転生したら始祖で第一位とかどういうことですか   作:Cadenza

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前回に投稿した”優とアークライト”の改稿版です。皆さんが指摘してくださった通り、前回のはかなり無理がありました。自分も後で読んで、これはないわ〜と思いました。
主な変更点は、

アークライト視点の余計な部分の削除及び加筆
優とアークライトの戦闘シーンの大幅変更
後書きの精霊魔法解説の補足説明の追加と変更

などです。感想で指摘をしてくださった方々、ありがとうございました。
私の技量不足でご迷惑をお掛けしました。次話は明日か明後日に投稿します。



優とアークライト

「終わったか」

「然り。中々に楽しめたわ」

 

 戻ってきたキスショットが隣に腰掛ける。

 

 いやー、戦ったの久々だったな。魔法しか使ってないけど。

 ホント精霊魔法は便利だ。加減がしやすい。精霊に頼めば細かく威力を調整してくれる。

 空想具現化とか魔剣とか魔眼とか千年城とかは加減が利かないから。手加減する時にとてもありがたい。

 

 手加減したのは理由がある。全滅させるだけなら神の雷(ディオス・アストラペー)千の雷(キーリプル・アストラペー)をぶち込むだけで済む。

 でも、キスショットが遭遇した少年達や、あの黒髪オールバック君を殺す訳にはいかなかった。

 それは何故か。これには《終わりのセラフ》が関わってくる。

 

 天使を降ろす大降霊魔術《終わりのセラフ》。これを発動させる為には依代が必要だ。

 天使を人間に降ろすなんて事はそう簡単には出来ない。依代がその力に耐えられないのだ。まぁ普通に考えたら当然だよね。

 だから依代になれる人間は絶対数が少ない。それこそ何十億に一人といった確率だろう。

 よくこの時代で発動させられたものだ。その点だけは、一介の魔法使いとして称賛したい。失敗して世界滅亡させるわ、海を全滅させるわ、面倒事と厄介事をまとめて起こしてくれたとか、いろいろと文句は言いたいが。

 力を求めて禁忌に触れ。結果、己の手で世界を滅ぼした。ホントに救いようがない。こればっかりは元人間、現吸血鬼の俺としても何も言えんわ。

 

 まぁそれは置いといて。

 俺が言いたいのは、《終わりのセラフ》の依代とはとても希少という事だ。

 そして、キスショットが遭遇したと言う少年達。キスショットから話を聞いた時点で大体の考えは出来てたけど、実際に対面して大体が確定になった。

 俺が考えていたのは、最も安全で確実な対処法は何かということ。

 

 最初に浮かんだのは、全ての依代の完全抹殺。これは却下。

 依代が消えれば、確かに《終わりのセラフ》を行うことは出来ないだろう。しかし新たな依代が生まれる不安要素を残してしまう。低いとは言え確率はあるのだ。ならば数が揃っている状態を維持させた方が対処し易い。

 

 次に浮かんだのは、《終わりのセラフ》そのものの阻止。これなら依代以前に根本からぶち壊せる。だがこれも却下。

 おそらく日本帝鬼軍にとって《終わりのセラフ》とは、最終手段に等しいだろう。でなけりゃ、こんな時間も予算も犠牲も多大に掛かり、失敗すれば世界滅亡と言うデメリットがある方法なんてとらない。

 それをぶち壊されたとなれば、自棄になって世界諸共心中、なんて事も考えられる。勿論やらせる気はないが、万が一ということも。俺は臆病なんだ。

 他にも吸血鬼側の内通者探しの為に《終わりのセラフ》自体は行わせる必要がある、なんて理由も。まぁ行った瞬間に即行で潰すけど。

 この時ばかりは俺も魔剣を使い、あらゆる犠牲を認可しよう。主に俺の羞恥心とSAN値という名の犠牲を……!

