。名をアーシャ=イグニファトゥス。コミュニティ "ウィル・オ・ウィスプ" に所属する彼女が決勝の相手だ。

 

「オマエみたいなガキは瞬殺してやるからな、覚悟しとけよ!」

 

 響き渡る怒声。上から目線で物を言い、自意識過剰の極みとも取れる彼女の傲慢さに耀はかなりうんざりしていた。

 元々友達の少ない耀にとって同年代かつ同性の友達は久遠飛鳥しかいない。もし仮に彼女を基準として考えた場合、目の前の少女は駄々をこね、何かと理由を付けては構ってもらおうとする子どもにしか見えなかった。所謂クソガキである。故に初めは軽く聞き流していたのだがこれがまたしつこい。しばらくすれば大人しくなるだろうと思い込んでいた私が愚かでしたごめんなさい許してください、と内心涙目だ。

 

「オイコラ名無し! アーシャ様が話かけてやってるのにシカトか、あぁ? ここは泣いて感謝するところだろうが、この名無し!」

「ア、ウン、アリガトー」

「はぁ? オマエなに気安く口利いての? 名無しが調子に乗るなし!」

 

 沈黙。視線の先には憤慨する少女。耀は誰にも知られない胸の内で思わず吐露する、どうしてこうなった? と。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 白夜叉による軽い前振りの後、決勝のために用意されたゲームの舞台となる大樹の迷路へと耀たちは誘われた。

 

「此処、樹の根に囲まれた場所?」

 

 四方を巨大な樹の根に囲まれた大空洞が彼女たちの戦う舞台だ。

 耀がじっくりと周りの状況を確認しながら零した一言に対戦相手の少女は笑みを浮かべる。

 

「ふ~ん、ここって樹の中なんだ、どうもありがとう。敵に情報を与えるなんて流石マヌケの名無しだね、そう思うわねぇか? ジャック」

「YAHO、YAHO」

 

 場違いに思えるほど陽気な声音が大樹の中を木霊する。アーシャの問いかけに答えたモノ、その名をジャック・オー・ランタン。人間サイズのてるてる坊主に巨大なカボチャを被せたようなそれは彼女の作品としてこのゲームに参加している。手には真っ赤な炎の宿るランタンが一つ。

 恐らくあれを使って攻撃してくるんだろう、と耀は冷静に相手のことを分析する。

 他にも何か情報は、と五感を駆使して舞台の探索にかかる耀とは裏腹にアーシャは余裕の表情で佇む。自身が勝つと信じて疑っていないのだろう。

 

 "それがどうした"

 

 たった一度の慢心が招く結果がどうなるかを知る春日部耀は同じ過ちを繰り返したりはしない。

 

 "全ては強くなって友達を守るために"

 

 時間の許される限り探索行為に勤しむ。ゲーム開始は黒ウサギの宣言がなされた瞬間故にまだ幾分か時間が残されているのだから。

 

「あぁ退屈、さっさと始まらないかなー、速攻で終わらせてやるのに」

「…………」

「せっかくの晴れの舞台だってのに、相手がこんなヤツじゃやる気出ないや」

「…………」

「チッ、名無しのくせにすかしてんじゃねぇっつの」

「…………」

 

 無視。シカト。オールシャットダウン。子どもの挑発に態々乗ってあげる時間が惜しい、と割と精神年齢高めの耀は知らんぷりを決め込む。――が

 

 "今はいい。全然いい。まったくもって問題無し。何もかも、私はそのすべてを容認する。でも、ゲームが始まったらコイツ絶対ボコる!"

