葵たちノーネームの面々は無事コミュニティ本拠へと帰郷していた。つまり、先の戦いに勝利したということである。
火龍誕生祭の主催者であるサラマンドラや魔王討伐のために訪れたノーネーム、さらに幾多のゲーム参加者たちによってもたらされた勝利、それが確定した瞬間街は歓喜の渦に包まれた。
手に持つ武器を放り捨て、見知らぬ誰かと抱き合い、涙を流し、互いに喜びを分かち合う。俺たちは、私たちは勝った、あの凶悪な魔王を倒し生きている、やったぞ! そんな夢の様な瞬間を誰もが噛みしめた。
だがしかし、すぐに現実へと引き戻される。ゲーム自体には勝利したが病魔は消えていない。
黒死病。十四世紀から始まる寒冷期に大流行した人類史上最悪の疫病。その被害は八〇〇〇万人にものぼると推定されており、発症までに有する期間は最短で二日、一週間もすれば少なからず死者が出始めると予期されていた。
頭に過るのは最悪のシナリオ。魔王に勝利しても仲間を失っては意味がない。すぐに治療薬をかき集めなければ取り返しのつかないことになる。
歓喜に浸る全身を奮い立たせ、人々は次なる目的へと踏み出そうとした、まさにその瞬間、彼らの肩を叩く者たちがいた。
振り返る。するとそこにいたのは、つい数時間前、魔王とのゲームが再開される直前まで病魔に苦しんでいたはずの人々だ。
口をあんぐりと大きく開け、目を丸くする戦士たちを見て彼らは笑った。瞳や鼻の栓を引き抜き、ぐしゃぐしゃの顔で「良かった、良かった」と咽び泣いた。
再び街を歓喜の渦が呑みこんでいく。
"どういうことだ?"
誰かが言った。魔王と戦っていた誰かが口にした疑問。
伝染する。自分たちを苦しめた病魔よりも早く駆け抜ける。
"分からない"
誰もが答えた。気がつくと体を支配する感覚が全て消えていた、それ以外は何も分からない、と。
誰もが思った。魔王を打倒したことにより病魔も消え去ったのかもしれない、と。
誰もが忘れた。理由はどうだっていい、皆助かったのだから、と。
見つめ合い、抱きしめ、口づけを交わす者。拳を重ね、表情を崩し、互いの労を労う者。様々な形ではあったがそこには一概に嬉々とした想いが芽生えていた。
登る旭。勝利を祝福するかの如くその者は現れた。歪む地平線の上に立つ一人の女性。
すらりと伸びた長い脚、豊かなふくらみを帯びた胸元、流れるように舞う白銀の髪、纏う衣は何物にも汚せぬ純白のローブ。表情は穏やかに、だが目元に残る印象だけは違う。少し釣り上がり気味でどこか威厳のようなものを感じさせる。
気高く美しい女性は眼下に広がる光景を満足そうに見つめ、微笑む。
しばらくそうした後、本来あるべき場所へと戻るため、地上に降下しようとした瞬間、誰かが叫んだ。
"なんだあれは!? 何か浮いてるぞ!"
一斉に視線が天へと向けられる。
好奇、怪奇、畏怖、様々な瞳が女性を捉えようとするが登り来る旭がそれを邪魔する。
人々は手で光を遮りながら必死に女性を見つめた。だが分からない。黒き点がそこにあるのは理解できるがヒトなのか魔物なのか、はたまた別の何かなのかまったく分からない。
生まれ落ちた知りたいという知的好奇心がより一層膨れ上がる。
"お前はなんだ! 答えろ!"
