転生したら始祖で第一位とかどういうことですか   作:Cadenza

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いつもよりは早い。
伏線を入れてみたけど、大丈夫かな。
ちょっと本免許があるので、感想返しは少し遅くなります。


始祖のアークライト

 黒い影のような、触手のような刃が、グレン達が投げ込まれた部屋から飛び出してきた。

 優達が見たことを表すとこんな感じだろう。直後に聞こえた破壊音から考えても何か想定外のことが起こったと見て間違いない。

 そして今シノア隊は、名古屋市役所の四階に来ていた。理由は言わずもがな、グレン達の救出である。

 さっきから断続的に爆音が響いており、建物が揺れたりしている。

 優は焦燥を滲ませ、慌てるように声を張り上げた。

 

「おい! 早く助けないとグレン達が……‼︎」

「馬鹿静かにしろ!」

「吸血鬼に気づかれる!」

 

 張り上げようとして、小声で君月と三葉から物理的に抑えられる。

 取り敢えずそんな三人は置いといて、与一はシノアに聞いた。

 

「シノアさん、敵の位置は──」

「黙って。もうすぐ上に来ます。しーちゃん、索敵して」

 

 四鎌童子を顕現させ、その刃を上に向ける。そうすれば靄のような索敵網が天井一面に広がった。四鎌童子の真価は広範囲攻撃に加え、攻撃範囲内の索敵にある。

 息を潜める中、皆が自然と武器に手をかけた。

 シノアがスッと手を前に突き出す。最初は意味が分からず優が首を傾げていたが、指を二本立てたことですぐに察した。

 カウントダウンだ。攻撃の瞬間の。全員が抜刀し、その瞬間を待つ。

 

 ……二、……一、……開始!

 

 途端、天井が爆裂し、グレンと深夜が落ちてきた。

 

「…………は?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(ふざけんなよなんだこいつはッ⁉︎)

 

 夢でも見ているのか。それがグレンの正直な気持ちだった。

 剣を振るう。虚空で弾かれる。弾丸を放つ。虚空で弾かれる。

 これの繰り返しだ。クローリーとだって戦いにはなっていた。なのに……

 

(なんなんだこいつはッ⁉︎)

 

 突然背後に現れた吸血鬼。振り返った時には既に遅く、周りの影が無数の刃となって襲ってきた。

 深夜の白虎丸で壁を破壊し、隣の部屋に移ることで何とか難を逃れたものの、状況は好転していない。むしろクローリーを相手にしていた方がまだ良かった。

 これはもう、ただの理不尽だ。

 

「このッ」

 

 虚空で刀を弾かれて姿勢が崩れてしまったグレンを補うように、深夜が白虎丸を放つ。

 狙いは敵ではなく、敵の足元の床。床が豪快に爆裂し、破片や粉塵が飛び散る。

 その隙にグレンは深夜の元まで後退してきた。

 

「ちょっとグレン、これマジでやばいよ。もう強いとかいうレベルじゃない」

「ああ、んなこと分かってる。あいつ、アークライトとか呼ばれていたな。確かその名は……」

「与一くん達が言ってたね。第一位始祖とかホント勘弁してよ」

 

 優達が遭遇したという第二位始祖。その第二位始祖が主人と呼んだ存在。

 始祖の頂点。最強の吸血鬼。第一位始祖、アークライト=カイン・マクダウェル。

 

「いくらなんでも出鱈目すぎでしょ……」

 

 深夜がそう言うのも無理はない。アークライトは、己の知識にある吸血鬼とはあまりにもかけ離れていた。

 今もそう。

 足元の床を破壊され下の階に落ちたと思えば、何でもないように浮かんで戻ってきた。

 浮かぶというより飛んでいる。さっきの影の刃といい、一体全体なにをしているのか。

 

 アークライトが人差し指を指揮者の如くこちらに向ける。その凜とした声で紡いだ。

 

連弾・(セリエス・)雷の17矢(フルグラーリス)

 

 雷によって構成された矢が殺到する。

 グレンは刀で切り払い、グレンが対処しきれない矢を深夜が撃ち落とす。

 

連弾・(セリエス・)氷の17矢(グラキアーリス)

 