 

 十六夜、或いは飛鳥の影響だろうか、耀の胸の内で紡がれたのは超がつくほど物騒な言葉だった。

 もちろん、無表情の裏に潜む熱き怒りの嵐にアーシャはまったく気付かない。否、気付けない。それどころかさらに勢いを増して嘲笑する。――がしかし

 無視。シカト。オールシャットダウン。知らんぷりを決め込む耀。

 アーシャとしては同年代のはずが妙に落ち着いているその態度が気に喰わない。

 精神攻撃にまったく動じない耀にイラつくアーシャは矛先を別の人物へとシフトすることにした。

 

「流石 "ノーネーム" 、あのヘンテコなヤツはアーシャ様に勝てないと踏んでパートナーを見捨てて逃げ出したようだぜ、傑作だなジャック」

「…………」

 

 まさかの無視。シカト。オールシャットダウン。侮蔑を込めたアーシャの問いかけにジャックは答えない。先程まで何を問われても「YAHO、YAHO」とハイテンションで答えていたはずの相棒にまでシカトされ(……オマエもかよ)と白と黒のゴスロリ服を着込んだ少女は瞳に涙を浮かべた。

 ええい、こうなったら名無しのガキに八つ当たりだ、と彼女が口を開こうとした瞬間、耀の言葉がそれを遮る。

 

「良かった。これで一人で戦える」

「はぁぁぁ? オマエ自分が何言ってるのか分かってんの? 調子に乗るのも大概にしろよ名無し!」

「ア、ウン、ソウダネーキヲツケルーワタシバカナンダーゴメーン」

 

 いい加減我慢の限界に達していた耀は意図してアーシャをおちょくりにかかる。

 効果覿面(こうかてきめん)。無表情、平坦な声音の少女の瞳には「この野郎……ッ!!」と憤慨するお子様の姿が映る。

 ゲーム開始前に一触即発か、と思われた瞬間その時はやって来た。高々と右拳を掲げ黒ウサギが宣言する。

 

「――どうか誇りある戦いを。此処に、ゲームの開始を宣言します」 

 

 ギフトゲーム名 "アンダーウッドの迷路"

 

 対戦相手より先に大樹の迷路から脱出する、又は相手の所持するギフトを破壊した者が勝利者とみなされる。

 

 さあ、楽しい愉しいゲームの始まりだ。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 ゲーム開始から数分。誰もが予期せぬ事態が起こっていた。

 

「こんな……はずじゃ」

「なかった。私の分析は完璧であり、万が一にも敗北することなどありえない。結局はその驕りが貴女の身を滅ぼすことになりましたね、お嬢さん」

「――ッ」

 

 全身を駆け巡る怒りに震えが止まらない。

 

 "まただ、また私は同じ過ちを繰り返した"

 

 握られし拳から血が滴り落ちていることにも気付かず、春日部耀は目の前の()()()を睨らみつけた。

 

 

 

 黒ウサギのゲーム開始宣言がなされた直後、それまで傲慢な少女に付き従うただの "モノ" だった彼は豹変した。くり抜かれた瞳の奥から覗く炎に明確な意思と魂を宿し、笑う化け物。コミュニティ "ウィル・オ・ウィスプ" リーダー 生と死の境界に顕現せし大悪魔 ウィラ=ザ=イグニファトゥス製作の大傑作。それが彼、巨大なてるてる坊主の正体だった。名をジャック・オー・ランタン。業火と不死の烙印を持つ幽鬼。

 

 彼の変貌に驚きと焦りを見せる耀。だがその変化に動揺したのは彼女だけではなかった。

 

「お、おいジャックさん、いきなりアンタ何考えてんだよ、こんなヤツ私一人で」

「残念ですがそれは不可能ですアーシャ。今の貴女ではどう足掻こうとこのお嬢さんに勝てません」

「な、なに言ってんですか、私が負けるはず――ッ!?」

 

 ない! と言い返そうとするアーシャ。だが彼女の口から否定の言葉が最後まで紡がれることはなかった。自身を見下ろす巨大なカボチャ頭の視線がそれを許さない。

 

