リクルートファイター葵くん   作:まひる

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ボス戦へ行く前の幕間的なお話です。
加筆修正なし。


第9.5話 『お前は欲に溺れすぎた』

 境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、貴賓室。

 数日前、魔王ペスト率いるコミュニティ "グリムグリモワール・ハーメルン" との交渉が行われたその部屋で、一部を除いた "ノーネーム" の面々が戦略会議を行っていた。

 

「『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』という一文の秘密は分かりました。ですが、なんでしょうかこの違和感は、もっと大事なことが隠されているように黒ウサギは感じます」

 

 トレードマークであるウサ耳をピョコピョコと小刻みに動かしながら「う~ん」と唸る黒ウサギ。頭の上にはウサ耳だけでなくクエスチョンマークが二、三、踊っている。

 魔王との決戦まで残り数時間と迫った中、彼女は必死に頭を動かしていた。

 が、しかし、それもここまで。聡明な『月の兎』といえど分からないこともある。

 この後の戦いを考えれば他にやるべきことがあるだろう、と少女は泣く泣く諦めることにした。

 

「まあいいでしょう。それよりも決戦の前に一度、耀さんとアルゴールさんの具合を確認しておかなければいけませんね」

「賢明な判断だな」

「賢明? どういう意味ですか?」

「あぁ? 別に大した意味はねぇよ。細かいことは気にするなってことだ。まあ、全部終わったらしっかり落とし前つけてもらうがな」

「落とし前、ですか? それは一体……? もしかして十六夜さんは黒ウサギの感じていたこのモヤモヤの正体を知っているんですか? もしそうなら」

「お前馬鹿だろ。俺の話聞いてたのか? これだから駄ウサギは……」

 

 やれやれ、と大袈裟に肩を竦めながら溜息を零す金髪の少年、逆廻十六夜。テーブルを挟んだ向かい側に座る少女に憐みの目を向ける。

 

 すかさず、パンッ、と軽快なハリセンの音が一つ。

 

「だぁれが駄ウサギですかーッ! 温厚で有名なこの黒ウサギも怒る時は怒るんですからね。怒れる小動物の逆鱗に触れたくなければ、今後一切そのような屈辱的な敬称はお辞めになってくださいッ!!」

 

 声を荒げる黒ウサギ。『黒』と『駄』、たった一文字の違い。些細な事のように思えるが、本人にからしてみれば嫌なものは嫌なのだ。

 何度か付けれてきたあだ名(苦労詐欺、狂ウサギ=暗黒面に堕ちたウサギ、空サギ=空気読めるウサギ、など)のうち、どうしてもこれだけは許せなかったらしい。量産型のハリセンを握る力も強くなるというものだ。

 今にも暴れ出しそうな黒ウサギを戒めるため、絶賛お食事中だった吸血メイドが彼女を睨む。

 

「騒ぐな黒ウサギ。主殿のこれはいつものことではないか、もっと寛容になれんのか……じゅるり」

「そうだぞ、お前は俺の何を見てきたんだ」

 

 パンッ、パンッ、パンッ、と軽快なハリセンの音が三つ。

 

「な、なにをする!? 痛いではないか駄ウサギ、敬うべき先輩であるこの私を殴るとはいい度胸だ。魔王討伐の前にお前の躾が必要そうだな!」

「黙らっしゃい! なにが『じゅるり』ですか。空気も読まずにどさくさにまぎれて葵さんの血をがぶ飲みしている方をどう敬えと!? このレティシア様改め、駄メイド様! 十六夜さん、お願いですから貴方はもう黙ってください」

 

 うがーッ! と感情の高ぶりに合わせて黒色の髪が緋色に変色していく、天元突破せんばかりの勢いで逆立つオマケ付きだ。

 スパンッ、スパンッ、と極悪武器、素敵ハリセンの試し打ちをする黒ウサギ。

 それに対し、事の発端である金髪の少年、十六夜は「愛玩動物の本領発揮か、なかなか面白そうじゃねぇか」とわざとらしく黒ウサギを煽る。

 一方、駄メイド呼ばわりされた吸血美少女、レティシアは話しそっちのけで「あぁ美味い、美味すぎる。体の隅々まで犯しにくるこの感覚、まるで麻薬ではないか、もうこれなしでは生きていけない体に……じゅるり」と目を見開き、何かに驚嘆している。相変わらずと言ってしまえばそれだけだが、なかなかに賑やかな集団である。

