転生したら始祖で第一位とかどういうことですか   作:Cadenza

5 / 28
本編
転生とシソ


 そこは地獄のようだった。踏み入れば瞬く間にその生命を凍てつかせる極寒の氷結地獄。

 一面に広がるのは、凍りついた建造物や大地。まるで世界そのものが氷で出来ているようだった。

 その一角。凍りついた地上二十階建てはありそうな高層ビルが、突然爆散した。爆散したビルから二つの人影が飛び出してくる。

 

「ッ! リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 先に飛び出してきた人影は、まるで月のような金髪と紅い瞳を持つ男性だった。男性が追ってくるもう一人の人影に向けて、何かを唱えながら掌を突き出す。

 

来れ(ウェニアント・スピリ)氷精(トゥース・グラキアーレス) 爆ぜよ風精(フィンデーンス・アエリアーリス)‼︎ 氷爆(ニウィス・カースス)‼︎」

 

 迫っていた人影を氷の爆発が襲う。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 更に追い討ちをかける。

 

闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)×()16(セーデキム)‼︎」

 

 放たれる十六条の闇の奔流。その威力も範囲も戦術兵器に届きうるものだ。

 爆散したビルどころか、周辺のビル群がまとめて消し飛ぶ。

 だが、未だ続く闇の奔流を一筋の斬撃が切り裂いた。

 

「ッ!」

 

 斬撃は直撃する前に不可視の障壁に阻まれたが、男性を衝撃で弾き飛ばす。

 弾かれた男性に向けて更に無数の斬撃が襲いかかった。

 

「……被害を考えろって」

「うぬに言われとうないわ」

 

 つい漏らした言葉に答えたのは、高貴さを感じされる美しい女性の声。

 男性はその声に苦笑したような雰囲気を出す。

 

「ま、ここ(・・)では関係ないか……。リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 斬撃は不可視の障壁に阻まれ霧散するものの、まるで壁のように降り続ける。

 そんな豪雨の如き斬撃に頓着せず、男性は目を瞑った。

 これはただの牽制。この程度で障壁は突破出来ない。自分も向こうも承知している。

 ならば本命は別。

 そして、

 

「……そこか!」

「違う、正面じゃ」

 

 振り向いて左後方へ闇の吹雪を放つ。

 だが実際には、真正面だった。斬撃の雨から現れたのはこの世のものと思えぬ程の美しさを持った金髪金眼の女性。ただしその右手には全長二メートルはありそうな大太刀が握られ、上段から振り下ろされようとしていた。

 

 刀は斬撃の雨すらも防いだ障壁をすり抜け、直接男性に迫る。

 男性は見誤って振り向いており、このタイミングでは防ぎようがない。

 果たして刀が首元に届きそうになったとき、

 

「やっぱりこっちか」

「やはり防ぐじゃろうな」

 

 刃は、右の手刀で受け止められていた。

 よく見れば手刀の延長線上に半透明の剣状のフィールドが構成されている。

 斬り結んだ二人の間に四つの魔法陣が現れる。

 

解放(エーミッタム) 氷爆(ニウィス・カースス)×(・クァッ)4(トゥオル)

 

 相乗効果によって何倍にも威力が増加した氷の爆発が女性に炸裂する。

 これといったダメージは無いようだが、その場から離された。

 

解放(エーミッタム) 氷槍弾雨(ヤクラーティオー・グランディオス)

 

 続くは無数の氷の槍。

 壁のように隙間無く迫る弾雨を見て、女性は大太刀を水平に振った。

 発生した衝撃波で氷の槍が根こそぎ吹き飛ばされる。

 そして加速。男性に向け、空気を蹴って踏み込んだ。同じく男性も空気を蹴って加速。

 互いの大太刀と手刀がぶつかり合い、周辺のビルは倒れ、地面には亀裂が走りクレーターが出来上がる。

 

 そこからは空中に咲く火花のみが二人の攻防を物語った。

 何十度目かの攻防の後、男性が五指を開いて無造作に腕を振るう。動作に呼応して五指それぞれのフィールドが延長する。凡そ三十メートル程。

 延長したフィールドに触れた物質は、まるで水面を手で薙いだかのよう気体状に破壊された。

 