 今度は鋭い氷の礫だ。

 深夜が撃ち落とそうと白虎丸を放つが、次の瞬間には目を見開くことになる。

 

「なッ⁉︎ 避けた⁉︎」

 

 礫がまるで意思でもあるかのように弾丸を回避したのだ。

 ならばと白虎丸を連射するが、それも礫は弾幕の間を縫って変わらず向かってきた。

 そして着弾。意趣返しのつもりかグレン達の足元で爆裂し、二人を後方へ吹き飛ばす。

 あまりの衝撃に口の端から血が滴り落ちていた。

 

白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)

 

 続けて放たれる一条の白い雷光。床に倒れたグレン目掛けて空を走る。

 それを見て避けるのは無理と判断し、グレンは刀の鋒を向けた。

 

「攻撃を吸収しろ‼︎ 《真昼ノ夜》‼︎」

 

 刀から鬼呪が広がり、迫っていた雷光を取り込んだ。

 アークライトが僅かばかり目を細める。そして再び魔法を発動した。

 

雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)

 

 現れる二本の雷で構成された槍。全長三メートル程の槍だ。

 頬を冷や汗が流れた。

 

(こいつはヤベぇ……)

 

 見た瞬間に理解する。アレは防げない。吸収も出来ない。

 受け止めようなどすれば、刀諸共串刺しになる。

 

(どうする⁉︎)

 

 吹き飛ばされたダメージが回復しきっておらず、まともに立てそうもない。隣の深夜も同じだ。白虎丸を構えようとしてはいるが、あの槍は下手な攻撃では相殺どころか貫通してくるだろう。

 考えを巡らせるも現状打開の手は見つからない。だが現実は非情。考えつく前に、槍が射出された。

 

(……なに?)

 

 視認すら困難なその雷の槍は、しかしグレンと深夜を穿つことはなかった。

 代わりに二人の間の床に深々と突き刺さる。

 外したのか? と訝しむ二人だったが、意識を敵から外してしまったグレンがここで気づく。自分達の真下に慣れた気配があることを。

 

「まず……ッ⁉︎」

招雷(プロドゥカム)

 

 突き刺さった槍の石突きの部分から稲妻が迸る。そして次の瞬間、周りに電撃が撒き散らされた。

 

「がああああ!」

「ぐああああ!」

 

 撒き散らされた電撃は、当然の如く二人にも牙を剥いた。

 駆け巡る電流。全身くまなくに高出力のスタンガンを食らったようなものだ。

 迸った電撃による被害は二人だけではない。二本の槍を起点に床全体へ亀裂が走る。そして床が崩壊した。

 完全に動けなくなった二人は、抵抗も出来ずに落ちていく。

 まるで血液が沸騰しているような激痛が意識を朦朧とさせる中、グレンはこの攻撃が自分達に向けられたものではないことを確信していた。

 

「グレン⁉︎」

 

 下の階に落ちた途端、視線が合う。外で人質解放の任務をしていたはずの優だった。

 驚きながらも咄嗟に動き、グレンをキャッチする優。目だけを動かしてみれば深夜は君月に受け止められている。優の独断というわけではなく、チーム全員で来たらしい。

 

「グレン……! お前なんで……!」

 

 こっちのセリフだっての馬鹿優が、などと言ってやりたかった。しかしあの電撃によって口すら満足に動かせない。

 だから精一杯の意思を込めてシノアに視線を向ける。

 

「……ッ‼︎ 皆さん撤退します! 急いでください!」

 

 その意思を理解し、即座に撤退命令を下す。

 君月と優がそれぞれグレンと深夜に肩を貸し、他の三人が背後を牽制しながら後退を始める。

 徐々にではあるが、全身の痺れも回復してきた。おそらく後二分くらいで歩けるようにはなるだろう。

 尤も、二分も待ってくれそうにないが。

 

「ッ⁉︎ 来ました! 撤退戦に切り替えます!」

 

 すっかり吹き抜けとなった天井から、ゆっくりとアークライトが降下してきた。

 その姿を見て、シノア達が戦慄する。

 

「おい、あいつって……」

「間違いありませんね。ルカル・ウェスカー奇襲の際に現れた吸血鬼です」

 

 撤退するシノア達を視界に収めると、浮遊したままに追撃を始めた。

 

百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)

 

