転生したら始祖で第一位とかどういうことですか   作:Cadenza

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ホントは十二時に投稿したかったのですが……。
ようやくアークライトの本領発揮です。


降臨するキョクテン

 ――――そこは、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

 どす黒い鎖に身体を貫かれ、まるで生贄のように空中へ吊られる。数十人規模がどう見ても助からない量の血を流し、地面を赤く染める。

 

 しかし、この惨劇を作り出したのは敵――吸血鬼ではない。

 血の匂いが充満する中で王の如き態度で立つ男が一人。名を柊暮人。日本帝鬼軍に属する中将である。

 暮人こそがコレを引き起こした張本人。

 

 だが、鎖に貫かれた者達も同じ帝鬼軍――味方同士なのだ。

 

「……また、人体実験……!」

 

 そんな中、シノアが憤怒の形相を浮かべながら呟く。

 暮人は言っていた。実験を始めろ、と。

 

 思い浮かぶのはただ一つ。自分だけでなく、チームメイトの君月や与一、ここには居ない優もそのモルモットとされていた、人を人とも思わない外道の所業。

 

 暮人がここ名古屋空港に来た時点から嫌な予感はしていた。

 命からがら吸血鬼の襲撃を凌ぎ、名古屋空港に着いたはいいものの。

 本来なら脱出用の輸送機がある筈が影すらなく、そうしてグレンがいない今、指揮官となっている深夜を問い質してみれば、この作戦の発案者は暮人だと言う。

 柊暮人と言えば、目的の為なら仲間すら冷酷に切り捨て、まるで使い捨ての駒のように扱う人物だと聞く。

 そこから一悶着あり、最後にはやけくそ気味に深夜が任務放棄を宣言し、グレン救出となったまでは良かった。

 

 そこへ現れたのが大部隊を率いた暮人。最終防衛として新宿にいる筈が、最前線の名古屋へ現れた。

 暮人は、任務達成ご苦労やら、後は引き継ぐやら、楽にしていろやら、暮人らしからぬ甘い言葉で《月鬼ノ組》生存メンバーの警戒心を解き――――そして始まってしまったのがこの惨劇。

 

 今もまた一人、合同で任務を行っていた鳴海真琴チームのメンバー、岩咲秀作が真琴に逃げろ! と叫びながら鎖に心臓を貫かれた。

 

「秀……作……?」

 

 真琴はそれを見て、ただ茫然とする。次の瞬間には理解し、歯を食い縛り、沸き上がる激情に支配され、全ての元凶目掛けて駆け出した。即ち、暮人の元へ。

 

「騒ぐな。人類進歩の為の名誉ある死だ。この実験で多くの民が救われる――」

 

 迫る真琴の激情に暮人は小々波すら立てず。ただ冷酷な笑みのまま、己の目的を貫き通す。

 

「これは正義だ」

 

 真上から鎖が降り注ぐ。我を忘れている真琴は周囲が見えておらず、気づいていない。

 今まさに貫かんとした瞬間、鎖は君月と三葉によって弾かれた。

 

 ハッとした真琴に君月が叱咤を飛ばす。

 

「馬鹿が‼︎ 諦めんな‼︎」

 

 更にそこへ与一の矢が飛んできた。暮人は刀を抜いて叩き落とすも、衝撃で後退させられる。

 

 それを見て三葉とシノアが大声で叫んだ。

 

「逃げるぞ‼︎」

「鬼呪促進薬を服用‼︎ 撤退します‼︎」

 

 この場から逃げようとするシノア達に暮人は、シノアだけに言葉を向けた。

 

「抵抗するなシノア。しなきゃお前は生かしてやる。一応柊家だからな」

「逃げますよ‼︎」

 

 考えるまでもなく、シノアの答えは否。元より柊家からは半ば放置されている身であるし、何よりもあそこは嫌いだ。

 今更戻ったところで碌な目に合わないのは明白である。

 