「うぬの方が被害を考えておらんだろう。周りの凍結もうぬの魔法が原因じゃろうて」

「さすがにやり過ぎたかな」

 

 他愛の無い会話をしながらも戦いの手は止まらない。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック」

「む……⁉︎」

 

 何か周辺の気温が元から低かったにも関わらず、更に低下したような感覚がした。

 その感覚を危険と判断したのか女性は再び空気を蹴って懐へ踏み込む。そして徒手空拳に移行する。

 大振りとなる大太刀では間に合わないと判断したからだ。

 

「契約に従い 我に従え 冷々たる氷神よ」

「ッ⁉︎ 待たぬか馬鹿者! それは……!」

 

 紡がれた詠唱に女性が目を見開く。徒手空拳の攻めの勢いを上げるが、悉くがいなされた。四肢を駆使する殴撃蹴撃が全て逸らされる。

 

「来れ氷河の世界 凍てつく大気 全てのものよ 永劫に眠れ」

 

 苛烈な攻撃をいなしながらも詠唱は止まらない。

 女性が鋭い全力の貫手を放つ。

 これを防ぐのは不可能。触れれば全てを切り裂く防御不能の一撃だ。

 ならば回避の一手しかない。たとえどの方向に避けようと四肢による二撃目、三撃目で追い詰め、本命を出す。

 そう目論んだ。そしてその目論見は確かに的中した。

 ただ予想外だったのは。

 

 回避しながら抱きついてきた事だ。

 

「なに……ッ⁉︎」

「永久なる凍土 不浄なるこの世に 死の世界を」

 

 詠唱が終わる。同時に戦闘の終わりも意味していた。

 女性もそれを悟ったのか、何もせずに抱きしめ返す。

 

「今回はわしの負けか。アーク、ここ(・・)でそれを使うのは反則じゃ」

「たまに大技を使わないと魔力がな。【永久ノ氷結世界(ニヴルヘイム)】」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 どうも。元人間、現吸血鬼の男性Aです。

 なんておふざけは置いといて。ホントだからおふざけでもないけど。

 簡単に言うと転生しました。元人間ってのも、前世で人間だったって事ね。

 前世での死因なんて、ありがちな交通事故。でも思い出とかのエピソード記憶がない。で、目が覚めたら輪っか付けて白い服着たいかにもな神様のじいさんに、

 

「まだ寿命残っとるから転生な。行く先が世紀末っぽいから吸血鬼キャラ三人の能力を付けたる。転生先は終わりのセラフじゃ。長年一人は寂しいじゃろうから伴侶を見つけるんじゃぞ」

「いや待ってもうちょっと説明を」

 

 こんな感じで秒で転生しました。数ある転生物の二次創作でも、神様邂逅が秒で終わるのは無いんじゃないだろうか。んでもって転生したら紀元前でした。

 

 うん、意味が分からん。

 

 まぁ取り敢えず自己紹介でも。

 俺の名前はアークライト=カイン・マクダウェル。ツッコマんといて。

 両親は共にいない。死んだとかじゃなく、存在しない。

 それは俺が無から生まれた存在で、最も古い吸血鬼、始源の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア)だからだ。

 自分で言ってて恥ずいわ。

 生まれは紀元前八十年頃で、肉体・精神年齢二千百歳くらい。現在は世紀末的な世界で元アメリカ合衆国辺りを治めている吸血鬼の王です。

 やっぱ言ってて恥ずい。

 

 簡単に言うと紀元前に最初の吸血鬼として転生しました。……簡潔過ぎたか?

 転生して一週間は現実逃避してたわ。

 何故かって、じいさんが言ってた吸血鬼キャラ三人の能力がヤバ過ぎた。

 その三人とは、傷物語のキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード、型月の朱い月、魔法先生ネギま!のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 なにこのチート。勝てる奴いねぇよ。無理ゲーだよ。俺だけど。

 でも開き直って今日まで生きてます。てか二千年以上生きてるけど、精神が歳とった感覚しないんだよね。遊びたくなる時はあるし、未だに三大欲求の一つは萎えないし。

 

 それはいいとして。

 大変というか壮絶というか凄惨というか。これまでの人生……いや吸血鬼生? はヤバかった。だって紀元前ですよ? 人間も少ないよ?

