リクルートファイター葵くん   作:まひる

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今回の話は恐らくあと何度か書き直しをさせて頂きます。すみません。


第09話 『キミのことをもっと教えてくれないか』

 楽しげに騒ぐ魔王たちを発見したオレは逃げ出す事も出来ず、あっさりと見つかってしまった。

 瞬間、ダメだ終わった、と絶望しかけたのだがどうやら彼女たちはまだオレを殺す気はないらしい。なにを考えているのかは分からないが、今はただ、生きて帰ることだけを考えよう。

 

「豚野郎、よくもうちのロリきゃわわマスターの純真無垢な心を奪ってくれたな。殺す。今ここで八つ裂きにしてから蹴りをくれてやる」

 

 鼻先に触れる吐息(といき)がこれほどまでに危機感を抱かせるのは初めてだ。心臓が破裂しそうなくらいに激しく鼓動する。 

 動揺してはならない。冷静に、落ち着いて思考しろ。とは思うものの、庶民兼一般人であるオレにそんなことができるはずもなく、意識すればそれだけ鼓動もまた加速する。

 隠しきれない動揺が相手にも伝わったのか、目の前の女性は口元をニヤリと歪めた。

 地べたにへたりこみ、締め上げられる形で胸倉を掴まれているオレに逃げることは許されない。ただ彼女の怒気の籠った瞳を見つめ、いや、睨み返すことしか出来ない。

 

「ラッテン」

 

 少女の声が響く。鈴の音のように優しく、清らかなそれにオレの心は熱く滾る。もちろん、怒りの感情を込めて。

 オレに、力がないばかりに守れなかった。大切な少女たちの笑顔が心を締め付ける。

 そんなオレの心境の変化に気付くわけもなく、名を呼ばれた女性はそれまでが嘘のように嬉々とした表情で主の方へと振り返った。

 

「はぁ~い、なんでしょうかマスター」

「聞き間違いならいいけれど一つ確認させてちょうだい。私の心が誰に奪われたのかしら?」

 

 優しげな笑みとともに答えを促す少女の瞳は鋭利な刃物を思わせるような鋭さを纏っている。目で射殺すことも容易にできてしまいそうなそれにグッと喉が鳴る。

 戦力差なんてはじめから分かっていた。オレは雑魚だ。一人じゃまともに戦うこともできない。でも、それでも、あの子たちのために、勝たなければならない。どんなに不利でも、どんなに怖くても立ち向かうしかないんだ。

 

「コイツです! このいかにもダメそうな豚野郎、もとい、柊葵とかいう隠れモブです!」

「ラッテン、柊葵は私の獲物よ。いくら貴女でも邪魔をするのなら容赦しないわ。覚えておきなさい」

「嫌です。拒否させて頂きます。これだけは譲れません」

「どうして? 反論するというなのならそれ相応の主張があるんでしょう? 答えなさい」

 

 オレを隠れモブだと指摘する女性に少女は表情を崩すことなく再び問いかける。

 もちろん、女性はそれに快く頷きで返し、こちらに視線を向ける。

 

 "コイツのせいで、コイツのせいで……"

 

 冷え切った視線に乗せられた魂の叫びに応じて背中を嫌なものが流れていく。

 負けてなるものか。こんなことでオレの心は折れないぞ。

 

「コイツのせいで私の大好きなマスターが最近、相手をしてくれなくなりました。口を開けば柊葵がどうとかこうとか。あぁムカつく。許さない。殺してやる豚や」

「豚野郎は貴女よ、ラッテン」

 

 額に手を当て溜息を零す少女ペスト。(けだもの)を見るような目で女性を睨みつけ声を荒げる。

 

「ヴェーザー、このバカを」

「断る」

 

 我関せずを貫き通す軍服の男。煌々と光を放つ街灯に背を預けながら面倒くさそうに頭をかく。

 

「使えないわね、まったく。デカイのはその図体だけにしてちょうだい」

 

 舌打ちともに睨みを利かせる少女をどこ吹く風の要領で完全無視する男はかなりのやり手と伺える。最早どちらが主か分かったもんじゃない。

 

