転生したら始祖で第一位とかどういうことですか   作:Cadenza

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アークライトの容姿について多々質問があったので、ここで答えます。
絵心など全くない上にネットに載せられる技術もないので描けませんが。イメージ的には真祖アルクェイドです。ただし髪型がポニーテイル。アークの肉体は朱い月の影響を最も強く受けているから。そういうことにしてください。
ちなみにエリアスさんは、髪が純白の乳上で。ぶっちゃけイラストを見てイメージにぴったりだったので。



開戦のノロシ

 名古屋市、名古屋テレビ塔の付近。久屋大通公園セントラルパーク内。

 そのベンチの一角に一体の吸血鬼が腰掛けていた。

 

「この季節は風が気持ちいいねぇ」

 

 吸血鬼特有の白い肌に白髪。黒のハットにステッキの様な見た目を持つ剣を提げ、血の注がれたグラスを傾ける貴族の服を着た男性。

 名古屋を治める十大貴族の一人、第十五位始祖ルカル・ウェスカーだ。

 

「そうは思わないか? エスター」

「はい。ルカル様」

 

 ルカルの問い掛けに背後で控えていた髭を生やし眼鏡をかけた老紳士——従者エスター・リーが答えた。

 

「とても気持ちのいい昼下がり。君も一緒にどうだい?」

「いえ。私はルカル様のおかげで十分に血をいただいてますので」

「そう?」

 

 その誘いにエスターはやんわりと断るが、ルカルはグラスの血を見せながら更に言う。

 

「でもこの血は、四歳の少女の血だよ?」

「では後ほどいただきます」

 

 ルカルは血の美食家である。その目利きは確かで、ルカルが勧めるなら余程なのだろう。

 エスターも諦めてその誘いに乗った。

 

「うん、飲むといいよ。とても美味しいから。——ところでエスター」

 

 一転して明らかに雰囲気が変わった己の主君を見てエスターは、静かに「はい」と答えた。

 

「君は第三位始祖クルル・ツェペシから来た書簡はもう見たかな?」

「こちらに」

 

 後ろで組む手に持っていたカバンから書類を取り出す。

 

「それ、どう思う?」

「東京にいる《日本帝鬼軍》なる人間共の組織を皆殺しにする計画……ですか?」

「そう。人間如きの為に私達が動けってさ」

 

 あくまで口調はいつも通りだが、その声色は相当な不機嫌さを内包している。

 

「それも京都から顎先だけで命令だよ。なんだその態度は」

 

 持っていたグラスを投げ捨てる。グラスは地面に当たって割れ、入っていた赤い血を撒き散らした。

 まだ暖かった血と共に、ルカルの表情も冷めていく。

 

「私がいつ、クルル・ツェペシの部下になった?」

「……我々は派閥が違います。上位始祖会からの直接命令がない限り、クルル・ツェペシ様に従う必要はないかと」

「なら今回の件には誰が従う? 名古屋周辺にいる十大貴族達の反応はどうかな?」

「まちまちです。クルル・ツェペシ子飼いの貴族は……」

「そいつらはどうでもいい」

 

 エスターの言葉を遮り、ルカルは一瞬だけ思索する。

 そして脳裏に同じ十大貴族の一人が浮かんだ。貴族の中でも階位を逸脱した実力を誇る、変わり者のあの顔が。

 その名をつい口に出した。

 

「クローリー君はどうだ?」

「第十三位始祖様は、第七位始祖フェリド・バートリー様の派閥なので。いまいち分からないところが……」

 

 ルカルはふぅむと、口に手を添えて考え込んだ。

 

「確かにフェリド君は捉えどころがないからなぁ」

 

 主のその様子にエスターが一応の補足を入れる。

 

「一応クルル・ツェペシ様も我々のご機嫌を取るおつもりのようですが」

「ご機嫌ね。どうやって?」

「関西周辺の人間を集めて、名古屋にいる貴族達に贈るそうです」

「ふん」

 

 どんなご機嫌取りかと少し期待してみたが、やはり馬鹿馬鹿しい。ルカルは不快だとばかりに一笑に付した。

 

「いらないよ。名古屋には名古屋のルールがある。京都の女王が玉座にふんぞり返ったまま、いいように命令――」

「いえ」

 

 今度はエスターがルカルの言葉を遮る。本来なら不敬に値するだろうが、紡がれた内容が内容だった。

 

「今回はクルル・ツェペシ様ご本人も名古屋に入られるそうです」

「え? そうなの?」

 