 拒絶を示したシノアに対し、暮人は躊躇いどころか興味すら微塵も見せず即座に返した。

 

「なら死ね」

 

 唐突に現れた鎖がシノアに向かう。その速度は予想外であり、加えて意識外からだったので、シノアはおろか君月達も反応できていない。

 

 だが、鎖がシノアを貫く事はなかった。一閃された刀に跳ね飛ばされたからだ。

 シノアを救った人物は、

 

「シノア‼︎」

「ゆ、優さん⁉︎」

 

 ミカに連れられ離脱した筈の優だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「生け贄の人間と、鬼と、始祖の血を吸え……」

 

 

 ――――《終わりのセラフ》

 

 

 今ここに儀式が始まった。

 入り乱れる人間と吸血鬼。その両方の血を糧とし、地上へ天使が降臨する。

 

「《醜い人間どもよ》《滅亡しろ》」

 

 空はまるで夕焼けの如く鮮やかで、それでいて犯し難く。その空に浮かぶのは、二対四枚の純白の翼を広げる、残酷なまでに美しい天使。

 

 だがその天使は君月の妹、未来に間違いなかった。

 

「拘束‼︎」

 

 暮人の従者にして三葉の姉、三宮葵が指令を出す。

 

 天使(未来)の真下にあったバンが内側から弾け、中から鎖が飛び出した。

 鎖は天に向かって伸びると天使(未来)を貫き、そこを起点として浮かんだ魔法陣によって動きを封じた。

 貫かれた天使(未来)から絶叫が迸る。

 

「……て――」

 

 そんな光景を見せられ、一気に感情が振り切れたのが一人。

 言うまでもなく、未来の兄である君月だ。

 

「てめえら俺の妹に何してんだああああ‼︎」

 

 ズンッという衝撃と、胸に広がる熱さ。君月が視線を下せば、目に入ったのは自分の胸から鋒をのぞかせる赤い刀。

 

「ガキが動くな。天使をコントロールする為の血がまだ足りてない」

 

 そう冷たく言い放ったのはグレンだった。浮かべる表情は熱がないように冷ややかで、とてもあのグレンとは思えない。

 

「何してんだお前はぁああ‼︎」

 

 君月を刺したグレン目掛けて駆け出したのは優だ。一足で距離を詰め、阿朱羅丸を突き出す。

 グレンは横目で見るだけで何もしない。

 

 そして優の一撃は――グレンの眼前で止まっていた。眼と鼻の先にある鋒は、カタカタと小刻みに震えている。

 

「なんだ、何故止める。殺せよ甘ちゃんが」

「……う、嘘だろ……こんなの嘘だと言ってくれグレン」

 

 そう言う優は、声も身体も震えていた。

 

 何故こうなったのか。

 シノアを助け、ミカを説得してこの場を皆で逃げようとした所までは良かった。そこで現れたのが無数の吸血鬼。名古屋の生き残りではなく、京都サングィネムの本隊。

 そうして始まった帝鬼軍と吸血鬼による大混戦。

 今や両方が敵であるシノア隊は瞬く間に囲まれたが、深夜やグレン隊の援護で助かった。

 

 そして戦場を駆け抜ける最中、優は会ってしまった。戦場に佇む、捕まった筈のグレンに。

 

「お前は仲間を裏切ったりしないよな⁉︎ 何か理由があるんだろ⁉︎ 何とか言ってくれよグレン‼︎」

 

 だが、感動の再会とはいかなかった。

 

 グレンは出会い頭に刀を一閃してきたのだ。それこそ、まだ人間を信じ切れておらず、警戒していたミカが防いでいなければ、確実に致命傷であろう一撃を。

 

「俺たちは……俺たちは……‼︎ ――家族じゃなかったのかよ⁉︎」

 

 もう優の頭はぐちゃぐちゃだった。一体何が何だか分からない。

 何故あのグレンがこんな事をするのか。たとえ実際に目にしても、未だに信じられない。

 

