転生したら始祖で第一位とかどういうことですか 作:Cadenza
それと修正点。
キスショットのアーティファクト《
「クルル……アレは、吸血鬼なのか……?」
アバドンを滅殺したアークライトからそれほど遠くない位置に、二人の吸血鬼がいた。
第三位始祖クルル・ツェペシと、クルルの眷属ミカエラ。ミカエラの背には気絶した優が担がれている。
二人は、吸血鬼としては誰よりも一番近くでアークライトの戦いを目撃していた。
今や薄れてしまった神秘の証明。奇跡の具現。神話の再臨。いくら言葉を尽くそうと、正確に表現できるものが見つからない。
見えざる超重力の鉄槌。防御不可の空間歪曲。回避不可の衝撃波による空間制圧攻撃。圧倒的熱量の灼熱地獄。神の怒りを体現したような極大の雷撃。
どれもこれもが貴族すらも耐えられないであろう超絶的な威力。それを何でもないかのように、ただ言葉一つで引き起こす。
上位始祖であるクルルも、目を見開き茫然とする他なかった。ましてや神話の時代の欠片も知らないミカエラなど、アークライトが本当に吸血鬼なのか疑ってすらいた。
「…………」
クルルはミカエラの問いに答えられない。
アークライトは最初の吸血鬼ではあるのだが、その力は吸血鬼の領域を銀河鉄道レベルでぶっちぎっている。
もしあそこにクルルがいれば、おそらくものの数秒で死んでいるだろう。
(……どうする?)
クルルは自問する。
天使は滅殺され、世界滅亡の芽は摘まれた。
アークライトの戦闘はまさに神話の如きだったが、その傷跡は驚く程に少ない。地面が灼熱化し、空間は歪み、重力は乱れ、大気は未だ神秘の残滓が漂っている。だが、一定距離からまるで境界か結界でもあるかのように無事なのだ。
それはあくまで、アークライトの標的が《終わりのセラフ》そのものだからだろう。
アバドン直下にいた天使の依代や、帝鬼軍の人間らも全く影響を受けていない。とは言え、精神的ダメージは凄まじいらしく、大気が戻った今になっても忘我混沌としている。
吸血鬼側も似たような状況であるが、理由が正反対なので問題はないだろう。
今、考えるべきなのはこれからのこと。
幸いなことに最重要目的である優はこちらの手にある。ならばこのままミカと優の三人で逃げるか。
いやしかし、優の身柄はアークライトから預けられたもの。何も言わずに行方をくらますのはマズい。
クルルは目的の為なら何でもやるつもりだが、アークライトを敵に回すつもりはないのだ。さすがにそれは無謀すぎる。
(……どうする?)
再び自問するが、答えは中々みつからない。そもそも計画から大幅にずれているのだ。
前々から準備を進めてきたものの、ここまで狂ってしまうとどれが最善でどれが最悪なのかすらわからなくなってくる。
「……ミカ、優の様子はどうだ?」
「え? ああ、まだ気絶してるけど、異常は見えない。あの黒髪にやられた傷も何故か治っている」
ミカの返答に、クルルは考える。
アークライトがいる以上、この場からの逃走はできない。何より全てを放って逃げるには不確定要素が多過ぎる。特にフェリド・バートリーだ。たとえ逃げ出せたとしても、フェリドが持っている情報を上位始祖会にでも報告し、討伐隊でも差し向けられれば逃げ切る自信はない。ドイツのいけ好かない第三位など、嬉々として追跡してくる様子が目に浮かぶ。
ならば戻るしかないのだが、そうなると優の身柄が危うくなる。
そんなことをすればミカが確実に敵となるし、クルル自身もみすみす優を殺される訳にはいかない。
第三位としての権力を行使してでも、優の安全を確保する必要が出てくる。
選択肢は二つ。現状に加え、後のことも考慮し、取るべき選択は――
(このまま戻るのが妥当か……)
方針が決まれば行動は早い方がいい。背を向けていたミカを仰ぐ。
「ミカ! 一度後方に退がるぞ! 後はそれからだ!」
「わかっ……」