 ルカルもさすがに予想外だったのか、少しばかり素っ頓狂な声を上げた。

 立場上は日本の女王となっているクルルは、基本的に本拠地の京都地下《サングィネム》から出てこない。最近では八年前の世界滅亡の時のみである。

 だからエスターが言ったように、自ら動くというのは異例なのだ。

 

「ん〜? それはちょっとまずいな。なら従うべきか?」

「難しい問題です。我らはクルル・ツェペシ様と権力闘争をしているレスト・カー様の派閥なので……。加えて、今回の件には第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェル様もアメリカより直接日本に赴くそうです」

「…………は?」

 

 少しどころか、今度は完全に素っ頓狂な声だった。貴族であるルカルがまさかの呆然となっている。

 

「え、いやいやエスター。それは本当か? ならそれを先に言うべきだろう」

「申し訳ありません。話によると、日本に来ることはアークライト様ご自身で決定されたそうです」

「まさかアークライト様が日本に……。ならば是非挨拶をしなければならないな。それならクルル・ツェペシにではなく、アークライト様に従うのが最善か?」

「はい。アークライト様に従うのなら制裁もありませんし、より高位の始祖に従うというクルル・ツェペシ様への理由にもなります」

 

 クルル本人が名古屋に来るのなら従わないと厄介なことになる。持つ権力も実力もルカルとはケタ違いなのだ。

 だが従えば、所属している派閥のレスト・カーから制裁の可能性がある。

 しかしアークライトに従うのなら何の問題もない。

 レスト・カーは、まだ若かった頃にアークライトから色々と世話になったと聞く。それ以来レスト・カーは、アークライトをまるで親の様に慕っているらしい。

 それならば制裁もクルルに従う必要もないだろう。

 

「しかしアークライト様が直々に来るとはね。いったい何が……」

 

 その瞬間、ルカルの顔から一切の表情がなくなる。

 手を振り上げ、エスターの襟首をガッと掴んだ。そのまま貴族の腕力を以って引き寄せる。

 自分の前へ。まるで盾のように。

 

「え?」

 

 直後。

 ルカルと事態を把握できていないエスターがいるベンチに、光の矢と白虎の弾丸が炸裂した。

 

 静かだった公園の一角に轟音と爆炎が蔓延する。

 破壊によって舞った塵の中。果たしてルカルは無傷で現れた。

 手に持っていたモノを投げ捨てる。

 ボトッと落ちるそれは、肘から先の腕。ルカルによって盾とされたエスターの変わり果てた姿だった。

 

「なんだぁこれは」

 

 しかしルカルはエスターが死んだ事になど頓着せず、腰の剣を掴む。

 

「剣よ、私の血を吸え」

 

 握った柄から数本の棘が飛び出し、ルカルの手の甲を貫いて流れた血を貪る。

 刹那、剣を抜刀し、同時に赤い斬撃が空を飛んだ。

 狙いは攻撃の方向。即ち名古屋テレビ塔だ。

 

 放たれた斬撃は、名古屋テレビ塔の最上階展望スペースから上の部分を容易く両断する。

 恐ろしい威力の斬撃だったが、しかし攻撃してきた者を仕留めることは出来なかった。

 ルカルの攻撃によって襲撃者達が動き出す。再びテレビ塔からの狙撃によってルカルの護衛の吸血鬼が蹂躙されていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 現在サングィネムは、出撃準備の最中だった。

 本隊を指揮するクルルとしては、アークライトの到着の前に終えておきたかったのだが、予想以上に早かった。

 なにせアヴァロンの場所はアメリカニューヨークの地下。日本国内を移動するのとは距離が違う。大洋を挟んでいるのだ。

 海を越えるとなるとそれ相応の時間がかかる。だからアークライトの到着はもっと後だと思っていた。

 だがアークライトが到着しても未だ準備が終わっていないのが現状である。

 

 いくらなんでも早過ぎるとツッコミたい。そりゃ確かにアヴァロンでは独自に技術が進んでいると聞いてはいたが、まさか本来なら半日以上の時間がかかる距離を、その半分以下で着いてしまうなど予想できる筈もない。

 数ある地下都市の中でもアヴァロンは、吸血鬼の数が最も少ない。しかし独自に発達した技術に加え、アークライトの存在がアヴァロンを最大の地下都市たらしめているのだ。

 アヴァロンの部隊が乗る攻撃ヘリもよく見れば相違点がところどころある。

 

(注意すべきは第一位始祖だけではないかもしれないな)

 

 己の知識に無い未知の装備が数多く見られる

 アークライトだけではなく、率いるアヴァロン勢力も注意を払うべきだろう。

 しかし、今の問題はそれではない。

 

