転生したら始祖で第一位とかどういうことですか   作:Cadenza

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エタってないよ。ただテストとか課題とかいう大敵に時間を攻められていただけだよ。
感想も返せずに申し訳ありません。



集結するチカラ

「――これが顛末じゃ。アーク、面倒な事になりそうじゃぞ?」

「…………」

 

 などと軽く言ってくれるキスショット。

 そして片手で目頭を抑える金髪朱眼。つまり俺。

 いや、キスショットさん? なんでそんな事になってんの?

 ただの敵陣偵察のつもりだったのに、陰謀とか謀略とかの臭いがプンプンするんだけど。

 

「面倒事と厄介事は嫌いなんだけどな……」

「どの口が言う。うぬが動いて付いてこんかった事などありはせんじゃろうが」

 

 人を磁石みたいに言うなよ。否定も出来ないけど。

 なんで毎度こうなるんだ。受難でも背負ってるのだろうか。

 今回だって、元々はただ大変そうだから手伝う程度の気持ちで来たのに。

 

「ともかくエサは撒いた。鍵となるじゃろうあの五人には、儂の魔力を目印として付けておる。アークなら一目で分かるじゃろ?」

「用意周到だな」

「うぬの前を守るのが儂の役目。これくらいは些事じゃ」

「俺は後方だからな。前は苦手だ」

「じゃからどの口が言う」

 

 キスショットが前衛、俺は後衛。昔からそうだ。

 俺の近接能力は低い。【断罪の剣】はあるが、あれは剣術がほぼ関係ないし。特性上、普通の方法では防御不可能で、ただ振っただけでも相当な威力になる。

 魔剣もあるにはあるけど、アレの本領は剣として振るう事じゃない。何よりアレは使いたくない。何故ならハイになるから。

 

『陛下、間もなく到着します。イヴ様と共に着陸の準備を』

 

 なんてやっていると、操縦士から通信が入った。

 もうか。やっぱり速いな。

 開発部にはもうちょい予算を回してもいいかもしれない。確か今は近代化魔導兵装とか言うのを作っているらしい。いったいどんなのが出来上がるんだ。

 

 椅子から立ち上がり、部屋の扉へ向かう。後にキスショットも続く。

 

「クルルちゃんとかが出迎えに来てるみたいだ。わざわざありがたい。苦労をかける」

「…………おそらく別の意味で苦労するじゃろうな」

 

 何やらボソッとキスショットが言ったが、小さくて聞き取れなかった。

 確かキスショットが日本に行くのは数百年ぶり。以前は平安か鎌倉頃だったと記憶している。

 ちょっとフライングがあったけど、何か思う所があるのかな。

 少し気になり、聞こうと後ろを振り向く。

 

「キスショット、日本は何年――」

 

 日本は何年ぶりだ、と聞こうとした。だけど言えなかった。

 何故なら振り向いた瞬間、キスショットに抱き着かれたからだ。首に手を回され、柔らかい感触が服越しに伝わってくる。

 

「…………あの〜、キスショットさん? ナニか?」

「なに、久しく身体を動かして少し渇きがきてしまったのじゃ。これ以上言わせるのは野暮じゃぞ?」

 

 嘘だ。絶対に嘘だ。

 戦闘の内容までは知らないけど、キスショットに渇きを感じさせる程の奴なんてそうそういるわけない。

 でも密着して柔らかそうに潰れる双丘とか伝わる感触とかが、眼福と言いますか至福と言うべきか。

 

「……もうすぐ着陸だぞ?」

「一、二分はあるじゃろ。時間は十分じゃよ」

 

 言い訳らしい事を言ってみるが、更なる密着で封じられた。終いには首筋を舌で舐めてくる始末。

 てか、艶めかし過ぎるでしょ。妖女かよ。

 表面上では耐えてるけど、内心では決壊寸前。しかしキスショットは更に追い討ちをかけてきた。

 

「それとも、イヤかの?」

 