そうして振り向いたミカが見た光景は――クルルに振り下ろされるクローリーの剣閃だった。
瞬間、空へまるで噴水のように黒みがかった血の華が咲く。そしてボトッと、剣を持ったままの腕が落ちる。
血はクルルではなく、クローリーのものだった。
「……クローリー・ユースフォード。お前は動きが遅い」
悠々としたクルルが、何の感慨もなくそう告げる。
クルルにとってクローリーなど何ら警戒する存在ではないのだ。事実、既に間近に迫っていたクローリーの剣よりも、素のクルルの方が遥かに速かった。
一級武装によって身体能力を何倍にも増加されたクローリーの全力よりも、である。
それを遅いと言ってのけるのは、まさに絶対強者の証。第三位という、日本においては並ぶものなき上位始祖。
身を以て実感したクローリーは、肩から両断された傷口を押さえながら冷や汗を流していた。
しかし、悲しいかな。圧倒的だからこその弊害。強者だからこそ、こういう時に油断してしまう。油断や慢心は、王者すら身を滅ぼすのだ。
「ふふ、本命はこっちさ女王様」
愉快気なその声は、クルルの耳元から聞こえた。そしてその声の主は、クルルが最も警戒していた筈の者。
「綺麗な首がお留守だよ」
フェリド・バートリーが、クルルの首筋へ牙を突き立てた。
「あ……」
吸血鬼にとっての弱点。始祖ですら例外ではない。
まるで魂が抜けていくような感覚。抵抗しようとするも、もう遅かった。
「く……。ま……待てフェリド・バートリー……取引しよう……」
己の生命がカウントダウンの如く減っていくのを自覚しながらも、クルルは声を絞り出す。
「お前の目的を教え……」
見方によっては見苦しい女王の抵抗に、フェリドはただただ笑っていた。
フェリドがこんな言葉に耳を貸すなどとクルルは思っていない。目的は別にある。
今にも飛びそうな意識を必死に保ち、フェリドに斬りかかろうとしていたミカを視線で制しながら、声を出さずに口だけを動かして己が意思を伝える。
即ち、行け、と。
その命にミカは躊躇うも、自分がフェリドに勝てる筈もない。結局は力の足りない自分に対して顔を険しくしながら、主人に恭順し優を抱えてその場を全力で離れていった。
去ったミカを見届けたところで、遂にクルルの意識が限界を迎えた。死ぬ一歩手前、瀕死の状態になったところでフェリドが吸血をやめる。
「ぷはぁ……あぶな〜い。これ以上吸ったら死んじゃうね♪」
そこへ傷の出血を押さえたクローリーがやって来た。
「わ……すごいフェリド君。ほんとに女王に勝ってる」
「もっと褒めていいよん」
日本最強の第三位始祖を不意打ちとは言え無力化したと言うのに、相も変わらずマイペースなフェリドの様子にクローリーは肩を竦めて見せる。
そして、何も聞かず付き合わされた身なので、直球で聞いてみた。
「ねぇ、そろそろ僕も君の目的を聞いてみたいんだけど」
クローリーの問いにフェリドはニヤリと口角を上げ、まるで何でもないかのように両手を広げて言う。
「ただの暇潰しかな」
仕草そのものはまさに言葉通りだが、この吸血鬼の外と中が一致した事などクローリーは知らない。
明らかに本心ではない答えに、もういいやと諦めに似た心境で倒れ伏すクルルを見やる。
「でもいいのこれ? どうみても処罰されるよ? ここにはアークライト様までいるんだし」
「その時は共犯って事で、君の名を上げるから運命共同体だよ」
「おい」
「アハ、冗談さ。まぁその辺は頑張らないとね」
それよりも、と言葉を区切り、ある方向を見るように視線で促す。そこには、まさに絶望と言った状態の人間達がいた。
「彼らは禁忌に触れて《終わりのセラフ》を二匹も成功させた。アークライト様の手で二匹とも葬られたけど、人間たちがまだ天使の実験体を隠していないとも限らない。更に上位始祖が《終わりのセラフ》に関与し、その手によって二匹のうちの一匹が逃げ果せた」
実に晴れ晴れとした笑みを貼り付け、フェリドは続ける。