(まずいことになった……)

 

 件のアークライトは今、サングィネムにいない。更にその眷属たる第二位始祖も。

 もう行ってしまったのだ。一足先に名古屋へ。

 何故そうなったのかは一時間ほど前に遡る。

 準備が終わっていなかった為に一度アークライトはサングィネムへ来たが、サングィネムの様子をグルリと見渡した後、まるで独り言のように言った。

 

『無秩序』

 

 クルルには、その言葉がはっきりと聞こえた。そしてドキリとした。

 一目で見抜かれた。自分が治めている筈の日本が荒れてきている事を。

 今の日本には様々な勢力と派閥が存在する。日本帝鬼軍に加え、バラバラと言っていい貴族の吸血鬼。

 一枚岩ではないのだ。だから様々な思惑が交錯し、問題が連続して起こる。正直クルルにも把握しきれていない。

 

 それをサングィネムの状態と雰囲気だけで見抜いた。これは非常に良くない事態である。

 

(このままでは私の管理能力が疑われる)

 

 実際に《終わりのセラフ》などという特大の問題が起こっているのだ。目的の為に必要なのだが、アークライトや他の上位始祖からして見れば関係ないだろう。

 

 もし統治者としての能力が無いと判断されれば、今の地位から降ろされる。

 そうなれば目的達成から大きく離れてしまう。

 仕舞いには新たな統治者としてレスト・カー辺りでも来たらもう最悪だ。

 

(くそっ、それだけでも痛いというのに、名古屋へ先に行ってしまうとは……)

 

 京都から離れている名古屋には、自分に敵対的な貴族も多い。クルルが直接来るのならそんな態度は取らなかっただろう。

 しかしアークライトは第二位始祖と共に名古屋へ行ってしまった。

 自分に従うのを良しとしない貴族達は、挙ってアークライトに従う筈だ。特にレスト・カー派閥の奴等は。

 致命的である。表面上ですら統率出来ていないと晒しているようなものだ。

 

 それなら行かせなければいいのだが、アークライトに余計な事を吹き込んだ奴がいたのだ。

 

(おのれフェリド・バートリー……!)

 

 憎々しげにその名を内心で呼ぶ。

 もうクルルはブチ切れ寸前だ。しかしアークライトが日本にいる手前、そんな姿を見せる訳にもいかない。

 それを分かっていて露骨なフェリドにグツグツと腸が煮え繰り返る。

 

(せめて……! ミカとだけは遭遇しないでくれ……!)

 

 数百年を生きる吸血鬼。サングィネムの女王と呼ばれる彼女。

 第三位始祖クルル・ツェペシの、心からの切実な願いだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「なるほどね。クルル・ツェペシが言っていた潰すべき関東の人間の組織とは、こいつらのことか」

 

 ルカルは今、確かに負傷していた。

 襲ってきた黒い軍服のような格好の人間達にやられたのだ。

 実際につけられた傷ではない。しかし、人間の連携によって動きを封じられ、逃れる為に片腕を切り落とした。同じようなものだ。

 

「確かに危険だ」

 

 だから認めた。

 貴族である己に片腕を犠牲にさせる状況を追い込む。再生するとはいえ、傷を負わせた。

 たとえ人間だろうと、その危険性を認めざる得ない。

 

「おい、お前らが《日本帝鬼軍》か?」

 

 その問いに襲撃者の一人、君月が反応する。それを見て、三叉槍状の鬼呪装備《玄武針》を持つ鳴海真琴が一応の釘刺しをした。

 

「答えるな。襲うぞ」

「待て。既に気付かれた状態で深追いしても陣形は維持出来ない。それはもうグレン中佐との模擬戦で分かった」

 

 だから、と一度区切る。

 

陣形(こっち)の中に誘き寄せよう」

 

 今現在、シノア率いるチームと鳴海真琴軍曹のチームと共同で、第十五位始祖ルカル・ウェスカーへの奇襲作戦の真っ最中だ。

 両チーム合わせて十人。鳴海チームは長年組んでいる為、その練度は高い。シノアチームは連携はまだまだだが、各々の能力は高く、尚且つ実戦の中で学ぶ。

 いくら貴族と言えども、こっちのペースに乗せてしまえば、十分に勝機はある。

 

「おい優」

「ん?」

「俺が吸血鬼を挑発する。襲ってきたらとどめはお前がやれ」

 

 優は笑みを浮かべ、阿朱羅丸を鞘へ納めた。

 

「……よし、分かった。一撃で決める」

「だが、どうやって……」

 