 

 …………おほん。

 それで、最後に浮かんだ案。これが安全且つ確実だ。多少のデメリットはあるが、むしろメリットだけってのもある意味不安なので、これくらいが丁度いい。

 その案とは、あの依代の少年達をこっちに引き込むこと。ぶっちゃけ敵対も排除も駄目なら味方にしてしまえという発想だ。

 

 だから殺傷を禁じ、手加減していた。

 最初に言った通り殺すだけなら俺もキスショットも一瞬で終わらせられる。

 俺は上位魔法を使えばいいだけだし、キスショットなら《極光》を水平に放てばいい。あ、ちなみに《極光》はキスショットが使った光の斬撃のことね。

 

 キスショット曰く、技と言うにはあまりに単純過ぎるからわざわざ名前をつける気が起きないらしい。だからただ単に《極光》と呼んでいる。

 単純って割りにかなり凶悪だけど。俺も喰らったことがあるが、蒸発するってあんな感覚なのね。オリジナルをぬっ殺したウルトラジジイのエーテル砲じゃあるまいし。

 いや、キスショットってアサ次郎より剣術は上だし、案外間違ってないかも。俺もキスショットも存在そのものが型月で言う魔法みたいなものだから。

 実際キスショット、俺の月落としぶった斬りそうだからな。心渡を使えばやれそうだ。

 

 話を戻そう。てか思いっきり逸れたな。

 依代の少年達をこっちに引き込む。それはいい。なら何故、関係のない黒髪オールバック君などにも手加減したのか。

 あの少年達、特に黒髪で如何にも強気といった雰囲気を出していた少年、名前を知らないから取り敢えず強気少年と呼ぼう。その強気少年は仲間を大切に思っていると見える。

 そんな子が自分の仲間を殺した相手側に来るだろうか。

 結論、絶対に来ない。それが理由。

 

 以上、こういう訳だ。他の隊員達も同じ。あっちは邪魔されるかもしれないから凍って貰った。

 

 そう言えばあの黒髪オールバック君。俺の魔法を吸収してたな。

 まさか攻撃を吸収できると言うのか。なにそれチート。まともに戦わなくて良かった。魔法主体の俺にとっては相性が悪そうだ。まぁその黒髪オールバック君、捕まってる訳だけど。クロ坊が「情報が欲しいので指揮官だけでも捕らえたい」って言ってたから。

 

 ツーマンセルを組んでた銀髪君の銃も中々。不可視かつ無音で高速とか、エリアスを彷彿させてくれる。

 最後には援護しに来たのか例の少年達や、黒髪オールバック君のチームらしき四人まで加わりやがりましたよ。十一対一ですか。絵面的にはリンチだな。貴族に挑むなら当たり前なんだろうけど。

 

 あの閉所であの数の差だと戦い難いから、雷の暴風で場をリセットさせて貰った。

 なんかいきなり噴き出してきた炎も鬱陶しかったし。すぐに消えたから幻術の類なのかね。

 あ、でも市役所の半分くらい消し飛ばしちゃったな。せっかく被害を減らす為にクロ坊の部下の吸血鬼全員を戦闘人形と入れ替えたのに。これじゃ意味がない。後で直さないと。

 

「して、アークよ。うぬの方はどうなのじゃ」

「見た通りだ」

 

 キスショットの問いに視線で正面を指す。そこには地面から天を貫く巨大な氷柱が生えていた。

 氷柱の中には、例の少年達が眠る様に閉じ込められている。まぁ俺がやった訳だが。

 

「本当に使ったのか。折り込み済みとは言うものの。些かオーバーキルではないか?」

「威力は絞った。お前も知っているだろう。永久ノ氷結世界(ニヴルヘイム)にとって単純物理威力など児戯に過ぎない」

「知っておるが、その児戯で氷河期を再来させ掛けたのは誰じゃったかの。星の守護者の名が泣いてしまうぞ」

「……私はそんな存在ではないさ」

 

 一体全体、何処のどいつがそんな名前つけやがった。こっ恥ずかしいったらありゃしない。どこぞの弓兵じゃあるまいし。マジで昔の事を掘り返すのは勘弁して欲しい。

 二つ名なんてものは、本人からして見たら黒歴史以外の何でもないんだよ。

 

