リクルートファイター葵くん   作:まひる

27 / 32
加筆修正なし。


第10話 A 『パンツ丸見え』

 境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

 交渉から一週間の時が流れ、今まさに魔王との戦いが目前にまで迫っていた。

 

 現在、プレイヤー側の参加者、黒死病から逃れたゲーム参加資格を持つ約五〇〇人の戦士たちは大広間に集まり、詳しい行動方針など必要な情報の説明を受けている。

 肌の色が異なる者、頭から耳を生やす者、全身が鱗に覆われた爬虫類のような者、姿形は違えども、誰もがゲームに勝つためここにいる。

 

 彼らに与えられし使命は各所に配置されたステンドグラスを見つけ出し、破壊、もしくは保護すること。

 魔王と直接戦うのは "サラマンドラ" とジン=ラッセル率いる "ノーネーム" が受け持つこととなった。

 全ての説明を終え、最後の言葉を述べるべく、サンドラは拳を突き上げる。

 

「我らに勝利をッ!」

 

 おおと皆同じ気持ちだと表すように戦士たちは天高く拳を突き上げる。

 そして、それぞれに与えられし使命を全うするため、行動を開始した。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 ゲーム再開と同時にそれは起きた。境界壁から削りだされた宮殿、色彩鮮やかなカットガラスで飾られた歩廊、暖かな光を生みだす数多のペンダントランプ、その全て、中世ヨーロッパを思わせる街並みが地鳴りとともに姿を変えていく。

 そして、新たに形を成したのは寸分違えることのない "ハーメルン" の街だった。

 

 ある者は目を見開き、また、ある者は足を滑らせ地べたにその身を投げ出す。

 だが、一概に皆これが誰の仕業か理解している。

 

 "魔王ペスト"

 

 再び始まったデスゲームの長。

 ペスト、ラッテン、ヴェーザー、シュトロム、彼女らは何れも "ハーメルンの笛吹き男" という童話に関連しており、その舞台である "ハーメルン" の街は彼女たちにとってホームグラウンドと言っても過言ではない。

 その力、知性、恩恵(ギフト)を最大限生かせる空間を特殊な力で呼び出したのだ。

 

 負けられない。何があっても負けることは許されない。

 拳を握り締め、決意を胸に誰もが戦う。

 生きるために、その最も原始的な欲求を叶えるために。

 或いは、目的のために、敬愛する主のために。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

 本来の姿から大きく形を変えた街並みを見つめながら少年たちは言葉を交わしていた。

 

「何らかの手は打ってくると思ったが、なかなか面白いこと考えるじゃねぇか、あの斑ロリ。楽しくなって来たぜ」

「と、いっても、今回の主役は私たちではないわ。それに、私に関してはルイオスの時といい、大きなゲームでは決まって尻拭いをさせられるんだから、心底嫌になるわよ。せっかく手に入れた力もお披露目出来ないなんて」

 

 頬を膨らませながらジト目で文句を垂れる飛鳥。

 コミュニティの中でただ一人、自分だけが満足のいく成果を上げられていないことを彼女は気に病んでいた。

 十六夜は水樹の苗を、葵はアルゴールを、耀は今回のギフトゲームで勝利を獲得した。

 にも関わらず自分だけが何もない。飛鳥としてはどうにも気が治まらなかった。

 

 その折り、手にした強大な力。そして、目の前には試すのにちょうどいい魔王様。

 今度こそ私だって、と意気込み充分だったのだが、色々あって今回もサポート役に回されてしまったのである。故に彼女の態度も頷けるだろう。

 

 少女の珍しい姿に十六夜はヤハハ、といつもの笑みで返す。

 

「そう言うなよ。確かに俺もお嬢様の新しいギフトがどんなものなのか気になる、懇切丁寧にじっくりねっとり観察したいってのが本音だ。だが、ああまで言われたら頷くしかねぇだろ?」

「うぅ……分かってるわ。彼に一つでも多く貸しを作っておこうと判断したわけだし、後々、役に立つのは間違いないでしょうから」

「春日部絡みでな。まあ、なんにせよ、"あっち" の借りは返しに行くんだろ?」

「もちろんよ。魔王のお相手が出来ない以上、全力をもって潰させてもらうわ。あの露出女だけは絶対に許さない。なにが『あら貴女、女の子だったの? 小さすぎて分からなかったわ。ぷぷ♪』よ。……ぶちのめしてやる」