「あぁもぉ~マスタ~、こんな豚野郎と堅物はほっといて私と遊びましょう。ヒマなんです。愛でさせてください。ギュっと抱きしめさせてください。というかペロペロしたい」

「嫌よ気色悪い。近寄らないでちょうだい変態」

「そ、そんな~。酷い、酷過ぎる……ぐすんっ」

「やるならもう少しマシな演技をしなさい、バレバレよ。まったく貴女はどうしてこうも緊張感に欠ける行動を取れるのかしら、信じられないわ。これだから単細胞は」

「隙ありー!」

「――ッ!? な、なにするの。離しなさ……うぅ……」

「絶対に逃がしませんよマスター。フフ、たっぷり可愛がってあげますので覚悟してください」

「や、やめなさい。貴女いじめられるほうが好きだったはずじゃ、それがどうしてこうなるのよ。今すぐ離さないと容赦なく殺すわよ。それが嫌なら」

「どうぞご自由に。我らがマスターはお優しい人ですから大丈夫です。それに私はマスターの可愛いお顔が見られるのであればどちらにでもなれます」

「……コイツ」

 

 女性の漏らした一言に心臓が跳ね上がる。

 優しい? コイツが? ふざけやがって。ならどうしてアルを、耀ちゃんを、皆を苦しめるんだよ。分からない、オレにはコイツらの考えを到底理解することができない。

 ギリリ、と不快な音をたてながら歯ぎしりするオレを他所に斑模様の衣を纏う少女は変態の魔の手に落ちていく。

 知ったことか。どうでもいい。オレには関係のない話だ。

 あわよくば逃げる、のは無理そうだな。軍服の男が許すはずがない。ギアスロールによって『休止期間中は相互不可侵』とされているがオレは例外として扱われている。そのため、柊葵がグリムグリモワール・ハーメルンのメンバーと戦闘を行うことは原則可能。殺すことも殺されることも許されている。

 下手な動きはできない。今はただ、ジッと相手の様子を伺う時だ。こんな時こそ冷静に状況を見極めるんだ。

 

 決意を新たにペストを睨むと視線が交錯した。ドクン、とこれまで以上に心臓が跳ね上がる。違和感。一瞬だがそれを感じた。些細なものかもしれない。恥ずかしげに頬を染めるでもなく、楽しげに笑うわけでもない。ただ、小さく孤独そうな瞳を少女はしていた。そんな気がする。

 

 ペスト。それが彼女の名だ。人を殺すことしか考えていない極悪非道な魔王。

 彼女がどうしてそうなってしまったのか、あるいはそうならざる負えなかったのか、理由は分からない。知りたくない。そう思っていた。そのはずだった。仲間を救うために倒せばいいと思っていた。倒さなければならないと思っていた。

 だがなんだ、この感覚は。相手はオレの大切な人たちを傷つけた悪魔だぞ。なのにどうして心がざわつく、どうして目が離せない。

 オレは何を考えている。自分自身の事なのに見えなくなる。

 

 "ありがとう。君のおかげでやっと解放されたよ"

 

 ズルズルと抜け出せない思考の渦に呑まれていく。そんな哀れなオレの頭に彼の言葉が過った。

 この世に生を成した時から背負わされ続けた十字架。誰にも理解されない苦悩を抱えて孤独に落ちていく日々。

 彼にはなにもなかった。人々を律する力も、恩恵を牛耳る才能も、何もかもがなかった。それでも彼は諦めなかった。血反吐を吐く思いで努力し、折れそうになる心を無視して抗い続けた。

 でも、ダメだった。何をどうしたって最後には先人たちの名が彼の功績を塗りつぶす。

 そして、皆、彼を憐れむように嘲笑した。

 

 "七光り"

 

 彼に与えられた唯一の称号はそんな不名誉なものだった。

 

 何故自分がこんな目に遭わなければならないのか? 

 何故自分は誰からも認めてもらえないのか?

 

 誰が悪い?

 僕が悪い?