 などと上目遣いで言ってくる。容姿とかギャップとかその他諸々が相まって、凄まじい破壊力だ。

 

「……吸い過ぎるなよ」

「分かっておる」

 

 結果、見事に陥落しました。

 キスショットに対しては弱いな俺。惚れた弱みと言うやつか。

 この後は敢えて伏せさせてもらう。

 ただ、ツルツルで満足気なキスショットと若干ゲッソリした俺だったと言っておく。

 やっぱ血は吸血鬼の弱点だわ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 京都地下の地下都市サングィネムの女王、第三位始祖クルル・ツェペシは現在、旧伊丹空港へ出迎えの為に部下を率いて来ていた。

 出迎えの相手とは、あの憎っくきフェリドによって日本に来る事になってしまった、第一位始祖であり吸血鬼の王でもある、アークライト=カイン・マクダウェル。

 

 この事態はあまりに予想外だった。第一位始祖が直接来るなど誰が予想できようか。

 

(このままでは私の願いが……)

 

 神代より生きる最古の吸血鬼。彼が持つ伝説や逸話など無数にある。

 

 曰く、神代の魔法を行使する最強の魔術師。

 曰く、行使する魔法は国をも崩壊させる。

 曰く、氷河期を起こしかけた。

 曰く、天より星を落とした。

 曰く、堕天の王を無傷で屠った。

 

 などなど。

 上げればきりがない。これらの殆どが十世紀以前の事らしい。アークライトが最も頻繁に動いていた時期だ。

 アークライト自身はこの頃を『黒歴史』と呼んでいる。

 詳しく語ることは終ぞなかったが、それは『黒く血に塗られた歴史』を意味しているに違いない。

 

(くそっ、そこまでして私の権力が欲しいのか)

 

 思い浮かぶのは、常に飄々とした笑みを上っ面に張り付かせたあの顔。しかし時折、本性が表へ出てくる。

 第七位始祖、フェリド・バートリー。アークライトが日本に赴く要因を作った男。

 上位始祖会で流した映像やアークライトへ話が行くよう場を誘導したり、ミカエラをわざわざ連れて来たりと、クルルから言わせてみれば陥れようとしている魂胆が丸分かりだ。

 しかしそれすらもフェリドの策略なのだろう。

 上位始祖会の終了後、口と手を同時に出したのもマズかった。しかし沸き上がる感情を抑え切れなかったのだ。

 フェリドの言動一つ一つが神経を逆撫でする。おかげで上位始祖会の場であったモニタールームは涙目だ。だが建物ごと真っ二つにならなかっただけマシである。

 

 今になっては消す事もできない。消せば自分が疑われる。

 それを分かっていて、敢えて露骨にやっている。クルルの反応を楽しむ為に。

 

(だからと言って、第一位始祖を呼ぶなんて……)

 

 いくらなんでもマズ過ぎる。

 下手をすればクルル諸共、フェリドすらも危うい手だ。

 いくらフェリドでも第一位始祖を自由に動かし、利用できるなどと考えてはいないだろう。

 第一位始祖とはそんなに甘い存在ではない。本当にそう思っているのなら、痛過ぎるしっぺ返しを被る事になる。

 

 そんなことフェリドも分かっているはずだ。

 なら真の狙いとは何か。考えるほど見えなくなる。

 しかしクルルは知らない。フェリドについて考えることなど無駄なのだと。フェリドにとって己の快楽こそ優先すべきものだと。

 

(どうやって乗り切る?)