 

 ふふふ、といかにもお嬢様然とした笑みを浮かべる飛鳥。やはりと言うべきなのか、彼女の背後には『ゴゴゴ』といつぞやの黒い靄が漂っている。

 そのおぞましい光景に周りにいた幾人ものゲーム参加者たちは思った、ご愁傷様です、と。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 超広範囲に出現したハーメルンの街並み。その中央付近で彼らは対峙していた。

 

「よくも、のこのこ現れることが出来たわね、今頃必死に身を隠している頃だと思っていたのに。愚か、いえ、哀れね、柊葵。貴方はそこで何も出来ずに見ていなさい、仲間が傷つき、倒れ伏す姿を」

「ごめん。丁重にお断りさせて頂くよ。オレはキミと話をしに来たんだからね。だから、そんな所にいないでこっちにおいでよ、ペストちゃん」

 

 本来ならば相見(あいまみ)えることのなかった二つの魂。それが世界を越えてぶつかり合う。この瞬間をどう表せばいいのか、運命、宿命、偶然、必然、そのどれもが彼らに相応しい言葉のように感じるられる。

 

 一方は受け入れがたい事実に表情を歪め、もう一方はその顔に優しげな笑みを湛える。

 塔のてっぺんと歩廊。目に見える距離は近くとも、彼らの心は交わることはない。

 

 そこだけが切り取られたかのように動きを見せない二人に慌ててウサ耳少女は問う。

 

「あ、葵さん!? なにを仰っているんですか? というか何故ここに!? それに話とは一体?」

 

 驚愕と言わんばかりの表情を浮かべながら矢継ぎ早に質問攻めする黒ウサギ。

 隣にはパレオロリことコミュニティ "サラマンドラ" の幼き頭首、サンドラの姿が。

 どちらも宙に身を置きながら見下ろす形で葵へと視線を向けている。

 

「黙ってて申し訳ない黒ウサギさん。実は昨日、偶然ペストちゃんたちと遭遇して、その時にどうしても彼女たちのことが知りたくなったからこうしてここにいるんですよ」

「あ、なるほど。ってそんなわけないでしょうがーッ!! どうしてそんな大事なことを今まで黙っていたんですか! 阿呆ですか? 阿呆なんですね! そうですね!」

「こうなると思ったからだよ。そんなことも分からないとは流石ですね、巨駄ウサギさん」

「……葵さん、また昨日のようになりたいんですか?」

 

 葵の漏らした一言に満面の笑みで返す黒ウサギ。いつ間にやら左手にはお馴染の極悪武器、素敵ハリセンの姿が。いつでもいけますぜ姐御、とその身を極限まで高めながら待機している。

 一人蚊帳の外へと追いやられたサンドラ。困ったように声を上げる。

 

「黒ウサギ、これも何かの作戦ですか?」

「いいえ、そんなはずはありません。そのはずなんですが、黒ウサギ自身も何がなんだかよく分かりかねます」

「と、いうことは彼に聞くのが一番。葵、理由を説明してくれますね?」

「もちろんだよ。それに関しては別に問題ないけど、ちょっといいかな、サンドラちゃん?」

「なんでしょう? 状況が状況だけに無駄な話は出来るだけ避けたいのですが」

「あ、普通そうだよね。ごめん。たいしたことじゃないからあとでもいいんだけど、念のために言っとくよ――――パンツ丸見え」

『…………え?』

 

 "パンツ丸見え"

 

 その場にいるペストを含めた全ての女性陣が耳を疑った。

 確かに自分たちは宙に浮いていて葵は下から見上げている。

 自然と目に入るのかもしれない。だが今それは言うべきことなのか?