再び声が飛んだ。得体の知れない何かに恐怖を感じるのも無理はない、魔王という絶対悪に苦しめられ、その生命を刈り取られようとしていたのだから。
女性は眉をしかめる。礼を言われるのならまだしも罵声とはいかようなものか、と。
その心境の変化に応じて白銀の髪が宙を舞う。太陽を背に立つ女性の髪は光沢を放ち、見つめる幾ばくの瞳に神々しさを感じさせた。
瞬間、人々は理解する、その者が祝福をもたらしてくれたのだと、黒死病を消し去ってくれたのだと。
病魔を一瞬にして治すことは出来る、箱庭に存在する恩恵ならば不可能ではない。
だが、数千人規模ともなれば話は別だ。いくらなんでも無茶である。そんなことができるのは最早、修羅神仏のみ。
"女神"
誰もが感じた。到底理解の及ばない現象を納得するために思い込んだ。
あれは女神。病に伏す哀れなヒトを救いたもうた女神。
"ありがとう"
誰もが叫んだ。訳も分からず天に浮かぶ黒点に向け必死に叫んだ。
例えそうでなくとも、あれは紛れもなく自分たちにとって女神に違いない。
ヒトは極限状態に陥ると考えることを放棄する。物事を自分のいいように捉え、全ての選択が正しかったと思いこむ愚かな種族。
咲き乱れる謝辞の言葉を背に女性はあるべき場所へと消えていった。
こうして、魔王との戦いは幕を閉じたのである。
それから三日間、祝勝会と火龍誕生祭を兼ねた盛大な宴が行われた。
サンドラ率いる連合軍が魔王から見事勝利を収めたことにより、終日人々の笑い声が途絶えることはなかった。
惜しまれながらもノーネーム一行がコミュニティへと帰郷したのはおよそ一週間前、それからさらに時が流れって現在に至る。
各メンバーはそれぞれ英気を養うべく自由に過ごしていた。
ジンは書庫に籠って資料漁り。空いている時間を使って出来るだけ多くの知識を蓄えるつもりだ。
十六夜は近隣のコミュニティに対して挑戦という名の蹂躙によって、食料や生活必需品、お金などを巻き上げながらヒマをつぶしている。
黒ウサギは白夜叉から依頼されたゲームの審判役を全うするため各地を飛び回り、ダイエットに成功したと大喜び。
耀と飛鳥は今回の旅で出会った赤い巨大な機械人形ディーンと手のひらサイズの大地の精霊メルン、さらにノーネームの子どもたちとともに魔王の襲撃によって死んでしまった農地を改革するため、色々と取り組んでいる。三毛猫はまあいいだろう。その辺にいるはずだ。
一方、葵はというと……
「今日こそ決着をつけてやるからな、黄色いタヌキッ!」
「誰がタヌキですか! 私はキツネですよ!」
「まあ、落ち着け二人とも、暴れるなら摘まみ出すぞ」
案の定、ロリに囲まれていた。
◆ ◇ ◆ ◇
箱庭二一〇五三八〇外門居住区画・ "ノーネーム" 本拠。とある一室。
部屋の中央に配置された長机を挟んで両側にソファが置かれている。その片方に腰掛けながら葵は頬笑みを浮かべていた。
「今日こそ決着をつけてやるからな、黄色いクソタヌキッ!」
「誰がタヌキですか! どこからどう見ても私はキツネですよ。何度も言わせないでくださいおバカさん!」
互いに睨み合い、火花を散らすロリっ娘たち。
それぞれの相棒も闘気を滾らせ、今か今かとその瞬間を待ちわびている。
相手をタヌキと罵る銀髪ロリことアルゴール。前頭葉からにょろりと這い出るあほ毛と胸の辺りまで伸びたおさげが蛇のように相手を威嚇している。通称、
一方、タヌキ呼ばわりされた少女リリは頭とお尻の辺りから獣のそれをピョコッと可愛らしく生やしている。ふわふわの尻尾の名は
少女たちは今日も仲良くいがみ合っている。時に言霊で、時に肉体で、時に相棒を駆使して戦い続けてきた少女たち。いつものことながら葵は二人のやり取りに「平和だな~」と感じていた。
「お前のような獣もどきがご主人様の周りをうろつくとは許し難い! 家畜は家畜らしく豚小箱に帰れ!」
「豚ーッ!? タヌキならまだしも豚って酷すぎませんか!? アルさんなんて、アルさんなんて――――寄生虫ですよ!」