「認めるのですアーシャ、貴女は負けました。結果はゲームが始まる前から全て分かっていたこと。実力を見誤り、傲慢にも敬意を払うべき相手を罵ることしか出来ないような貴女ごときが、瞳に明確な意思を宿すこのお嬢さんに勝てるはずがないでしょう」

 

 怒気の入り混じった声音で語りかけるジャックに苦虫を噛み潰したような表情で頷くアーシャ。負けた。戦うことすら許されずに自分は負けたんだ、と体の奥底からこみ上げてくる様々な想いが彼女の視界を歪ませる。

 思わずその場に(うずくま)りそうになるアーシャの頭にポンッと白くて大きな手が覆いかぶさる。

 

「ですが、まだゲームは終わっていませんよアーシャ」

「え……? でも」

「確かに貴女は負けました。しかし、私はまだ負けていません。このゲームは貴女一人のゲームではなく、()()()()()ゲームです。猛省し、悔いることはあとからでも出来ます。ですが今は」

「相手に敬意を払って最後までゲームをやり遂げるべき、ですね」

「ええ、その通りです」

「分かりました。必ず、必ず勝ちましょうジャックさん、二人で」

 

 互いの視線を合わせ、決意を固めるアーシャとジャック。二人の様子をジッと見つめる耀に声がかかった。

 

「おい、オマエ、オマエだ名無……そこのボケっと突っ立ってる女。名前はなんて言うの? 出身外門は?」

「最初の説明にもあったと思うけど……春日部耀。出身は……二一〇五三八〇外門?」

「なんで疑問形なんだよ。お前自分の出身外門も分からないのか?」

「だって私は地球生まれの地球育ちだから」

「あーもういい、よく分からないヤツだな。私は六七八九〇〇外門出身アーシャ=イグニファトゥス! んで、こちらの方が私の尊敬する大先輩ジャックさんだ。今からお前たち "名無し" に勝つ二人だかんな! よく覚えとけ!」

「うん。善処したくない」

「なんでだよーッ!?」

 

 こうして彼女たちの戦いは始まった。――否、終わった。

 業火と不死の烙印を持つ怪物がたらしたものは "敗北" の二文字。春日部耀に万に一つ勝機はなかった。あるとするならば()()の存在だけだが耀の頭には最初からその選択肢はなかった。

 

 "誰よりも強くなって葵を守るためには不死だろうとなんだろうと倒さなくちゃいけないんだ"

 

 ジャックの繰り出す獄炎の焔に肌を焼かれながらも耀は諦めない。何度倒れようとも立ち上がり、自身の持てる全ての能力(ちから)を駆使して抗い続けた。だが現実はそう甘いものではない。時として非常な結末を突きつける。今回がそれだ。

 

「終わりです」

 

 数十メートルもの距離を一瞬で詰め、耀の目の前に悠然と佇むジャック。彼女の頭よりも大きな手が拳となって襲いかかる。

 

「――ッ!!」

 

 大樹の幹に背中から打ちつけられた耀は「ケホッケホッ」と肺を押さえながらもがき苦しむ。

 

 "ダメだ。格が違いすぎる"

 

――でも、それでも

 

 "私は負けられないんだ"

 

 折れそうになる心を今一度奮い立たせ、耀は拳を握りしめる。全ては友達を、葵を守るために誰よりも強く、とたったひとつの願いを叶えるために立ち上がろうとする少女の瞳に映る絶望。

 

 "ヤホホ~♪"

 

 折れた。完全に完璧に完膚なきまでに春日部耀の意志は折れた、折られた、打ち崩された。

 現実は無情にも彼女の敗北を告げている。勝てない。どう足掻こうと今の彼女では彼を倒すことは出来ない。

 

――終わった。何もかもが終わった、終わってしまった、終わらせてしまった。

 

――誰が、彼女が。力のない彼女が、弱い彼女が、傲慢な彼女が。

 