 私たちはなにをしていた? 命をかけた戦いだったはずだ。

 それなのにどうして彼はこともなげに、否、爽やかな笑顔で『パンツ丸見え』などと言えたのか? 理解できない。

 

「不思議と何故か黒ウサギさんのは見えないんだけど、サンドラちゃんのは丸見えなんだよね。リリちゃんとは比べ物にならないほど大胆な下着に柊さんは驚愕を隠せません。是非ともお持ち帰りしたい」

 

 紡がれていく言葉に反応してサンドラの頬は見る見るうちに羞恥の色に染まっていく。沈んだはずの夕陽を想わせる赤さだ。

 あたふたしながら手頃な民家の屋根に場所を移すと彼女はキィッと葵の方を睨んだ。

 だがしかし効果はない。寧ろご褒美と言えるだろう。

 

 目に一杯の涙を溜めながら悔しそうな表情を浮かべるサンドラに葵は思わず微笑んでいた。妹を見つめる兄のような表情。その胸の内で『なんだかんだいってもまだ十一歳の女の子なんだな~』と場違いにも程があることを考えていた。

 

「葵さん! 貴方という人は一体なにを」

「なにを考えているんかさっぱり分からないわ」

 

 憤慨する黒ウサギの言葉をペストのそれが遮る。

 つまらなさそうな瞳で見下し、吐き捨てるように言う。

 

「柊葵、貴方は本当の馬鹿ね。ゲーム再開から二十四時間が経てば無条件で私たちの勝利が決まるこの状況で、なにをふざけたことを言っているのかしら。頭の中がお花畑とはよく言ったものよ」

「そうです葵さん下がっていてください。ペストは我々が仕留めますのでどうか安全な場所に」

「心配する必要ないわ月の兎、あれを殺すのは一番最後だから。簡単に死なせるつもりはない、その心を極限まで痛めつけてやる。そうして、無能で非力な自分を恨みながら死んでいけばいいのよ」

 

 あはは、と狂気に満ちた笑みをその綺麗な顔に張り付け、少女は嗤う。狂ったように嗤い続ける。

 そして、一通り嗤い終えるとダボダボの袖に隠れた右手を葵の方に向け、大仰な口調で言い放った。

 

「宣言するわ。柊葵、貴方を私の前で跪かせ、(こうべ)を垂れながら命乞いさせてあげる。楽しみにしていなさい」

「楽しみって、そんなことくらいなら今すぐやってあげるのに」

「――――なっ!?」

「あれ? もしかして驚いてる? そういえばプライドがない人間はどうとか言ってもんね。まあ、生憎そんなものは最終面接五社目失敗の時点で溝に捨てさせられたよ……ぐすんっ」

 

 ここ笑うところだからね、ハハ、と何の気なしに笑みを見せる葵の姿にペストは言い知れぬ不安を感じた。

 呑まれている。主導権を握っているいるはずの自分の言葉がまったく通じない。それどころかどんどん深みにハマっていく。

 

 "オレはキミと話をしに来たんだからね"

 

 答えは最初から提示されていた。戦う意思など微塵もない。ただ青年は少女と話をするためにここにやってきた。

 

 "全てを知って、理解した上で、どうするかを考えたいんだよ"

 

 イカれている。口から出まかせだと思いこんでいた言葉に嘘偽りはなく、ただ、自分の意思を貫きとおそうとしているだけ。

 

 "誇り無き者に何かを成すことは出来ないわ"

 

 誇りならあった。目的もあった。

 明確な意思をもって佇む青年の姿にペストはこれまで以上の嫌悪感を抱く。

 そして、思い出したくなかった事実を突きつけられる。

 

 "貴様ではどう足掻こうと奴には勝てない"

 

 脳内を駆け巡る()の者の言葉にペストは苦悶の表情を浮かべ、思わず小さく(うずくま)る。

 そんなはずはない。私が負けるはずがない、と必死になって否定の言葉をぶつければぶつけるほどに心は傾いていく。

 目を背け続けてきた事実。必要のない感情として心の奥底に仕舞い込んでいたそれがふわりふわりと宙を舞うように彼女の心に降り注ぐ。

 

 

 本当は誰かに私を知ってもらいたかった、誰かに私を理解してもらいたかった。

 一人は怖い、一度暖かさを知ってしまったから。

 

 "怠惰な太陽への復讐"

 

 そんなことはどうでも良かった。ただ、()に認めてもらいたかっただけだから。

 もう一度あの平凡な日常を味わいたかった。

 

 でも、嘘じゃない。"八千万の悪霊群" の代表として彼らのためにも頑張らなければならないと思っていた。だからこそ、私はここにいる。

 

 "どこで間違えてしまったんだろう、教えてほしい"

 