 

――違う。

 

 悪いのは僕じゃない。

 

 彼が堕ちるのは必然だった。

 間違った価値観を持つのも必然だった。

 

――才能や努力なんて関係ない。人は生まれで一生が決まる。背負わされたモノが大きければ大きいほどに。

 

 そんな悲しい彼をオレは自分が正しい、相手が間違っていると決めつけぶん殴った。物事の表層しか見ようとしなかった。知ろうとしなかった。理解しようとしなかった。想いのはけ口に利用した。

 

 人はなんのために言葉を生みだしたのか。簡単なことである、相手のことを知りたい、理解したいと思ったからだ。

 自分の知らないことに対して臆病になるのは必然だ。だから、相手を知ろうとする。そして理解する、自分が世界の全てではないと。相手には相手の世界があってそれはまったく異なるものだと。相容れない存在を消し去ろうとすることもある。だが、それは相手のことをしっかりと認識し、理解し終えた後でも遅くはない。

 

 物事の表層部だけが全てではないんだ。オレは弱い。力もない。才能もない。雑魚だ。庶民兼一般人だ。臆病者だ。逃げるのも仕方がない。

 

 でも、相手を知ろうとしないのは罪だ。ヒトがヒトたるためには相手を知る努力をし、理解しなければならない。その上でどうするべきなのかを考える。

 オレはルイオス=ペルセウスという人間にそれを教わった。白夜叉様との対話でそれを諭された。

 

 "弱者は弱者なりの視点で戦うがいい。それが今のおんしに出来ることであろう"

 

 阿呆か。十六夜君に言えば間違いなく溜息混じりにそう返されるだろう。

 だが、どうやら柊葵という人間は頑固なようである。幼稚ともいえるが。気になり始めたら止まらない。止まりたくない。少女のことを知りたい。理解したい。オレたちは猿じゃないんだ。人間なんだ。拳で語り合う前に言葉で語り合うべきだろう。

 あぁ、そうだ。なんだかそんな気がしてきた。というか絶対そうだ。争いでしか解決できない。そんな結果になったとしても相手のことを知ってからでも遅くはない。

 胸に宿る恨みの念は消えない。ならば包み隠せばいい、オレはガキじゃないんだから。

 

 未来を見据えるために、俯いていた瞳を少女たちの方へと向ける。

 

「やめなさい。気色悪い」

「い・や・で・す♪ あぁ溜まりませんね。今すぐこの赤く火照ったお耳をはむはむからのペロペロしたい……じゅるり」

 

 阿呆がいた。間違いない、ヤツは真性のロリコンだ。

 後ろから羽交い絞めされ身動きできないペスト。

 おかしい。どう考えてもおかしい。相手は自分の配下だろう、その気になれば簡単に引き剥がすことができるはずじゃないのか。ジン君と十六夜君みたいな関係ならまだしも。なにかある、絶対になにかが。

 

「おいそこの豚野郎、羨ましいか、羨ましいだろ。貴方のようなぽっと出がマスターのお心を奪っていいはずがない。それを許されるのはこの私だけ。ですよねー? マスター♪」

「戯言を。寝言は寝て言いなさい。本当にどうして貴女はこうも知性に欠けるのかしら、理解しがたいわ」

「そこが私の良いところだと思いますよ。えっへん」

「背中にあたる不快なものを消し飛ばされたくなければ今すぐ私を開放しなさい」

「やーです♪」

 

 ギュ~、という効果音が付きそうなほど強く抱きしめる女性に対してやはりペストは抗おうとしない。ただ無表情で、一人どこか違う場所を見ているようだ。

 分からない。だから知りたい。何を考えているのか理解したい。

 少女を知る。そのためにオレは勇気を振り絞って声を上げた。

 

「ペスト、一つ質問させてほしい」

「黙れ豚野郎。貴方に発言権があるわけないでしょ。黙ってそこで悔しそうに地べたに這いつくばってなさい豚野郎。私のマスターの名を気安く呼ばないでちょうだい豚野郎。汚れてしまうじゃない豚野郎。豚野郎豚野郎豚野郎……」

「あ……はい」

 

 ダメでした。決意という名の柱が折られるのに三秒もかかりませんでした。流石、庶民兼一般人のオレ。

 いや、だってなんかすげぇこっち睨んでくるもん。あの爆乳ねえさんヤバいって。最初見た時からその露出度で危険な香りがプンプンしてたし、ペストに向ける目とか最早、淫獣レベルですよ。あー怖い。

 

「これだから豚野郎は油断できない。殺してやる。今すぐこの場で八つ裂きに」

「ラッテン」

「はぁ~いなんでしょうかマスター♪ ペロペロですか? 美味しく頂いてもよろしいのでしょうか? ですよね!」

「……黙って」

「…………」

 