 て言うか吸血鬼なだけで何もしてないのに追われるし。人間からも天使からも。

 貰った能力で負ける事はなかったけどさ。あの頃はまさしくスペックに任せたゴリ押しだった。そりゃただの人間に最強クラスの吸血鬼の能力持たせたって、まともに使えるわけがない。いきなりロケットを操縦しろと言ってるようなもんだ。

 

 今では十二分に使えていると自負出来る。さすがに二千年も使い続ければそりゃね。幸いにも得た経験を十全に活かせる肉体だったので。むしろそうせざるえない事態だったし。

 なんでドラゴンとか天使とか悪魔とか普通にいるの? 今じゃ慣れたけど当時の俺からしたらパニック状態だった。

 転生したこの世界は、終わりのセラフと言うらしい。名前なら前世で聞いた事ある。なんでも吸血鬼とか天使とか悪魔まで出てくるらしい。あと割と世紀末。

 確かに世紀末、だな。世界滅びかけてるし。ぶっちゃけ人間の自業自得なわけだけど。

 長年吸血鬼として生きたからなのか、人間に対する同族意識はない。吸血への忌避感とかないし。ホント変わったな、俺。

 

 ん? そんなのどうでもいいから、さっきの戦闘はなんなのかだって?

 魔眼の能力、幻想空間(ファンタズマゴリア)ですよ。現実で使えませんよ。使ったらアメリカが氷河期になる。

 身体のスペックや朱い月の所為で存在の格とかが高いから、魔法の威力や範囲もスゴいのよ。初めて使った時、自分で自分に引いた。

 だって初級の魔法の射手で下級とは言え天使を一撃で殺っちゃったんだから。今じゃアリストテレスとしての能力も制御出来てるから問題ないけど。やっぱ星そのものだから頭おかしいわ。俺だけど。

 

 あまりにも強過ぎるからなのか、配下の吸血鬼達からも畏れられてるっぽい。慕われてはいる……と思う…思いたい。長年仕えてくれた臣下もいるし。

 いやさ、こんなでも王ですから。民から慕われたいと思ってしまう。千年くらい前に侯爵になって土地を治めた時、国にとって民は必要且つ大切だと実感したからさ。

 他の地下都市よりはいいと思うんだけど。人間にしても吸血鬼にしても。

 経済とか衛生状態とかは大丈夫。都市全体清潔だし、住む場所もしっかりしてる。メンタルケアも配慮済み。

 でも慢心は駄目だよね。何処ぞの慢心王みたいになりたくない。

 

 

 俺がいるここも住んで長くなる。

 俺の住居であるここは、地下都市の中央に位置している。よく昔の帝国にあった、王が住む城を中心に城下を作っていくスタイルだ。

 都市全体を異常がないか見回せるし、何かあってもすぐに跳んでいけるから気に入っている。

 今は住居の中で一番高い塔。その最上階、塔の周りに全方位テラスが付いた自室にいる。因みにその全方位テラスで寛いでます。

 住居自体は俺の設計じゃないし、本当はもっと下の階でよかったんだけど、皆がここって推してくるから。実際には眺めいいし、空気が澄んでるし、快適でした。

 

「何を考えておる? また昔でも懐かしんでおったのか?」

「……キスショット」

 

 そんなこんなと回想していると、不意に座っていた椅子の後ろから抱きつかれる。

 案の定、俺の眷属こと第二位始祖キスショット=E(イヴ)・マクダウェルだった。

 

 彼女と出逢ったのは忘れもしない千百年前。ちょっと自棄になって世界を周っていた時だ。

 いや吃驚した。だって容姿が傷物語のキスショットだったからな。小国のお姫様とか魔法を掛けられたとかも同じだし。

 どういう経緯で眷属となったかは、今度にしよう。

 今思っても一目惚れだろうね、アレは。キスショットのおかげで生きて来れたと言っても過言じゃない。

 一度、アルマゲドンかよと言われる大喧嘩をしたけど。アレはアレでお互い全部吐き出せたから、今では良い思い出だ。

 