「誰が虫だこらーッ! ご主人様のパーフェクトメイドであるこのアルが八本足なはずがない!」
「いえ、寄生虫は八本足というか "うにょうにょ" といいますか……ってそんなことはいいんです。いつも葵さんにべったりくっついている方は寄生虫以外の何者でもありません、そうだよねー二尾?」
ぶるんぶるん、と少女の問いに勢いよく頷く二尾。
よしよし、いーこいーこ、と優しく相棒を撫でる少女の笑みが怖い。一見微笑んでいるように見えるが内に秘めし黒い部分が見え隠れしている。否、見せつけている。さらにドヤ顔のオマケ付きだ。
迸る褐色の閃光。
「きゃあああ~二尾ーッ!? 二尾ーッ!?」
室内を木霊する悲痛な叫び声。その元凶とも言うべき少女の相棒が永遠の眠りへと誘われていた。
「わぁーおもしろーい。リリのしっぽが漬物石みたいになってるぅー♪」
「誰のせいですか! 早く、早く二尾を元に戻してください!」
「どうしよっかなー、まさかヒトにお願いをする時に頭も下げない子はいないよね~」
「ぬぅ……」
ちらちら、とわざとらしくリリの方へと視線を向けるアルゴール。意地が悪いにも程がある。
ぐぬぬ、と悔しそうに拳を握るリリに満面の笑みでアルゴールは近寄っていく。主のテンションに合わせて蛇神三も楽しげに踊る、踊る、踊り狂っている。
「さて、かる~く土下座でもしてもらおうかな~♪ ほらほら」
「……わ、分かりました。それで二尾を開放して頂けるなら」
少し悩んだ末、ゆっくりとした所作で両膝を地につけ、同じ様に両手もつけて頭を下げるリリ。
どうせ拒否されるだろう、と軽い調子で言ったアルゴールの胸に罪悪という棘が生まれる。
チクリチクリ、と痛むそれから逃れるように慌ててキツネ耳少女の肩を掴む。
「り、リリ!? いいから、今の冗談だから、別に気にしなくていいから!」
「いえ、普段からご迷惑をおかけしているダメダメタヌキの私はここで一度自分の立場を理解しておく必要があります。ですから、止めないでください」
「バカ! お前はそんなことする必要ない! 謝るのはアルの方だ。いつも過激に当たり過ぎた。ごめん」
「アルさん……」
ぐったりと萎れる蛇神三。アルゴールが本気で申し訳なく思っている証拠だ。
地に伏すリリに手が差し伸ばされる。そっぽを向きながら「二尾はすぐに治すから」と呟くアルゴールに思わずリリの顔から笑みが零れた――――邪悪な笑みが。
「――――隙ありッ!」
所詮は非戦闘員のリリ、アルゴールとまともに戦ってもやられるのは明白であり、普段から手加減されているのも知っている。しかし、一度くらいは勝ってみたいとその機会を虎視眈々、否、狐視眈々と狙っていた。その機会が今訪れたのである。
ついに彼女は武器を得た。世界最強の武器、二尾アルティメットフォーム(石化)。
「ふみゃーッ!?」
ドオオオオオォォォォン、と壁に激突する音ともに少女の悲鳴が零れる。
一撃必殺。パラパラと崩れ落ちる瓦礫の中心にアルゴールがへたり込んでいた。頭の上にはキラリと光る星がぐるぐると円を描いている。
拳を握り締め、高々と少女は宣言する。
「やりました! ついにこの日がやってきたんです! リリ、大勝利ーッ♪」
「とんだ鬼畜外道だな」
スパアアアアァァァァン
軽快なハリセンの音が一つ。
クルクル、と足許の覚束ない状態でふらついた後、ドサリ、と床に倒れ込むリリ。
少女を見下ろす陰。鋭い牙が見え隠れする口元から溜息がこぼれ落ちる。吸血メイド、レティシアだ。その手に握られしは黒ウサギでお馴染の極悪武器、素敵ハリセン。
所構わずいがみ合うリリとアルゴールを止めるためにコミュニティのいたるところに配置されることになったのは最近の話である。
「まさかリリがこんな卑劣な手を使うようになるとは」
やれやれ、と額に手を当て再度溜息を吐くレティシアに静観を決め込んでいた葵が苦笑交じりに声をかける。
「レティシアさんも大変ですね」