 いや、確かに付けられる要因を作ったのは自分だけど。

 本当のところ、威力なんて二の次だったのに。なんでこんなに強力になったんだか。ちゃんと制御できるまで使えなかったし。

 

 ニヴルヘイムとは、紀元前のまだ神代だった頃に対天使を想定して作った魔法だ。

 簡単に言うと相手が最も望む世界を見せて、夢の中に閉じ込める。

 なんとこれ、天使には効果抜群なのだ。神に造られ、神を盲目的に狂信するのが天使。神が命じれば国一つ躊躇いなく滅ぼす。そこに自我や自意識などない。

 信念や意思がはっきりしていない存在ほど、ニヴルヘイムは効果を発揮する。

 いやだってあいつらしつこいし煩いし、俺が吸血鬼だって理由で大軍で殺しに来るし。

 しかもなまじ神話の存在だから、下級天使(アンゲロス)でもそれなりに強い。いちいち相手にしてたらキリがないのだ。

 だから纏めて一掃する為にこの魔法を作った。少しやり過ぎた感はあるが。

 

 何故そんな魔法を少年達に使ったかと言うと、彼等の精神性を調べる為だ。

 だって性格とか知っておきたいし。こっちに引き込むならそれくらいね。

 

「今あの小僧子らは、夢に囚われておるわけか。目覚めるかの」

「天使なら無理だろう。しかし人間ならば、可能性はある。人は全体的に見れば愚かだ。だが、部分的にならばまた話は変わってくる」

「それはうぬの体験からか?」

「そうかもしれないな」

「またはぐらかすか。うぬは儂と会う前の事を話さんからの」

 

 誰が自分の黒歴史を好き好んで話すかい。

 視線を逸らして今回も話す気はない俺を見てキスショットは、「カカッ」と愉快気に笑った。

 そして視線を真正面の氷柱に移す。その頃には笑みを消し、真剣な表情で氷柱を見ていた。

 

「うぬは、あやつらが目覚めると思っておるのか?」

 

 その問いに対し、敢えて俺は答えなかった。キスショットとは繋がりが深いので、言葉を交わさなくても大体は分かる。キスショットも同じだ。

 

 あの少年達なら目覚める可能性はある。元から人間には天使ほどの効果は望めないのだが、それを抜きにしてもだ。

 人間、圧倒的な力の差を見せつけられると心が折れてしまうものだ。中には堪える者もいるだろうが、それにしたって限度がある。

 だが彼らは折れなかった。第一位始祖を相手にボロボロになっても。

 あの強気少年。時々いるのだ、ああいう意思がとても強い人間が。しかもその意思の強さを周りに伝える事までしていた。

 見ているととても眩しい。長く生きるとあんな風に振る舞えなくなる。

 味方にいれば頼もしいが、敵に回すと一番厄介なタイプ。ある意味、天使より厄介だ。

 あんまり戦いが好きじゃない俺からすると御免被りたい。

 

 まぁ予定通りに進めばこっちに引き込める訳だが。

 実は《終わりのセラフ》なぞ関係なく全力の”えいえんのひょうが”とかで氷漬けにし、封印するって手もあった。

 しかし、不確定要素が多過ぎる。

 そう簡単に解かれる気はないが、もしその封印がきっかけになって、あの少年が意思の力で天使をコントロールなぞしたらヤバい。負けないけど何が起こるか分かったもんじゃない。

 それに何でも力で解決していてはいずれ限界がくる。メリットとデメリットを考えても、引き込む方がいい。

 その為の布石も打ってある。

 

「キスショット、首尾は?」

「上々じゃ。そろそろと言ったところじゃろう」

 

 もう直ぐか。

 現実の時間と精神世界の時間では、流れ方が異なっている。現実での一分が精神世界では一日、なんてのも普通だ。

 元から時間は調整してるから、あの少年達が目覚める事が出来るならそろそろだろう。

 

 そう考えた矢先。

 少年達を閉じ込める氷柱に亀裂が入った。

 

「ほう、どうやらアークの言うた通りらしいの」

「…………」

 

 え、なに。考えた矢先になるとか、フラグでも立てましたか俺。それか空想具現化で世界が俺の思念でも読み取った?