 

「よーし分かった。十六夜君とレティシアさんが殴られたのはしょうがない、正当な理由だ。だが何故だ、黒ウサギさん、何故オレまで殴った? どう考えてもおかしいですよね!?」

 

 みんな大好きお説教タイムに突入か!? と思われたその時だった、一人、理不尽な仕打ちを受けた青年が声を上げる。

 瞬間、踊るハリセンの嵐。

 

 スパパパパンッ!

 

「だからなんでーッ!?」

 

 脳天を貫く激痛に勢い余って椅子から転げ落ちる葵。両手で頭を押さえながら訴えかけた先にはウサギという名の悪魔の姿が。

 残忍かつ凶悪な笑みを浮かべる少女に思わず手足が震える。心なしかいつもよりも体が重い。

 弁解の余地なく、少女は右手に持つ白きそれを葵に突きつけた。

 

「うるさいデス。葵さんは黙って黒ウサギに殴られておけばいいんデース♪」

 

 少女の瞳は既に狩人のそれへと変貌を遂げていた。

 殺られる。葵の中に眠りし生存本能が "逃げろ" と全力で警鐘を鳴らし続ける。

 だが、手はない。勝つ術は残されていない。

 振り上げられる神器。それは神速の一撃をもって葵の意識を刈り取るだろう。

 ダメだ、終わった。思わず目を瞑る葵。

 

――しかし

 

 葵の背後から予想だにしなかった伏兵が現れる。

 

「黒ウサギ、お前少し太ったな、特に太ももの辺り。なんだその肉付きは、恥を知れ!」

 

 ポロリと床に転がるハリセン。

 傍らに立つ少女の頬が真っ赤に染まる。両手で必死にスカートの淵を引っ張り、問題の箇所を隠そうとするが元々膝上十数センチの丈しかないそれではどうにもならない。

 慌てる姿と忙しなく動き続けるウサ耳とが相まって非常に萌えるシチュエ―ション。

 思わず見とれる葵の背後から再び声が飛ぶ。

 

「主殿たちが来てから良いこと続きで少し気が緩んでいるのではないか? 栄養価の高い食物を取り過ぎているに違いない」

「そ、そんなことはありません! これはなにかの間違いです」

「いいや、違う。お前は欲に溺れすぎた。このままでは飼いならされた巨大なダメダメウサギ、巨駄ウサギになるぞ。それが嫌ならば自身を戒め、禁欲するがいい……じゅるり」

『…………じゅるり?』

 

 皆の声が重なった。刹那、葵の体が振り子のように大きく揺らぐ。

 前のめりに倒れそうになるのを気力で踏みとどまり、葵は先程から気になっていたことを背中の彼女に伺うことにした。

 

「レティシアさん、いつまでそうしているつもりですか? そろそろ限界なんですけど。出血多量で死んじゃいます」

「馬鹿者、そう慌てるな。こういう時は年長者の意見を汲むのが若人の仕来たり。心頭を滅却すれば火もまた涼し。そういうことだ、分かるな? ……じゅるり」

「分かるかーいッ!! 離れろこの駄メイド! こういう時だけ年寄りのフリするなロリババア!」

 

 口の端から赤い雫を垂らす駄メイド兼ロリババアことレティシア。絶対に離すまいと葵の首にしがみつく。

 それを振りほどこうと全力で床を転げ回る葵。しかし、血を吸われすぎたせいか動きが鈍い。

 このままではダメだ、と助けを求めるべく目の前で同じ様に床にへたりこみ、必死にある一部を隠そうとしていた黒ウサギに手を伸ばす。その際、バランスを失って前のめりに倒れ込む。

 

 "ぐにゅり"

 

 その音、感触、想像以上の肉感が葵の脳内を駆け巡る。

 言うべきか、言わざるべきか、思い悩む思考を振り払い、宣言する。

 