 アークライトの影から無数の黒い触手のような刃が伸びる。初めにグレン達を襲った影の刃だ。

 見た目からしても相当な威力。しかもこの数。最大戦力である君月と優は手が塞がっており、迎撃は出来そうにない。

 だから三葉が、天字竜を振り下ろした。

 

「行け天字竜! 私達の盾になれ!」

 

 斬撃のように放たれたそれは、暫く進むと二体の鬼の形をとる。

 二体の鬼は通路を塞ぎ、シノア達を守る盾となった。

 鬼が顕現した直後、次々と殺到する影の刃。ズドドドッと、まるで機関砲連射のような音を響かせ、鬼を押し戻す。

 その光景にシノアは疑問を抱いたが、吟味する暇もなく次が来た。

 

光の一矢(ウナ・ルークス)

 

 光の矢。それが一番しっくりくる。

 放たれた光の矢は、たった一本だった。

 その一本で、優達の盾となっていた天字竜の鬼は、二体諸共消滅した。

 閉鎖空間で発生した衝撃波に押され、怪我人を運んでいたことも重なり、君月と優が体勢を崩して膝をついてしまう。

 

連弾(セリエス)雷の14矢(フルグラーリス)

 

 そこへ雷の矢。この距離では与一の迎撃は間に合わず、かと言って三葉とシノアだけでは落としきれない。

 

(まず……ッ⁉︎)

 

 そうシノアが思った時、未だまともに動けずとも、声帯くらいなら回復したグレンが声を張り上げた。

 

「おい五士‼︎ 助けに来てんだろ‼︎ どこだ‼︎」

 

 直後、窓を割ってアークライトと優達の間に躍り出る影があった。女性三人に男性一人。

 

 女性のうちの一人──十条美十がその拳を以って全ての矢を叩き落とし、

 女性のうちの一人──花依小百合が数枚の呪符を投げ付け、起きた爆発と粉塵によってアークライトの視界を遮り、

 男性──五士典人がそのパイプ型の鬼呪装備《覚世》を吹いて煙を出せば、窓や壁、床から業火が噴き出してアークライトの行く手を阻んだ。

 

 そう、グレンチームの四人であった。

 

「このバカ。何バラしてんだよ」

 

 グレンの元に寄ってきた五士が軽口を叩くが、その表情には安堵が見える。

 他の三人も皆一様に同じ表情を浮かべていた。

 

「もう少し早く来いっての。死に掛けた。取り敢えずさっさと逃げるぞ。そんなに時間は稼げ──」

「リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 やっとある程度歩けるまでに回復したグレンが、一刻も早くここから撤退しようと指令を出そうとした時、幻術による業火の向こうから声が聞こえた。

 

来れ雷精 (ウェニアント・スピーリトゥス) 風の精(アエリアーリス・フルグリエンテース)

 雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ) 吹きすさべ(フレット・テンペスタース) 南洋の嵐(アウストリーナ)

 

 深く考えたわけではない。ただ、本能が鳴らす警告に従い、グレンは叫んでいた。

 

「深夜、与一! 壁を撃ち抜け! 飛ぶぞ!」

 

 躊躇はなかった。回復した深夜と与一が銃と弓を以って壁を破壊する。

 示し合わせたわけでもないのに、全員が同時に破壊された壁から外へ身を投げた。

 そして……

 

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)

 

 風が、吹き荒れた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ギリセーフだな」

 

 見上げる光景にグレンがそう呟く。

 

 これを例えるなら、直線的な竜巻というのが妥当だろう。ただし通常の竜巻のように吹き飛ばされるなんてレベルではなく、通った後は一切合切削り取られている。更にその竜巻は雷まで纏っていた。

 どう考えても人に対して使う威力じゃない。城塞か戦艦でも蒸発しそうだ。

 

「グレン中佐!」

 

 そこへ異常を察知した鳴海が駆け付けてきた。市役所の四階上部を消し飛ばしたあの攻撃を見て、何かあったと判断したらしい。

 

「おう、鳴海。人質はどれくらい解放した?」

「既に全員解放しました。敵の吸血鬼は、五士大佐の幻術で引き止められています」

「よし。なら撤退だ」

「貴族はどうします?」

「諦める。あんなの相手にしてたら命が幾つあっても足りやしない。予定通りこのまま名古屋空港に──」

 

