リクルートファイター葵くん   作:まひる

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第07話 『最強のフロアマスター白ちゃん』

「なるほどの。つまりおんしだけはイレギュラー扱いということか」

「そうらしいです。こうしてヤ―さんと話ができている以上間違いないかと。ですがゲームに関わる重要なことは――――といった風に口にできない」

「うむ。なかなかに厄介な呪いを背負わされたものだな」

 

 魔王襲来から三日ほど経った昼下がり、オレは一人、ヤ―さんのもとへと足を運んでいた。彼女がいるのは闘技場と隣接する宮殿のバルコニー。

 オレがここへとやってきた目的はヤ―さんの安否確認、及び特別ルールの検証のためだ。

 結論から言えば、前者に関しては黒い球体の中に閉じ込められているとはいえ「びしょーじょを飢え死にさせて何が面白い!」と喚く元気があるので問題なし、いつもどおりの可愛いロリおばあちゃんがそこにはいらっしゃった。そもそもよく考えればこの人が簡単にくたばるわけがない。

 逆に後者に関しては頭を抱えることになりそうだ。というか現在進行形で抱えている。何の恨みがあってここまでされているのか、その審議も確かめなければならない。

 

「なあ葵、まさかとは思うがおんし、幼女に手を」

「出してません」

「では、監禁」

「してません」

「……ふむ。おかしいの。然らば何故おんしだけが "イレギュラー" 扱いされておるのか。それにヤツらが "ノーネーム" やアルゴールについて知っていたと申したな、この件も気になる。一体どこからどのようにして情報を得たのやら、さっぱり分からん」

 

 すまんの、と弱々しく眉尻を下げるヤ―さん。右手に持つ扇子で口元を覆い隠し何やら呟いている。

 しばらくその姿を眺めていると見つめらていることに気付いたのか「やれやれ、小童め」と開いていた扇子を閉じ、口元をニヤつかせながらこちらに瞳を向けた。

 

「なんだ葵、先程から私のことをじーっと眺めおって、この腐れロリコンめ。至高の美少女たる私の美貌に釘付けか?」

「そうですね。ヤ―さんが至高の美少女かどうかはさておき、"いい人" というのは間違いないと思います。オレはあなたのこと好きですよ、凄く」

「な、なにを真面目な顔で言っておるかおんし!? たった数日の間にえらく口が達者になったものだ。半世紀も生きぬ童の分際でこの白夜叉をからかおうとするとは不届きなやつめ」

「そういう素直じゃないところがまた可愛いんですよね」

「なんだとぉー!? やめろ、こっちを見るな変態!」

 

 慌てて自分のペースに持ち込もうとする彼女に力強く瞳を向け続けると身の危険を感じたのか両腕で体を抱きながら一歩後ずさりした。小さな肩がオレにも分かるくらいブルブルと震えている。

 

「おんしは一体何がしたいんだ! 用がないのであればさっさと帰れバカ者!」

 

 うぬぬぬ、と頬を赤らめながら敵意むき出しの視線でオレを威嚇する彼女の姿はいつもと変わらない。茶菓子をタダ食いしに行ったあの日とも、店員さん以外の店員さんはいないのかとお店で張り込みしていたあの日とも変わらない。一寸たりとも違わない。こんな状況なのに、いや、こんな状況だからこそ、ヤ―さんはいつもと変わらない。

 とっとと失せろ腐れロリコン! と喚き散らす彼女に聞こえるよう溜息を吐く。

 

「あーはいはい、分かりましたよ、帰ればいいんでしょ。オレだってこう見えて忙しいんです。魔王は最強のフロアマスターが相手をしてくださる予定だったのにあっさり捕まちゃうからなんの取り柄もない一般人のオレが頑張らないといけませんからねー。でも役立たずの自称美少女さんよりは使いものになる自信ありますよ」

 

 出来るだけクソッタレな笑顔且つ、相手の神経を逆なでするように言葉を選んでいく。

 我ながらもう少しましなやり方があったのではないだろうかとも思うがこの人がそう簡単に本音を漏らすわけがないだろうし、年を取ったり、偉くなる代わりに人は素直な気持ちを表せなくなる、そういうもんだ。社会に出ればそれがあたりまえで……ってこの話はまた今度で。