「これでもう吸血鬼も安眠できなくなる。きっと世界中の上位始祖たちが日本に集まるよ」
そうのたまうフェリドをクローリーは、様々な感情が入り混じった何とも言えない表情で見ていた。
一見すれば楽しそうに語るフェリドだが、果たして中身はどうなのか。
もう付き合って八百年ほどになるが、それだけの時間が経とうとフェリドの本質が何なのかは未だわからない。
普段は飄々とおちゃらけた様子でふざけているとしか思えないが、時折見せる恐ろしい程の残酷さと冷酷さ、そしてただ適当にやっているように見えるのに最終的にはフェリドの思い通りに運んでしまう得体の知れない計算高さが、表面上の印象を否定する。
今もそうだ。
アークライトの力は正に神話の領域だった。それを目撃した人間は絶望を、吸血鬼は畏怖と畏敬を更に強めた。
実際クローリーも、フェリドに声をかけられるまで唖然としていたのだから。他の吸血鬼も同じだろう。
にもかかわらず、フェリドは誰よりも迅速に行動した。
そんなこと、最初から想定でもしていない限り無理ではないだろうか。
この吸血鬼の目的とは、一体何なのか。
(まぁ僕が考えてもしょうがないか。フェリド君に直接聞いても、どうせはぐらかされるだけだろうし)
フェリドに気づかれないよう静かに溜息を吐いた。
本当に彼と付き合うのは疲れる。だが、それに見合うだけの面白い事が起きるから離れる気にもなれない。
言い換えればそれだけの苦労をかけられる訳だが。
「吸血鬼の諸君!!」
そんなクローリーを尻目に、フェリドは高らかと声を張り上げる。未だ畏れ慄いていた吸血鬼たちが、一斉にフェリドへ注目する。
「今ここで! クルル・ツェペシによる重大な裏切り行為が発覚した!! 《終わりのセラフ》研究への関与だ!! 吸血鬼にとって禁忌とされ、アークライト様が直接赴く程に危険な《
うわー、とクローリーが呆れ顔になって引く。
なにせ承諾もなしにアークライトの名を使っているのだ。下手をしたらその場で断罪である。
どうせ仕込み済みなのだろうが、上位始祖相手でも物怖じしないフェリドの図太さというか突拍子なさというか、その他色々には呆れざるえない。
「――フェリド・バートリー」
そこへ声が響く。上がっていた吸血鬼たちの歓声が水を打ったように静まり返った。
総じてプライドが高い筈の吸血鬼が姿勢を正し、声の主へ視線を向ける。皆一様にその目には、畏怖と畏敬の念が宿っている。
声に含まれているのは、今のこの場と同じ静けさだった。
声の主――アークライトがフェリドの前へ歩いてくる。解けた白みを帯びる金の長髪は元のポニーテールに結び直され、虹色に輝いていた瞳も鮮やかな朱色に戻っていた。
先程までの圧迫されるような威圧感は嘘のように霧散しており、あの神話の如き戦いの残滓はまるで感じられない。
しかし、この場にいる全ての吸血鬼は今も脳裏に焼きついている。
あれこそが始祖、あれこそが第一位、あれこそがアークライトなのだと。
「これはこれはアークライト様。此度の
サッと、フェリドが片膝をついて跪く。だが、直後にアークライトに「よい」と制され、再び立ち上がった。
「それで、フェリド・バートリー。この騒ぎの説明はしてくれるのだろうな?」
「はい、無論です。ですがそれは、サングィネムへの帰還後、もしくは帰還の道中でも遅くはありません。今は何より、この場を終結させるのが先決かと」
そこでサッと右の掌を胸に当て、僅かに礼を取る。
「――アークライト様、どうか我々にご指示を」
唯一人の例外もなく、全ての吸血鬼が王の言葉を待っていた。それがどんなものであれ、必ず遵守すると雰囲気が語っている。
「……滅びの悪魔を消滅させはしたが、まだ幾分かの
「それはつまり……」
「撤退だ。各員の現状を確認し次第、ヘリに搭乗。空港外縁で待機を命じた我がアヴァロンの部隊と合流の後、サングィネムへ帰還する」
「承知いたしました」