 でも、許されない。

 魔王は惨めに死ぬのが宿命だと二人は言った。

 もう後戻りはできない。だから戦うしかない。

 

 手を伸ばせば彼なら掴んでくれるかもしれない。でも、私はそれを拒否する。

 だって、魔王だから、魔王になる道を選んでしまったから。

 

 そんな私に付いてきてくれる仲間たちのためにも――――殺す。

 

 優しげな笑みは偽りの仮面。

 あいつは私を騙そうとしている。油断したところを後ろから殺るつもりだ。

 

 暖かな言葉の裏には汚い本音が隠れている。

 殺せばいい。そうすれば何も考えずに目的のために生きることができる。

 それでいい。それがいい。

 

 

 哀れな少女は踊る。背負うと決めた重荷に、求めてしまった平穏に潰されると分かっていても踊り続ける。

 踊らなければ存在する意味も意義も見出せないから。

 だから、踊る。壊れるその時まで踊り狂ったように――――殺す。

 

「ペストちゃん大丈夫!? 聞こえてる? お腹痛いの? どうしたの?」

 

 突然、何の前触れもなく(うずくま)った少女に対し、葵は慌てて声をかけた。

 焦りのせいか、ぶわりと額に沸く汗が眉の防波堤を超えて瞳に押し寄せる。

 それを片手で拭って、なおも声をかけ続けた。

 少女は彼の声を耳にし、呆れたような笑みで葵の方へと振り返る。

 

「ふふ、心底馬鹿なのね貴方。敵の心配をするなんてイカれてるわ。その証拠にお仲間の二人は呆けて声も出ないみたいよ」

「え、マジで!? 黒ウサギさん? サンドラちゃん?」

 

 少女に指摘され、慌てて声をかける葵。

 名を呼ばれたウサ耳少女は頭を抱えていた。

 だがそれも一瞬のこと、口を尖らせ、呆れたような声音で応じる。

 

「……葵さん、思い出してください。アルゴールさんや耀さん、それにこの街の皆さんが苦しんでいるのは誰のせいですか? 分かりますよね? それなのにどうして魔王の心配などしているんですか? 黒ウサギには貴方の真意が見えません」

 

 呆れを通り越して憐みの目になる黒ウサギ。

 傍らに立つ少女もまた、異物でも見るような目で彼を見つめ、声を荒げる。

 

「葵、私はジンやリリから貴方のことをとても優しい人だと伺っていました。自分よりも仲間の身を案ずるその姿勢に憧れているとも。彼らの期待を貴方は裏切るのですか? 我々がこうして手をこまねいている間にも多くの人々が黒死病によってその命を削られているんです。貴方は彼らを見捨てるのですか? 罪なき人々を苦しめる咎人(とがびと)に慈悲などいりません。邪魔立てするというのなら、私は一人の階層支配者(フロアマスター)として、貴方を秩序のために排除します」

 

 瞳に明確なる意思の炎を滾らせ、幼き少女は宣言する。

 そこにはもう、先程までの恥じらいに頬を染める女の子の姿はない。一人の戦士が立っていた。

 

 対話することは許されない。

 戦うしかない。

 己の意思を貫くためならば、相手をねじ伏せることも必要なのだから。

 

 少女たちはそれぞれの武器を握り直し、倒すべき相手を睨みつける、全ての元凶たる悪魔の子を滅するために。

 

――と、その時、再び天を穿つような地鳴りが起こった。

 

 辺りを見渡せば至る所に倒れ伏す、白き巨兵の陰。ペストの配下、シュトロムだ。

 ゲーム再開後なんの前触れもなく各地に出現しステンドグラスを捜索する人々に襲いかかったのだが、どうやら何者かによってそのほとんどが落とされてしまったらしい。

 

 だが、それだけではない。最初に異変に気付いたのは黒ウサギだった

 

「この揺れの大きさ、間違いありません。十六夜さんたちの決着がついたようです! それに飛鳥さんのほうも!」

「ホント、黒ウサギ!?」

「YES! 我々の勝ちもすぐそこです、もうひと踏ん張りですよ、サンドラ様」

「うん!」

 

 葵のもたらした険悪な雰囲気が嘘のように吹き飛んでいく。好転していく戦況に気色を浮かべながらも、黒ウサギとサンドラは今一度気を引き締め直す。

 一方、ペストの方は隠す事もなく苦々しげな表情を浮かべ、葵を睨みつけた。

 

