加筆修正なし。
「端的に言えば、私は貴方に嫉妬していたのよ」
「…………はぁ?」
想定外の答えに思わず素っ頓狂な声を上げる葵。どうにも理解出来ず、すぐさま少女へと瞳を向ける。
ペストは俯き少し言いずらそうな素振りを見せてから二、三度大きく深呼吸をし、ゆっくりと事の成り行きを語り始めた。
「短い、本当にごく僅かな時間だったけれど、私はこの世界に呼び出されてから魔王になるつい最近まで一人の男のもとで世話になっていたのよ」
この世界、もとい "箱庭" という七つの層からなる巨大都市に降り立つにはいくつかの方法がある。
そのうちの一つに特殊な儀式を用いて特定の人物を強制召喚する、という方法が存在し、ペストに用いられたはこの方法である。
といっても彼女の場合、黒死病によって死に絶えた哀れな八千万の悪霊群の代表として "偶々" 選び出された、と言った方が正しいのかもしれない。
召喚主としては "黒死病" という人類史上最悪の疫病がもたらした "功績" が功績が欲しかっただけであり、見た目が愛らしい少女だろうが老いぼれた爺さんだろうが知ったことではないだろう。
召喚に応じて箱庭に降り立ったペストの前にその男は現れた。
もちろん彼女は問うた「貴方が私を呼んだの?」と。しかし、答えは否。
どうやら召喚主は儀式の途中で命を落としてしまい、長い間自分は放置されていたことをペストは知る。それを偶然見つけたのがその男であり、儀式を完遂させたのも彼である。
「箱庭についてまったくの無知だった私は彼についていくことにしたわ。あの頃はまだ、何も知らなかったから、私の中に潜む彼らの憎しみを」
胸元を右手でグッと抑え込みながら少女の言葉は続く。
男のもとでペストは多くのことを学んだ。礼儀作法や炊事洗濯、お金の扱い方から箱庭に関する細かいルールなど、数えだせば切りがない。その中にはもちろん、魔王についての情報もあった。
それら全てを覚えるのにはかなり苦労させられたが、彼とともに暮らす生活はなかなかに面白くペストはそれなりに満足していた。
ところがある日、平穏な日々は終わりを迎えることになってしまう。
「彼との暮らしを心地よいと感じる一方で私は気付いてしまったのよ、自分の中に眠っていた感情に、八千万もの人々の憎悪に」
ペスト。彼女は普通の少女ではない。寧ろ、普通ではないからこそ箱庭に呼びだされたのである。
その正体は黒死病によって無残にも命を散らした人々 "八千万の悪霊群" の代表。
己の本来あるべき姿に気付いてしまった瞬間から少女は自分自身を止められなくなってしまった。
"怠惰な太陽に復讐をしなくてはならない、だって私は
もちろん、壊れていく少女を彼は見捨てなかった。いつでも、何度でも道を誤りそうになる彼女の手を引き、正しい道へと連れ戻してくれた。
「でも、優しかった彼も変わってしまったわ、柊葵、貴方のせいで」
虚をつかれ胸の鼓動が停止したかのような錯覚に陥る葵。何もかも分からない中で少女から突きつけられた現実に目を見開くことしか出来ない。
顔を青白く染める青年を尻目にペストは過去を紡ぎ続ける。
ある日を境に男は少女の手を引くことを辞めた。代わりにとある青年の話を聞かせるようになる。
彼の名、容姿、
彼の楽しげな笑みは青年の話をする時だけしか見られなくなり、少女は悲しんだ。孤独に堕ちていった。
何故彼は変わってしまったのか、どうして彼は私を見てくれなくなったのか、誰が悪いのか。
辿りついた答えは結論などではない、単なる押し付け。
悪いのは全て青年――――柊葵だ。
「こうして私に目的ができた。"八千万の悪霊群" の代表としてではなく、一個人としての目的、柊葵の抹殺という目的が」
少女の過去はまだ終わらない。寧ろここから始まったのだ。
ペストは異様なまでに柊葵に固執した。彼を殺せばまた幸せな時間が戻ってくると信じていたからだ。
だから魔王になると決めた。復讐のために、柊葵を殺すために魔王になると決めた。
もちろん、怠惰な太陽への復讐も忘れない。表向きは "八千万の悪霊群" の代表として、しかし、その裏には世話になった彼に認めてもらうために自分の力を証明したい、という想いが込められていた。
二兎を追う者がどうなるか知り得なかった優しい少女は彼らを見捨てられなかった。無様に死んでいった人々の想いなど切り捨てれば良いものを、その小さな体にまとめて背負い込んでしまった。
変わってしまった男に少女は宣言する、認めさせてやると、何もかも成功させて見返してやると。