 体の内側から底冷えしそうな声音が漏れる。すると、先程までの騒がしいおちゃらけた空気が嘘のように静まり返る。

 流石にヤバいと思ったのか抱きかかえる状態だったペストを地面に下ろし女性は一歩下がる。

 

「ありがとう。私は利口なヒト好きよ。今後もそうしてくれるかしら? できるわよね?」

「い、イエス、マイマスター」

「貴方もよ、ヴェーザー」

「……あいよ」

 

 片膝を突きながら平服するように頷く女性。

 我関せずの状態で街灯にもたれかかっていた軍服の男も少女の問いに面倒くさそうに頭をかきながら答える。

 訂正だ。締めるところは締める。やはりペストは彼らのマスターだ。言葉一つで頷かせるその姿が物語っていた。

 少女がこちらへと歩み寄る。ボケっと地べたに座り込んでいたオレの目の前まで来るとともに表情を歪めた。

 

「慈悲よ」

「…………へ?」

「なるほど。貴方は相当に頭が弱いらしいわね、柊葵。理解できないのかしら、この単細胞。慈悲と言っているのよ。さあ早くしなさい、私の気が変わらないうちに」

「…………へ?」

「こ、コイツ……だから慈悲と言っているでしょう。もういいわ、貴方の様な低悩にも分かるように説明してあげる。貴方、言ったわよね、『ペスト、一つ質問させてほしい』と。だから慈悲よ。さあ、惨たらしく死んでいく可哀想な貴方のために、一つだけなら何でも答えてあげるわ」

「あ、そうですか。そんな得意気にならなくてもいいと……な、なんでもないです」

 

 指摘されたことによる動揺を必死に隠そうとしているのか、無表情を装うペスト。

 だがオレには分かる。常日頃から無表情系女子を見続けてきたんだ、些細な変化も見逃しはしない。というか、耳が真っ赤になっている。案外分かりやすい少女なのかもしれない。

 

「いいから早く質問しなさい、柊葵」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。ペスト、キミはどうして魔王になった?」

「却下。貴方には関係のない話よ」

「いいや、答えてもらう。先程キミは惨たらしく死んでいく可哀想なオレのために、一つだけなら何でも答えてくれると、そう言った。まさか、オレみたいな低悩な単細胞と違って聡明なキミが一瞬前の出来事を忘れるなんてことはないよね?」

 

 スルリと頬を伝う嫌なものを感じながら相手を睨むように見つめる。

 一歩間違えれば即死もののやり取りといってもいいだろう。目の前の少女は紛れもなく魔王。オレの仲間たちをなんのためらいもなく殺そうとした悪魔。手元にある少女に関する情報はそれだけだ。だが、決めつけはよくない。この子がオレの考えているような人物であれば必ず乗ってくるはずだ。来い。答えろ。

 

「安い挑発ね。そんなものでこの私を出し抜こうなんて考えはよしなさい、柊葵」

「ですよねー」

「当たり前でしょ、柊葵」

「流石です。いやーホントペスト様凄いなー。可愛いし頭良いし最高だなー」

「心にもないことをよくも抜け抜けと。貴方にはプライドなんて概念そのものが存在しないようね。誇り無き者に何かを成すことは出来ないわ」

 

 瞳に侮蔑の色を浮かべこちらを見下すペスト。斑模様の衣服が夜風に揺られてオレの鼻先をかすめる。

 

「なら、キミには大層立派な誇りとともに何か成すべきことがあるってことかな、人を殺してでもやるべき何かが。それが魔王になった理由?」

 

 ニヤリ、と口の端を片方だけ上げてアピールするオレに対し、動揺を隠す事もなく少女は一歩後ずさりした。

 

「当たりかな。まあ、その肝心な何かが単細胞なオレにはまったく見当もつかないんだけどね。是非ともご教授願いたい」

「却下」

「ですよねー」

 

 やはり無理だったか。ちょっとばかし十六夜君みたいなことしてみたけどオレには到底真似できないな。こんなことになるなら交渉術とか教えてもらえば良かったよ。いや、ホントに。

 