「こりゃダメですわ、巨駄ウサギさん」

 

 数時間後、繰り広げられるはずだった死闘が幕を開けた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 逃げる葵。追う黒ウサギ。葵の背には金髪メイドがべったりと張り付いていた。

 

「死ぬ気で走れよ、阿呆」

「なに楽しげに笑ってんの十六夜君!? なんでもいいから助け、来るな巨駄ウサギさん!」

「うがーっ! 言いましたね? 言ってしまいましたね? 兎・ストレス・禁物、今ここで日頃の鬱憤を晴らさせて頂きます。葵さん覚悟ーッ!」

 

 今まさに仕留められそうな青年を瞳に映しながら十六夜はヤハハ、と楽しげな笑みを見せていた。

 そんな残忍な彼に、隣で黙秘を決め込んでいった小さなリーダー、ジン=ラッセルが神妙な面持ちで声をかける。

 

「十六夜さん、少しお聞きしたことがあります。いいですか?」

「断る。どうせあれだろ、黒ウサギが感じた違和感について、だろ?」

「そうです。僕たちが勝利するためにはゲームマスターであるペストを打倒し、尚且つ、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げなければなりません。前者はそのままの意味で、後者については先程貴方が仰っていた説明で納得がいきます」

 

『ギフトゲーム名 "The PIED PIPER of HAMELIN"』

 

 ●プレイヤー側 勝利条件

  一、ゲームマスターを打倒。

  二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

 "偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ"

 

 火龍誕生祭には多数の美術工芸の出展物が存在している。その中に十六夜たちとは別枠の "ノーネーム" 名義で出展された怪しげなステンドグラスが100枚以上存在していることが確認された。この中から本物を見つけ出し、それ以外を砕けばいい。そして、本物の絵柄は既に見当がついている。

 さらに、本物が本物たる根拠やステンドグラスが当たりだと証明する証拠、相手の持つ秘密などを十六夜は皆に分かりやすく説明した。

 その内容に驚きながらも年の割に聡いジンは意味を理解し、また、裏側に隠された真実にまで辿りつこうとしていた。

 

「ですが、こんなことはありえません」

 

 一切の迷いなく、はっきりとした口調で言い切るジン。

 だがその瞳に浮かぶ不安の色を十六夜は見逃していなかった。

 

「続けろ」

「はい。新興のコミュニティならまだしも、サラマンドラのような深い歴史のあるコミュニティが怪しげなステンドグラス、それも100枚以上を普通見逃すはずがありません。だから、つまり、その……」

「故意にやった、って言いたいんだろ、御チビ?」

「……はい」

 

 認めたくない事実に思わず言い淀むジン。自分から聞いておいて情けないと思いながらも友達であるサンドラのコミュニティを疑いたくないと思ったのだろう。

 そんな優しい少年に対し、十六夜は彼の言葉を代弁するように語り「上出来だ」と小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

「恐らく御チビ様の言う通りだ。今回のギフトゲームはただの茶番、新米フロアマスターであるサンドラのことを周りのコミュニティに認めさせるためのな。くだらない」

 

 吐き捨てるように言う十六夜。普段、楽しげな笑みや不敵な笑み、と笑っていることの多い少年の顔に珍しく怒りの感情が見受けられる。なんだかんだ言っても彼自身、コミュニティの仲間を大事に思っているのだろう。

 優しい彼の姿に嬉しそうにジンは口元を緩めた。だがそれもほんの一瞬、瞬きと同時に一人のコミュニティの長としての顔つきになった。

 

「全てはコミュニティのために、でしょうね」

「どういうことだ、御チビ?」

 

 ジンの普段とは違う雰囲気を感じ取ったのだろう、十六夜も真剣な表情で聞き返す。

 

「十六夜さんたちはまだこの "箱庭" という世界に来てから日が浅いので分からないのも当然ですが僕たちにとってコミュニティは時に自分の命よりも大切になる、そういう存在なんです。名も、旗も、名誉も、仲間も、全て尊く何物にも代えられない宝なんです。それを守るためになら命をかけるのは当然です」

 