 涙ながらにグレンへ詰め寄った。

 

「…………」

 

 そして胸倉を掴まれたグレンも、優と同じように涙を流していた。

 

「逃……げろ……優……」

「グレン‼︎」

 

 喜色を浮かべる優。

 だがグレンは、言葉とは裏腹に刀を振り下ろしていた。優の肩から深々と切り裂く。

 

「ゆ……優ちゃん‼︎」

「優さん‼︎」

「優‼︎」

 

 ミカやシノア、今まで戦っていたシノア隊全員が駆け寄る。

 

「くそ……傷が深い。すぐにここから離脱しよう‼︎」

「優さん‼︎ 君月さんを連れて逃げますよ‼︎」

 

 何とか血を止めようと応急処置を施す端で、優を切り裂いたグレンは立ち竦んでいた。

 

「……起きるな。まだ起きるなグレン……。いま起きたら取り返しがつかないぐらい傷付くぞ」

 

 グレンの顔に鬼呪の紋様が広がる。

 

「は、はは、よし、全員生け贄だ」

 

 再び始まった惨劇。第五ラッパを吹いた天使からは滅びの悪魔アバドンが顕現し、アバドンより生まれた黒いヨハネが人間吸血鬼問わず喰らっていく。

 

(俺は……)

 

 自分は何もできない。あまりに無力。これでは家族を殺されたあの時から何も変わっていないではないか。

 

 ならば求めよう、家族を助けられる力を。

 

 ならば受け入れよう、たとえそれが己を犠牲にするモノであろうと。

 

 阿朱羅丸のチカラでは駄目だろう。とても足りない。なら方法はただ一つ。

 

 故に優は手を伸ばす。己の中にある禁忌の力に。

 それを使ってしまえば、優の人間性は消し飛ぶだろう。そのまま飲み込まれる可能性もある。よしんば目覚めたとしても、その時、優の身体はどうなっていることか。

 

(別にいい。家族が守れるなら)

 

 精神世界の中で優は、無造作に転がる黄金のラッパに手を伸ばす。

 

(本当にいいのかい? 言っとくけど、その選択は最悪だ)

 

 唐突に声が響いた。優の手が止まる。

 

(君の思った通り、僕にはアレを止めるだけの力はない。でも、それを選べば君の人間性は消し飛ぶ)

 

 声の主は阿朱羅丸だ。こうして精神世界に優が来れば、阿朱羅丸がいるのは当然だろう。

 

(悪いな阿朱羅丸。お前を裏切るような事を選んじまって。だけど、今だけは力がいる)

 

 優の言葉に阿朱羅丸は肩を竦め、溜息を吐いた。

 

(まったく君は……確かにその欲張りな所は好きだけどさ)

 

 優は手を伸ばす。

 

(でも、前に言ったよね。話はつけたって)

 

 もう声は聞こえない。既に精神が乖離し始めているからなのか。

 

 そうして優はラッパを手に取り、吹いた。

 

 

 

 

 

 

『――じゃあアーク、後は頼んだよ』

『ああ。まぁ、任せておけ』

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「うぁああああああああ‼︎」

 

 優の叫びと共に、巨大な火柱が天を貫いた。

 

 その衝撃で近くにいたミカは吹き飛ばされ、クルルに受け止められる。

 

「まずいな……」

 

 クルルすらも一筋の冷や汗を流していた。焦燥が浮き彫りになった表情でミカがクルルを呼ぶ。

 

「クルル‼︎ 優ちゃんを助けたい‼︎ 僕は……どうすればいい⁉︎」

 

 人間も吸血鬼も、皆一様な火柱を見上げ、戦いが止まっていた。

 そしてそれは、この惨状を引き起こした暮人も同様だった。

 

「なんだ……あれは」

 

 こんなものは知らない。計画に入っていない。

 そんな疑問が入り混じった声に、背後の研究員が答えた。

 