アークライトの命令を受けるな否や、フェリドは一礼を返し、それを吸血鬼たちに伝える。
「アークライト様の命令が下った! 現状を確認し次第、ヘリに搭乗! サングィネムへ帰還する! 総員準備にかかれ!」
吸血鬼たちが早急に動き出す。
アークライトの判断は正しい。名古屋の十大貴族はクローリーを除いて死亡。サングィネムの本隊も大半の兵を
フェリドがチラリと横目でアークライトを見る。普段通りの無表情ながらも、どこか物憂げな雰囲気が感じられた。
「どうなさいました?」
「……見たところ、生き残ったのは全体の半分程度。私がいてこの被害か」
フェリドは驚いた。普通の吸血鬼は被害など気にしない。例外はいるが、気にしているのはそれに伴う責任の有無。アークライトのように被害そのものを気にかけるなど、普通はしない。なにせ、そう感じる為の感情自体が薄いのだから。
高いのは総じてプライドばかりだ。
「アークライト様の責任ではありません。敢えて言うなら、《終わりのセラフ》に加担し、
これは本当だ。色々打算や計算は入っているものの、言葉に嘘はない。
意外かもしれないが、誰の味方にもつかないフェリドはアークライトのことを好ましいと思っている。
原初の六体と呼ばれる始まりの吸血鬼は、今やアークライトだけ。皆己の血統を残し、やり遂げたかのように死んでいったと言う。アークライトを含め、そこには眷属に対する愛や想いがあったのだろう。
些細なことで子を捨てるどこかの親と違って。
故に好ましい。己の血統がいるにもかかわらず、今も第一位始祖となって生き続け、吸血鬼の象徴として存在するアークライトを。
本人にその気はないのかもしれないが、少なくとも周りはそう感じている。
本当にどこかの無責任な親とは大違いだ。
だから、この程度で負い目を感じてもらっては困るのだ。
「……そうか。せめて私の部隊がここに入れればよかったのだが。我々が空港外縁に来た頃には、既に外界と隔絶されていた。私とキスショットは力尽くで突破できたが」
「そうでしたか。しかし、アークライト様が滅びの悪魔を相手にしたことにより、こちらの被害が抑えられたのも事実。気負う必要はありません。……さぁ、そろそろ我々も行きましょう。人間共も行動を再開したようですが、どうやらこちらに意識を向ける余裕はないようです」
多くの復活した帝鬼軍の兵士がある方向へ走って行くのが見える。フェリドの記憶が正しければ、ミカエラが逃げた方向だった筈だ。
「今なら撤退は容易いか。急ぐぞ。クルル・ツェペシの件については、サングィネムで緊急の上位始祖会を開きそこで説明して貰う」
「仰せのままに」
アークライトは何も反応しなかった。
他の吸血鬼は離れていて分からなかっただろうが、フェリドは遠目でも見ていた。アークライトがもう一体の《終わりのセラフ》を無効化した後に、その依代である優をクルルとミカエラに預けたのを。
追われているのは十中八九ミカエラだろうに、アークライトは何もしないのだろうか。
そう思いふと目に入る。アークライトの側からキスショットが消えていた。
一足先に輸送機に乗ったのか、撤退の指揮を執っているのか。それとも……。
(まぁ、取り敢えずは予定通りかな。さて、まだまだこれからだね)
フェリドも輸送機へ向かう。こうして吸血鬼側は終結した。
残りは帝鬼軍、シノア隊、そしてミカエラ。その頃ミカエラたちは……。
◆ ◆ ◆
「はぁっ……はぁっ」
ミカエラは走っていた。優を背負い、気絶する彼に負担がかからない程度の速度で。
だがもう、そうも言っていられない。
「止まれ吸血鬼! 百夜優一郎を渡せ!!」
背後から帝鬼軍が迫っている。それもかなりの数。この数を相手に優を守りながら戦うのは非常に困難だ。
囲まれれば終わり。いくらミカエラが強くとも多勢に無勢。迷えば己は死に、優は奪われる。
(ダメだそれだけは……! 帝鬼軍にだけは、絶対に優ちゃんを渡せない!)