「いや、キスショットと出逢って随分と経ったと思ってた。本当にお前と会えて良かったよ」

「今更じゃな。何百年共にいると思うとる。わし等同士に言葉なんぞ最早不要。わしはうぬの眷属で、うぬはわしの主。何者にも破れぬ血のつながりじゃ」

 

 本当に良かった。

 キスショットが共にいてくれたから俺は生きている。神様のじいさんが言った伴侶を作れとは、こういう意味だったのだ。

 

 長く生きると世界が薄く見えてくる。不老不死に良くある生きる事に疲れたといった感じだ。俺もキスショットと出逢ったあの頃は、同じようになりかけていた。もし出逢っていなかったら死んでいたかもしれない。

 実際、吸血鬼の死因は自殺が大半。今はともかく昔は人が吸血鬼を倒すなんて事は殆どない。英雄と呼ばれる者が数少ない例外だ。

 千年以上を生きる吸血鬼は両手の指で足りる程。始祖と呼ばれた吸血鬼達は生きる事に耐えられず、殆どが自らその命を絶った。吸血鬼が誕生した当初から残っているのは俺だけだ。

 

 その所為もあって自棄になっていたわけだ。そんな時に出逢ったのがキスショット。あれが運命なのかね。吸血鬼の俺が運命とか皮肉だな。

 その時にキスショットは俺の直属の眷属となり、そして欠番だった第二位始祖となった。今の始祖は世襲制に近いからな。

 まあ主である俺が異常なので、その眷属であるキスショットも当然影響を受ける。

 身体能力は俺と同等で剣術はすでに神域。吸血鬼じゃなかったらどっかの師匠ランサーみたいになってただろう。俺が持ってるよりいいと思い渡した心渡りと相まって、文字通り神をも殺す腕前になっている。

 

 ぶっちゃけ近接なら俺より強い。唯一、(アリストテレス)を殺せる存在だ。

 つか、まんま物語シリーズのキスショットじゃねぇか。吸血鬼繋がりなのか?

 今になってはどうでもいいけど。

 

 と言うか、それより大事なことがある。

 

「で、キスショット。思いっきり当たってるぞ」

 

 後ろから抱きつかれてるのでとても柔らかい感触が。さっきも言ったけど、精神的には歳とった感覚ないんだってば。三大欲求の一つも萎えないんだってば。

 

「当てておるのじゃ。なんじゃ? 今から始めるかの? わしはウェルカムじゃよ?」

「お前やっぱりキャラ変わってるよな」

 

 出逢った頃はもっとクールだったのに。最初はクールじゃなくコールドだったけど。

 

「うぬと主従になったからに決まっておろう。うぬの影響じゃ」

「あ、やっぱり?」

 

 なんてやっていると、テラスに備え付けられた通信機が鳴った。

 

「私だ。何事だ?」

 

 あ、やっぱ直んないか。何故かこんな口調になるんだよね。能力元であるエヴァやキスショットも尊大な口調だったし、朱い月も王様のようだったらしいから、それに引っ張られてるのかな。

 プライベートでキスショット相手だと大丈夫なんだけど。

 

『陛下、上位始祖会のお時間が迫っております。イヴ様もおられますか?』

「ああ、共に私の部屋にいる。分かった、直ぐに行く」

 

 通信を切る。

 上位始祖会かぁ。不定期だから何かあったんだろうな。日本のクルルちゃんが色々やってるらしいけど。こっちに直接被害が来るか、余程の事じゃない限り基本不可侵だ。

 あの娘、カー坊と仲悪いからな。毎度映像越しに喧嘩するのは止めて欲しい。今回も喧嘩するようなら、さすがに迷惑だからちょっと言っとかないと。

 

「キスショット、上位始祖会だ。今回は何かがある」

「ぬ、モードが変わったの。あいわかった。行くとするかの」

 

