転生したら始祖で第一位とかどういうことですか 作:Cadenza
あと、ネギまを知らない方もいるようなので、次回辺りに精霊魔法の紹介でもしたいと思います。まぁ一言だと、型月世界ならネギまの精霊魔法、おそらく即行で封印指定をくらうと思います。まぁ詳細は次回で。
閉められたカーテンの隙間から眩しい朝日が射し込む。
その朝日に照らされ、ベットで眠る部屋の主がモゾモゾと身動ぎした。
何時もその時間に戦いが始まる為、自然と戦闘態勢に入っているのだ。
そして、開戦の合図が鳴り響く。
ジリリリリリリ‼︎ と。
耳をつんざく騒音が部屋を満たし、部屋の主を強襲した。
「…………」
無言で布団という隔壁を降ろし、守りを固める部屋の主。
しかし守ってばかりでは戦闘に勝てない。
なので、布団の隙間から腕を伸ばす。的確に、且つ一撃で。伸ばした腕を
役目を果たした腕がスルスルと戻っていく。此度の戦いも勝ちだ。
勝利を収め、再び沈黙する。だがしかし、敵は単独でなかった。
ガチャッと、部屋の扉が開く。
「優ちゃん、学校に遅刻するよ。早く起きて準備して」
「…………」
無遠慮にノックもなしで入ってきた青年に対する文句はない。もはや慣れた、日常の一幕だ。
だから徹底抗戦である。青年の呼び掛けに反応せず、ピクリとも動かない部屋の主である百夜優一郎。
そんな状態に青年は目を細めると、最終兵器を発動した。
「……みんな、レッツゴー」
開いた扉の向こう、廊下から走るような音が聞こえる。その音が部屋にまで入ってくると、
『優兄起きてー!』
爆弾が投下された。
「ぐふぇッ⁉︎」
布団越しではあるが、それでも強烈な衝撃が腹部を襲う。さすがにこれは堪らないと、優は悲鳴を上げて覚醒する。
上半身だけ起こして見てば、布団の上に小学校低学年くらいの少年らが乗っていた。
どうやら腹部にダイブされたらしい。毎朝の日課になってはいるが、慣れた優でなければ割と危険なので良い子は真似しないように。
優は下手人である青年——百夜ミカエラにジト目を向けた。
「おいミカ、毎朝毎朝これはやめろって」
「じゃあ時間通りに優ちゃんが起きなよ」
これも日課と化した、何時ものやりとり。
だが、こんな普通の日常にも、得難い何かを感じていた。
「取り敢えずミカ、おはよう」
「うん。おはよう、優ちゃん」
これが百夜優一郎の、百夜孤児院に於ける一日の始まりの一幕だった。
◇ ◇ ◇
「あ〜、ねみぃ……」
「夜更かしするからだよ。まったく、優ちゃんは健康管理がなってないよ。この間だって……」
「お前は俺の母親か」
学生服を着た気怠げな優と、その様子に呆れを含ませたミカが通学路を歩く。
現在は百夜孤児院の皆が通う幼小中高一貫の超マンモス校、私立日本帝鬼学園の高等部に向かう途中である。
歩いているのは二人のみ。百夜孤児院の全員は日本帝鬼学園所属なのだが、それぞれで登校時間が異なっているからだ。
百夜優一郎。元は天音優一郎と言う。親からの虐待により、百夜孤児院に引き取られた。
最初は誰にも心を開かなかった優だが、それは百夜孤児院の子供達と、共に歩く百夜ミカエラからの遠慮ない、純粋なアプローチによって解決した。
聞けばミカエラも優と似たような境遇だと言う。なのに新しい家族となる優を思い、周りと打ち解けさせる為に尽力したのだから、その心はとても強いと言わざるえない。
ミカエラがいなければ、優は孤立していただろう。
(ミカには感謝だな、ホントに)
口では決して言わないが、感謝してもしきれない。
ミカエラは本当にいい奴だ。学校でもかなりモテる。金髪碧眼に整った顔立ち。性格も真面目で皆を引っ張るリーダー性に加え、どこかお茶目でユーモアさを持ち合わせている。
少しばかり過保護気味なのが玉に瑕だが。
「あ、やっと来た。遅いよ!」
そんな時、歩く二人に声がかかった。
編み込み一つ結びにした髪をおろした少女。優とミカエラに続く百夜孤児院最年長組、百夜茜だ。
「お、待たせたな茜」
「優ちゃんがいつも寝坊するから。何年経っても変わらないなぁ」