 黒ウサギさんを挑発しまくったあの時の十六夜君を思い出しながら言葉を紡いでいく。

 

「大船に乗った気でおれ? どの口が言ってんですかね、ホント。あ、すみません、その食べることとしか能のない卑劣なお口でしたね。いやいや、凄いです。やっぱり白夜叉様は凄いですねー。よくもまあ見ていることしか出来ないくせに『飢え死にさせるつもりかー!』なんて叫べましたよ。オレなら申し訳なくて隅っこで縮こまってることしか出来ません」

 

 しまった。勢い余って物凄い暴言吐いちゃってるんですけど。ヤ―さんの顔が見れません。下手したら泣いてる可能性あるぞ。先程から鼻をすする音が漏れ聞こえているのは気のせいですよね?

 胸が締め付けられるような痛みに耐えながら止めの一言を紡ぐべく、出せる最低最悪の声音で吐き捨てる。

 

「お前のせいで皆死んじゃうかもね、口だけ白ちゃん」

「…………もう、やめてくれ」

 

 擦り切れそうなか細い声がこぼれ落ちる。

 瞳に映る少女の姿にいつもの凛々しさはなく、一息で吹き飛ばせそうなくらい弱々しい女の子がそこには立っていた。

 彼女はオレの視線から逃れるように両手で耳を塞ぎながら背を向け、しゃがみ込む。小さな手が小刻みに震えているのは気のせいではない。想像より遙かに重症だったか。

 そういえば『東側の四桁以下にあるコミュニティで並ぶものはいない』とか自慢してたっけ。

 また一つ大袈裟に溜息を吐く。呼応するようにビクリと跳ねた肩の持ち主が何を思ったのか、考えるだけで罪悪感に苛まれて仕方がない。

 

「すみません。今の発言は全て忘れてください。それと、申し訳ございません。もう少し早くここに来るべきでした」

 

 勢いよく腰から上を直角九十度に曲げ、ネタばらし。

 殺される。オレ絶対死んじゃいますよ、と落ちつきなく震えるガラスのマイハートに誰か救いの手を差し伸べてくれませんか。まあ自業自得なんで甘んじて受け入れますけど。

 

「…………あお、い?」

 

 誰だお前ーッ!? なんだその思わず抱きしめて『よしよし』してあげたくなっちゃうきゃわわボイス&ロリっ娘フェイスは!? このよく分からない膜さえなければ今頃自宅に連れ込んで愛でに愛でまっくってるところですよ。イエスロリおばあちゃん、ノータッチ!

 

 眉を『ハ』みたいな形に萎れさせ、瞳に決壊寸前の涙のダムを形成しながらこちらへと振り向いた彼女は何が起こっているのか分からず呆けた顔をしている。

 

「どういった意図があってオレだけが "イレギュラー" 扱いされているのか、この際そんなものは関係ありません。寧ろ今は良かったと思っています。こうしてしょんぼりするヤ―さんを慰めることができるんですから」

 

 ニヒヒ、と絵に描いたようなあざとい笑みを見せつけるとヤ―さんは未だ事態が呑みこめていないのか目を丸くし、さらに呆けてしまった。

 ポロリと石造りの床に滑り落ちた扇子がなんとも言えない阿呆っぽさを醸し出していて可愛い。

 彼女はオレなんかよりもずっと苦しい思いをしていたはずだ。なまじ力があるせいで手を咥えて見ていることしか出来ない今の状況が悔しくて悔しくて仕方ないだろう。

 オレのように隠れることしか出来ない人間とはまったく異なる痛みを負っているに違いない。その証拠に先程まで小刻みに震える手で耳の周りを掻き毟っていたのだから。

 

 数瞬の間を置き、ようやく理解したのか、ヤ―さんは豆鉄砲を食らった鳩のような表情を崩し、頬を紅潮させ怒鳴った。

 

「だ、誰のせいでしょんぼりさせられたと思っているんだ葵ーッ!! おんしというやつは、この阿呆ーっ! ロリコーンッ!」

「すみませんすみません、このとおりですから。って最後のは関係ないような」

「うるさい黙れロリコン! こんな可愛い美少女を苛めて楽しむような変態はロリコンに決まっておるだろが阿呆! さてはおんし、私の体が目的だな、この鬼畜外道め!」

「はいはい、寝言は寝てからにしましょうね、おばあちゃん。そんなお子様体型に興奮するほど落ちぶれてませんよ。せめて黒ウサギさんぐらいにはなってもらわないと」

 