「なるほど、貴方の狙いは最初からこれだったのね。私を惑わせている間に他のお仲間に戦わせてヴェーザーとラッテンを殺す。なかなか素敵なアイデアね。卑怯なやり方、いえ、それに気付けなかった私が愚かだったわ」

「そ、そういうことだったんですか!? すみません葵さん。そうとも知らずに黒ウサギは……なにが聡明な兎ですか、黒ウサギなどおバカな駄ウサギで充分です」

「葵、お詫びと訂正をさせてほしい。私が間違っていました。貴方はやはりジンたちが言うような素晴らしい人です。こんな危険な、いつ殺されるかも分からない場所に一人で赴き、残忍な人の皮を被った魔王相手にどうどうと立ち向かうとは……深く感謝します」

 

 それぞれがそれぞれに青年を称える中、当の本人である葵は目をバタフライさせながら「ア、ウン、ソウダヨー」とどこか落ち着きのない声音を漏らしていた。

 

 実は葵くん、本当にペストと話をしに来ただけだったりする。いざとなればどうにか出来るように()()も引き連れてきたのが、結果的に大変な誤解を与えてしまい、罪悪感に押し潰されそうになっていた。

 

 そうとは知らず、羨望の眼差しで見つめ続ける黒ウサギとサンドラ。それがまた、葵の心を押し潰す。

 

 ペストはというと、よく分からない盛り上がりを見せる三人のことなどお構いなしに、沈み切った夕陽の方角を見つめながら配下の死を悼んでいた。

 

(結局、貴方たちも私を一人にするのね。いいわ、どうせ成り行きで得た主従関係、対して思い入れもないのだから)

 

 胸の内で紡がれた言葉とは裏腹に少女の纏うそれが変化していく。

 触れれば即、死をもたらす黒い風。天を舞う鳥は地に堕ち地べたを這う獣は腐り消えゆく。

 

(でも何故かしら、どうにも胸のあたりがズキズキと痛みを主張してくるわ。まあなんだっていい、皆殺すんだから)

 

 全ての邪念を振り払い少女は天を仰ぐ。

 

「――――…………止めた」

「え?」

「こんなくだらない茶番に付き合う必要はないわ。私は柊葵に絶望を与え、白夜叉を手に出できればそれでいいのよ。だから他の子たちはもういらない――――皆殺しよ」

 

 瞬間、辺りを覆う黒い風。

 嵐のように吹き荒れるそれを目にし、黒ウサギたちは一瞬で何かを理解する。

 だが、動けない。圧倒的な死の恐怖に一瞬だけ足が竦んでしまった。やられる。

 刹那、閃光の如き速さで少年が二人の前に跳躍する。

 

「ビビってんじゃねぇぞ駄ウサギ!」

 

 今しがた敵と戦っていたはずの十六夜が現れ、二人に迫ろうとしていた黒き風を蹴り飛ばす。

 目の前で起きた理解しがたい現象にペストは唖然とした。だが、すぐに理解する。

 

「なるほど。ヴェーザーを殺ったのは貴方ね、彼には神格を与えたというのに、化け物め」

「生憎俺は人間だこの野郎ッ!!」

 

 再び閃光となった十六夜の一撃をペストは両腕で身を包み込むように受け止める。

 しかし、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされる。

 幾重にも連なる建物を貫き、少女はその身を地に伏せた。

 背中に触れる瓦礫の塊が彼女の肺を押しつぶし、口元から血が垂れる。

 

「やってくれるじゃない。でも、この程度なら一瞬で治せるのよ」

「ハッ、なら治すヒマもなくぶちのめしてやる」

「面白い。いいわ、来なさいクソガキ」

「ガキはてめぇだろうが斑ロリーッ!」

「はいストーップ!!」

 

 驚天動地の人外バトル開幕、となるはずが一人の阿呆の割り込みによって一時中断。当人たちの怒りはもちろん彼に向けられる。

 

「性懲りもなくまた私の邪魔をするのかしら? それとも先に死んでおく?」

「邪魔すんじゃね、てめぇはそこで大人しく茶でも飲んでろ」

「あ……はい」

 