 駄目だ。パニクってる。なんか厨二的な電波まで。

 油断を突くとは恐ろしい。さすがに表情に出てしまいそうだ。

 

 なんてアホな事を考えているうちに亀裂はどんどん広がっていく。そうして限界を迎えた氷柱が白く染まったかと思うと、次の瞬間には粉々に砕け散った。

 破片が宙を舞ってダイヤモンドダストのように輝く。

 キレーだなー、なんて思いっきり場違いなことを思っている俺を尻目に、氷柱があった場所から氷煙が晴れて強気少年の姿が露わになった。

 

 おおぅ、予想はしてたけどマジで目覚めたよこの子。

 そりゃ目覚めて貰わないと計画変更しなきゃならなくなるわけだけど、製作者としては少し複雑。

 エヴァは一撃必殺で目標追尾、更には防御不能とか言うとんでもないオリジナル魔法を作ってたのに。俺ももっと精進しないとな。せめて完全オリジナル魔法を作れるくらいには。

 

 そんな風に考えているうちに強気少年が目を開けた。

 強気少年は、捕まった黒髪オールバック君の名を叫んだ後、ビシリと俺を指差し、

 

「お前の弱点、見破ったぞ!」

 

 なんて言ってきた。

 へ? なに、弱点?

 …………まさか俺の黒歴史を弄っての精神攻撃か⁉︎

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「グレン⁉︎」

 

 目に入ったのは、拘束され捕まったグレン。市役所の屋根の上に倒れている。

 ピクリとも動かない。遠目からだが息はある。気絶しているだけのようだ。

 

 その側には屋根に腰掛ける二人の吸血鬼。アークライトとキスショットだ。

 アークライトは僅かだが目を見開き、キスショットは感心した様な笑みを浮かべていた。

 

(シノア達は……)

 

 首は動かさず視線を巡らす。すぐに見つかった。

 シノア達は全員、眠るように倒れていた。更には最初に凍らされた隊員や鳴海真琴チームも氷柱から解放され、同じように倒れている。

 阿朱羅丸が言った通り、誰も死んでいなかった。

 

(なんでだよ……)

 

 疑問は尽きないが、今はそれどころではない。ここは敵の眼前だ。

 まずは隙を作る。優は腕を上げ、アークライトにビシリと人差し指を向けた。

 

「お前の弱点、見破ったぞ!」

 

 阿朱羅丸に諭されたのだ。目覚めた直後にこう言えば、さすがの彼も困惑するだろうと。

 アークライトを見れば確かに目を細めている。警戒しているのか様子見なのか。その考えは分からないが時間は稼げた。

 今のうちにシノア達だけでも起こさなくては。

 

「おい、シノア! みんなも! 早く目を覚ませ!」

 

 シノアの肩がピクリと動く。そうして徐々に目を開け、クラクラする頭を手で抑えながら立ち上がった。

 どうやら意識が朦朧としているらしい。

 

「シノア、大丈夫か」

「ゆ、優……さん?」

「ああ、俺だ。早々に悪いが、君月達を起こしてくれ。まだここは敵の目の前だ」

「……分かりました。君月さん、与一さん、みっちゃん。起きてください」

 

 まだ思うように動かない身体を鞭打って声をかける。

 その様子を見てキスショットが、屋根に突き刺していた斬撃皇に手を伸ばす。しかしアークライトが手でそれを制した。

 

「……良いのか?」

「私が行く。手は出さなくていい」

 

 そう言うや否や立ち上がり、屋根から身を投げ出す。物理法則に逆らうように落下の途中で速度が緩まり、フワリと着地した。

 再び視線を向ければ、君月に与一、三葉の三人も足元がおぼつかないものの目を覚ましていた。

 アークライトが優達に問い掛ける。

 