 薄黒い膜越しに地団駄を踏みながらギャーギャーと喚くヤ―さん。そのまま飛び出してきそうな勢いだ。

 これで少しは発散できてればいいんだけど、少し、いや、かなりやり過ぎたな、俯きながら「私の真の姿を目にした時、果たして同じことが言えるかな、ククク」とか頭の悪いこと言ってるし。

 厨二病ロリおばあちゃんとかどこに需要があるんですかねー。もちろん "ノーネーム" は受け入れおーけーですけど。

 

「アルやレティシアさんみたいな超美人さんに成長したらオレのところに来てください。その時は全力で押し倒して体の隅々までぺろぺろしてあげますから、哀れな白ちゃん」

「……い、言いおったな小童、しかとその言葉この身に刻みこんだからの。忘れるなよ、必ず責任を取ってもらう!」

「わぁー白ちゃんこわぁーい」

「こんのクソ小童ーッ!!」

 

 

 

 

 球体の中で暴れるのに疲れたのかその場に腰を下ろし、頬づえをつきながら寝転がるヤ―さんに合わせあぐらをかいてできる範囲で現状報告を行った。

 ペストによって直接黒死病を体内に送り込まれ、今にも死んでしまいそうなアルのこと。

 彼女に続くように倒れ、寝たきりの状態になってしまった耀ちゃんのこと。

 助けを呼ぶ声が聞こえる、と訳の分からないことを言いながら飛び出して行ったきり戻らない飛鳥ちゃんのこと。

 そして――オレがなんの役にも立たないこと。

 

「混乱に乗じて真っ先にこの私とアルゴールを狙う手際の良さ。強力なおんしのギフトを言霊一つで封じる知略。魔王ペスト、やはり只者ではなさそうじゃの」

「…………はい」

「未だおんしの持つギフトには謎が多い。故に下手をすればヤツの申した結末にもなりかねん。今はジッと耐えるんだ。決して己を見失うなよ、おんしは誰にも負けない強さを持っておるはずだ」

 

 誰にも負けない強さか。

 ありえるはずのない一言に思わず溜息がこぼれ落ちる。

 分からない。何故皆はオレに期待するのだろうか、真実を見極める頭脳もなければ、戦う勇気すらないというのに。

 

 "一部例外を除く"

 

 特別ルールによればオレは、オレだけは何者にも縛られないイレギュラーだ。

 端的に言えば魔王ペストを見つけ出し勝負を挑むことも可能ということになる。もちろん仲間を見捨てて逃げ出すのも自らの手で自決するのもありだ。

 これがオレに与えられた呪い。行動する権利を与えられたが故の苦悩。

 だがオレに対する十字架ははさらに用意周到なものだった。どこでその知識を得たのかは不明だがオレのギフトがどういった効力を発揮するものなのかを調べ上げたペストたちは審議決議の場でこう漏らしたらしい。

 

 "柊葵の持つギフトで私の可愛いペットにちょっかいをかければどうなるか、頭の良い貴方たちなら分かるわよね?"

 

 未だ不確定なオレのギフトは現時点で効果を付与した相手の潜在能力を限られた時の中で最大限まで発揮させるものである、と十六夜君によって推測されている。

 つまり彼女が何を言いたかったといえば、ギフトそのものの潜在能力すら開放してしまうかもしれないということだ。だからギフトより生み出されし "黒死病" の悪化も又、否定することが出来ない。

 

 これだけ言えば分かるだろう、手詰まり。結果残ったのは庶民兼一般人であるただの人。いや、決死の覚悟で戦う勇気すら抱けないバカ野郎だ

 

「こら葵、またおんしはくだらんことでも考えているのだろう。表情に出過ぎてこっちが心配になるわ」

「すみません。でも、どうしても嘆かずにはいられないんですよ。結局オレは誰かに頼らなければまともに戦うことすら出来ない雑魚なんです」

「ほほう。それで?」

 