 そういえば今回もフェリド坊は出てるのかね。立場的には第七位だから他の上位始祖から毎度お小言を頂戴してるよ。もう少し落ち着いてくれないかな。フェリド坊も千年クラスの始祖の一人なんだから。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 中央の床に大型の魔法陣とモニターが投影された薄暗い部屋。

 モニターは大型が四つ、その周りに小型が複数。魔法陣を囲むように投影されている。

 そして魔法陣の中心には銀髪をうなじで一本に結った妖艶な雰囲気を持つ男性、第七位始祖フェリド・バートリーが。やや内側に用意された椅子に肘を掛けて座る、薄いピンクの髪に小柄な体躯の少女、第三位始祖クルル・ツェペシが。外側には金髪に歳相応な青年、フェリドの従者ミカエラが居た。

 

 ここは六位以上の上位始祖のみが参加資格を持つ、上位始祖会の場だ。

 フェリドと言う例外はいるが。

 

「それでは皆さん、この映像を見てくださ〜〜い」

 

 件のフェリドが手元の端末を操作し、魔法陣中央に映像が浮かぶ。

 

 映像は一人の人間の青年。青年が突然苦しみ始めたかと思うと左眼が黒と赤に反転し、絶叫を上げる。

 そうして左肩の肩甲骨辺りから数十メートルはありそうな黒い不定形な翼のようなものが飛び出す。異形の翼を生やした青年が持った刀を振るえば、並の貴族では出せない程の黒い斬撃となる。そこで映像は途切れた。

 

 見終えた一部の始祖達がザワザワと騒ぎ出す。

 

『おい、なんだ今のは』

『あれではまるで……』

『あんなものが実用化されれば、今度こそ世界は……』

 

 騒ぐ始祖達をフェリドが手を叩いて静める。

 

「はいはーい、気持ちは分かりますがお静かにお願いします」

 

 そして、大仰に両手を開きながら言った。

 

「そうです。なんと人間共はついに禁忌の魔術、《終わりのセラフ》の兵器化に成功しつつある! これが事実なら我々にとって由々しき事態となります!」

 

 戦慄する始祖達を代弁して第四位始祖が口を開いた。

 

『だ……だが、あの研究は第三位始祖クルル・ツェペシ様が《百夜教》を壊滅させたことで止めたはずではなかったのか?』

 

 始祖達の視線が自然とクルルに集まる。

 それを受けてクルルは、当然だという風に頷く。

 

「ああ、そうだ。確かに私が止めた。百夜孤児院で研究されていた因子を持つ子供は残らず――私がこの手で殺した」

 

 フェリドの後方で控えているミカエラが人知れず息を呑む。

 

「そんな命令がクルル様に下っていたのですか。初耳です。で、被験体は全部殺した……と?」

 

 チラッとミカエラを見るフェリド。その分かってやっているような仕草がクルルに苛立ちを募らせる。

 だが表には微塵も出さず、「そうだ」と肯定した。

 

 第二位始祖が《百夜教》を除いて研究が進んでいる組織はなかったはずだと疑問を挟む。

 

「最近の人間は侮り難いですからねぇ……。確かヨーロッパの方でも同じような魔術組織があったんでしょう?」

『そこは僕が皆殺しにしたよ』

 

 それに答えたのは大型モニターの一つ。クルルと同じ第三位始祖レスト・カーだった。

 

『でももしも、日本の管理に失敗していたのなら。クルル、これは重大な責任問題……』

「黙れレスト・カー。私に喧嘩を売っているのか?」

 

 静かながらも怒りを滲ませた声色でクルルが問う。それはある意味警告だ。

 しかしレストは、「そうかもね」とどちらとも取れる返答をする。

 

『もし手に余るのなら、僕が日本の王の座を代わってあげるけど?』

「出しゃばるな、ガキが」

『ガキ? はは、二百年くらいしか変わらないじゃない。アークライト様みたいに歳が離れてるわけじゃあるまいし。何より実力なら……』

 

 更に険悪となるクルルとレスト。

 さすがにこのままでは話が進まないし、今この二人に争われても後々支障が出るので、上手くまとめようとフェリドが仲裁に入ろうとする。

 その時、

 

『鎮まれ』

 

 王の声が響いた。

 