「み……未知の《終わりのセラフ》反応です‼︎ 火柱の下で《終わりのセラフ》が発動しようとしています‼︎」

 

 暮人の目が険しく細まる。

 

「どういうことだ?」

「わかりません‼︎ 我々とは別の何者かが実験をしているか……もしくは単純発動です‼︎ ですが放置すれば……‼︎」

 

 傍目からでも分かる程、研究員の言葉は焦りに満ちていた。

 第五ラッパの天使は現在制御できているが、複数の《終わりのセラフ》をどうにかするのは不可能なのだ。

 そんな事など想定していない。だから焦っている。

 

「また世界が終わる……か?」

 

 暮人の言葉が研究員全員を代弁していた。

 

「神の罰ね。だがもし敵が神だとしても……」

 

 だが、暮人が崩れる事はない。

 神であろうと阻むのなら排除する、そんな不遜な考えの元に命じた。

 

「人類は前へと進む‼︎ 葵‼︎ あの《終わりのセラフ》を潰せ‼︎」

「はっ! 全軍、火柱へ攻撃っ! 滅びの悪魔も火柱へ‼︎」

 

 天使(未来)がピクリと動き、それに応じてアバドンは、鋭い牙を覗かせる口を開ける。

 そうして一瞬だけ溜めると、まるでヘドロのようなドス黒い奔流を吐き出した。

 本来ならば人間を罰し、世界へ終焉を齎す役目を負う悪魔アバドン。その力はまさに超常であり、人間はおろか、吸血鬼すらも届かない別次元の領域。

 アバドンより放たれた、貴族をも複数纏めて消し飛ばす黒の奔流は、紅色の空を切り裂きながら一直線に火柱へと向かう。

 

 ――――しかし、直撃する寸前で火柱は消失し、同時に黒い奔流すらも掻き消されてしまった。

 

 それを目撃した暮人の背に冷たい汗が伝う。

 

 消えた火柱の中から現れたのは、姿形なら優なのだろう。黒い不定形の靄のような二対の翼を背負い、白と黒が反転した目と、アバドン以上の存在感を除けば。

 

「……終わりだ、全部」

 

 声色は罪人を裁く執行者の如く、纏う空気は超常のソレ。塩の王の名を冠する、第二ラッパの《終わりのセラフ》。

 裁定を言い渡すかのように、スッと腕を持ち上げ――

 

「禁忌を犯した人間共は、みなみなみな……塩の柱と――」

「『墜ちろ』」

 

 そうして天使は、地へ墜ちた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……何だ、いったい何が起こった⁉︎」

 

 アバドンの一撃を容易く消してしまう程の天使が、急に空から墜ちた事に理解が追いつかない中、暮人はソレを聞いていた。

 戦場に響く、凛と透き通る声を。

 声が聞こえた途端、天使は地に墜ちたのだ。

 

 あまりに異常な事態に、その声の主を探そうと暮人は目を凝らし――ソレを見つけた。

 

 見て――背筋に悪寒が走った。

 

「……な……に……!」

 

 周りを見れば他の者達も同じ。見える限りで平然としているのは、吸血鬼と《終わりのセラフ》の天使だけだった。

 そしてその天使――塩の王は、己を地へ墜とした下手人を睨みつける。

 

「……誰だ貴様は」

 

 いったい何時からそこにいたのか。塩の王からさほど離れていない距離に、ソレはいた。

 

 超常の存在たる天使が塵芥へ堕ち、あらゆる全てを圧倒する神威。普段の無表情は鳴りを潜め、薄くも確かに微笑んでいるソレは、眼前の天使の睨みなど意に介してもいなかった。

 

「誰だ、か。呼ばれた名は多くあるが、今はこう名乗ろう。私は『朱い月』、アークライト=カイン・マクダウェル」

「吸血鬼か。邪魔をするならば、貴様から死ね」

 