「柊葵」

「なにかな?」

「一つ質問させなさい」

「却下、とか言ったら今すぐこの場で処刑されちゃうんだろうね。自分は拒否しておいて相手には同意させるって、小狡少女ペストたん」

「……貴方、本物の単細胞なのかしら。状況を理解しているの?」

「もちろんだよ。質問したいということは知りたい何かがある。その答えを持つ者はオレだけだ。だからキミはオレを殺したりはしない」

「早計ね。私の気が変わってすぐにでも処刑されるとは思わなかったのかしら?」

「考えたけど、ないかな。どういう理屈か、キミはオレのことが殺したいほどに嫌いだからね。だからもっとも残酷な殺し方を選ぶはずだよ。例えば仲間を目の前で八つ裂きにするとか。まあキミ自身、オレの大切なものを全て奪い取るとか言ってたし」

 

 ねぇーペストたん、と悪意たっぷりの頬笑みで返すと少女は苦々しげに表情を歪めた。袖に隠れて見えない拳を握り締めているに違いない。

 我ながらやればできることに驚きが隠せないんだが。意外とこういうのに向いてるのかもしれないな。面接じゃあ相手がオヤジだったせいか、すぐに手が出てしまったけど小さい女の子相手に暴力はよくない。イエスロリータ、ノータッチ。

 

「で、質問だったよね。一つだけなんでも答えてあげるよ。さあどうぞ、ペストた」

「豚野郎、調子に乗るな! よくも私のマスターを馬鹿にしてくれたな! 殺してやる!」

「ラッテン! 私は貴女に発言を許可したかしら?」

「そ、それは、そうですけど。この豚野郎が」

「ありがとう。貴女の気持ちは嬉しいわ。でも、今はそこで静かにしていないさい。返事は?」

「イエス、マイマスター」

 

 危なかった。少し上手くいったからって調子に乗っちゃダメだ。いずれにせよ状況はオレにとってよろしくないんだから。一歩間違えれば露出狂に八つ裂きにされていたかもしれない。

 青ざめる顔を隠すように俯くオレに少女は楽しげな声音で問いかける。

 

「あら、どうかしたのかしら、柊葵。もしかしてあれぐらいで震えてるの? 情けない」

「悪かったね。残念ながらオレみたいな庶民兼一般人の心臓にはよろしくない体験なんだよ」

「滑稽ね」

「そりゃどうも」

 

 互いに笑みを持って応じる。

 これが所謂、軽口の応酬ってやつだろうか。ホント、心臓に悪いよ。やっぱりこういうの向いてませんでした。反省。

 しばし睨み合いを続けた後、先に折れたのは少女のほうだった。

 

「いつまでも戯言に興じるのにも飽きたわ、話を戻しましょう。答えなさい、柊葵。何故、貴方は私を殺そうとしないのかしら? 私は貴方の大切なモノを壊した。普通、そんなヤツが目の前にいる状況で黙っているとは考えにくい。単細胞は単細胞なりに聡い部分もあるようだから機会を伺っている、とも考えられるけど。その真実が如何様なものか知るのは貴方だけ。虚言は許さない、答えなさい」

 

 阿呆だ。オレは底抜けの阿呆だったようだ。

 交渉ってのは対等な者同士が行う行為であり、今この状況においてはそれは誤りだ。これはただの尋問だ。強者が弱者に対して行うそれでしかない。

 胸の内では笑いが止まりませんよ、まったく。見た目に騙されすぎだろオレ。小さな女の子? 馬鹿を言え、目の前の少女は魔王だ。今一度しっかりと認識し直せ、命を落とすぞ。

 

 逃げるように視線を俯かせて自身の過ちを悔いていると、不意に小さな手がオレの首元へと忍び寄る。

 突然のことで反応出来ずにいるオレの顎を、意思に関係なくその手はすくいあげる。

 

「いい御身分ね、柊葵。この私を無視するとは恐れ知らずにも程がある。死ぬ?」

「今後ともども遠慮させて頂くよ。えぇーとなんだっけ、オレがキミを殺さない理由はなにか、だっけ?」

「そうよ。うだうだ言わずにさっさと答えなさい、柊葵」

 

 どうしたものか。嘘を言えば即処刑コースなんだけど本当のことを言ったら言ったで物凄く呆れられそうなんだが、まあなるようになるか。

 一つ溜息を零し、ありのままの自身の想いを告げる。

 