 想像以上の威圧に強制的に頷かされる葵。

 折れた。ぽっきり簡単に折られた。だってあの人たちすげぇ怖いし、とか言い出しそうな表情である。

 すかさず、少女の声が飛ぶ。

 

「葵君、貴方私たちにここまでさせておいて今更怖くなった、なんて言うんじゃないでしょうね? 男の子なら決めるところ決めなさい! それと十六夜君はあとでお説教。なに一人だけ抜け駆けしようとしてるのよ、信じられないわ」

 

 矢継ぎ早に紡がれる言葉に加えて特徴的なお嬢様口調、飛鳥だ。

 ズシン、ズシン、と地鳴りを響かせながら現れた巨大な影。今は地に伏す白き巨兵に負けず劣らずの大きさを誇る赤い機械人形。その左肩の部分に彼女は立っていた。

 

「悪いなお嬢様、こちとら消化不良で暴れたりねぇんだ。大目に見てくれ」

「見ません! 私も我慢しているんだから貴方もしなさい」

「……なんだ? なんか言ったかお嬢様ー?」

 

 むっと口を尖らせて拗ねるような表情をしたかと思えば、すぐさまいつもの調子でおどけて見せる十六夜。

 聞こえないフリとはなんと古典的な。もちろん飛鳥にはバレているので「今更遅いわよ!」とツッコまれる始末。この二人のやり取りは最早定番と言ってもいいだろう。

 わいわいガヤガヤと騒ぐ二人。その傍ら、飛鳥に向け黒ウサギが疑問の声を上げる。

 

「あ、飛鳥さん……それは、一体……?」

「あぁ、黒ウサギ、そんなところにいたのね。紹介するわ、私たちの新たらしい仲間、ディーンよ」

「DEEEEEEeeeeeeEEEEEENーッ!!」

 

 飛鳥に名を呼ばれた赤き機械人形が呼応するように吠える。

 ピリリ、と空間を歪める程の大轟音に思わずウサ耳を押さえる黒ウサギ。ちょっぴり涙目である。

 どうかしら、と視線で投げかける飛鳥に黒ウサギは呆けるばかりで返事もしない。代わりに十六夜が答える。

 

「こいつがお嬢様の言ってた新しい力か。いいねぇ、悪くないぜデカイの」

「DEEEEEEeeeeeeEEEEEENーッ!!」

 

 称賛されたのが嬉しかったのか再び吠える巨大な機械人形。鉄の剛腕を振り上げるその姿はガッツポーズに見えなくもない。

 驚きに包まれる空間を裂くように赤いドレスを着た少女に向け、ペストは問う。

 

「それでラッテンとシュトロムを殺ったの?」

「ええそうよ、半分正解ね、魔王様」

「半分……? どういうこと?」

「言葉の通りよ。シュトロムとかいう木偶は破壊しつくしたけれど、ラッテン、あの露出女には()()()もらったわ、永遠に」

「……そう」

 

 とうに分かっていたこととはいえ、直接仲間の死を告げられたのが心にきたのか、目を伏せるペスト。だが、それも一瞬のことで、次の瞬間にはその顔に不敵な笑みを張り付ける。

 

「死ね」

 

 凶悪なる言葉とともに右手を飛鳥に向け掲げるペスト。

 黒き風が少女を襲う。

 

――だがしかし

 

「ディーン!」

「DEEEEEEeeeeeeEEEEEENーッ!!」

 

 飛鳥を守るように赤き機械人形の剛腕がそれを遮る。

 命あるもには絶対なる死を与える黒い風とて、無敵の鉄の魔人には効果がない。

 チッ、と大きく舌を鳴らすペスト。

 その隙に呆けていたはずの黒ウサギとサンドラが攻撃を仕掛ける。

 

「いい加減に落ちてください!」

「魔王、覚悟!」

 

 それぞれの手から打ち放たれた恩恵の輝きがペストを襲う。

 だが、相手も新米とはいえ魔王、すぐさま黒い風を使って全て防ぎきる。

 苦々しげな表情で睨む二人。それとは裏腹に弾かれた輝きが辺りの建物に直撃し、ステンドグラスを捜索していた人々の頭上に降り注ぐ。

 

「し、しまった!?」

 