 幼き少年とは思えぬ口ぶりに十六夜の瞳が大きく開かれる。

 視線の先にいるのは本当にあの御チビなのか? と疑問を感じざる負えない、そんな表情でジンを見つめていた。

 少年の言葉が続く。

 

「僕が思うに、サンドラはこのことを知らないと思います。謁見の間で僕の軽率な行動に怒りを露わにしたマンドラさんの姿はただの一兵士としての行動にも思えます。ですが、その後のサンドラとのやり取りを見る限り、彼は妹をとても大切に思っていると感じました。そんな彼が自分たちの都合をサンドラに押し付けるとは考えにくいです」

 

 

 謁見の間でのやり取り。

 諸事情により久方ぶりに再会したサンドラに対し、ジンは昔のように軽い調子で語りかけた。それを見ていたマンドラが『新たなフロアマスターに対して失礼だろう!』と突然切りかかってきたのだ。その際、アルゴールが石化のギフトで対処し、ジンは難を逃れた。

 色々あった後、サラマンドラに届いた『火龍誕生祭にて、 "魔王襲来" の兆しあり』という手紙の話をしている際、しきりにサンドラのことをマンドラは気にかけていた。

 コミュニティの次期頭首とはいえ、不自然なほどに少女を気にかける姿にジンは彼も一人の兄なんだ、と感じ取っていた。

 

 

 まるで自分ならそうすると言わんばかりの独白に十六夜の目が再び開かれる。

 彼にはそうせざる負えない理由が、思い当たる節があった。

 自分たちが箱庭に召喚された意味を完全に理解しているつもりでいた。

 だがそれは誤りだったのだ。ジンや黒ウサギ、箱庭の人々にとって "コミュニティ" とはそれほどまでに大きな存在なのである。

 表情はそのままに、胸の内で己の浅はかさに拳を叩きつける。

 

 "救ってやる。お前も、こいつも、あいつらも、何もかも全部救ってやる。完膚なきまでに一つも取りこぼさず俺が救ってやるよ"

 

 自分をこの世界に導いた少女に誓った言葉。そこに嘘偽りはない。だが決定的に覚悟が足りていなかった。

 全てを払い捨てるように俯き、瞼を閉じる。そして、少年はニヤリと口角を少し持ち上げた。

 

「ハッ、虚言はダメだよな」

「え!? 十六夜さん……?」

「気にするな、こっちの話だ、御チビ。いや、()()()()

「あ、はい……ん? リーダー? 十六夜さん、今、僕のことリーダーって」

 

 十六夜の漏らした一言に先程までの沈んだ表情が嘘のように目をキラキラと輝かせるジン。嬉しさのあまり顔の距離が近い、拳三つ分ほどだ。

 それを面倒くさそうに右手で退かしながら「空耳だろ」と適当にはぐらかす十六夜。

 

「いえ、そんなことはありません。この耳で確か痛たたたた!?」

「どうした御チビ? お前もそこの阿呆と同じ目に遭いたいのか? よし分かった。黒ウサギ、御チビがお前のこと『あぁもう、口うるさいだけかと思ったら唯一の取り柄の美脚もボンレスハムだよ、巨駄ウサギ』とか愚痴ってるぞ」

「ちょっと十六夜さんなにを!?」

 

 十六夜の発したでまかせに椅子から飛び上がりながら慌てるジン。

 小さな肩に少女の手が触れる。

 

「ジン坊ちゃん、こちらで、お・は・な・し、しましょうか」

「え、遠慮させていただ、ッー!?」

 

 満面の笑みで迫る黒ウサギから逃げるように扉へと一歩踏み出した瞬間、ジンはその違和感に気付いた、その時点で手遅れであるとも知らずに。

 

「ジ~ンくん、どこいくの~?」

「ひぃぃぃ~!? 葵さん!? 離して、離してください」

「ダメだよ逃げちゃ、こっちにおいで」

「いやだああああああ~」

 

 室内に木霊する哀れな草食系男子の断末魔を耳にしながら十六夜は楽しげにヤハハ、と笑った。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 葵&ジン VS 黒ウサギの死闘が開幕してからすぐのことだった、幽閉された扉の向こう側から颯爽と彼女が舞い戻ってきた。

