リクルートファイター葵くん   作:まひる

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A からそのまま続きます。ご注意ください。
加筆修正なし。


第10話 B 『お持ち帰り決定!』

 一方、時空どころか宇宙規模で放置されていたペストは葵たちのやり取りをジッと静かに眺めながら一人、孤独の中に堕ちていた。

 

 自分にはもう二度と手に入れることのできない日常、手に入れていたかさえ分からなくなった日常、それが目の前にある。くだらないと吐き捨てることは簡単だが、少女が本当に手にしたかったのはそんな普通の日常だった。

 

 

 彼らと過ごした時間は悪くなかった。

 スキンシップの過激な女。生意気で自分を子ども扱いする男。無口でただそばにいるだけの木偶。

 なんだかんだ皆いいヤツだった。悪くなかった。楽しかった。これからもっといっぱい話したいことがあった。やってみたいことがあった。

 

 でも、もういない。誰もいない。

 

 スキンシップの過激な女も、生意気で自分を子ども扱いする男も、無口でただそばにいるだけの木偶も、皆いない。

 いなくなった。またいなくなった。私のそばにいるヒトはいつもいなくなる。()もそうだった。

 

 でも、しょうがないわ。

 だって私は黒死病(ペスト)だから。

 嫌われ者の黒死病(ペスト)だから。

 殺すことしか出来ない悪魔だから。

 八千万もの霊群の代表だから。

 

 だから殺すしかない。殺して殺して殺しまくればいい。

 幸せなヒトは目障りだから死ねばいい。だから殺す。

 そうすれば何も考えずに済むのだから殺せばいい。

 

 あいつは特に嫌い。

 誰からも慕われているあいつが嫌い。

 私の幸せを二度も奪ったあいつは許さない。

 あいつを必ず殺す。

 

 そうだ。いいことを思いついた。

 

 あいつは優しい。狂ったように優しすぎる。

 誰かのために命を投げ出す頭のおかしいやつ。

 そんなあいつを皆は大好き。

 

 だからあいつを殺す。

 

 仲間の目の前で苦しんでいく様を見せつける。

 面白い。楽しい。

 きっといい顔が見れるに違いない。

 

 どうせ私は負けてしまう。愚かな私は負けてしまう。

 一人じゃどうにもならないことだってある。それが今だ。

 でも、ただじゃ死なない。

 最後にあいつを殺して苦しむヤツらの顔を見てから死んでやる。

 

 

 少女の胸に意思が宿る。黒く淀んだ汚い意思。

 

「…………フフ」

 

 思わず漏れた。口から醜さの塊が漏れ出た。

 だが、誰も気づかない。少女の痛みに誰も気付いてくれない。

 ただ、それは間違っている。気付いて欲しいなら主張しなければならない。

 そんな簡単なことにも気づかずに少女はその身に宿った最後の願いを叶えるべく、得物のことを見つめ続けた。

 

「さて、どこまでやれるかは分からないけど、オレなりに頑張ってみますか。――――待たせてごめんねペストちゃん。オレとお話しようぜ!」

 

 優しげな笑みとともに暖かな言葉を投げかけたのはもちろん彼だった。

 柊葵。他人のために自らの命を差し出すような阿呆。その実、この世界における全てが夢だと思い込んでいた愚かな人間。

 少女の口から笑みが零れる。

 もちろん、答えは決まっている。

 

「…………いいわよ」

「…………え?」

 

 木霊する間抜けな声。

 自分から持ちかけたにも関わらず葵は面食らった。内心「どうせまた断られるだろうな」と思い込んでいたのだが何故か了承されてしまい驚いている。目を見開き、口をあんぐりと開けた状態でだ。

 

「どうしたの? やっぱり辞めておきましょうか?」

「い、いや、そんなことないよ。やろう、今すぐお話しよう!」

「そう。良かったわ」

「良くないですッ!!」

 

 思考が現実に追いつかず迷走しまくっていた黒ウサギ。

 だが、彼女もようやく事態を理解したのかこれだけは見過ごせないと声を荒げて遮った。

 

「皆さんの行動や言動の意味がなんとなく分かってきました。――なにを考えてらっしゃるんですかこの問題児様方はーッ!!」

 

 ズドーン、と地鳴りよりも激しい雷鳴が轟く。黒ウサギの持つギフトの成せる技だろう。

 十六夜と飛鳥は「おぉ~」と楽しげに拍手を送っている。それがまた黒ウサギの神経を逆なですると理解しているからこその反応だ。

 案の定、「うがーッ!」といつもの三割増しで喚き散らす黒ウサギ。

 いたずらに成功した子どもの様な笑みで見つめる問題児たちを一人ひとり睨みつけていく。

 