「よく目覚めたものだ。いや、ここはよく拒めたものだと言うべきか。何故拒んだ。お前達が見た夢はお前達にとっての最良。拒む理由はなかろう」

「確かに、そりゃあ幸せな夢だったよ。嫌になるくらいな」

 

 その問いに君月が真っ先に答えた。

 いつもならこんな事はしないだろうが、今だけは声にして言いたかったのだ。

 

「だけど、どっかの馬鹿の声が聞こえちまったからな。馬鹿が目覚めてんのに、俺らが眠ってちゃ駄目だろうよ」

「その通りです。正直、私は危なかった。優さんの声が聞こえなければ目覚められなかったかもしれません」

「それに励まされちゃったからね。これで応えなかったら恥ずかしいよ」

「まさか優が目覚めるきっかけになるとは思わなかったけどな。今回は感謝しないとな」

 

 君月に続きシノア、そして与一と三葉も答えた。

 それを聞いたアークライトはただ無表情のまま、

 

「目覚めたのなら、それも良かろう。なれば私が直接やるまでだ」

 

 おもむろに腕を上げ、優達に向けて振り下ろす。

 真上から斧を模る雷が襲ってきた。

 

雷の斧(ディオス・テュコス)

「ッ! 散開!」

 

 いきなりの攻撃。シノアの指令で左右に回避する。

 始まった対アークライト第二戦。しかし、このまま戦っても同じ道を辿るだけ。

 だが先と違う点が一つだけある。優が打開策を持って目覚めたことだ。

 

「シノア! あいつは俺がなんとかする。その間に他のみんなを起こしてくれ!」

「な、何を言っているんですか優さん‼︎ 気でも狂いましたか⁉︎ 一人でどうにかなる相手じゃ……」

「心配するな。ちゃんと策はある」

「…………本当に大丈夫なんですね?」

「ああ」

 

 優は深く頷く。シノアは仕方がないとばかりに溜息を吐いた。

 

「……分かりました。ただし、必ず帰ってきてください」

 

 その念押しに「分かってる」と返し、優はアークライトの前に出る。シノアは君月達を連れ、他の隊員の元へ向かった。

 

 単身で己に立ちはだかった優にアークライトは、変わらぬ無表情のまま。しかし訝しげな視線で優を見ていた。

 

「単身で私に挑むか。些か無謀と思うが」

「舐めるな吸血鬼。人間ってのは、覚悟を決めるとなんだってやるもんなんだよ」

 

 優が腰の阿朱羅丸を抜く。アークライトは両腕を僅かに挙げた。

 お互いの距離は空いている。これはアークライトの距離だ。

 優は攻撃する為に接近しなければならない。対してアークライトには魔法がある。

 

 戦いが始まれば一方的に攻撃されるだろう。

 待つ必要がないアークライトが魔法を放とうとする。だが、直後にその動きを止めた。

 何故なら、優が阿朱羅丸を逆手に持ち、迷う事なく己の胸に突き刺したからだ。

 胸を貫通し、背中から鋒が出る。

 

「なにを……」

 

 然しものアークライトも目を見開いた。

 それに構わず痛みに耐え、優が叫ぶ。

 

「俺の血を吸え‼︎ 阿朱羅丸‼︎」

 

 貫通した鋒を滴る血が刀身に吸われ始める。暫くして阿朱羅丸を己の胸から抜く。

 普通なら完全な致命傷だが、何故か出血はなく、それどころか傷すらも消えていた。

 

 変化は劇的だった。

 阿朱羅丸を持つ右手から鬼呪が身体中に広がり、顔には鬼呪の紋様が浮かんだ。

 明らかな異常状態となった優がアークライトを見据える。

 

「さぁ、戦いはこれからだ吸血鬼」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 地面を踏み込み、アークライトへ向けて疾走する。

 周りの景色が遅く感じる中、優は精神世界での会話を思い出していた。

 