「もちろん殺したいと思ったよ、初めは。アルや耀ちゃん、その他大勢の人々の命をゴミ同然の扱いで消し去ろうとするキミたちが許せなくて怒りが込み上げてきた。なにもできないかもしれない。そう分かっていてもこの拳で叩きのめしたかった。でも、今は違う。この世界で出会った人たちに教えてもらったんだ、物事の表層部分だけを見ていちゃ真実には辿りつけないとね。じゃあ何をすれば真実に辿りつけるのか。それは相手を知り、理解するところから始まると思うんだ。だからオレはまだキミを殺していいとは思わない。全てを知って、理解した上で、どうするかを考えたいんだよ」

 

 だから、とそこで一呼吸置き、最後の言葉を紡ぐ。

 

「キミのことをもっと教えてくれないか、ペストちゃん」

 

 ありのままの気持ちを言の葉に乗せて語りかけたが少女は動かない。目を丸くし異形のものでも見るような表情で固まっている。まるで時が止まったような錯覚に陥る。

 ダメか。そう決めつけ、瞼を閉じようとした瞬間笑い声が漏れた。

 

「おいおいなんだコイツ、おもしれぇ、最高におもしれぇよ坊主」

 

 アハハ、と腹を抱えて大笑いを披露するのは軍服の男、ヴェーザーだった。先程までの一人蚊帳の外状態がウソのようだ。どうしてこうなった?

 オレと同じような疑問を抱いたのだろう、平伏し、こちらに睨みを利かせていた女性、ラッテンが声を荒げた。

 

「ヴェーザー、何考えてるのよ! 空気を読みなさい!」

「空気を読めだ? お前にそれを言われるとは思わなかったぜ、ラッテン」

「ぐぬ……今その話はいいでしょ。だいたい、なにいきなり笑い転げてるのよ。マスターに発言を許されていないでしょ、この馬鹿」

「あぁ? 知るかよんなもん。それどころの騒ぎじゃねぇだろこりゃ」

 

 ぐわはは、と大袈裟に笑って見せる男の表情に嘘偽りの色は見えない。

 想定外の事態にオレの頭はパニックを起こしてしまい、上手く思考することができない。

 おかしい。こんなはずじゃなかった。確かに呆れられるとは思っていたが何故あんたが笑ってんだよ。

 

「興醒めだわ。くだらない。行くわよ二人とも」

「え!? ま、マスター? この豚野郎はどうするんですか? 殺さないんですか?」

「気分が乗らないわ。それの顔を見ているだけで吐き気がする。どうでもいい。さっさと帰って寝りたい」

「ちょ、ちょっと待ってくださいマスター、置いてかないでくださいよ~」

 

 オレには何も言わず少女は夜闇へと登って行く。その後を追うように配下の女性も追従する、一度だけこちらに瞳を向け、キッと睨みを利かせてから。

 そして、数秒後には完全にその姿を消し去った。

 

「…………え?」

「え、じゃねぇよ坊主。いや、柊葵だっけか」

 

 理解に苦しむ事態に思わず零れ出た本音を彼は聞き逃さなかった。

 ケラケラと笑みを携えながら名を呼ばれたオレは思わず「はい!」と大きめの声で答える。

 

「俺はお前が気に入ったぞ。その阿呆丸出しの思考、悪くねぇ」

「あ、どうも、ありがとうございます」

 

 ってなんでオレこの人に普通に頭下げてるんだ? 敵だよね? ですよね?

 訳が分からなくなってきたぞ。一応まだ危機から脱していないのか? 命の危険が目の前に迫っているのか? 分からん……ぐすんっ。

 

「あの金髪の坊主といいチビのリーダーといい、なかなか魅力のあるコミュニティじゃねぇか。おまけに月の兎ときた」

「はい?」

「気にすんな。こっちの話だ」

「そうなんですか?」

「あぁ、そうだ。まあ、なんにせよ明日の結果次第なんだがな。頑張れよ、柊葵。俺たちは手強いぜ」

 

 ギロリと切れ長の目で威嚇する軍服の男ヴェーザー。

 勝てない。無理だ。どう足掻いても結果は見えている。だが、オレは一人じゃない。仲間がいる。

 

 結局、少女のことを知ることはできなかったが得られたものは合った気がする。

 弱者は弱者なりの戦い方で明日へと向けて駆け上がる。

 まだ、終わっていないんだ。隠された真実を絶対に見つけ出してやる。

 

 消えゆく男の後ろ姿を見つめながらオレはそう心に誓うのだった。

 

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