 

 まずアークライトとミカエラを会わせるのは最も避けたい。おそらく一目で見抜かれる。

 《終わりのセラフ》の因子を持つ子供は皆殺しにしたと公言した。

 もしミカエラを会わせてしまえば終わりだ。

 

(私は既に疑われている)

 

 クルルはアークライトの上位始祖会での言葉を思い出していた。

 

 ”後は行動で示すといい”

 

 ただ聞けば行動で証明しろと捉えられるが、違う。

 クルルの行動によって全ては決まる。行動次第で行く末が変わる。つまり全て見ていると言う事だ。

 本来なら全てを見るなど不可能である。しかしアークライトなら話は別だ。

 クルルは知っている。それを可能とする魔眼の存在を。

 上位始祖会で魔眼を見せたのもその為だろう。私は全てを見ていると。

 

(崩れていく……)

 

 計画に亀裂が入っていく音を聞いた。

 まだ来てもいないのにこれだ。始まってもいない段階で破綻しかけている。

 

 もしかしたらアークライトは、すでに全てを知っているのかもしれない。

 彼が動いたのが証拠だ。

 たとえフェリドの誘導などなくとも結果は変わらなかった。

 アークライトは基本的に自身が治めるアヴァロンから動くことはない。そうする事で抑止力となり、均衡を保っているからだ。

 だが例外はある。その例外こそが彼の逸話や伝説なのだ。

 つまりは、アークライトが動く時は逸話や伝説となる程の出来事が起こる。

 いや、そういった出来事が起こるからこそアークライトは動くのだ。

 

(何とか、何とかしないと……)

 

 だからと言って諦めるという選択肢はない。今更、後戻りなどできない。引き返せるラインは、もうとっくに過ぎている。

 ならやるしかない。

 たとえ可能性が低くてもやり遂げるしかないのだ。

 その為の今日だ。

 

(私はやる。たとえ、何があろうと)

 

 確固とした意志を胸に、クルル・ツェペシは空を見上げた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 空を翔ける巨体。黒い機体色で四基のエンジンを双翼に付けた輸送機だ。

 その巨体に釣り合う大出力の動力を持ち、しかしジェットエンジン特有の駆動音のような大きな音はない。

 確かに大きいが、それでも通常のジェットエンジンより遥かに静かである。

 黒の機体が滑走路へ入り、暫くして停止した。

 側面の扉が開き、計十名の白い軍服の様な機能性を重視した服装に身を包む吸血鬼達が出てくる。そうして今度は、機体の先端部分が丸ごと上に開き、中から武装ヘリが降ろされてきた。

 降ろされた武装ヘリは二機。一機に二人づつ乗り込んで点検を始め、残りの者達も他の兵装の準備を始めた。

 

 そして最後。

 黒いロングコートに黒い服。月のような金髪と朱い瞳をした男性と、後に続いて踵辺りまで届く金髪に金の瞳、シックなドレス姿の女性が降りてきた。

 

(……っ! 映像で見るのとでは、ここまで違うのか……)

 

 クルルは緊張しながらも、それを表へ出さずに迎える。

 

 それも仕方ない。ここまで違うとは思ってもみなかった。

 吸血鬼であるからなのであるが、人間離れした端麗さというのか。後に続く第二位始祖も美を体現したような容姿と肢体の持ち主だが、それとはまた違った美しさがある。

 気だるげに半分ほど閉じられた朱い瞳。ある種の神秘性を感じさせる整った、一見女性にも思えてしまう中性的な容姿。その顔でもし微笑まれでもしたら直ぐに堕ちてしまうだろう。

 しかしそれらを固定された様な無表情が打ち消してしまっている。

 

 彼が第一位始祖、原初の吸血鬼――アークライト=カイン・マクダウェル。

 

(やりにくいな……)

 

 何を考えてるのかが全く読めない。これならフェリドのように飄々と笑っている方がまだいい。

 

 クルルと配下の吸血鬼達はアークライトとキスショットが降り立つと、一斉に跪いた。

 アークライトは周りを一望した後、視線を出迎えのクルルへ向ける。

 

「お待ちしていました、アークライト様」

「クルル嬢。出迎えご苦労」

 

 本当はクルル嬢などと呼ばれる歳ではないのだが、アークライトにとってはそうなのだ。

 二千年もの時を生きる吸血鬼などアークライトだけ。吸血鬼の能力は生きた年数に関係してくる。ならばアークライトはどれほどなのか。もはや想像出来る範疇を超えている。

 