"貴様ではどう足掻こうと奴には勝てない。早急に悔い改め、奴の軍門に降るがいい"
拳を握りしめ、睨むように見る少女に男はあっさりと言い放った。
「それからすぐに私は彼のもとを去ったわ。魔王として、怠惰な太陽に復讐するために、柊葵、貴方を殺すために。その過程で三人に出会い、どうやら私は知らぬ間に欲しかったものを手に入れていたみたいね。戦いの合間に訪れるくだらない時間こそが私の求めていたものだと気付いたのは貴方に負ける直前だったわ」
これが私が貴方を狙っていた理由よ、くだらないでしょ? 笑いなさい、と自嘲的な笑みを浮かべ、少女は過去を紡ぎ終える。
自分勝手で、他人に迷惑をかけ、何も出来なかった少女、それがペスト。哀れな道化の踊りは今ようやく終わった。
小さく丸くなる少女の背を女は強く抱きしめ、二人を男は優しげな瞳で見つめる。
オレには何が出来るのだろうか、何をしてあげられるのだろうか、と葵は瞳を伏せ思い悩むも満足のいく答えは得られない。
――謝るべきだろうか? いや、違う。オレのせいで悪かったなんて言えるはずもない、余計な気を使わせるだけじゃないか。
なら、と縋る様な瞳で葵は少女に言葉を投げかける。
「彼が何を思ってキミに冷たく当たったのか、どうしてオレのことを知っていたのか、その答えは分からない。でもなんとなくその人が悪い人には思えない。きっと何か事情があったんだよ、とても大切な事情が」
「……慰めはよして。彼はもうどこにもいないし、今となってはもうでもいい、私には三人がいるから。柊葵、一応礼を言っておくわ、貴方のお陰でまた皆でこうしていられるのだから。ありがとう」
葵のもとまで歩み寄り、まっすぐ瞳を見つめながらペストは礼の言葉を紡ぐ。
少女に合わせ、背後でソファに腰かけていた二人の配下も立ち上がり、小さく頭を下げた。
結局、ペストの語る男が誰なのか、何故自分や自分の恩恵、仲間たちのことを知っていたのか分からなかった。本音を言えばもっと深く話を聞きたい。でも、これ以上彼女を苦しめる訳にはいかないだろう。だから、今は忘れよう。彼が何者で、何を目的としているのかは何れ分かる、そんな気がするから。
葵は少女の頭に右手を重ね、慈しむように優しく撫でる。ゆっくりとその感触を確かめるように何度も、何度も撫で続ける。
それを少女は振り払うことはしない。頬を染め、肩を震わせながらも抵抗する素振りを見せない。礼の言葉を口にした手前、ここで逃げるのはプライドが許さなかったのだろう。
恥ずかしさのあまり体温が上昇していく。照れると耳が赤くなることを自覚しているのもあって目の前の青年が自分のどこを見ているのか確かめたかった。
でも、少女は動けない。きっと彼は笑っているから、あの男と同じように優しげな笑みで自分を見つめているから。瞼を閉じてジッと耐えるしかない。
考えれば考えるだけ、少女の体から熱が溢れていく。
どれだけ時が流れたのか、五分、十分、いや、一時間、正確な時を示さなくなったそれに拳を振るいたくなる。あと、どれくらいこうしていればいいのかも分からない。
頬に何かが触れる。暖かな感触に閉じていた瞼を開けると彼の手が触れていた。
両手で頬を包みこみ、親指で目尻の辺りを優しく撫でる感覚に少女は慌てふためく。
目を見開き、何かを口にしようとするが上手く動かせない。動揺が形を成して体を支配している証拠だ。
気取られないように、見つからないように、と考えれば考えるほどに顔の一部が熱を発する。
熱い。そこだけ熱で溶けてしまいそうな感覚に陥りながら少女は再び瞼を閉じた。
近づく気配。彼が気付いた、真っ赤に染まる少女の一部に。それだけでこみ上げてくる。
羞恥に震え、立っていることすらままならない少女の体に葵のそれが触れる。
「ま、まさか、これ程までに拒否反応が出るとは、少しやり過ぎたよ。ごめん」
心底申し訳なさそうな物言いと共に少女の頬から彼の手が離れていく。
嫌なわけではなかった。確かに早く終わらせてほしいとも願った。でも、それでも、心の底から嫌悪感を抱くようなことは一つもない。頬から伝わる暖かさを心地よいと感じたのも事実。だから、そんな悲しそうな顔をされるのは心が痛い。また嫌われてしまうのは嫌だ。
溢れ出る感情に少女は素直になれない。弱虫だから瞳で訴えかけることしか出来ない。
しかし、青年は彼女の想いに気付いてくれない、あまりにも経験した数が少ないから。