『いいかい優。アークライトと戦っていて、自分の攻撃は全部防がれていたろう』

『ああ、そうだ。なんなんだアレは』

『アークライトは神代の魔法使いでもあるんだ。攻撃が防がれるのは魔法障壁の所為さ』

『魔法障壁?』

『そう。アークライトの周囲には、常に様々な種類の魔法障壁が全方位的に展開されている。だからどんな攻撃も通じない』

『バリアみたいなもんか。って、それ反則だろ……』

『僕も同意見だ。でも、これには抜け道がある。普通の魔法使いは障壁をそう何枚も展開する事なんて出来やしない。だから普通なら一枚の魔法障壁に色々な効果を兼用させるわけ。対物とか対魔法、対毒や対衝撃と言った風にね。でも効果を兼用させると術式が複雑になって魔力消費も多くなるし、融通も利かなくなる。だけど、障壁を複数展開できるアークライトには当てはまらない』

『確かに、そんなに作れるのにわざわざ一枚に何個も持たせる必要はないもんな』

『その通り。優にしては頭が回るね。だからアークライトの障壁には、一枚につき一つの効果しかない。対物は対物、対魔法は対魔法。効果が極端なんだ。それを複数枚展開する事で多重高密度魔法障壁となっている』

『つくづくとんでもない奴だな……』

『でもこれ、最初に言った通り抜け道があるんだ。簡単に言うと、一枚一枚には一つの効果しかないから、それ以外は通り抜ける事が出来るのさ。だからどの魔法障壁がどんな効果かを見極められれば、障壁に阻まれずに接近できる』

『おお』

『ただしこの抜け道は、崩壊した山の瓦礫が偶然に噛み合って出来る空洞のようなもの。少しのミスで終わりになる。やるなら気を引き締めろよ、優』

『分かってる。だけど阿朱羅丸。あいつに届いたとして、その後はどうするんだ?』

『心配しなくていい。そこからは僕がやる。優はただ、アークライトに辿り着くことだけを考えろ』

 

 これが、アークライトがアークライト故の弱点。いや、弱点と言うより偶然できた抜け道だ。

 その抜け道を優は、少しのミスもせずに通らなければならない。些細なミスがそのまま敗北へ繋がる。

 ミスの許されない一発勝負だ。

 

「うおおおおッ‼︎」

 

 だから成功の可能性を上げる為に血を吸わせた。

 優は最初、鬼呪促進薬を追加で二錠飲むつもりだった。だが阿朱羅丸に止められた。

 

 鬼呪促進薬とは、鬼呪の力を増幅させる薬だ。服用後10秒ほどで効果が表れ、その効能は15分間持続する。理論上、一錠で1.5倍、二錠で1.8倍の力を発揮できるが、三錠で全内臓が破裂するほどの副作用が出てくる。

 故に普通なら一錠が基本、どれだけ危機的状況でも二錠が限度。三錠など飲んだら確実に死んでしまうだろう。

 

 優は、どうせやるならと。そう覚悟して飲むつもりだった。

 

 だが阿朱羅丸曰く、あの薬は欲望を対価にして得られる筈の力を、欲望を抑えたまま扱えるようにするものらしい。

 そんな矛盾は通らない。だから鬼呪促進薬を飲んだ場合は、強烈な副作用が表れる。

 

『薬なんかに頼るな。僕に頼れ。目覚めたら僕に血を吸わせろ。血を対価にして、鬼にならない程度の力を貸してやる。だから、僕を受け入れろ』

 

 そう言われ、優は決意した。仲間を助けられるなら、自分の血くらい安い。

 

 血を吸え。力を寄越せっ。仲間を救えるだけの力を……! 阿朱羅丸‼︎

 

(いいよ、優。力はくれてやる。存分に暴れろ)

 

 踏み込みの反動で地面が砕け散る。旋風となって優は駆ける。その速度は貴族に匹敵する程。

 アークライトまでの距離は凡そ四十メートル。今の優の臀力なら一呼吸で詰められる距離だ。

 しかし優の目にはしっかりと視えていた。アークライトの周囲に展開される魔法障壁が。

 グレン達や優達の攻撃は、全てこの障壁に悉く防がれていた。

 