 それを言うなら背後に控えるキスショットもそうだ。

 同階位の始祖でも能力に差はあるが、この二人は文字通りケタが違う。

 もしクルルが不穏な雰囲気を出そうものなら反応も出来ずに切り捨てられるだろう。

 それだけの圧倒的な差。

 アヴァロンは最も吸血鬼の数が少ない都市とされる。しかし戦力が低いというわけではない。アークライトとキスショットの存在だけで最強の都市とされている。それを抜きにしても戦力は高いのだが。

 

(排除という手段は使えない。何とか理由をでっち上げて動きを遅らせるか……。くそっ、何をしている柊真昼……。このままでは手遅れになるぞ……ッ!)

 

 クルルにとってアークライトは勝ち札でも鬼札でもない。ただのゲームを根本からぶち壊す反則カードだ。

 確かに勝てるだろうが、ゲームそのものが破綻してしまうので意味がない。

 今の状況は正しくそれだった。

 

「準備は整っているのか? 見ての通り、私の部隊は万全だ」

 

 クルルが連れて来た吸血鬼達を見てアークライトが訊いてきた。

 チラリと視線を動かせば、先程まで忙しなく動いていたアヴァロンの部隊が整列していた。正にフル装備という恰好だ。いくつか見慣れない装備もある。

 クルルは答えた。

 

「いえ、まだです。しかしあと数時間で整います。終わり次第、名古屋へ向かいます」

「そうか。ならば早急に終えよ。日本帝鬼軍がいつ《終わりのセラフ》を出してくるか分からぬからな」

「はっ」

 

 跪いたまま頭を下げる。

 表面上は冷静を装っているが、クルルの内心は焦燥で占められていた。

 それを知ってか知らずか常に無表情のアークライト。クルルが様子を伺おうとしても何も読めない。何も感じない。

 第三位始祖のクルルは相当な実力者。しかしアークライトに比べれば劣ってしまう。

 きっと己の感情を完全にコントロールしているのだ。感情を表情に全く出さないというのは困難である。感情によって直ぐに手が出てしまう自分とは生きた年数が違う。

 改めて年季の差を思い知らされた。

 

(あ〜あ、あの日本がこんな姿に。元人間の元日本人としては複雑。日本食とか全滅だろうなぁ。いや、そもそも海産物が駄目な時点で日本食は大ダメージか。少し期待してたのに)

 

 まあとうの本人は呑気でくだらない事を考えていたが。

 吸血鬼の王と言われるアークライトが実は割と普通であると。

 色々と考え詰めるクルルは、一生知ることはなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「それでお前ら、遅れた本当の理由を聞こうか」

 

 海老名サービスエリア。世界の滅亡によって廃墟と化した其処こそが、吸血鬼殲滅部隊《月鬼ノ組》の集合場所だ。

 海老名サービスエリア内。元は旅人や東名高速道路を通る者達が利用したであろうショッピングモールの一角に複数の人影があった。

 五人は、集合時間に遅れてきたシノア隊。そして残りは、100人の《月鬼ノ組》を率いる日本帝鬼軍中佐、一瀬グレン。並びにグレンが十五歳の頃よりチームを組む柊深夜、五士典人、雪見時雨、花依小百合、十条美十の五人。

 

 シノア達を呼び出したグレンの第一声がそれだった。

 

「なんだよ、気付いてたのか」

「当たり前だ。気付いてて合わせてやったんだよ」

 

 グレンの言葉に頭を掻く優一郎。

 

 結局あの吸血鬼、曰く第二位始祖との戦闘を終えた優達は、集合時間に間に合わなかった。

 敵との交戦という正当な理由はあるものの、得てしまった情報があまりに大きい。100人の隊員達の前で堂々と語るわけにもいかず、取り敢えず一芝居を打つ事にしたのだ。

 グレンも何となく様子を察し、その一芝居に乗った。

 