 もし仮に誰かがこの不死の因果を定められた怪物を倒すことが、足止めすることが出来ていたならば、そして、気を抜けば一瞬で地に伏しそうになるボロボロの体に鞭を売って全速力で迷路の奥へと消えていった少女を彼女が追いかけたならば、或いは異なる結果に至れたのかもしれない。

 だが、結論は出た。出てしまった、出されてしまった。現実はもう覆せない、たった一人、()()を除いて。

 

 "違う。全然違う。私の思い描いていたのと――違う"

 

「こんな……はずじゃ」

「なかった。私の分析は完璧であり、万が一にも敗北することなどありえない。結局はその驕りが貴女の身を滅ぼすことになりましたね、お嬢さん」

「――ッ」

 

 全身を駆け巡る怒りに震えが止まらない。

 

 "まただ、また私は同じ過ちを繰り返した。

  調子に乗って一人で戦うなんて言わなければよかった。

 素直に誰かの、あの人の力を貸してもらえばよかった"

 

 握られし拳から血が滴り落ちていることにも気付かず、春日部耀は目の前の()()()を睨らみつけた。

 しかし、瞳は交錯しない。彼は彼女を見ていないかった。既に興味は別のものと注がれている。樹の根が入り乱れる洞窟の奥深くから二人の様子をじっくりと観察する彼女に。

 

 "よいのですか? このままでは大切な同士の(ギフト)が消えてなくなりますよ"

 

 冷たく尖った声音で問うジャック。右手に携えしランタンから獄炎の焔が舞い上がる。

 

 "どうぞ"

 

 彼の者よりもさらに冷たい、凍てつくような声音で彼女は快諾する。

 そうですか、とどこか残念そうな表情でジャックは頷いた。

 

「そのような顔をしないでください。先程のはちょっとした確認ですので、本気で貴女のギフト破壊するつもりはありませんよ。見目麗しいお嬢さんの未来を摘み取るなど無粋ではないですか。さあ降参宣言をしてください」

 

 ヤホホ、とニッコリ微笑むようにジャックの声音はゲーム開始前の陽気なものへと変化している。

 自分の驕りが招いた結果にも関わらず敵に情けをかけられた耀はその大きな瞳から涙を零しそうになった。だが全てを押し殺し、最後の言葉を紡ぐ決意をする。こんなところで終わるわけにはいかない。大切な人から貰った大切な友達を守れる才能(ちから)をこんなところで失うわけにはいかないのだから。

 ゆらりと風になびく柳のように立ち上がった耀は堅く閉ざされた光り無き虚空を見上げ、一度、二度と大きく息を吸い込み、最後の言葉を紡いだ。

 

「私、春日部耀は、このゲームを、こうさ」

「降参するとかほざきやがったらお前()()から」

 

 耳元で囁かれたような錯覚に陥るほどその声音は透き通っていた。

 明確な敵意は味方であるはずの彼女に向けられたもの。ウソだよね、と思わず石化したように耀は動けなくなる。背中に滝のような冷や汗をかく彼女に声の主は「ぷはははは」と場違いな笑い声を上げた。

 

「なんだ、スケキヨってこの程度だったんだ。結局お前のご主人様に対する想いは不死を目の前にしたらクソムシと一緒だったんだね、ぷぷ。あー愉快愉快♪」

「……ち、違う。私は」

「カボチャお化けにボコられて泣きべそ掻いてるヨワムシ~クソムシ~スケキヨムシ~♪」

「違う! 私は弱虫なんかじゃない!」

「だったら立て。今すぐ立ってあのクソガキをボコってこい。言い訳なんかしてる暇があったら足が擦り切れるまで駆けて駆けて駆けまくってあのムカつくガキをぶっ飛ばしてこい。それが出来ないなら今すぐ私がお前の息の根を止めてやる」

 

 普段とのギャップに言葉が出なかった。耀の知る彼女は良くも悪くも葵のことが大好きなちょっぴりおバカな少女。大好き過ぎて、いき過ぎた愛がコミュティの問題になるくらいの狂愛。故に葵以外に対しては少々刺々しい一面もあるが本質は優しい子であり、一応 "仲間" という認識を持っていた。