彼は優しい。だからこそ、少女の気持ちを深読みし過ぎてしまう。
震える体、赤く染まる耳、瞳から溢れ出す涙、どれもが自分に対する嫌悪感から来るものだと思い込んでしまった。
二人の心は交わらない。大きな壁で隔てられるように想いは届かなかった。
「あおいー、もっとなでてよぉー」
「なでてよぉー」
「ぎゅ~ってだきしめてくれないのぉー?」
「くれないのぉー?」
『わたしをかわいがりなさいよぉー』
交わらぬはずの心。二人を別つどデカい壁。よく見ると、小さな扉があった。そこから手のひらサイズの少女たちが顔を出している。
青い髪を耳と頭頂部の間で、それぞれ右側と左側に結わえた二人の少女。所謂サイドテールというやつだ。右側に束ねる少女には白の、左側で束ねる少女には黒のリボンが結わえられてる。
聞き慣れない声に葵は部屋中を見渡す。だが、どこにもいない。
空耳か、と首を傾げる青年の瞳に彼女たちの姿が映る。
目の前で固まる少女の長い袖口、斑模様のそれに紛れて二人は顔を出していた。
『いぇ~い♪』
小さく間延びするような声音で紡がれたそれに「よ、妖精さん……?」と葵は目を丸くする。
白黒の衣を纏う二人の少女。
スタタタ、と袖口から少女の肩まで駆け上がると威勢よく互いに名乗り始めた。
「しろいリボンのキュートなワタシがシュウちゃんでぇーす」
「くろいリボンのキュートなボクがロムくんでぇーす」
『ふたりあわせてシュウとロム――――シュトロムだよぉー♪』
よろしくぅー、と元気いっぱいの表情で笑う二人に葵は目をパチクリさせて驚きを表現する。
"シュウちゃんとロムくん=シュウとロム=シュトロム"
あ、なるほど、と手を打つ葵。あの白くて大きな巨人の正体がこのふたりだったのかー、そうかそうかー、と無理やり自分を納得させる。
一応それなりに耐性は出来ていた。なにせ美人のお姉さまが実はロリ娘でした、またその逆も然り、というパターンを見せられてきたからだ。今更巨大な木偶が妖精さんに成り代わってもそれほど驚きはしない。
まぁ箱庭ですしねー、という理論で考えることを放棄した。
これでも一応、ヒトはなんのために言葉を、などと思い悩んでいた青年と同一人物である。
それよりも気になることがある、と葵は二人に声をかけることにした。
「えぇーっと、シュウちゃんとロムくんに質問があるんだけどいいかな?」
「いいよぉー、あおいはとくべつだからぁー」
「とくべつぅとくべつぅ~」
「オレって特別なんだ、ありがとう。じゃあさっそく、『わたしをかわいがりなさいよぉー』ってどういうこと?」
「それはねぇー」
「ねぇー」
『マスタむぐぐ~……』
「黙りなさいこのバカッ!!」
肩に乗る小さな少女たちを握り潰す勢いで黙らせるペスト。真っ赤に染まる耳から煙が上がっている。
白く小さな拳からそれぞれ顔を出すシュウとロムは目を回しながら「いたいよ、マスター」と悲鳴を上げしばらく動けそうにない。
これは触れちゃまずいパターンだな、と葵は浮かび上がった疑問符を無理やり押し込め、何事もなかったようにペストたち三人をソファに座らせた。
「で、俺たちをこの部屋に呼んだのには理由があるんだろう坊主?」
強面の顔をより険しくしながら話を切り出す軍服の男ヴェーザー。
自分たちは敗者であり勝者に従うのは当然、何を言われても頷かなければならない、それを彼は一番よく理解している。故に表情は硬い。
おちゃらけた空気はここまでだ、本題に入れ、と睨みを利かせる。
彼に伴ってペストはおろかラッテンすら居住まいを正して葵の方へと瞳を向ける。
三人の真面目すぎる態度に葵は面倒くさそうに一つ溜息を零し、口を開いた。
「もう分かってると思うけど、皆にはこれから "ノーネーム" の一員として働いてもらうことになりました」
「当然の代償ね。敗者であり、命を救われた私たちに自由はない。これからは "奴隷" として貴方たちに尽くすことを約束するわ、いえ、約束させて頂きます」
深々と頭を下げるペストに応じてラッテンとヴェーザーはソファから立ち上がり、一歩引いた位置で額を床に付けた。所謂土下座の姿勢だ。
なんとなくこの展開を読めていた葵としては物凄く居心地が悪い。
筋を通すなどという堅苦しい関係を彼らに求めている訳ではなく、対等な仲間として「ちゃんとみんなと仲良くするんだよ。ついてに働いてくれると嬉しかったりします」程度にしか考えていなかった自分が恥ずかしい、と感じているからだ。
簡潔に言うならば――――やっぱそうなっちゃいます?