 言葉はそれ以上続かなかった。後ろを振り返り、視線を上に向ける。

 半分が消し飛んだ四階から、アークライトがその朱い瞳でこちらを見下ろしていた。

 

「ちっ、やっぱりそう簡単に逃がしてくれねぇか」

 

 アークライトが指を振るう。そうすれば幻術と戦っていた吸血鬼達が動きをピタリと止め、そして宙を飛んだ。

 

「んな……⁉︎」

「どうした五士」

「……展開してた幻術が掻き消された」

「なに?」

 

 吸血鬼達が空を飛び、アークライトの背後に整列する。途端、吸血鬼の姿が霞み始めた。

 そうして現れたのは、メイド服を着た同じ顔の女性達。しかし表情はなく、まるで人形のようだ。

 否、比喩ではない。

 その光景を見て、見物をしていたクローリーが感嘆の声を上げた。

 

「おお、凄いな」

「クローリー様、あれは?」

「アークライト様が人形師と呼ばれる由縁さ。周囲三キロの範囲内で三百体の人形を操れるらしいけど、実際に見ると本当らしいね」

「やっぱり第一位始祖様は凄いですね〜」

「協力して損はなかったみたいだ。おかげで面白いものを見れたよ。でも、本番はこれからだ」

 

 人形達が拡がったアークライトの影に沈んでいく。

 グレンは苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔をしていた。

 どうやら完全に嵌められていたらしい。考えてみれば、自分達の戦闘も良いように誘導されていた。

 おそらくだが、戦力分析をしていたのだ。攻撃をされたらどんな対処をするか。どんな判断をするか。武器の能力は何なのか。役割は何なのか。

 

 そして終えたからこそ、場所を移した。

 最初のうちは戦力分析の為にそれなりの攻撃だったのだろうが、それを終えた今、もはや必要ない。

 アークライトの魔法は基本的に威力が高い。初級魔法でさえ、大魔法と変わらぬ効果を発揮する。アークライトの魔法を用いる戦闘は、屋内では制限されてしまうのだ。

 しかし外へ移れば、その制限は無くなる。だから雷の暴風によってグレン達を外へ誘導した。

 

「手の平の上ってか。ったく、……総員戦闘準備‼︎ 全員であいつを叩く‼︎」

 

 逃げないし、逃げられない。逃走を許してくれる程、甘い相手でもない。

 倒すしか手はないだろう。しかし、もし倒せたとしても、まだクローリー以下二人の貴族がいる。

 正直もう詰みと言っていい状況だ。だが諦めはしない。

 

 生きて帰るのではなく、勝って帰る。グレンが月鬼ノ組全員に言った言葉だ。

 まさにその通り。たとえ勝てなくても、戦闘を長引かせればそれでいい。長引いた分だけ時間が稼げる。稼いだ時間だけ、渋谷の本隊が準備を整えられる。

 生きるではなく、勝つ。それが今やるべきことだ。

 

「どうするのさグレン。この人数でも、たぶん倒せないよ」

「だが時間なら稼げる。さぁやるぞ。倒せなくても、これだけ居れば戦うくらいなら出来るさ」

 

 グレンの命令に従い、全員が抜刀した。

 解放された人数も含めて三十人強。人質になっていた隊員も、武器を取り上げられてなかった為に戦闘へ参加出来る。

 数の理はこちらにある。それを活かして戦えば可能性がないわけではないはずだ。

 そんな心理的余裕も、アークライトのたった一言で文字通り凍りついた。

 

えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)

 

 フワッと、優達の首筋を冷気が撫でた。

 突然の背後からの冷気に、おそるおそる振り向く。

 顔を突き刺す極低温の空気。視界を白く染める氷煙。氷像のように凍りついた仲間達。

 

「…………え?」

 

 あまりの光景に表情が固まる優。グレンにシノア、何故か残った双方のチーム、その全員が呆然となった。

 

全てのものを(オムニア・イン) 妙なる氷牢に(マグニフィケ・カルケレ) 閉じよ(グラキエーイ・インクルーディテ)こおるせかい(ムンドゥス・グラーンス)”」

 