 しかし、その彼女が今本気で自分を殺そうとしている。突きつけられた現実に耀は困惑し、思考が完全に止まっていた。

 

「なにやってるの? お前は二度も同じことを言われないと動けないクソムシなの? ん? ねぇ、答えてよスケキヨムシ」

「あ、いや、でも、ここは」

「あれれ~それはお前の心配することだったかな~?」

「チ、チガイマス。ワタシハアノコヲ、オイカケル、ツカマエル、ボコル、デス」

「分かればよろしい。さあ早く行って。ご主人様に絶対なる勝利をーッ!!」

「オ、オー」

 

 訳も分からず小さく拳を掲げ、耀は全速力で洞窟の奥へと消えたアーシャのあとを追いかけた。

 暗闇へと消えゆく背中。少女の姿が完全に見えなくると同時に彼女は彼の前に降り立った。

 

「お久しぶりです。まさかこのような形で再会するとは思いもしませんでしたよ。約半世紀ぶりでしょうか? アルゴール」

「えぇーなにー? あるごーりゅ? だえ?」

「風の噂で聞いてはいましたがまさか本当に "ノーネーム" に鞍替えしていたとは思いませんでしたよ」

「びゅーびゅーカゼさんびゅーびゅー」

「なんですかその姿は? それではまるで子供ではないですか。意味のない被り物までして、どうかしてますよ」

「こどもじゃないお、スケキヨだお。かわいいでしょーおじさーん」

 

 えへへ~♪ と愛らしい声音で答える少女の顔は真っ白な化け物のようだった。

 それもそのはず、彼女はパーティ用グッズで大活躍の『スケキヨマスク』を身に付けているのだから。アーシャの評した「ヘンテコなヤツ」とはこの被りものからきている。

 

「時間稼ぎはそのくらいにしてはどうですか? 無駄ですよ。いくらあのお嬢さんでも今更追いつくことなど出来やしません。素直に敗北を認めておけば辛い思いをせずに――何がおかしいのです」

「んー? なんにもおかしくないお、ぷぷ。カボチャのおじさんはコッコさんだからシャーナシだもんね、ぷぷぅー」

「…… 臆病者、そう言いたいのですか?」

「うん、そうだお。だって――同士が石に変えられるのを恐れ、大人げなく子どもの喧嘩に割って入ったんだから。そうだろ? クソパンプキン野郎」

 

 雪原のごとく白き布地の隙間から覗く瞳。ジャックの持つランタンの焔に照らされ、透き通るようなエメラルド色の輝きがより強くなる。

 

 "ニヤリッ"

 

 笑った。彼らは互いに笑った。再び一戦交えることが出来る喜び。刻み込まれた屈辱を晴らすことの出来る喜び。それぞれに喜びの形は違えど、強者を前にして臆することはない。

 過去に勝利した者。過去に敗北した者。互いの事情など関係ない。あの日のように勝った者が勝者となる。

 視線を交錯させたまま少女は左手を首元へと添え、ゆっくりと黒地のチョーカーを取り外した。

 瞬間、眩い輝きを発しながら幼い "少女" の体が成熟した "女性" の体へと変容していく。

 すらりと伸びた長い脚、豊かなふくらみを帯びた胸元、流れるように舞う白銀の髪、そのどれもが黒ウサギの狂愛する彼女に劣らない美しさを纏う。

 輝きが治まると女性は今更のように「これはもういらないか」と被っていたマスクを脱ぎ捨てた。

 

――万に問えば一の答えが示される。

 

 "女神"

 

 それが女性を、星霊・アルゴールの真の姿を表す言葉に相応しい一言だった。

 

「さあ、殺し合いといこうじゃないか――ジャック・オー・ランタン」

 

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