(女神さまへの定期連絡欄。あとから更新予定)
◆ ◇ ◆ ◇
箱庭二一〇五三八〇外門。ペリカン通りの噴水広場前。昨日訪れたお洒落なカフェ付近での出来事。
「あーこれはダメだー急に体調が優れなくなってきたぞーいかんいかん早くお家に帰ってリリちゃんのもふもふ枕で温めてもらわないと大変だーそれじゃあオレはこのへんで」
「……じーっ」
「やっぱりそうなっちゃいますか」
ある意味刺激的な夜を過ごした翌日、オレたち "ノーネーム" 一行は『烏合のガルちゃんを討伐しちゃうぞ♪』というなんとも嬉しくないイベントをこなしに向かっていた、らしい。
はい、実はつい先程その事実を知らされました。こいつら全員グルです。
ジン君によればオレも一応参加者の一人として頭数に入れられているそうだ。しかも、あのリアル人外チート野郎こと十六夜君は出ないらしい。
「え!? 十六夜君は出ないの? なんで?」
「お前らが売った喧嘩に俺が手を出したら」
「ただじゃおかないわ」
「まあ、そういうことだ。死なない程度に頑張れよ」
ヤハハ、と得意の笑みで話を切り上げる彼を尻目に「大丈夫よ。私と春日部さんでなんとかするから葵君は隠れてなさい」と危ない笑みを見せる飛鳥ちゃん。なんだこの溢れ出るフラグ臭は、ヤバいぞ、出たら絶対ヤバいことになるぞ。
本当ふざけんじゃねぇですよって話だ。すぐさまジン君隊長に抗議の視線を送らせて頂きましたよ。
"いやいやちょっと待てよ、おかしいでしょこれ。キミまでオレを陥れたの? もしかして私室を奪われた腹いせにオレに八つ当たり? ひどいじゃないか隊長ーッ!"
ってな感じで。
だがしかし、仏のような表情でゆっくりと首を横に振る隊長殿を目にした瞬間、オレは全てを悟った。
"分かってんだろうな御チビ? あの阿呆に喋ったらお前の大事なコミュニティ、潰すぞ♪"
間違いなくヤハハ、と笑う快楽主義者に脅されたに違いない。
疑ったりしてごめんよジン君、キミがオレを売るはずないって考えれば分かることなのにね。本当にごめんよ。
おぉジン君超いいヤツだ。表情だけで "大丈夫です。僕たち仲間じゃないですか葵さん" って許してくれたよ。ありがとう。
弱者仲間は大事にしないといけませんよね。ジン君は今日から心の友に決定!
……心のっていうか一夜明けてもまだ夢から覚めないことにオレは触れるべきなのだろうか? ま、まさかね。ちょっと長い夢を見てるだけだよね、ハハ。
んで「はいはい、そういう野蛮な遊びはキミたちだけでやってくれないかな。ケモノっ子萌え要因はリリちゃんと黒ウサギさん、それに "ノーネーム" のちびっこたちだけでいいでしょ」と言い返すことの出来ない庶民兼一般人は必死に考えた。
そして、一つの結論に至ることに成功する。
逃げる
四つある選択肢の中から選ばれたのはそのコマンドだった。
ちなみにあと三つは "にげる" "ニゲル" "NIGERU" の三つ。
我ながら最高のコマンドを選んだと思ったよ、これで勝てるともね。
だが現実もとい妄想廚二力全開のこの夢はオレに対してかなりシビアだった。
"……じーっ
上手いこと言って逃げ出そうとした矢先、耀ちゃんに捕まって敢え無く失敗。
解き放たれた必殺ジト目光線には勝てなかったというオチです。切実にお持ち帰りしたいですな。
ちゃっかり腕を組んで、あるのかないのか正体不明の幻の双丘を密着させるという裏技まで使ってきたのだからオレが勝てなかったのも当然だと思われる。
ハァ、と一つ溜息を零し、物思いに耽る。
こんなはずじゃなかったんだ。本当はチートパワーで極悪魔王を倒してスーパープラチナブランドの超美人のお姫様を助ける予定だったのに。
なんか既にチートに粗野、凶悪、さらには快楽主義者とかいう盛り込み設定の方がいらっしゃいましたからね。
それに
「……ん?」
陰鬱な気分になり、死んだ魚のような目で遠くを見ていると突然体が傾いた。
原因はひとつしかない。視線を向けると口元を軽くすぼめる耀ちゃんの姿があった。
どうしたの? 葵は私のこと嫌いだから一緒にいたくないのかって? なにを言ってるんだこの美少女は、馬鹿なのか。
あのね、まず大前提としてオレは耀ちゃんのことが大好きです。もちろん友達としてだけどね。
え、だって可愛いじゃん。本当の妹みたいで
"意味が分からない。葵は危ない人?"