「皆さん全員あとでお説教ですッ!! ですが、今はそれどころではありません。葵さん、分かっていますね?」

「うん。流石のオレも空気を読むよ。ゲームに勝てばいいんでしょ? 任せてよ」

「はいはい、そうです。その通りです。ってそんなわけないでしょうが! 死ぬ気ですか貴方は!? そうですね? そうなんですね! このお阿呆様ーッ!」

 

 うっがーッ!! と今までに見た事ないくらいの雄たけびを上げる黒ウサギ。怒りのあまり目が血走っている。

 彼女の主張が正しいのは明白だ。魔王相手に丸腰で話をしようなど阿呆の成せる所業。温厚で有名な黒ウサギも今回ばかりは堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。

 全力の跳躍をもってハリセンを叩きこむ、そう決意して飛び上がろうとする彼女の腋の下からにゅるり、と手が生えた。

 

「動くな黒ウサギ。一歩でも動けば揉みしだく」

「い、十六夜さん!? こんなの卑怯ですよ。飛鳥さんは分かってくれますよね?」

「ごめんなさい黒ウサギ、分かりかねるわ。いっその事、その大きな脂肪の塊をちぎってもらいなさい。そしたら助けてあげるわ、」

「嫌ですーッ!?」

 

 ひえええ、と悲鳴を上げる黒ウサギの背後には怪しげな笑みを携えた変態紳士の姿が。

 視界の先、前方には赤い機械人形とともに佇む、体のある一部を気にしすぎるお嬢様。最早逃げ場はない。

 それは黒ウサギの隣にいるサンドラも同じこと、下手に動けばなにをされるか分からないために見ていることしか出来ない。

 

 十六夜と飛鳥の助けを得ながら葵はペストの元へと歩み寄る。

 ペストもまた、葵の待つ地上へと降り立ち、特殊な力で瓦礫の山から手頃なテーブルと椅子二脚を選び出し、二人の間に差し出した。

 促されるままに葵は席に付き、ペストも同様に腰を下ろす。

 

「凄いな、こんなことも出来るんだね、流石ペストちゃん」

「世辞はいいわ。さっそく本題に入りましょう、私と話がしたいんでしょう。何故魔王になったか? どうして人を殺すのか? 最期だから今回はなんでも答えてあげるわ」

「最期って……まだそうとは決まってないと思うけど」

「冗談はよして。これだけのことをやったのだから、どちらかが消え去るまで戦うのが自然よ。それとも貴方はこのゲームに勝利し、私も救ってくれるのかしら?」

「キミにその気があれば出来ないこともない、と思う。頼まれれば頑張るけど、もういいの?」

「愚問ね。今回の私の目的は白夜叉と貴方。それだけはこの身が消え去るその瞬間まで変わらないわ。必ず殺してあげる」

 

 にっこり、と可愛らしい笑みを浮かべ、殺害予告をするペスト。背中から溢れ出す黒き風が葵の目の前を横切る。

 だが、表情一つ変えずに楽しげな笑みを浮かべたまま葵は動かない。ペストの真意も知らずに未だ自分は殺されないと思い込んでいるのかもしれない。或いはなにか考えがあるのか。

 まったく読めない相手にペストは胸の内で軽く舌打ちを漏らす。相手が満足したところを一気に殺るつもりなのだが思いのほか手強い。もう一度促す。

 

「遠慮しないでいいのよ。なんでも聞きなさい」

「そう? じゃあお言葉に甘えて――――あの人たちのことは好きだった?」

「……あの人たち? それは一体誰を指しているのかしら?」

「もちろん、キミの仲間のラッテン、ヴェーザー、シュトロムの三人のことだよ。あれ? そういえばシュトロムは一人と考えていいのかな?」

 

 あはは、分かんないや、とヘラヘラ笑う葵に対し、ペストは一瞬だけ表情を歪めた。だが、すぐさまいつもどおりの不敵な笑みを取り戻し、吐き捨てるように言う。

 

「仲間? 勘違いしないで、あれはただの駒よ。壊れたらまた新しいのを探せばいいだけの使い捨て」

 

 自ら紡いだ言葉に心が締め付けられる。偽りの想いを口にはしたくなかった。

 だがこれも全ては柊葵を殺すため、そう自分に言い聞かせながらペストは最後まで語った。

 

「寧ろいなくなって清々したわ。うざくてたまらなかったもの」

 

 言い切ってからやはり彼女は後悔した。そして、後悔する自分を見つめながら自然と溜息が零れた。

 どれほど彼らに寄りかかっていたのか、どれほど自分は弱いヒトだったのか、今更になって理解させられる。

 もう二度と戻らない日常に思いを馳せることすら許されないというのに、なんておろかなんだろう私は、とペストは嘆く。

 届かない声。意味のない声。そう分かっても胸の内で叫けばずにはいられない。

 