 名乗られても反応せず、塩の王は形成した剣を振りかぶる。手加減無し、アバドンすら切り裂くその斬撃は、しかしアークライトが軽く睨むだけで剣諸共砕け散った。

 

「お前はもういい。用済みの役者には退場願おう」

 

 アークライトが消える。現れたのは塩の王の背後。振り向く暇など与えず、口を開き、その牙を首筋へと突き立てた。

 

「が……」

 

 何かしら抵抗しようとしたのだろうか。呻き声を上げるも、一瞬で意識は沈み、塩の王は零落した。

 黒い翼も反転した瞳も消失し、優の身体は地面にゆっくりと横たわる。

 

「お前! 優ちゃんを‼︎」

「ッ⁉︎ よせミカ‼︎」

 

 衝撃で弾き飛ばされ見ているしか出来ていなかったミカが、アークライトに噛み付かれた優を目撃して、激昂しながら剣を抜いた。

 あまりに無謀な行為にクルルが止めようとするが、ミカには聞こえていない。

 

 一気に駆け出し、剣に血を吸わせ、アークライトに切り掛かった。

 

「『止まれ』」

 

 その一言と共に、ミカの剣速が急激に遅くなる。残像すら残らない程の速度は目に見えて停滞し、遂にはピタリと停止してしまった。

 

「身体が……!」

 

 それどころか、ミカ自身までも。

 

「お前は……確か上位始祖会にいたか。そこの少年と何か関係があるのか?」

 

 不可視の拘束によって身動き一つ取れないミカに、アークライトが歩み寄ってくる。クルルがミカを庇うように前へ出た。

 

「申し訳ありません、アークライト様。無礼への処罰は、主人である私が下します。ですから、どうかこの場では……」

 

 跪き、首を垂れるクルルの内心は、焦りに焦っていた。

 

 優を害された事でミカがあんな行動にでるのは予想外だった。アークライトと戦闘にならない為に、アークライトがアークライトたる所以を話しておいたと言うのに。

 ミカの優に対する気持ちの大きさを見誤っていたという事か。

 

 これはマズい。非常にマズい。

 なにせアークライトにとって、ミカを殺すなど小指一つ動かさずに事足りる。そして、所詮一兵の吸血鬼に過ぎないミカを殺しても、それが例え上位始祖であっても、アークライトに何の咎めなどない。ある筈がない。

 

 それだけ最強の吸血鬼、第一位始祖の権力は強大なのだ。もし、彼が本腰を入れて派閥を作りでもしたら、いったいどれだけの始祖がその元へ集うことか。

 

 何にしろ、どうにかしてここを切り抜けなければならない。

 

「善い、許そう。私は遅れてここに来た。そのような者が何かを言う資格などない」

「はっ!」

 

 そうして下されたのは、お咎めなしだった。

 クルルは深々と頭を下げる。

 アークライトは気分一つで殺すような暴君でも、無礼の一つや二つで気分を損ねる小物でもない。

 わかってはいるのだが、実際にこんな事態になると、やはり緊張してしまう。

 

「うわっ……はぁはぁ」

 

 ミカを縛っていた不可視の拘束が解かれた。荒い息を吐きながらも、アークライトをキッと睨みつける。

 

「お前、よくも優ちゃんを……!」

「……何か勘違いをしているようだな。少年の血は吸っていないぞ」

「何……?」

 

 ミカは優を見る。正確には、その首筋を。

 牙に噛み付かれた傷は確かにあるが、血は一滴も出ていなかった。

 

「これは……」

「私が吸ったのは、少年の中にいた天使だ。魂にいたるまで融合している故、完全にとはいかなかったが。この少年が《終わりのセラフ》の依代ならば、少なくとも暴走の危険性はほぼ無くなっただろう。だが、あちらにも《終わりのセラフ》がいるのならば――」

「撃てぇ‼︎」

 

 そこに、再びアバドンの一撃が放たれた。

 

「『阻め』」

 

 ただ一言。魔術で例えるなら、一工定(シングルアクション)以下で、アークライト周辺の空間がずれる(・・・)