 凍った大地から幾本もの氷柱がせり出る。凍りついた仲間達を取り込むと、その氷柱の中に閉じ込めてしまった。

 閉じ込められた皆は、いざ戦闘開始と意気込んだ表情のままだ。きっと何をされたか気づく前に凍らされたのだろう。

 そこでやっと認識が追い付いた。

 

「な……何してんだテメェエエエエ!!!!」

「ッ⁉︎ 待て優‼︎ 無闇に突っ込むな‼︎」

 

 最も感情を顕にしたのは優。湧き上がる激情のままに、アークライトへ吶喊する。

 あまりに無謀な行為にグレンが止めようとするが時既に遅し。

 大地を踏み込み、一気にアークライトへ切り掛かる。だが考え無しの特攻というわけでもない。

 

 優は、阿朱羅丸を抜き放った。

 

「開け‼︎ 阿朱羅観音‼︎」

 

 周りに十数本の刀が出現し、優へ追従する。

 これが鬼呪装備黒鬼シリーズ、阿朱羅丸の特殊能力。その一本一本が濃密な鬼呪で構成された、謂わば鬼呪が実体化した刀だ。

 まるで意思を持つように優を追い越し、自立兵器となった刀はアークライト目掛けて飛翔する。

 

 しかし案の定、グレン等の時のように飛翔した刀は、アークライトへ届く前に虚空で阻まれた。そこに見えない壁でもあるかのように。

 

「……‼︎」

 

 目を見開く優。

 修得したての特殊能力とは言え、黒鬼シリーズであるが故に強力なのには違いなかった。

 それをあっさりと、しかもただ立っているだけで防がれた。と言うか、本当に防いだのかも分からない。

 

「……来たか」

 

 そんな時、不意にアークライトが空を見上げた。そして轟音が響く。

 何事かと思い止まってを背後を見てみれば、氷の世界となった大地に白い煙が上がっている。

 どうやら何かが落ちてきたらしい。

 白い煙の中心部に人影があった。大地には蜘蛛の巣状に亀裂が入り、クレーターを作りながらも、その人影は悠々と歩み、煙の中から現れる。

 

 たなびき煌めく金の長髪、射抜く黄金の双眸。女神の如く美しき吸血鬼。

 アークライトが眷属、第二位始祖キスショット=E・マクダウェル。

 

 最強の吸血鬼二体に前後を挟まれた。

 

「……洒落にならねぇよ、コレは」

 

 本当に、洒落にならない。

 この二体の強さは優達からの話と、実際に体験してよく分かっている。文字通りの意味で前門の虎、後門の狼と言ったところか。

 冗談にしても笑えない。

 

「どうであった」

「別働隊と思わしき人間がおったが、まぁ問題なしじゃ。残りはこやつ等だけじゃの。名古屋の貴族は、そこで見物しておる者等を除いて全滅じゃ。ようやるわい」

「そうか。ならば、ここで終幕としよう」

 

 魔法の弾幕と、剣撃の嵐が襲いかかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

氷刀輪舞(エンキス・グラキアーレス・コレーア)

「ッ‼︎ 散開‼︎」

 

 氷の刃が回転しながら敵を切り裂かんとする。

 シノア達は左右に別れることで回避した。

 

こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)

 

 そして、回避先の地面から突き出た鋭い氷柱によって足を止められる。

 

氷槍弾雨(ヤクラーティオー・グランディニス)

 

 止まった途端に降り注ぐ氷の槍。一発一発は四十センチ程だが、いかんせん数が多い。

 対処の為にその場に縫い付けられてしまう。

 その間にアークライトは詠唱を終える。

 

イグドラシルの恩寵を以って(ウェニアント・ペネトラーテ・ウテンディ)来れ貫くもの(・グラーティアエ・ユグドラシル)

 

 轟雷を鳴り響かせ、出現する雷を纏う長槍。

 腕を振り絞り、投擲した。

 

轟き渡る雷の神槍(グングナール)

 

 瞬間、音が消える。

 一瞬も耐えられない絶対的な威力。地面が爆散し、悲鳴すらも上げらず全員が吹き飛ばされた。

 ゴロゴロと受け身もとれず無様に転がる。

 

「ぐ……が……」

 

 軋む身体に鞭を打って立ち上がろうとするが、思うように動かない。

 たった一撃で無視できないダメージを負った。

 