「よせ。他人事みたいに言わないでくれ主殿。お前が甲斐性なしなばかりに私が手間をかけさせられるんだぞ、これではまるでお節介な年寄りではないか」
珍しくプクリと頬を膨らませて葵を睨むレティシア。
洋物の高級な人形を彷彿とさせる少女の顔があざとさを纏い、思わず葵の頬が緩む。気を抜けば抱きしてしまいそうな可愛さだ。人によってはペロペロしたくもなるだろう。だがしかし、イエスロリータ、ノ―ペロペロ。
ちょっとした悪戯心で「てい」と少女の頬を掴むと「ふしゅ~」と気の抜けたような音ともにジト目が贈られた。
「楽しいか、葵?」
「えぇーっと……可愛いです」
「そうか。誰もそんなことは聞いていないんだがな、この阿呆め」
「いや、あの、えっと、すみません」
「いいよ、気にするな。お前のそれが世辞ではないことを理解しているからな、素直に嬉しいよ。ありがとう」
頬を赤く染め、俯く葵に優しげな笑みを向けるレティシア。不出来な弟を愛でるように彼の頭をひと撫でする。吸血鬼にも母性本能というものが備わっているのかもしれない。
しばらく頭を撫で続けた後、床に転がる少女たちへと歩み寄る。
後ろ手に結わえられたリボンを解き、成熟した女性へと姿を変え、二人を担ぐ。
「さて、我々メイドは本業に戻るとするよ。あとはお前たちだけでゆっくり話し合ってくれ」
葵とその正面に座る彼らに向け言葉を残しレティシアは去っていった。
「と、いうわけで、皆もうここの生活には慣れたかな?」
『…………』
「どうしたの? そりゃ、あんまり裕福ではないけど、これからの努力次第で色々変わってくると思うし、皆にもきっちり働いてもらうからね」
『…………』
「あの、聞いてる? 何かおかしなこと言ったかな?」
だんまりを決め込む新たな仲間達に思わず頭を頭をかいて聞き返す葵。
どうしたものかと思い悩んでいるとソファの中央に座っていた少女が呆れたような表情で口を開いた。
「おかしいわ。ええ、おかしいことだらけよ柊葵」
葵の名をフルネームで呼ぶ少女。
斑模様の衣を纏う小さな彼女の名はペスト。つい昨日、火龍誕生祭にて死闘を繰り広げた元・魔王だ。
彼女の言葉が続く。
「意味が分からないわ。当然のように私たちの存在を無視してあの子たちは争っていたけれど気を許し過ぎではないかしら?」
「そんなことないと思うけど。だって皆はもう俺たちの仲間なわけだし」
さもそれが当たり前かのように言う葵に思わずどもるペスト。傍らから遊撃が飛ぶ。
「仲間? 甘いこと言わないでちょうだい! 私たちは負けた。そしてここへと連れてこられた。つまり奴隷ということでしょ!」
キィィ、と怒りを露わにする白装束の女性。名をラッテン。
纏う衣の圧倒的面積の少なさに望まずして葵の視線がたわわに実った二つの果実へと吸い込まれる。
「見過ぎだ坊主」
「あ、すみません。あまり見慣れていないもので」
隠すことなく凝視する葵に注意を促した男の名はヴェーザー、軍服姿が様になっている。流石バトルジャンキー十六夜の相手をしていただけのことはある。
あはは、と適当にはぐらかす葵に「やるならもっとうまくやれ、俺みたいにな」と渋い声でアドバイスを送っている。
「マスター! ここに変態がいます! 二匹の淫獣がいますよ! ダメですこんな危険なところにいては、今すぐ私の胸に飛び込んでください。そうすればもう安心です」
「ラッテン」
「はぁ~い、なんでしょうか、マスタ~♪」
「一つ質問させてもらうわ。貴女のそのブレのなさはどこからきているのかしら?」
「もちろん、溢れ出るマスターへの愛からです」
「そう。嬉しいわ。でもお触りは厳禁よ」
「そんな~後生ですぅ~」
猫なで声とともに頬を擦り寄せるラッテン。
いつの間にかガッツリホールドされてしまったペストは少し不機嫌そうな表情を浮かべながらも無理に振り解くことはしない。なんだかんだ気に入っている証拠だ。
ただ、体に触れる脂肪の塊だけはどうしても許せないらしく、必死に肘で押し返している。