 まぁ芝居の筈なのにグレンも優も、内容と言葉が割とガチだったが。

 

 実際グレンは、もし遅刻の正当な理由がなかったら……例えば移動中にふざけた所為で遅れたなどの理由だったら本気でキレていただろう。

 だから芝居とはいえ、本気の言葉で言い放ったのだ。

 シノアや三葉、与一などはかなりビビっていた。伊達に新宿の英雄と呼ばれ、吸血鬼殲滅部隊を率いていないと言う事か。

 

「んで、いったい何があった? いつもヘラヘラしてるお前が真面目顏って事は、余程なんだろ?」

 

 シノアを視線で指差しながらグレンは言う。

 対してシノアは失礼とばかりに肩を竦め、

 

「私はいつも真面目ですよ」

「ウソつけ」

「ウソだな」

「ウソだろ」

「ウソだ」

「あはは〜、ちょっと……」

 

 グレン+チームメンバーからの返しにシノアが仏頂面になる。

 しかしいつまでもやってる暇はないので、気を取り直して先に進めた。

 

「私達は移動中、敵の吸血鬼と遭遇し、戦闘になりました。吸血鬼は第二位始祖、それもアメリカを治める第一位始祖の眷属であると名乗りました」

「………いきなり本題にきたな」

 

 さすがに予想外だったのか、グレンも一転して真剣な表情に変化した。

 

「で、その吸血鬼はどうした」

「取り逃がした……ではなく、私達が見逃されました。……惨敗です。手傷どころかまともに戦えも……」

「ま、さすがにお前らガキ共に上位始祖、しかも第二位を倒せってのは酷だな」

 

 人間と吸血鬼の力関係は、基本的に吸血鬼の方が圧倒的に強い。

 高位の鬼呪装備ならば一般の吸血鬼にならまず負けないが、それが貴族となると変わってくる。たとえ最高位たる黒鬼シリーズでも、吸血鬼の貴族に単独で挑むのは自殺行為なのだ。

 だからこそチームを組み、連携を以って殲滅する。

 だが優達は、まだ連携が整っていない未熟なチーム。そんなチームが、況してや第二位という最高クラスの始祖を倒すのは絶対に不可能だ。

 

 それはグレンも、何より実際に戦った優達が実感して分かっていた。

 

「なぜそいつはお前達を見逃した? 普通なら殺すか、情報を吐かせる為に連れて行く」

「自分達は人間が目的ではない、目的は別にある。そう言っていました。その言葉を信じるなら、ですが」

「なるほどな……お前は信じたのか?」

 

 グレンの問い掛けにシノアは、優達をチラッと見やり、そして答えた。

 

「信じていいと思います。あくまで私達の私見ですが」

「ほう……なぜだ?」

「まず第一に彼女が日本の吸血鬼とは、完全に別勢力だという点です。彼女は全く別系統からの指示で動いている。そして第二位始祖と名乗った彼女に指示出来るとしたら……」

「まぁ主である第一位始祖しかありえないな。しかも拠点がアメリカってんなら、何の目的もなく海を越えて日本に来るわけないだろ」

 

 シノアは頷く。

 

「第二に、私達が見逃された点です。彼女がその気なら私達は殺されていた。敢えて泳がせる事でここの場所を探る気なら、私達がここに着いた時点で全滅していたはずです。それだけの力が彼女にはありました」

 

 あれはもう強いとかの話ではない。文字通り次元が違う。計り知れないどころか、底が見えない。もはや想像の範疇外だ。

 だからこそ根拠となる。

 

「俺達を全滅させられる力を持ちながらそれをやらない。だから敢えてやらないだけの目的がある」

「はい。それに彼女は、これまでの吸血鬼とは違っていました。そうですよね、優さん?」

「お、俺⁉︎」

 

 まさかの名指しに狼狽える優。そして集まる視線。

 構わずシノアは続ける。

 