「まぁまぁミカ。しょうがないよ。優はいつまで経っても優なんだから」
「お、お前らなぁ……」
二人でひそひそと語るミカエラと茜。そして丸聞こえでプルプルと拳を震わせる優。
これも、ささやかな日常の一幕。家族との幸せな暮らし。
そう、
『本当にそうなのか? 君が望んだ世界は、こんなものなのか?』
「ん?」
不意に、どこからか何か聴こえた気がした。
周りを見渡してみるが自分達三人以外にそれらしき人はいない。
「どうしたの優ちゃん?」
「……いや、なんでもない」
胸に何か、しこりのような違和感を感じたが、かけられたミカエラの声によって意識が戻る。感じた違和感は消えていた。
「ほら二人共、急ごう! 遅刻したらグレン先生に大目玉だよ」
「うっ、それはマズイな」
茜の一言で脳裏に浮上した担任の顔。
面倒見はいいが容赦がないあの担任の事だ。遅刻なんぞしようものなら口撃の嵐が待っている。
三人は駆け足で学校への道を進んでいった。
駆け込みセーフで間に合い、下駄箱に靴を仕舞う。上履きに履き替えていると、ギリギリだった三人に声が飛んできた。
「お前ら、またギリギリか」
「お、おはよ三葉」
「おはよう三葉さん」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。で、今回もどうせ優の寝坊が原因だろう。十六にもなってお前は……」
頭でも抱えそうな様子の彼女、三宮三葉。優達のクラスに於ける学級委員長である。
厳しさはあるが、根は優しい女の子だ。実は、姉が校長の右腕的存在らしい。
「おい、俺が原因なのは確定かよ」
「仕方ないよ優ちゃん。事実だから」
「実際にそうだしねー」
「茜とミカエラが原因のわけないからな。と言うより大抵の場合はお前だ」
「だから、揃いも揃ってお前らなぁ……」
またもやプルプルする優。
あんまりな友人達の言いようだが、それを否定するだけの材料を持っていないので反撃もできない。優の完全敗北である。
「ほら、バカやってないで教室に行くぞ。そろそろ予鈴が鳴る。私まで遅れてしまう」
「とか言いながら三葉、私達が来る時に毎朝迎えてくれるよね」
「まぁシノアさん曰く、みっちゃんはツンデレなんですよー、だそうだから」
「んなッ⁉︎」
なんて漫才やりながら教室へ急ぐ。
強気でしっかり者の三葉が何故か弄られ役となり、自然とこういったやりとりが完成してしまう。
とても見慣れた、いつもの光景だ。
(ん? 見慣れた? いつもの? ……俺、いつもどこで見てたんだ?)
朝にあの妙な声を聴いてから何かおかしい。モヤモヤした何かが胸の内を燻る。
その違和感からなのか、周りを見渡してみた。清掃の行き届いた清潔な床に壁。楽しそうな会話が聞こえる他クラス。窓から見える渋谷の街並み。
何の異常もない、普通の世界だ。
(普通? 渋谷の街ってこんなのだったか?)
見慣れたはずなのに、まるで別世界を見ているような、そんな違和感。
段々と膨れ上がる何かを残したまま、優達は教室に到着した。
「遅いぞお前ら。毎度毎度、本当にギリギリだな。茜やミカも、そんなバカは放って置いて来ればいいのによ」
「仕方ないですよ君月さん。茜さんとミカさんは、優さんが大好きなんですから」
「優くん、茜さん、ミカエラさん、おはよう」
入った途端に飛んでくる罵倒。
飛ばしたのは、桃色の髪に目付きの悪い眼鏡をかけた君月士方。フォローなのか良く分からない、薄紫色の髪の柊シノア。そして唯一まともな挨拶をした黒髪の早乙女与一。
この日本帝鬼学園に入学した頃から何かと一緒にいる事が多い三人だ。
ミカエラ達が挨拶を返す中、優はますます大きくなる違和感に頭を悩ませていた。
(なんだ、この違和感……。見慣れているはずなのに、初めて見た感じがする)
慣れているのに、慣れていない。
そんな感覚を抱えながらも、優は席に着いた。その直後、朝のSHRを告げる予鈴が鳴り、同時に教室の扉が開く。
「おーしお前ら、全員席に着いてるかぁ? よし着いてるな」
耳にかかる長さの黒髪にスーツ姿の男性。優達のクラスの担任、一瀬グレンだ。