あぁダル、マジダルメシアン、と頭をかきながら頬杖をつく葵。
目の前には返事を待つロリと巨乳の痴女、及び、強面の軍服男子。
やったぜ! 今日から柊さんも王様気分? と茶化しても華麗にスルーされそうな雰囲気だ。
仕方なしに少女の名を呼んでみることにする。
「えぇーと、ペストちゃん?」
「はい。なんでしょうかご主人様?」
「ごしゅ……もしかして、本気で奴隷になるつもりなの?」
「もちろんです。これからは我々を物として扱って頂ければ光栄です。それとも、私たちのような弱者では奴隷にする価値もないでしょうか?」
「お前誰やねん!」
思わずエセ関西弁でツッコミを入れる葵。
少女は「何か間違ったことでも言ってしまいましたか?」と瞳に不安の色を浮かべながら葵を見つめる。
マジかよ、このままじゃあ本格的にヤバいことになるぞ、と頭を抱えそうになる葵のもとに救いの女神がドアを打ち破って現れる。
「おいこらクソ新人! お前いつまでサボってんだ! メイドならメイドらしく働けグズ野郎!」
鬼の形相と汚い言葉遣いで斑模様の衣を纏うロリに掴みかかる銀髪ロリ。
何が起こったのかも分からず唖然とする葵たちのもとに慌てて二人のロリが駆けこんでくる。
「ちょ、ちょっとアルさん、やめてください! ペストさんが死んじゃいますよ」
「うるさい黙れ、黄色いクソタヌキ! コイツには毒を盛られた借りがあるからな、馬車馬の如く働かせてやるんだ!」
「だ、ダメです。今日はペストさんたちの歓迎会なんですからこっそり準備を…………あ」
慌ててさらっと情報を漏らすリリ。背後に迫る陰に怯えへたりこむ。
アルゴールは神速の速さで部屋に備え付けられていたそれを "彼女" に手渡した。
パンッパンッ、とハリセンの軽快な音が二つ。
「な、なんでアルまでーッ!? ついにボケたのドラちゃん?」
「黙れ。もとを正せばお前が逃げ出すのが悪いんだろう。何が『アルはご主人さまに愛でられる時間だから休憩するねー、ばいびー』だ。挙句の果てに主賓を働かせようとは言語道断、メイドの風上にも置けぬ。お前とはやはり一度拳で語り合う必要がありそうだな」
「うわあああ、来るなババア! 新人あれだ、黒いのでこの老いぼれをなんとかしろ!」
"へんじがない。ただのしかばねのようだ"
アルゴールに胸倉を掴まれ前後に揺さぶられていたペストはいつの間にか気を失い、リリ同様へたり込んでいた。
万事休す。迫り来る陰に銀髪ロリは悲鳴を上げることしかできなかった。
「ご主人様ああああああ~」
その後、ペストたちの歓迎会が滞りなく行われ、晴れて四人ないし五人は奴隷としてではなく、対等な仲間として "ノーネーム" に迎えられたのだった。
おまけ 歓迎会での出来事。もしかするとこんなことがあったかもしれない。
リリ「あの、レティシア様、アルさんのことなんですが」
ドラ「気にするな、放っておけ」
リリ「ですが」
ドラ「大丈夫だ。祝いの席で一人だけ仲間外れになんてしないさ。
あとからちゃんと縄を解いて連れて来る。だからお前は安心して」
リリ「いえ、そうではなくて、あれを」
ドラ「ん?」
アル「よーし新人、アルがお前に大事なことを教えといてやる。
何があってもドラちゃんに年齢の話は振るなよ。
いいか? 絶対だぞ? ババアとか言うなよ」
ペス「ババア? 彼女のどこを見て言ってるのかしら?
悔しいけれどレティシアはとても美しいわ。
あれじゃあまるで人形じゃない、正直見惚れてしまったもの」
アル「見た目に騙されるとは愚かな赤子よな、新人。
ドラちゃんはああ見えて――歳くらいなんだぞ」
ペス「……ウソ、でしょ? 貴女私を騙そうとして」
アル「違う。お前には毒を盛られた借りがあるけど、
これからは一緒にご主人様をお守りする大切な仲間だ。
だからこそ、ウソなんてアルは言わない」
ペス「じゃ、じゃあ、本当にレティシアは――歳くらいなのね?
……フフ、ババア、合法ロリ、老害幼女、いくらでも仇名が浮かんでくるわ」
アル「や、やめろ。今度からドラちゃんの顔見る度に笑い転げそうになるだろ」
ペス「いいじゃない別にちょっとぐらい、事実なんだし(笑)」
アル「……新人、お前なかなか見所があるな。あードラちゃんとかマジ老害幼女(笑)」
アル&ペス「老害老害~♪(笑)」
ドラ「……殺す」
リリ「(これで邪魔なヤツらが消えてくれる――リリ、大勝利!)」
全て捏造です。本編とは一切関係ありません。