 確かにこんな防御網、正攻法で突破できる筈がない。

 なら邪法でやればいい。

 

(左だ優。直ぐに右。次は上に跳べ。着地したら左斜め)

 

 優の目を通して見ている阿朱羅丸からのサポート。

 阿朱羅丸が障壁の効果を見極めて道を示し、優がそれに従って障壁をすり抜ける。

 優と阿朱羅丸の距離が縮まっている今の状態だからこそ出来る方法だ。

 今この瞬間も優は三次元的に動き回り、アークライトとの距離を詰めて行く。

 

 ────突然補足だが、ここで精霊魔法に於ける魔法障壁について解説しよう。

 魔法障壁とは、術式を構築し魔力によって発動する霊的な障壁の事だ。対物、対魔法、対毒、対衝撃など。その効果は多岐に渡る。

 だが魔法障壁を常時展開する魔法使いは基本的にいない。それは魔法を常に使い続けるのと同義だからだ。

 つまり魔力の消費が半端ないのである。

 魔法障壁を常時展開できる者など、最高位クラスの中でもほんの一握りだけだ。そのほんの一握りの魔法使いでも常時展開できるのは数十枚、とある世界で真祖の吸血鬼(ハイデライト・ウォーカー)と呼ばれる最強種でも数百枚が限度だろう。

 数万ともなれば、それは人を超えた領域である。

 

 確かに、阿朱羅丸が優に語ったように、アークライトは魔法障壁によってあらゆる攻撃を悉く防ぐ。

 

 ただ、阿朱羅丸の話には、根本的な誤りがあった。

 

 アークライトの魔法障壁は、数十枚などという次元ではない。更に、常に魔法障壁を張っている訳でもない。本当にそうなら《アヴァロン》での生活に支障が出てしまう。

 アークライトの魔法障壁は切り替え式であり、展開範囲はアークライトを中心として半径七十メートル。そしてその最大展開数は、なんと数万枚。

  全力の時にのみ、半径七十メートル内全方位に数万もの多重高密度魔法障壁結界が形成される。

 

 では、今はどうだろうか。阿朱羅丸の策を優が実践できているのは、偏にアークライトの魔法障壁が全力でないからに他ならない。

 神代ならいざ知らず、現代にはアークライトの脅威になりえる存在がいないのだ。だから障壁を張りはすれど、完全には程遠い。展開範囲は半径三十メートル程、障壁の数も最低限。完全展開時の凡そ10%と言ったところだろう。

 

 つまり、アークライトと優が拮抗しているように見えるこの状況は、容易く崩れてしまう均衡に過ぎないと言うことだ。

 

(……え?)

「なッ⁉︎」

 

 優の疾走が止まった。突如現れた対物障壁に阻まれたのだ。

 

(おい阿朱羅丸! 今いきなり目の前に出てきたぞこれ!)

(あ〜、まずいな。どうやら僕は知ったかぶりだったみたいだ)

 

 阿朱羅丸の出した策はとても良かった。事実、アークライトの虚を突くことは出来たのだから。

 だが、それでも阿朱羅丸のアークライトに対する認識は、甘かったと言わざる得ない。

 最盛期を知っていても全盛期は知らなかった。

 阿朱羅丸は、アークライトの全力を測り違えていた。

 

(済まない優。これは完全に僕の落ち度だ)

(どういうことだよ⁉︎)

(なに、簡単さ。僕は、アークライトがこの程度だと勘違いしていたって事だよ)

 

 止まってしまった優が目の前の光景を見て、目を見開き絶句した。

 アークライトまでの距離は残り二十メートル。その二十メートル内が次々と展開される魔法障壁によって瞬く間に埋まっていく。

 対物、対魔法、対衝撃、対毒、耐圧、耐熱、耐寒。見える限りこれだけの障壁が重なり合って、まるで曼荼羅のように。

 

「嘘だろ……」

 

 もう物理障壁だけを避けて抜けるなんて策、通じない。通じようがない。

 そんな隙間などある筈がない。理不尽の降臨だ。

 