 生じたのは空間の位相をずらすことによる絶対防壁。

 黒い奔流は、不可視の防壁を揺らすことすらできずに霧散した。

 

「依代が複数いると考えるのが妥当だろう。クルル嬢」

「はい」

「全軍を退がらせろ。あの悪魔は私が始末する。味方が前にいては巻き込んでしまう」

 

 無茶、とは思わない。たとえ悪魔や天使でも、アークライトをどうにか出来よう筈がない。

 元よりアークライト以外がアレを相手にするなど不可能。

 

 ならば、ここは従うしかない。折角の機会を逃すのは惜しいが、優を確保さえすれば今回は十分だ。

 

「……はい。ミカ、優を担げ。退がるぞ」

「…………わかった」

 

 クルルとミカ、持たれた優が後方にいくのを見届け、アークライトはアバドンの方へ歩き始めた。

 

「ッ! 葵! あの吸血鬼を殺せ!」

 

 この状況下で悠然と歩むアークライトに危機感を覚えた暮人が命令を出す。

 それに従い暮人側の帝鬼軍、黒いヨハネがアークライトに向かって進軍する。

 

 足の速さの差で先に着いたのは黒いヨハネだった。各々の攻撃手段を以ってアークライトを襲う。

 だが、

 

「『歪め』」

 

 また、一言。

 歩みを止めないその一言で、迫っていた黒いヨハネは拉げ、捻れ、原形もわからない程に潰れた。

 帝鬼軍の進軍が止まる。

 

「天使……今は悪魔アバドンか。何にせよ、貴様らとこうして会うのは何世紀以来か」

 

 帝鬼軍など眼中にないとばかりに、アークライトはアバドンを視る。

 無論、語りかけてもアバドンが答えることはない。

 

「ふむ、己の意思すらないか。かつてあれだけ神を語っておいて、人間に操られるだけの存在に成り下がるとは、なんと無様だ」

 

 そんな嘲りにすらアバドンも、天使も答えない。

 

「いや、今の(・・)私では気づかぬか。あの神代より時は過ぎた。互いに昔のようにはいかぬな。ならば――」

 

 歩みを止めた。

 

「この時は私も昔に戻ろう。都合よく、貴様の結界で外界と隔てられている。これならば『城』を使わずとも良いな。さて――」

 

 スッ、と片腕を天に掲げる。

 

「時よ、回帰せよ。神代の世をここに」

 

 アークライトの言葉に呼応し、結界内の空間が入れ替わり始める。

 

 遡っているのだ。かつて、アークライトがおもうがままに力を振るえた時代。

 あらゆる超常が法則やルール、定義や概念などに押し込まれた地の理(現代)ではなく、神秘が全てと世を支配していた天の理(神代)

 

 紀元前、神話の時代がここに顕現する。

 

「”プロビデンス”」

 

 朱いルビーのような瞳が、様々な色が入り混じる万華鏡の如き『虹』へ変化する。

 

「”真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)”」

 

 すぐ横の空間が歪み、その中から剣柄が覗く。アークライトはそれを掴み、歪みから引き抜いた。

 現れたソレは、刃渡り一メートル程の黒いロングソードだった。

 

 見た目に反して尋常ならざる圧迫感を放つ剣の鋒をアバドンに向け、この世全てを見下すかのように傲岸で不遜な、それでいて全てを慈しむ聖人のような魅了の笑みで、アークライトは超然と言い放つ。

 

「舞台は整えた。さぁ、来るがいい。天使も、悪魔も、人も、吸血鬼も、私は悉くを歓迎しよう」

 

 進む道に敵はなく、天を歩み地を統べる。

 始まりの吸血鬼。星の最強種。天体の化身たるアリストテレス。

 月の王が、ここに降臨した。

 

 

 




ラスボス降☆臨

次回からガチート振りを発揮。なるべく早く投稿したい。

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