 何度も思い知らされてきた非常なる現実に嫌気が差し、心中を吐露するオレにヤ―さんは試すような物言いで瞳を鋭く尖らせる。

 鼻先まで隠すように広げられた扇子の裏側で桜色の唇が酷く歪んでいる気がしてならない。まあいい、退屈凌ぎの暇つぶしと思って付き合ってもらおう。

 

「それに本格的にゲームが始まったとしても黒死病の病原菌が既に体内にあるかもしれないという理由から安易にサポートすることも出来ない」

「なるほどなるほど」

「こんなのいるだけ無駄じゃないですか。いっそルールを利用して死ぬ気で戦いを挑めばいいのに、怖くてそれすらも出来ない。病気で苦しむ彼女たちの看病も許してもらえない。オレは一体何のためにいるのか分かりません」

「ふむ。耀やアルゴールのもとへと近づくことすら出来ないか。おんしのギフトの副作用から考えて少し疑問も残るがどうせあやつがいらん気遣いでも回したのだろうな。不器用というか、なんとも可愛げのあるヤツらだの、おんしらは」

 

 柔らかく目を細めて楽しげに笑うその姿はまるで孫の成長を楽しむおばあちゃんのようだ、とは口が裂けても言えないので無難に「冗談はやめてください」と返しておく。

 

「今はそんな気分じゃないんです。オレはどうしようもないヤツなんですから」

「あーはいはい。で、もうそろそろ自暴自棄は終わりで良いな? 私は腹が減り過ぎてお腹と背中がくっつくのを防ぐためにひと寝りする故さっさと行って来い」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。こんな話ヤーさんくらいにしか出来ないんですからもう少しだけ」

 

 慌てて黒き球体の内側にいるヤ―さんに手を伸ばすも案の定オレの手が彼女の体に触れられる訳もなく虚しく空を切る。

 眼前で繰り広げられた滑稽な仕草にヤ―さんは一つ溜息を吐き、「くだらんな」と再び瞳を鋭く尖らせた。

 

「おんしは自身を否定し、逃げているだけだ。弱者だ、弱者だと嘆くだけで何もせず、ただ逃げているだけの今のおんしは見るにたえん。悔しかったら飛鳥の捜索でもしてこんか、この戯け!」

「ですが――」

「黙れ。ですがもカスがも私は知らん。おんしは強い。この最強のフロアマスター白夜叉が認めてやる。おんしは誰にも負けない強さを持っているはずだ。弱者は弱者なりの視点で戦うがいい。それが今のおんしに出来ることであろう」

 

 射抜くように向けられた瞳に押し黙ることしか出来ない。

 だが、とオレは胸の内で紡ぐ。このまま役立たずで終わるくらいなら地べたを這いつくばってでも前に進み続ける往生際の悪いヤツのが幾分かましか、と。

 立ち上がり拳を握りしめる。

 突きつけられた現実が最悪でも立ち向かうのを辞めてしまったらオレがオレでいられなくなる。

 真っ直ぐ見下ろす先にいる彼女はこちらに背を向け『もうお前に何も言うことはない』と背中越しに語りかけてくれる。

 ありがとうヤ―さん。そうさ、オレはいつだって立ち上がってきたんだ、最終面接に何度落ちようとも。十七戦全敗という経験がこんなところで役に立つなんて、もうホント……涙が止まりません。

 なんですかこれ? 心の汗なんですかね? ……ぐすんっ。

 ここが最後なんだ。オレを必要としてくれる彼らのためにやってやるぜ!

 

「すみません。オレが間違ってました。やっぱり先人の知恵には頼るべきですね。自分に出来ることをやればいい。流石おばあちゃんの知恵袋、最高です!」

「……ん? おばあちゃん? ――――誰がババァだ!!」

 

 自分に都合の悪い単語を的確に聞きとり『わぁーわぁー』喚き散らすヤ―さんに向け軽く頭を下げ走り出す。

 待ってろよ飛鳥ちゃん。速攻で見つけ出してやるからな!

 

「おいこら待て、逃げるか卑怯者!」

「ごめんなさーいっ。今から飛鳥ちゃんを捜してくるのでまた今度にしてください、最強のフロアマスター白ちゃん」

「こんの腐れ小童がッ! 戻ってこんかアアアァァぁぁッ!!」

 

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