 クルルもレストも、声を聞いた全ての者が口を閉ざす。映像越しであるし、距離も離れている。それでも抗えない力があった。

 

『クルル嬢、レスト坊。今は上位始祖会、個々の競いを持ち込む場ではない。セラフの因子は消した。そう言うのなら真実だろう。だろう? クルル嬢』

「……私は失敗などしません。全て事実です」

 

 虹色に変貌した眼光がクルルを射抜く。内心、戦々恐々としながらも頷いた。

 

『ならばよし。後は行動で示すといい。レスト坊もそれでいいな?』

『王の仰せのままに』

 

 クルルにはそれが警告に聞こえた。全て見透かされていながらも、泳がされているような感覚が。

 

「天使にしても魔術にしても、丁度よいではありませんか。あなたの意見をお聞きしたい」

 

 そんなクルルを見て笑みを浮かべながらも、フェリドが切り出した。

 

 視線の先は大型モニターの一つ。唯一二分割されたモニターに映る二人の片割れ。月のような長い金髪をポニーテールにし、つい先ほど虹のように変貌した紅い瞳を持つ中性的な容姿をした、唯一の真の王。

 

「全ての始まり。始源の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア)。最古の吸血鬼にして神代の魔術師。吸血鬼の王、アークライト=カイン・マクダウェル様に」

 

 しばし静寂。

 誰もが王の言葉を待っている。

 

 アークライトが隣に目配せをすると、二分割されていたモニターがアークライトのみを映した。

 

『皆も知っていると思うが、《終わりのセラフ》は神代の降霊術の一種だ。しかし、今の人間が使えば天罰が始まるだろう。今の人間は、あまりに欲望に塗れ過ぎている』

 

 アークライトの声も何時にもましてトーンが低い。王もこの件を重く捉えていると始祖達に悟らせた。

 

『それを本当に兵器化したと言うならば、確かに脅威だ。だが、そのような事など私が認めない。──クルル・ツェペシ』

 

 呼ばれ、クルルが前に出る。

 

『《終わりのセラフ》を行おうとする人間の組織への対策はどうしている?』

「基本姿勢は変わりません。本隊を出して、日本帝鬼軍に所属する人間を殲滅します」

『うむ。だが兵器化した《終わりのセラフ》が出て来れば、並の吸血鬼では対峙すら不可能。如何にお前であろうとも負けは必至だ。違うか?』

「……その通りです。……まさか……ッ⁉︎」

 

 アークライトの言わんとしている事が分かってしまい、クルルは瞠目する。

 そして王は告げた。

 

『此度は私も日本に赴く』

 

 その言葉に先の資料映像以上に始祖達がざわついた。

 決定的に違うのは、渦巻く感情が戦慄ではなく歓喜という点だ。

 

『確かに第一位始祖様なら……』

『アークライト様は堕天の王を屠っている。《終わりのセラフ》相手に負けるはずはない』

『アークライト様が日本に⁉︎』

 

 次々と始祖達が賛成していく。吸血鬼達にとってアークライトは絶対の象徴だ。だから確信している。我等の王に敗北はない、と。

 

 それがたとえ《終わりのセラフ》だとしても。

 

「それは……!」

 

 だがクルルだけは別だった。アークライトに来られては、自分の願いが台無しになる可能性が高くなる。

 

『問題があるのかクルル・ツェペシ。私は無駄死を嫌う。天使を殺せるのは私かキスショットだけだ。我が都市も私が離れた程度で何か起こるほど柔ではない』

 

 しかし否定出来るだけの材料を無くしていた。

 ここで拒めば後めたい事があると他の始祖達から疑われる。

 アークライトの言葉は事実で正論だ。何よりアークライトが来るとは即ち勝利を意味する。殲滅を目的とするなら拒む理由はない。

 

「……了解しました。到着をお待ちしております」

 

 だから、頷くしか選択肢はないのだ。

 

『よし。準備が整い次第日本へ向かう』

 

 アークライトが言葉を終える。

 

 その後、一般の吸血鬼であるミカエラが居る事などで一悶着あったが、平常通りに上位始祖会は終わった。

 

 本来の運命に決定的な亀裂を入れて。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。