 

「なるほど、だからこういう状態なのね。何をどう考えたって貴方のせいじゃない」

「かもな」

 

 ヤハハ、と悪びれる素振りもなく楽しげな笑みを見せる十六夜。

 テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろす少女は大きな溜息を吐く。やれやれ、と額に当てられた右手には純白の生地であつらえられた手袋がはめられている。

 

「それはそうとお嬢様、今までどこでなにしてたんだ? もしかして俺たちには言えないようなことか?」

「十六夜君、ジョークにしては笑えないわね。貴方もああなりたいのかしら? よろしくてよ」

「おいおい、なに勘違いしてんだよ。俺は別に『俺たちに言えないようなことか?』としか言ってないんだぜ。それなのにどうしてああならないといけないんだ? ん?」

「それよ。その人の神経を逆なでするような不快な表情がなによりの証拠よ」

「ハハ、いいねぇ、やっぱりお嬢様との会話は飽きがこねぇな」

 

 ヤハハ、と継続して楽しげに笑う十六夜。

 瞳に映る少女は「私は疲れるから程々くらいがいいわ」とまた一つ溜息を吐いた。彼女、久遠飛鳥の言葉を体現するように真っ赤なドレスが少しだけくすんで見えるのもしょうがない。

 

「あすかー、あすかー」

 

 少女を呼ぶ声が飛ぶ。

 すかさず呼ばれた張本人である飛鳥が声を上げた。

 

「今はダメよ、出てきては。とても怖いウサギが暴れ回ってるから、ね」

「うさぎー?」

「そうよ、ウサギ。あの忌々しいウサギよ。ちょっと私より大きいからって……」

「こわぁーい、あすかこわぁーい」

 

 ゴゴゴ、と効果音が付きそうなほどに強大な邪念を一瞬にして纏う飛鳥。

 小さな声の主は「こわいのやぁー、おひるねするぅー」と間延びしそうな口調とともに気配を消してしまった。

 

「おい、お嬢様、さっきのは……いや、なんでもねぇ」

 

 姿こそ見えなかったが確かに誰かと飛鳥が会話していたのを十六夜は聞き逃していなかった。その正体を突き止めるために声をかけたのだが瞳に映る憎悪の塊に流石の彼も空気を読んだ。

 

「十六夜君、今回は私に魔王を惨殺……いえ、討伐する権利、譲って頂けないかしら?」

「悪いがそれは出来ない相談だな。正直、今のお嬢様のギフトじゃあ、あれの相手は無理だ」

 

 きっぱりと言い切る十六夜に対し、飛鳥は「今は?」と不敵な笑みをもって応じる。

 

「十六夜君、もしかして貴方、この私が一週間もの間、なにもせずにいたとお思いで?」

「そうは思わねぇが、勝算はあるのか?」

「もちろんよ。貴方にだって勝つことが出来るかも知れないわ」

「ほう。そいつはなかなか面白そうじゃねぇか。どうだ、今から一戦、俺とやらないか?」

「結構よ。まったく、貴方と戦うくらいならまだ魔王のほうが随分楽だ、と本気で思えてしまう自分が嫌だわ」

「ひでぇ言い草だな」

「その表情で言われてもなんの説得力もないわよ」

 

 帰宅してからまだ間もないというのに三度もの溜息を吐かされた飛鳥の表情は憂鬱なものではなく、どこか嬉しそうだった。

 

「それにしても、いつまで続くのかしらあれは?」

 

 疑問の声とともに向けられた視線の先には壁際に追い詰められた獲物と狩人の姿が。

 スパンッ、スパンッ、と試し打ちをしながら標的を見下ろす後ろ姿が、まさかあの可愛いうさたんのものとは誰も思いはしないだろう。巨駄ウサギ(激おこ状態)である。

 