もう余裕はない。クルルも捕まった。立ち止まることなどできない。
(……ごめん優ちゃん)
優への負担も覚悟で、全力の速度を出そうと足に力を込める。そしていざ駆け出さんとした瞬間、落雷の如き轟音と共にミカエラの眼前を稲妻が切り裂いた。
「ッ!?」
思わず足を止めてしまう。そこへ重々しい声がかかる。
「どこへ行くつもりだ、吸血鬼」
一人の男がミカエラに立ち塞がる。雷を纏う刀を手にした日本帝鬼軍中将、柊暮人だった。
暮人は《雷鳴鬼》を突きつけ、ミカエラを鋭い目が射抜く。
「貴様一匹で逃げ切れるとでも思ったか? 百夜優一郎を渡せ。そいつは帝鬼軍のモノだ。大人しく渡せば貴様の命は見逃してやる」
「ふざけるな! 誰がお前たちに――」
「なら死ね」
ミカエラの返答を最後まで聞くことなく、暮人は刀を振り下ろした。
吸血鬼に成り立てながらも高いポテンシャルを持つミカエラからしても、速いと言えるソレ。
初撃は躱したものの、続く二撃、三撃と上がっていく剣速に後退を余儀なくされる。
万全の状態ならば十分に対処可能なのだが、今は消耗している上に優を背負っている。剣すら抜けずに回避しかできず、更に周りを帝鬼軍に囲まれつつあった。
これはミカエラの判断ミスだろう。足を止めるべきではなかった。ダメージを覚悟してでも走り抜けるべきだったのだ。
そんな動揺が、ミカエラの体勢を崩した。
「しまっ……」
「終わりだ」
暮人が一息で懐に入り込んでくる。握る《雷鳴鬼》には濃密な鬼呪が込められており、それはそのまま暮人の殺意を表していた。
しかし、凶刃がミカエラに届くことはなかった。
周りを囲む帝鬼軍の合間を縫うように飛来した光の矢が、暮人を弾き飛ばしたからだ。
更に他の帝鬼軍の人間にも、同じように次々と光の矢が着弾する。どうやら死んではいないらしく、動けなくなる程度に吹っ飛んでいく。
「これは……」
見覚えがある。
確か優の家族だと言い、月鬼ノ組から自分を逃した人間の一人が……。
「大丈夫ですか? ミカエラさん」
声が横を走り抜け、ミカエラの前に一人の人影が躍り出た。
薄い紫の髪を持ち、手に大鎌型の鬼呪装備《四鎌童子》を携える少女。
シノア隊隊長の柊シノアだった。
「お前かシノア。帝鬼軍――ひいては柊を裏切ったばかりか、今度は人類を裏切る気か?」
「何が裏切るですか……! 先に裏切ったのはそちらでしょうに。一体どれだけ命を切り捨てれば……」
「人類を救う為に必要な犠牲だ」
「どの口が……!」
変わらぬ暮人の物言いに奥歯を噛み締める。
だが、何故だろうか。今の暮人には、普段の絶対的な自信があまり感じられないのは。むしろ焦っているようにさえ見える。
やはりあの第一位始祖が原因か。初めて見た瞬間から格の違いを感じていたが、まさかあれほどの化け物とは。
切り札だったであろう天使を容易く屠り、帝鬼軍に絶望を与えた吸血鬼。
何とか忘我自失から復活した後、他の吸血鬼を無視してでも暮人自らが優を回収しにきたのは、何としても戦力として確保したいからだろう。
故に焦っているのか。理由は他にもありそうだが。
とは言え、状況は変わらない。見たところあの第二位始祖との戦いで負傷しているようだが、だからと言って暮人にシノアが勝てる可能性は低い。
与一は後衛、三葉はその護衛。君月は傷が深く、真琴は君月を背負っている。
実質的に戦えるのはシノアだけだ。
(何とかしてこの場を切り抜けないと……最悪ミカエラさんと優さんだけでも)
考えがあった訳ではない。だが、今にも殺されそうだったミカエラを見て、居ても立っても居られなかったのだ。
「逃げられると思うなよ。柊に逆らう者は帝鬼軍にいらん。だが、改めて服従を誓うなら考えんこともないぞ。服従か死か、今すぐ選べ」
上から目線の選択肢になっていない命令に、シノアは気丈にキッと睨み返す。
もうこれ以上、誰かが死ぬなど真っ平ごめん。例え服従を選ぼうとも、待っているのは結果的に死。
鬼を暴走させ、この身の全てを以って挑めば時間稼ぎくらいにはなるかもしれない。
《四鎌童子》を握る手に力を込め――
(ごめんなさい優さん。もう会えないかも……)
「幼い童が無理をするでない」
シノアの視界を、黄金が遮った。
「な……っ! 貴様は――」
「
神速の斬撃が音すら切り裂く。暮人の姿が消え、遥か遠くで土煙が上がった。
「ふむ、間に合ったか」
「あ、貴女は……」
夕焼けの光を反射して煌めく金髪に金色の瞳。加えて帝鬼軍最強の暮人を一蹴する力。
こう間近で会うのは二度目か。彼女は――