ここ日本帝鬼学園は、理事長の柊天利が当主の柊家が代々経営している。文字通り一族運用で、勤める教員の殆どが柊家に連なる分家からの出だ。
柊家は数千年前から日本で確固たる地位を築いてきた超名家の家系であり、財界などの様々な分野に強固な繋がりがある。
その為なのか、柊家では昔ながらの本家と分家に於ける上下関係が存在する。
担任の一瀬グレンは、その柊分家の一つ、一瀬家の出身。本来なら分家同士に明確な上下はないのだが、以前に何かあったらしく、一瀬家の扱いは相当に悪いらしい。
これだけならまだ良かったのだが、問題はまだある。なんでもグレンは、日本帝鬼学園高等部保険医の柊真昼と恋仲だと言う。
しかも保険医の真昼は、日本帝鬼学園校長の柊暮人と共に柊家次期当主候補の一人。
柊暮人は、そこらのチンピラなど視線だけで黙らす存在感を持つバリバリ威圧オーラ全開の生粋の支配者。従者の三宮葵と共に、柊天利理事長相手に真っ向から挑む下剋上上等のお人。
対して真昼は、全てに於いてパーフェクトの完璧超人。分家のグレンとの結婚を実現させる為に当主を狙っている。
更に真昼の正式な婚約者の柊深夜がグレンの親友で、更に更に妹の柊シノアがグレン担当のクラス。
生徒達からもカオス関係と言われていた。ぶっちゃけいつ修羅場が発生してもおかしくない状況である。
「遅刻はいないようだが……おい、そことそことそこの百夜組。お前らまたギリギリか。間に合ってるんなら別にいいけどよ、遅刻は許さねえぞ」
グレンが茜、ミカエラ、優を指差して言う。
校則が厳しい日本帝鬼学園では、遅刻でも成績に大きく響く。それは生徒だけでなく、担任の教員にもくるのだ。
その発言、普通の教員なら生徒を思ってではなく、己が身の大切さからのことだろう。しかしグレンを知る者なら、それがどちらかは直ぐに分かる。
いつもならグレンに何か言い返すかする優なのだが……。この時ばかりは、朝から燻る違和感が更に大きくなり、優はグレンに反応を返すことが出来なかった。
(なんだ、これも見慣れているのに、初めて見た気が……)
「おお優よぉ〜、担任の言葉を無視するたぁいい度胸じゃねぇか? えぇ?」
俯いていた頭をガシッと掴まれる。そのまま強制的に上げさせられると、青筋を浮かせたグレンの顔が。
優は今更に返事を返した。
「あ、グレン。おはよ」
「あ、グレン、じゃねぇよ。てか担任を呼び捨てにすんな。毎度毎度、何回言わせる気だ? あぁ?」
「ちょ、ま、絞まる絞まる!」
横に移動して首に手を回し、ヘッドロックをきめられる。
もう何度も見ているのか、クラスメイト等は特に何も言わない。
そろそろヤバい域に入った頃、見計らったようにグレンが腕を離す。そして優は撃沈。
ダウンした優を捨て置き、朝のSHRが始まった。一時限目は、花依小百合先生による歴史だ。
ちなみに数学の一瀬グレン、英語の柊深夜、現代文の五士典人、歴史の花依小百合、科学の雪見時雨、体育の十条美十の六人で、冗談なのかおふざけなのかグレン隊などと呼ばれていたりする。命名者は、姉が担任の恋人の女子である。
こうして今日も、優の学校生活が始まるのだった。
時は進んで放課後。
優とミカエラ、茜の三人は、一緒に帰路についていた。
三人の家は百夜孤児院なので一緒になるのは必然。たとえ誰かが用事などで遅くなっても終わるまで待ち、三人一緒に帰る。
それが三人にとって当然のことなのだ。
「ほら二人共、早く帰らないと。みんなが待ってるよ。それに課題も済ませなきゃ」
「征志郎先生の地理の課題、多いからね。早めに終わらせないと追いつかないよ」
「なんでこうも多いんだか」
三人で喋りながら道を歩く。
時は既に夕暮れ。オレンジ色の太陽が傾きつつある。
百夜孤児院に帰れば、早速夕飯の手伝いだ。小学生組はもういるはずだ。中学生組は部活などでもう少し遅くなるだろう。
(夕焼けが綺麗だな)
夕焼けの光に照らされる渋谷の街。夜も眠らない街ではあるが、こうして見ると綺麗に思える。
だが、その綺麗さに違和感を覚えた。未だに朝から残る何かは消えていない。
(渋谷って、こんなのだったか?)