幸せな時間。二度と戻るはずのなかった日常が少女の手に触れていた。
コミュニティ "グリムグリモワール・ハーメルン" 。
魔王として、怠惰な太陽に復讐を果たそうとしていた彼らだったが、先の大戦でコミュニティ自体は完全に滅んでしまった。だがメンバーたちは生きている。一人も欠けることなく、今ここにいる。
ヴェーザーは十六夜に、ラッテンとシュトロムは飛鳥に敗れ、その魂を箱庭から完全に消し去ったと少女は思い込んでいた。だからこそ、最期に憎き相手を自らの手で殺そうとしたのだ。
だが、それも失敗した。
柊葵は生きていた、命の宿りし者ならば触れるだけで死に至らしめる黒い風に直接呑みこまれたにも関わらず、彼は生きていた。
その秘密を解き明かすには彼の持つ特殊な
"限られた時間の中だけ最良の力を発揮させることが出来る"
効果持続時間約五分。その間だけ対象者の能力値を爆上げするチート能力。
範囲は恐らく効果を付与した者に潜在する力の限界点。
連続使用不可。使用後、いくらかのインターバルが必要。
非常に扱いずらい能力だが使い方次第では圧倒的勝利を呼び込むことができる恩恵。
ではなく、力の副作用として受けられる恩恵が今回の戦いに勝利を呼び込んだ。
"ウルトラじこさいせー"
葵によって命名されたギフトのもう一つの可能性。ある程度の怪我ならばすぐに回復させる治癒能力。
もちろん制約が存在し、最良の力を引き出せる状態にある時のみ効果を発揮する。つまりインターバル中はなんの役にも立たない。しかし、その効果は絶大なものを有していた。
一つの事例をとって見ればよく分かる。レティシア=ドラクレアによる吸血行為。
充血の吸血鬼である彼女に血を吸われるということは通常であれば肉体に変化をもたらす。所謂 "鬼種化" のことだ。耀たちを襲ったガルドもこの力に犯されていた。
しかし、葵の持つギフトはその効力を無効化させることができる。
どういうことかといえば、鬼種化といっても一瞬で何かが変わるわけではない。内側から徐々に細胞を浸食し、幾分かの時を経て変化を伴うのだ。
つまり、体が鬼種化するよりも早く回復してしまえば変化は起こらない、ということになる。葵の持つギフトにはそれが出来た。
ペストの放った黒い風にも同様の効果で身体の腐食を打ち消したことにより、難を逃れたのだ。
この力は日増しに強くなっている。誰かを強化すればするほどに回復能力が成長し、箱庭に来た当初と比べると比較するに値しないレベルにまで達している。
また、葵自身が己が才を認識したことも成長の大きな要因といえるだろう。
「しかし、まさかあんなガキにハメられるとはな、情けねぇ」
苦笑交じりに悪態を吐くヴェーザー。頭の中に浮かぶは少女の姿。特徴的なあほ毛とおさげが可愛い女の子。先程までリリと共ににドタバタと騒いでいた自称パーフェクトメイドアルゴールだ。
彼の呟きにラッテンが応じる。
「まったくね。不覚以外のなにものでもないわ、恥ずかしい」
「でも、彼女のおかげで私たちはこうして再び出会うことができた。少なからず感謝の念は抱いてるのよね二人とも?」
「そりゃな」
「もちろんですよ」
スキンシップの過激な女も、生意気で自分を子ども扱いする男も、無口でただそばにいるだけの木偶も皆、いなくなった――――少女はそう思いこんでいた。
だが、それは単なる認識違いだった。
"あの露出女には
ペストの問いに対し飛鳥はそう口にした。
嘘はない、間違った情報は何一つ存在していないのだから。
「こうして再びマスターを愛でられるのは嬉しいですがあれはもう二度と味わいたくないです。まさか全身を石化させられるとは予想外でした」
うぅ、と体が呑まれていく独特の感覚を思い出したのだろう、ペストを抱きしめながら身を震わせるラッテン。
同じ様に被害に遭ったヴェーザーもソファーに背を預け口元を押さえながら天を仰ぎ見る。
本来ならば二人の配下はそれぞれ、快楽主義の少年と体のある一部を気にし過ぎる少女との戦いに敗れ、その存在を失うはずだった。