「第二位始祖……キスショット=E・マクダウェル」
何故第二位始祖が、と疑問が浮かび上がる。
「何故、といった顔をしておるな。なに、変わったことではない。ただ我が主人の目的の為じゃ」
「……貴女には大きな借りができました」
「そうじゃな。まぁ気にせんでよい。ほれ、さっさと逃げぬか。邪魔者は殺さぬ程度に蹴散らしておく」
キスショットがシノアの横を通り、更なる帝鬼軍が迫る後方へ歩いて行く。
思わずシノアが振り返った。すれ違う際に、彼女は確かにこう言ったのだ。
『
「…………」
言葉の意味を問おうにも既に遅い。だがシノアには確信があった。言葉通り、彼女とは再び会うことになる。
それがどう働くかはわからないが、確実に転換期となるだろう。
暫くしてキスショットの背中を見つめていたシノアへ三葉たちが合流する。
「シノア……」
「ええ、みっちゃん」
シノアと三葉が頷き合う。意思は決まっていた。
「我々シノア隊は、今から日本帝鬼軍を離脱します!!」
全員が頷く。
シノアがミカエラに目をやった。
「ミカエラさん、貴方も」
「なんで僕が君たちと……」
後方で轟音が鳴る。見れば帝鬼軍がキスショットの剣圧で吹き飛ぶ光景があった。そして、キスショットはこちらを目を向け笑みを贈ると、何時ぞやと同じく一瞬で消えた。
手助けはここまでということか。
「早く逃げないと暮人兄さんが起きてくるかもしれません! だから早く!」
「……ちっ、わかった。だが君たちを信用した訳じゃない。二度も助けられた借りだ」
そうしてミカエラも暫定で加わった。決意を示すようにシノアが言う。
「行きましょう!! 私たちは絶対に生き残ります!!」
それから一ヶ月後。シノアたちはアヴァロンにいた。
最後は急いで仕上げたから少し大雑把に……。
それと今月のジャンプSQで斎藤さんの本名が出てきましたね。早く書きたい。
今回は時間がなかったので省きましたが、明日の23時に後書きを追加します。主にこの作品での吸血鬼の事や用語解説などです。興味のある方はどうぞ。
それではまた次回。なるべく早く投稿したいなぁ。
吸血鬼
元はアークライトを始めとした六体の無から生まれた吸血鬼が起源。そこから各々が血統を残し、更にその血統からと数を増やしていった。真の意味で純血種と言えるのは原初の六体のみ。しかし五百年も生きれば元人間だなんて事は関係なくなる。
人間から比べれば圧倒的に数が少なく、世代を重ねる毎に能力も劣化してきている。だが、不死ではなくとも不老なので基本的に減る事が少ない。
始まりが六体であることから、第一位から第六位までを上位始祖と呼ぶ。
吸血鬼には感情がないと思われているが、正確に言うと間違いであり、世代を重ねる度に能力の劣化と比例して感情が薄くなっている為である。親世代である第一位始祖のアークライトや、子世代の第二位以下の上位始祖らの感情は人間とほほ変わらない。しかし永い時を生きた弊害なのか、価値観の変化や元人間でありながらも人間を家畜と見做すなどが見られる。
とは言え、アークライトを筆頭に人間と共存を望む吸血鬼もいる。だがやはり少数派であり、アークライトやアヴァロンの存在、ウルド・ギールスなどと言った超級の貴族によって立場を維持しているのが現状である。
尚、吸血鬼の特性として語られているその殆どが人間の想像であり、当たっているのは日光に弱いくらいなもの。それでも上位始祖ともなれば日光もさしたる障害にはならない。
作中で度々出てくる用語。これは数千万人に一人という確率で誕生する神の祝福を受けた人間を指す。最も近いのはとあるの聖人だが、あのような人外と言う訳ではない。
人並み外れた才能に加え、恵まれた肉体。更に一番の特徴がとても死に難い点である。これは治癒能力が優れていると言う訳ではなく、たとえどんな重症を負おうと、どんな絶望的な状況に陥ろうと、何かしらの要因で生き残ってしまうという意味。
本来なら愛されている存在なのだが、どんな状況でも生き残ってしまうが故に、皮肉にも強烈なトラウマを負ってしまう事が多い。
加えて、天使を降ろす器としての素質もずば抜けている。しかし純度が存在し、時代が進み神秘が薄まるにつれて低下してきている。現代では二〜三人見つかれば奇跡的というレベル。
現在でこの素質を有しているのは、優一郎、ミカエラ、クローリー、キスショットの四人。最も高くキリストに匹敵すると言っていいのがキスショットで、次いでミカエラ。この二人が異常に高く、他は平均的。