「ちぃ!」

 

 なのに。

 そんな理不尽を前にしても、優は退かなかった。

 優が退けば後方のシノア達が危険に晒される。なにより現状、アークライトと相対するのは優だけなのだ。

 退くという選択肢など、元から存在しない。

 

(……ああもう、まったく。しょうがないなぁ)

 

 阿朱羅丸にもそれは分かっていた。

 

 家族を守る為なら善悪がまるでない優の事だ。自分が何を言っても絶対に退かないだろう。

 なら仕方ない。死んでもらっては自分も困るし、優は気に入っている。些か消耗が大きいが、この際だ。

 面倒を見てやるとしよう。

 

「…………」

 

 アークライトが指先を向ける。優は構えた。魔法が来る。

 正直言って勝ち目はない。優の主体である近接を潰されたのだ。ならアークライトの距離で戦うしかないのだが、優に遠距離攻撃の手段はない。阿朱羅観音はあるが、発動する隙などないだろう。

 つまり詰みである。

 

 だがそんな状況で、もう指先一つで勝負を決められる筈のアークライトの眉がピクリと動く。

 何を思ったのか指先を降ろして手刀に構え、近接戦闘用魔法”断罪の剣”を発動させた。

 

 そしてアークライトは、優に向かって距離を詰めてきた。

 

「んなッ⁉︎」

 

 突然の凶行とも言えるアークライトの行動に優は目を剥いた。しかしアークライトは構わず、接近して手刀を振り下ろす。

 ”断罪の剣”が迫る。阿朱羅丸を滑り込ませる。

 

 刀と手刀が触れた瞬間、二人の意識が暗転した。

 

 

『………生きていたのか』

『久しぶりだね、アークライト』




描き切れなかった他は感想で答えます。

《精霊魔法》
 現在のところアークライトのみが使える精霊を使役する魔法。
 精霊とは、この世のあらゆるモノに宿る概念の事を指す。風、大地、水、火などの自然は勿論、電子や原子にも精霊は宿っている。精霊魔法とはつまり、限定的ながら自然現象を操る魔法系統である。故にその効果は強力であり、特に攻撃魔法は他魔法系統を圧倒している。その為、精霊魔法の使い手は魔術側の戦略兵器に相当する。
 そんな精霊魔法を使えて当然というネギま世界はかなりおかしい。
 型月基準で考えると精霊魔法は即封印指定をくらうレベル。補足すると型月世界での魔法とは、どれだけの時間や予算をつぎ込んでも人間には実現不可能の奇跡を指す。
 尚、型月世界の魔法使いの一人、ウルトラジジイことゼルレッチが星霊と言うべき朱い月をぬっ殺した張本人である。神霊クラスの人間という意味分からんじいさん。朱い月の月落としを正面から破壊した型月世界のバグ。

 概念的に考えると精霊魔法は、型月世界で魔法とされてもおかしくない。型月世界の魔術とは根本的に違うので、対魔力と呼ばれる魔術に対する無効化スキルでは防御不能。
 もう宝具と言っていいのが精霊魔法である。
 加えて、努力すれば誰にでも使える魔法なので更に厄介。もし型月世界にあったら荒れに荒れるだろう。

 幾つかの属性があり、火・風・土・水の四大属性が主。そこから風の派生、雷。土の派生、砂。水の派生、氷。これらの派生属性がある。他にも光・闇といった分類されない属性も存在する。
 アークライトの適性は、最も高いのが氷と闇。次いで風と雷。それ以外の系統にも並以上の適性を持つ。
 高等技術の無詠唱魔法と遅延呪文も習得済み。
 尚、朱い月状態のアークライトが使うと本気で洒落にならないので超要注意。何故ならアークライトは精霊というカテゴリーに於ける最上位、星そのものたる星霊である為、精霊を支配し、命じる事が出来る存在だから。
 アークライトほど精霊魔法と相性が良い者はいない。その気になれば、魔力なしでも精霊魔法を使用できる。



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