 ここからでは間に合わない、と空を切るサンドラの左手の向こう側で崩れ行く建物が停止した。

 その間に下敷きになるはずだった人々は何とか逃げ切ることに成功する。

 なにが起こったのか理解できず、驚愕の表情を浮かべる黒ウサギとサンドラ。

 そんな二人をあざ笑うかのように止まっていたはずの建物がその形を砂に変え、消え失せた。

 

「どこを見ているの?」

 

 なにが起きたのか、と考える暇など彼女が与えてくれるはずもない。

 次なる攻撃が二人を襲う。

 しかし、それも十六夜の一撃によって消し飛ばされ、再びどやされる。

 

「てめぇの命はてめぇで何とかしろ、次は知らねぇからな」

「うぅ……すみません」

「助かりました」

 

 何度も助けられ、お荷物扱いされた二人は少しだけしょんぼりとした表情で頭を下げる。

 しかし、十六夜はそんなことはお構いなしに次なる行動へと移る。

 自分たちが暴れ回ってしまったせいでボロボロになったハーメルンの街並み。そんな中、比較的損傷の少ない建物のいくつかに目をやり、目的の人物を見つけると声をかけた。

 

「おい、そこで建物の陰に身をひそめてる阿呆、あとはお前たちでなんとかしろ。しくじったらどうなるか分かってんだろうな?」

 

 高圧的な物言いに「任せといて」と軽い調子の声が帰ってくる。

 ゆっくりと姿を表したのはいつの間にか姿をくらましていた葵だった。

 

「もちろんだよ十六夜君。無理を言って悪かったね、あとは俺たちに任せてステンドグラスの捜索に向かってくれ」

「そいつはお断りだ、万が一を考えればここに残るのが正解だろう。それに、お前を死なせっちまったら春日部に刺されかねないからな」

「いや、そんなことはないと思うけど……そうだよね?」

「だといいんだけどな」

 

 葵の問いにいつもの調子でヤハハ、と返す十六夜。

 彼の脳内趣味レートによれば100%の確率で刺され、今ならもれなく滅多刺しキャンペーン中という回答が提示されている。

 

 自分だけお留守番のせいか耀の思考は少々凶暴になっているらしい。眠れる獅子を怒らせるわけにはいかないだろう。

 飛鳥も似たようなことを考えていたのか、引きつった笑みで会話に参加する。

 

「冗談みたいに聞こえるかもしれないけど、春日部さんは殺るときは殺る、そういう子よ」

「いや、それどういう子だし。耀ちゃんは珍獣扱いなの!?」

「ある意味間違ってないと思うけどな。そうだろお嬢様?」

「そうね。ある意味珍獣だわ」

「あの~お二人さん、全然意味が分からないんですが、なんでニヤニヤしてるの?」

 

 隠す事もなくニヤついた笑みを見せる十六夜と飛鳥。

 彼らがなにを考えているのか知る由もない葵はキョロキョロと二人の顔を見回す。それがまた二人を楽しませるのだ。

 

 飛鳥は最終的に友である彼女の恋が叶って欲しいと願う一方、もう少しこのまま楽しませてもらおうかしら、などどと考えているに違いない。十六夜も引き受けた以上、仕事は全うするつもりである。

 

 とまあ、そんなラブコメチックなお話しはここまでだ。

 互いに視線を交わし十六夜と飛鳥はそれぞれ葵に激を飛ばす。

 

「まあ、どうせ失敗するだろうから死なない程度に頑張れよ」

「そうね。どうせ失敗するでしょうけど生きて帰ってくれば文句は言わないわ」

「ちょっと、その言い草はないんじゃないかな!? おかしいでしょキミたち!」

「おかしいのはてめぇの頭の中だ。ある意味博愛主義者より厄介だぞ」

「もし仮に私のいた世界に貴方が来たら三日ともたず命を落とすことになるでしょうね」

 

 互いに額に手を当て「やれやれ、まったくこの阿呆は」と少し芝居がかった口調で呟く二人に対し、蚊帳の外どころか、時空の外状態にあった黒ウサギとサンドラは二人揃って可愛らしく小首を傾げる。置いてけぼりとかそんなレベルではないのだからその仕草にも頷けるものがあるだろう。

 

 一方、時空どころか宇宙規模で放置されていたペストは葵たちのやり取りをジッと静かに眺めながら一人、孤独の中に堕ちていた。

 




第10話 B にそのまま続きます。ご注意ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。