やめてください。純真無垢なキミにそれを言われるとオレの体のあちらこちらからよろしくない、具体的に言うと犯罪の匂いが漏れ出てくるから。
あの、耀ちゃん一ついいかな、ちょっとだけ離れてもらっても――あ、無理ですか、離れたら葵は逃げるから絶対離さないですか。どんだけ信用ないんですかね、泣きたくなるわ。
はぁ? べ、別に熱とかないですし、赤くもなってませんし、すこぶる快調ですしーっ。
"へぇ、それはおかしいわね。葵君貴方さっきは体調が優れなくなってきたとか言ってなかったかしら? それなのにすこぶる快調なのね、そこのところどういうことなのか詳しく説明してくださる?"
的確なツッコミでオレのヒットポイントをガンガン削ってくるお嬢様。前髪ぱっつん可愛い飛鳥ちゃんだ。嫌な所を突いてくる。
流石、年上のおじ様たちを手玉に取ってきただけのことはある。
飛鳥ちゃんは箱庭に訪れる前、戦後まもない頃の日本で暮らしていたそうだ。
その際、久遠財閥のご令嬢だった彼女は頭の固いジイ様たちの説得ばかりさせられる日々に嫌気がさして逃げ出そうとしていたのだとか。
そこへ黒ウサギさんからの手紙が届き、箱庭に召喚されたのだ、と昨日説明してくれた。
十六夜君や耀ちゃんも同様の手口で呼び出されたのではないだろうか。
相も変わらず無駄に凝った設定の夢に関心させられたのは言うまでもない。
"飛鳥はおじ様キラー"
無表情、平坦な口調、という合わせ技で言葉を紡ぐのは耀ちゃん。
肩に乗る三毛猫さんが「にゃー」と応じる。きっと「お嬢の言う通りや!」などと相槌を打っているに違いない。
こちらの情報も昨日判明したことなのだが、三毛猫さんは耀ちゃんのことを「お嬢」と呼ぶらしい。もしかすると彼女にも秘密の設定があるのではないだろうか。
というか顔が真っ赤じゃないですか、本当耀ちゃんには甘いよね、飛鳥お嬢様は。
う、うるせぇーし、オレはキミみたいに醜態晒さないからいいんだよ。
な、なに? なんでそんな怖そうな顔でオレこと睨んでくるの?
やっぱり見てたのねってなんですかーッ!?
知りません知りませんよ、勘違いですって、だからお中元禁止だよ? 分かってる? こんなところであれを使うのは危ないんだからね。
実は昨日、オレはとんでもない光景を目にしてしまった。
爆発音が鳴り響き、ジン君が私室の様子を見に行ったあと、一向に帰ってくる気配がなかったためオレは本館へと足を踏み入れた。
いやほら、ジン君ってカツアゲされそうなイメージだし、相手はあの快楽主義者だから用心に越したことはないと思ってね。
大広間から二階へと続く階段に進む途中で寝間着姿の黒ウサギさんに遭遇し「葵さんは飛鳥さんと耀さんと一緒にいてください!」と言われて訳も分からず本館を彷徨っていたんだ。
ヤ―さん情報によれば『ウサギの耳は地獄耳』なのでかなり遠くの声も聞こえるらしく事の真相は分かっていたようだ。
今朝この件について伺ったところ、ガルドの手下がちびっこたちを攫いにきたらしい。そこを十六夜君に見つかってあの爆発音だ。懲らしめるためとはいえ、少しやり過ぎだよ。コミュニティを破壊するつもりですかキミは。
で、明かりが漏れてる部屋を発見して二人はここにいるのかな? と思い覗いてみたら飛鳥ちゃんが自分の胸を揉んでいた。
いやマジで、なんか独り言をつぶやきながら両手をにゅきにゅきさせていたんだ。
正直ヤバいと思ったね、飛鳥ちゃんのそういうシーンに出くわしたんだし。
「私だっていずれは黒ウサギみたいな」
見なかった事にしよう、それがお互いのためになる、と思ったオレはバレないように逃げ出そうとしたのだが運悪く耀ちゃんに見つかってしまい強制連行。
あまりにも帰りの遅いオレをリリちゃんが迎えに来てくれるまで正座させられていたのだ。どうして女の子は胸に拘るのだろうか、途中から耀ちゃんにまでジト目で睨まれたし。
"葵と飛鳥は仲良し。私は仲間外れ……ぐすんっ"
言い争うオレたちを目にし、両手で目元を隠しながら泣く素振りを見せる耀ちゃん。
せめてもっと感情込めて、口調がいつも通り平坦だよ。
どこのどういう部分をどう見てどのように考えたらその結論に至ったのか詳しくお聞かせ願おうか春日部さん。飛鳥ちゃんぽかーんとしてるよ。どうするの?
はい出ました、何故かよく分からないうちに問題が解決されてるパターン。
一つ溜息を零し、微笑ましいものを見るかのごとく慈愛に充ち溢れた笑顔で耀ちゃんの頭を優しく撫でる飛鳥お嬢様ね、はいはい。
それからゲーム会場である "フォレス。・ガロ" の土地に着くまでしばらく、二人と他愛のないやり取りを続けていた。
ペリカン通り? そんなものは存在しません。正式名称『ペリベッド通り』