 いまいち納得できていない鳴海だったが、今この時にもルカルが逃げる可能性がある。時間が惜しいとばかりに君月が前に出た。

 

「おい吸血鬼」

「うん?」

 

 反応するルカルを見て、乗ってきたと不敵に口元を歪めると、とことん挑発的な眼差しを君月は向けた。

 

「これ、なんだと思う?」

 

 そう言うと足元にある物体——先程己で切り落としたルカルの左腕に、鬼籍王を突き刺した。

 僅かにルカルの目が細まる。

 

「…………」

「お前らバケモノ共は、腕を切られても簡単にくっつくようだが……。鬼呪で呪って消滅させても、トカゲの尻尾みたいにまた生えてくるのか?」

 

 分かっている。これは挑発だ。こんな分かり易い挑発に乗るほど、冷静さを失ってはいない。

 

「…………。やめておけ人間。私を怒らせるな」

「はは、怒る? じゃあ生えてこないなぁ。腕返して欲しかったら、返してくださいって懇願しろよ」

 

 しかし限度があった。いくら分かっていても、許容範囲というものがある。

 懇願しろだと? 第十五位始祖であるこの私、ルカル・ウェスカーが? 家畜程度の人間如きに?

 君月のその一言が、ルカルのプライドをズタズタにした。

 

 周りを静けさが包む。無表情となったルカルがポツリと言った。それはもう冷たい声色で。

 

「……貴様ら皆殺しにしてやる」

「あ? なんだって? 聞こえ……」

 

 わざとらしく耳元に手をやって聞こえないと仕草をする君月に、とうとうルカルが爆発した。

 ルカルの足元の地面に亀裂が入り、己を愚弄した家畜に向けて飛び出そうとする。

 

 しかし、その瞬間、全てが止まった。

 

『……ッ⁉︎』

 

 挑発していた君月も、激昂したルカルも。もしかしたら大気すらも、全ての動きが止まった。

 まるで重力が何倍にもなったかのような、全身が軋んでいるかと錯覚するほどの重圧によって。

 

「な…んだ……これは……⁉︎」

 

 膝をつきそうになる身体を鬼呪装備で支え、一体何が起こったと周りに視線を巡らす鳴海。

 少なくともルカルではない。そのルカルさえも動きを止めているのだから。

 

 ————果たしてそれは、唐突に降り立った。

 

「あ、あれは……?」

「何……?」

 

 ルカルとシノア・鳴海共同チームが対峙する、丁度中辺り。

 いつの間にか一体の吸血鬼がいた。その容姿を見て息を呑む。

 人を超越したような淡麗さだ。一見女性と思えてしまうが、身体つきからして男性らしい。

 まさに魔性だった。気が付けば魅入ってしまっている。

 

 しかしルカルは違った。

 先程の激昂はどこへやら。慌てたようにその者の名を言った。

 

「ア、アークライト様……」

 

 呼ばれた男性——アークライトは視線をルカルへ向ける。

 

「お前は?」

「名古屋十大貴族が一人、第十五位始祖ルカル・ウェスカーと申します」

 

 アークライトからの問い掛けにルカルは剣を降ろし、僅かに礼までして答えた。

 今の今まで戦っていたルカルとは思えない。アークライトと呼ばれた吸血鬼に対する、隠し切れない畏怖と畏敬が見て取れる。

 

「ならばルカル・ウェスカー」

 

 そう言うとアークライトは、ルカルの肘から切られた腕を、次に踏付けられながら刀を突き刺されている左腕を見た。

 

「手を貸すか?」

「ッ!」

 

 ルカルの眉がピクリと動く。そうして直ぐに断言した。

 

「いえ。アークライト様を煩わせる事ではありません。この程度の人間共など、私だけで十分です」

 

 その答えを受けてアークライトは、ただそうかと頷く。

 

「なら私は行こう。ここはお前に任せる」

 

 現れた時と同じようにいつの間にか姿が消えた。暫くして全身を軋ませていた重圧も消失する。

 重圧から解放されたシノア達が例外なく荒い息を吐く。まるで死ぬ気で全力疾走をしたような感覚だ。

 本当ならルカルとアークライトが会話している隙に、何か仕掛ける事でも考えるべきだったのだろうが、そんな余裕さえなかった。

 

 しかし休む暇などあるわけがない。

 挑発された時以上に殺意を内包した声が響いた。

 

「貴様ら、よくもやってくれたな」

 

 ルカルだ。

 その表情は怒りに染められ、凄まじい形相となっている。

 どうやら完全にキレているらしい。

 理由はただ一つ。

 