「だって一番長く彼女と打ち合ったのは優さんでしょ。ほんの二、三の言葉を交わした私ですらそう感じたんですから」

「…………」

 

 否定せず、無言を貫く。沈黙は是なりだ。

 

 分かっているからこその沈黙だ。

 かつて吸血鬼の地下都市、サングィネムで家畜として過ごしていた優だから分かる。

 あの吸血鬼は、これまで戦った吸血鬼やサングィネムの吸血鬼とは違い、人間を侮っても見下してもいなかった。

 驕りからくる手加減ではなく、気遣いからの手加減。そう感じた。

 

 だからああも、誰よりも強く、彼女へ反発した。お前は吸血鬼なんだろ、と。

 吸血鬼は人間を見下し、家畜として扱う奴らなんだろう、と。

 

「受け入れ難いのは分かりますが、今だけは感じたままを言ってください」

 

 シノアの諭すような物言いに顔を歪める優。だがすぐに一息吐き、観念したとばかりに両手を挙げた。

 

「分かった、分かったよ。俺の我儘で皆に迷惑かけるわけにはいかねぇ。話すよ」

 

 一度区切り、優は話し出す。

 

「あいつは俺達を侮っても、見下してもいなかった。あんなのは初めてだ。だろ君月」

「ああ、確かに」

 

 自分と同じように彼女と打ち合った君月にバトンを渡す。

 

「手加減はされていましたが、あれは侮りや驕りからくるものではなく、実力差からの手加減でした」

「そう言えば、なぜか分かりませんが、僕達一人一人に何かアドバイスみたいなのも言ってました」

「アドバイスだと?」

 

 与一の言葉にグレンは怪訝な表情になる。そして優達に「一応、その内容を一人ずつ言ってみろ」と言った。

 

「一撃一撃は重いけど、器用さが足りないってよ」

「俺は器用さはあっても、逆に重さが足りないと。だから簡単に武器を弾かれました」

「僕は威力やスピードだけじゃなく、弾道操作を出来るようになれ、みたいな事を……」

「私は天字竜の使い方がワンパターンでもっとバリエーションを増やせと言われました」

「私は鬼呪装備が大振りな分、優さんや君月さんとの攻撃のタイミングがズレていると。他にも私達の弱点は、連携次第でどうとでも出来るとも」

 

 聞き終わったグレンが顎に手をやって考え込む。

 

「……ふむ」

「ねぇグレン、これどうだと思う? 言ってる事は適当どころか結構的を射てるんじゃない?」

 

 考え込むグレンに銀髪の男性――柊深夜が話し掛けた。

 グレンは考え込んだ格好のまま答える。

 

「ああ。これが適当だったら他に考えようもあったんだが……」

吸血鬼(・・・)がここまでしたとなると、ね」

 

 ここにいる全ての者が抱く吸血鬼のイメージとは、あまりにかけ離れている。それこそ月とスッポン並に。

 

「ああ〜、作戦前に面倒な事を持ち込みやがって。その吸血鬼が名古屋の吸血鬼に情報を漏らして、ここに攻めてくるってんならまだ分かり易かったのによ」

「ちょっとグレン、縁起でもないこと言わないでよ。フラグでも立ったらどうするのさ」

 

 頭をガシガシと掻いて八つ当たり気味に口走るグレンに、深夜がすかさずツッコむ。

 

「冗談だよ。それにたとえ立ったとしても、そんなもんはへし折ってやればいい。先は俺達で掴み取る」

「わ〜お、相変わらず乱暴だね。僕にはそんな猪突猛進みたいな事、出来ないけど」

「お前無理矢理にでも送り返すぞ」

 

 二人以外のグレンチームは呆れ顔。もう慣れたやり取りだ。

 深夜とグレン。なんやかんや言ってもいいコンビらしい。

 

「……取り敢えず、それでだガキ共」

 

 咳払い一つで緩んでいた空気を仕切り直す。

 