「…………」

 

 そんな優達を無表情に上空から見下ろすアークライト。

 ボロボロの優達と比べて傷はおろか、埃すら被っていない。

 圧倒的。覆しようのない、埋めようのない、あまりに開き過ぎた実力の差。

 連携どころじゃない。近付くことすら不可能だ。

 

 これが、グレン達もいたなら変わっていたかもしれない。だがグレンとそのチームはここにいない。

 開始早々に金色の斬撃と雷の矢によって、シノアチームとグレンチームは分断された。

 即ちシノアチームはアークライト、グレンチームはキスショットに。それぞれ相手することになった。なってしまった。

 キスショットとは一度戦ったことがある。惨敗したし、手加減もされていた。

 

 しかしこれは別の意味で次元が違う。キスショットは近接。つまりどれだけの差があっても武器を交えられた。

 ならアークライトはどうか。

 近寄れない。攻撃できない。そんな暇などない。まさに移動砲台。

 これは戦いではなく、ただの蹂躙だった。

 

「ぐあ……!」

 

 その現実を理解しながらも立ち上がろうとする者が。

 足に力を込め、腕で支え、身体を動かす。

 満身創痍になりながらも、衰えを知らないその眼光で百夜優一郎は、アークライトを睨み付ける。

 

「無理をするな、人の子よ。死んでしまうぞ」

「う、るせぇ……、吸血鬼に、負けて、たまるか……ッ‼︎」

 

 優を動かす原動力とは、吸血鬼に対する憎悪。そして、仲間を失いたくないという意識。

 今になっては後者の方が大きい。

 そう、ここで倒れたら仲間はどうなる。前衛が崩れてしまえば、後衛も共倒れだ。

 だから諦めない。もう二度と家族を失いたくない。失ってたまるものか。

 だから……

 

「俺は、諦めない‼︎」

 

 そんな優の強い思いに誘発されたかのように、シノアと三葉、君月に与一も立ち上がり、陣形を組んだ。

 

「そうだな。俺達は負けられない」

 

 いつも素直じゃなかった君月が、

 

「うん。僕らには帰らなきゃいけない場所がある」

 

 気弱だった与一が、

 

「どうせ負けたら終わりだ。なら、やるしかないだろう」

 

 経験者として皆を引っ張ってきた三葉が、

 

「行きましょう皆さん。私達は、勝って帰ります‼︎」

 

 慣れないリーダーでもチームを真剣に考えていたシノアが。

 冷めることのない熱を胸に、圧倒的な壁に立ち塞がりながらも、皆で帰る為に再び立ち上がった。

 

「……眩しいな」

 

 アークライトが何か言った。

 しかし、金色の光が辺りを照らし、言葉を聞き取ることはかなわなかった。

 

「な、なんだ?」

 

 目を覆いたくなるほどの光。その方向へ目を向ければ、そこには光の壁があった。

 

「……は?」

 

 高さはざっと見ても三十メートル以上。よく目を凝らせば流れがあることがわかる。光が伸びる方向への流れ。

 いや、これは壁ではない。これは、斬撃だ。何より見覚えがある。

 キスショットがグレンチームとシノアチームを分断した際に放ったあの斬撃だ。

 あまりに規模が違い過ぎるが、間違いない。

 そして、ふと思った。あの斬撃の発生地は、グレン達が戦っている場所ではなかっただろうか。

 

「グレン⁉︎」

「あちらは終わったか」

 

 思わず叫んだ優を余所に、アークライトは光の斬撃を見ながら呟いた。

 その呟きの意味を悟れぬ程、察しは悪くない。

 

「ふざけんな‼︎ 何が終わっただ‼︎ グレンは……」

「そろそろ時間だ。こちらも終わりにしよう」

 

 その瞬間、優達の肌を寒さが襲った。元よりアークライトの魔法で気温は下がっていたが、何か違う。

 身体的な寒さではなく、まるで精神が凍えているような。

 

「真に今が大切と言うなら、見事これを乗り越えてみせよ」

 

 アークライトが両腕を大きく広げる。

 

解放(エーミッタム)永久ノ氷結世界(ニヴルヘイム)】」

 

 刹那、世界が凍った。

 

 


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