朝にも抱いた疑問だ。
立ち並ぶビル群。減ることのない人垣。流れる音楽。
全てが普通の筈なのに、途轍もない違和感を感じてしまう。
(分かんねぇ……なんだこの感覚。なんだか、気持ち悪い)
平和な世界の筈なのに。幸福な世界の筈なのに。いったい何が嫌なのだろう。
考えても考えても分からない。それがすごく、気持ち悪かった。
(俺は……いったい……)
片方の腕を腰にやる。何故かは分からないが、無意識に手が動いた。
しかし、そこには何もない。あった筈の何かがなく、優の違和感は更に増していった。
夜。百夜孤児院。
優は自室のベッドに腰掛けていた。今頃、広間では夕飯の仕度をしているだろう。
本来なら優も手伝うのだが、今日ばかりは何か調子が変なので少し休んでいる。
(ホントに今日は何だってんだ……)
何かを考えるように眉をしかめる。
理由は朝から感じる正体不明の違和感だ。いつもと変わりない、普通で平和な日常なのに……。自分の中で何かがそれを否定するのだ。
その時、扉がコンコンとノックされた。
「優ちゃん、いる?」
「ああ、いるぞ」
返事をすると扉を開け、ミカエラが入ってきた。
「夕飯が出来たよ。調子は大丈夫?」
「ああ、悪い。大丈夫だ」
「そ、じゃあ行こう。みんな待ってる」
ミカエラに促されるまま、部屋の扉に向かっていく。
不意に、何かが視界に入った。
「ん?」
視線の先。窓際にあるデスクの脇に、一本の刀が立て掛けられていた。
それを見た途端、優の動きが止まる。
「どうしたの? 優ちゃん?」
「いや、分かんねぇけど……」
ふらふらと刀に向かって歩き出す。だが二歩程で阻まれた。ミカエラが優の肩を掴んだのだ。
「ダメだ優ちゃん。みんなが待ってるんだ。早く行かないと」
「……離せ、ミカ」
ミカエラは優を両手で行かせないようにする。しかし優はそれでも止まらず、更に力を込めた。
「ダメだ優ちゃん! それを取っては……」
「離せ!」
ミカエラを振り切り、一気に駆け出す。
何故かは分からない。ただ、あれを取らなければ全てを失う。そう思えたのだ。
「ダメだ!」
既にその声は聞こえない。腕を伸ばし、刀を手に取る。
そして、全てを思い出した。
「ああ、まったく……。なにやってたんだ俺は」
瞬間、空間に亀裂が入った。亀裂は徐々に世界を侵蝕し、そして偽りが崩壊する。
現れたのは白。どこまでも白一色の空間だった。
その頃には優の姿は変わっていた。平和な世界で着ていたであろう普通の服ではなく、黒を基調とした日本帝鬼軍《月鬼ノ組》の軍服に。手に持つ刀——阿朱羅丸を腰に差した。
「馬鹿だ馬鹿だと言われたけど、今回は本当に馬鹿だよ俺は。あんな世界を受け入れてたなんて」
全てを思い出した優が、視線を自分の正面に向ける。
そこにはミカエラを除いた百夜孤児院の茜達が、かつて京都地下都市サングィネムからの脱出の際に命を落とした家族達がいた。
「戻っちゃったね、優」
「うるさい。俺の中に入るな。茜の姿を真似ても俺は惑わせねぇぞ」
「取り付く島もないね。ホント、あの泣き虫だった優が、よくここまで強くなったよ」
優は眉をひそめる。
いくら目の前の茜達が偽物だと断じれても、その仕草はどうしても本物を彷彿とさせてしまう。
そんな優を見て茜は笑みを浮かべ、そして問い掛けた。
「どうしてあの世界を拒んだの? あの世界は、優が思う限り一番望む平和な世界。あの世界を拒絶することは、自分の望みを否定すること。どうして拒む事ができたの?」
確かに、味わった絶望や、知ってしまった世界の残酷さを考えれば、あの世界は理想的と言えるだろう。
世界は滅亡しておらず、吸血鬼は存在しない。家族も仲間もみんないて、誰かを失うこともない。
それはそれは幸せで、平和な、理想の世界だった。
「だけど、あんな世界はゴメンだ。あんな幸せ”だけ”の世界なんてな」
あの世界は幸せしかない。これまで優が経験した辛い事や苦しい思いが、無かったことになった世界だ。
家族を失った辛さ。家族を自分の所為で失った苦しみ。その思いを背負い、仲間に出会うまで吸血鬼に対する復讐心で生きてきた四年間。