 アークライトの前で、無様を晒してしまったこと。

 

 人間如きに片腕を犠牲にし、それを見て手を貸すかと言われてしまった。

 つまり、家畜相手に苦戦していると思われたのだ。

 他の吸血鬼でも十分に屈辱だというのに、況してやアークライトから。

 ルカルの沸点をマッハで振り切った。

 

「……皆殺しだ。一匹残らず皆殺しにしてやる!!!! この家畜共がああああ!!!!」

 

 感情のままに、全力でルカルは駆け出していった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 名古屋市役所。

 そこは十大貴族の一人、第十三位始祖クローリー・ユースフォードの拠点である。

 市役所の前には、十数人が木製の十字架に磔にされていた。

 全員が同じ黒い軍服を着ている。月鬼ノ組の服だ。

 

 磔にされている者達は、グレンの貴族奇襲作戦によって名古屋市役所にいる三体の貴族に襲撃をかけた。

 六チーム総勢30人。しかし襲撃は失敗に終わった。

 結果10人が殺され、残り20人が人質となってしまったのだ。

 

 その市役所内。とある一室で襲撃を単独で返り討ちにしたクローリー・ユースフォードは、一人、思索に耽っていた。

 

(この人間と吸血鬼の大げさな戦争は、一体何が目的で誰が後ろで糸を引いているんだ?)

 

 クローリーは聡明である。故にこの戦争の異常性にも気付いていた。

 普通ならあり得ない勢いで強くなる人間。とうとう吸血鬼を殺す手段まで手に入れてしまった。

 人間が使ってくる《鬼呪》。一般の吸血鬼はおろか、貴族にさえ効果を発揮する。

 この鬼の呪いで切られれば、自分もただでは済まないだろう。切られれば、だが。

 

(クルル・ツェペシ? フェリド・バートリー? それとも……)

 

 吸血鬼と人間の戦争。しかしそれは上辺だ。

 もっと奥に全く別の思惑が動いている。さて、それを動かしているのは誰なのか。

 

(まさか、人間が黒幕ってことはないだろうけど)

 

 今の段階ではハッキリしない。しかし、いずれその誰かが動き出すだろう。

 

(もしかして、アークライト様が日本に来るのも、その動きを察知したからなのかな)

 

 アークライトが日本に来るというのは、フェリドからもたらされた情報だった。

 簡潔に要約すると、「アークライト様がそっちに行くからよろしく〜」である。

 

(一体何がよろしくなのさ)

 

 あのヘラヘラした顔が浮かぶ。

 己の従者であるホーン・スクルドとチェス・ベルは、フェリドが嫌いらしい。曰く何を考えてるか分からないからだとか。

 それにはクローリーも全面的に賛成だ。フェリドが何を考えてるか考えてるほど無駄な事はない。

 

(だけど、フェリド君といると退屈しないからね)

 

 アークライトが来るという情報もクローリーを楽しませる要因となっていた。

 アークライトが動くのは、イコールで何かが起こること。今回もそうだろう。

 

(本当に楽しみだな〜♪)

 

 そう思っていると、扉がコンコンとノックされた。

 外にいるのは部下の吸血鬼のみ。そして部下は全員見張りについている。

 わざわざ離れてここに来るなど何事なのか。

 訝しげになりつつ、入っていいよと声を投げた。

 

「し、失礼します。ク、クローリー様……」

 

 入って来たのは予想通り部下の一人だった。

 ただしその声は震え、ガチガチという表現がよく似合うほど緊張している。

 はて、部下は自分の前でここまで緊張するものだったろうか?

 首を傾げるクローリーだが、部下は続けた。

 

「その、クローリー様にお客様が……」

「お客? こんな時に? 一体誰だい?」

「そ、それが……」

 

 ガッチガチになりながらも部下が脇に移動する。

 そうしてその背後から現れたのは……

 

「え? アークライト様?」

 

 クローリーの目が見開かれる。ホーンとチェスは即座に跪いた。

 そう、現れたのは、アークライトだった。

 同時に理解する。フェリドのよろしくとは、こういうことだったらしい。

 クローリーも片膝をつき、頭を垂れた。

 

「久しいなクローリー・ユースフォード。会ったのは数百年振りか」

「お久しぶりです。アークライト様。クルル・ツェペシ様の本隊と共に名古屋へ来るとばかり思っていましたが」

「それについて、お前を訪ねたのだ」

 

 僕を? と顔を上げるクローリー。

 怪訝な表情となったクローリーを見て、アークライトは言った。

 

「クローリー・ユースフォード、お前に少し頼みたいことがある」

 

 


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