「今のあいつは標的を狩ることしか頭にない猛獣だ。その証拠にお嬢様が帰ってきたことにも気付いてないみたいだしな、獲物のほうもだが。あと、酔っ払いのババアは論外な」

「ジン君や葵君ならまだしもレティシアは女性よ、酔っ払いのババアは少し言いすぎでは……ないわね。色んな意味で葵くんの顔が青ざめてるわ。大丈夫なの彼?」

「問題ないだろう。腹貫かれてもひょっこり生き返るようなヤツだぜ?」

「それもそうね」

 

 元々がこういう人間なのか、あるいは箱庭に来てからの影響なのか、飛鳥は現在の状況を楽観的に考え、深くツッコまないようにした。所謂「まあ別にいっか」である。

 しかし、二つほど彼女にも気がかりなことがあった。

 

「そういえば十六夜君、アルゴールの容態は大丈夫なの? それに、さっきから春日部さんの姿も見えないのだけれど?」

「あぁ、あいつらか。蛇ロリはあれでも元・魔王様だからな、意外と大丈夫らしいぞ、夢でうなされて阿呆のこと呼ぶ以外には」

「そう。良かったわ。夢の中でも主人である葵君を思い続けているなんて、一途にも程があるでしょうに」

 

 ふふ、と優しげな笑みを浮かべる飛鳥に十六夜はもう一人の少女について苦言を呈す。

 

「まあ、春日部の方はそれどころじゃないんだがな」

「どういうことかしら? もしかして、春日部さんも黒死病に?」

「ご明察道理だ。今も発熱で寝込んでやがる。と、いっても命に」

「春日部さんが黒死病に!? 大丈夫なの? どこ? 春日部さんは今どこにいるの?」

 

 ダンッ、と勢いよく座っていた椅子を後ろに投げ出し、前のめりになって問いただす飛鳥。その表情には焦りの色が見える。

 彼女の珍しい姿に一瞬驚きながらも十六夜は冷静に「落ち着けお嬢様、取り乱すな。あいつは大丈夫だ」と飛鳥を諌め、再び着席させた。

 

「昨日と今朝、様子を見に行った時に少し話したが "発熱" で体がだるそうなこと以外には特に変わった様子はなかった、なかった。だから安心しろ」

「ホント!? 本当なのね、十六夜君?」

「もちろん本当だ。ここで嘘を吐く理由がないだろ」

「そう。それならいいのだけれど」

 

 良かった、と心から安堵する飛鳥に十六夜はなんの躊躇いもなく指摘する。

 

「で、いつまでそうしているつもりだ。俺を誘ってるのか? それなら大歓迎なんだが」

 

 興奮のあまり再び椅子を押し倒して前のめりにテーブルの上に乗る飛鳥。

 十六夜の視線の先にはパックリと大きく開いた胸元が。

 飛鳥の顔は見る見るうちに赤くなる。まるで熟れた林檎のようだ。

 これまた珍しいものを見たと十六夜は嬉しそうに笑い声を上げた。

 

「い、十六夜君、気付いていたならもっと早く言いなさい! レディに対して失礼でしょう」

「そいつは悪かった。こっちは紳士として欲望に忠実になっただけなんだがな」

「黙りなさい。紳士は紳士でも貴方のそれは『変態紳士』でしょ」

「大正解。記念にひと揉みいっとくか?」

 

 そんな不埒な言葉とともに、わしわし、と両手でアピールする十六夜。

 すかさず「いきません!」パンッ、と床に転がっていたそれで応戦する飛鳥。

 黒ウサギが持ち込んだ極悪武器『素敵ハリセン』だ。威力良し、強度良し、柔軟性良し、と三拍子揃った逸品。販売元はサウザンドアイズ、和装ロリ直営店である。

 

「まったく、どうしてうちのコミュニティの男子はこうも変態揃いなのよ」

「そんなに怒ることか? 古来より、男子たるもの性に対してオープンであれ、という偉そうな格言があってだな」

「ないわよ、そんな胡散臭い格言。貴方のいた世界おかしいんじゃないかしら」

「全否定とは如何なものか」

 

 ああいえばこういう。柳のような十六夜の相手をしていては体力が持たないと飛鳥は病気で苦しむ耀のもとへ行こうと席を立つのだった。

 




ドラ「黒ウサギ、お前は欲に溺れすぎた……じゅるり」
全員『お前がな!』
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