「まとめると、お前らは敵に惨敗した挙句、まともに連携も出来ずにやられた。そう言うことだな」

「な……ッ⁉︎ グレン中佐! その言い方はあまりに……」

「酷くねぇよ。事実だ」

 

 シノアがあんまりなグレンの発言に詰め寄ろうとするが、続く冷徹な一言でバッサリ切り捨てられる。

 

「今回はたまたま運が良かった。もしお前らが会った吸血鬼が別だったら、今頃どうなってた?」

「それは……」

「いいかシノア。これはお前の部隊だ。お前の判断ミスでチームのメンバーが簡単に死ぬ」

「そんな事は言われなくても……」

「いや、お前は分かってないね」

 

 その一方的な決め付けにさすがのシノアも憤りを覚える。反論しようとして口を開きかけたが、次のグレンの言葉で凍りついた。

 

「お前は今まで大切な人間を作った事がない。だから誰かを失う恐怖を知らない」

 

 確実に時間が止まった。少なくともそう感じた。

 ふと思った。

 優は己の家族。君月は十三歳以下にも関わらず破滅のウイルスに感染した妹。与一は自分を庇った姉。三葉はかつて所属していた部隊の隊長。

 それぞれが失い、または失いかけた。

 なら、自分は…………

 

「だがここからは違う。一つのミスであっさり仲間が死ぬ。お前のミスで家族が死ぬんだ」

「……あ…」

 

 言い返したくとも言葉が出てこない。しかしグレンは構わず言い続ける。

 

「チームワークの訓練はしたか? 危機意識は持ってるか? 今ここに圧倒的な脅威が現れたらどうする? 切り抜けられるか? これから貴族に襲撃をかけるってのに、実感が足りないんじゃないか?」

 

 怒涛の勢いにたじろくシノア。その様子にグレンがフッと笑った。

 

「よし、試験だ。こっちは俺、十条美十、柊深夜の三人で相手してやる。お前らはまだまだ連携がなってない。お前らが会った吸血鬼に負けて実感したはずだ。弱点も知ったはずだ。だからそいつより圧倒的に弱い俺達で試してみろ」

 

 は? と言いたげな呆けた表情になるシノア。

 

「三対五。連携さえ出来れば勝てないわけじゃない。だが負けるようなら全員に罰だ。何がどうあれ遅刻したのは事実だし、罰を与えると公言しちまったしな」

 

「10秒後に戦闘開始だ」とカウントダウンを始める。慌てたのはやっと復活したシノアだ。

 

「ちょ、ほんとにやるんですか⁉︎」

 

 答えずカウントダウンをグレンは続ける。

 ワタワタとメンバーに指令を出す。

 

「み…みなさん、一度外に出て距離を取ります!

 いいですか⁉︎」

「よ…よし」

「え…え」

「ん」

 

 着いて行けないのか曖昧な返事を返した君月、与一、三葉。

 四人が外へ駆け出して行く中、優だけがグレンの側に残った。

 

「あんまりシノアいじめんなよ。結構頑張ってるぞ。シノアがあの吸血鬼を見逃したのは間違ってなかったと思うぜ」

「ま、第二位始祖を相手にして生きて帰ってこれたのは褒めてやるよ。調子に乗るから言わないけどな。それにシノアの奴にはこれくらい言わないと真剣に受け止めねぇだろ」

「素直じゃないんだなお前」

「はっ、言ってろ。ほらさっさと行け。そこまで言うなら上官シノアちゃんの為に勝ってみせろよ」

 

 その言葉に挑発的な笑みを優は浮かべる。

 

「負けて恥かいても知らねーぞ!」

「ガキに負けるかよ」

 

 グレンも不敵な笑みで返した。

 

「何やってるんですか優さん! 急いでください!」

「んじゃグレン、俺らのチームの実力を見ろ!」

 

 シノアの呼ぶ声に、最後にそう言い残して優も駆け出していった。

 

 


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