現に戦いが終わった後、その身を光に包まれ魂が消えていく感覚を二人は味わったのだ。
しかし、結果はどうだろうか、ラッテンもヴェーザーも無事に遠い目をしている、生きている証拠だ。
「完全に見た目に騙されたわ、あのチビドラゴンめ」
膝の上に座る少女の頬をぷにぷに突きながら恨めしそうに文句を垂れるラッテン。
そのしわ寄せと言ったら正しいのだろうか、ペストは口元をすぼめながらジト目で葵のことを睨む。視線に乗せられた意味は「貴方がやらせたんでしょ?」に違いない。
そっぽを見つめながら苦笑いでやり過ごす葵。確かに自分がお願いしたことだが方法までは指定しなかったのでオレは悪くない、と行動で示す。
配下の二人、ラッテンとヴェーザーはそれぞれ何とも形容し難い感覚に身を委ね、愛すべき主君に報いることが出来なかったことを悔やみながら死を迎えようとしていた。
そんな二人の前にヤツは舞い降りた。
「みーみー」
灰色の胴体に竜を思わせる口元、クリンとした丸い黒眼に、瞳と同じ色の翼が生えた珍獣。よく見れば手は翼と一体化しており、両翼に一本づつツノが備わっている。
あらやだ可愛い、なんだコイツは、とそれぞれに感じた印象を口にする二人に対し、手のひらサイズのドラゴンは全力で噛みついた。
駆け抜ける激痛、と共に体の自由を奪われる感覚に二人の意識は呑まれ、気を失ったのである。
そしてゲーム終了後、消えゆく彼らを葵がギフトを使って時間差で復活させたのだ。
「おい、そこの豚や……柊葵、あの小さいドラゴンは何よ、悪魔なの?」
「いや、悪魔ではないですよ。というかドラゴンでもないですし。確かアルは蛇だって言ってましたけど」
「蛇!? だったらあの翼は何よ? どうして空中に浮いてるの?」
「よく分かりませんけど、『
みー=巳=蛇、と安直な結論を出す葵。
そもそも、この小さなドラゴンに見える蛇はアルゴールによって生み出された生物であり、単体で彼女と同程度の石化能力を発揮することができる。
と、いっても、一度きりの特攻戦術であり、今回のように相手が疲弊し、弱っている時やトラップとして用いるのが基本スタイルである。
ギフトゲーム "アンダーウッドの迷路" でアーシャにしかけたのもこの小型の蛇だ。
また、自身をパーフェクトメイドと称するアルゴールの力はこれだけでは留まらなかった。
ペストによって直接体内に送り込まれた黒死病を自らの能力だけでねじ伏せたのだ。
増え続ける病原菌を一つひとつ石化させ無力化し、完全復活を遂げるのに一週間もの時間を有してしまったが恐るべき能力と言える。
"ペルセウス" という枷から解き放たれ、最高の主を得た彼女をルーキー魔王ごときが倒せるはずもなかった。
空いた口が塞がらないラッテンに変わってペストが答える。
「それはさておき、」
「華麗に受け流すんだねペストちゃん……ぐすんっ」
「蛇でも龍でも結果は変わらないのだからどうでもいい。そんなことよりも、ゲームの敗者として貴方に伝えておかなければならないことがあるわ――――私がどうして、貴方を狙っていたのか」
少女の言葉に応じて葵の目が大きく見開かれる。
彼自身、疑問には思っていた。試合会場で初めてペストと会話をした時、ペストは「貴方が柊葵なのね」と元々自分を知っているかの如く振舞い、十六夜たちの話しによれば、交渉の際、まだ自己紹介もしていないジンの名を言い当てたとも聞いている。何かが隠されているのは明白だった。その秘密が今明かされる。
少女の問いに小さく頷きで返し、瞳で続きを促す。
「端的に言えば、私は貴方に嫉妬していたのよ」
「…………はぁ?」
想定外の答えに思わず素っ頓狂な声を上げる葵。どういうことか理解出来ず、すぐさま少女へと視線を向ける。
ペストは俯き、少し言いずらそうにしていたが自分から切り出したわけだし、と意を決して事の全てを語り始めた。
第10話 B にそのまま続きます。