 "会いたい。もう一度会って話がしたい。謝りたい。弱くてごめんと、頭を下げたい"

 

 手の届かない所へ逝ってしまった仲間たちへの想いが滲み出てくる。

 抑えようとすればするほどに溢れだすそれを振り払うことも出来ない。

 敵から投げかけられた言葉によって思い知るなんて愚かにも程がある。

 悲しみは形を成し、外へと漏れ出る。

 相手に気取られないように俯き、前髪で表情を隠すペスト。

 ひ弱な彼女を瞬きもせずに葵は見つめていた、内側を見通すような鋭い瞳で。

 幾分かそれを続けた後、葵の口元が歪んだ。残忍かつ狡猾な笑みを張り付け、何の気なしに言う。

 

「そっか、それは残念。みんなキミのことが大好きだったらしく『自分を殺す代わりにマスターを助けてくれー』とか嘆願してきたそうだよ。ホント、バカなヤツらだよね。駒の分際で調子に乗るなんて分不相応にも程があるよ。そう思うでしょ、ペストちゃん?」

「……ええ、そうかもしれないわね」

「だよねー。オレにも似たような子がいるからキミの気持ちはよく分かるよ」

「……そう。嬉しいわ」

 

 軽薄な言葉に事務的に、機械的に少女は応じる。

 頬杖をつきながらケラケラ笑う男は手を打つ。

 

「おぉ、いいこと思いついた。オレたち気が合いそうだから友達にならない? そうすればキミとは戦わずに済みそうだし、いい話だと思うけど」

「……悪くないわね。その申し入れ、是非受けさせてもうわ」

「ハハ、ありがとう。思いのほか事が上手くいって嬉しいよ。キミは本当に良い子だね、ペストちゃん」

 

 友好の印にシェイクハンド。嬉しそうに笑いながら差し出された右手に少女のそれが重ねられる。葵とペストはガッチリと握手を交わした。

 

「……これで満足したかしら? それじゃあ――――死ねッ!!」

 

 吹き荒れる暴風。黒き風が葵の身を包み込む。頭、首、胸、腕、足、指、一つも取りこぼすことなく包みこんでいく。

 命ある者ならば触れるだけで死にいたる風。

 それを惜しむことなく全て葵にぶつける。

 

 "許せなかった。どうしてもコイツだけはこの手で殺したかった――――私の大切な者たちを奪ったコイツだけはッ!!"

 

 視界の先は暗くてよく見えない。聞こえるのは風同士がぶつかり合って切れる音と少女たちの悲鳴。ペストの待ち望んでいた光景がすぐ傍にある。

 興奮のあまり片手で口元を押さえながら、死の風を徐々に消し去っていく。

 待ち受ける現実に相応しい表情は何か、嬉々とした笑み、残忍な悪魔の顔、どれを選んでいいのかも分からず、少女は滾る思いをその大きな瞳から溢れさせた。

 

 "終わった。満足した。もういい。この世界に未練はない。私の復讐は終わった。黒死病(ペスト)のせいで死んでいった皆には悪いけど、もう疲れた。眠りたい、眠らせてほしい"

 

 少女が最期に選んだのは安堵の笑み。

 なにもかも投げだして、ただ自分を慕ってくれた仲間の(かたき)を討てた喜び。

 生まれながらに背負わされ続けた十字架をようやく下ろせる喜び。

 一人ぼっちの自分とは正反対の幸せそうな男を殺せた喜び。

 

 様々な嬉々とした感情が瞳の淵を通って頬を伝う。ポロリ、ポロリと溢れだすそれは彼女の想いの塊。もう二度と戻らない日常に少女は思いを馳せながら瞳のカーテンを閉じる。

 それでもまだ止まらない。一度壊れてしまったものがそう簡単に直るはずもなく、少女は永遠に泣き続ける。誰にも止められない。止めることは出来ない。

 

――だが

 

 彼は違う。彼は優しいから、彼は呆れるくらい優しいから、目の前に涙を流すヒトがいるなら、それをどうにかしたいと行動する。簡単には死んでやらない。彼は物語の主人公と同じで、しぶとく諦めが悪い。存在意義、力、知性、才能、多くのことに悩みながらも、地べたを這いつくばってでも彼は前を向き続ける。その過程で拾えるものは根こそぎ拾う。そんな傲慢で欲張りな彼は人類史上稀にみる問題児(いいヤツ)だ。

 

「やっぱりキミはオレの思った通りの子だよ。お持ち帰り決定!」

 

 ぼやける視界の先で少女が見たものは、嬉しそうに笑う彼だった。

 

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