それら全てがあったからこそ、今の百夜優一郎は存在している。
つまり、幸せや優しさだけを受け入れ、辛さや苦しみを拒むのは、自分の存在を否定することなのだ。
そしてそれは、死んでしまった家族や今の仲間を否定することにもなる。
だから、
「俺は、あんな世界は嫌だ。家族や仲間、これまでの全部を否定された世界なんて、俺は嫌なんだよ!」
叫びは白い空間全体に響き渡り、空間そのものすらも鳴動させた。
それは紛れもない本心。精神世界であるこの空間では、偽りを口にすることはできない。ここは心が実体化する空間だからだ。
優の言葉は、文字通りの意味で心からの言葉なのだ。
「うん、良かった。優はやっぱり優だった」
地震のように揺れる空間の一点で、茜達は安心したような笑みを浮かべた。それは、偽物が見せる笑みとはとても思えない。
「私達が死んだことを自分の所為だと責め続ける優を見てて、あんな絶望しかない残酷な世界で生きていくなら、たとえ偽りでも幸せで優しい世界にいて欲しいと思ってた。でも、違った。今の優には家族も仲間もいる」
「おい、待て……なに言って……」
その言いように違和感を感じた優。しかし茜は続ける。
「優、私達は恨んでない。むしろ優とミカだけでも助かって良かったと思ってる。だからもう自分を責めなくていい。いない私達じゃなく、今の家族を思ってあげて」
「待て……待ってくれ」
これが偽物? もう、そんな考えは消えていた。そう、これではまるで……
「優兄、元気でね」
「少しだけど、優兄と話せて良かったよ」
「これで最後だけど、大丈夫」
「もう心配いらない」
「優兄なら大丈夫だよ」
茜以外の、かつて死んでしまったみんなも口々に別れのような言葉を言ってくる。忘れられない家族達が。
「千尋……、香太……、亜子……、文絵……、太一……」
茜達が淡く輝く。見れば、白だけだった空間の上方が、暖かく、優しく光輝いていた。
「もう時間みたいだ。ミカのことをよろしくね。今ミカは苦しんでる。でも、優と一緒にいればきっと大丈夫。もう会えないけど、ちゃんと見守ってるから」
姿が綻び始める。身体は白い粒子となる。
次第に薄くなる茜達に優は、すがるような表情で手を伸ばした。
「待って、待ってくれ……!」
一人、また一人と。みんなが満面の笑みを優に贈り、完全な光となって天へと昇っていく。
最後にただ一人、茜が残った。優は涙ながらにその名を叫んだ。
「茜……!」
「さよならは言わないよ。大丈夫、優もミカも強いから。いつかきっと、また会おう」
堪らず身を乗り出し、消えゆく茜を掴もうとする。しかし、手が届く前に茜も光となって天へと昇っていった。優の手は虚空を掴む。
伸ばし握った拳を戻すと、まるで大切なモノのように抱き締めた。俯き、溢れ出しそうな感情を溢すまいとジッと身を固める。
暫くして、優は顔を上げた。茜達が昇っていった天を見上げ、手を腰の刀へ添える。そして、その名を呼んだ。
「いるか、阿朱羅丸」
「いるさ、優」
まるで最初からそこにいたように、優の背後に背中合わせで角を生やした少年が現れた。彼が優の中に宿る鬼、阿朱羅丸。
「僕は君の中にいる。だからいつでも一緒さ」
「なぁ阿朱羅丸。あの茜達は、本当に偽物だったのか?」
「さぁね。でも、吸血鬼や僕たち鬼、魔術なんて代物が存在してるんだから、霊や魂だっていてもおかしくない。僕にはそれしか言えないよ」
「そうか」
実にあっけらかんとした返事だった。しかしそんな返事とは裏腹に、優の表情はとても晴れていた。
「そういえば阿朱羅丸。ありがとな」
「なんのことだい?」
「あの声、阿朱羅丸のだろ。あれのおかげで俺は気付けた。だから、ありがとな」
「ああ、あれね。まだ綻びがあった最初しかできなかったけどね。それに君に死んでもらったら僕も困る。それだけさ」
こっちは本当にあっけらかんとしている。
ここでは偽りを口にできない。だから本心だろう。だが、最上位の黒鬼たる阿朱羅丸がそこまでする理由は、果たしてそれだけなのか。
それを知るのは、まだまだ先のことだ。
「で、ここってどうやれば出れるんだ?」
「じきに崩壊する。そうすれば出れるよ。でも優、たとえ目覚めても状況は変わってない。目覚めれば第一位始祖であるアークライトがいる」
うーむ、と優が腕を組んで考え込む。
阿朱羅丸の言う通り、何一つ状況は変わっていない。
あんな世界を見た理由は、アークライトが放った魔法が原因だろう。シノア達も優と同じように、自分が最も望む世界を見せられている筈だ。
だが不安はない。自分ですら偽りと気付けたのだから、あいつらならもっと簡単に出られるだろう。
だから今は、目覚めた後の事を考えるべきだ。
「なぁ、あいつに勝てるか?」
まずはそう訊いてみた。この際代償や負担は置いておき、アークライトに勝てるかどうか。
その問いに阿朱羅丸は一切の間もなく、
「無理だね」
はっきりと断言した。
あまりの堂々さに呆ける優。
「……え? 無理なの?」
「うん、無理無理。僕の身体があった頃でも敵わないのに、人間に宿る事でしか力を振るえない今の状態じゃ絶対に勝てない」
「お前がそこまで言うのかよ……」
元を辿れば鬼とは、長期間吸血を行わなかった吸血鬼の成れの果てである。
中でも黒鬼と呼ばれる鬼神は、以前に始祖と呼ばれていた者だ。
故に鬼となった今でもプライドが高い。まぁ黒鬼になった吸血鬼は、アークライト並に変わり者が多いのだが。でなければ、身体を乗っ取るという目的があるとは言え、人間に使役されることなどしないだろう。
話が逸れた。つまり大事なのは、その黒鬼が絶対に勝てないなどと断言したことなのだ。
「……マジで勝てない?」
「マジで勝てない」
とうとう唸りながら頭を抱えてしまった。
うーんうーんと唸り、必死で頭を働かせている。そんな優を面白げに暫く眺めた後、阿朱羅丸は言った。
「……でも、手がない訳でもないよ」
「えっ、マジか⁉︎」
「ただし確率は低いし一発勝負。少しでもミスすれば、その時点で終わりだ」
「だけど、それしかないんだろ? なら、やるしかない」
「そう言うと思った」
そこから阿朱羅丸は語った。
おそらく唯一と言っていい策。しかし、策と言うにはあまりにハイリスク。
そして、アークライトがアークライト故の隙。それを突ける手段を。
「……以上だけど、理解した? て言うか出来た?」
「おい、お前まで俺を馬鹿扱いする気か。ちゃんと頭に叩き込んだよ。心配すんなって!」
「心配じゃなくて不安なんだよ……」
「そう言えばさ、お前ってあいつの知り合いなのか? なんか随分とあいつのこと知ってるからさ」
何気ない、ただふと浮かんだ疑問。
優にそう訊かれ、阿朱羅丸はキョトンとなった後、なにやら悩み始めた。
「知り合い……なのかな? まぁ接点がないわけじゃないね。良くも悪くもアークライトは、吸血鬼全体に影響を与えてるから」
「ホントにそいつ、一体どんな奴なんだよ」
「教えてもいいけど、彼を知れば優の吸血鬼に対する固定観念を破壊することになる。それは、今は迷いになりかねないからやめておくよ」
「なんか変な言い様だな。だけどあいつは仲間を殺した。何を知ってもそれは変わらねぇぞ」
「あ、それね。あれ誰も死んでないから」
「へ? ——うお⁉︎」
既に不安定だった空間全体が更に鳴動する。まるで噴火直前の火山のようだ。
「どうやらこの空間も限界みたいだ。もうじき覚めるよ」
「いやいやいや‼︎ 今サラッとかなり重要なこと言ったろ⁉︎」
「現実の方もかなり大きく動いてるみたいだ。気をつけなよ」
「無視? 無視なのか?」
「さぁ、起きなよ優。暴れてこい」
「ああもうちくしょう‼︎ こうならヤケだ‼︎ もう何があっても驚かねぇぞ‼︎」
阿朱羅丸がパチンと指を鳴らす。
同時に世界が壊れた。優の視界が白に染まり、意識が沈んでいく。
しかし次の瞬間、急激に浮上した。再び白く染まったかと思うと、光が徐々に晴れ、視界が開ける。
まず最初に見えたのは、宙を舞う銀氷。日光に反射してダイヤモンドダストの如く輝いていた。
次は、僅かに目を見開くアークライト。その隣で感心したとばかりに笑みを浮かべるキスショット。
そして……
「グレン⁉︎」
拘束され、捕まっているグレンだった。